魔法少女リリカルなのは 未来への系譜   作:ロシアよ永遠に

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Mission5『生え際は引き際』

遡ること10時間前 時空管理局本局

数多の次元世界を管理、統括する管理局の大本であり、時空間に浮かぶその風貌は巨大な要塞。停泊する次元執行隊の艦艇は数多に及び、その組織としての巨大さが覗える。

内部は広大。それ自体が一つのコロニーともいえ、生産から消費までをある程度賄えている。その大きさ故に、内部の移動に時間を掛けすぎないよう、ネットワークのように転送ポートが設けられている位だ。一説によれば、内部を把握しきるのに早くて10年掛かるとか何とか。

その第4会議室。

青い制服に身を包んだアースラ所属の局員。中には黒い服を着た人物がいるが、それは執務官という役職と分かるように制服が区切られていた。

ここまでは良い。この中にクロノ・ハラオウンという執務官がいることは、アースラ所属のクルーにとっては見慣れた光景である。そしてその仏頂面も、だ。

しかしその中には、この場で見かけることはない制服が混じっていた。

茶色。

ソレが表す意味は『地上部隊』。つまり、陸の人物にあたる。しかも、年端もいかない少女だ。

 

ざわ…ざわ…。

 

その少女の素性がわからない局員の間で、大なり小なりのざわめきが会議室の中を木霊する。

 

ゴホン…

 

クロノがざわめきだった雰囲気を静めるべく、わざとらしい咳払いをする。その意を察してか、室内はスッと静まり返った。

 

「では、今回の任務のブリーフィングを行う。」

 

クロノはモニターに映し出された映像に対し、順を追って説明し始めた。

向かう次元世界。

ターゲット。

その特徴。

罪状。

確保の道筋など。

この辺りは普段と変わらず、特に意義も無くブリーフィングを進めることが出来た。

粗方任務の説明を終わったことで、クロノはもう一つの作戦内容を示した。

 

「みんなも気づいているとは思うが、今日の任務にはもう一人参加者がいるんだ。…ハル・エルトリア。地上108部隊所属の武装隊員でもあり、特別捜査官。階級は准尉だ。」

 

再び場がざわめき出す。流石におかしいと思うだろう。あんな小さい成りで特別捜査官。しかも准尉ときた。この場にいるクルーの半数以上が階級を超されている。

 

「…ただいま執務官殿に紹介頂いたハル・エルトリア准尉だ。今回は陸と海との合同任務である、と108部隊長ゲンヤ・ナカジマ三佐より、特別捜査官の研修をかねて参加を命じられた。…この任務に際し、貴官らと共にハラオウン執務官の指揮下にて作戦行動に入る。…宜しく頼む。」

 

事務的で硬派な印象を受ける挨拶に違いは無かった。さすがに動揺を隠しきれない者もいるが、個人の感情は仕舞い込み、ビシッと敬礼する。そんな彼らに、ハルも108部隊仕込みの敬礼で返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あんな感じでよかったのか?」

 

会議室からアースラの停泊するドックへと続く通路を歩きつつ、ハルは前を歩くクロノに尋ねた。他のクルーも各々準備をしつつ向かっている最中であり、彼女はクロノの臨時の指揮下と言うことで、コミュニケーションをとりつつの移動となっている。

 

「そうだな、少なくとも悪い印象は持たれなかったと思うよ。真面目な感じもひしひしと伝わってきた、と言うのが僕の感想だ。…ただ、愛想をよくしろ、とは言わないが、表情に硬さが目立っていたから、もう少し肩の力を抜いても悪くはない、とも思ったけどね。」

 

苦笑するクロノに、眉を動かすこと無くその感想を受け止める。じっと前を歩く彼を見失わないように睨んでいるのかも知れないと思うかのような視線を送っていた。

ややあって、ハルは口を開いた。

 

「しかし、愛想をよくしたとてどうなるものでも無いだろう?そもそも、ああいう場所でニコニコしろ、と言うのも無理がある。」

 

「それは確かにそうだが、物事を円滑に進めるにはあって損は無いさ。好感の持てる人物なら、意思疎通や連携もしやすい。…まぁもっとも、好き嫌いで任務の成否が分かれるのも考えようだけどね。」

 

「だが私達は仕事として戦場や事件に絡んでいる。あまり感情を持ち込む、というのは納得がいかない。…次元犯罪者を捕らえ、事件を未然に防ぐ。それだけでいいのでは?」

 

「確かに君の言うことも一理ある。…しかし、どんなに任務にあたっても、どれだけ事件に関わろうと、必ず絡むのは『人』だ。その中には何かしらの感情があるのには変わりない。」

 

ピタリと足を止めてハルへ振り返る。その眼には鋭さすら感じられた。

 

「感情に左右されろとは言わない。ただ、任務にしろ事件にしろ、感情から何かしらの糸口が見つかることもあることを覚えておいて欲しい。」

 

それだけ言うと、クロノは再び踵を返して歩き出した。行き交う局員の喧噪の中、足を止めたハル。彼女の耳には、その喧噪がどこか遠く感じる。

 

「…しかし私は…兵士だ…」

 

一人取り残されたハルは、誰に聞かせるとも、聞こえるようにとも無く呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これよりアースラは第67管理外世界『アルフォード』に赴き、違法取引の実行犯、及び現物の確保に向かいます。…クロノ、改めて作戦の説明を。」

 

アースラ ブリッジ

オペレーターが座するフロアから一段と高い位置にある艦長席から、クロノの母親たるリンディ・ハラオウンが出航前の確認をとる。下のフロアには武装隊とオペレーター、そしてハルもいる。

そんな一団から前に出てクロノは作戦の再確認を行う。

 

「犯人は主に違法取引を生業とする、次元犯罪者として手配されている男『ゲイン・マッカラン』。これまで携わった取り引きは、確認できる中でも三桁に達している。」

 

クロノが指示を出すと、彼の補佐でありオペレーターの『エイミィ・リミエッタ』がコンソールを操作して、『ホシ』の映像を映し出す。

…一言で言おう。禿げである。もう頭頂部くらいまで生え際がムーンウォークな勢いで後退していた。

 

「性格はつかみ所が無く、おちゃらけた感じにも思えるが、その実冷酷で抜け目が無い。と、情報が入っている。…そして仕入れた情報によれば、今日取引がおこなわれるとされるのがアルフォードの酒場。品物を運ぶのは恐らく運び屋。…この取引の為に雇ったのだろう。…そしてまずはこの運び屋を確保する。」

 

そして、取引の物を持って運び屋としてゲインに近付き、確保する、と言うのがクロノが挙げる作戦のようだ。

武装隊各員もその案に反対は無かったが、問題は誰を運び屋として送り出すか、だ。加えて下手に運び屋を確保するのに結界等の魔法を使ったり、必要以上に騒ぎになれば、ゲインに感付かれてしまう可能性もある。

 

「…ならば私が運び屋を確保しよう。…一応近代ベルカの適性でランクをとっている。魔法という魔法を展開せずとも、ある程度戦闘は出来るからな。」

 

展開したのは漆黒の鉄塊を思わせるようなデバイス『ガルム』。ナックルガードやガントレットとか、そういった類の物にしては物々しさも感じられた。ソレを差し引いても近接では力を発することが出来そうだ。

 

「…そのままの流れで取引相手へ向かう。…そうすれば手間も省けるし、何よりも室内での近接戦なら、ある程度ベルカ式の方が戦いやすい。」

 

「…しかし、相手は手練れの次元犯罪者だ。何らかの不具合が生じれば、姿をくらませるか、最悪君の命にも関わるぞ?」

 

「…命を張っているのは重々承知だ。…こう言う仕事をしていればそう言った命のやりとりの現場も有り得るからな。」

 

この娘、見た目は義妹と余り変わらない年なのに、どうも物事を達観している感がある。特別捜査官という肩書きもそうだが、どうにも見た目とは裏腹に幾多の修羅場を潜ってきたかのような、そんな貫禄さえクロノには感じられた。

そしてそれは彼女の案に二つ返事で返すに繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8時間後 アルフォード裏路地

 

「こちらハル・エルトリア。運び屋確保だ。」

 

耳に取り付けたインカムでアースラに通信を送る。思念通話で通信をとらないのは、あくまでも傍受される可能性が低い方を選んだ為である。

 

『了解だよ~、流石に早いねぇ。魔力反応もごく僅かだし、これなら気づかれにくいんじゃ無いかな?』

 

通信の向こう側にいるエイミィが賞賛した。アルフォードの衛星軌道上に停滞するアースラ。そこから地上に彼女が送られて、物の十分も経たなかった。

 

『よし、これから市街に紛れ込ませた武装隊と共に例の酒場に向かう。エルトリア准尉もゆっくりで構わないからこちらに向かってくれ。』

 

「了解した。…リミエッタ官制。運び屋の転送を頼む。」

 

『了解っ。』

 

『今のところ、順調そうね。さすが特別捜査官。こう言った手合いの確保はお手の物ね。』

 

嬉々とした感情が分かるような、リンディの声がインカムから聞こえた。彼女自身、こう言った少女との任務にあたるのが中々に楽しみなようだ。

 

『ナカジマ三佐が推すわけだわ。ここまで手際が良いと引き抜……もとい、スカウトしたくなっちゃうものね。』

 

『かあさ…提督!?今引き抜くとか言いかけましたよね!?』

 

『オホホ…空耳じゃないかしら?クロノってば働き過ぎじゃない?疲れてるのよ。』

 

『そうだねぇ。クロノ君、有給がどんどん溜まってきてるもんね。人事統括官がぼやいてたよ?【お前の執務官に有給取るように言いくるめてくれないものか?】ってね。』

 

『ぐ…ッ!善処は…する。しかし、引き抜く件は駄目です!これだけの捜査官、引き抜いたりしたら、レジアス中将に睨まれますよ!?』

 

レジアス・ゲイズ。管理局ミッドチルダ地上本部の首都防衛隊代表。実質陸のトップ。ミッドチルダにおいて強硬ともとれる防衛強化を画策する人物であり、本局との釣り合いも悪い。実際、ハルが今回の合同任務においても、次元執行部隊との組み合わせもあって難色を示していたが、娘であり補佐のオーリスの『海の連中に彼女の力、ひいては陸の力を誇示する好機』との進言により、実施する形となった。

 

『それもそうね、今回の任務はあくまでも合同なんだし、仲良くやりましょ。終わったらハルさんにお茶をご馳走するわ。』

 

「…了解した。」

 

(か、母さん…アレをこの子に飲ませると…!?)

 

(あ~ぁ…ハルちゃん、ご愁傷様~)

 

リンディの言う『お茶』の実態を知る執務官とその補佐は、ハルに対して心底合掌するしか無かった。

 

 

 

 

 

時間は戻って今。

いつにと無く再開した戦闘。噴き出す弾丸の嵐をラウンドシールドで防ぐクロノ。先程ハルを庇った際もそうだが、手に伝わる振動は半端じゃなかった。骨まで響くその衝撃。しかも、連射速度が連射速度なので、シールドを維持するのにもかなり魔力を削られているのが手に取るように分かった。

突破口があるとすれば。

自分の後ろにいるハルだろう。

何らかの隙が奴に生じれば、それに便乗して制圧できる可能性がある。その隙を作るには自分自身にもリスクが生じるもの。しかし、ゲインの弾丸か、クロノの魔力か、そのどちらが先に尽きるかなどという賭けに動くつもりはない。彼女の言葉じゃ無いが、確実かつ迅速に制圧する。

クロノはハルに目配せする。最初何を思わんとするのか分からないようだったが、ややあって理解したのかコクリと頷いた。

隠した右手で、人差し指、中指、薬屋を差し出す。…カウントダウンだ。

三。

二。

一。

 

「スティンガー!!」

 

予めラウンドシールドを維持しつつ展開した誘導弾を飛ばした。ゲイルの左に大きく逸れるように飛翔していく。平行しての展開だったのか、ラウンドシールドが手薄になってしまったようで。

ピキッ…!

ガラスにひびが入る音が木霊した。見ればクロノの青いラウンドシールドに穴が空き、そこからヒビが広がっていく。魔法の障壁を突破し、その先にあるクロノの肉体に弾丸が迫る。肩や膨ら脛に掠め、肉が抉られ、鮮血が飛び散る。

元来ガトリング砲の火力というのは即死級であり、命中したことを悟らせないまま敵を葬り去るという。ソレを鑑みると掠めたクロノがその程度で済むのは、ひとえにバリアジャケットの恩恵なのだろう。

…しかしクロノの眼は、ただスティンガースナイプの弾に集中していた。その視線、そしてクロノの口元が不敵に釣り上がって歪む。それに違和感を覚えたゲインは誘導弾を探した。しかし、その瞬間に弾丸は左のガトリング砲を貫く。

 

「No!やってくれるじゃ……」

 

「余所見をしている暇は…ないぞ!」

 

貫いた瞬間、怯んだ彼を見逃すはずも無いまま息つく暇も無く、次はハルが右手側からガルムを振りかぶって跳躍していた。装甲上に魔力による強固なコーティングを施し、白銀に輝く。

バチィッ!っと電気がショートしたかのような音と閃光が周囲を包んだ。ガルムとガトリング砲の砲身がぶつかり合う。

ハルの中ではガルムの、コーティングを施した際の破壊力は自負している。何の魔力の処置をしていない鋼鉄程度ならば、ひしゃげさせるなど造作もないことだ。

しかし、目の前のガトリング砲はそう言った現象は無く、むしろガルムと競り合っているくらいだ。

 

「くはっ!お前ら管理局が嗅ぎ付けることを見越さず、何の対策もしていないと思ったかぁ~?甘い甘い!リンディ茶よりも甘ぁぁぁいッ!」

 

「…魔導師か?」

 

「そのとぉりッ!もっとも、デバイスは防御超特化型のストレージだがねぇ…ッ!」

 

男の懐に見えたのはカード型に展開しているのだろう、モスグリーンのデバイスらしい機械だった。

なるほど、とハルは納得した。攻撃面は質量兵器が担い、防御は魔力が特化させたデバイスでカバーする。…まるで固定砲台だ。

しかしここで、クロノのようにハルもまた不敵な笑みを浮かべる。

 

「理にはかなっているが…私とて何も対策が無いわけでは無い。…ガルム!」

 

『OK、チーフ。バイツフォーム』

 

無機質な機械音声と共に広がる、白銀の剣十字三角形、ベルカ式を象徴する魔法陣。それに伴いガルムの装甲が展開していく。装甲が上下二つに割れ内部からハルの魔力と合わせたかのような白銀に輝くフレームが露出し、まるで獰猛な獣の牙を思わせるかのような形状へと変化した。

 

「おぉうっ!?」

 

「噛み砕け…銀狼!」

 

更に強まるスパーク。剥き出しのフレームからの魔力伝導が見て取れるかのように、徐々にその顎門がゲインのシールドに食い込んでいく。

まるでオオカミが獲物の首を噛むように。

敵の骨肉を、その鋭い牙で噛み砕くように。

バチン!と、歯と歯が噛み合った音が聞こえたとき、ガトリング砲の砲身は錐揉みしながら宙を舞っていた。

 

「これで…チェック…!」

 

装甲を戻し、鉄塊のようなソレをゲインの鳩尾に叩き込む。メシャ…と鈍い音と共に、彼の体は一瞬宙に浮く。彼の目から見える世界が歪んだ。胃が、肝臓が、膵臓が衝撃により変形するのが分かる。押し込められた拳により、肺が圧迫され、強制的に息が吐き出された。

 

「ごほっ…!」

 

ガクリと膝を落とした。取った!と誰もが確信した瞬間。もちろん、クロノもそれに含まれる。が、それはゲインでは無くハルの方だった。クロノも、崩れたハルも、一体何が起こったのか分からなかった。

ピチャッ…と水滴のしたたる音。赤い液体。それは交錯する二人の足下。そしてその源流は、ハルの腹部から流れ落ちていた。

 

「だぁから言っただろう。リンディ茶よりも甘いってねぇ!」

 

引き抜かれる鮮血に染まった鋭利なナイフ。ガルムに殴られた瞬間に突き刺したのだろう。そしてゲインが健在なのは、殴られた瞬間に踏ん張らず、敢えてされるがままになることにより、衝撃をある程度殺していたと言うことになる。

 

「エルトリア准尉…ッ!」

 

「…エルトリア准尉?…ほほぅ?なるほど、この娘っ子が例の特別捜査官か、なるほど…。」

 

おもむろにハルの胸倉を掴み挙げ、まじまじと見る。まるで、品定めをする主婦のように。

 

「こいつの摘発でどれだけ裏の流通に支障が出ているか…、どんな敏腕かと思えば、詰めの甘い、そんでもって乳臭くて青臭い餓鬼だとはねぇ…!」

 

そのままの流れでクロノに向かって投げつける。ハルはというと、意識が朦朧としているのか、受け身をとれそうも無い。避ければ大惨事は免れないだろう。

咄嗟にクロノはハルを受け止めた。すぐさま傷口を確認する。ナイフの刃渡りからして10センチ。内臓に届いている可能性は十分ある。息も荒く、出血量からして速やかに治療が必要だ。

 

「しかしこの状況は…!」

 

『ハラオウン執務官!敵の増援です!』

 

「何っ!?数は!?」

 

『規模は不明!ですが、結界維持を担当している魔導師を集中的に…!』

 

状況は最悪だった。目の前の取引相手のみならず、外にまで敵の手が回っていたとは…!

 

「安心しな、ボク。俺は取引さえ終わればソレで良いんだよ。」

 

パチンと指を鳴らすと、天井が轟音と共に崩れ去る。バラバラと降り注ぐ木やコンクリートの瓦礫は、その威力と範囲を示すように止めどなく降り注いでくる。

そして穴が空いたのを確認したかのように、そこからバラリとはしごが伸びてきた。

クロノからも結界によって色の変わった空が見えるほどに穴は広がっており、そこから独特のローターの音と共に浮遊する大型のマシンが目に入る。

 

「なっ…ヘリ!?しかも大型!?こんな近くまで接近に気づかなかったなんて…!?」

 

「ま、技術って言うのは日々進化するものでね。たしか地球?だったか、あそこの兵器も中々悪くなくてね~、ちょちょいっとちょろまかして、魔法技術を組み込んだらあら不思議!高性能ステルス輸送ヘリの完成って訳よ。三分クッキングも驚きだ。」

 

トランクを回収し、ヘリから降下された梯子を掴んで上昇していく。ヘリのローターから発せられる風圧で、崩れた瓦礫から砂埃が止めどなく巻き上げられ、クロノの視界を遮っていく。

 

「あばよ執務官。わざわざ運んで貰ってご苦労なこってよ!」

 

ゲインの高笑いと共に、ヘリのローター音が遠ざかっていく。それに続くように数人の男達が飛行魔法で飛翔していくのが見えた。恐らく結界魔導師を奇襲した奴らだろう。

…作戦は失敗だった。唯一の収穫は運び屋を確保したことくらいだが、こちらが被った損害に比べれば微々たるものだ。…加えて結界魔導師、そしてハルが負傷したこともある。陸の…ひいては、レジアス中将の癇癪が飛んでくるのは目に見えていた。

 

『…ご苦労様クロノ。状況は?』

 

「申し訳ありません艦長。取り逃がしてしまいました。…加えて結界魔導師、エルトリア特査官が負傷しています。」

 

『わかりました。医務官を待機させておきます。…勿論、貴方も治療を受けること。…ポーターを展開してエイミィ。』

 

そんな上司、ひいては母の言葉も、遠く聞こえる。抱える特査官の状態を改めて確認するが、出血は多いものの、軽い治癒魔法を掛けると安定した。どうやら内蔵機器にダメージはないようだ。

 

「…執務官の面目丸つぶれだな。」

 

皮肉もぼちぼちに、足下に現れた転移魔法陣から溢れる光が目の前に広がり、クロノの視界はシャットアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうか。奴を取り逃がしてしまったか。」

 

アースラの医務室。あれから一時間ほどしてハルは意識を取り戻した。白い患者用の服に隠れて見えないが、その腹部には包帯が巻かれ、痛々しい。

そして付き添っていたクロノは自分の治療は終えていた。と言うのも、全身にX線をかけ、弾丸が残っていないのを確認して、治療魔法と自然治癒に任せることで完了と相成った。腕や脹ら脛にはその証として包帯が巻かれており、圧迫しないように半袖と半ズボンで過ごしていた。

目を覚ましたハルに今回の末端を説明し終えていたところだ。

 

「…済まないハラオウン執務官。私の軽率な行動が…」

 

「…いや、君がいなければ、防戦一方になっていたか、最悪僕が蜂の巣になっていたかも知れない。」

 

想像したくはないけどね、と付け加えた。

 

「…全く二人とも無茶しすぎですよ?治療中に初めて気づきましたけど、クロノさんは生傷が多いです。普段の無茶が祟ってます。フェイトちゃんが心配しますよ?」

 

たまたまアースラに医務官として乗艦していたシャマルが、負傷した最後の結界魔導師の治療をしながらぷりぷりと怒っていた。

 

「い、いやだがしかし…」

 

「しかしも案山子もお菓子も駄菓子もないです。死んじゃったら元も子もないんですから、もう少し自分を労って下さい!エルトリア特査官もです!」

 

「め、面目ない…!」

 

二人そろってシュンとしている光景はシュール。しかもハルに至っては、ベッドの上で正座をしているくらいだ。

 

「…と、いうことで、お二人とも溜まりに溜まった、それも溜池のように溜められた有休消化をかねて、療養して貰うことになりました。期間中は一切の魔法使用、鍛錬を禁止します!」

 

「なっ!?シャマル、それは!?」

 

「さすがに横暴と…!」

 

「ちなみに既に、ナカジマ三佐とハラオウン提督には許可は貰ってますし、申請はもう済んでます。」

 

八方塞がりだった。これ好機といわんばかりに連携を取ってきた上司達は、今頃いい笑みを浮かべているに違いない。

 

「…一応理由としては、任務での負傷、ではなくて、激務に対しての心身の療養としてます。…まぁ所謂リフレッシュ休暇ですね。」

 

シャマルもシャマルなりに気を利かせたのだろう。もしも負傷を理由にしたことがレジアス中将の耳に入れば、海と陸の確執は深まるばかりだろう。

ともすれば、厳しいかも知れないが有休消化を理由に療養すれば、ある程度の誤魔化しも利くかも知れない。

 

「…やむを得ない、のか」

 

「二人とも有給が天元突破しかけてたからねぇ…今回の治療期間と有給を照らし合わせるた日数と、消化に許可が下りた日数で…。」

 

認可したのをこれ好機と言わんばかりにエイミィがタイミング良く現れ、コンソールで具体的な申請をしていく。クロノはというと、苦虫を噛みつぶしたような、苦悶の表情を禁じ得ない。

 

「まぁまぁ、そんな顔しないの。エルトリア准尉にはナカジマ三佐から通信が来てるよ~。」

 

コンソールのボタンを押すと、銀髪なのか白髪なのか、そんな頭髪をした中年の男性がウインドウに表示された。その顔は苦笑を隠せないようだ。

 

『おう、エルトリア准尉。まぁた無茶やらかしたみたいだな?』

 

「う……面目ない…。」

 

任務失敗を窘められると思ったのか、シュンとベッドの上で正座したまま小さくなる。耳とか尻尾があったなら間違いなく垂れているだろう。

 

『任務失敗よりも怪我ァしたことの方に俺は怒ってんだよ?日頃から口酸っぱく言ってんだろ?』

 

「…しかし私は」

 

『兵士だから、己の身よりも犯人確保が優先、か?お前さんも俺の言い分に対しても口酸っぱく言ってるよなァ…。まぁ確かにお役所仕事してるからよ、そう思う気概は悪いとは言わねぇ。だがそれと自己犠牲は別もんだ。お前が怪我したことで、ウチのカミさんがオロオロしてて見てらんなかったからな。』

 

通信の向こう側で否定的な声が聞こえたが、あえてスルー。

 

『………まぁ、お前さんが無茶して心配する奴が俺を含めて、いることを理解しといてくれや。』

 

「三佐…。」

 

『あぁ~!ちきしょう、柄にもねぇこと言うもんじゃねぇな。』

 

ガシガシとバツの悪そうに頭を掻く。どうやら照れ隠しのようで。

 

『ハラオウン執務官、ウチの若えのを有休消化中に宜しく頼むわ。』

 

「…はい!今回の件、申し訳ありませんでした!」

 

頭を深々と下げるクロノに、どうにも居心地悪そうに視線をそらすナカジマ三佐。

 

『いや、謝んのはこっちさ。…ま、エルトリア准尉、今回の療養でゆっくりと考えな。』

 

ハルの返事を待つこと無く、通信は切れた。

彼女を中心に、やり場の無い沈黙と居心地の悪さが、医務室を支配している。

 

「と、ところで、療養先なんだけど、二人とも共通の次元世界に指定されているから、そこんとこよろしくねぇ。あと、怪我は治るまでは病院にこっそり入院して貰うことになるけど。」

 

そんな雰囲気の中を打破しようと、話題を切り出したエイミィ。でかした、と言わんばかりにシャマルが心中親指を立てる。

 

「…しかも、その行き先が!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そういうわけで、しばらく厄介になることになった、ハル・エルトリア准尉だ。なにぶん急なことと不躾で大変申し訳ないが、宜しくお願いする。」

 

「…あぁ。リンディさんから連絡は来てるからね。宜しく頼むよ。」

 

場所と時は変わって、二週間後の第97管理外世界地球。海鳴市にある一戸建て。広い庭面積と、その一角に建てられた道場が特徴の高町さ家。その敷居を跨いだハルは、家長たる高町士郎と挨拶を交わしていた。

リンディとゲンヤが出したハルの療養先。それは地球でのホームステイ。中でもリンディと親交があり、尚且つあまり魔法において関連が低い家庭として高町家が候補に挙がった。加えて尋ねてみれば、二つ返事でOKが出たという。怪我の退院を経て、その足で転送ポートへ足を運んだ。

 

「部屋はなのはの部屋で布団を敷いて寝て貰って良いかな?」

 

「…成る程、高町家と聞いてもしかしてと思ったが…、そうか、あの高町なのはの自宅だったのか。」

 

「なのはについて何か知っているのか?」

 

横から聞いていた士郎を若くしたような、長男の恭也が口を挟んだ。彼ら自身は地球においてのなのはしか余り情報が無い。そう言う理由からハルの話に興味が湧いていた。

 

「局内ではかなり名が知られている。近頃聞く噂では教導隊入りを目指していると聞くな。」

 

「教導隊…つまり教官か?」

 

「有り体に言えばそうだな。」

 

一言で教導隊と言えどその活動は多岐にわたる。 各部隊の技術向上を目的とした戦技教導班や、新たに開発した兵器を使用してデータを取ることを目的とした戦技技術班など、ただ『局員を鍛える局員』の一括りには出来ない。そんな中で、現場での叩き上げで名を知らしめたなのはが向かう先は、戦技教導にあたった。

 

「…そうか、なのはも将来への道を歩き始めたか…。全く、嬉しいやら悲しいやら…。」

 

「…父さん、感慨にふけるにはまだ早いよ。なのははまだ9歳の子供だ。夢を見付けたとはいえ、何も無いように見守らなきゃならない。」

 

「…そうだな。全く、僕より恭也の方がお父さんしてるな。忍ちゃんのおかげかい?」

 

「よしてくれ。俺はただ兄としてだな……」

 

と、そこまで言って、恭也ははたと会話を止めてしまった。その目には異様な光景がありありと見えたからだ。

 

「な、なにをしてるんだ?ハル…」

 

どこから取り出したのか、彼女はよくジムとかで見かける1mほどの鉄棒の両端に、錘となるホイールを付けた筋力トレーニング用具。名をバーベル。それを持って屈伸運動をしていたのだ。

 

「なにって…トレーニングだが」

 

来て最初にやることがそれか!と、二人の男は思った。そう会話している最中にも、1回、2回と膝を曲げ伸ばす。よほど負荷が掛かっているのか屈伸するたびにギシギシと床がきしんでいる。

 

「あ~、ハル。リンディさんから伝達なんだが、『療養中はトレーニング、及び魔法の使用は緊急時以外禁止』と言われてるんだ。だから、それは没収させて貰うよ?」

 

「な…!トレーニング出来ないなど死活問題では…!?もし急な任務の時に動けなくなってしまうではないか!?」

 

いきり立つハル。どうにも暇さえあれば体を鍛えていたようで。休日があればジムなどトレーニング施設に足を運んでいたのが容易に想像できた。どうでも良いが感情の隆起に合わせて屈伸が若干早くなっていた。

が、恭也にとってしてみれば、それは許容できないことで…

 

「過ぎた精錬は刀を折ってしまうぞ。時には体を休めることも大事な訓練だ。いくら体を鍛えようと疲労は溜まる。疲労のある状態で任務に挑めば…わかるな?」

 

とまぁ説教に走るわけで。士郎もそれに賛同するように追い打ちを掛ける。

 

「任務も大事かも知れないが、キミの同僚達はどう思うかな?確かに鍛えるのは悪いこととは言わない。ただ、体に合わせたトレーニングが必要になってくるからね。…間違って鍛えて、身体をガタガタにしてまで任務を成功させて欲しいとは誰も思わないよ。長く任務を続けたければなおのこと、だ。」

 

妙に説得力を感じる二人の言葉に、ハルはバーベルを床に降ろした。彼らの言うことは、上司であるゲンヤが言っていたことと重なった。

無茶をするな。

ゲンヤもそうだが、その家内であるクイントにまで心配を掛けていた、と言うのを彼は言っていた。加えて今から世話になる高町家、その中でゲンヤと同じ思いをさせるのも本意ではない。

 

「…了解した。ならばトレーニング用として持ってきた器具を預かって欲しい。…持っていると使ってしまいそうだ。」

 

端から見れば禁煙を掲げたニコ中の人が、誘惑に負けて吸うのを危惧するかのように見えた。もちろん、と鞄を持ち上げようとした、が。

 

「お、重い…!?」

 

持ち上がらなかった。この高町家の男陣、御神流、正式名称『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』を使用するにあたり、日頃より鍛錬を欠かさずにこなしており、並の人間からすれば筋力や反射神経はかなり高い。

しかしその彼らが、重いと感じるほどに彼女の荷物は重量があった。…というのも、末っ子と同い年くらいの女の子が持つ荷物なのだから、たかが知れていると思ってしまった結果、力を入れずに持ち上げようとしたら、意外にも重量があったのだ。

 

「すまないが少し失礼する。」

 

バッグを開けて恭也と士郎が覗き込む。

 

 

唖然とした。開いた口がふさがらないとはこのことを言うのだろうか。中に入っていたのはダンベルやら、バーベルの重り、砂鉄の入ったバンドetc.etc.…。とにかくトレーニング用の用具がありありと詰め込まれていた。

 

「…まさかキミはトレーニングで療養期間を費やすつもりだったのか?」

 

呆れた目線を送る男二人を避けるように明後日の方向を向く彼女のその行為は、肯定の意を示していた。

 

 

ガチャリと高町家の敷地内に設置されている倉庫の鍵が閉まる。その中に先ほどの鉄の塊どもを閉じ込めた。それを名残惜しそうに見るハル。若干涙目になっていた。

 

「そう気を落とすな。療養期間を終えたら返すから。」

 

ポンポンと恭也はなだめるように彼女の頭を軽くたたく。ハルの表情はと言うと、頬を膨らませ、まるでオモチャを取り上げられたかのような、年相応の少女になっている。

重たい物を運んだ士郎は、肩と首を軽く回して軽いコリをほぐすと、

 

「なに、療養期間中、退屈しないようにリンディさんと計画は練っているんでね。まぁ楽しみにしているといいさ。」

 

そう言い残して屋内へ入っていった。取り残された二人は、彼の思惑が分からないまま、続いて中に入るのだった。

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