「もっと腕を上げろ!足を前に出せ!ぬるま湯に浸かってるようじゃいつまでたっても速くはなれんぞ!」
「う、うるさぃ・・・わかって、る!・・・ハァ・・・ハァ」
現在の時刻は午前5時半。
まだ学生たちの起床には早すぎる時間に、一組の男女がアスファルトを駆けていた。
女は乱れる呼吸を何とか戻そうと必死になるが、後ろにいる男の足音に気を取られ中々戻せない。
男は常に女の後ろへと引っ付き、プレッシャーを与えている。
男はこの物語の主人公、信介。
女はその妹、桐乃である。
彼は妹が幼いころに頼んできた「走るのが早くなりたい」という願いを真摯に受け止め、休日はこうしてランニングに付き合っているのである。
「何度言ったらわかる!後ろをぴったりとついてくる精神的ダメージを跳ね除けろ!
走っているのはお前だ!勝負はいつも今の自分とだ!他の音に気を配るくらい余裕があるなら自分の体に全てを注げ!」
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
もはや返事すらも無駄と感じたのか、桐乃は後ろにいる信介に一瞥もくれず、ただ前を見て走っている。
「そうだ!俺を見るな!俺の声を聞くな!自分の動き一つ一つにだけ気を配れ!」
桐乃がゼェゼェと息を切らし頭が朦朧となっている中、信介は全く呼吸を乱さず、彼女のワンテンポ上の速さで後を追う。
今日走った距離はそろそろ7kmになろうとしていた。
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「・・・だ、今日はこれで終わり!」
「ありがとうございました!」
今日の成果と反省点を話し、ランニングは終了となった。
「シンにぃやっぱ速いよ。タバコとお酒で無茶苦茶の体でどうやってあたしより速く走れるの?」
「特に努力はしていないな。しいていうなら風を感じてる時間を楽しんでる」
「それこそ無茶苦茶だよ」
桐ちゃんはうんざりした顔でこっちをみてくる。
大方世の中の理不尽さに怒りを向けてるんだろう。
まぁ俺の理不尽さは市内で
運動会で先生に「お前が出ると絶対勝てちゃうから綱引き禁止」と言われたことには流石に抗議したが。
「究極を突き詰めるならお前はもっと肉を落として筋肉をつけろ。
でも出来ないだろ?モデルを捨ててまでやろうって気概がお前からは感じない」
「女の子に筋肉付けろとかサイテー。
私は全部を完璧にこなすの。何かの為に何かを捨てるなんてできない」
俺の提案をさも当然かのように一蹴する。
これが彼女が彼女たる所以なのだが。
「ならばやはりフォームと精神を鍛えるべきだ。
そこまで気にしなくてもお前は充分世間から見たら天才だがな」
実際、彼女は天才と言われるほどの何かを生まれつき持っている者ではない。
その殆どが誰にも見せない努力によるものだ。
少し離れた年上というのもあって、こっそりと夜俺の部屋に尋ねてきては色んなことを聞いてきた。
俺は自他ともに認める天才だったから感覚で物を教えることが多かったが、そこは兄妹。
他人よりも若干ではあるが、俺の考えを読み取って自分のものとしてきた。
相手の気持ちをここまで読んでくれるなら、アイツとも仲良く出来そうなんだがな。
「千葉市の
ちなみにこの渾名には色々と伝説が残っている。
曰く、千葉市の悪名高き不良に20人掛かりで襲われて撃退した。
曰く、成績は全国トップ。
曰く、夜な夜な遊び歩いては様々な女の家に消えてゆく。
曰く、彼には天が味方している。
誇張が混じっているのもあるが、大凡間違いではない。
流石に20人の不良には武器を使いトップ3を潰せばあとは散り散りに逃げて行った。
「とりあえずあたしはお風呂に入ってくる。
ベッタベタできもちわるいから」
「あいよ、たまにはお兄ちゃんと入るか?」
「は、ハアッ!?バッカじゃないの!しんにぃは外で水でも被ってろ!」
冗談にも本気で反応してくる桐ちゃんを俺は結構気に入っている。
今もランニングで真っ赤になった顔が更に赤くなっている。
こんな感じで、俺たち兄妹の関係は良好である。
―――――――――――――弟を除いては、だが・・・・・