あかずきん、という童話をご存じだろうか?
赤い頭巾を被った本名不明、母親からも狼からも、果ては祖母からも名前を呼ばれずに愛称で呼ばれるという、なぞの少女である。
そんな謎と神秘に包まれた彼女の物語は、床に伏せた祖母に何か諸々のお見舞いを持っていく所から始まる。
しかし、狼の話術により道草を食ってしまった通称あかずきんは、狼に丸呑みにされた祖母、そしてその祖母に扮した狼と目的の家で出会う。
あかずきんは問う。
どうしておばあちゃんの目は大きいの?
祖母は答える。
それはお前の顔がよく見るためにだよ。
あかずきんは問う。
どうしておばあちゃんの耳は大きいの?
祖母は答える。
それはお前の声を良く聞くためだよ。
あかずきんは問う。
どうしておばあちゃんの手は大きいの?
祖母は答える。
それはお前を抱きしめて離さないためだよ。
そしてあかずきんは問う。
どうしておばあちゃんの口は大きいの?
そして祖母は答える。
それは…お前を食べる為さ!
「って言う具合に、ヴィヴィオとアインハルトは変身魔法であぁ言う容姿にはなっているけど、実際の姿を見たり、真実を知ろうとした者は…」
「ちょっとレオン君!?」
「それは聞き捨てなりませんね。」
「アッー!!!」
少年の悲鳴が、アースラの一室を支配した。
正式にエグザミアの欠片収集を実行に移したアースラ。計器や各種レーダーにユーリからもたらされたデータを元にした改良を加えたことで、恐らくは今まで以上に反応を感知できるようになったようで、早速反応があった場所へと出動した。
ヒカリとはやて、2人の飛行とかの基礎知識を改めて教えると言うことで、なのはとフェイトが同行、クロノがエイミィと共に管制指示を行っている。
そんな中、ハルへと急激に襲ってきた眠気。ミッドチルダから地球までの移動による疲労もあるし、なのはと夜遅くまで談笑し、学校へ行って、そして今回のエグザミアの件だ。今までならこう言った生活に慣れていたものだが、如何せん怪我による入院生活で生活リズムが緩やかになっていたのだろう。体がまったりとした生活に慣れかけた矢先に負担が掛かったのが原因なのかもしれない。
周囲の勧めもあり、今現在アースラにある一室のベッドで横になっている。
キシリと、やはり横になればOKと言わんばかりに寝心地は最高とは言えないが、それでも横になると言うことを身体が求めていた事もあってすぐに微睡みの中に意識が沈んでいった…。
「ねぇハル?」
目を覚ますと、眼前に赤い髪の少女がいた。見た目から…4、5歳くらいか。室内は子供用のオモチャが散乱し、ここを遊び場にしているがよく分かる。
「何?―――。」
名前が出て来ない。そこだけ何故かノイズが入ったかのように雑音が音声を掻き消してしまう。
「ハルは…他の人みたいに…引っ越しちゃうんですか?」
引っ越す、と言う言葉。普通なら他地方の邸宅に住み移る事を意味するが、この場合はそうではない。住んでいる星、その物から移り住むことを意味する。
「…わかんない。出来れば…この星で―――や―――、博士と一緒に皆で暮らしたいけど…。パパやママが決めちゃったら…。」
「そう…ですよね。やっぱり…瘴気は人体によろしくないですし…。」
今この星に迫る危機。星そのものが死にかけていること。その影響で惑星各所から人体に有害な毒素が吹き出しはじめ、この星の人間は次々に他の惑星へと移住し始めている。
「でもお姉ちゃん。私達が頑張ったら、ハルや皆も戻ってこれるんでしょ?」
「そうでした!また星が元気になれば、一緒に遊んだり出来ます!俄然やる気が出て来ましたよ~!」
「お姉ちゃん、熱い、熱いから。」
闘志を燃やす赤い髪の少女、それに一緒にいるのは彼女の双子の妹、だったか。のんびり屋で、でもしっかり者の妹。熱血で、少年漫画の主人公と見紛うかのような暑苦しい姉。この二人とハルは物心ついた頃からの幼馴染みだった。
そして、聞いてしまった。父と母が夜に話し合っていた会話を。
「もう…仕方ないのか…。」
「…でもこの星を…博士だけに任せてしまって私達が脱出するなんて…!あんなに良くして下さった方なのに…!」
母は顔を両手で覆い、声からわかるように泣いていた。それを慰めるように肩を抱く父も、表情が曇り、それでいて物悲しさがよく分かる。
「脱出することを勧めて下さったのは…他でもない、博士だ。」
「え?ど、どういうこと…?」
「博士は…遊びに来ていたあの子の健康チェックを小まめにしてくれていた…。それでここ最近、目に見えない中で毒素があの子を蝕み始めていると…。」
再び母は泣き出してしまう。声を押し殺してはいるものの、それでも泣き啜る声は扉越しに聞き耳を立てるハルの耳には充分届いていた。
「…博士に恩返し出来ないまま、星を去るのは心苦しい。しかしあの子のためと思うならば…。」
「うっ…うぅ…!」
そこまで聞いて、ハルは自分の部屋に戻ってベッドで横になった。そして目を閉じて微睡みに身を預けながら先程の言葉から導き出される答えを弾き出す。
…近々、星を去ることになる。
それを裏付けるかのように翌朝目を覚ますと両親は荷物を纏め始めていた。
手伝おうか?
と申し出るが、
双子ちゃんの所で遊んでおいで。
と突っぱねられた。恐らくは幼い身のハルでは辛い作業であるし、危険がないように見守るのでは効率も落ちる。
仕方ないと納得して家の敷居から外へ出た。
空を見上げれば、ジリジリと照り付ける日光。しかしそれが浮かぶ空は青くなく、むしろ紫に変色しているようだった。
瘴気
待機に浮かぶ目に見えないその毒素が、遠方に連れてその色素を見えるまでに濃くしている結果であった。その影響は環境にも影響を与えており、草木は枯れ、水は干上がり、結果として星の大半は砂漠と成り代わっていった。
荒れ果てた世紀末を思わせるような街は、人影はほぼなく、この星から出て行った人達の多さを解らせるには充分すぎるほどで、店もほぼ閉店。よく訪れた店も今は空っぽで、物悲しさすら感じられる。
「けほっけほっ!」
埃っぽいのか、思わず咳き込んでしまった。
「はやく…行こ…。」
そう言って足早に博士の家を目指すハル。この星で過ごせる日は…あと何日なのか。そして、引っ越しの件、二人にどう説明しようか悩みながら、その歩を進めていった。
「…夢、か。」
目を開けば夢と自覚できるほど鮮明に現実に意識が戻る。ベッドで横になったまま、先程の夢を思い返す。
正直、ハル自身に管理局…いや、ミッドチルダに住んで以前の記憶がない。…というよりも両親が居たのかどうかすら解らない。
曰く、次元漂流者だそうだ。
記憶があるのは6歳辺り。管理局の養護施設に入った彼女は、魔力資質があることから局員になり、あれよあれよという間に特査官という資格を持った准尉まで上り詰めた。その異様な出世は、陸の人々から、ある者は期待し、ある者は嫉妬した。そんな中で108陸士隊への配属。隊長であるゲンヤの人柄を信用し、バルガスとゼストの計らいで配属された。すっぽりと抜け落ちた記憶。右も左も解らない世界に辿り着いて、その穴を埋めるかのように、そしてただひたむきに任務に打ち込んだ。傷付くのもいとわず、ただひたすらに突き進む。その度に隊長のゲンヤからお小言を喰らう。それが日常と化していた。
「…もしかして…抜け落ちた記憶が…戻っているのか?」
5歳までの思い出…と言うのか、そう言った過去を今まで思い出すことが出来ず、結果として3年経過していた。半ば諦め駆けていた事だが、ここに来て蘇ってきているとなると、逆にもどかしさすら感じられる。
「…いかんな。寝汗をかいたか…。」
思い出す行為自体が身体に負担をかけたのか。それともうなされていたのか。アンダーシャツは汗による湿りでピッチリと身体に張り付いて気持ちが良いものでは無かった。
ひとまずシャワーを浴びて、それから状況を確認しよう。そう言うとハルは、支給で置いてあるアンダーシャツを引っ掴んでシャワールームへと歩を進めた。
時の狭間を抜けた先。突っ走った妹を追ってやって来たのは、かつて自分の世界、本や映像、写真で見た程度の物だったが、恐らくは文明が未だ盛っていた時にも似た、高層ビルが立ち並ぶ世界だった。
空気は澄んで、空も夜でありながら故郷の世界とは違い、月が鮮明で、それでいてもやが掛かっていない綺麗な物だった。
「大気成分は……、スゴい。人体に影響がないレベルなんて…。」
むしろこれが当たり前なのだろう。だが、彼女にとって当たり前なのは死触により蝕まれた惑星の大気だ。正直、このギャップに驚くのは仕方がないのかもしれない。
「この空気と景色。博士や…あの子にも感じて欲しかったですね。」
しんみりと、吹き抜ける夜風に長く赤い三つ編みを委ねながら、会えない二人に思いを馳せる。
「っと!こうしちゃ居られません!手の掛かる妹を早いところ連れ戻さないと!」
そう言うと、彼女は飛翔した。海鳴の夜風は、これから巻き起こる波乱に無頓着なほど、今は穏やかだった。