地球衛星軌道上
時空管理局所属艦『アースラ』
闇の書の事後処理、及び経過観察の為に滞在するこの艦のブリッジ。闇の書事件にて挙げた功績はまだ記憶に新しいこの艦は、現在第97管理外世界『地球』にて任務に就いている。モニター越しに見える青い星。衛星軌道上より多数のモニター、センサーを用いて闇の書破壊の影響が出ていないか監視しているのだ。
…そんなブリッジに似合わぬ異様な雰囲気が一角に漂っていた。
容器に注がれた深緑の液体へ落とされていく純白の固形物質。それは波紋を広げたのを最後に、その存在は深緑に溶け込み認識が出来なくなる。一つだけではない。
2つ…。
3つ……。
………5つ投げ入れられたのを皮切りに、次は白濁とした液体がそそぎ込まれる。二つの液体は混ざり合い、緑と白の中間色へと変わり果てた。
…そして、その容器を純白の、まるで清潔を体現するかのような手袋に包まれた右手が掴む。
それは慈しむかのように。
それは脆く、今にも崩れそうな砂糖菓子を持つように。
そして慎重に左手を添え、すぅ…っと口に運ばれる。
「…艦長」
「あら?なにかしら、エイミィ」
重い空気の中で口を開いたのが、ハラオウン家からオペレーターの席に移り、モニターとにらめっこしていたエイミィ・リミエッタだった。
「…毎回思っていたんですが…、おいしいんですか?それ…」
それ、と言うのもアースラ艦長のリンディ・ハラオウンの手に持たれた湯呑み。その中に入れられた、緑茶、角砂糖5コ、ミルクの混合物。通称『リンディ茶』である。
「えぇ、おいしいわよ?勤務のちょっとした小休止に丁度いい塩梅だわ。」
塩梅も何も、
甘みしか無いじゃないか!
というツッコミをしたくなるが、それはスルーしておくとして…
「貴方も飲んでみる?」
「え、遠慮しときます。…将来と健康のためにも…」
ゆっくりの湯呑みを艦長席に設けられたサイドテーブルに置く。その後コンソールを操作して、とあるファイルを開いた。眼前に複数のウィンドウが展開し、目的のデータを探してタップしていく。
見つけたのだろうか、人差し指と親指をあてがい、間隔を開くように動かして画面を拡大させる。
「ヒカリ・如月さん、ねぇ…。」
収容された1人の現地魔導師。検査をしたところ、ただの気絶だろうと診断され、運んだ2人がホッとしていたのは記憶に新しい。今も側で見守っているようだし。
ざっと魔力量を調査したところ、魔力ランクはC。決して高くはない数値だ。しかし、あれほどの高速戦も、撃ち込まれても耐えうる強固な防御も、それだけの戦闘を当人だけの魔力では不可能に等しいはず。
「ん~、問題はデバイスの方、かしら?」
「そうですね…、確かに見たことないタイプの物ですし…、新型でしょうか?でもそんなデータベースはないし…。デバイスにアクセスを試みてもアクセス拒否させられて…。」
問題はデバイスの解除だった。リリースさせようにも、外部アクセスを受け付けない。詰まるところ、おそらくは声紋認証か何かの類いでロックでも掛けられているのではないか?というもの。事実、気絶しているにも関わらずデバイスの解除がされないので、ベッドで休ませることも出来ず、床に座らせているだけというシュールな状況が医務室で行われている。急を要するような外傷がないのがせめてもの救いか。
「とりあえず後ほど目が覚めたら事情聴取を行わないといけないわね。その辺はクロノ執務官に任せて問題ないとして…。」
ヒカリの問題自体は保留としても大丈夫だろう。しかし、リンディにとって考えさせられる事態は多々ある。
一つ、海鳴市周辺で探知される魔力反応。
二つ、ヒカリを撃退して逃亡した桃色の渡航者。
三つ、これが今現在抱える内で、もっとも関連性が高い。いや、全ての根源とも言える物なのかもしれない。
「ユーリ・エーベルヴァイン。」
映し出された緩くフワッと、それでいておっとりとした雰囲気を出す少女。保護したエルトリア准尉の話では、ヒカリを護るかのように現れ、桃色の渡航者『キリエ』と戦ったという。しかし戦闘能力自体は、力のみで魔力の運用自体も特筆すべき所もなく、術式展開もなかった点から不可解な点も多々ある。
「…ようやく闇の書の件が落ち着いたかなと思った矢先にこれとは…ね。」
誰に聞こえるともなく呟いたリンディの言霊は、誰に聞こえるともなくブリッジの静寂へ変わりゆく。
しかし、
けたたましいまでの非常警報がブリッジを瞬く間に支配する。
モニターは赤く染まり、激しく点滅を繰り返す。
「艦長!大変です!海鳴市上空に転移反応!」
あぁもう!どうしてこう非常事態というのは重なって起きうるのかしら!!
リンディの内情は穏やかではなかった。闇の書の経過観察が終わったら、アースラのメンテもかねて少し休暇を皆で取ろうかという矢先にこれだ。
どうやら…、もう少し休むのは先になりそうだ。
「数と座標は!」
「数は4つ!内2つの座標は近接していますが、残る内1つはやや近く、残る1つは市の外れ辺りです!」
「データ解析、急いで!」
で、アラートに応じて、待機していた最後の夜天の王こと八神はやてが調査に向かい、四つの反応の内三つと接触したまでは良かった。だがしかし、彼らは触れてはいけない逆鱗に触れ、文字通り命を賭けての疾走を繰り広げている。
「ちくせう!何が悲しくて不慣れな空戦で弾幕の回避マニューバーをしなきゃなんないんだ!って危なっ!?」
レオンは必死に後ろから撃ち込まれる白い弾幕を必死に避けつつ、追ってくるはやてを撒こうとする。文句を言った矢先、軸をずらした所に高速の直射弾が目の前を通過。嫌な汗が頬を伝う。
誘導弾ではないにしろ、その分膨大な魔力から乱射されるブリューナクの弾幕の嵐は驚異そのものだ。
「すいません、はやてさん…!」
アインハルトが振り返り、ブリューナクの弾丸を一発引っ掴む。掌に薄い魔力の膜を張り、捉えた弾の術式を変換。そのまま自身の魔力と掛け合わせ、一つの衝破と成す。
「覇王…旋衝破!!!」
「おわっ!…ととっ。」
突き返した両手の平からまさかのの撃ち返し。流石のはやてもこれを予想しておらず、直進だった軌道を急変更。背の黒い羽スレイプニールを羽ばたかせ、上昇して回避する。
「ま、まさかの魔力弾撃ち返しやなんて…」
「お二人は先に離脱を。この場は私が引き受けました。」
追いすがるはやてを塞ぐように仁王立ち。右手の拳は腰だめに構え、左手は軽く前に突き出し手刀。覇王流の基本の構え。彼女が臨戦態勢に入ったことを意味する。
「あ、アインハルトさん!」
「…やれやれ、世話の焼ける覇王さんだ。」
二人はアインハルトの両サイドに立つと、それぞれ構える。驚愕しきりのアインハルトは、型を崩さすとも表情はうろたえている、と言うところはさすがと言うべきなのか?
「お、お二人共…っ!?」
「何でもかんでも一人で抱えんなよ、『覇王先輩』!」
「私だって…アインハルトさんと闘いますよ!一人で抱え込むなんてダメです!状況が見えないからこそ、協力しないと!」
「あ~…えっと…なんや私悪もんになってるみたいや…」
目の前の互いをかばい合う姿に、はやては少々気圧されてしまう。
さっきの飛行魔法からして、三人は空戦になれていないのが解る。しかし、魔力量に関してはかなりの高ランク揃い。最低でもAA以上はあるだろう。それに、見るからに三人とも近接タイプ。広域型のはやてにとっては懐に飛び込まれたらひとたまりも無い。
「ど、どないしよ…、普通に形勢は不利なんやけど…。勢いに任せて撃ちまくるんやなかった…」
「見逃してくれたら、覇王先輩のおっぱい揉んでOK!」
「よっしゃ!商談成立!!」
「「えぇぇぇぇっ!?!?」」
即答。
お互いに戦わないに越したことは無い。
そう、平和的解決が一番なのだ。そしてこれはその貴い犠牲…。
「それじゃま!失礼して…頂きまぁぁぁぁす!!」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ…!」
海鳴の空に、卑猥な悲鳴が木霊した。
「ほうほう、つまりは何らかの原因不明な事象でタイムスリップして、ここに飛ばされた、と。」
「掻い摘まんで言えばそう言うことになる、かな。未来に影響が出るかもだから、余計なことは言えないわけで御座る。」
ひとしきり満足し、艶々の肌をしたはやて。それに向かい合うようにレオンが必要最低限の情報交換を行う。アースラのリンディとも通信のモニターを繋ぎ、同時に説明を行う。
『それにしても、タイムスリップね…、そう言った事例が過去に無いから何とも言えないけど…。』
「その辺に関しては…まぁ今起こっていることが起因している可能性も否定できひんし…、今は目の前の問題を一つずつこなしていくしか無いかなぁ。」
「と、とりあえず…目の前の問題として、アインハルトさんの心傷を癒やしてください~!」
「もう汚れてしまったお嫁に行けないクラウス私は駄目な子孫ですすいません覇王を名乗る資格はありませんよねハハハこんなのってないですよあんまりですよ訳が分かりませんよ夢も希望もありませんよ…。」
負のスパイラルへはまったアインハルト。ぶつぶつと膝を抱え、呪詛を唱えるかのようにブツブツ言う彼女は、近寄りがたい雰囲気を周囲に展開しており、周りに草木があるならば、その怨嗟で瞬く間に生命力を搾り取られているだろう。
「勢いで揉んでもたけど、覇王さん…やったっけ?ええ乳しとるよ!」
「慰めになってませんよ!?」
「将来有望な乳房ってことだ!」
「駄洒落を入れてもダメっ!!」
はやてとレオンの鮮烈なボケに、キレの良いツッコミ。
心がしずむ覇王は未だ帰還せず。
「とりあえず、だ、俺達未来組は、過去の皆々様に未来の情報が知られてしまったら、未来の改変、所謂タイムパラドックスが起きる可能性も十二分にある。必要以上の発言は控えないと、もしかしたら俺達自身の存在に影響が出る可能性があるしな。」
「ど、どういうこと、なの?」
「ヴィヴィオさん。ヴィヴィオさんは、なのはさんに助けられ、今の関係になった、と以前仰られていました。もし、運命の歯車一つ狂えば、その未来自体が起こらない可能性もあるんです。未来からの来訪者。つまり私達が過去に干渉すること自体イレギュラー。未来を改変してしまう特異点となってしまうかもしれません。」
「先輩、復活して的確な説明をありがとう。つまりそう言うこと。未来というのは些細な出来事で分岐してしまうものなんだよ。一番の優良策は干渉しない、これに限るけど、俺達は未来への切符すら無い。矛盾しているけど行動しなきゃならないのが現状だな。」
『方針は固まった、と言うことで良いのかしら?』
タイミングを読んでリンディが答えを聞いてくる。
「はい、未来組、アースラへの協力をさせて貰います。…しかし一つ条件が。」
「私達の素性は聞かないでください。…その、未来とか変わっちゃったら嫌なので。」
『そうねぇ…貴方たちのような将来有望そうなこの未来を壊すのはこちらとしても嫌よ?…わかったわ。変な詮索はしない、と言うことで。』
「御配慮、痛み入ります。」
どうにか互いに協力体制を取れた。
アインハルトの犠牲は無駄にはならず。
しかし今現在、アースラ側においては気になる点が一つあって…。
『そういえば…もう一つの転移反応はどうなったのかしら…?』
「な、なんだって俺がこんな目に…?」
「ったく…手こずらされたねぇ…、でっかい剣をぶんぶん振り回しちゃってさ。」
オレンジのバインドでぐるぐる巻きにされた銀髪の少年は、海鳴の山中で人間体のアルフに捕縛されていた。よほど手間が掛かったのか、パンパンと手に付いた汚れを払う。周囲はというと、そこらかしこに結界内とは言えクレーターが出来、木々は薙ぎ倒され、川は新たな分岐を作っていた。
「しっかし、威力はえげつないけど、戦い方は素人だね。はやてとの模擬戦を思い出すよ。」
「いぃっ!?やややややややややややや八神司令!?!?!?」
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!』
「…なんだいアンタら…、はやてになんかトラウマでもあんのかい?それに司令?」
はやての名を挙げたとたん、挙動不審に陥り、ダラダラと冷や汗を流し、目が据わり始めた。
加えて念話のようなそうでないような、少しエコーの掛かった少女の声も聞こえることを思うと、融合でもしているのか?
そもそもリボルバー付きの、禍々しさすら感じられる大剣がひときわ目を惹く。さらに全身に入れられたタトゥーのような赤い模様。今まで見たこともないような装備がアルフの鼻をひくつかせる。
「まぁ、なんにせよ、だ。そっちの素性を聞かせて…っと、通信か。」
質疑を始めようか、と言うタイミングで、アースラからの通信呼び出しが掛かる。少年への警戒を続けつつ、その応答のためのウィンドウを展開。
『アルフ、そちらはどう?』
「あ~、若干手こずったけど、捕縛成功だよ。どうする?これからここで質問の嵐を吹っ掛けるかい?それともアースラの取調室でカツ丼を交えて…」
『刑事ドラマの見過ぎよ?それとカツ丼を思い浮かべて涎を垂らさないの。確認したい事もあるからアースラの方に連れてきて貰えないかしら?』
「あ~、OK。んじゃま、転移するからヨロシク。」
結界を解除すると、立て続けに転移用の魔方陣を展開。ふん縛っていた少年の首の襟をつかんで転移魔方陣に連れ込む。
「ほら、ジタバタすんじゃないよ!別にとって食いやしないよ!」
「嫌だぁ…!俺の第六感がヒシヒシと訴えてるんだぁ!嫌な予感しかしないぃぃっ!!」
泣きわめく少年。厳つい服装とかとは裏腹に、メンタルは豆腐だ。ばたつく度にでっかい剣が暴れてとっても危険である。
そうして少年『トーマ・アヴェニール』と、リアクトである『リリィ・シュトロゼック』はアースラへの転送の光の中に消えていった。
久々の更新になります~。
あっちこっちをバランス良く書いてたら中々…。
し、精進します。