四人が祠から出ると、数歩ですぐに音源の理由たる二体の邪神を見つけた
片方は人型だが顔が縦に三つ、腕が四本あり、その腕にそれぞれ、棍棒と見間違うほどの剣を持っている
もう片方は、象とクラゲが混合した見た目の邪神だった
しかも、よく見ると、動物型の邪神の方が僅かに小さい
動物型邪神は襲い掛かってくる人型邪神をなんとか退けようとしているが、暴風のように繰り出される連撃に邪魔されて、なかなか触手が届かない
逆に人型邪神の攻撃は動物型邪神に次々と直撃し、どす黒い体液が勢いよく吹き出している
「ど、どうなってるの……?」
その光景を見て、リーファは隠れるのも忘れて呆然と呟いた
ALOに於いて、モンスター同士が争うとなると、主には三つの理由が上げられる
一つ目は、どちらか片方のモンスターが、
二つ目は、
そして最後に、幻属性魔法により錯乱しているという三つである
しかし、目の前で起きている事はそのどれも該当しないだろう
まず、テイムされたモンスターの証にカーソルが黄緑色に変わるのだが、二体の邪神のカーソルは黄色のままである
そして何より、二体の邪神には何らかの魔法やスキルにかかっている証拠のライトエフェクトも確認されなかったし、二体の邪神の鳴き声(?)で音楽も聞こえなかった
立ち尽くしている四人を意に介さず、二体の邪神の戦いは激しさを増していた
しかも、状況は人型邪神が優勢で、動物型邪神が圧倒的に劣勢だった
その証拠にまさに今、人型邪神が振り下ろした巨剣が動物型邪神の鉤爪肢の一本を根元から斬り飛ばし、それが四人の近くに落下
それの衝撃で四人は倒れかけたが、姿勢を低くして耐えた
「お、おい……ここに居たら、ヤバそうじゃないか……?」
キリトの呟きに、リーファは無言で頷いた
「だが、下手な方向に逃げたら、別の邪神に邂逅しないとも言えないな……」
「だけどよ、このままでも……」
ユーヤとツユカが言い合っている間、リーファは動物型邪神から目が離せないでいた
傷だらけの動物型邪神は、ひゅるるると甲高く一鳴きすると、再び離脱を試みたようだ
だが人型邪神のほうは逃がす気は無いらしく、饅頭のような胴体に飛びかかると、まるで嵐のように巨剣を次々と繰り出した
暴風の如き剣戟に耐えかねて、動物型邪神は地面にうずくまった
しかも、動物型邪神の鳴き声はみるみると弱々しくなっていっている
灰色の外皮に幾筋もの惨たらしい傷が刻まれていくが、人型邪神は攻撃の手を緩めずに、次々と巨剣を叩きつけている
「……助けよ、みんな」
その言葉が自身の口から出たのを聞き、リーファは内心で驚いていた
リーファの言葉を聞いて、かなり驚愕した様子で三人がリーファと二体の邪神を交互に見た
そして、キリトが恐る恐るといった様子で
「ど、どっちを?」
と問い掛けた
見た目としては、人型よりも動物型の邪神の方が遥かにおどろおどろしい
だがリーファとしては、答えは決まっていた
「もちろん、苛められてるほうよ」
リーファが即答すると、ユーヤが親指を向けながら
「どうやってだ?」
と問い掛けた
「えーっと……」
リーファとしては即答したかったが、うなり声しか出なかった
なぜならば、リーファ自身もノーアイデアだったからだ
「そこは……キリト君、お願い!」
「丸投げかよ!」
「お、俺!?」
リーファがキリトに丸投げすると、ツユカは怒り、キリトは目を見開いて驚愕して、ユーヤは無言で溜め息を吐いた
「そう言われてもなぁ……どうすれ……待てよ……あのフォルムの意味は……」
キリトはそこまで言うと、数秒間黙考してから
「ユイ! 近くに水場はあるか? 凍っててもいいんだが」
と問い掛けると、ユイは目を閉じた
「フォルム? 水場?」
キリトの言葉を聞いて、ユーヤは二体の邪神を交互に見比べた
すると、検索し終わったらしく、ユイが目を開き
「はい、ありますよ、パパ! 北に約二百メートルほど行った所に、凍っている湖があります!」
ユイの話を聞いて、ユーヤをポンと手を叩いて
「あ、なるほど」
「よし……いいか、リーファ。そこまで死ぬ気で走るぞ?」
ユーヤに被せるように、キリトはリーファにそう言った
「え……え?」
キリトの言葉にリーファが狼狽えていると、キリトは腰のベルトから投剣を抜いた
「なあ、ユーヤ……どういうこった?」
「まあ、簡単に言うとだな、ツユカ」
ツユカからの問い掛けに、ユーヤが答えている間、キリトは投剣を構えて
「ピッチャー、振りかぶって……」
「本気で、二百メートル走を行うってことだ」
ユーヤがそう説明し終えた直後
「投げました!」
キリトは持っていた投剣を、全力で人型邪神目掛けて投げた
キリトが投げた投剣は、まるで矢のように飛んで行き、人型邪神の二番目の顔の額に突き刺さった
しかも驚いたことに、邪神のHPはほんの僅かに減った
リーファはそのことに驚いた
投剣スキルは、魔法や剣での攻撃に比べるとかなり見劣りする
故に、投剣スキルを取得して尚且つ、修行してるとは思わなかったのだ
そのことにリーファが驚いていると、人型邪神は振り向き
ボルルルルルルゥ!
と雄叫びを上げた
その直後、必要邪神は動物型邪神の上から降りると、リーファ達目掛けて地響きと共に駆け出した
「よし……逃げる!」
「ちょっ……!」
キリトの言葉に驚いてキリトの方に振り向くと、キリトは雪煙を上げながら爆走していた
しかも、ユーヤとツユカの二人も同じように走っていた
そうこうしてる間にも、人型邪神は轟音を上げながらリーファに迫ってきている
「待っ……や……いやあああああ!!」
リーファは悲鳴を上げると、一気に駆け出した
そして、あっという間にリーファは足の回転数を限界まで引き上げて走った
だが、先を走っている三人はオリンピックの短距離選手もかくやという速度で走っている
特に、キリトに関してはルグルー回廊でその逃げ足の速さは体験済みなので、置いていかれるとなると話は別だった
「ひぃぃどぉぉいぃぃぃぃぃぃ!」
金切り声を上げながら走ってる間にも、人型邪神は確実に接近してきている
身長に関しては、人型邪神はリーファの13倍近くあるので足の長さもそれに見合うだけ長い
だから、一歩で数メートル進んでくる
そんな歩幅で走るのだから、長い距離は逃げられないだろう
それでも、リーファが必死に走っていると、前を走っていた三人が制動を掛けた
しかも、ユーヤに関しては地面に刀を突き刺している
そのことにリーファが驚きながら走っていると、走ってきたリーファをキリトが両手を広げて受け止めた
このような状況だというのに、リーファの顔は一気に真っ赤に染まった
そして、リーファは後ろに振り向いた
すると、かなり近くに人型邪神は居た
距離から見て、後数秒もしたら剣で攻撃出来る間合いに入るだろう
「……いったい、何がしたかったのキミは!!」
リーファがそう大声を張り上げたのと同じタイミングで、バキバキバキという何かが砕ける音が響き渡った
リーファが再び背後に振り向くと、人型邪神が沈んでいた
先ほどの音の正体は、人型邪神が雪の下に埋まっていた氷を踏み砕いた音だったのだ
そして、今自分達が居るのは、その凍っていた湖のド真ん中
しかも、ユーヤが刀を突き刺していたので、氷は割れやすくなっていた
「そ、そのまま沈んでぇぇ……」
リーファは必死に懇願したが、事は安易には解決出来なかった
数秒ほどすると、沈んでいた人型邪神の顔が一個半ほど水面から浮き上がってきて、大きな波を立てながら近寄ってきた
どうやら、下側の腕二本で泳いでいるらしい
しかも、かなり泳ぎは達者だった
その光景を見て、リーファはまだ走ろうかと思ったが、キリトが抱き締めたまま離さずに、人型邪神をずっと凝視している
「……あっ、き、キミ、まさか……」
この時、リーファの脳裏によぎったのは、リーファをセーブポイントであるスイルベーンに戻す為に死ぬ気なのでは? という懸念だった
「ダメ……それだけは、ダメだよ……っ」
キリトの世界樹到達への思いの強さを知っていたリーファは、そう零した
その時、新たな水音が聞こえて、リーファは振り向いた
振り向いた先には、まず、驚くほど接近してきた人型邪神の姿と、その後方に新しい巨大な水柱が建っていた
そして、その水柱を建てていたのは、あの人型邪神に攻撃されていた動物型邪神だった
どうやら、人型邪神を追ってきたらしい
それを見たリーファは、せっかく
その直後、リーファは驚愕した
動物型邪神は水を割りながら、二十本近い触手を雨霰と人型邪神に叩きつけた
動物型邪神の攻撃を受けて、人型邪神は怒りの雄叫びを上げながら反撃を試みた
だが、水中では自慢の巨剣も思うように動かせず、攻撃は当たらなかった
「あ……そ、そうか……」
その光景を見て、リーファはようやくキリトの意図を察した
動物型邪神は本来、水棲タイプの邪神だったのである
陸上では、お椀のような形をしている胴体を支えるために、触手の大半以上を割り振っていたので、攻撃が思うように出来なかったのだ
だが、湖に入った今ならば、水面に浮くために、全ての触手を攻撃に使える
それに対して、人型邪神は泳ぐために二本の腕を使っているので、攻撃力の半分が削がれた状態だ
つまり、キリトの言っていた《フォルム》というのは、動物型邪神のほうだったのだ
言われてみれば、クラゲが水なのは当たり前であり、そんなことに気付けなかった自身に幻滅しながらも、リーファは胸元で両手を握った
動物型邪神は、まさしく水を得た魚、いや、この場合はクラゲの勢いで人型邪神に襲い掛かり、完全に水没させた
二体の超大型モンスターが暴れる度に、高波が巻き起こって水しぶきが四人に降りかかった
すると、動物型邪神が一際激しく鳴いて、その巨大な胴体が青白く輝いた
そして光はスパークに変わり、触手を伝わって水中へと流れ込んだ
「あっ……」
「よし!!」
「おお」
「決まったかな」
四人が声を上げると、視界に見えていた人型邪神のHPバーが大きく削れた
識別スキルによると、人型邪神のHPは数十万にも及ぶが、スパークが起きる度に大きく削れていく
人型邪神はなんとか触手を引き剥がそうともがくが、触手は剥がせずにHPはどんどんと削れていく
そして、必要邪神が一際大きく雄叫びを上げた直後、HPバーが無くなり、人型邪神はポリゴンを撒き散らしながら爆散した
すると、動物型邪神は無数で触手を高く掲げながら勝利の雄叫びを上げて、数瞬後には湖をスイスイと泳ぎだした
その数秒後、動物型は滝のように水を撒き散らしながら湖から上がり、地面を揺らしながら四人に近づいてきた
そして、四人の目前で止まると、象にも見える顔の三個二対の目で、四人をジーッと見下ろしている
「……で、これから、どうすんの?」
「……考えてませんでした」
「おい」
「こら」
キリトの呟きにリーファが返すと、ユーヤとツユカが突っ込みを入れた
確かに、目の前の動物型邪神を助けようと言ったのはリーファだが、そこから先は完全にノープランだった
確かに助けはしたが、目の前に居るのは恐るべき邪神には間違いない
踏まれただけで即死は免れないだろうし、自分達より太い触手で叩かれても即死だろう
リーファが内心で悩んでいると、動物型邪神は長い鼻を四人の方に伸ばした
「ひぇ……」
動物型邪神の行動に、リーファは恐怖で身が竦み、キリトとユーヤは得物に手を伸ばした
その直後、ユイが両手を広げながら前に出て
「待ってください! この子、怒ってません」
と、二人を止めた
その数瞬後、長い鼻が四人を纏めて巻き取った
そのまま、四人はまるで草を引き抜かれるように勢いよく持ち上げられた
「うわわわっ!?」
「おおぉ!?」
空中で放された四人はそのまま、動物型邪神は背中に放り投げた
遠くから見た時はツルツルに見えていた胴体には、灰色の短い毛がフサフサに生えていた
四人がその真ん中辺に座り込むと、動物型邪神は満足げに一鳴きしてから、まるで何事も無かったかのように移動を始めた
四人は顔を見合わせると、状況把握を諦めた
はっきり言って、今の状況は異常過ぎる
二体の邪神に会ったというのに、軽装備の戦士四人が全滅せずに、一体の邪神の背中に乗っている
あまりにも予想外過ぎる状況に、四人の思考は半ば停止していた
常闇の国ヨツンヘイムとは言っても、完全に真っ暗闇というわけではない
天井を覆っているつらら群が仄かに放っている燐光で、一面の銀世界はほんの僅かに青く照らされている
その光景は、危険地帯だということを忘れそうになるほどに美しかった
四人はその光景を、動物型邪神の背中から見ていた
こうして、四人のヨツンヘイムでの旅は続く