手甲に、しっかりと、しかし決して重くはない重みがかかる。刺青のような模様が奔る、その華奢とも思える身体。その腹部。ナハトヴァールの先端、その両側に展開された、鋏のような機部が、ユーリの細いウエストをがっちりホールドした。
「捉えたぞ…!」
フェニックスフェザーの弾丸を受けて、騎士甲冑が所々焼け焦げたリインフォース。
その口元は吊り上がる。
文字通り、ダメージを犠牲にしてまでナハトヴァールによる捕縛を選び、そしてそれが功を成したなら殊更だろう。
「ぐっ…!!」
「この至近距離では…その強固な障壁も張れまい…!」
あれだけの強固な障壁を張るために、それ相応の魔力を要するだろう。仮に張れたとしても、このナハトヴァールの最大の武器がそれを許さない。
こうして身動きを取れないならば、
藻掻き抜け出そうとするユーリの、魄翼の爪が振り下ろされる。
しかし、リインフォースはそれをさせる前に、それを実行に移した。
「貫け!」
ズドン!
まるで、大砲が発射されたかのような爆音とも取れる重厚な音。
ズドン!
ズドン!
それは三度響き渡った。
重厚なそれが発せられる度に、ユーリの背から赤く、そして長い刺突槍が貫き、そして飛び出す。かと思えば、すぐに引っ込み、再び爆音と共に飛び出す。しかし、貫かれたとは言え、その腹部から背部には出血はなく、その部位は紫の魔力の円が纏う事で撃ち貫かれている。
まるで外傷はなく、ただの脅し道具に見えなくもないが、その貫かれているユーリの表情は苦悶に満ちている。
魔力ダメージと言う物は、身体を循環し、魔力器官たるリンカーコアに満ちる魔力その物を削り取る攻撃法だ。それにより、相手を無傷で捕縛することが出来る。
ユーリは、リンカーコアのかわりにエグザミアをその代替として魔力循環を行っていることが、保護された際の検査で判明している。
そしてシャマルの旅の鏡、その術式を応用して、エグザミアに直接魔力のダメージを与えていた。
自身の核で、そして心臓にも等しいエグザミアに直接ダメージを与えられては、如何にエグザミアを包するユーリとて苦悶の表情を浮かべるのは必然的なものだろう。
「ぐぅ…!」
エグザミアの魔力切れは無きに等しいとは言えど、何発も喰らっては拷問に近い。生き物は攻撃その物に耐えられはしても、痛みには耐えることは難しいものだ。
それ故に、ユーリは打開を模索する。自分の胴は、ナハトヴァールによってホールドされている。これを解くには至ってシンプル。リインフォースを攻撃し、意識を断つ。もしくは離れざるを得ないようにすれば良い。
だが撃ち貫かれる槍射砲の衝撃が、魄翼を振るうための集中力を削いでくる。
「全弾…持っていけ!」
無論、カートリッジの炸裂による撃ちこみではないので、むしろ弾数と言うよりも魔力の続く限りな訳だが。それでも、撃ち混み続ける。
ズドン!
ズドン!
更に一発。それに伴い、再びユーリの身体を跳ね上がらせる。
見るからにグロテスクだが、出血はない、クリーンな攻撃。
「はぁぁっ!!」
六発目を撃ち込むと同時に、ホールドしたクローを解き放ち、ユーリを吹き飛ばす。よもや、向こう側から開放してくるなど、微塵とも思っていなかったユーリは、体勢を立て直すのに若干手間取った。
「まだだユーリ!まだ終わってないぞ!」
黒翼をはためかせ、上昇、そして加速度。ユーリの直上をキープしながら、左手を振るう。直後、数多の真紅の刃が、リインフォースの前方に扇状に展開される。
「少々痛いぞ?ブラッディ・ダガー!!」
広域にわたって射出された実体刃。しかしそれはただ拡散させただけではない。直線飛行を伴いながらも、緩やかな誘導弾とは違い、一定間隔で角度調整を孕み、ユーリにあらゆる角度、方向から押し迫る。
「
魄翼の形状が変化し、自身を繭のように包んで防護膜する。直後、差し迫るブラッディ・ダガーによる爆発。
普通ならば、ユーリのもつ防護に加わり、魄翼の護りも加わることにより、余程の攻撃や、バリアへの高度な干渉魔法を喰らわなければ破れることはない。しかし、先程のシグナムによるアンチプログラムの攻撃に加え、パイルバンカーのダメージが尾を引いて、インペリアル・ガードの出力が安定しない状態に陥っていた。
ダガーが命中する度に巻き上がる爆炎、そして軋む防御。プログラムに支配されながらも、ユーリのその顔には焦燥感が生まれていた。
覚醒した時の戦闘では、1対多数にも関わらず、アレだけの大立ち回りを可能としていたはずが、一対一にも関わらず押し込められている。これはやはりアンチプログラムの影響と、それに対するプログラムから来る危機感による焦り、そして一体化しつつあるユーリの意識が起因しているのか。
アンチプログラムによって機能を鈍らされ、
プログラムへの危機感から冷静な判断を鈍らせ、
ユーリの意識の抵抗から動きをぎこちなくさせる。
一つだけならばフォローも効くが、それら総てが同時にともなれば、致命的な不利要因だ。
思案しているうちに、爆炎と衝撃が止んだ。
どうやらブラッディ・ダガーの威力に、インペリアルガードの硬力が勝ったようだ。出力が不安定ながらも、良く持ったものだ。そう安堵する。
が…
爆炎による朦々と立ち込める煙が晴れた矢先、ユーリは信じられない光景を目にした。
視界を埋め尽くさんばかりの、
朱
赤
紅
アカ
しかもそれが、自身の周囲。ありとあらゆる包囲から自身を取り囲み、静止しているのだ。
これはまるで…
まるで…!
上空に浮かぶリインフォース。この攻撃法から金髪の吸血鬼と一瞬重なって見えた。
ぱちん、とリインフォースの指が弾かれる。同時に全ての紅が、ユーリに殺到。爆ぜる。
朦々と再び発せられる爆煙。
ユーリの姿はその中へと姿を消すが、リインフォースにとってそれは油断ならない状況に変わりはない。何故ならば相手の姿が見えない=出方が見えないこと。ある程度のダメージを与えたとは言えど、エグザミアの出力には油断は禁物だ。
黒々と上がる爆煙の中で、一瞬の光。
それを目にしたときには既に、リインフォースはその黒翼をはためかせて上昇していた。
その直後に、紅の閃光が眼下を走る。
「あれだけの手数でも止まるはずはないか。」
改めて彼女の末恐ろしさに冷ややかな汗が出る。
黒い煙を爆ぜて、魄翼を滾らせ。その鋭利な爪を振りかぶりながら突っ込んでくる。
リーチは大きいが、その動きは大振りだ。上昇するリインフォースを下から薙ぎ上げる。
「ちっ…!!」
速度は辛うじてこちらが上だが、瞬間的な加速は向こうが上回っている。それだけに追い付かれ、回避が一瞬遅れてしまい、ジャケットの肩口が引き裂かれ、リインフォースの白い肌が露わとなった。
しかし、これは逆にチャンスだ。目の前には振りあげた魄翼によって、無防備な脇腹が晒されているのだ。相手の攻撃能力と防御能力の高さ故に、このチャンスは見逃せない。
「貰う…!」
左手に紫色の魔力を集め、一つの球状とする。
ハウリングスフィア。
本来ならば空間に設置して、自身とは違う位置からの砲撃を行う、文字通りに浮遊砲台としての役割を持つ。しかしもう一つ、これの使い道があった。
このスフィアその物をぶつける。
砲撃を行うための魔力その物を内包したスフィア。それを相手の懐で爆ぜさせるとどうなるか?砲撃の魔力を余すところなくエネルギーに変える、いわば爆弾と化す。
三度爆ぜる空
爆風に飛ばされながらも、二度三度宙を舞ってリインフォースは体勢を立て直す。
しかし、立て直した矢先に、爆煙から飛び出したユーリの魄翼の剛爪がリインフォースを横凪に払う。
鈍い音と共に、吹っ飛ばされただけで済んだのは、咄嗟にパンツァーシルトで防壁を張ったからに過ぎない。ベルカ式だけに、その強固さはかなりの物ではあるが、それでもここまで吹き飛ばされるとは…
「本当に…強いな…。」
「………。」
素直に賞賛した。だが、対する彼女は、悲しげにリインフォースを見つめるだけ。
「だが…お前は強いが…今にも折れてしまいそうな剣にも見えるよ。」
「…そちらも…、」
「ん?」
ようやく口を開いた。消え入りそうだが、それでもリインフォースは息を整えながらも耳を傾ける。
「魔力も…力もなくなっている。でももう…戦うべき身体ではないはず…なのにどうして…?」
「言っただろう?…お前を救う、と。」
「でも…今の戦いで…」
「あぁ。私がお前に勝てる見込みはほぼ無いだろう。」
だがそれでも、と言葉を繋げる。
「…だがそれでも、私は闘うよ。我が優しき主がお前を救いたい。そう願うならば。そして…その為の布石になろう。」
かざした左手。紫色の古代ベルカの魔法陣が出現すると共に、ユーリを赤い帯が捕縛する。それと同時に、ユーリに携わり、赤々と燃えるように揺らいでいた魄翼の炎、そして形を成していた爪が、その姿を小さくし、まるで…小さなたき火ほどにまでその大きさを変えてしまう。
「封縛…!」
一時的に、拘束と共に相手の特殊な強化を封じ込める、クロノの扱うストラグルバインドにも似た性質を持つ捕縛魔法だ。
ユーリが捕縛されると同時に、彼女を中心として、紫の球体が周囲の空間を支配する。それは半径として100m程にまでなり、二人を容易く呑み込んだ。
雷鳴が響くその中で、ユーリは封縛の術式に介入して解除を試みる。通常ならば、魄翼の力を持ってすれば容易く力尽くで破壊できるのだが、如何せんそれが封じられているからこそ、地道な解除をせざるを得ない。
それ故、リインフォースにとっては、足を止めて最大限の一撃を穿つにはこれが最善であった。
「このダメージが…皆の…主の勝利…そしてお前を救う盤面の一手となることを願うよ。」
空間内を迸る雷が、その轟きを増す。…否、集束していく。
稲光が走り、そしてまたその姿を大きく。
まるで雷神のように…
「響け…」
告げる。
今この空間において、その雷を操る主は彼女だ。
集束した雷は、それを破裂させる寸前のように暴れ、今か今かと解き放たれるその時を待つ。
そして…それは来たる。
「夜天の雷!!!」
瞬間
リインフォースの背後で、まるで絡まるかのように蠢いていた雷が、一筋の神鳴となって一閃。
「解除…完了…。…!?」
それは、封縛を解いたユーリへと奔る。だが気付いたときには遅い。先ほどのインペリアル・ガードを張ろうにも、魄翼の展開が間に合わない。自身の障壁のみで受けきるしかないが、先程ナハトヴァールによって撃ち貫かれた際のダメージで、少々手間取っている。
「…防御魔法…!」
リインフォースと同じく、古代ベルカの魔法陣が、突き出したユーリの両の手から幾重にもなって展開される。だが、そのごく僅かな時間で展開したところで、その術式は不安定なもの。轟く雷鳴が悉く、そして容易くそれを噛み砕いていく。
「……!!」
ユーリの目が見開かれ、そして…
紫色の空間が破れるほどに、大規模な魔力による爆発が引き起こされた。
爆ぜた空間から、二人の人影が姿を見せる。
片や、頬も、纏う騎士甲冑も煤こけ、そして破損している。
片や、肌や装束が少々黒ずんだだけ。
あの雷鳴から離れていたはずのリインフォースでさえ、此程の余波によるダメージがでているにも関わらず、直撃したはずのユーリが彼女に比べてダメージが少ない。
「全く…あれだけ意気込んでおいてこの体たらくとは…情けない限りだね…。」
「やはり、以前の貴女には遠く及ばない…。」
「そうだな。…今の一撃で恐らくは限界だ。」
全力で大技の連発によって魔力の残りは僅か。ただでさえ継続戦闘力も低下しているので、その疲労に拍車を掛けている。
「…だから…後は退くとしよう。…おっと、諦めるわけではないことを先に言っておくよ。…なにせ……後に控える仲間は『とても諦めの悪い』、それも私など足下に及ばないほどの人間だ。覚悟した方が良いぞ?…後は頼んだぞ。…『覇王』」
「承りました、『祝福の風』」
瞬間、背後に迫った影。ユーリに戦慄が走り、急ぎ振り向くが、
「昇月!」
無防備なその腹部に、突き抜けんばかりの掌底。思わぬ衝撃に、ユーリは顔をしかめながらもフワリと跳躍し、距離をとる。
風に舞う碧銀。
自身を捉えて放さない、紫と青の虹彩異色。
胴着をモチーフにしたかのようなバリアジャケット。
「…覇王…イングヴァルト…!」
その姿は、記憶の片隅にある、一人の王にして、哀しき青年を思い浮かばせた。