ボクのお姉ちゃんはIS 作:衛人操縦士訓練生
ある日、唐突に、何の前触れもなくネット上に拡散された彼の情報には、身長体重血液型等の身体情報のみならず、彼が元々住んでいた施設の住所等の個人情報までもが含まれている。
だがこれだけの情報で、世界のISを管理する国際IS委員会やテロリストが動く事は無い。問題はこの後にあった。
実際にISを動かした証拠となる『ある事件』の映像が、一部のIS関係者に送られていたのだ。
その事件とは彼、刈内明日香が小学1年生――つまりは4年程前に起こった、『稼働が不可能な状況にある物も含めた、全IS、全ISコアの異常稼働』である。
元々この事件については、ISの生みの親と呼ばれている『篠ノ之束』が、自身の造り上げたコアの現状を把握する為に起こしたものと考えられており、当の本人も黙して語らない事からこの認識で正しいと思われていた。
それ故、最初は誰もが映像を偽物もしくはタチの悪い冗談だと笑い飛ばしていたが、検めれば検める程映像が事件当時のものである信憑性が高まり、結果として国際IS委員会から指示されたIS学園は刈内明日香の保護に乗り切る事となった。
大した興味があるわけじゃないけど、と誰に対してか分からない言い訳をして、『そこら辺から拾ってきた』その映像とやらを再生する。
映像が撮影されたと思しき場所は何処かの小学校の教室で、画面の中央には『黒髪』の少年が映っている。現在と比べると髪色の違いや身長の低さ等の差異はあるが、幼い頃の――今でも十分幼いが――『刈内明日香』だと分かる少年は、たどたどしいが元気よく手に持っていた紙に書かれた文字を読み上げる。
年月日、時分秒、姉達と実験を行う事、姉達はISのコアという事、撮影を担当しているISのコアナンバー、自身の合図から5分間全てのISを起動する事を1つずつゆっくりと読み上げ、虚空を見上げる。
ここではない何処か遠い所を見ているような虚ろな視線は、刈内明日香がIS学園を訪れてから行われた感応能力の実験で判明した、姉達……ISのコアとの会話している状態である。
数秒後、2、3度頷き、単語自体の意味が分からないらしく、ズレたイントネーションで撮影しているのはISのコア達である証拠を提示する旨を発言する。
それから行われたのは、撮影している視点の移動だ。まず上下左右問わず刈内明日香を常に画面の中央に映るように、周囲に机や椅子がある事を感じさせない動きで回転する。それは誰がどう見ても撮影機器を使っていては不可能な動きである事は明らかである。
次に撮影場所を教師達が居る職員室に移して、日直のノートを渡しに来たと言って教師の1人に話し掛ける。するとその教師は撮影されている事に一切関心を向けず、その場に居るのが彼1人だけであるかのように振舞い、発言も特に何の捻りもない遅い時間まで残っていた事への注意と日が沈まない内に早く帰るようにという心配だけだった。
教師に帰りの挨拶をして今度は下駄箱前に場所を移した。周囲には生徒も教師も居らず、実験開始の合図を出しても大丈夫な場所と確認し終えた後立ち止まると、撮影視点も刈内明日香の正面に回る。
ほんの数秒の間、瞑想するように瞼を閉じて、目を見開いた直後の一瞬。その一瞬だけ、彼の様子は一変した。
いや、変わったのではないのだろう。普段はひたすらに隠して抑え付けて仕舞い込んでいたものが、気分の高まりで思わず表情として出てしまった、と見るべきか。
10分にも満たないここまでの撮影の間、彼は穏やかな顔で朗らかに笑い、教師達もその笑顔に癒されていた。だがあの一瞬画面に映っていた彼の瞳は、画面越しでも薄ら寒いモノを感じる程の狂気に彩られており、まるで負の感情の全てを内包しているかの様にぎらぎらと燃え盛り、心の弱い者が見れば魅了されてしまいそうなほど妖しく虚ろに輝いていた。
そんな瞳をしていたのは僅かな間でしかなく、一部の特殊な人間以外は目の錯覚か何かだと思うか、そもそも表情が変わった事に気付きもしないだろう。
勿論自分はその表情を見逃す筈もなくしっかりと目に焼き付けてしまい、衝撃を受け過ぎたせいか映像の続きは曖昧にしか憶えてない。だが実験開始時刻が1秒のズレもなく、事件当時と同じ事だけは間違い無かった。
最終的な意見としては、単なる撮影にしては異常なほど高い編集技術、画質、音響等、それ以外にも『普通』ではない技術のオンパレードな映像は、『ホンモノ』であると言えるだろう。
そして何よりも、世界で2人しか知らない筈の『ISコアにナンバーがある事』を知っている事が決定的な証拠でもあるのだ。
…………これ以上は駄目だ、あの妙な瞳の所為で思考が纏まり辛くなっている。とりあえず少し眠ろう。一度眠れば少しは落ち着くだろう。そう考えて端末の電源を落とし、部屋を後にした。
◇◇◇◇◇
「……何これ」
約2時間の仮眠を終えて再起動した端末に、メッセージが1件届いていた。別にそれはいい――決して無視していいものでは無い――が、今はこのメッセージの方が重要。どうやらあの映像を見る事が送信のトリガーらしい。これを仕掛けたのは十中八九ISコアのAIだろう。
何故ならば、差出人が件の『刈内明日香』なのだから。
僅かな逡巡も無く開く。ウィルス如きでどうにかなる端末ではないが、中身は添付データも無い単なるテキストデータだけだった。
【初めまして、刈内明日香です。
突然メールが来てびっくりしたと思いますけど、このメールはお姉ちゃんたちに頼んで、コアネットワークを通して送らせてもらいました。
聞きたい事はいっぱいあるし、逆に聞きたい事もあると思いますけど、そういうのは嫌いみたいだから余計な事は書きません。
一度、会いたいです。
場所はIS学園がいいですけど、嫌だったら別の場所でも大丈夫です。
お返事、待ってます。】
何の事は無い、要約する意味も無いとても短く単純な内容。
「ふぅん……」
けど、これってある意味挑戦状だよね。
この『束さん』に会いたいなんて文を送ってくるんだからさ。
自称ISの弟……この目で直接見てやろうじゃんか。そうと決まれば早速準備を始めなきゃね!
◆◆◆◆◆
「えぇ、えぇ、後処理の方は任せます。…………くはぁ~!」
受話器を置いて背伸びをする。ほぼ1日中デスクで書類と格闘したり関係各所や部下との連絡で話し続けたりと、平日には出来ない仕事ばかりをしていたせいで凝り固まった身体の各関節から、健全な女子校生的にはギリギリアウトな音が出る。
「ったく、1週間でどんだけの工作員を送り込めば気が済むのよ……」
明日香君がIS学園に保護されてから約1週間。彼の情報を求めて面談や交渉の申請、果ては誘拐目的の工作員まで送られてくる始末。いくらIS学園の警備は分厚いといっても完璧ではない。加えてあらゆる国のあらゆる組織から送られてくる分、尋問やら後処理やらに時間が掛かって厄介なことこの上ない。
何度馬鹿な事を繰り返せば気が済むのかと思いながらも、それだけの価値が彼にある事を思い知らされる。だからこそ警備は最大限まで厳しくしてあるのだし、彼の周辺にも更識家から選りすぐったSPを付けてあるのだが。
「大変お疲れ様でした。ハーブティーを淹れましたので、書類の整理等は任せてお休みになって下さい」
「えぇ、任せるわ。……そうだ、明日香君宛の面談とか要請の類は全部破棄して頂戴」
「畏まりました」
生徒会副会長兼更識家の従者である『
「ふぅ……」
ハーブティーを一口飲んで背もたれに体重を預けながら、この1週間で行われた明日香君の能力実験結果のレポートに目を通す。
主に行われた実験は、明日香君のISスーツに組み込まれたバイタルレコーダを使用し、IS搭乗時や感応能力使用時の生体情報の読み取るというもの。そして実験を行うのを許されたのは、面倒な経緯はあるが彼のIS『打鉄参式』を製作した倉持技研から、更に厳選された上で派遣された数名の研究者のみ。
何故これだけの実験内容で、これだけ厳重な体制なのかと言われれば、彼自身の希少性と彼の護衛である
勿論、この要望を受け入れる必要性は無いと言っていた者もいた。
そう、『いた』のだ。
別に物理的に消されたというわけではない。否が応にも受け入れなければならない状況になってしまっただけである。
その理由とは、要望を拒否した者がいた国のISが1機、稼働を停止したのだ。そして最初から受け入れようとしていた者しかいなかった国は、国別に開発を進めている
と言っても呑むべき条件と、それを呑んだ場合と呑まなかった場合のメリットとデメリットなんて比べるまでもない。ほぼ2つ返事で条件を受け入れたのは当然と言える。
それよりも解せないのは、明日香君の情報が拡散されてから僅か半日で合法非合法問わず様々な組織が動き出した点。はっきり言ってこの早さは異常だ。
加えて先の実験条件の交渉が、彼がIS学園に保護されてからたった数時間で締結した点も謎を深める一因となっている。
「まさか……ね」
そもそもの問題として、何故ISコアが世界を相手取ってまで彼の事を守ろうとしているのかが分からない。
憶測ばかりだが笑い飛ばすに飛ばせない事を考えながらも、実験結果の報告書に目を通す。
前述の補足をすると、実験は彼のISスーツに組み込まれてあるバイタルレコーダを介して、IS搭乗時・非搭乗時に感応能力を使用した時の生体情報の変化や、彼自身とIS側の影響等を調べるものである。
そして実験初日に起こった感応能力の過剰使用による行動不能状態を避ける為、実験は放課後の約2時間のみ、授業の無い日は午前中の3時間のみとする事も忘れてはいけない。
以上の実験内容と実験期間を鑑みれば判明した事は少ないが、決してゼロではなかった為こうして報告書が上がっているのだ。
研究者らしい小難しい単語と言い回しを要約すると――
感応能力の1つ、ISコアとの意思疎通が可能な距離はほぼ無限である。これはISのコアネットワークに接続可能な距離に居ればよいから……つまり地球に居れば何処であろうと意思疎通が可能だからである。
次にISの遠隔操作能力について。これには有効距離があり、彼を中心に半径1kmであることが判明した。なお、有効範囲内であれば操作精度に差は全く無い。
次にISへの干渉能力について。これについては現在判明しているもののみ記す。
①ISへの干渉による、命令及び特定行動の強制(命令可能な行動に限界があるかは不明)。
②『①』の応用による、ISコアの自律行動の許可(行動可能な範囲はコアによって差が出た為、詳細な範囲は不明)
最後にISとの同調能力について。これは彼の自己申告によって判明したもので、彼の意識や感覚をISコアのAIと同調させるとの事だが詳細は不明である為、今後も重点的に調査していく予定である。
彼自身は
同調能力の副作用なのかは不明だが、同調時に性的興奮を覚えている節がある事も記しておく。
「ふむ」
感応能力というものの、いささか能力の幅が広すぎる気が……いや、これはISに関する能力を纏めて『感応能力』と言っているように感じる。
それよりも、この能力は反則すぎやしないだろうか。彼にISで対峙した場合、その搭乗しているIS自体に遠隔操作能力や干渉能力を使ってしまえばどうしようもない。
となると今度は別の疑問が湧いてくる。能力を使ってしまえば、彼の置かれていた環境を変える事ができたのではないか、と。
距離等の問題はあるだろうがいくらでも解決策はあるはずだし、ISコア達の彼への執着具合から見てもその手段を選ばない筈が無い。なのにそれを選ばなかったのはどういう事なのか。
「もしかして能力に気付いたのは……」
≪そう、私達が明日香さんと繋がってから≫
「「っ!?」」
突然脳内に響いた声に驚きながらも、私と虚は警戒し素早く立ち上がり身構える。それと同時に黒い人型が生徒会室のドアを開けて侵入してきた。
「打鉄参式……?」
≪こうして語りかけるのは初めてになりますね。私は打鉄参式のISコア、コアナンバー003です。以後お見知りおきを≫
丁寧な口調と綺麗な礼を見せた彼女(?)は、困惑したままの私達を置き去りにして室内に備え付けられた椅子に座ると話を切り出してきた。
≪本来は取り決めで私達ISコアが明日香さん以外の人間と直接コミュニケーションをとる事は無いのですが、色々と面倒事を片付けてくれている貴女方に感謝の印として情報を届けに参りました。あぁそれと、今からお伝えする事は既に織斑千冬の他数名にも伝えてありますので、決して情報を洩らす事無きようお願いいたします≫
「え、えぇ、よく分からないけど、明日香君に関わる事なら誰にも洩らさないわ。正直これ以上の厄介事は勘弁願いたいもの」
「はい、分かりました」
前置きに私達が同意したのを見た後、彼女はまるで世間話をするかのように話し始めた。
≪手短に話します。お母様が動き始めました。そう遠くない内に明日香さんを試す為、このIS学園を訪れるでしょう≫
「「は?」」
ふむ、お母様?
お母様→ISコアの母→ISコアの開発者→篠ノ之束博士――
「…………勘弁して」
なんと自身を打鉄参式のコアだと名乗った彼女は、核弾頭よりタチの悪い爆弾を放り投げてくれやがったのだ。