片瀬恋奈率いる江乃死魔が、湘南最強と見られている総災天のおリョウ率いる湘南BABY に勝利した話は、その日のうちに関係者へと伝播した。
それは最強の一点が崩壊したことで、実力の拮抗する三大天の時代に突入したことを意味していた。
「て、テメェ総災天!やはり負けたって話は本当だったのか」
「ああ、多勢に無勢だったな。チームの存続と仲間の保護条件にこうして江乃死魔の傘下に加わった」
愛はと良子は拳と木刀と言う不自然な形で鍔迫り合いを演じていた。
愛は手に金属を仕込んだグローブを武器に肉弾戦を得意とする。対して良子は木刀を自在に操り、マスクを装着し表情を読み取らせないことで強さを発揮していた。だが、彼女の本質は冷酷さである。
「成る程な、今まで最強の名を欲しいままにしてきたツケか」
「かもしれん、負けた後どうなるか分からないからな。其れならば保護を条件に付き従うさ」
良子はそう言うと木刀で凪ぎ払い、愛と距離を取った。
「っと、アブねぇ…流石に総災天だな、やるぜ!」
「俺は辻堂を相手にしたくないがな」
二人が距離を開けた事で一時の静寂が生まれた。
稲村学園では通常授業を無事に消化していた。
愛や正哉のいるクラスも長谷冴子の数学を受けている最中、突如爆音が校庭より響き渡った。
「皆落ち着いて!あっ、コラっ辻堂さん!素早いわね…」
騒ぎだす教室内を沈めていた一瞬を衝いて、愛は無事に教室を抜けることに成功した。他の不良たち辻堂軍団員も似たり寄ったり、サボりと愛と同じ様に抜けた面々は即座に終結した。
「愛さん学校に来ている者は集合しました」
「おう。それじゃあ部隊を二つに分ける。クミはこいつらを連れて裏手を封鎖しろ」
久美子は愛の言葉に首を傾げた。それは他の軍団員も同様にその意図が見えなかった。
「愛さんの命令ですから従いますが、全面対決は行わないのですか?」
稲村に乗り込んできた以上、辻堂軍団対江乃死魔と言うのが久美子たちの思惑だった。しかし、愛はその考えを持っていなかった。
「無いな。つっても恋奈の中にだけどよ。恐らくアイツはハッタリをかましに来ただけだと私は考えている。そうでなけりゃあれだけの人数で来るわけがねぇ」
そう説明されると恋奈を知る久美子が納得した表情になった。
「たしかに愛さんの仰る通りかも知れません。恋奈ならもっと人数を引き連れ、幾つもの罠を設置して用意周到に来るはずですからね。それじゃあ俺達は裏手に回ります。行くぞおめぇら!」
久美子の号令一下軍団員の多くが割かれる事となった。
「さて私たちも行こうか」
静かな愛の言葉も軍団員の闘志に火を着けるには十分だった。
「私は江乃死魔を率いる片瀬恋奈だ!この度西側全てを支配下に置いたわ。此れからは稲村を含め、東側も呑み込んでいくから、そこんとこ夜露死苦!!」
恋奈は校庭にバイクを使用させ『江乃死魔』と言う文字を書き込ませた。それが完了するや、
高らかと宣言を行った。
「何ともはた迷惑な奴だ」
教室からは下の光景が丸分かりで、それを見ていた坂東太郎が心底迷惑そうに呟いた。
「でも辻堂さんが居るから大丈夫だろ」
「そうとも言えないぜ英」
組野英の言葉に待ったを掛けたのが『昔ワルだった』が口癖の松田南だった。
「どういう事?」
大がそう尋ねると得意気な表情になって勿体振った。しかし、そこには太郎がいるわけで……
「別に話さなくとも構わない。どうせ辻堂が出ていき、教職員も集まっているんだ。待っていれば時期に終わるだろう」
状況を読み切れなかった南は悲しそうな表情を作ったが、此処で話を求めたのが正哉だった。
「まっつんその話聞かせてくれよ。愛がどうなるんだ?」
「そう言えば正哉は辻堂さんと親しかったよな。実はここ湘南を治めていた湘南BABY があの江乃死魔に負けたんだよ。ほら総長が話してたろ西側全てを支配下に置いたわって。まさにその話が絡んでくるんだよ」
南はそう話すと不良の心理も事細かに話し出す。その中の一つが数であった。
「成る程な、名が売れた事と湘南最強を倒したことで有象無象の連中が江乃死魔に集まるって事か」
「そうなんだよ正哉!まああの辻堂さんが負けるとは思わないけど、確実に影響は出るだろうね」
南のこの言葉が後に現実と為るなど思いも依らない正哉だった。
一方、高らかと宣言を行った恋奈は、愛の読み通りハッタリをかまし頃合いを見て離脱することを考えていた。
「さてこんなもので良いかしらね。辻堂が来ないうちに撤収するわよ」
そう話した直後、一番で会いたくない辻堂愛が姿を現す。
「そうはいかねえぜ、恋奈」
「どぅわぁー!つ、辻堂!?」
ギャグ的な驚き方を見せた恋奈を尻目に、愛は無惨に荒らされた校庭を見て溜め息を吐いた。
「まったく、雨上がりの校庭を荒らしやがって……この落とし前きっちりと取って貰うぜ」
そう言った愛からは容赦のない殺気を放出させた。これには恋奈も最悪のパターンになったと内心で舌打ちをしていた。だが、ここへ来た理由から態度では見せないように努め、余裕を持った態度を見せている。
「辻堂が出てきたのなら仕方がないわね。ティアラ相手しなさい」
「おう!待ってたっての、恋奈様!!」
恋奈の命令で特攻隊長の一条宝冠が身体的特徴を活かしたタックルをかます。
「うおぉー喰らえっての辻堂ぉぉー!」
大きな体と速度で、自動販売機すらも破壊する彼女のタックルは当たれば相当のダメージを負わすことが出来る。そう、当たればである……
「ひょいっと!」
闘牛士の様に華麗に愛はティアラのタックルをかわした。
「あれっ?だっての!?」
勢いを殺せぬままバランスを崩したティアラは地面に突っ伏し気を失った。
「だああぁ、あのバカは!梓!」
情けない敗けを晒した事に地団駄を踏んだ恋奈はもう一人の幹部、乾梓が居たであろう場所に振り返った。
「乾なら先程信じられない早さで駆けていったぞ」
良子の言葉に恋奈は一瞬唖然とした。
タックル失敗時、地面に衝突した事で生じた泥がもう一人の幹部田中花子に命中し気絶していた。そしてもう一人が逃亡と既存の幹部が全滅していたのだ。
これには江乃死魔の部下たちも同様を隠せないでいた。
「だぁああーどいつもこいつもー!!」
ヒステリック気味に叫ぶ恋奈の前に愛が現れる。
「終わりだ、恋奈」
愛は殺気を恋奈にぶつける。それだけで並みの不良は気を失うが、そう為らない辺り流石だと後ろに控える良子は感心していた。
「お前は下がれ、俺が戦おう」
恋奈を押し退けるようにして前に出たのは良子だった。その瞬間方々から声が上がっていた。
「そ、総災天だ!やはり江乃死魔が湘南BABY に勝った話しは本当だったんだ!」
松田南は興奮気味に校庭で対峙する愛と良子を見ていた。稲村の生徒は愛は見慣れているものの良子を初めて見る者が大半であった。彼女の出で立ちと雰囲気から愛以上の恐ろしさを感じ、怖がる生徒すら現れる始末だった。
ところがそんな中、妙な親しみを良子に覚えた正哉が隣で見ている大に声を掛ける。
「なあヒロ、あの総災天って人よい子に似ていると思わないか?」
突然の言葉に大は正哉が何を話しているのかが解らなかった。
「何を言っているんだよ。よい子さんな分けないじゃないか」
こう言った事と真逆の位置にいるのが二人の共通の幼馴染み、武孝田よい子だ。その余りにも違う良子に大は即座に否定した。
「まあ俺もそう思いたいが、あの髪と制服、それに木刀ってよい子と同じ様に俺は思えるんだ」
マスクを外し、髪を後ろで一つに纏めた姿は想像のなかで一致を見せていた。加えてあの木刀、普段竹刀が入っていると言う袋を持ち歩くよい子。竹刀が木刀なら辻褄が合うと正哉は思っていた。
ところが話し相手は人類皆兄弟を実践しかねない『仏の長谷』とも揶揄される長谷大だった。その為正哉の様に良子イコールよい子と言う仮説は検討すらなされなかった。
話しは愛たちに戻る。
ある程度戦った二人は、頃合いと見て更に距離を取った。
稲村最強の辻堂愛と其なりにやれると言う事を見せ付け、江乃死魔の強さと影響力を植え付けたと良子は判断した。
これは、まだ信用を得られていない恋奈の気持ちを動かすことにも成功していた。
対して愛は、早々に相手を引かせ校庭を補修させたいと言う考えと、そろそろ久美子たちが位置に着いただろうと言う考えがあった。
そういう両者の思惑が期せずして一致を見た結果となる。
「頃合いだ。引くぞ恋奈」
「はぁ!?いきなりなに言っているのよ、リョウ?」
恋奈の目には互角か少し優勢に見えていた。
だが、当の良子は敗北を味わっていた。しかし、未だに信用を勝ち取れたのか判断できない良子はその事を隠し、別の観点から理由を話す。
「ここは学校だ、時間を掛けると教師が警察へ連絡するだろう。このタイミングを逃すわけにはいかない」
そう言われ、恋奈も冷静さを取り戻した。彼女の中で状況を読み取り提案する部下を手にしたことは何事にも変えがたいと思い、良子への評価を上げる事となった。
「そうね。言われてみれば目標は達成した。ならば何時までも此処に居る必要はないわね。撤収よ、ティアラ!!」
そう恋奈宣言するとあっという間に江乃死魔の者たちは引き上げていった。
その後、愛と共に残った軍団員が江乃死魔の部下数名を確保していたのを連行してきた。その彼等は落とし前にグラウンド整備へと従事させられる事となった。
さらに、久美子の報告で逃れた江乃死魔の者たちが姿を見せ、その中には恋奈たちも居たと言う。不幸にもバラけて撤収したために良子たちは捕まらなかったが、当面江乃死魔は稲村に攻め込まないと言う約定を取り交わし、今回の襲撃は幕を降ろしたのであった。
御一読頂きまして有難うございます。
辻堂さんの方に考えが浮かびまして、此方をアップ致しました。