さて、この世に神は居ないことを認識した悠は、どうしたものかと頭を抱えていた。
目の前には浴室のドア。
その向こう側には、ブロンドの少女2人が居る。
一人は同い年。一人は自分よりも少し下の年。
整った顔立ちをした姉妹である。その中での妹に見えて姉であるアリシアに言われたこと。
『髪を洗って欲しい』
成る程、了解。だが問題ありだ。
「悠~、早くしてよ~、のぼせちゃうよ~」
打開策を見つける時間はなさそうだ。
しかし、アリシアはともかく、フェイトはどうしたものだろう?ほぼ毎日のように合わせる顔だけあって、このままホイホイと入ってしまっては顔を合わせづらくなる。察しの良い、はやて辺りは嗅ぎつけるかも知れないし、そうなったらなったでややこしいことになる。
「…フェイトはどうする?何だったら先に上がるか?」
希望しているのはアリシアだ。百歩譲っても、希望しないフェイトを洗わない。だったら先に上がらせる。それがせめてもの…
「わ、私も…洗って欲しい、かな。」
…唯一にして最後の妥協案は、同級生の要望によって儚くも砕け散った。
それからのことは悠は覚えていない。
気がつけばリビングで二人の頭をドライヤーで乾かしていた。無意識、と言うのは時に恐ろしいもので、2人が話しているのを聞くに、手際が良かった、だの、癖になりそう、だの誤解を招きかねない言動が飛び交っていた。
何とも無しに乾かし終えると、ブラッシングも忘れない。変な型が付かないように、優しく、絡まないように梳いていく。…成る程確かに、髪質が似通っているのもさることながら、手触りも申し分なく、誰もが羨む流れるようなブロンドが出来上がった。
「…こんなものか。」
「えへへ、ありがとう、悠。」
「本当に手際良いね、ありがとう。」
こうやって礼を言ってくれるのは有り難いが、二人には早く自分で洗えるようになって欲しいものだった。
二人のパジャマは、アリシアは水色、フェイトはピンクの物を着用している。二着ともフェイトの物で、アリシアは体格差からか、若干だぼだぼで腕と足の裾をまくっている状態だ。
湯冷めしないようにと、悠はミルクココアをマグカップに入れて二人に出した。悠も自分の愛用のカップに注ぎ入れて、椅子に座って飲み始める。因みにエルは自分の餌容器にペット用ミルクを入れて貰ってペロペロと舐めている。
「悠って、学校じゃあまり喋らないけど、こうしてみたら面倒見良いね。気が利く、と言うか…。ちょっと意外だったかも。」
「学校じゃ、お前には高町とか八神とかがいるだろう?…俺の家じゃ居ないからな。」
「悠って、友達居ないの?」
意外にもそう発言したのはアリシアだった。フェイトは口に含んだココアを噴き出しそうになるのを必死に我慢するし、悠は表情から分かりづらいが、若干ぐさりと来ているようにも感じられた。
「ちょっ…アリシ…お姉ちゃん…!」
噎せ返りそうになりながらも、歯に衣着せぬ言動に必死に抗議と、名前で呼びそうになったがお姉ちゃんと訂正するフェイト。
「…いや別に…友達が欲しいとかそう思ったことはないな。居なくても退屈はしなかったし、不自由と思ったこともない。」
「でも、学校休みの日とか、遊んだりしないの?」
「休みの日でもやることは沢山あるぞ。掃除に洗濯。布団干しに買い出し。家計簿の記帳に…、あぁ、あとエルの散歩も行かないとな。…まぁ暇があれば本屋にでも行って本を買って読んでいるくらいか。」
なんだろう、この所帯じみた同級生は…?と、フェイトはしみじみ思った。はやても一年前は同じような生活だったが、あちらは休学していたし、ヘルパーの人も居たから若干手間は省けていたはず。しかし、学校に通う生徒がここまでやっていると、もう将来は主夫になっても大丈夫なんだろう、と悟ってしまう。
だが、このままじゃダメだ。
「じ、じゃあ、私が家事を手伝いに来る。そして、時間を作って遊びに行こう、悠。」
「「へ?」」
握り拳を作って豪語するフェイトの提案に悠どころかアリシアも素っ頓狂な声を挙げた。
………。
妙な間が緋村家のリビングを支配する。間、というよりも、時が止まったのかと言わんばかりに皆が静止してフェイトを見ていた。犬であるエルですらフェイトの方を見ている。実際に音があるとすれば、時が止まっていない証拠と言わんばかりに、アナログ時計の秒針が動く音ぐらいな物だ。
「…言っている意味が分からないぞ、フェイト。」
「だ、だから、私が悠を手伝えば時間が余って、遊びに行く時間が出来るってことだよ。」
「いや、だからどうしてそう言う結論に至るのかを…。大体、俺はこの生活を苦には思ってない。」
悠も悠で自分の生活を謳歌しているし、趣味の読書に興じる時間もある。別に遊びに行かないといけない、と言う状況もなければ、そう言う気持ちも起きない。
端から見れば、所謂ぼっちに見える彼だが、そこはそれ、興味が無い方で何とも感じないという、多感な時期においてなんとも冷めた物になっていた。
「あ~、成る程ねぇ。」
口元に手を当て、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ、アリシアは何かを確信したかのよう。
「フェイトって、悠と一緒に居る時間の口実が欲しいんじゃない?つまるところ、フェイトは悠のこと…『わ、わーっ!!!』」
何か都合の悪いことをアリシアが口にしかけたからか、大声でごまかしつつフェイトは彼女の口を塞ぐ。もごもごと何かを言いたそうに藻掻くアリシアを余所に、フェイトは若干顔が紅い。
「…どうしたんだ?いきなり大声を出して…。御近所の迷惑だぞ。」
「そ、そうだね…。アハハ…。」
今の会話の流れから、行き着く返答はそっちなのか、とフェイトは別は意味で彼の鈍さに残念な感じも若干感じられた。
「こほん、わ、私が言いたいのは…、そ、その……」
アリシアの口を塞いでいた手を離し、もじもじとしながら言葉を選ぶフェイト。そのいじらしさは、隣のアリシアを含め、普通の男なら悶えかねないほどであり、現に隣の小さな姉は軽く目眩を覚えたくらいである。
しかしそこはこの緋村悠。ラノベとかの主人公の如く、鈍感スルー能力が彼にも備わっており、真剣にフェイトの紡ぐ言葉を聞き入っている。
…ちなみにこの小説の主人公は金髪ボクっ娘男装転校生…だと思われる。
「と…」
「と…?」
「友達に…なりたいんだ…。」
ようやく吐き出された言葉。
それは、自分を救ってくれた大切な親友の言葉。
今の自分を始めることが出来た原点。
おそらく、自分から友達になろう、と言い出したのは、もしかしたら初めてかも知れない。
目の前に一人が良い。そう言って接触をなるべく控えていたクラスメイト。エルという家族が居て寂しくはないという。
でも、どこか遠く、悲しいような目をするのは、両親の愛に飢えている、そう思えたから。
だから、一緒に過ごして、その気持ちを自分が和らげられるなら。
勿論それだけじゃない。今日一日だけ、しかも未だ数時間の間で彼の知らない面が沢山見れた。
もっと彼を知りたい。
もっと楽しい気持ち。寂しい気持ちを共有したい。そう思ったから。
恋慕とかそう言う気持ちではない。なのはやはやて、アリサやすずか。そしてヒカリと同じように、遊んだり、出かけたり。そう言ったことをして過ごしたいと思う気持ち。辛いのなら助けたいと感じる思いがフェイトの先の言葉を口にするのを後押しした。
「…ふむ。」
一旦言葉を挟む。表面上、平常通りを装って入るものの、悠の内心はいささか焦りを感じていた。
友達になりたい。
そう言われたことは今までなかった。学校で今まで過ごしてきた中でもなかったし、興味は無い。加えて、努めて目立たない、と言うより自然と空気化するような、そんな忍者と思えるようなスキルをアクティブで発動していた。
つまるところ、慣れないことを言われて、ポーカーフェイスでありながらも挙動不審になっているのが現状である。
「だめ…かな…?」
予想以上に間が空いてしまったことに、フェイトは不安そうな声を漏らす。
「…いや、ダメじゃない…、が、実際に友達、といわれても、そう言った付き合いはしたことがないからな…。どうすれば友達として成立するか分からない…。」
困惑顔の彼の表情と言葉に、フェイトは苦笑した。
「…そこは笑う…所なのか?」
あまり表情に変化はないが少しむっとしたようで、ほんの少し口調が重く感じられた。
「あ、違うの。さっき悠が以前の私と同じようなこと言うから…」
「以前の…フェイト?」
うん、と頷くと、胸に手を当て、まるで遥か以前のようにも、ついさっきのようにも感じながら、懐かしむように目を閉じて思いを馳せた。
母であり、自分にとって全てだったプレシア・テスタロッサからの拒絶。
自分の全てを否定された『大嫌い』という言葉。
全てに絶望し、考えることを止めた中で、心に響いた今の親友からの声。
再び立ち上がり、母への思いを伝えて、本当の自分を始めて…。
その一歩がなのはとの『友達になる』ことであり、原点となった。
「あ~、なんかフェイトが自分の世界にトリップしちゃった…」
目を閉じたまま動こうとしないフェイトは、座ったまま寝ているんじゃないか?と思わんばかりに微動だにしない。
そんな妹にアリシアは呆れた声を挙げたのに反応して、ようやくこちらの世界に精神が帰還を果たした。
「あっ!そ、その、ごめん。とても印象深い出来事だったから、つい物思いに耽っちゃって…。」
「いや、誰だってそういう出来事はある。…まぁつまりはそっちは友達、と言う存在がつい最近初めて出来た、と言う意訳で問題ないか?」
「そ、そう。そうなんだ。…悠って、聞き上手なんだね。」
感心しながら、温くなったミルクココアを飲み干す。
「…どうだろうな。」
「とにかく、フェイトは悠と友達になって、遊びに行けるようにしたいんだよね?私も悠の家事を手伝えば、もっとはかどるよ!」
…なぜか居候する方向でアリシアの脳内で固まりつつあるようだ。
「…どうしてこうなった。」
悠のベッドは所謂シングルベッドで、元々一人が寝るように設計されており、その範疇なら寝る分に手狭になることはない。クッションもそこそこに良いものだし、機能性も枕元には数個の棚があって小物も入る。小学校に入ったときから使っているお気に入りだ。
だがしかし、悠は床に布団を敷いて寝ていた。ベッドが壊れたわけではない。問題は両側に寝ている居候とその妹だ。
時間は23時。普段なら既に寝入っている。
スヤスヤと規則的な寝息を立てる二人。まぁ、川の字になって寝る、と言うのも久しくしていないものだ。両親が揃って帰ってきたらよくしていたもので、少し懐かしむと言う余裕もあったし、何より誰かと寝る、と言うことが少し嬉しくも感じられた。。
「…寂しいのか、俺は…」
頭だけを動かし、月明かりが差し込む窓を見やる。
雲一つ無い夜空。星もよく見える。
今、両親は何をしているんだろう?次に帰ってくるのは何時になるんだろう?
普段は意識しないようにしていた、両親の帰宅へのちょっとした渇望。いきなり増えたような家族?のような存在に戸惑いと嬉しさもありながら、どこか両親の温もり、と言う物が恋しくなったのかも知れない。
「…いや、考えても仕方が無いな。仕事、なんだから。」
「悠…?」
不意に声を掛けられた。見やれば、右手側に寝ていたアリシアだった。
「眠れないの?」
「ん…、考え事をしてた。そろそろ寝る。」
「お父さんとお母さんがいないのが寂しい?」
…聞かれていたのだろうか?そうでないのなら、的確に核心を突いてこられた悠は一瞬だが戸惑う。
「…まぁ、そう言った気持ちは無いわけではない。」
諦めたのか素直に吐露し、視線を天井に戻した。
「それもあるし、危険と隣り合わせの仕事だ。心配しないわけ無いからな。」
「私もね、パパはママと別々に暮らして、ママは普段は仕事。私は家でママが帰ってくるのを猫のリニスと待ってた。…でも、リニスと一緒だからって寂しさが無くなるわけじゃなくて、やっぱりママと一緒に居たいって思う気持ちはあったんだ。」
彼女は語る。夜遅くまで仕事を頑張ってくれて、それは自分と暮らすために頑張らないと行けないからで…。だから我が儘も言わなかったし、言えなかった。言ってしまえば楽だっただろうけど、プレシアへの心労を掛けたくなかったから、と。
「だからね、悠も自分のお父さん達に無意識に気を遣ってるんじゃ無い?寂しいのを誰にも言えなくて、その気持ちを自分の中に押し込めて…。」
「……そう、なのか?今まで何とも思ってなかったが。」
「だからフェイトは、そう言った寂しいのを我慢しているところを察して、友達になりたいって言ったんだよ、きっと。」
左側を見れば、こちらに背を向けて寝ているフェイト。よく寝ているのか微動だにしない。
「…友達、か。…まだ、どうやって付き合えば良いか分からないが…、何とはなしにやってみるか…。」
憑き物が落ちたのか、ゆっくり目を閉じた悠は、しばらくして寝息を立て始めた。
それを見たアリシアは、にっこりと頬笑んで、自分も目を閉じて眠りにつく。
「適わないなぁ…お姉ちゃんには…」
誰に聞こえるとも無く、フェイトは背を向けて呟いた。
ちなみにエルはというと、悠の状況に嫉妬したのか、彼の腹の上で寝そべっていたことを追記しておく。