筆が進まないんです
予選が終わった数十分後、ヨシアキこと吉井明久はバイクを運転して自分の住んでるアパートへと帰宅した
だがその姿を、日課のランニングをしていたヒデこと、木下秀吉が見ていた
「明久……?」
秀吉が知っている明久は、いつも微笑んでいる優しい少年だ
だが今秀吉が見た明久は、まるで何かを思いつめたような怖い表情だった
しかも、足取りもどこか覚束ない様子だった
声を掛けようとも思ったが、その前に明久はドアを開けて中に入った
別に、今から行っても明久は中に入れてくれるかもしれない
だが、なぜか躊躇われた
「明久……なにがあったんじゃ……?」
秀吉のその呟きは、夜闇の中に消えていった……
時は過ぎて、湯川町
シノンこと朝田詩乃は、友人の新川恭二と別れるとコンビニで夕食代わりにヨーグルトとミネラルウォーターを購入して帰宅した
これからGGOで第三回BOBの本戦に出場するのだが、BOBは長時間のダイブとなる
長時間ダイブ前に本格的食事を取るのは、とある理由によって推奨されていない
詩乃は買った物を机の上に乱雑に置くと、手早く部屋着に着替えた
そして、ヨーグルトを食べるとベッドに行こうとしてから、自分の勉強机の方に歩み寄った
そして鍵付きの引き出しを開けて、奥の方からある箱を取り出した
詩乃はその箱を机の上に置くと、深呼吸してから箱の上蓋を開けた
中に入っていたのは、一丁の拳銃だった
拳銃とは言っても、本物ではなくモデルガンである
拳銃の種類は、プロキシオンと言われる種類だ
詩乃は段々と激しくなってきている鼓動をなんとか押さえながら、その拳銃を手にした
その直後詩乃の視界が歪んで、自分の部屋からある場所へと変わった
そして、ここには居ない筈の男の姿が浮かび上がった
充血した右目に、黒く淀んだ左眼窩
男が詩乃の方へと手を伸ばそうとした瞬間、詩乃はなんとか悲鳴をこらえて拳銃を乱暴に箱へとしまい込み、上蓋を閉じてから引き出しの奥へと乱暴にしまって、叩き付けるように引き出しを閉じた
それによって、景色は自分の部屋へと戻った
だが、詩乃を激しい嘔吐感が襲い、詩乃はトイレへと駆け込んだ
そして胃の中の物を粗方吐き出すと、ようやく落ち着いてきたので、詩乃は口元をティッシュで拭いてからトイレを流して、トイレから出た
詩乃を襲ったのは、PTSD
つまりは、トラウマである
詩乃は今から数年前に、一つの大きな過ちを犯した
それ自体は罪に問われておらず、詩乃はむしろ被害者として扱われている
だが、その過ちが詩乃をずっと苛んでいた
だから親元から離れて、遠く離れた東京へとやってきた
だというのに、それはずっと詩乃に付きまとってきていた
それが嫌になり、何回も周囲に助けを求めた
だが、求めた度に冷たく拒絶された
だから、途中から助けを求めることを止めた
一人で乗り越えようと、強くあろうとした
そのために、新川恭二に進められてGGOも始めた
そのおかげか、何種類かの銃は好きにすらなれた
そして、GGOで強くなれば現実でも強くなれると思った
だが、現実は違った
なんという体たらく何だろうと詩乃は思いながら、ベッドに寝転がった
「誰か……助けてよ……」
詩乃はそう呟くと、アミュスフィアを被って
「リンク・スタート……」
と、現実世界から仮想世界へとダイブした