国道百二十三号線を何台ものバイクが爆音を上げながら疾走する。そこには道交法等と言うものは存在しなかった。
周囲の者は嫌な顔はするが、決して関わろうと言う気持ちにはならない。ひと度行えば被害に遭うのは自分自身なのだから。
「ハンバーガーハンバーガー!」
少女は上機嫌でハンバーガーを片手に国道沿いを歩いていた。暗闇に覆われ、街灯が照らし出す海岸線の此の道は交通量もそれなりに在る。
ところが無秩序な走行は少女を巻き込んだ。
「あっ…」
ぶつけられた少女は無惨な姿となったハンバーガーを見て悲しい顔になった。本来ならば大事故に為りかねない勢いであったため周囲からは奇跡のように思われた。
「あ、危ないだろうがバーカ!」
ぶつけた者は去り際にそう言葉を残した。しかし、相手が誰かと解っていれば、少なくとも地元の人間であれば決してそうはしなかったであろう事は疑い無い。
「恋奈様もうすぐ現れるっす!」
通話を切ったギャル風の少女、乾梓はもっさりしたツインテールの少女、片瀬恋奈に告げた。
「わかったわ、梓。ティアラ出番よ」
恋奈がそう告げると大柄な少女、一条宝冠が動き出す。
「了解だっての恋奈様!」
ティアラは部下を引き連れ部隊を展開させると、餌が舞い込むように暴走行為を行っていた集団がやって来た。
突如ライトで照らされる形となった集団は驚き、停車すると凡そ百名以上の大集団に取り囲まれていることに気が付いた。
「ようこそ湘南へ!」
恋奈が演説から勧誘へと考えていた矢先、囲まれている集団の後方が海へと投げ出されているのが目に入る。
「私のハンバーガー台無しにしたやつは誰だ?」
その瞬間、辺りはざわめき出す。湘南において手を出すなと言われ、被害に遭わないようにする為には兎に角逃げろと言われる三大天の一人腰越マキが立っていたのだ。
「み、皆殺し!?」
「恋奈様…これは勧誘どころでは無いっすね」
驚きに包まれるなか、一部では逃げるために準備を開始する者が現れていた。
「全員撤収!あんたらも死にたくなければ逃げることね」
恋奈は去り際にそう言葉を残して、あっという間に撤収を完了させた。
一方、捨て台詞のように言われた此の集団は事態が呑み込めていなかった。
「一体どうなっているんだ?」
それが彼等最後の言葉であった。
「たく、人様の晩飯をダメにしやがって……まあ、こんな時はあいつの家に行こう!」
マキは原因となった集団を一掃し不満げな顔から一転、妙案を思い付き笑顔に変えると目に追えない速さで此の場を去っていった。
「なあ愛、いい加減帰らなくていいのか?」
少年、加藤正哉は目の前で子犬と戯れる少女、辻堂愛に対してそう投げ掛けた。
「正哉は私に帰れと言いたいのか?」
まるで捨てられた子猫の様な表情で彼に答えた。奇しくも両手で子犬抱き抱え、両者が同じ顔をしている手前二の句が告げなくなる。
「ひ、卑怯だぞ愛。そんな顔されたら何も言えなくなるだろ!但し、真琴おばさんには連絡入れておけよ」
すると愛の顔は喜びに包まれ、子犬も同様に尻尾を振って喜びを表現していた。
「サンキュー正哉。そうかマールも嬉しいか?」
愛の言葉でマールと言う子犬も一鳴きして彼女に答える。しかし、正哉にとっては看過できない名前を耳にした。
「ちょ、ちょっと待てよ、愛。今、何て言った?」
「サンキュー正哉って言ったけど」
愛は何を言っているんだと言う顔で答えた。
「違うよ。その後、今モジャ太郎の事をマールって呼ばなかったか?」
犬種マルチーズの子犬、飼い主の正哉はその毛から連想しモジャ太郎と命名していた。当初はその名で反応していたが、最近になり反応を見せなくなっていたのだ。
犬は序列を意識する生き物と言われる中で、正哉を下位に見る行動を取らないことから不思議に思っていた。
「ああ呼んだぞ。だってあの名前じゃ可哀想だろ?だからマールって名前にしたんだよ。なっ、マール!」
するとマールは元気よく愛に答えた。と同時に正哉は悔しがった。
「俺が飼い主なのに……」
「何だかすまねぇな。でも母さんもそう呼んでるし、マールは自分をマールだって思っているよ」
愛の慰めにも為らない事実を聴かされ、余計悲しみを増大させた。それを見たマールは愛の手からすり抜けると小さな体を目一杯に駆使して正哉を慰める。
「ああ、やっぱりご主人様の事は解るんだな、モジャ太郎……」
と抱き上げ子犬の名を呼んだ正哉に対し、マールは反応を見せなかった。
「…マール?」
反応の無さに正哉は思いきってマールと言う名で子犬に呼び掛けた。
『ワンッ!』
すると今度は待っていたかの様に一鳴きすると嬉しそうに尻尾を振り、顔を舐め始めた。そこで正哉も諦めと言う決断に踏み切り改名することに承諾することとなる。
「うん、分かったよマール。お前はマールだ……」
少し哀愁の漂った正哉からそう言われてもマールは喜びを表現し続けるのであった。
それから正哉のにもマールの呼び名が定着し、二人で遊んでいるとインターフォンが鳴り出した。
「誰だ、こんな時間に?ちょっと出てくる」
愛にそう言うと正哉は確認を行った。すると画面には笑顔で一杯のマキが映っていた。
『よう正哉!腹減った何か食べさせてくれ!』
その言葉で脱力しつつも正哉は玄関へと向かいマキを向かい入れた。
「飯を食わせるに辺り一言忠告する。今、愛が来ているが喧嘩したら問答無用で追い出すからな!」
そう正哉が言うとマキは憤怒の顔から絶望の顔へと変化する。
「わ、分かった努力する……」
この場合、マキの言葉に信憑性が無いことは付き合いの長い正哉はよく理解している。兎に角、暴れないことだけを祈り彼女に注文を付けたのだ。
そして案の定マキと共に中へと入ると室内は険悪なムードへ瞬時に変化した。マールは愛の腕から逃げるように正哉の下へと駆け寄り、抱き上げられると丸まってしまった。
「腰越!?テメェ……」
愛はマキの姿を見るとすぐに闘志剥き出しに身構える。対して食事と言う餌を前に、理性によってマキは抑え込まれていた。
「おっと、私は何もするつもりはないぜ。辻堂」
「愛、マキには飯を食べさせる代わりに大人しくする様に言ってある。だから愛も抑えてくれ」
正哉の言葉に愛も理性を取り戻し、室内の雰囲気も平穏なものへと戻った。
「よし、それじゃあ俺は飯の用意するから適当に寛いでいてくれ」
マールを床に下ろした正哉は素早くメニューを考え台所へと向かった。
二人と一匹は大人しくテレビを観ながらソファーに腰かけていた。険悪な雰囲気も出すことの無い姿など誰が想像できようかと言うほど落ち着いている。
「何でテメェが来るんだよ」
「うっせ、私はあいつとはリョウも含めて幼馴染みだからな。こうして来ているんだ。な、イヌッコロ」
マキは抱き抱えるマールにそう言い聞かせるように言葉を放つと、答えるようにマールが鳴いた。
愛は何故か正哉の家でマキと会うと、犬がマキへと行ってしまい悲しい思いをするのだ。
「おい、マールって名前があるんだ。そんな言い方で呼ぶんじゃねぇ」
基本何事も自由なマキはペットの名前を呼ぶのも自由であった。
「やだよ、面どくせえ。それにその名前お前が考えたんだろ」
妙に鋭いマキに愛は驚いた。まさかこうも見破られるとは思いもよらなかった。その理由をマキは続けて話す。
「ネーミングセンスだよ。あいつにマールなんてこじゃれた名前なんて思い付く筈が無い事ぐらい分かってる。となればここに訪れる辻堂、お前くらいしかいない」
その指摘で間違いないことに再度愛は驚かされた。
「腰越、お前エスパーか?」
「だから私は正哉との付き合いが長いんだよ。あいつのことだモジャ何とかって名前をつけたんだろ」
「す、すげえな腰越。正哉が付けたのはモジャ太郎だ…」
ほぼ正鵠を射ていたマキに、愛は改めて正哉との距離を思うのである。
「メシ出来たぞ」
そう言って正哉は三人分の食事を持ってきた。
「待ってました炒飯!!」
マキは正哉から受け取るとがっつき、無我夢中で食べ始める。
「ハグ、ハグハグ、ウマー」
「お、悪いないただいちゃって…」
愛にも出されるとそう言って礼を述べた。彼女はこう言った細かい部分の礼儀を弁えている当たり、親の教育の賜物である。
「俺もお腹空いてきたし、一人分増えても同じだよ。真琴おばさんには連絡してあるんだろ。なら気にするな」
そう正哉がフォローするように愛に言うとマキが不満を言い放つ。
「違うな正哉。私の食べる分が減る。よって辻堂は邪魔だ」
「あ゛ん!?」
「そんな事で一々突っ掛かるなよ、愛。それにマキも邪険にするな。ほらお代わり有るから皿寄越せ。愛……も食べるか?」
正哉はマキの食べる速度を理解していたが、愛も負けず劣らずの速さであることに驚きを隠せなかった。
「おう、大盛りで頼むぜ正哉!」
「悪いな、普通で頼む」
二人はさらにもう一度お代わりをして食事を終えた。
その後、愛は帰宅することとなるが、マキが泊まると言い出し一悶着あった。
ご一読頂きまして有難うございます。
少し書き方を変え、一話辺りの文字数も減らしてあります。
此方の作品も宜しくお願い致します。
犬種と名前の由来、判る人には解りますよね?