やりたい放題にしてますが、楽しんで頂ければ光栄です。
お気に入り100件記念小説『親と娘』
突然であるが、読者諸兄の方々にとって心に残る学校行事はなんだろうか?
修学旅行?
課外学習?
文化祭?
それとも体育祭や運動会と言った行事だろうか?
勿論どれも感慨深いものなのだろうし、これから経験する人もいるだろう。
これらの行事は大抵何処の学校でも基本的に執り行われているもので、それはここ聖祥大附属小学校においても同じである。
五月の連休明け。
未だ連休の熱が冷めやらぬ者と、逆に連休が終わり意気消沈する者と二分されている。
しかし今日に限っては、どの生徒もそわそわして落ち着かない。皆表情が硬く、何処かしら強ばっているようにも見える。
そんな中で四年生の教室も例外ではなく、登校し終えて朝のSHRが始まるまでの僅かな時間。いつもは朝に友人と出会って雑談に興じるものだろうが…。
教室の一角に集まる件の七人娘も例に漏れずであった。
「…なぁ?」
そんな中口を開いたのは銀髪の少女ハルだ。未だ聖祥大附属の制服になれないのか、少々動きにくそうだが、転校当初に比べればまだマシになっている。
「今日の行事だが、そこまで緊張する物なのか?」
士官学校以外に行ったことがない彼女にとっては、どうして皆がそこまでそわそわするのかが理解できていない。
「…まぁするものよね。あたしはそこまでじゃないんだけど。」
「そうだね。でもいつもに比べたらちょっとドキドキする、かな。」
ハルの問いに、アリサとすずかが顔を見合わせて答える。
「まぁ、がちがちに緊張しすぎてるのもいるけどね?ね?なのは。」
「アイエェ!?なななななにかなアリサちゃん!?私今予習で忙しいんだけど!?」
「…悲鳴にしても『アイエ』は無いでしょ…アンタそのうちスレイされるわよ。」
文字通りガチガチだ。もはや心に余裕がないのがありありと解るし、額からジワリジワリと滲み出る汗がそれを顕著に現している。このまま行けば授業中にパタリと倒れないか不安になるが、この行事の日のなのははと言うと毎回こんな感じなので、一年からの付き合いであるアリサとすずかは特に気に留めなかった。
「ま、なのははいつも通りとして…フェイトやはやては大丈夫なの?」
「うん、でもやっぱり緊張する、かな。その…問題で当てられたりして、間違えたらって思うと、ね。」
「私はどっちかって言うたら楽しみやね。何せ復学して初めてのことやし、正直こう言うの憧れてた、言うのもあるんよ。」
フェイトは少々後ろ向きで恥ずかしがりな性格からか、その表情は苦笑い。対しはやては、今まで休学していた分、学校行事の一つ一つが本で読んだだけの知識でしかないらしく、実際に体験するとなるとその目を輝かせている。なんせ、全校集会なんかまでも楽しみでワクワクしているほどだ。
「…で?ヒカリは平常通りって言うのが意外なんだけど?」
次のアリサの矛先は、自分の席で予習している男子制服を着たヒカリだった。
「平常通り…国語だよ?当てられないか緊張してるし、当てないでよ先生って願掛けもついでにしてる。」
「やっぱり平常運転なのか緊張しているのか解んないわね。」
「あ、でも多分ボクのパパは来ないと思うよ。…仕事だろうし。…一応メールはしておいたけど、来れるかどうかは…。」
「その点は私も同じだな。父はどこにいるか解らん。かといって兄もいない。故にこう言った行事では無関係の域だよ。」
「その…何かゴメン。」
「…いや、構わんさ。…と、そろそろ教諭が来られるだろう、席に着くとしよう。わ」
そう言ったときに、始業のチャイムが教室にこだました。
先程の二人の台詞から察することが出来ただろうか。
そう。
今日は父兄参観日。
兄や父、さらには祖父などの男性親族が、子供の授業風景を生で見る行事である。
「…なぁ?」
「…なんだ?」
黒いスーツ姿で並び歩く褐色肌の男性と、なのは達よりも少し身長が高い少年。ネクタイを窮屈気に締め直しながら、少年―クロノ―は隣り合って歩く男性―ザフィーラ―に声をかける。昇降口で鉢合わせた二人はそのままの流れで、共に目的地へと歩を進める運びとなった。因みにザフィーラは、蒼い獣耳を隠すために、スーツとお揃いのハットを被っており、若干おしゃれにも見える。
「正直、僕はこう言うのは見るのも初めてなんだが…」
「その点については俺も初めてだ。」
クロノはハルと同じくする理由として。ザフィーラは今まで
「まぁなんにせよ、僕は士官学校だったからこう言ったことに縁はないが、君の場合は座学自体見学は初めてのはずだ。…編入時の案内の時も留守番を買って出たのだろう?」
「…何故解る?」
「君の性格を鑑みれば自ずと。」
「…そんなに俺は表に出やすい性格なのか?」
半年にも満たない間柄だが、それでも彼、彼女等の性格というものをある程度理解はしているつもりだ。このザフィーラという男は、どちらかと言えば率先して前に出ることはなく、皆より一歩後ろ…いや外の目線から物事を見たり、もしくは見守ったりと…。寡黙で多くは語らず、しかし気遣いを怠らない、そんな男である、とクロノは思っているし、そう考えた上で接している。そんな二人は何処かウマが合うのか、訓練もそうだが、皆と集まる際にはこのツーショットがよく見られる。
「努めて冷静でいるつもりだがな。」
「感情が表に出るのは決して悪いことではないさ。はやてや他の騎士達と暮らす上で喜怒哀楽を共にするなら、『騎士』としてではなく『家族』として、喜んで、怒って、哀しんで、楽しむことがはやての望みだと僕は思う。…あくまでも思う、だけどね。」
「…そう言うものか。」
「そう言うものさ。」
などと、彼の性格のあれこれを話す内、目的地に辿り着いた。未だ、少年少女の喧騒が聞こえるのは、まだ休み時間だからか。
ガラッと、教室の後部にあたる引き戸を開く。開けた間からクロノとザフィーラは顔を覗かせた。
多数の目と目が合った。
『………。』
沈黙。
生徒と二人の間に、得も知れぬ微妙な空気が流れる。
「…部屋を間違えたか?」
「いや…間違いではないはずだが。」
見渡せば、目的の人物が驚きと歓喜が感じられる視線を向けてこちらを見ている。どうやら間違えてはないようだ。
「どうやら父兄の方々もちらほら来られているようだ。入り口ではなく、中に入られては如何でしょう?」
教卓に立つ黒髪の女性が、少々ざわめき立つ教室を見やり声を発する。今日はとばかりにピッチリと決まった黒のタイトスカートタイプのスーツが不思議と眩しい。
ピリッとした空気に包まれる教室につられて、入り口から覗き込んでいた二人も、誘われるように教室に入る。なるべく静かに、且つ素早く、既に数人到着している奥の父兄の隣へと歩を進める。
「では授業を始めよう。バニングス、号令を。」
「はい。起立!礼!着席!」
思わず、クロノとザフィーラは、『ほぅ…』と感嘆の言葉が出た。一糸乱れることのない行動。まるで軍隊か何かを思わせるかのようである。そしてアリサの号令が響いたことによって授業の開始を告げられ、さらに教室の空気が引き締まったのが解った。
「さて、父兄の方々に改めて自己紹介を…。私は担任の織斑。今日は一日、御子息、御息女の授業をごゆっくりご覧頂きたく思います。」
ペコリと、上品にお辞儀する様は、非常に絵になる。思わず二人も含め、父兄から拍手が飛び出た。それに気をよくしたのか、少し機嫌良さげに織斑教諭―織斑千冬―は教科書を開くように声を発し、授業が始まった。
「ところでザフィーラは、はやてとはどう言った関係と記してきたんだ?」
昇降口で行われていた、父兄の出欠名簿の記載を思い出し、クロノが尋ねた。
ここ、聖祥大附属小学校は私立だけあり、やはり通わせるのに公立よりも金が掛かる。それだけに授業も高度ではあるが、何よりセキュリティにも念を入れている。金が掛かるだけに、不審者などが入らぬように教師もかなり目を光らせている。監視カメラも設置しているし、更にこう言った行事においても名簿記載を義務付けして、その際に身分証明書を提示して貰っている。そうすることで、関係者以外の校内侵入を防ぐようにしていた。
「無論、主従関係だが。」
「…そうか。…まぁ中々そんなに無い関係だろうけど、それで通ったなら良いか。」
「おや、ハラオウン様。私めとお嬢様との関係に何かご不満でも?」
ぼそりと耳に入ったのは、少々年期が入ったような男性の声だった。
見やれば三脚を立て、一心不乱にビデオカメラを回す、執事服を着た老年の男性。
「えと…鮫島さん…でしたか?」
「お見知り置き頂き光栄ですな。」
カメラのレンズの映す先は、最早説明するよりも容易いだろう。先程の号令に内心歓喜していたに違いない。
授業が始まってくると、ぽつりぽつりと戸を開いてやってくる父兄が増えてくる。中には…
「ほら、恭也。初めてだからと言ってそう強ばるな。」
「べ、別に強ばってなどいない。…ってそう引っ張るなよ父さん。」
高町父兄の姿もあった。
「こんにちは、士郎さん恭也さん。」
「あぁ、こんにちはクロノ君、ザフィーラ君、それに鮫島さん。」
「どうも…。」
愛想良く言葉を交わす士郎と対照的に、少しぎこちなくぶっきらぼうともとれる挨拶の恭也。性格こそ違えど、こうしてみれば親子、というよりは兄弟に見えなくもない。
「クロノ君はフェイトちゃんの?」
「えぇそうです。士郎さんはなのは…として、恭也さんは?」
「…俺は、なのはの兄として、そして一応将来のすずかの義兄も兼ねて、だ。」
「…ほう。」
恭也の言葉に、意味を理解できたクロノもだが、まさかのザフィーラが口元を吊り上げて感嘆の声を挙げるとは思いもしなかった。
高町家の長兄の恭也と、月村家の長姉である忍は恋人同士であることは、周辺知人には知れた仲であるだけに、『義兄』という言葉の意味は祝うべき物がある。
「そうか、身を固めることにしたか。」
「あぁ。まぁ大学を卒業してから、という流れになるけどね。いやはや…若い者が羨ましいね。青春しているというか。」
「…その言葉、そっくりそのまま返すよ父さん。」
結婚十数年経つにも関わらず、未だに新婚ホヤホヤか、バカップルよろしく、TPOを弁えずイチャコラする高町夫妻には、これまた周辺知人においては有名な話しである。特に、家においてはそれは顕著に見せつけられ、息子娘には甘ったるい桃色空間を、目の前で繰り広げられてウンザリしているのは日常茶飯事だ。
「ま、僕の場合、もう一人の家族の父親として、と言うのもある。」
士郎の見据える先。背中からしか見えないが、恐らく教諭の話を聞く表情は真剣その物なのだろう。クラスの仲でも目立つ銀髪が、窓から吹き込む春風に揺られる。
「んっん!父兄の方々、娘の話について盛り上がるのも構いません。しかし、授業中と言うことをお忘れ無きよう。」
予想以上に声が響いていたのか、織斑教諭の咳払いが飛び出した。生徒は静かに授業を受けているというのに、これでは本末転倒ではないか。
『す、すいません。』
異口同音。
「もう…お父さんもお兄ちゃんも、恥ずかしいったら無いんだから…。」
「く、クロノ…少し静かにしててよ…授業中だよ…?」
「ザフィーラ…後でちょぉっとお話しや…」
各々の肉親の醜態に、ある者は羞恥心に苛まれ、ある者は頭を抱え、ある者は憤慨する。因みに鮫島さんはと言うと、主従関係についての指摘以降、穴が空くかと言わんばかりにビデオカメラ越しでアリサを撮影している。無論、会社経営で多忙なアリサの父からの指示である。
「…ではこの問題、『身から出た○○』を…、そうだな、織斑。」
「うぇいっ!?」
ガタッと大きく椅子を暴れさせ、黒髪の男子が起立した。苗字でも解るとおり、織斑教諭の弟である織斑一夏だ。まさか当てられるとは思いもしなかったらしく、教科書と黒板を難度も視線が往復している。
「馬鹿者、当てられたのならば、返事は『はい』だろう?」
「は、はい…」
「それに返事に覇気が無いな?それでは自信が無いのを露呈しているような物だ。ハッタリでも構わん。まずは大きな声で応じることを心がけろ。」
「はいっ…!」
父兄から見れば、随分と体育会系な教諭だと思うだろう。事実、軍人気質な教育方針と言わんばかりの彼女の教え方だが、結果として協調性や礼儀を重んじる生徒を排出しているのは事実であるため、異議を唱える者もいない。まして、その凛々しさから生徒、特に女子生徒からは絶大な人気を誇り、中には信仰とも言えるほどの領域に達している者もいるほどだ。
「では、解答を。」
「わかりません!」
ガタタッ!と皆がずっこけて机に頭をぶつけた。後ろでみている父兄の面々も、ひいては教壇で教鞭を振るう織斑教諭も、ガクリと膝を落とす。
「…織斑、ハッタリでも構わんとは言ったが、堂々とわからないというのもどうかと思うぞ?」
教壇に寄り掛かりながら、我が弟の天然ぶりに頭を抱える。
「で、でもさ千冬姉…」
「学校では『織斑先生』、だ。…全く。座って良し。」
結局、姉の無茶振りに振り回されて、怖ず怖ずと席に着く一夏。この二人のやりとりは、参観日だろうが何だろうが平常運転だな、とクラスメイトほぼ全員が机に打ち付けた額を摩りながら、その思いは一致した。素晴らしき団結力。もはや阿吽の呼吸の域である。
「では代わりに…如月。」
「へ?ぼ、ボクですか?」
「このクラスにお前以外、『如月』という苗字は居ないぞ。熱を入れて予習していたのだから、その成果を見せてみろ。」
な、なんで予習していたのを知っているの!?
織斑先生が入ってくる前に予習は止めていたはずなのに!
織斑教諭の底知れない力に半泣きである。
もはやこのままでは一夏の二番煎じだ。何かしらの打開策を練らなければ!ダラダラと額を流れる嫌な汗を不快に感じながら、ヒカリは思考を巡り巡らせる。
(えっと…確か…意味はジゴージトク、と同じだったはず…だよね。つまり、自爆。つまり、漢のロマン。ドリルや大艦巨砲、ガチタンと並ぶ至高にして究極。
「如月、解答はどうした?」
「えっと、サビ、とか?…あれ?思ってたことが口に…」
思考の渦に飲み込まれて、その間約10秒。緊張の余り、黙り込んでしまったのだろうか、と案じて声をかけた結果がこれである。
「えっと…。」
「ふむ、正解だ。時間は掛かりこそすれ、よく自力で答えを導き出したな。着席しろ。」
国語を苦手としていた彼女(名簿上は『彼』だが)が、諺の一つを覚えたとなれば、教師として此程嬉しいことはないものだ。口には出さないが、彼女の努力に思わず織斑教諭は口元を緩めてしまう。
(い、言えない…全く別のことを考えてて、偶然偶々一致しただけだなんて…。)
授業も半ばに差し掛かった頃
聖祥大附属小学校の校門に、市営タクシーが停車する。
「料金は、2,090円になります。」
「ありがとうよ。」
後部座席シート越しに、駅からの利用料金を運転手に支払い、下車。自分で閉めずとも、運転手の操作でドアが閉まるので手間が要らない。降りてきたのは、短い白髪と、彫りの深い、30代後半から40代前半の男性だった。落ち着いた色合いのスーツの上着を腕に掛け、白いカッターシャツに赤いネクタイが映える。遠目に見れば、やり手のサラリマンにも見えるだろう。
「さ…って、受付で教室の場所を聞こうかね。…アイツも中々良い学校に通ってるじゃねぇか。」
感慨深く校舎を見上げ、口許が自ずと吊り上がる。校門を抜けると、昇降口はすぐ目に入った。その前で折り畳み式の机を立て、教員がパイプ椅子に座って受付をしているのも一目瞭然。思いの外、目的の物が見付かって良かった。
「すいません、えっと…4年…」
何組だったか。ど忘れしてしまった。携帯端末を開いて、放り込まれたメール。そのフォルダを開く。
仕事関係。
家族関係。
吞み仲間。
その中で家族関係をタップして、最近のメールを開いた。
差出人は、役職的に自分よりも遥か上に位置する女性から。その内容も意外な物で、送られてきたときには目を丸くしたもの。
「2組で、名前は…」
「…で、あるからして、『憂鬱』という漢字は…」
何を血迷ったか、織斑教諭は参観日と言うことで躍起になっているようだ。少しいつもと比べて口早になっているし、左手を握って開いてしている。やはり姉弟か。弟の調子に乗っているときの癖まで似なくても良いのに。
そして目の前の黒板に描かれる、『魑魅魍魎』とか『豪華絢爛』、『絢爛舞踏』に『澪落白夜』…。
もはやその画数の多い文字は記号にすら見え、その羅列に皆、特にフェイトとヒカリは、苦手な漢字の授業ともあって視界がぼやけつつある。
「教官。」
すっ…と手を真っ直ぐ、そして肘も指もピンと張って天井に向ける生徒が一人。
「…教官ではない、と言っているが。…何だ?エルトリア。」
普段、当てられもしない限り、自分から言葉を発する事が余りないハルが、自分から意見を出そうとする珍しい光景に、織斑教諭や生徒もさることながら、後ろでみていた士郎や恭也すら驚きを隠せない。家においても、口数もなのはに比べれば少ない方であるし、無愛想…とは言わないが、そこまで感情を顕著に表に出さない。しかし、それは引っ越してきて数日間のことであり、ここ最近…ではあるが、徐々に性格に明るみが射しているようにも感じた。物静かなのは変わらないが、それでも僅かながら微笑みを見せるようにもなってきている。
…曰く、
『愛想良くしなければ、学校生活が難しい』
と言う。
つまり、学校に馴染むために彼女が変わろうとしている、と言うことの現れなのだろう。それだけに士郎にとって、彼女をなのはと同じ学校に編入させて正解だった、と得心するに至る。
閑話休題。
意見を述べる許可が下りたのを確認すると、これまた素晴らしいまでに背筋と足をしっかり伸ばして起立する。
「僭越ながらその漢字は、高校や大学クラスの物です。今の我々には理解は困難であると進言いたします。」
「ほう……?」
空気が張り詰めた気がした。
織斑教諭から放たれる
そして生徒の意見は、口に出さずとも一致した。
オワタ\(^o^)/
…と。
「…あの教諭、ただの小学校の先生にしては常軌を逸してないか?」
「うむ、あの身に纏う覇気、それに一挙手一投足における身のこなし。余程の修練を積んだものと見受けられるな。」
「……一度手合わせ願いたいね。」
口許をつり上げた恭也の言葉に、父と、そして少年と褐色の男性の視線が集まる。確かに強者との手合わせは、武を嗜む者としては本望だろう。しかし、そこまで恭也が血気盛んな性格であったとは、士郎ですら盲点だった。そもそも恭也の練習相手は、自分か美由希であったため、実戦経験と言う物がほぼ無い。それだけに、未知の相手という者に飢えているのか。
ちなみに…
暫く後に行われた家庭訪問、その際に高町家の道場にてとある男女の試合が執り行われたのは、また別のお話だ。
「…なんだか、穏やかな雰囲気じゃねぇな。ハラオウン執務官。」
「えぇ、全くで……、…?」
何の気無しに返事をし掛けて、はたと言葉が止まる。
いつの間にやら隣に立つ男性。つい今し方到着したのだろう、一つ大きな息をつく。馴染みやすい口調ながら、年相応の威厳と貫禄が溢れる声は忘れることは出来ない。
「さしもの我々は、齢もようやく二桁に差し掛かった頃合いの若輩者。それ故に、段階を踏んで御鞭撻を賜りたく思います。」
「つまりエルトリア。お前が言いたいのは授業内容を改めろ。…そう言いたいのだな?」
「端的に言えば、そう受け取られても相違ありません。」
このハルという少女の胆力もさることながら、小学校中学年とは大凡思えないほどの口調に、父兄の表情は驚愕に包まれている。今時の小学生はこんな口調の子供もいるのか、と。
「ふ……」
「…?」
「ふははっ!あっははは!いやエルトリア、まさかお前がそこまで言うとは思いもしなかったぞ。」
何が笑いの琴線に触れたのか、腹を抱えて笑う織斑教諭。その様子に、弟の一夏のみならず、教室中にいる人間全員の目が丸くなる。
「いや、私も参観日と言うことで、柄にもなく舞い上がっていたのだろうな。すまん、皆。」
常に我が道の後に続けと言わんばかりの織斑教諭の謝罪。
【明日、日本を射程圏内に治めている2,000発以上のミサイルがハッキングされて降り注いでくるんじゃないだろうか?】
そうクラスメイトが万場一致の思考を駆り立てられる程に、彼女の謝罪は有り得ないと思う物だった。
「時にエルトリア。お前が私の授業に指摘するまでに意志を駆り立てた物があるのだろう?それは何だ?」
純粋で、素朴な疑問だった。織斑教諭としても興味があるのだろうか、今この場で聞き出してきている。クラスメイトも、身体や頭をハルの方に向けることも無いにせよ、耳や意識は彼女の答えを知りたいが為に向けていた。
「…?そのようなもの、
未だ、先程の織斑教諭の覇気と、難解な漢字の羅列のダメージか抜けきらない、ここ数週間で妙な絆を結んだ少女を、視線の端に。
「そして、それにより頭を抱えている友人のため、です。」
そう答えた彼女の表情は。
今まで見た彼女のどんな微笑みより。
そして何者にも勝る。
日溜まりのような笑顔だった。
「…ほんと、いろんな意味でハルちゃんスゴかったね!」
波乱の巻き起こった授業参観を終え、各々の学生鞄を背や手に携えて昇降口まで連れ立って歩く中。
声を発したのはなのはだった。
見応えのある授業を目の当たりにした父兄も、その話題を口にしながら廊下で駄弁っているのを横目に流して廊下を進む。
「いや…私は正しいと思ったことをしただけだ。私自身、教官があのような授業をされると言うのには、少々疑問に思ったのでな。逸脱した行為だったかも知れない。」
「そんなことないよ。正直、私も頭がこんがらがっていたし。流石にあれ以上はパンクしていたかも…。」
自責の気持ちが後になってこみ上げてくるハルを、フェイトはフォローする。それに対しては皆同意であり、早くも彼女を『織斑教諭に立ち向かい、説き伏せた勇者』と崇める者もちらほら。
「今日は私達塾もないけど、
「私はないよ?」
「私もない、かな。」
「私もあらへんなぁ。…まぁ、しいて言うたら家事って言う仕事があるくらいな物や。」
「それじゃあ、久しぶりに遊びに行かない?…ね?ハルちゃん。」
「わ、私も行けというのか?」
「当然よ。今まで都合も合わなくて遊びに行けなかったけど、友達と遊びに行くのも学生生活の一環なんだから。」
こう言うときのアリサのリーダーシップと言う物はとても頼もしいものだ。
即決即断で遊びに行こう。
目的地なんて、その時行きたい場所で。
計画性がなく、行き当たりばったりにも見えるかも知れないが、それはそれで楽しいものだ。
「そう、か。そう…だな。…よし、じゃあアリサ。…私は旨い甘味が食べたいぞ。」
「ふぇっ…?あ、う、うん!モチのロンよ!とびっきりお勧めのとこに連れてってあげるんだから、覚悟しなさい!」
今までバニングス、と呼ばれていた中で、いきなり名前呼びの不意打ち。それに驚きもあり、嬉しくもあり。上擦った返事をしながらも、その嬉しさからか自然と笑顔になっていた。
「アリサお勧めの甘味かぁ。」
「ふふん。私のお勧めだけあって味は保証するわ。結構隠れ家的なお店なのよ。」
「なんだかアリサちゃんのイメージだと、高級ホテルにあるレストランとか、おしゃれなビュッフェって感じだよね。」
「そやな。そんで、支払いは『カードで良いかしら?』って感じで。」
最早容易にイメージできた。
「い、違和感ないね。」
「アンタ達が私に抱いてたイメージが、ようやく今に なって理解できたわ。」
最早怒るのを通り越して、呆れと諦めの溜息が漏れてきた。
他愛ない話をしている中で、昇降口を抜けた先で、幾人の男性が待っていた。ネクタイを緩めてスーツは少し着崩しており、少しばかりワイルドに見えなくもない。
言わずもがな、各々の家族関係の人間である。駆け出す友人を横目に、迎えてくれる人の居ない今日のMVPたるハルと、ヒカリはそれを眺めるだけだ。
「…エルトリアさんは…士郎さんのトコに行かなくていいの?」
「…そこまで羨む気は無いさ。もう慣れたよ。」
「…そんな顔して言っても、説得力無いよ?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。」
血の繫がる家族が存命であるヒカリはまだ良い。来れないだけなのだから。しかし、生きているのか否かすら解らないハルにとって、親の温もりと言う物が抜け落ちているだけに、その寂しさは拭いきれないだろう。いくら気丈に振る舞っては居ても、その実、年齢は10に変わりは無い。
「お~い!ヒカリ!」
背後から男子の呼び止める声に振り返る二人。昇降口から全速力で駆けてくるのは、参観日にも関わらず、盛大なボケをかました少年、一夏であった。
「一夏?どうかしたの?そんなに急いで。」
「そんなに急くと危ないぞ。」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ。」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、一夏は膝に手を当てて呼吸を整える。
「ヒカリ、今日昼から暇か?だったら遊びに行こうぜ!面白いゲームが入荷したゲーセン見付けたんだ!」
「えっ!?ぼ、ボクは…」
「いいだろ?男同士なんだからさ!」
肩を組んでくる彼に、男子に対しての耐性…というかスキンシップに未だ慣れていないヒカリは頬を染めてしまう。というか、この一夏という少年は、普通に男子に対してのスキンシップが、普通とは逸しており、一部の者からは…同性愛者ではないかという声も上がっている。その中で更に一部の人間からは、鼻息を荒くして、ヒカリと一夏との掛け算を妄想している輩も居るという。
「…スマンが一夏。ヒカリは我々と甘味処を巡る予定だ。即ち先約が入っている。」
「そ、そうなのか?…なんかお前、男子よりも女子とよく話したり遊んだりしてるよなぁ…。」
「ウェィッ!?そ、そ、ソンナコトナイヨ!?…って言うか、だったら一夏も行こうよ!それで良いでしょ!?」
「確かに甘味は好きだけどさ…。ん~、千冬姉に買って帰るのもアリか…。」
未だ肩を組んだまま思案する彼に、ヒカリの顔の赤みは増していくばかりだ。無論、これは一夏が彼女のことを男子と認識している分でのスキンシップ。ここで変に対応すれば勘繰られてしまうだろう。
「…では後ほどアリサに確認を取ろう。」
「おう!そうしてくれ。」
「…心配して来てみれば、問題なく生活しているみてぇだな。安心したぜ。」
突如、背後より話しかけられたハル。
この声は知っている。
忘れようがない。
「まさか、貴方が来られているとは思いませんでした。三佐。」
ゆっくりと、噛み締めるように振り返れば、変わらぬ上司…ゲンヤ・ナカジマの顔がそこにあった。陸士制服と同じ色合いながら、肩の突起などは無い、シンプルなフォーマルスーツ。
茶色。シックな大人のムード漂う大人の旋風だ。
「へっ…今はプライベートなんだから三佐はいらねぇよ。お前さんも有給消化中のプライベートだろう?硬くなるなよ。」
「了解…いえ、わかりました。」
思わず敬礼しそうになるが、それを制止されたことにより踏み止まる。
「しかし…なぜ貴方がこちらに?」
「そんなもん、部下の有給消化ぶりを視察にだよ。」
「…そう見張られなくとも、無茶をする気はありませんよ。」
「そうかぁ?提督に聞いたところ、執務官と一緒に大立ち回りしたそうだが?」
…どうやらもう情報は出回っているらしい。詳しいことは何故か自身も関わったメンバー全員も覚えていないが、『砕け得ぬ闇事件』として名付けられた先の騒動は、ある程度報告書を仕立てて上に提出されている。その中で、有給消化中のデバイス封印を解いて、事件解決に奔走したことも記載されているため、直接の上司である彼に話しが通るのは至極当然か。
「無茶をすんなって言った矢先にコレとは…お前さんも懲りねぇな。」
「…面目次第もないですね。」
「ま、事件を通して何か変わったようにも見えるがな。」
「そう、でしょうか?」
「おうよ。…なんつうか…壁がなくなった、って言ゃぁ良いか。…高町やテスタロッサの嬢ちゃんと仲良くやってるみてぇだし。」
「…変で…しょうか?」
「いや…
むしろ、無理矢理有給消化させて正解だったと思ったよ。…ようやく、10歳のガキらしくなってきたじゃねぇか。」
そう言う彼の表情はとても晴れやかで。まるで娘の成長を喜ぶ父親のようだ。
不意にハルの頭にその大人の男性特有のゴツゴツとした手を置き、髪が乱れるのも厭わずにわしゃわしゃと撫でる。
「…お前さんが、あぁやって笑っていた所をみれただけでも、ここに来た収穫があったさ。…ま、長い間お前さんの上司やってんだ。やらかす無茶に手を焼かされてきたが、それも含めてもう一人の娘みてぇなもんさ。」
「…三佐……。」
「ま、せいぜい残りの有給を楽しめや。それが終わったら、108で土産話でも聞かせてくれりゃ、俺も皆も満足だからよ。」
「…はい。」
ハルの頭から手を離し、踵を返して校門を抜けていく彼の背中に、在りし日の父のそれと重なって見えた。
未だ撫でられた感触が残る頭に手を置き、それが消え行くことに名残惜しさをも覚える。
「父、か…。」
胸に手を当てれば、先程まで何処か冷えかけていたが、今はどこか温もりを感じる暖かな感触。本当の父親の記憶と、そしてゲンヤとの記憶。見た目も性格も違えど、自分を見る目は同じだった。
暖かくも、心配してくれる目。
「エルトリアさん…さっきの人って?」
未だ肩に組み付いている一夏を引き摺りながら、ヒカリは尋ねた。
「ん?あの人か?
…私の父、のような人だよ。」
その笑顔は、同性のヒカリすら見惚れるようなまぶしい物だった。
職員室に置かれた、4ー2の参観日出席名簿。そのページが、開け放たれた窓から吹き込む春風に煽られてパラパラと捲られていく。
風が止み、その一節にこう記されていた。
『出席番号4 ハル・エルトリア
出席父兄 高町 士郎
関係性 居候
出席父兄 ゲンヤ・ナカジマ
関係性 娘』
オマケ
時は遡り、聖祥大附属小学校の参観日授業中。
青々とした空に、小さな揺らぎが生じる。しかし、注視しなければ気付かず、まるでカメレオンのように空の色に同化している。
その揺らぎは、風に少しブレながらも浮かんでおり、最寄りの窓からは4ー2の教室の授業風景が見えていた。
「フッフッフ…感度良好…視界良好、そして操作良好。此程までに適した条件はない!」
画面に映し出されたその風景を見て、男は口許をつり上げた。手元のコントローラーの2つのスティックを駆使して、左スティックを右に倒せば映像が右に映像が、左に倒せば左に映像がスライドする。
「私の生み出した『ステルス迷彩搭載のドローン』の調子は絶好調だな。」
まるでラジコンのように操作しながら、彼は授業風景がさをカメラに収めていく。送られてくる映像を、端末に差し込んだUSBメモリに記録しながら、
「ふっ…見付けたぞ。」
再び吊り上がる口元に、何処か狂喜的な物を感じる。その神経はだたひたすらに手元のコントローラーと映像に全てを注いでいると言っても過言ではない。
そしてターゲットは、丁度教師に当てられ、起立しているところだ。
「サビだ!サビ!この問題なら容易いだろう!緊張して頭が真っ白なのか!?」
気が気でないのか、彼の表情に焦燥が走る。声が聞こえるわけでもないが、向こうの音声は高感度の集音マイクによって拾うことが出来るために、授業の内容がまるでその場に居るかのように聞こえる物だ。
ターゲットは恙無く、といって正しいのか、時間は掛けた物の正解に辿り着いたようで、本人もさることながら、彼自身も安堵の表情を浮かべた。
そして…超難解漢字の授業が執り行われる。
「…今の小学生の授業ではこんなのも覚えるのか…たまげたなぁ…。」
頭を抱えているターゲットを尻目に、今の授業のレベルの高さに関心を禁じ得ない。自分の居た頃とは随分違う。ゆとり教育だのなんだのと言われているが、これを見れば早々バカに出来たものではないだろう、と勝手に納得していた。
おっと、コーヒーでも淹れるとしよう。
そう立ち上がり、彼は給湯室へと姿を消した。
コーヒー片手に戻ってきたときには、下校時刻となっていた。
「ガッデム!目を離しすぎたか!」
しかし、録画しているので後で見直すことも可能だ。今は生の映像を見ることが肝要。そう言い聞かせ、コントローラーを手にとって、下校する生徒の中からターゲットを探し当てていく。
昇降口が映されたとき、ようやく見付けた。
どうやら友人と一緒なのか、二人連れ立って目の前の父娘の触れ合いを見ている。その表情は何処か浮かないもので、愛情に飢えているように感じた。
「…私も本来なら、直接見に行きたい!しかし!長らくここを離れられないのだよ!我が娘!」
頭を抱え、自責の念からか頭を机に叩き付けている。そもそも彼―如月雄造―が研究室に籠もりきりで、父兄参観に参加できないのは、のめり込みすぎだからである。計画性も余りなく、気付けば参観日当日。休暇届を出すのも忘れていた。
「しかし…アメリカからの引っ越し。しっかりと生活が出来ているか心配だったが…杞憂だったかな。」
文化も何もかもが違う国での一人暮らしとなって、親心から来る心配もあったが、友達もいるようで一安心だ。この分ならば恙無く学校生活を過ごせるだろう。
そう、安心したとき。
愛する娘に馴れ馴れしく肩を組む男子生徒が目に入った。
「なん…だと…!?」
目を疑った。登録上、男子生徒となっている娘にあのように馴れ馴れしく肩を組むなど…!男同士とはいえ、少々過剰なスキンシップではないか!?いや、しかし書類上では男同士だから問題ではない、問題ではないのだ!だがしかし、親からすればこの事態は看過できないわけで…!!
如何とも知れないジレンマに囚われる一人の父親が、管理局研究室で頭を抱えて悶えたいたのが、彼の妻によって目撃されたのは言うまでもない。
ほのぼのって難しい。
…ほのぼの、だよね?
ほのぼの、なのか…?