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◇
―――――深夜。
地平線の彼方まで広がる樹海を、淡い月明かりが照 らしている。
とある樹海の中を、一匹の巨狼が歩を進めていた。
闇よりも昏い漆黒の体毛、一回り以上大きな体躯。
朱く輝く瞳が、通り過ぎた空間に光跡を残す。
何よりその纏う雰囲気が異質であった。
狂気とでもいえばいいのか、凄まじい怒気や憎気にも似たものを撒き散らしている。
今、森一体が彼の狂気に包まれ、ざわついていた。
濃霧に覆われた木々の間を歩むその姿は、深淵の闇から這い出てきた悪魔だと言われても信じてしまう程、禍々しかった。
そして、巨狼は立ち止まり―――――
「限界だ……もう、待つことは出来ない」
憂いの表情を浮かべる。
彼の視線の先には、人間の住む街。
夜だと言うのに、眩いほどの明るさ。
これを見やり、彼はスッと切れ長の眼を閉じた。
まるで、この光景を見たくないと言ってるかのように。
実際、見たくないのだろう。
彼の表情に、苦悶の色が滲む。
彼は崖の上から、夜から切り離されたその街の様子を見下ろしていた。
「……もはや、疑いの余地はない――奴等は悪性の細胞だ!」
「――――主様、御裁断を?」
彼の背後、木の蔭から女の声が聞こえてきた。
月明かりから逃れ、闇に包まれたその姿は見ることは出来ない。
巨狼の様に、夜より暗い闇の毛色であれば見えたのかもしれないが、生憎違ったようだ。
「……悪だけの癌細胞は、お前ならどうする、レイラ」
巨狼は振りかえらず、声の主―――レイラに問う。
その問に対し、間をあけず答が返された。
「取り除くべきかと」
「そうだよな、ああ…………癌細胞は増え続け、やがて蝕み、必ず死を呼ぶ。
だから―――――」
狼は、口元を上へ釣り上げ静かに嗤う。
「――――癌細胞は、消さないとな!♪」
◇◆
8年前
――――双子峠。
巨熊『赤カブト』は此処に牙城を建てた。
巨大な岩や木を、幾つも積み重ねて出来たこの城塞。
その牙城は、見るものに畏れを抱かせる程の出来栄え。
赤カブトは此処に、一団を造り上げた。
《
各地の荒くれ熊達が、ここぞって赤カブトの軍門に下った。
その数、およそ70。
鬼首組の勢力は、人間や他の生物を恐怖に陥れるほど。
だが、その赤カブトにも無視できないものがいた。
―――“リキ”という熊犬だ。
恐いもの知らずの赤カブトが、唯一危険視した男である。
嫌な予感がした赤カブトは、何度もリキを排除しようとした。
だが、ついに仕留めることはできなかった。
ある日、赤カブトは己の予感の正しさを実感した。
リキは大軍を引き連れ、鬼首組に対峙したのだ。
全国から名のある猛犬、軍など一筋縄ではいかないもの達が顔を揃えている。
その数、約二千!
日本最強と云われる事になる大軍――奥羽軍。
煌めく満月のした、リキの咆哮で開戦の火蓋は落とされた。
だが圧倒的な兵力差から、奥羽軍の一兵卒の大半は慢心していたのだろう。
兵力差をものともしない鬼首組に、奥羽軍は苦戦を強いられる事になるのだった。
前哨戦ともいえる、四匹の幹部達との戦。
幹部の熊達は、それぞれが一騎当千。
生半可な気持ちで挑んだ者達は、彼等の迫力に戦慄し脚を竦めた。
戦場で脚を竦めてしまえば、命取りである。
前哨戦が終わる頃には、その数は半分にまで減っていた。
それでも、約一千の兵。
此処に油断するものはいない、残る敵は赤カブトのみ。
奥羽軍の勝ちは揺るぎなきものであった。
だが、さすがというべきか。
魔王とまで謳われた赤カブト、彼は倒れるまでに300近い命を刈り取った。
そして赤カブトは地にふしたのだ―――――リキを道連れに。
この功績が認められ、人間は双子峠を犬の解放区に指定した。
その楽園に、リキの息子である銀が二代目総大将として君臨する。
これが奥羽軍の伝説の一つである。
そして現在――――。
5匹の若い男が、期待を胸に脚を踏入れていた。
「――――――着きましたね」
「ああ、此処が噂に聞く楽園か」
「………」
「ん?なんで黙ってんだブルー、あんたが一番此処に来たがってたろ?!」
「感極まったか?クケケ♪」
仲間のひとり、ザックが気づいた。
ブルーの様子がおかしいことに。
本当であれば、ブルーが一番楽しみにしていたはず。
一番最初に、楽園に行きたいと言い出したのもブルーだ。
だと言うのに、ブルーは浮かない顔をしている。
ケンタが言うように、感極まった感じてはなかった。
――――むしろ、悲観的なもの。
ザックは、黙り混むブルーをじっとみる。
数秒後、ブルーは重そうに口をあけた。
「………なんか、嫌な予感がするんだ」
◆ブルーside◆
「………なんか、嫌な予感がするんだ」
俺は、そう呟いた。
双子峠をみたときに、此処に踏みいってはいけない!と。
俺の中の何かが、叫んだのだ。
ケンタの言う通り、確かに此処に来たいと言ったのは俺だ。
本当に来たかった。
俺の中で燻っているモヤモヤした何か、その正体が此処にくればわかる。そう、期待していた。
だが本当にわかるのだろうか。
―――――此処にはない!
俺の直感が、そう言っている。
「………なぁ、ほんとに行くのか?」
「っは、何いってんの?もう、ここまで来たんだぜ。馬鹿な事言ってないで、早くいくぞ」
ケンタが鼻で笑いやがった。
馬鹿な事言ってるのはわかってるが、そんな言い方はないだろ。
こいつの言動が、ちょくちょく俺の琴線に触れる。
何故こいつは、俺に突っ掛かってくるのだろうか。
思い返せば、始めからこいつはそうだったな。
頭の中でケンタとの様々な諍いを思い出す。
―――――回想中。
・起きる―――「俺より早くおきてんじゃねぇよ!」
・獲物を捕る―――「俺の方がおっきいぜ!」
・走る―――「遅ぇなブルー!」
・寝る―――「俺様より早くねるんじゃねぇ!」
・起きる―――「俺より早――――――」
・etc.
――――回想終わり。
うぜぇ!こいつ、うぜぇ!まじうぜぇ!!
なんなの、ほぼ毎日何故だ!
俺に恨みでもあんのかコラッ!
結論、こいつとは馬があわない。
それだけだな。
「っち」
思わず、舌打ちがでてしまった。
「あんま、喧嘩すんなよふたりとも。
………ケンタもあんまり、ブルーにちょっかいだすな」
「ブルーもあんま気にすんな、行って駄目なら帰ればいいさ」
トーマスとショーンが、仲介にはいった。
このふたりは、この群れで比較的大人しい部類だ。
他から見れば、悪がき共の集まりかも知れないが。
まあ、確かに争ってても意味ないな。
「………俺も、気にしすぎだったな。悪かった」
ここは、素直に頭を下げる。
三人は、気にするなと言ってるが。
ケンタだけ、ふんっ!という感じにそっぽを向き進んでいく。
トーマスがやれやれといった様子で、後をおう。
「………ガキだねぇ」
その様子を見た、ザックが苦笑をもらす。
俺もそれにつられ、軽く笑った。
「ふっ……俺らも行くか」
「ああ、そうだな」
「いいのかブルー?」
ショーンが本当に大丈夫だなと、聞いてくれた。
「ああ、平気だ――――」
この時、止まっていれば未来は変わっていたのだろうな。
もし、ここで嫌な予感に従っていれば、俺は――――――だろうな。
だが、後悔しても遅い。
もう、歯車は動いてしまったのだから。
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