「母さん、話があるの」
「なに?」
明日奈が呼び掛けると、京子は振り向いた
京子はある大学で講師を勤めており、机の上には様々な書籍があった
それらを気にせず、明日奈は京子を見て
「これを着けてくれる?」
と予備のアミュスフィアを差し出した
それには、明日奈のサブアカウントデータが入っている
すると京子は、片眉を上げて
「ゲームに興味はないわ」
と言った
だが、明日奈は譲らずに
「お願い、着けて」
と言った
明日奈の目の光が強いことに、京子も気づいた
だからか、京子はアミュスフィアを受け取り
「なんなのよ……まったく……」
と溜め息混じりに言った
そして、明日奈の手伝いもありアミュスフィアを装着
「私がすぐに行くから、母さんは出た場所から動かないでね」
明日奈はそう言って、待機状態にしていたアミュスフィアの電源を入れた
そうして京子がキチンとインしたのを確認してから、自室に急いで戻った
そして、自分のアミュスフィアを被り
「リンク・スタート!」
とALOに飛び立った
アスナが出たのは、ログハウスの入り口だった
アスナは軽く周囲を見回してから、ログハウスに入った
すると、居間にそのアバターは居た
少し身長の高い、シルフのナイフ使いが
それは、アスナが作ったサブアカウントのキャラだ
今は、京子が中に入っている
その京子は、居間に飾られている鏡で全身を見ている
すると
「これが、ゲームの世界……凄いわね」
と素直に感嘆していた
そして、アスナを見て
「本当に、現実とほぼ一緒なのね……少し、背が低いくらいかしら?」
と首を傾げた
すると、アスナは
「母さん、こっちに来て」
と京子の手を引いて、歩き出した
そして、ある部屋のドアを開けた
そこは、客室として用意してある部屋で、森に面している
その証拠に、大きな窓からは雪が積もった木々が見える
「この部屋がどうし………あ」
その景色を見て、京子は固まった
すると、アスナが
「思い出した? お母さんの故郷を」
と言った
京子は元々、鳥取のある山間の町の出身だった
その町には、アスナも幼い頃に遊びに行ったことがある
自然豊かで、京子の両親は優しかったことを覚えている
しかし、その両親は数年前に他界
その土地は売られてしまった
その土地を売ったのは、何を隠そう京子だった
その後は、一度もその故郷には戻っていない
何故ならば
「母さん、後悔してるんじゃないの? 自分の産まれを……田舎産まれってことを」
「つっ」
京子は大学の講師をしているのだが、その教授達の中には自分の産まれ故郷から出身校を自慢気にし、田舎産まれの者達をバカにする者も居た
それが悔しいから京子は、一層仕事に精を出した
その結果、バカにされることはなくなった
だがその経験から、アスナや兄の浩一を厳しく教育した
将来、バカにされないために
そして何より、子供達の幸せを願って
「母さん……私を産んでくれて、ここまで育ててくれたことには感謝してます……でもね、私は自分の将来は自分で決めたいの……」
「明日奈……」
アスナの言葉を聞いて、京子はあることを思い出した
それは、故郷を出た時だった
その時京子は、都心の大学に通うべく心配していた両親に、アスナと似たことを言ったのだ
すると両親は、優しい笑みを浮かべて
『何時でも、帰っておいで』
『京子の家は、ここなんだからね』
と言って、京子を見送ってくれた
それは、京子を信じたからだ
そして何よりも、京子の幸せを願ったからだ
京子の幸せを願い、京子がやりたいようにやらせた
それが今になってわかり、京子の目から涙が溢れた
京子は泣くのを堪えようとしたが、涙が止めどなく溢れてくる
「なんで……」
「この世界じゃね、母さん……泣くのを我慢出来ないのよ」
京子が呟くと、アスナはそう言った
すると京子は、顔を両手で覆いながら
「不便な世界ね……」
と言った
それを聞いて、アスナは
「不便だけど、素敵な世界だよ」
と言って、京子が泣き止むまで静かに寄り添い続けたのだった
そして、翌日
「明日奈……あの編入試験、受けなくていいわ」
と京子が言ってきた
それが信じられなくて、明日奈は固まった
すると京子は、そんな明日奈を見て
「やりたいことが有るんでしょう? だったら、最後までやりなさい。ただし、次の試験で今の成績より悪くなったら、編入試験を受けてもらいます」
と言った
それを聞いて、明日奈は
「ありがとう、母さん」
と頭を下げたのだった