主人公登場だす。
◇
顔を上げると、岩の合間から満月が見えた。
奥羽山脈、双子峠の牙城は虫達が
皆が寝静まった深夜。
まだ一歳にも満たない黒毛の少年が、牙城の広間で佇んでいた。
立ち耳で、少し長めの垂れ尾が印象的である。
細身だが華奢な印象はない、しなやかな強靭さを感じさせる、言わば細マッチョという奴だろうか。
少年は無言で、上から正面に視線を移す。
淡い碧眼に映すのは、静謐な気配を纏う男。
流れ星を連想させる額の三本傷、銀色の虎毛を持った、犬界で最も有名な英雄。
まさに、奥羽軍二代目総大将『銀』の姿。
内情を知らない者がみれば、確実に総大将と間違えるだろう。
しかし彼の正体は、少年も事前に知っていた。
銀の影武者として生き、それ以外を捨てた
少年はそんな彼の生き方が、理解出来ない。
いや理解したくなかった、何故自分を捨て去る事が出来るのか。
他人として生きる、それはもう時宗は死んでいると同じだ。
故に、時宗は気付かない。
少年が時宗に内心、殺意を抱いていることに。
いや殺意自体は気付いてるだろう。
それが何故発せられ、自分に向けられるかは理解出来ない、気にしない。
少年はそう考える。
そして―――
「………名は?」
時宗が、言葉を発した。
貫禄のある声だ、やはり影武者だけはある。
その一言に、決して軽くはない威圧感が乗せられていた。
「ニゲルだ。別に覚えなくてもいいぜ!」
少年は、威圧感を笑い飛ばし、睨み付ける。
だが、時宗は構わず質問を続けていく。
「そうか、ニゲル。君は何故此処に?
奥羽に魂を預けてる訳でも無いのだろう?
それに、対話をしに来たのでは?その様子ではまともな会話が出来るとは思えないのだが?」
「質問ばっかだな……そんなんじゃモテないぜ?
いいか、俺の魂は誰の物でもねぇ!俺の、俺だけのものだ!!
それに、これが俺の通常仕様だ!怒りの炎は生の原動力ってな!
あんたにはないのか?自分だけの何かが?」
「……………愚問だな、ニゲル。正義の体現、それが俺の役目。それが全てだよ。
して君の用件はなんだ?話してくれ」
時宗の感情がわからない。
ニゲルには、どうも借り物の意思に思えてしまう。
淡々と話す時宗に、ニゲルは更なる怒りを燃やす。
だが、今はそんな場合じゃなかった。
感情をなんとか押し殺し、時宗と視線をあわせ対峙する。
「
◆
―――同時刻。
双子峠の麓では、不穏な影が蠢いていた。
「¢£◎&%′○&▼▲」
「※◇%▼&◆……¢▽▲&仝ヾ゜▽」
木々の間を、複数の影が何かを話ながら移動する。
だが近くにいた男――ディムには理解出来なかった。
種族が違えば、会話は出来ない。当たり前だ。
ディムには犬の言葉しかわからない。
故に、彼等の会話はわからないのだ。
「何をしに来たんだ?」
半垂れの茶耳を、自慢の鼻をひくつかせ、警戒する。
彼等の向かう方向には、楽園がある。
そこには仲間や、最愛の家族がいるのだ。
もし彼等が敵ならば、仲間や家族が危険に晒される。
そんなことはさせない。
そのために自分達いるのだ!と。
そんなディムの鼻に、風が臭いを運んできた。
「ん?――これは?!」
ディムは驚愕に目を見開く。
この鼻を曲げる強烈に嫌な臭い。
あまりにも危険で悪質な、死神の匂い。
(危険だ!早く皆に報せなければ!)
報せに動こうとし、ディムは失敗を犯した。
慎重に動く事は意識していた、だが運が悪かったのだ。
ゆっくりと後ろに置こうとした脚が、ビニール袋とかいうモノを踏んでしまった。
―――ガサッ!
「▼◆¢▽&◆○※◇¢!!」
奴等に気付かれてしまった。
ディムは一目散に逃げようと、走り出そうとし―――
次の瞬間、雷のような轟音と、感じたことのない激痛が頭を襲った。
「ッ」
(皆逃げてくれ……人間が敵にまわった!)
大切な者の安否を願い、ディムの意識は闇に堕ちていった。
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