魔法少女リリカルなのは 未来への系譜   作:ロシアよ永遠に

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タイトルが思い浮かばねぇ…。


Mission35『白の騎士、墜つ』

ぱりん…

 

静かな家のリビングに、乾いた音が響いた。

娘達が魔法関連で家を空けていることを心配し、起きておくために何杯目かわからないコーヒーを飲んだ父母である士郎と桃子。突如として響いたその音。カップを洗っていた桃子はその正体が何なのか理解するのに、さほど時間は要さなかった。

 

「あら…」

 

「桃子さん?なにか割れてしまったのかい?」

 

手持ち無沙汰なので深夜番組を見ていた士郎が、心配気にソファに座しながら、肩越しながらも視線をキッチンに移す。

 

「お茶碗が…」

 

既に洗い終わり、食器棚に伏せてあった一つの茶碗を取り出して眺める。見事なまでに二つに割れた、真新しく、最近になって使い始めた青と白の茶碗。

 

「それは確か…」

 

「えぇ、ハルちゃんの…。」

 

「…何かあったのかな。」

 

茶碗やコップが割れる、と言うのは、使っている人の身に何らかの良くないことが起きているジンクス。窓から見える、星空の向こうで戦う末娘と、新しい家族。心配そうに見上げる二人の心境とは裏腹に、黒くも蒼く澄んだ夜空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び散る赤。

夜空を染める白銀の金属片。

コードが、装甲が。

その身を散らして海へと落ち行く。

 

「ぐ……っ!間に合った…かな…?」

 

痛みに顔をしかめ、蒼の瞳は薄らと見開かれる。痛みを覚悟で割って入ったのは良い。もっと鋭い痛みが全身に走るかと思えば、左肩だけが焼き付くような痛みなのはラッキーなのか。

 

「如……月…?」

 

背後では真紅の目を見開く。目の前には自身を庇うように割って入った彼女の行動が信じられない。

しかし、彼女が入ってくれなければ、自分の腹は貫かれ、見るも無惨な物になっていただろう。

 

「…やっぱボクって、不可能を可能に……痛っ…!」

 

庇った際に、ヴァルキリーの左肩部の装甲、そしてその下にあるヒカリの肩を掠め、左バーニアに突き刺さって中破させていた。普通なら庇うどころか、割って入った所で二人仲良く団子宜しく串刺しになっているのが関の山だろう。それでも何とか肩を掠める程度の負傷で済んだのは、すんでの所でヴァルキリーの手甲とそれを纏わせた防御魔法によって、何とか逸らした結果である。しかし防御魔法を張った際に、展開効率を上昇させる意味で両手を突き出したのが災いしたか、左腕部の装甲を抉り取られてしまった。

 

『サージェント…左バーニア損傷。推力32%に低下。戦闘行動に支障。レフトアーム使用不能。』

 

「こ、これくらいなら、安いものだよ。…入らなかったら、多分もっと悲惨なことになってたし…。」

 

「す、まん……私としたことが…」

 

「んーん、無事だったならそれで良いよ。」

 

未だ痛むのか、頭を押さえつつ謝罪の意を示す彼女に、ヒカリはただ、微笑むだけ。

 

「…それにしても…」

 

見やるはこの槍を生成した少女だ。

今も、その無機質にも見える眼を、ただこちらに向ける。それだけ。

しかし、視線はヒカリに向ける傾向があるのか、他にはそこまで興味を示していない。にもかかわらず、ハルの異変に感付き、あまつさえ強大な一撃を加えようとしていたのもまた事実。もはや行動原理が解らなくなってきていた。

 

「こんな物騒な物…投げちゃダメだと思うよ…?」

 

未だ損傷の無いライトアームで、バーニアに突き刺さっている巨大な槍を引き抜いた。深く突き刺さっていたのか、引き抜く際にバーニアから悲鳴が聞こえる。飛び散る火花が生々しい。さらに宜しくないのが、バイザーに表示される警告。

 

(残り魔力…一桁…。)

 

全力で槍を逸らさんとして防御魔法を張った結果である。更には左肩の怪我も、深くはない、しかし決して浅くはないものだ。滴り落ちる血が、それを物語る。正直…戦うのは無理かも知れない。

 

「お、おい。」

 

「ヴァルキリー…少し…うぅん、かなり無茶するよ?」

 

『…仕方ありません。お付き合いしましょう。』

 

もはや諦めにも似た同意だ。呆れ声ながらも従順。しかしそんな相棒に心中感謝しながら。

 

「出し尽くす!ヴァルキリー!」

 

『Maximum…スタート!』

 

損傷した腕部が、バーニアが。白銀の装甲をスライドさせ、赤いフレームを露出させる。残り魔力の少ない現状でのこれは、もはや戦術などない。

そう、これは…

 

『特攻…!?』

 

その場に居た誰もが意見を同じくする。巨大な槍を右手に、バランスもクソもない推進。ただただ今ある最大の加速を以てして、ただ一撃を加えんとする。

握った槍の手に自然と力が入る。みしり、とレフトアームの指がめり込んだ。

正直、こうでもしないと、左肩の痛みに耐えられないかも知れない。

 

「………」

 

それを察してか否か、ユーリは右手に赤黒い魔力を纏わせる。

 

「バイパー…!」

 

先程と同じく、赤黒い円の中に手を突き込んだ。

加速しながらも、何を仕掛けてくるのか警戒も怠らない。

 

瞬間、

 

目の前に円が広がるのを捉えた。

 

急上昇した刹那、

 

眼下に槍が飛びだした。

 

(座標指定して…槍を繰り出した…!?)

 

一瞬なので混乱しながらではあるが、しかし予想を立ててみる。ユーリのデタラメな力はこの数十分で嫌と言うほど目の当たりにしている。何を仕掛けてきてもおかしくないが…。

 

(だとしたら次は…!)

 

不安定なバランスを補助しながらも、横にバーニアを噴かせると、先程までの進路に槍が突き通った。

予想通り…だった。

次々に撃ち出される槍を避ける。

横から来れば縦に、逆もまた然り。確実に、的確に避ける。バランスを心許ないが、粗くも、しかし最小限の動きで、ギリギリで躱す。

そして…徐々に距離を詰めていく。このままならいずれ取り付くことも出来るだろう。だが、ヒカリの中では冷静であろうとする理性とは別に、感情には焦りがあった。

やはり視界の縁に鬱陶しげに点滅する残存魔力。ブースターの推進剤代わりに、魔力を噴出させて飛行しているヴァルキリーにとって、枯渇は致命的だ。もちろん、普通の魔導師にもそれは言えるのだが、ヴァルキリーの場合、待機状態でなければ空気中の魔力の補給が出来ないと言う欠点がある。人体ならば、リンカーコアを介して魔力補充が可能だ。しかし、ヴァルキリーはデバイスである。元々規格外な部類に入るこれは、駆動時はこちらにリソースを回すことが出来ず、逆に待機状態で余裕が出来て初めてそれを可能とするのだ。それだけに、魔力を溜めようとするならば、ヴァルキリーを待機状態へ移行せねばならず、戦場でそれを行うことそれ即ち無防備な状態を晒すことになる。それだけに、魔力が切れる前に、一太刀…いや、一槍入れなければならない。

 

「こん…にゃろぉおっ!」

 

10メートルを切ったか、と言う距離に入ったとき、まるで槍投げのように振りかぶると、残る魔力を出し尽くさんばかりにバーニアを噴かせ、大凡年頃の少女に不釣り合いな絶叫と共に突貫。ヴァルキリーの装甲をも貫いたその鋭利な紫色の槍。彼女生成した物だけに、その一撃はお墨付きだ。

 

刹那、

 

紫の結晶が砕け散り、周囲を蹂躙する。そして、魔力同士が干渉し合い、幾度目か解らない爆発が引き起こされた。

 

「な、何が…起こった?」

 

「我に聞いても解らぬ。しかし…あの雀。」

 

「え?」

 

「中々考えおったな?」

 

ディアーチェが、ヒカリの意図に気付いたのか、顎に手を当てて頷く。それに関してはクロノも意見を同じくした。

 

「確かに、あれならば多少のダメージは通るかも知れない。」

 

「ど、どういうことなんですか?」

 

トーマの意見に、はやても、フローリアン姉妹、そしてリインフォースすらも、2人の納得に疑問符を浮かべる。

 

「奴が繰り出したあの槍は、奴の術式で出来ておる。我らの魔力を以てしても通らぬあの護り。奴の術式でならば突破も有り得るやも知れん。」

 

「しかし…ヒカリさんがユーリを攻撃など…そもそも、あの槍は殺傷設定を解いていないのでは?」

 

アミタの意見も尤もだ。未だ、ヒカリの肩を貫いたあの光景は記憶に新しい。

 

「狙ったのが…ユーリ本人ではない、とすれば?」

 

クロノの目の先。黒煙が晴れ行く中、ユーリの象徴ともとれる魄翼が、その姿を現していく。そこで…皆が眼を丸くする。

右の魄翼、巨大な腕の、掌。そのど真ん中を深々と、槍はものの見事に貫いていた。

 

「と、通ってる!」

 

「ふむ、あの雀の策は存外上手くいったようだ。」

 

歓喜する面々。しかし、晴れ行く煙と共に、皆に一つの疑惑と、そして嫌な予感が脳裏に過ぎる。

 

ヒカリが、いない。

 

「ぐ……ぁ……!エグザミア…稼働効率…低下…!」

 

よもや自らが作り出したエンシェントマトリクスを利用しての攻撃など、考えもしなかった。自らの魔法がなまじ強力なだけに、自らの防御を貫いてしまったのは何とした皮肉か。

ユーリの苦悶の表情が、そのダメージは決して少なくないことを物語る。

 

そして…

 

完全に晴れた黒煙。

左の魄翼の掌。そこの五指から伸びた刺。

それにまるで(はりつけ)のように貫かれていたのは…

 

 

ヒカリであった。

四肢は貫かれ、もはやヴァルキリーのバーニアも、背部を含め、脚部の物も、白銀の美しい装甲はひしゃげ、もがれ、もはや内部のパーツも露出するほどにまで破壊されていた。

 

「如…月…?」

 

未だ鳴り止まぬ頭痛。枯渇寸前の魔力。

もはや戦闘など不可能なのは火を見るより明らかだ。他者からすれば、その健康状態が芳しくないのも見て取れる。

しかし、焦点定まらぬその目には、

目を背けたくなるほどの現実が、

ハッキリと映し出されている。

 

「……ぁ……!」

 

自分が不甲斐ないばかりに。未だ民間協力者であることに変わらない彼女を、守らなければならない市民を、そして同じ学舎に通うクラスメイトを危険に曝して、自分を護り、怪我をさせてしまった…!

もはや後退など無い。今全てを以てしてユーリを止めなければ、現状も打破できず、ヒカリを助けることすらも出来ない。

足元に魔力を集中。若干膝を折って、跳躍の体勢へ。

 

「行くぞ…ガル…」

 

いざ、と言うタイミングで、真横を通り過ぎたのは黒金の閃光だった。まるで弾丸と思しきまでに宙を蹴り、ユーリへと迫る、迫る。

そしてユーリはというと、先程のダメージが抜けきらないのか、未だ動こうとしない。思えばチャンスだ。

 

「離しやがれ…!!」

 

その形相、鬼と思しきまでに歪んでいた。怒りが身体を突き動かしていると言っても過言ではないだろう。ジャケットであるスーツはリカバリーを施したのか、ある程度修復されてはいる物の、黒金のデバイスたるブリュンヒルデも大きくはないが、しかし決して小さくもない損傷が見受けられる。魔力も体力も連戦に次ぐ連戦で減少している状態にも関わらず、その突き動かす原動力になり得るほどの怒りとは、一体何なのか。

 

「タイラント…ナックル…!!」

 

手甲に金色の魔力が神々しく宿る。唯々、砕くことを追い求めた術式で、ステ振りで言うなればSTRに殆どのポイントを注ぎ込んで、他は申し訳程度にしか振っていない状態である。

 

「シッ!」

 

勢いを利用しての、清々しいまでに右ストレートを放つ。如何な見た目が幼い少女といえど、その容姿に反して途轍もなく、途方もなく強大な力を持つだけに加減は効かない。でなくとも、目の前の光景を目の当たりにしているだけで、彼の怒りの沸点のメーターはオーバーリミットを示している。

が、いくら強化すれど、目の前のユーリという少女の魔力は、彼のそれを大きく上回っており…

 

ぱしん…

 

という乾いた音と共に、掌で受け止められた。

魄翼の巨大な手ではない。片や槍に貫かれ、片やヒカリを磔にしている。

ともすれば残る手は、

ユーリ自身のその小さな掌である。

 

「んな…っ!」

 

これは流石に予想だにしていなかった。破壊力を重視した術式を乗せ、思いっきり勢いの加わった拳を、まるで赤子の手のように、悠々とその小さな掌に受け止めて見せた。

 

「ざっ…けんな!」

 

激昂しているのか、もはや猪がなにかの獣の如く、両の手の拳を唯々ひたすらに打ち付けていく。右フックに左ストレート、左アッパーに右のジャブ。ラッシュと言えば聞こえが良いが、端から見ればそれはただ我武者羅なだけだ。

 

「この…っ!!いい加減…!」

 

「………」

 

しかしそれを意にも介さず、まるでハエを払うかのように振るわれたのは魄翼。左の物はヒカリを磔ているために振るっては来ない。

槍で貫かれている方が、空を切る音共に振るわれ。

 

「ぐぁっ!?」

 

もろにソレを受けたレオンは、不意を突かれた意味もあってか為す術も無く吹き飛ばされる。

錐揉みながら、海へ向かって落ち行く彼を、トーマは身を挺して受け止める。

 

「わ、悪い…」

 

「いや、いいんだ。けど…一体行き成り突っ込んだのさ。…って、尋ねるのも野暮か。」

 

レオンという人物を見て、彼の行動に納得がいくのか、トーマは自らの疑問に自己完結している。彼は、レオンやヴィヴィオ達よりも更に未来から来ているだけに、各々の人間の関係性についてもある程度は認識と知識があるらしい。はやてを極端に恐れるのもその影響だろうか。

 

「…頭に血が上ってたか…、…そっちは俺より未来から来てるなら…あの人との関係性も知ってるんだろ?」

 

「うん、まぁね。そんでそのコンプレックスぶりもね。」

 

「…コンプレックスかどうかは納得しかねるけど、…まぁあの人にはここで退場して貰うわけにはいかないんで、な。」

 

「俺も同じく、ここでどうのこうのされちゃったら、俺自身の存在もヤバいかもしれないし。」

 

拳と剣とが、ユーリを見据えるように構えられる。

このまま彼女が破壊を振りまき、取り返しのつかない事態ともなれば、それこそ未来が無くなって…タイムパラドックスが起きかねない。

今ある境遇。

それは全てが幸せでないにしても、自分の居るべき場所も消え、もしかしたら全く違う自分になってしまうかも知れない。

 

「ここはタイムパラドックスとか置いといて…死力を尽くして…」

 

「未来を切り開きますか!」

 

さぁ、第何ラウンドかはわからないが、開始といこう。判定勝ちはない。勝って切り開くか…負けて未来を失うか、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体から力が抜けていくのを感じた。

頭がボーッとして、瞼が重く。

貫かれた左肩以外にも身体の各所が痛む。

流れ出る液体は…暗い視界の中でも血であることを認識できる。

 

(ボク…ここで、終わっちゃうのかな…?)

 

頭で思っただけで、口に出すことは出来ない。口を動かす気力も絞り出せない。手放しかけている意識は深い闇へと沈んでいく。

身体の痛みはある。

しかし心地良くもある浮遊感。

このまま沈み行く意識に身を委ねたらどんなに心地良いだろう。どれ程楽なのだろう。

 

(あぁ…もう…眠たいや…。)

 

襲い来る睡魔のように…意識を引きずり込もうとするその衝動に、まるで身体を預けていく…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タスケテ…』

 

自分の深層意識に少女の声が、まるで木霊のように響いた。意識は沈んだのか、痛みも消えて、むしろ沈みきって逆に頭が何処か透き通ったように感じる。

 

『タスケテ…。』

 

まただ。

声とともに、真っ暗な中で視界と意識クリアになる。

明晰夢、とも思えるかのような感覚の中、目の前に広がりつつある光景に思わず息を呑んだ。

 

 

まるで宇宙空間のような浮遊感ながら、周囲には虹のようなカラフルな帯が、まるで絵画にある一点透視図法のように、前方へと集約されていっているのだ。

齢10年の生の中、未だ見たこともない光景。

そして五感全てが研ぎ澄まされる中…

 

『助けて…』

 

山彦のように、空間内で響いていた声も、段々と容易に聞き取れるようになってきた。

 

助けを求められている。

 

この空間の中で。

 

そしてその声は、虹の帯が流れる先から届いている。

 

ここが何処なのかは解らない。しかし直感で今すべきことを理解は出来る。

 

(ボクは…この声の主を知っている…)

 

そう思ったときには既に身体は動いていた。

水中は違い、身体に纏わり付くものも、

地上のように、地面に引き寄せられる感もない。

だが行きたいと思った方に進んでくれた。

虹の指し示す先。

黒と共に支配するその空間を進むその行方に、一つの光が射す。

眩しくて、しかし冷たいと感じた。紅く、ただひたすら紅く。まるで業火の如く燃えるような色が支配する空間が広がった。にもかかわらず、肌に感じる空気は冷たい。凍え、凍り付きそうなほどに肌を刺す。これが現実(リアル)ではないことは解っているのに、この寒さは間違いなく肌で感じる。

 

『…だれ…?』

 

「…やっぱり…君の声だったんだね。」

 

紅々(あかあか)と照らす空間に、一人の少女が膝を抱え、その無重力に従って浮遊していた。

うっすらと開かれた目はあの緑色ではなく、自分のよく知る琥珀色だった。

 

『…ヒカリ?』

 

「うん。そうだよユーリ。」

 

『どうして…ここに…?』

 

「ん~、わかんない。」

 

『ここは…私の…エグザミアの深層の中ですよ?入ってくることなんて…。』

 

「理由はわからないけど…事実こうしてボクが入って来れているんだし、入れるんじゃない?」

 

無茶苦茶なこじつけだ。だが、目の前に浮かぶ彼女はこうして入ってきていることを思えば認めざるを得ないのだろう。

 

『…なんだか、別れて一日も経っていないのに、随分と懐かしく感じます。』

 

「あはは…確かにね。さっきまで戦いあってたのに…」

 

『むぅ…それはエグザミアにあるプログラムのせいで…私の意志では…』

 

「…ユーリ、外の君について…何か知ってること、あるの?その…止める方法、とか。」

 

そう尋ねると…ユーリの顔は、影を落として口をつぐんでしまう。

 

『…エグザミアのプログラムの上書き。以前、はやて達が闇の書を止めるために行った方法が一番なんですが…』

 

それについては皆も言っていた。しかし、ユーリがそこで言葉を濁すと言うことは、これを成すまでに障害があるのだろうと予想できる。

 

『その為には専用のアンチプログラムを用いた魔法による飽和攻撃によって、エグザミアを機能停止に…その上で今起動している暴走プログラムを上書きしなければなりません。』

 

前半についてはシュテルが言っていた内容と酷似している。…となれば、ここでこうしてユーリと対面している以上、

 

「…今恐らく、ボクは身体から意識を離してユーリと話してる。その…こうしてユーリの意識がある、と言うことは、ボクと同じように一時的に意識と身体を分離させることが出来ないかな?」

 

『それって…幽体離脱…っていう?』

 

「うん。…そのアンチプログラムのこととか、口頭ではボクが皆に伝えることは出来ない。だから…何らかの方法での離脱が出来たら、現状の打開が出来るんじゃないかなって。」

 

無茶苦茶な案だ。だが、今この場で手をこまねいている内にも、外でどれ程の戦闘が引き起こされているかも判らない。

 

「だから…ユーリ。」

 

『ダメ…行けません。』

 

しかし、差し出した手に対して、彼女の口が紡いだのは拒否。

 

『今…外の暴走プログラムが、()()()()の破壊で済んでいるのも、ここで私が存在して…抑止力になっているから…。その抑えがなくなったら…きっと今まで以上の破壊を始めてしまうと思います…。』

 

「あれで…まだ抑制されているの?」

 

コクリ、と肯定され、どうしたものかと思案する。

苦し紛れの一撃も、先の言葉からすれば程なくして修復されてしまうだろう。他のメンバー総動員でも、今の状態ならまだしも本格的な暴走を始められては、抑える以前に地球がマズい状況になりかねない。現場指揮を執るクロノが居たら頭を抱えるだろう。外のユーリの出力も、目の前のユーリが『抑えている』のであって、『下げている』訳ではない。少しずつながら上昇しているのもまた事実であるし、いずれはその抑えを振り切って全力で戦ってくるだろう。

 

『だからその前に…』

 

「アンチプログラムを撃ち込む必要がある、ってことか。」

 

『時間がない…だから…。』

 

とん…と、ヒカリの身体を…いや精神体と言うべきか、ユーリは突き飛ばした。

瞬間、

漆黒の顎が閉じるかのように眼前の空間がシャットアウトされる。

 

「なっ!ユーリ!ユーリ!!」

 

必死に呼びかけれど、その叫びは空しく空間に木霊するだけ。それに伴ってなのか、自らの身体も、徐々に透けてきている。どうやら…エグザミアから弾き出されるらしい。

 

『ヴァルキリーに、アンチプログラムの作成データを送ります…だから…それで私を…』

 

そこまで聞いて、ヒカリの意識は意識世界から弾き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

『銀十字!』

 

「撃ち抜けェ!!」

 

夜天の書にも似たソレから断章が八枚飛び散る。

魔術のリングを構成し、その中央から白銀の弾丸が射出された。

無論、ユーリも易々と当たるつもりもない。最初こそ飛翔の動きは緩慢ではあったが、今ではその動きに明らかな違いが出始めていた。

 

(段々、動きが良くなってきている!)

 

『銀十字!誘導プログラム更新!制御にリソースを回して!囚われているヒカリさんには当てないように!』

 

【了解。】

 

途端、撃ち出された弾丸はその動きを変えた。

直線的にユーリを追っていただけのそれは、まるで包囲するように、鋭く、速く動きを変えていく。

今はあの無数の弾丸を撃ち出すフェニックスフェザーは使えないはずだ。片やエンシェントマトリクスが、片やヒカリが。その状態を好機と捉えるなら、今をおいて他にない。

 

「誘導弾確認。リング、形成。」

 

後退しながら正眼にて両手の平を突き出す。再三、赤黒い魔力が形成され、それは輪っかを象る。

眼前に迫り来る誘導弾に、その輪の虚空を捉えた。

 

「ヴェスパーリング!」

 

魄翼の炎を纏うかのように禍々しく撃ち出されたリングは、迫る誘導弾を容易く撃ち落とし、まるで余波の威力をも誇示せんとばかりに、多少の軌道のズレがあろうが、銀十字の弾丸の光は次々と朱に飲み込まれていく。

しかしそちらに気を取られてくれたお陰で、隙が生まれた。

半数を撃ち落とされてしまったが、その残り半分、死角を突くことが出来た。

 

「くっ!」

 

魄翼に槍が突き刺さってから、初めて苦悶を浮かべたように見える。そしてその苦悶は報われてか、右の魄翼を振り回して弾丸を打ち消すに至った。まるで、その太さに偽り無しと言わんばかりに豪風が吹き荒れたとも錯覚するほどに鋭いスイング。しかし、数の上ではこちらが優位に変わりはない。

 

「響け!」

 

漆黒の砲撃が三方向からユーリを包んだ。周囲に設置されていたハウリングスフィアからの一斉砲だ。

彼らが前線で戦う中、援護射撃としてリインフォースが展開しておいたもの。しかし難点としては、ハウリングスフィアが設置後はその座標に留まるが故に、相手の位置によっては包囲攻撃に成り得ないこと。スフィア同士と敵とが直線的に並べば、その結果は自明の理。躱すのも容易いものとなる。それだけに、スフィアの位置取りと、相手の誘導が肝要となる。この場合、上手くユーリ本体にぶつけることが出来たのも、トーマが巧みに誘導してくれた結果だ。

爆ぜる空気と煙。しかしそこへ追い打ちを掛けるように蒼い砲撃が撃ち込まれる。

その軌跡を逆行すれば、S2Uから穿たれたブレイズカノンであることを判断するのは容易だった。

そして…爆煙の中心を取り囲むかの如く、同色のリングが輪を織り成す。しばし後、孫悟空の頭の輪のように、その直径を一瞬にして縮めた。

ストラグルバインド

対象に掛けられた強化魔法の一切を打ち消すものだ。犯人捕縛において重用するバインド魔法だが、高ランクの犯罪魔導師相手に対抗するためにクロノが編み出したもの。それだけに効果の程は折り紙付きである。

 

「強化解除付与の捕縛…?」

 

大の字の如く、磔にされた状態で。

しかし、特段焦る様子もない。唯々淡々と、自分に掛けられた魔法を分析する。

 

「解析…」

 

「その前に叩く!」

 

三度、白銀の閃光が煌めく。ブレードビットがその鋭利な刃を左の魄翼に突き立てる。

否、

突き立てようとした。

しかしそれは適わず。

記憶の噴出によって未だ鳴り止まぬ頭痛から、魔力の伝達が芳しくないのだろう。そのビットの動きも、ガルムのAI制御ではあるが鋭敏なものとは言い切れない。それだけに突き立てる刃の勢いが弱ければ、その結果は火を見るよりも明らかだ。

ぎりっと、自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締める。

何が特務捜査官か。何がホープか。此ではただの足手纏いではないか。

そう…自分の無力さに打ち拉がれていたとき。

 

ビットの内、2機が動きを止めた。

…いや、ハルの方からは制御を()()()()()()()。動きを遮られているのだ。

 

それを掴むは白銀の腕。

人のそれよりも大きく、そして機械的な物。

磔となり、装甲がもげかけているその腕に鞭を振るうかのように、関節を、装甲を軋ませて。

 

だれも口を呆気取られてあんぐりと開いていたのだろう。動かない。動けない。

其程までに異常で、あり得るはずの無い物を見ていたようだったから。

 

「…ヴァル…キリー……状況、は…?」

 

負傷から来る鋭い痛みに耐えながら、さながら絞り出すようなか細い声。先程から滴り落ちる紅い鮮血が、それを第三者にその傷の深さを物語らせるには充分なものだ。

 

『装甲面に著しい損傷。パワーアシストにも支障があります。しかしレフトアーム以外のメインフレームは辛うじて損傷なし。』

 

四肢を、脇腹をも串刺しにされて、メインフレームに破損がないのは最早奇跡の類かも知れない。なるほど確かに、思った以上に腕に力が入らないのは、負傷によるものだけではないのも納得できる。

 

『サージェント、刺突部を介してユーリよりデータの流入を確認。これは…』

 

ヴァルキリーの言葉で、先程ユーリの言っていた事を思い出す。

アンチプログラムのデータを送る、と。

だとしたら、この接触部位を通じてそのデータ送信を行っていることにも理解が出来る。

 

『…ユーリよりデータ送信が停止。』

 

「それは…。」

 

『不明。データ送信が完了。もしくは目の前のプログラム体が停止させたか…。』

 

前者ならば重畳だ。だが後者ならば中途半端なデータではプログラムを完成させるには至らない可能性が十二分にある。しかし、ユーリが必要不可欠なデータを篩い分けてくれたのならば、未だ光明はあるかも知れない。

どちらにせよ、動かなければ始まらない。

手にあるビットを握る手に、ありったけの力をこめる。しかし、破損から来る魔力伝達不足もさることながら、内蔵魔力が枯渇寸前なだけに、その力は弱々しい。

 

「…ヴァルキリー、魔力って…内蔵したものしか…使えないの?」

 

否定(ネガティブ)。』

 

「あるんだ…。どうやるの…?出来るだけで良い…、今を切り抜けられる…その時間があれば…」

 

その問いにヴァルキリーは答えない。なんらかの後ろめたい答えがあるのか。

 

『…今の状態で此を行う。それはサージェントの肉体とリンカーコア、双方に小さくはない負担を掛けることになります。重症の身体に、体内器官の一つとも取れるリンカーコアの活性化は、これから成長過程となるサージェントの肉体に弊害が…』

 

「それでも、今やらないで後悔するより、やった後で後悔したい。…目の前にいる友達を助けられたなら、ね。」

 

最早決意は強固な物だった。…一度決めたら、突き進むのは誰に似たのやら、と、ヴァルキリーはつくことの出来ない溜息を漏らしそうになる。だが相棒として、デバイスとして、彼女の気持ちを汲むこともまたやるべき事なのだ。

 

了解(ラージャ)。リンカーコア接続(コネクト)。』

 

ヴァルキリーのキーワードが紡がれたとき。

ドクン!と、自身の身体が大きく揺れ動いたのを確かに感じた。

身体の中からこみ上げる吐き気にも似た嫌悪感。内臓が混ざり合うかのような感覚に、一瞬ではあるが意識を飛ばしそうになる。

 

「あ…あぁぁぁああぁぁぁっっ!!!」

 

雄叫びにも悲鳴にも似たそれは、腹部を貫かれた痛みも、身体の嫌悪感を打ち消さんとする無意識から来るものか。ビリビリと皆の耳と肌に響く。

右手に握られたブレードビットへ込められる力が高まった直後。

 

超硬物質が砕けるような、甲高い破砕音が響いた。

 

「っ!?」

 

一番驚いたであろうはユーリだ。砕け墜ちる破片は、自身の一部とも取れる赤黒い鉱石にも似た魄翼の欠片。魔力を注いでいたそれが、今まで難無く弾いていたブレードビットにより、貫くどころか、砕かれていたのである。

それに伴い、ヒカリを磔ていた突起も魄翼が砕けると共に霧散していく。

ブシュッ!という音が聞こえそうなまでに、腹部から鮮血が噴き出した。今まで栓をしていた魄翼の突起が霧散したことで、文字通り風穴が開いたのだろう、流れ出るその血は止め処なく溢れていく。

 

「大丈夫…耐えられる…!うん…!」

 

自身に活を入れて、駆け巡る痛みに耐える。この10年弱の人生で、恐らくは腹に風穴が開くなどと言う経験はない。それだけに今まで感じたことのない大きな痛みに意識が飛びそうだ。歯医者で虫歯を抜かれた時の比ではないほどに。

 

「ヒカリちゃん!?血が!!」

 

「いけない!アースラ!エイミィ!今すぐ彼女の転送を!」

 

悲痛なまでに叫ぶ二人。人間という物は、矢張り血を見ると言うことに抵抗があるのだろう。加えて目の前の出血量を目の当たりにすればなおのことだ。

 

『サージェント。』

 

「…なに、かな」

 

『バイタルサインが危険域です。』

 

「そう、みたいだね。」

 

まるで他人事だ。いくら気丈に振る舞えど、その実はただの人間の身体に過ぎない。血を流しすぎて死にもすれば、心臓を射貫かれても然り。精神で保たせては居ても、身体の限界を引き上げることなどは出来ないものだ。

 

「でも…少しでもダメージを与えないと…止まらなくなる。」

 

「そんな身体で何を言うんですか!?今止血しますから、じっとしてて下さい!」

 

未だ無茶をしでかしかねない彼女をアミタは嗜める。ビリッと長く破った上着の一部を、まずは左肩の傷に若干圧迫するようにキツく巻き付ける。古風な処置ではあるが、少しでも出血を抑えるにはある程度の効果がある。

腹部に関しては、如何ともし難い。ここまでの出血量ともなれば、傷を塞ぐのみならず、血の補給…つまり輸血の必要性もでてくるだろう。

しかし、それでも前に行こうとする彼女の精神の強靱さ、いや、ここまで来ると最早頑固と言っても過言ではないそれは、異常とも取れる。此も一重に、ユーリという人物の存在故か。

 

そして…それを見る件の少女(ユーリ)は、傷を推す彼女をやはり無機質な瞳で見るだけ。先程と変わるのは、表情が少々曇っている、と言う点だ。

 

さて、どう動く?

 

牽制にしか成り得ない自分達の攻撃で、思わず出方をうかがってしまう皆を、やはり無機質なその目で一瞥すると、古代ベルカの魔法陣を敷き、自身の身体を霧散させていく。

 

「いけない!転移するつもりか!?」

 

クロノの叫びは否定されることはなかった。逆に肯定するかのように身体が徐々に薄れていくではないか。これでは後々厄介になる。多重転移でもされれば、それこそ何某かの行動…それも大規模な破壊でもしない限り探知に時間が掛かってしまう。しかしそれでは遅い。

ちっ!と舌打ちと共にクロノは横凪に手を振るう。極小の、それもよく目を凝らさねば見えない何かがユーリの紫天装束に付着する。しかし、彼以外のメンバーはもとより、付けられた本人すらも気付かぬままに転移が完了してしまった。

残るのは…ただの静寂。

吹き抜ける夜風と、文字通り嵐が去ったかのように、未だ荒れる眼下の海だけが空しさを物語る。

 

「逃げられた…!?」

 

「…リミエッタ、念のために聞くが…」

 

『…ダメ。1回の転移にしては、その距離が大きすぎるよ。サーチできない。』

 

アースラのレーダーを以てしても1回の転移で逃げ切れるほどの転移能力に舌を巻きながらも、舌打ちを隠す事が出来ない。それを行使するだけの処理能力と出力、そして魔力を有している相手。それを相手取って無事なのは奇跡とでも言うべきなのか。

 

「…一旦、皆アースラに戻ろう。…ディアーチェ。君と、その臣下の二人もそれで構わないか?」

 

「ふん。我らからすれば貴様ら塵芥の助力はなくとも、奴は手中に収まる。…その予想であったがな。…癪だが、この上なく、非常に遺憾ではあるが、奴の力は我らの想定を大きく上回っておる故に、仕方なく、貴様らと手を組んでやっても良い。我の寛大な心に敬服するが良い。」

 

「つまり姉やんが言いたいんは、『私らでは無理やから、お互いに協力するのが得策!』って言うことやね?」

 

「さて、黒いの。我が臣下が合流次第、今後の対策を練ろうではないか。」

 

「あぁ、了解だ。」

 

「むむむ…姉やん…放置プレイとは…成長したなぁ…。」

 

自分に取り合ってくれないディアーチェに対して、ちょっぴりの寂しさと成長への感心をはやては噛み締める。

ともあれ、砕け得ぬ闇を知るメンバーが協力してくれるともなれば、此程心強い味方もそうは居ないだろう。

 

「とにかく…!早いところ治療を!出血が止まりません!」

 

アミタの手は、貫かれた腹部と左肩を押さえて必死に出血を抑えており、その純白のグローブは鮮血に染まっている。ヒカリも、そしてヴァルキリーも、残り魔力もそうだが、損傷は深刻であり、だらりと力なく項垂れている。もはや自力での飛行もままならない。

 

「だ、だいじょぶ……へーきだから…」

 

もはや意識もなくなりかけているのか、目の焦点が合わず、その瞳は虚ろにも見える。戦闘状態という緊張の糸が切れた今、痩せ我慢していたツケが一気に押し寄せてきてのだろう。

 

「エイミィ!医療班と転送を急げ!」

 

クロノの悲鳴にも似た叫びを最後に、ヒカリの視界と意識は闇に墜ちた。




キリの良いとこまで書いてたら予想を上回る長文と、時間の掛かりよう…。中々難しい。
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