四人が動物型邪神の背中に乗って、数分後
「あ、そうだ、キリトくん。あの時はごめん」
リーファが突如、キリトに向かって頭を下げた
「い、いきなりなんだよ?」
リーファが突如謝罪してきたので、キリトは驚愕した様子で問い掛けた
「ほら、祠で私達にログアウトしろって言ったじゃない。私達を心配してくれて言ってくれたのに、私が意固地になっちゃって……」
リーファの言葉に、キリトはああ、と言ってから
「いや、本来謝るのは俺のほうだ。君達が
と言うと、リーファが
「でも、キリトくんは……」
「いや、だけどな……」
そこからは、互いに譲らない謝り合戦だった
それを見ていたユーヤが、どう止めようか考えていると
「だーもう! やかましい!」
ツユカが大声を上げてから、二人の頭を槍で叩いた
叩かれた二人は、驚愕しながら顔をツユカへと向けた(フィールドなのでダメージが発生したが、ユーヤが即座に魔法で回復させた)
「お互いに一回ずつ謝ったんなら、それでいいじゃねーか!」
ツユカのその言葉に、キリトとリーファは互いの顔を見た
「そうだな……」
「これで仲直りにしましょう」
リーファがそう言いながら右手を出すと、キリトも右手を出して握手した
それを見たツユカは、満足げに頷いた
そして数分後、リーファはマップを見て気づいた
「ねぇ、私達って南か西の階段に向かってる筈だよね?」
リーファからの問い掛けに、三人は即座に頷いた
「あの位置からじゃ、そのどちらかが近いからな」
「まあ、こいつ任せにはなっているがな」
「それがどうした?」
ツユカ、ユーヤ、キリトの三人が順番に言うと、リーファはマップを可視モードに切り替えて
「でもね、この子……中央に向かってるみたい」
と、自分達の位置を示す
三人はリーファが示した光点の位置を確認した
それは確かに、四人の当初の目的地とは違う方向へと向かっていた
そして、三人が動物型邪神の進路上へと視線を向けた
すると、今までは見えていなかった天井が見えて、薄闇の中でもくっきりと巨大なシルエットが見えてきた
緩く弧を描いているヨツンヘイムの天井から、逆円錐型の構造物が垂れ下がっていた
複雑に枝分かれしている網のようなものが、恐ろしく巨大な氷柱を抱え込んでいる
遠近エフェクトの様子からして、まだ10km近くは離れているはずだが、余りの巨大さに距離感が狂いそうだった
巨大な氷柱の中には、数え切れないほどの光点が閉じ込められており、ゆっくりと周期的に瞬いている様子は荘厳さすら感じた
「……なんだろ、あのツララを囲んでるウネウネは……」
「あたしも
キリトの呟きに、リーファが答えた
「え……」
「つまり、こいつの向かっている先には央都アルンが有るってことだ」
「しかし、こいつはなんで中央へ……」
キリトの呟きにツユカが答えていると、ユーヤはそう言いながら首を傾げた
「ふうむ……まあ、世界樹は俺達の最終的な目的地でもあるわけだが……ここからあの根っこを登って地上に出るルートはないのか?」
キリトが問い掛けると、リーファは首を左右に振ってから
「あたしは聞いたことないわね。第一、ほら見て……根っこの一番下でも天井と地面の中間くらいまでしか来てないでしょう? てことは、あそこまでは二百メートル以上あるよ。飛行不可のこのフィールドじゃ、絶対に辿り着けない高さだわ」
リーファの説明を聞いて、キリトは小さく嘆息すると笑みを浮かべて
「ま、今はこのゾウムシだかダイオウグソクムシだかに任せるしかないさ。竜宮城で大歓迎されるのか、それとも今日の朝飯にされるのか知らんけど」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なにそのダイオウなんとかって。それを言うなら、ゾウかクラゲか、でしょ?」
キリトの言葉を聞いて、リーファが口を尖らせながら反論すると、キリトは心外そうに眉を上げて
「えー、知らない? 別名ジャイアント・アイソポッド……深海の底に居る、これくらいのダンゴムシみたいな……」
キリトは説明しながら、両手を驚愕するほどに広げた
それほどの大きさのダンゴムシを想像して、リーファは思わず体を震わせて
「わかった。じゃあ、名前つけよ名前! 可愛いやつ!」
と早口で遮った
ちなみに、ツユカとユーヤの二人は考える気は無いみたいで周囲の景色を楽しんでいる
そして、キリトが数秒間悩むと指を立てて
「トンキー、トンキーなんてどうかな?」
と提案した
キリトの挙げた名前を聞いて、リーファはどこか聞き覚えがあるなぁ……と内心で首を傾げた
そして数秒後、キリトが挙げた名前の答えを思い出した
それは、彼女が小さい頃に家に置いてあった絵本に出てきた象の名前であった
昔の大戦末期、動物園の猛獣達を処分せよ。という命令を受けて、飼育員達が泣く泣く毒餌を与えて殺そうとしたが、利口な象のトンキーはそれを食べずに万歳の芸を繰り返しながら飢えて死んでいく
という筋書きの絵本を、リーファは母親に読んでもらっては大泣きしていた
「……あんまし、縁起のいい名前じゃない気がするんだけど?」
リーファが半眼で睨みながら問い掛けると、キリトはバツの悪そうな顔をして
「そ、そうかもな……なんか、頭に浮かんできたんだよ」
と頬を掻きながら言った
「へぇー、キリトくんもあの絵本を知ってるんだ……それじゃあ、キミの名前はトンキーね!」
キリトの言葉を聞いたリーファは、同じ絵本を知ってたことを喜びつつ、件の動物型邪神、トンキーの頭を軽く叩きながらそう言った
すると、キリトの肩に居たユイが立ち上がり
「トンキーさん、はじめまして! よろしくお願いしますね!」
ユイがそう言うと、偶然なのか耳に当たる部分をバサバサと動かした
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、トンキーは凍りついている川沿いにひたすら北上し続けた
その間、数体の徘徊邪神に遭遇したが邪神は襲ってこなかった
何故だろうと思ったリーファは寝ていたキリトを叩き起こし、どうして襲ってこなかったのかを問い掛けた
するとキリトは、人型と動物型で争ってるのではないか。と指摘した
キリトの言葉を聞いて思い出してみれば、確かに、遭遇したのは動物型邪神ばかりだった
しかし、全てを知ってるのは襲われていたトンキーとイベントデザイナーくらいである
そして数十分後、キリト達は進路上に恐ろしく巨大な孔を見つけた
対岸は霞んで見えず、底は暗くて見えなかった
四人がどれだけ深いのか想像していると、突如としてトンキーが動きを変えた
四人は孔に放り込まれるのか? と危惧していると、トンキーは二十本の触手を器用に内側に折りたたみ、雪原に着地
そして、一回鳴くと長い鼻をも内側に丸め込んで動きを止めた
トンキーが動きを止めると四人は顔を見合わせてから、トンキーの背中から降りた
その後、リーファが調べたところ、トンキーは寝ていることがわかった
そして、四人が途方に暮れていた時だった
「パパ、東から他のプレイヤーが接近中です! 一人……いえ、その後ろから……二十三人!」
ユイが突然、声を上げた
そしてリーファは、ユイの告げた人数を聞いて息を呑んだ
総勢二十四人
この人数は明らかに、邪神狩りを目的とした
それは本来だったら、四人が待ち望んだ相手だった
事情を話して仲間に加えてもらえれば、階段ダンジョンから地上へと戻れたからだ
だが、今の状況で接近してくるプレイヤー達の目的は、一つだけだろう
四人が同時に視線を東に向けると、一人のプレイヤーが現れた
青みがかるほどの白い肌に、薄水色の長い髪
魚鱗模様が透かし彫りになった灰色のレザーアーマーで身を包み、肩には小型の弓を掛けている
その男性プレイヤーは鋭い目つきで四人を一瞥すると、男性プレイヤーは口を開き
「あんたら、その邪神、狩るのか狩らないのか?」
と、四人が最も恐れていた言葉を告げた
もちろん、男性プレイヤーが言ったのは丸まって寝ているトンキーである
四人が口を閉ざしていると、男性プレイヤーは苛立ちを増した表情になり
「狩るなら早く攻撃してくれ。狩らないなら離れてくれないか? 我々の範囲攻撃に巻き込んでしまう」
男性プレイヤーが言い終わる前に、男性プレイヤーの背後の小高い丘から幾つもの人影が現れた
それこそが、邪神狩りパーティーの本隊だった
そのパーティーを見たリーファは、種族混成パーティーであることを望んで本隊に視線を向けた
だが、そのパーティーは全てがウンディーネの証の青系の髪をなびかせていた
リーファは無理だろうと思いながらも、交渉を持ちかけることにした
「……マナー違反を承知でお願いするわ。この邪神は、あたしたちに譲って」
リーファの言葉を聞いて、男性プレイヤーを含めたパーティーが嘲笑の笑みを浮かべた
「下級の狩り場ならともかく、このヨツンヘイムに来てまでそんなセリフを聞かされるとはね……『この場所は私の』とか、『そのモンスターは私の』なんて理屈が通らないことくらい、ここに来られるベテランならば解るだろ?」
男性プレイヤーのその言葉は、まさしく正論だった
フィールドやモンスターに占有権を主張するなど、逆の立場だったら呆れていただろう
もちろん、対象のモンスターと戦闘中ならば優先権が発生する
だが、今のトンキーは丸まって寝ているだけであり、四人にはウンディーネのパーティーが攻撃するのを妨害する権利など有していない
すると、キリトが男性プレイヤーに近づき
「頼む……カーソルは黄色だけど、この邪神は、俺達の仲間……いや、友達なんだ。こいつは死にそうな目に遭いながらここまで来たんだ。最後まで、したいようにさせてやりたいんだ」
深々と頭を下げながら、キリトはそう言った
すると、男性プレイヤーは目を丸くしてから
「おい……おいおい、あんた、本当にプレイヤーだよな? NPCじゃないよな?」
男性プレイヤーは笑いながらそう言った
「悪いがな、こっちはさっき一回、壊滅しかけたんだ。必死にリメインライトを集めて、なんとか体勢を立て直したんだ。損失分を取り返さないと、割に合わないんだよ」
男性プレイヤーはそう言うと、キリト達を睨みつけて
「今から、十秒数える。それまでに離れてくれ。それ以降は、あんたらを居ない者として扱って攻撃を始めるからな」
男性プレイヤーはそう言うと、カウントダウンを始めた
すると、リーファがキリトの肩に手を置いて
「離れよ、キリトくん……二人も」
と言った
すると、三人は悔しそうに拳を握りながら
「わかった……」
「ちくしょう……」
「……」
三者三様に反応しながら、トンキーから離れた
その直後、パーティー後方の魔法使い部隊が攻撃魔法を放った
魔法の直撃を受けて、トンキーは鳴き声を上げた
それは、まるで泣いているようで、四人の胸を深く突いた
その光景を数十秒ほど見ると、四人は顔を見合わせて
「ねえ、みんな……」
多少違ったが、四人はほとんど同時に口を開いていた
「……あたし、助けに行く」
「俺も行くよ」
「あたしもだ」
「愚問だな」
四人で斬り込んでも、十秒保つのが良いほうだろう
だが、このまま傍観するのは四人の信念に反するのだ
四人は人型邪神からトンキーを助けて、その後にトンキーは四人を助けた
確かに、トンキーはサーバーの片隅に記述されたコードに従って行動したのかもしれない
だが、一度友達と定めて、名前まで付けた相手をただただ見殺しにするくらいならばVRMMOをプレイしている意味など無い
「……あのね、今日また、スイルベーンからアルンまで旅するの手伝うからね」
「そんじゃ、あたし達は迎えに行くか」
「ああ、道案内ならば任せてくれ」
リーファに続けて二人がそう言うと、キリトは剣に手を掛けながら
「よろしく、ありがとうな……ユイ、しっかり隠れてろよ」
キリトがそう言うと、ユイは流していた涙を拭いながら
「は……はい、パパ、リーファさん、ツユカさん、ユーヤさん。あの……がんばって、ください」
ユイがそう言って、涙に濡れた顔を隠した直後
四人は武器を構えて突撃した
四人が最初に狙ったのは、防御力が低い魔法使い部隊である
四人はアイコンタクトだけで意思確認を行い、全力で駆けた
リーファは一息に間合いを詰めると、両手で握った愛刀を大上段に構えて
「セエェェッ!!」
裂帛の気合いと共に、相手に叩き込んだ
それを皮切りに、ユーヤは刀で、キリトは巨剣で相手を斬り捨てて、ツユカは槍で相手を刺し貫いた
その光景を見て、先ほどの男性プレイヤーは驚愕で目を見開き
「し、正気かよ!?」
と声を張り上げながら、自身の武器の弓をリーファに向けた
「さあ、どうかしらね!」
リーファは自身に向けて放たれた矢を避けると、男性プレイヤーに対して刀を振り下ろした
男性プレイヤーはリーファの刀を避けると、顔をトンキーの方に向けて
「前衛部隊! 戻れ! メイジ隊が襲撃され……」
と男性プレイヤーは、言葉を途中で止めて固まった
リーファはなぜ男性プレイヤーが固まったのか不思議に思い、男性プレイヤーの視線を追って、男性プレイヤーと同じように固まった
そんなリーファに気づき、ツユカ、ユーヤ、キリトの三人も視線をトンキーの方へと向けた
そして三人も、リーファと同じように固まった
理由は至って単純
そこには、無数のリメインライトに囲まれて、漆黒の鎧を纏った騎士が居たからだ
「……黒騎士」
漆黒の騎士を見て、ユーヤが呟いた
「黒騎士って?」
ユーヤの呟きを聞いて、キリトが問い掛けた
「先週アルンで行われたPVPの大会のエキシビジョンマッチ……大会で優勝したプレイヤーを僅か十秒で倒した正体不明のアバターだ」
キリトからの問い掛けにツユカが答えると、キリトは視線を件の黒騎士に向けた
黒騎士は左手に片手用直剣、右手に槍を持って佇んでいる
そんな黒騎士を見て、キリトは既視感を感じた
(待て……俺はあいつを知っている?)
キリトが訝しんでいると、男性プレイヤーが黒騎士を指差して
「メイジ隊! 生き残ってる奴だけでいい! あいつを焼き殺してやれ!」
と怒鳴り声で号令を下した
魔法使い部隊はその号令に従い、杖を構えると高速詠唱を行い、黒騎士に向けて火炎弾の魔法を雨霰と放った
それを黒騎士は避けようとはせず、ただただ見ていた
まさにその時だった
攻撃を受けて弱っていたトンキーが突如として、鳴き声を上げた
それは先ほどな鳴き声とは違い、力強さを感じる鳴き声だった
その直後、くわあぁぁん! という甲高い音と共に、トンキーの全身が眩く発光し、瞬く間に環状に広がってその場の全員を包み込んだ
その直後、ウンディーネ部隊の
「これは!?」
「
トンキーが発動したのは、一部の高レベルボスモンスターだけが持つ特殊能力である
最下級のはぐれ邪神であるトンキーが扱うには、強力過ぎるアビリティだった
あまりの事態に、全員は僅かに凍りついた
その最中、トンキーに変化が起きた
亀裂が走っていたトンキーの巨大な胴体が、音もなく四散した
しかし、よく見れば、吹き飛んだのは分厚い外殻のみだった
そして、残っていた光の塊から、螺旋状の尖塔のような物が高く伸び上がっていった
見上げるほど高くなった光の螺旋は、ふわりと回転しながら広がった
放射状に広がったのは、純白の輝きを纏った四対八枚の翼だった
「……トンキー……」
リーファの呟きが聞こえたのか、翼の下から以前と変わらぬ象顔が見えた
そして、トンキーは長い鼻を高々と掲げて、触手をウンディーネ部隊に向けた
「やばっ!」
「ツユカ!」
「わかってる!」
それを見たキリトはリーファを抱えて雪原に倒れ込み、ツユカとユーヤは伏せた
その直後、触手からウンディーネ部隊に向けてあの電撃が放たれた
電撃の直撃を受けて、生き残っていた一部の魔法使い部隊や黒騎士の攻撃により手負いだったアバターは爆発四散した
タンクプレイヤーは耐えたが、一撃で赤まで差し迫っていた
それを見たリーダーの男性プレイヤーは、片手を上げて振り回しながら
「後退、後退だぁ! 丘向こうまで後退!」
と声高に言うと、自身も駆け出した
その後、生き残っていたウンディーネ部隊はリメインライトを回収しつつ、現れた丘の向こう側まで逃げていった
もちろんのこと、飛行能力を得たトンキーならば、逃げていったウンディーネ部隊を捕捉し追撃するのは容易だろう
だが、トンキーは勝利の鳴き声を響かせるに留めて翼をはためかせて方向を変えると、わっさわっさと飛んできて、リーファ達を頭上から見下ろした
こうして、トンキー攻防戦は幕を閉じた