「使い魔襲撃事件?」
「うん、最近、本局の方で多発しているんだよね」
そう言って、エイミィは自身の前に置いてある湯飲みを手に取った。
彼女のトレードマークであるぴょん、とつむじから上に向かって伸びている一房の髪が軽く揺れる。
エイミィは軽く瞑目し、手の内にある湯のみを傾け、ずっ、と一飲みし息を薄く吐いた。
「ふぅ、やっぱりお茶って言ったらこの苦味だよねー。アルフ、お茶淹れるの上手くなった?」
「ああ、今のアタシなら目を瞑っても最適温度で淹れられるよ」
「なにそのスキル」
「最近は匂いで茶葉の品種が分かる様になった」
「アルフがお茶のソムリエールになってる……」
「そしてリンディのアレを許せなくなって来てる」
「あー……うん、そうだね。アレは確かに邪道だよね」
「アタシがリンディに説教しそうになったら止めてくれよ」
「うーん、難しいね。アルフを止めるのも、艦長を止めるのも」
第一話:足音
さておき、とエイミィは顔を少し引き締め、手にある湯飲みを机に置いた。
それは、人懐っこい笑顔を浮かべる家族のそれではなく、次元空間航行艦船アースラの通信主任兼執務官補佐である、エイミィ・リミエッタのものであった。
「まぁ別にね。アルフがどうこうとか、そんな話じゃないんだよね。あくまでミッドチルダで起こっている話だから」
でも、と彼女は言った。
「狙われている使い魔は、『戦闘系』ばかりなんだよ」
「戦闘……」
「うん。第一線で戦う、もしくは戦える使い魔。その被害が最近増えているんだ」
「アタシも狙われるかも知れないってことかい?」
「ここに居る以上は可能性として低いけどね。でも、アルフは優秀だし、偶に本局にも行くだろうから、用心することに越したことはないと思う。淹れるお茶も美味しいし」
「それは狙われる要素になり得るのかねぇ……?」
「あははは。犯人がお茶好きなら、むしろ狙われないかもねー」
エイミィは再び湯飲みを手に取り、それを口に運んだ。
目を細めてその苦味を堪能した彼女は、対面に座るアルフに目線を向ける。
「恐らく、犯人は単一人物。被害にあった使い魔は、皆魔力ダメージによって昏倒に追い込まれている。全員命に別状はないけど、暫くは安静状態らしいよ。姿は目撃されてないけど、その手口と『一撃』で戦闘タイプの使い魔を気絶させられていることから、かなり高ランクの魔導師一人の仕業だと上は見ているね」
「なんでまた、そいつはそんなことを?」
「……はっきりとはしないけど、噂では使い魔を快く思ってない連中が居る、って言う話だよ」
エイミィの顔が僅かに歪む。
それは、お茶の苦味の所為ではなかった。
「選民思想って言うのかな? 全てとは言わないけど、高い魔力を持っている人は、とにかく差別的な言動が激しいんだ。自分を特別な存在だ、偉いんだ、なんて勘違いして、魔力を持ってない人を蔑んだり。魔力が少ない人を見下したり。弱い人を卑下したり。戦わない人を馬鹿にしたり。……そもそも『人間じゃない存在』を認めなかったり、ね。まったく、何様のつもりなんだか」
アルフはそれを聞いて少し驚いた。
だがその理由は、エイミィの発言に対してではなかった。
アルフは結構な人数の魔導師との接触を果たしている。よって、かの魔法世界はそのような傲慢な考えをする人物が居ることを知っているのだ。それは、敵である犯罪者だったり、悲しいことに味方の局員でも、その様な考えの持ち主は居るのだ。
己の主を含め、周囲の魔導師は皆善良な自分で、排他的な思想なぞ持ち合さない連中ばかりだ。
だが、世界はそれだけではない。全てが良い人で廻っている世界ならば、そもそも管理局の様な司法は必要ないのだから。
アルフが驚いた理由は、エイミィの表情にあった。
語る彼女の顔には、何時もの陽気さは何処かに飛んでいた。
そこには怒りがあった。侮蔑があった。苛立ちがあった。憎しみもあるのかもしれない。ともかく、およそ彼女には似合いつかない負の感情が犇きあっていた。
エイミィはこの『ハラオウン家』において、姉の様なポジションである。
「様な」、と言うのは別段エイミィにハラオウン家との血や戸籍上の繋がりがないからである。
名目上はあくまで仕事上の繋がりしかない。
だがしかし、それでもエイミィは『姉』だった。
今はこの家の住民は皆仕事でアルフとエイミィしかいないが、フェイトも、その義兄のクロノも、同じく義母のリンディも、勿論アルフも、エイミィを『家族』と認識していた。
そもそもだ。ここは魔法とは関連がない世界、地球なのだ。
諸事情により、『ハラオウン家』はここに居住を構えているが、エイミィがここに居る理由は殆どない。現に、エイミィはきちんとミッドチルダに自宅を持っている。
持っているが、そちらにはあまり帰っていないようだ。仕事がないとき、もしくは終わった後には、専らここ海鳴を訪れているし、ここにはエイミィの自室さえあるのだから。
閑話休題。
ここで重要なのは、エイミィは、明るく穏やかで、正しく家族の『姉』に相応しい人物だという事だ。
アルフもそんな彼女の別け隔てなく人と接する人間性には好感を抱いているし、かつてはそれに大分助けられもした。
そんな、何時も余裕を見せる彼女が。ネガティブな面を見せない彼女が。
――――間違いなく、怒っていた。
いや、憎悪、と言う感情さえ滲み出ている様にも見える。
そんなアルフの僅かな驚愕に気づいたのだろうか。
己のらしくない言動を恥じるようにエイミィは頬を掻いた。
「ま、そっちはすぐ解決すると思うよ。問題は……」
「例のロストロギアか……」
「うん、ロストロギアロスト事件」
声を低くしたエイミィにアルフが追従して言った。
その妙に韻を踏んでいる事件こそが、現在管理局を混迷させている『ゴタゴタ』であった。
「と言うか、他にネーミングの候補はなかったのかい? 緊張感が感じられないんだけど。もうそこはロストロギア消失事件でいいじゃないか」
「さぁ? でも、ほら、L3事件と略することも出来るじゃない? 私はお洒落だと思うけどな」
「それでいいのか管理局……」
少なくとも、今回のそれは洒落で済まされる事件ではなかった。
ロストロギア。
過去に滅んだ超高度文明から流出する、特に発達した技術や魔法の総称である。
全部が全部ではないが、その常識の埒外の技術から危険なものも多く、主に時空管理局が管理・保管を行っている。その為に、時空管理局内に遺失物管理班という専従の部署が存在する程、ロストロギアは重要視されているのだ。
その内のいくつが、ある日忽然と姿を消した。
勿論、その日(と言うか今も)、管理局は上から下までの大騒ぎだった。
理由、原因も不明。誰かの故意によるものなのか。それとも偶発的な出来事なのか。
何もかも不透明な状況であるが、分かっていることがある。
「超やばいよ。はっきり言って」
「だろうね」
「うん、それに、昨日なくなった内の一つがクラナガンでひょっこり出てきたらしいんだ。すぐ回収されたけど、起動寸前で危ないとこだったみたい。相変わらずその理由は不明」
「……それは拙いね。ただなくなっただけじゃない、って訳か。……それはどんなロストロギアだったんだい?」
「えーと、『デンジャラスワーニングスクランブルデンジャラス』だったかな。とにかく危険なものらしいよ」
「なんだろ、凄いモヤモヤする」
アルフは、『ロストロギアロスト事件』と『デンジャラスワーニングスクランブルデンジャラス』は絶対同じ奴が名前を付けたと結論付けた。むしろそうであって欲しいと願った。こんなハイセンスな奴が二人と居て堪るか。
「その所為もあって、艦長もクロノ君も本局で会議しているからね。場合によっては、アースラの動きを一時制限して、首都の警備を強化するかも、だって」
「なるほど、ねぇ……」
「フェイトちゃんやなのはちゃんみたいな高ランクの魔導師も呼び出されちゃったしねぇ」、とエイミィは最後に締め括った。
一通り事件の概要を聞いたアルフを腕を組み逡巡する。
―――――これは思ったよりも深刻な事態ではないのだろうか?
数々の何だかモヤっとする名前はともかく、起きている事件は憂慮すべきものであることは間違いない。
もしかしたら、自分も前線に出るのだろうか、とアルフは思う。
だが、そこで思い至る。
(いや、ここでアタシがミッドチルダに行ったとして……)
使い魔襲撃事件。
時を同じくして起こっている謎の事件。
もし、ここでアルフがロストロギア回収に呼び出されたとして、下手をしたら、その謎の下手人に狙われる可能性もある。
しかし。
(はっ、上等さ)
元より、だ。
アルフは特別好戦的と言う訳ではないが、チマチマしたことは嫌いである。
もっと、バーッとやってゴーッ、と言ってスパーッと解決する様な……早い話ゴリ押しな方法を好む気風なのだ。
L3事件はともかく、使い魔襲撃事件の方は、むしろ襲い掛かってくる犯人を返り討ちにしてやるぐらいの気概さえある。
アルフとて、フェイトの成長の裏で何もしてなかった訳ではないのだ。
フェイトの帰る場所を守る、とは言っても、彼女はかろうしてまだ現役である。
もし、自分に出撃命令が出て、もし、犯人が自分を狙って来たら。
そのときは。
(アタシが構築した新技、『ライトニングサンダープラズマ』でコナゴナにしてやる……!)
アルフのネーミングセンスも大概だった。