小鳥のさえずりが目覚まし時計となり、悠は目を覚ました。布団から出ようとした彼は、いつもと違う寝心地なのに気付く。
背中の感触は硬く、いつものベッドではなく、床で寝ていたこと。
なぜか腹の上で丸くなっているエル。正直、成犬のシベリアンだけに重たい。
そして…
両脇で寝ているブロンドの少女2人だった。
昨日の出来事を思い返し、寝ぼけた頭でようやく現状を理解した。
とりあえず、起きて朝食を作らないといけないので、まずは腹の上にいるエルを突っついた。
もっそりと顔を起こし、大きな口に見合う、大きなあくびを一つ。次は立ち上がって前足をグッと伸ばす。そうしてようやく布団から退いてくれたので、両脇の2人を起こさないように、ゆっくりと這い出る。
「エル、静かに…な?」
しー、っと静かにするよう、人差し指で唇の前を塞ぐジェスチャー。それをエルは理解したのか、何も言わない。
そっと上着を羽織ると、1人と一匹は部屋を後にする。
余り足音を立てないように、ゆっくりと階段を下り、冷蔵庫の中身を物色。
ベーコン、卵、トマト、ソーセージ、レタス、ウィンナー、タマネギ、フルーツetc…。あと、棚には食パンがある。なるほど、これなら大丈夫そうだ。
時間は5時30分。二人が起きてくるまでに出来るだけ作ってしまおう。
「んにゅ…?」
アリシアは目を覚ました。日の光が差し込み、彼女の目を刺激したのが目覚まし時計になったらしい。
むくっと起き上がり、ぐっと背伸びを一つ。筋肉が程よくほぐれ、何とも言えない心地よさが支配する。
ぼーっとした眼で周りを見ると、アリシアが寝ていた隣には少しスペースがあり、その更に奥にはアリシアと同じ髪の色で、同じ顔つきの少女が、すやすやと寝息を立てている。
しばし考えること5秒ほど。
昨日できた…というか、居たことを知った妹のフェイト。
ずっと欲しかった妹。
自分よりも大きい妹、というのもちょっぴり複雑ではあるものの、それでもその存在だけで自然と顔がほころんでしまう。
その視線を感じてか、フェイトの方もムクリと起き上がって背伸びする。さすが姉妹、こう言った仕草も鑑あわせのようにも見えるものだ。
目元をこすりながら、フェイトもアリシアを見て小休止。現状を整理する。
「おはよ、フェイト。」
「おはよう、お姉ちゃん。」
部屋のドアを開ければ、ベーコンが香ばしく焼ける匂いが漂ってきていた。スリッパを履いて、寝ぼけた脳を活性させつつ階段を下りていく。
台所の床で寝そべっていたエルが、ピクリとその大きな耳を動かして、ムクリと立ちあがる。客人2人を迎えに大きな肉球を床に付けて階段下まで。
「おはよ~、エル~」
「おはよう…ムニャ…」
半分寝惚けているのはフェイト。アリシアはというと、そそくさと階段を下りてエルの体毛に顔を埋める。少し固めだが、それでも埋めるというのは堪らないものだ。
フェイトが階段を下りきったタイミングで、2人と一匹は連れ立って台所の敷居をまたぐ。
「起きたか、2人とも…おはよう。」
「「おはよう、悠。」」
目の前に飛び込んできたのは、聖祥大附の制服の上から、淡い水色のエプロンを着用した悠。胸元にローマ字で『YOU』と書かれているのがポイントだ。
「朝ご飯までまだ時間がある。…顔を先に洗ってくると良い。…あと髪も整えておけよ。」
それだけ言って、スープの味付けに視線を戻す。コンソメを二欠けほど取り出して、鍋に投入する。
テスタロッサ姉妹は、そんな慣れた手際の彼に感心しつつ、洗面所に足を運ぶ。
子供2人ならんでも十分同時に使用できるくらいの洗面台で、二人仲良くパシャパシャと顔に水を掛ける。
「ぷはぁっ…!冷た~い。」
四月中旬、いや、もう下旬に掛かりとはいえ、冷水はやはり冷たいもの。一気に眼と脳が目覚める。
水を浴びて、目覚めたまではいいが、ハンドタオルの場所を聞くのを忘れていた。と、2人は後悔していたら、頭にフワリと何かが舞い降りた。それを思わず掴み、感触を確かめる。
こ、これは…!
どんな柔軟剤を使っているんだろう?
ちょっとこのタオルを触ってみてくれ、こいつをどう思う?
すごく…フワフワです…
そんな思いが巡りつつ、2人はごしごしと顔の水気を取っていく。
次に感じたのは、何かのスプレーの噴出音。
シュッ…!と一瞬だけだが、爽快とも思える音がフェイトの頭の側で断続的に聞こえてくる。少し頭…いや、髪が冷たい。
しばし置いて、後頭部に何かが当たる。それは髪の先端に向かって、ゆっくり且つ優しく。それが櫛を通されてることだと気付くのに、そこまで時間は掛からなかった。
片目を開けると、後ろでは悠が霧吹きを使い、髪の乱れを溶いてくれている。
「あ、ありがとう。悠。」
「頭が洗えないんだから、もしかしたら、と思ってな…。」
気取られた。いつもはアルフやリンディ、たまにクロノにして貰っているだけに、同じ歳の男子にこうされるのは、新鮮で、それでいて小っ恥ずかしい。
「フェイトはコレで良い。次はアリシア、だな。」
「よろしくね~。」
姉は順応性が高いのか、はたまた鈍いだけなのか。恥ずかしげも無く、隣で気持ちよさそうに髪を梳かれるアリシア。そんな2人を横目で見ながら、髪を大切なピンクのリボンで、いつものツインテールに整える。
…うん。いつも通り。
「…終わったことだし、2人とも、朝食にしよう。」
『では、次のニュースです。昨日正午、海鳴市の住宅地一部で一時的な停電がありました………』
派手では無く、だが決して地味でも無いスーツを着たニュースキャスターが、テレビの画面内で記事を読み上げる。顔も特に特徴があるわけでは無く、敷いて言うなら黒縁眼鏡くらいか。海鳴市の記事が出ているだけに、一瞬だけ反応したが、停電した、と言うことだけで、他愛の無い内容だった。
悠はバターを塗ったトーストをかじりつつ、三人でそんなニュースを見ていた。
「停電だって~、雷でもあったのかな?」
クルトンが数個浮いた野菜入りコンソメスープをスプーンで掬いつつ、アリシアは口を開く。パクッと口に運ぶと、ニンジンやキャベツ、それにタマネギの甘味、そしてスープに溶け込んだコンソメの風味がたまらない。アクセントに、ピリッとするように粗挽き胡椒が入っているようだ。
ニュースキャスターが言うには、原因は目下調査中とのことだが、
「でも昨日は基本的に晴れてたよ?…それらしい雲も無かったし…」
そう言ってフェイトは香ばしく焼けたウインナーを口に含む。パリッとした皮を噛み破ると、ジュワッとスパイスの利いた肉汁が口いっぱいに広がった。同じ市販の物とは言え、焼き加減一つで皮が破けて、肉汁が外に流れ出してしまうこともままあるのだが、このウインナーはしっかりと火を通しながらも、皮が破けること無く旨味を閉じ込めている。
「…まぁ、すぐに復旧したみたいなんだから良いんじゃ無いのか?その辺はその筋の人が調べているだろう。」
そう言いながら悠はバターを塗り広げたトーストをかじりつく。かりっと焼けた表面にモッチリとした生地。そこにバターが染み込んでほどよいしっとり感が醸し出される。
ニュースもぼちぼちに、朝食を食べ終えた三人。
フェイトはそろそろ一旦家に戻り、制服に着替えないといけない。
下膳を手伝い、洗い物を申し出るフェイトだが、客人はくつろぐように言って座らせた。
ものの10分ほどで食器を乾燥機にかけると、鞄を鳥に自室へ。フェイトも昨日着てきた服に再び袖を通し、いざ出発!
と思っていた矢先。
電話のコール音によって足を止められる。
時間の方は余裕があるから問題は無いので、悠は動じることも無く受話器をとる。
「はい、緋村ですが…?」
『あ、悠君?私よ、リンディ・ハラオウン。』
「リンディさん?…どうかされましたか?朝から…」
提と…義母さんから?
フェイトも悠と同じく、電話の相手に疑問符を浮かべる。
『えぇ、アリシアさんの事なのだけれど…、今日二人学校でしょう?一人で彼女にお留守番させるのは…その、心許ないというか、まだここの環境に慣れていないのにつらいと思ってね。良かったらだけど、学校に行く間はこちらにアリシアさんが来たらどうかなって電話したのよ。』
なるほど、確かに家でエルと一緒とは言え、寂しい物もあるだろう。年齢で言えば小学生なのに、学校編入もしていない。となれば、知り合いの、それも事情を知る人間の元にいた方が良いだろう。
「それは有り難いですけど…お仕事の方は?」
『大丈夫よ。一応勤務先は目と鼻の先だし、人事の方から有休使えって前々から催促が来てたのよ。だから学校から帰るまでの時間、休みを取ってるわ。…あ、あとウチのマンションはペットOKだから、大きなワンちゃんも連れていらっしゃいな。』
あぁ、なんと都合の良い…。顔を合わせたのは昨日の今日なのに、ここまでしてくれる、と言うのは若干気が引けるが、それでもありがたい物だ。
確かにエルだけならともかく、アリシアを一人にする、と言うのは気が引ける。年の割にしっかりしているとは言え、それでも一人で留守番は寂しいだろう。…そう昨晩も言っていたな。
「わかりました。御好意に甘えさせて頂きます。」
『はい、それじゃ待ってるわね。』
そう言って電話が切れる。同じく受話器を本体に戻すと、不思議そうな顔をするフェイトとアリシアの顔が目に入る。
この提案がアリシアの為になるんだろうか。そうふと思いつつ説明すると、彼女はすんなりと受け入れて出かける用意を始めた。と、言っても、私物が殆ど無い状態だから、着の身着のままなのだが。
しかし、ここで重要なことに気付く。
「靴が無いんだった。」
とまぁ結果として出された案は、悠が背負って行くことに決まる。いかにも高級マンション、と言わんばかりのその高い建築物。首が痛くなりそうな程に見上げる程に近くで見ると巨大だった。
「おっきぃねぇ~…」
「…そうだな。圧巻だ。」
二人はあんぐり口を開けて惚けた表情をする。
「悠、急がないと…。」
「そうだな。このまま遅刻するわけにはいかない。」
となれば行動あるのみ、エルのリードとパジャマなどが入った紙袋を持ってくれているフェイトに続きエントランスを抜ける。その際、各部屋毎に割り当てられた郵便受け。それをチェックすることを忘れない彼女。
…なかなか几帳面だ。
「でしょ?さっすが私の愛妹だね。」
「心を読むな、あと愛妹という熟語は日本には無い。」
ドヤ顔でニヤニヤと背に負われる、自称フェイトのお姉ちゃん。
思ったことが顔に出ていたのか?はたまた…。
考えて足を止めても時間が惜しいので、歩を進めてエレベーターに乗り込む。
「………。」
「………。」
エレベーターが静かに上昇する音だけが空間を支配する。後はエルの少し荒い息遣いくらいな物。
片や物静か。
片や無口。
しかし静まり返ったこの密室の空気が、アリシアにとっては重苦しくも感じられた。
「あ、あのさ…」
「何?お姉ちゃん。」
「二人が通う…セイショーダイフゾクって…どんなとこ?」
単なる好奇心から来る質問だった。基本的にプレシアが仕事に行く間、猫のリニスとともに留守番をしていた。この世界、少なくとも日本にいたならば、幼稚園などの託児施設に勤務中は預けることも出来ていた。しかし、そう言った集団生活への養成に重きを置いた施設へ行ったことの無いアリシアは、聞いたことはあるだけの『学校』と言う物に興味が湧くのは、もしかしたら自然なことなのかもしれない。
「えっと、私達の通う学校って言うのは…」
フェイトが掻い摘まんで説明していく。
海鳴の私立小学校であること、制服があること以外は、ほとんど普通の小学校とは変わらない、ありふれた説明。いつの間にか、目的の階層に着いたエレベーターを降りて、目的の部屋へと歩く。先程の説明は、アリシアの興味を膨らませるには充分すぎるほどだった。
「いいなぁ…。」
羨望にも似た声だった。
プレシアが困るから、と言わなかった言葉。しかし、目の前にこうやって通う、妹とその友達がいるだけで、その望みは大きくなる一方だ。
「…しかし、行くとなると…戸籍が、だな。」
そう、元々死んでいるはずのアリシアは、ミッドチルダにも、そして勿論この日本にも戸籍は存在しない。そればかりはどうしようも無いので困り果てる三人。フェイトとしても、アリシアと一緒に通えたら、と言う思いは確かにある。それだけにこの事実は辛いものだった…。
「それには及ばないわよ?」
ハラオウン家の扉を開けた瞬間、待っていたと言わんばかりにリンディが玄関口で立っていた。
「た、ただいま、義母さん。」
「えぇ、お帰りなさいフェイトさん。それといらっしゃい、悠君にアリシアさん。」
「…お邪魔します。」
「しまーす!」
スリッパを並べられる玄関にアリシアを降ろす。アリシアがしがみついていた為に、少し崩れた制服を正しつつ、踵を返して玄関を出ようとする悠。
「悠?どこ行くの?」
「何処って…学校だ。…フェイト、遅刻するなよ?」
「あ、…うん。また後でね、悠。」
背中越しに片手をあげた姿を最後に、玄関のドアは閉められた。
そんな光景を、フェイトとアリシアは少し名残惜しそうにしつつ、玄関のドアを見つめる。
「さて!フェイトさんは登校の準備ね!本当に遅刻したら、悠君に呆れられるわよ?」
「そ、そうします。…所でお義兄ちゃんとアルフは?」
「二人は散歩よ。アルフの散歩で余りからだが鈍らないようにするんですって。」
…なるほど、クロノらしいな。と苦笑しつつ、自室への扉をくぐる。
「アリシアさんは…そうね。今日は私と買い物に行きましょうか?」
「お買い物?」
「そう、流石にフェイトの服ばかりじゃ身体に合ってないでしょう?だから、アリシアさんに合った服とか靴とか、揃えないとね?」
「で、でも私、オカネ、持ってない…」
アリシアの言い分ももっともだ。昨日出会ったばかりの人に『服を買ってあげよう』と言われて、何も思わない人間は居ない。同年代よりも少し大人びている彼女にとっては、余計に、だ。
「大丈夫。貴女のような事情を抱えた人のために管理局があるのよ?私、こう見えても偉いんだから。」
えっへんと胸を張るリンディはどことなく頼もしくもあり、それでいてちょっぴり幼くも感じる。
時空管理局提督ともなれば、かなりの給与が支給される。こういった高級マンションを購入できるのだ。それはもう目が飛び出るくらいにスゴいのだろう。
「それに、お金と言っても、フェイトさんのお姉さんに服を買う、と言うのはいけないことかしら?これからそこそこに付き合いがあるのだろうから、別にお近づきの印に、って意味で受け取って貰えたら嬉しいのだけど…。」
プレシアが居ない以上、保護者不在と言うことになる。彼女の蘇生を隠蔽するとはいえ、どう転んだにしてもアリシアは年端もいかない少女に変わりは無い。 何をしようにもバックアップは必要不可欠なものだ。
「あとね、貴女を不自由させてたら、プレシアが帰ってきたときに怒られるもの。彼女の雷が文字通り落ちないように、ここはプレゼントさせてくれないかしら?」
「う、う~…わ、分かったぁ…。」
幼い頃、いや、今も幼いが、家の壁に落書きをしてしまったとき。それがバレたときのプレシアの盤若もかくやと言わんばかりの形相は、恐怖を通り越して、トラウマとなりかねないような思い出となっている。それを再び見たいとも思わないアリシアにとって、他に選択肢は無いもの。リンディは意図せずして彼女の拒否権を無くしていたことを知る由も無かった。
これで一旦SideMissionを切ります。
一応、勉強会の日とその翌日が舞台となっています。
そして一部の方に一言
よ ろ こ べ!
ア リ シ ア だ!