病恋 -ヤミコイ- 作:やんやん
転校してきて一週間。クラスで誰とも喋らない俺は孤立していた。いや孤立するようにしていた。友達など作っている暇があるならお嬢を見守る時間に当てる。これもクロード様に教わった事だ。一週間何をしていたかというとお嬢の恋人(仮)である一条楽の情報を集めていた。
結論からいうと一条楽は普通だった。集英組の息子というあとがきから引き締められた体に鋭い眼光を持っている言わば番長の様な存在だと推測していた。だがそれはあくまで推測に過ぎなかった。実際の一条楽はイメージとはかけ離れたヒョロっとしたもやしの様な男で、とてもじゃないがヤクザの息子には見えない。
「思っていたより普通だ」
一週間の行動をある程度監視していたがさほど変わった行動をとる事もなく普通に学校生活を楽しんでいる様に見えた。
「一つを除けば、だが」
奴がお嬢といる時、何故かよそよそしく恋人とは思えない距離感が見られた。まだお互いの距離を掴みきれていない初々しいカップルと言ってしまえばそれまでだがやはりクロード様が言っていた様にこの二人、何かある。今まで一緒にいたから分かった事だった。
一条楽と一緒に笑い合うお嬢を想像すると胸が痛んだ気がした。
「……まぁいいか」
お嬢はお嬢だ。そう完結させると俺は次の行動に移す事にした。勿論一条楽本人に会う事だ。幸いにも俺の今の立場はお嬢の義兄。これを利用しない手は無いだろう。
❤︎ ❤︎ ❤︎
アイツと出会ったのは私がまだ小学生くらいの頃だった。その頃の私の遊び相手は歳の近い鶫しか居らず友達を作ろうにも何処から広まったのか、必ず「ビーハイブのボスの一人娘」という肩書きやクロード達の所為で友達を作るどころか私の周りからどんどん人が離れていった。
学校では根も葉もない噂が広がり私が自分のクラスに入ると必ずみんなが静まった。
「ギャングの娘だってよ」
「怒らせたら殺されるぞ」
「この前怖いおっさんと一緒にリムジンに乗って登校してたぞ」
「マジかよ……」
ヒソヒソとだが私には聞こえていた。私は何もしていないのに、私はみんなと仲良くなりたいのに! そういいたかった、でも言えなかった。
分かっていたから。私が何を言っても「ギャングの娘」という事実は変わらないのだから……。
それからは毎日が私にとって地獄だった。何を言っても反撃をしようとしない私をみてよく思ったのか、私は学校でいじめられ始めたのだ。上履きはゴミ箱に入れられたり教科書や筆箱の中身が廊下に撒き散らされていたり……。
でも泣いたりはしなかった。頑張っているパパやママに迷惑を掛けたくないから、心配させたくなかったから。
我慢して我慢して我慢して。誰にも打ち明ける事なく耐え続けた。いつか、みんなが私の事を受け入れてくれる日が来るだろうと、みんなと一緒に遊ぶ日が来るだろうと希望を抱きながら……。
ーーーでも来なかった。
遂には自分の机さえもクラスから消えてしまっていた。机が無くなって戸惑っている私を見てクラスメートは笑う。そして私は気づいてしまったんだ。
私はみんなに受け入れられる事なんて、そんな希望はこれっぽっちも無いんだと。自分を保っていた何かが壊れた音がした。
気が付いた時には私は自分の部屋に引きこもってしまっていた。外の光が入らない様にカーテンは全て締め、クロード達にも絶対に入ってこないでと言い放った。誰の顔も見たくなかった。誰の声も聞きたくなかった。誰かに期待してたところで誰も助けてはくれないと分かったから。
「お嬢、今日も外はいい天気ですよ?」
「ひっ……だ、だれ?」
「つ、鶫です。鶫、誠士郎です。今日は、街で話題のケーキを買って来たんです。良かったら一緒に食べませんか?」
「……い、いらない! 来ないで!」
何とか会話をしようとしても、返ってくるのは何かに怯えた様な千棘の明確か拒絶。何時も付けていたトレードマークである赤いリボンを握りしめてながら部屋の隅で怯えている千棘を見て鶫は目を瞑った。一緒に遊んでいた千棘の姿はもはや無く、ただただ鶫は己の手を握りしめる他なかった。
桐崎千棘は変わってしまった。さらさらとした綺麗な金色の髪はもはや見る影なく、ボサボサとしたくすんだ金色になっており目の下にはクマができている。眠る事はあっても今までされた事を悪夢になって見てしまうのか、夜中に悲鳴をあげる事も少ないない。今の千棘はお世辞にも健康体とは呼べない状態になっていた。
現在、桐崎千棘に会う事ができる人物は鶫を合わせても片手で数えるほどしか居らず両親にもその心の内を明かす事がない状態だ。それどころか人という存在自体に怯えてしまっているーーーつまり極度の人間不信に陥っていた。
千棘の両親であるアーデルトと華は学校でいじめがあった事実に激怒し責任者に詰め寄った所、あっさりといじめの事実を認め土下座したそうだ。アーデルト率いるビーハイブファミリーのボスと華が社長を務める企業フラワーコーポレーションの愛娘を追い詰めてしまったのはすべてが学校の落ち度とは言えないが、社会がどちらの見方をするかと言われればアーデルト達の方だろう。下手をすると今頃首自体が飛ぶことになっていた責任者に今更どうこう言った所で結論は変わらず、責任者の命は首の皮一枚繋がったと言えた。
ーーー遅かった。
華の方は世界的な多国籍企業という肩書きの事もあり、ほとんど家族に時間が取れず、アーデルトもギャングという集まりのお陰で千棘と会う事は多くはなかった。仕事の所為で、とは二人とも口にしなかった。言い訳をした所で自分達が犯した罪が消える事が無いのだから。
ほんの少し、気付くのが早ければ間逃れた事態だ。千棘の変化に気付いていれば……と。
千棘の父ことアーデルトはある日、気分を変えるために一人街を歩いていた。千棘が自室に引きこもってもう随分と立った。未だにあの子は出てくる気配が無く、顔を見る機会は一カ月に一度、よくて二週間といった頻度だ。食事を運ばせてもあまり手を付けて居らず、このままでは衰弱していく一方だ。医者に合わせようとしても千棘自身が人に会うことを拒んでおり、それを考えると難しいだろう。
だから気分転換を兼ねてと部下達に勧められ街を歩く事にしたのだ。隣に妻である華がいて欲しかったと少し思ったが彼女はどうしても外せない仕事があるためと断られた。彼女も千棘の事をかなり気にしていた。無理をし過ぎて倒れてしまわないかと心配だ。
ふと空を見上げた。そこには自分の心境とは裏腹な綺麗な青空が広がっていた。
ーーー忌々しい。無意識にそう呟いていた。娘に何もしてやれない情けなさと解決策が見つからない事に対しての苛立ち。双方が混ざり合った事で出た言葉がそれだった。
そんなことを考えているとアーデルトの目の前に青いボールがコロコロと転がってきた。ボールはアーデルトの目の前でちょうど止まり、それからすぐに小さな少年がこちらにやってきた。
「……ボール」
少年はアーデルトの足元にあるボールを見つめながら一言そう呟いた。
「あ、あぁ……これだね」
アーデルトは足元にあるボールを拾うと少年に手渡した。
「……ありがとう、おじさん」
ボールを受け取った少年はぺこりとお辞儀をし、タッタッタとある建物に向かって走っていった。そこはここら辺では少しばかり有名な孤児院だった。
「孤児院……か」
孤児という響きは決して良いものではない。彼らのほとんどは両親・親戚などの保護者が何らかの理由でいなくなり、何処にも居場所がない子供達だ。自分がギャングのボスである以上千棘が孤児になる可能性もない訳ではない。この世界は何が起こるか分からないからだ。
だからこそだろう。気まぐれかあるいは同情か、気づけばアーデルトは目の前にある孤児院へと足を進めていた。
この孤児院は少しばかり有名だった。何故なら他の孤児院より圧倒的に人が少なく、そして大きいからだ。
そもそもこの孤児院は金持ちが趣味で作ったようなものであり、この孤児院を作った後金持ちは飽きたのか現在の院長と数名を雇い入れ、孤児院の全てを任せた。その代わり施設の設備はいい。孤児院というより別荘と言った方がまだ納得出来るだろう。金持ちの考える事は分からないと近所の住民はよく口にしている。
そんな噂の孤児院の前に立ったアーデルトは数分経った今でも孤児院の前に経っていた。
(これは……どういう事なんだ?)
変わった孤児院だとは知っていた。でも精々他者が少し不思議に思う程度だと思っていた。だがーーー
「ーーー何故、この孤児院にはあの少年しかいないんだ……?」
小学校の校庭の半分くらいの大きな庭には先ほど出会った少年が一人、真ん中でポツンとボールを持ったまま立っていた。それがおかしな点でありアーデルトの足を止めていた。
先ほどから数分とは言え孤児院を外側からみていたアーデルトだが、ボールを持った少年はピクリとも動こうとしないし、大人達の気配も感じなかった。正直に言ってしまえば不気味だった。子供が一人だけで大人の気配もなくそれでも近所の住民たちが違和感を感じないその孤児院が。
「どうなっているんだ……?」
異質な雰囲気を放つ孤児院を前にアーデルトはそう呟いた。