「ぶえっくしょい!」
女の子としては、かなり豪快なくしゃみをしてから、シルフ族の少女、リーファは慌てて口元を抑えてから自分達が居るほこらの入り口を見た
そこに見えるのは、降りしきる雪のみで、こちらを覗き込む巨大な邪神は居なかった
リーファ達が居るのは、アルヴヘイムの地下空間
通称、ヨツンヘイムである
なぜ、そんな場所に居るのか
1.時刻も遅くなっていたので、アルンに着くよりも先に、どこかで一泊しようと、リーファが提案
2.見えた近くの街に着地したが、人が一人も居ない
3.実は、そこは街ではなく街に擬態していたモンスターだった
4.そのモンスターに飲み込まれて、吐き出されたら激難フィールドと言われるヨツンヘイムでした
5.フィールドを闊歩している邪神に見つからないように、ほこらに隠れている←今ここ
そして、ほこらに邪神が近づいてくる気配もなかったので、リーファは安堵の息を漏らした
すると、焚き火を挟んだ反対側から呆れた声で
「リーファ……そのくしゃみは、女の子としてはどうよ?」
という、突っ込みが入れられた
リーファが声のした方向に顔を向けると、胡座をかいて膝の上に肘を置き、手のひらの上に顎を置いたツユカが呆れた様子で見ていた
「そういうツユカちゃんも、その格好はどうなのよ」
リーファがそう言うと、ツユカは軽く肩をすくめて
「あたしは少しばかり、育ちが悪いからな」
と言った
なお、ツユカの武器は真っ赤な槍であり、今は壁に立てかけてある
その反対側にはユーヤが居たが、ユーヤは片膝を立てて座っており、肩に立てかけるように刀を持っていて、目は閉じている
「ユーヤくん? 起きてる?」
「起きているよ」
リーファが声を掛けると、ユーヤはすぐに目を開けた
「しかし、キリト殿は完全に寝ていないか?」
ユーヤがそう言うと、リーファの隣に座っているキリトに三人の視線が集中した
三人の視線の先では、キリトが見事に舟を漕いでいた
とは言え、それも仕方ないことだろう
三人の視界の端に表示されている時計は、もう深夜の二時を示している
リーファは仕方ないなぁ、と思いながら手を伸ばして耳を軽く引っ張り
「おーい、起きろー」
と声を掛けるが、キリトは寝続けている
なお、余談ではあるが、ユイはツユカの肩で寝ている
そんなユイをツユカは、微笑みながら見ている
「おーい! そのまま寝たら、
と、リーファが先ほどよりも強く言ったら
「むにゃ……」
キリトは自身の耳を引っ張っていたリーファの手を振り払い、リーファの方へと倒れた
「うひゃ!?」
キリトが自身の膝へと頭を乗せたので、リーファは驚いた
いわゆる、膝枕である
しかも、あろうことかキリトは、寝やすい角度を探して動いている
「ヤレヤレ……」
そんなキリトを見て、ツユカは槍を掴んだが、それをリーファが手を上げて制して
「フンスっ!」
気合いとともに、拳をキリトの側頭部へと叩き込んだ
ボクシっ! という効果音と共に、紫色のライトエフェクトが起きた
「おぉう!?」
奇怪な声と共に、キリトは飛び起きた
キリトは周囲を見回すと、リーファと視線が合って
「おはよ、キリトくん」
とリーファが挨拶すると、キリトは頬をポリポリと掻いて
「悪い……寝てたみたいだな」
と謝罪した
「いや、この時間は仕方ないかと」
キリトの謝罪にユーヤがそう返すと、リーファが
「で、何かいい脱出案は有る?」
と問い掛けると、どこか残念そうに
「そういえば、もう少しで食えたんだよな……プリン・ア・ラモード」
と呟いた途端、リーファとユーヤがずっこけた
ツユカは、ユイが肩に居たからか、意地で耐えたらしい
「それは夢でしょうが!?」
「ごめんなさい……」
リーファが怒鳴りながら睨むと、キリトは頭を下げて謝罪した
「でも、あの街が擬態だったなんてなぁ……」
「そうね……誰よ、アルン高原にモンスターが居ないなんて言ったの」
キリトの言葉に同意してリーファがそう言うと、キリトがジト目でリーファを睨み
「俺の記憶が正しけりゃ、リーファだったと思うんだが?」
キリトのその言葉に、リーファは顔を逸らし
「記憶にございません」
「どこぞの無能な政治家か」
リーファの言葉を聞いて、ユーヤが辛辣な突っ込みを入れた
そして、四人で深々とため息を吐くと
「そもそも、俺はこのヨツンヘイムっつうフィールドの知識ゼロなんだよね……」
キリトはようやく眼が覚めたらしく、鋭さが戻った目で外を見て
「確か……ここに
「あー、うん、言ってたね」
キリトの言葉を聞いて、リーファも記憶を遡った
このヨツンヘイムに落とされる少し前、キリト達四人は、シルフ族と友好種族であるケットシー族の領主会談を、不意打ちで襲撃してきた敵対種族のサラマンダーの大部隊から救っている
その後、飛ぶ前にキリトは、軍資金の足しにしてくれ。と巨額の金《ユルド》を領主達に譲渡したのだ
その時、受け取ったシルフ族の領主であるサクヤが、キリトの渡したコインを見て、そんなことを言っていた筈だ
「そういえば、あんな大金をどうやって稼いだんだ?」
ツユカが問い掛けると、キリトは少し視線を上に向けて
「ほ、ほら……あれだ! 引退した友人が、気前よく全額くれたんだよ」
と言うと、ユーヤが納得したように頷き
「なるほど……よくある話ですね」
と呟いた
実際、キリトが言ったのはよくある話である
都合により、MMORPGから引退するプレイヤーが残る友人プレイヤーに対して、持っているアイテムやお金を譲渡するのだ
とは言え、キリトの場合は違う
キリトの持っていたお金は、旧SAO時代に稼いでいたお金である
どうやら、お金のデータ構成までSAOと一緒だったようだ
その結果、莫大な金額があったのだ
閑話休題
「だが、ここから脱出するとなると……やはり、邪神狩りパーティーを見つけて、一緒に出るしかないか……」
「そういえば……邪神って、そんなに強いのか?」
ユーヤの言葉を聞いて、キリトが三人に問い掛けた
すると、リーファが視線を向けて
「強いなんてもんじゃないよ……キリトくんがあれほど苦戦したユージーン将軍が、戦って三十秒も保たなかったって話だよ……」
「しかも、一緒に来たレイドパーティーが、壊滅しかけたらしいです」
「マジかよ……」
リーファとユーヤの言葉を聞いて、キリトは苦い表情を浮かべた
すると、リーファがハッとした様子で
「とと、話が脱線しちゃった……なんだっけ。サクヤの台詞がどうかしたの?」
「おぉ。そうだった……領主さん達がああ言ってたってことは、このフィールドで狩りをしてるパーティーも居るんだよな?」
「居るには……居ますね」
「じゃあ、さっきのデカミミズみたいな一方通行ルートじゃなくて、双方向で出入り出来るルートもあるわけだ」
ユーヤの言葉を聞いて、キリトが言うと、ツユカが苦い表情で
「有るにはある……前に、パーティーに誘われて言ったんだけど……央都アルンの東西南北に一つずつ存在する大型のダンジョンの最深部に、ヨツンヘイムへの階段があるんだ……場所は……」
そこまでツユカが言ったタイミングで、ユーヤがマップを開いて全員に見えるように可視モードに切り替えた
ツユカはそれに、あんがと、と言ってから
「ここ、ここ、こことここだな。んで、あたし達が居るのは、大体中心と南西壁のおおよそ中間辺りだから……近いのは、南と西の階段だな……ただ、当然ながらこの階段には階段を守護している邪神が居る」
「うわぁ……絶望的」
キリトがそう言うと、リーファが同意するように頷いて
「今じゃあ、ここで狩りをするには、重武装の
「それは勘弁だなぁ……」
そうは言うものの、挑戦したいという気持ちを抑えきれずにキリトの鼻息は若干荒い
そんなキリトを、リーファはジト目で睨みつけて
「ま、それ以前に、九分九厘で階段ダンジョンまではたどり着けないけどね。この距離を歩いてたら、どっかではぐれ邪神にタゲられて、タゲられたと思う間もなく即死だわ」
「あ、そうか……このフィールドだと、羽は使えないんだった……」
リーファのセリフを聞いて、キリトは忘れてたと言わんばかりに、頭を乱暴に掻いた
羽を使って飛ぶには、月光か日光がないと飛ぶ力は回復しない
そして、ヨツンヘイムは地下フィールド
月光も日光も届かないために、四人の背中の羽はシワシワになっていた
ただし、唯一例外として、
「となると……最後の望みは邪神狩りパーティーに合流させてもらって、一緒に地上に戻るくらいか……」
「そーなんだけどね……」
「このヨツンヘイムは、地上の上級ダンジョンに変わる最高難易度マップとして、最近実装されたばっかだからなぁ……」
「常時狩りに入っているパーティーは……最大で10に満たないかと……」
三人の話を聞いて、キリトは苦い表情を浮かべて
「リアルラック値が試されるなぁ……」
と呟いた
そしてキリトは、ツユカの肩で寝てるユイに視線を向けて
「おーい、ユイ。起きてくれー」
とユイを呼んだ
すると、ツユカの肩で寝ていたユイの目蓋が微かに震えてから開いて、ユイは目元をコシコシと擦ってから
「おはようございます。パパ、皆さん。」
礼儀正しく挨拶をした
「おはよう、ユイ……って言っても、まだ夜だし、この場所だけどな……悪いんだが、近くに他のプレイヤーが居ないか、検索してくれないか?」
「はい、了解です。ちょっと待ってくださいね……」
キリトの願いを聞いて、ユイは頷きながら目を閉じた
そして少しすると、目を開いて
「すみません、わたしがデータを参照できる範囲内に他プレイヤーの反応はありません。いえ、それ以前に、あの村がマップに登録されてないことにわたしが気づいていれば……」
ユイがそう言いながら落ち込むと、リーファが慌てた様子で手を左右に振りながら
「ううん、気にしないでユイちゃん! あれは、周囲に他のプレイヤーが居ないか索敵を厳重に、ってお願いしたあたしが悪いの」
と言うと、それに続くようにユーヤが
「それに、今は悲観的になってる時じゃないよ。今は、少しでも確実に脱出出来る手段を考えよう」
と、ツユカの肩に乗っていたユイの頭を人差し指で撫でた
「……リーファさん、ユーヤさん、ありがとうございます」
ユイが二人に感謝すると、リーファ、ユーヤ、ツユカの三人は同時に不敵な笑みを浮かべ
「それに、試してみたいじゃない。あたし達だけで、地上への階段に到達できるか」
「だな……ここで座ってても時間を浪費するだけだしな」
リーファとツユカの言葉を聞いて、キリトは慌てた様子で
「待て待て、さっき絶対無理って言ってなかったか?」
と言うと、ユーヤが刀の鯉口を切って
「九分九厘無理とは言った。だが、0では無いなら、試してみる価値はあるし、到達できる可能性もある」
と言った
すると、ユイが目を輝かせながら
「皆さん、カッコいいです!」
そう言いながら、ユイは手をパチパチと叩いた
そして、三人が揃って立ち上がろうとしたら
「待ってくれ」
キリトが右手を上げながら、三人を制した
そして三人が視線を向けると、キリトはどこか覚悟を決めた表情で
「君たちはすぐにログアウトしてくれ」
と、三人に提案した
「どうしてよ?」
リーファが問い掛けると、キリトは真剣な表情で
「もう、深夜の2時半になりかけてる。君達はリアルでは学生だと言ってただろ? 俺のために、君達に無理強いはできない」
と言うと、リーファはうろたえた様子で
「あ、あたしは大丈夫だよ! 一晩くらい徹夜したって!」
「あたしもだ」
「俺もです」
リーファに続いてツユカとユーヤが言うと、キリトは首を振って
「直線的に歩いたってどんだけ掛かるか分からないのに、そのうえあんな超大型モンスターの索敵範囲を避けながら歩いたら、倍以上になるのは確実だ。たとえ階段に到着できたって、きっと朝方になってしまうはずだ。俺は何が何でもアルンに到着しなくちゃいけない理由があるけど、今日は平日なんだし、君達はもう落ちたほうがいい。それに、リーファ、今まで本当にありがとう。君が居なければ、この世界の情報収集だけで何日も掛かっていた筈だし、半日足らずでここまで来れたのも君のおかげだ。どれだけお礼を言っても、足りないくらいだ」
キリトのその言葉に、リーファは胸が締め付けられる思いがした
どうしてそんな思いをするのか分からなかったが、リーファは思わず口を動かした
「……別に、君のためだけじゃないもん……」
「え……?」
キリトが視線を向けると、リーファは膝を抱えて俯き
「あたしが……あたしがそうしたかったから、ここまで来たんだよ? それくらい、わかってくれるって思ってた……何よ、無理強いしたくないって……じゃあ、君はあたしが嫌々付いてきたって思ってるの?」
こみあげてきた感情を、アミュスフィアが掬い上げ、バカ正直にリーファの両目から涙がこぼれそうになった
が、その涙をリーファは何回も瞼を閉じて押し込めると
「あたし……今日の冒険、ALOを始めてから一番楽しかった。ドキドキ、ワクワクすることいっぱいあったよ。ようやくあたしにも、こっちの世界ももう一つの現実なんだって信じられる気がしてたのに……!」
リーファは叫ぶようにそう言いながら、一気に立ち上がって祠の出口に向かおうとし、キリトは反射的に止めようとした
その時、ぼるるるぅ、という異質な大音響が至近距離から響いてきた
その音に四人が固まっていると、再び聞こえてきた
その音は間違いなく、超大型モンスターの咆哮だった
しかも、ズシンズシンという振動と音響
(しまった! さっきの声で、はぐれ邪神を呼んじゃった!? あたしのバカ!!)
リーファはそう自身を怒ると、キリトに向けて
「あたしが敵を
と言って駈け出そうとしたが、キリトがリーファの腕を掴んだ
「離して! そんな余裕は!」
「待て、なんか様子がおかしい」
リーファが抗議すると、キリトはそう言った
「なにがおかしいの?」
「よく耳を澄ましてみろ、一体じゃない」
リーファの疑問に、ユーヤがそう返した
ユーヤの言葉を聞いて、リーファは耳に意識を集中した
よく聞くと、先ほどのエンジンのような重低音の他に、ひゅるるるぅ、という木枯らしのような声
その声を聴いたリーファは、肌が泡立つのを感じながら
「なおさら離して! 二体も居たら、君までタゲられて殺されちゃう! そうしたら、またスイルベーンから飛ぶはめに!」
「いえ、待ってください。リーファさん!」
リーファがキリトの腕を振りほどいて駈け出そうとしたら、それをツユカの肩に乗っていたユイが止めた
「今接近中の二体の邪神モンスターですが……互いを攻撃しあっています!」
「え?」
予想外の言葉を聞いて、リーファは固まった
そして、再び聴覚に意識を集中した
確かに、よく聞けば、ひっきりなしに聞こえてくる音は直線的に走っているわけではなく、転げまわるような音だった
それに合わせて、不規則な振動も感じた
「だ、だけど……モンスター同士が戦うって、どうして……」
リーファが戸惑っていると、ツユカが傍らに立てかけてあった槍を掴んで
「様子を見に行くぞ。こんな祠じゃぁ、シェルター代わりにもならないしな」
「そうだな。もしかしたら、運よく階段まで行けるかもしれない」
「だな」
「う、うん……」
ツユカとユーヤの言葉に、キリトとリーファも同意して武器を手に取り、雪の降りしきる外に駈け出した
これが、運命の出会いになるとは、この時は思いもしなかった