反省
投げられた零が砂の上を転がる。追撃とばかりに脳天に踵落としが迫ってくるのを横に転がることで避け、腕の力で飛び上がり距離をとろうとするも追ってきたせいで体勢が整わず防戦一方になる。躱したり受け流そうとするも体勢が整っていないせいで数発目の打撃が決まり吹っ飛ばされる。
「よし、今日はここまで」
「ハアッ……ハアッ……ありがとう…ございました……」
仰向けで肩で息をしながら礼を言う零の道着はボロボロで土まみれになっていた。
四葉家への訪問から四日。この四日間零は九ノ瀬家でみっちり鍛えられていた。
九ノ瀬の血を一端でも引き継ぐ者として、五芒に庇護を得るものとして最低限身を守るための術を学んでいた。
空手や柔道などの格闘技を含めた総合的な武術、刀や槍などの武器術、暗殺術などの魔法を介さないものから精霊の行使や想子の扱い方などありとあらゆる技術を教わっていた。
こと魔法に関してはUSNAにいたときから訓練をしていて自信を持っていた零であったが流石は千年以上も続く五芒といったところか習得の難しい技術などに更なる高みを知ったのだった。
朝から晩まで疲れ果てても尚修行は続き体を酷使させられる。そうして九ノ瀬家から貰った真新しい道着はたった四日間のうちに何年も使い古したような見た目になっていた。
九ノ瀬や五芒からすれば零の評価はまだまだ、といったところであり学ぶべきことが多いどころかどれだけ時間を費やしても足りないかもしれないということで中学生の間は学校にも行かず修行することが決まってしまった。高校は零自信が行きたいということで通えることにはなったがそのための教育も必要ということで多少の苦労が増えた部分もあったのは仕方のないことだろう。
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数日後
零は九ノ瀬家の当主の下に呼び出されていた。
「さて、九ノ瀬零。今後のあなたの扱いについて話していきましょうか。
まずは四葉との話し合いの結果ですが、あなたには九ノ瀬、ひいては五芒の一員として主に動いて貰います。
五芒の役割ですが前にもお話はしているので特に言われなくてもわかっているでしょう。ですが正式な一員として国に仕えるかどうかはあなたの判断に任せます。要するにとりあえずは軍の特別隊員のような形で五芒に所属して貰うと言うことです。
そして四葉についてですがそれは制限などはありません。すべてあなたの判断に任せることにします」
要約すると零はかなり自由に動けるということだ。九ノ瀬からの扱いについても九ノ瀬家に身を置く者としての最低限の役目のようなものだ。そこについては零に不満もなかった。
そしてこれからの予定についてもいろいろ伝えられたがとりあえずは中学を卒業する歳になるまでは戦闘等の様々な技能を身につける事が主なこととなった。
そして退室間際、当主は零以外の人間を退出させて言った。
「零さん、内側に飼っているモノと交代して貰ってもええかしら。
心配せんでも話をするだけだやから」
零は驚いた。これまでレンという人格がいることを見破られたことがなかったからだ。同様にレンも驚いた。零の内側から現実のことはある程度把握しており九ノ瀬家当主が千里眼のような能力を持っている事も知っていたがまさか自分のことを認知されるようなモノだとは思っていなかった。
二人は混乱しながらも体の主導権を入れ替えてレンの意識を表に出す。
「どうも初めまして。知ってるやろうけど九ノ瀬家当主の九ノ瀬天華といいます」
まずはお名前を教えてほしいんやけど」
「初めまして。俺はレン、呼ばれています」
「そう、レン君ね。単刀直入に聞かせて貰うけど君は何者や?
ただの二重人格って訳でもないやろ?たとえ二重人格でも全く別の想子を宿すことなんかない。
別の人格を外から持ってくるなんて何かしらの禁術を使っていることを疑わなければならない。君はどうなのかな」
神妙な面持ちで天華が訊ねる。
他人に自分の人格を宿す、自分に他人の人格を移すという手法など普通の手段では行えずおぞましい方法を使わなければ行えない。そんな事を行うのは何かしら後ろめたいことのある人間だけだ。
言ってしまえばレンは何を企んでいるのか、ということを聞き出したいのだ。
レンもその事情を知っている。
「詳しい事は言えませんが禁術を使っている訳ではありません。
この体の持ち主である大葉零とは違う人格ですが俺はすでに死んでいる人間です。言ってしまえば霊が憑依した状態とよく似たモノです」
簡単に自分と零の関係を説明してレンは己に悪意がないことを説明する。
転生したとは言えるはずもなくそのせいでレンの言葉には説得力が欠けてしまうがなんとか納得して貰おうと粘る。それが功を奏したのか天華はレンに二言三言注意して部屋から去って行った。
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零視点
当主との面談のあと優さんたちのもとへ帰った俺は衝撃の事実を知らされていた。
なんと姉さんには婚約者がいるらしいのだ。今までそんな話を聞かされてなかったため驚いたがなにしろ九ノ瀬家の一員なのだ。国を守るだけでなく血を繋げていく事も必要なため婚約者がいるのも不思議ではない。
問題はその相手なのだが五芒を担う立場である九ノ瀬家との婚約者だから有名な出自の人なのだろう。
姉さん曰く頭脳明晰で文武両道の人らしい。その婚約者には妹がいるらしくそちらも頭がよく、そしてとてもかわいい人だそうだ。ちなみに婚約者はCADの扱いにも長けておりソフト面の開発も行っている人らしく、CADオタクとして会って見たくなった。彼らは時折九ノ瀬家を訪れるそうだが今のところ訪問してくる予定はなく最短で正月に顔を合わせることになるだろうと言われた。
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正月、九ノ瀬家にて零の前には葵の婚約者兄妹がいた。
方や町中を歩いていれば道行く人全員が振り返ってしまうほどの美少女。礼儀正しくその立ち居振る舞いからは育ちの良さが伺え品行方正、深窓の令嬢といった言葉がよく似合っていた。
方や少女には及ばないが整った顔立ちとそれ以上に体つきや姿勢の良さから好青年といった印象の少年。
しかし少年の様子がおかしく零を見るなり驚いた顔をしていた。
なにやら零のことを知っているような感じの呟きをこぼすが零には特に心当たりがない。兄の様子に違和感を覚えた少女も黙ってしまい少し微妙な空気が流れ出しそうになる。
(零、この子って達也君じゃないか?ほら、昔真由美ちゃんから貰ったブレスレット直してくれた)
それは零がUSNAに行く前の出来事であった。忘れてしまっていたがレンの助言により思い出した零は恐る恐る訊ねる。
「も、もしかして達也・・・君?」
「あ・・・ああ。そっちは零、であってるよな」
驚いたように少女が少年の方を振り向く。
「お兄様、こちらの方とはお知り合いなのですか?」
今日会う人物とは初対面と聞かされていたのに何やら知っているそぶりのため驚くのも仕方がないだろう。
兄と呼ばれた少年は落ち着きを取り戻して話す。
「ああ。数年前に一度だけな。
改めて司波達也だ。よろしく」
「そうだったのですね。
初めまして、司波深雪です。よろしくお願いします」
「は、初めまして大葉零です。よろしくお願いします」
そうして姉の婚約者との邂逅は締まらない微妙な空気ではじまった。
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