クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第一話:第一印象

「ねえ、デュエルしようよ」

 始まりは、その一言だった。

 馴染みのカードショップで穏やかな時間を過ごしていた春川姫利(ひめり)は、声を掛けてきた相手を見て目を丸くした。

 この店では実力者として知られている彼女にとって、デュエルの申し出を受けるのは珍しい事では無かったし、望む所ではある。

 しかし、今彼女に挑んできた相手は――、どうみても小学生の少年だった。

 透き通った黒い瞳と黒い髪。身長は低く、姫利の顔を見上げてニコリと笑っている。

 服装は如何にも親に買い与えられたらしい可愛いデザインのものを着用し、甘やかされて育ったお坊ちゃん、というのが第一印象だ。

「…もしかして、私?」

 現役の女子高生とは言え、少年から見れば歳の離れた相手である。何かの間違いではないか、と姫利は首を傾げて問うが、少年はにんまりと笑って頷いた。

「お姉ちゃん今暇なんでしょ?」

「それは…。まあ、そうだけど」

「んじゃ、決まりだね。本当はさ、学校の友達とデュエルするつもりだったんだけど、そいつ急用で来れなくなったとか何とかで…。まぁ、それはそれで、初対面の人とデュエルするもの悪くないかなぁ、なんて」

「ちょ、ちょっと待って! 私まだデュエルするなんて言ってないわよ!」

 思わず大きな声を出して後悔したが、もう遅い。店内にいた客や店の人の視線がこちらに向けられるのを姫利は感じた。

 これまで多くの決闘者と戦ってきたが、ここまで年下の相手と戦うのは、兄弟の居ない彼女には初めての事だった。どう応じればいいのか、即座には判断できなかった。

 そんな彼女の同様を見透かしているのか、少年は楽しげな表情で笑みを浮かべる。

「お姉ちゃん強いって聞いたッスよ? まさか、子供に挑まれて逃げるような事はしないですよね?」

「子供だからこそ、よ。私、手加減とかできない方よ?」

「ああ、それなら大丈夫。ボクも手加減なしでいきますから」

 ケラケラと笑う少年。馬鹿にされたようでカチンときたが、相手は子供だ。怒りの気配は微塵も見せず、姫利はふぅと溜息を吐く。

「つまり、どうしてもって事ね。OK、デッキ調整用に作ったテストデッキでいいなら、相手になるわ」

「そう来なくっちゃ!」

 イエス、とガッツポーズをする少年。形はどうあれ、デュエルができればそれでいいという事だろうか。

 生意気だが、同時に可愛らしくもある。この不思議な少年に漸く興味を持ったと同時、姫利はある事に気付いた。

「…待って。デュエルするのはいいけど、貴方、決闘盤は?」

「んぇ? …ああ、決闘盤?」

 小躍りしていた少年が、急に照れくさそうに頭を掻いた。

「やー、実はお恥ずかしい話、まだ持ってないんッスよボク。そんな訳で、デュエルは決闘盤なしでしてくれると嬉しいなって…。あ、電卓は持ってますよ」

(決闘盤を、まだ、持ってない?)

 予感は、この時からあった。

 決闘者にとって必需品とも言える決闘盤は、確かに小学生には高価なものだが、誕生日やクリスマスのプレゼントとして親に買って貰えば手に入れられない事は無い。むしろ、初めての決闘盤はそうして手に入れるのが普通だと言える。

 今の季節は春。ほんの少し前にクリスマスというチャンスがあった筈なのに、まだ決闘盤を手に入れてないとはどういう事なのだろうか。

 考えられる答えはあるが、確証はない。これから戦って確認すればいいかと、結論は先送りにする事にした。

「…そうね、たまには立体映像の無いデュエルもいいかも知れない。じゃあ、向こうのテーブルでやりましょうか」

「んー。ボクは、あっちのテーブルのがいいな」

 姫利が指差したのは、彼女がいつもデッキ調整の時に使用している店の中央のテーブル。それに対し少年が指定したのは、部屋の隅の隅、壁際にあるテーブルだった。

 無論、デュエルをするのなら場所などどうでもいいのだが、何故わざわざ壁際の場所を指定したのか。この時点では、まだわからない。ただ、変わった子だという印象を強めただけだ。

「んじゃ、ボクこっちの席ね!」

 少年はくるくる踊るような動きで移動して、壁際の席に座る。姫利はこの少年の考えが今一つ掴めず、首を傾げながら向かいの席に座った。

 

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 

 実力派決闘者の姫利が、謎の少年とデュエルをする。

 その奇妙な組み合わせが人々の興味を引いたのだろう。二人がデッキのシャッフルを終えた頃には、既に多くのギャラリーが周囲を包んでいた。

 もちろん、皆この店の客で、姫利の見知った顔もいくつかある。その中の一人、最近仲良くなった同じ年頃の女性客にふと声を掛けた。

「ねえ、あの子ってこの店には良く来るの?」

「え? …んー、二~三日前に見た気はするけど……何度も見かけたって訳じゃないかも」

「そう、よねぇ…。私も始めて会う子だし」

「手加減したげなよ、姫りん?」

「んー。頑張ってみる」

 少年には聞こえない声で会話した後、姫利は改めて少年を見る。

 既に準備は完了したようだが、その表情には自分と戦う事への恐怖も緊張も感じられない。依然として落ち着いた様子で、デュエルの開始を待っているようだった。

「んじゃ、始めましょーか。お姉ちゃん」

「…ええ。それじゃあ――、」

 

『デュエル!!』

 

 

「先攻はボク! ドロー!」

 有無を言わさずデッキに手を伸ばした少年は、その小さな手で一枚のカードを手札に加える。

 本来なら何でも無い行為だが、その手の動きに違和感を感じた姫利は、思わず「え?」と声を漏らした。

 明らかに、不慣れな動きだったのだ。実力はともかく、戦いなれた決闘者ならばカードを引く動きは様になってくるものだ。

 だがこの少年のカードを引く仕草は、あまりに不恰好で――先程感じた「予感」を、確信たらしめるには十分だった。

「ねえ坊や。つまり、その……貴方、デュエルはどのくらいやってるの?」

「え?」

 手札を見つめるのに夢中になっていた少年は、驚いたように姫利を見返した。

「貴方、デュエルを始めたのはいつ?」

「……あー。もうバレたんスか」

 少年はぺろりと舌を出す。そして、姫利が予想した通りの――即ち信じがたい答えを、静かに告げた。

「ルールを覚えたのは二週間前。まぁ、早い話が初心者ですよ。てへぺろって奴です」

「二週……間?」

 思わず、姫利は聞き返した。少年は恥らいながら、「えへへ」と頬を掻く。

「ボクの知り合いに誘われて初めたんです、遊戯王。初心者ですけど、どうぞよろしく」

 怒ればいいのか、呆れればいいのか。姫利が開いた口が塞がらないという言葉の意味を実感しているうちに、少年はさっさと手を進めた。

「んー、何を出そうかな。…まあ最初だし、このカードで!」

 勢いに任せて少年が繰り出したのは、《薄幸の乙女》という名のカード。攻撃表示の場合のみ効果を発揮する古いタイプのモンスターである。

「薄幸の乙女ね…。真面目に使ってる人見るの初めてかも」

「小学生のお小遣いじゃ高いカードは買えないもので。…けど、結構強いんスよ?」

 自信満々に語りながら、少年は更に手札から一枚のカードを抜き取り、場に伏せる。その仕草もまた不慣れである事は、言うまでも無かった。

「一ターン目は攻撃できないルールなんで、ボクはカードを一枚伏せてターン終了!」

 結局、このターンに少年が繰り出したカードは二枚。少なくとも防御の形はできているが、姫利には彼が隙だらけに見えた。

 彼が出した伏せカードにも、四枚の手札にも、何のプレッシャーも感じられない。カードが汚れていたり傾いていたり、何処か間抜けな印象を受けてしまう。

 本当に初心者なのだと納得すると同時、舐められていると感じた姫利は、考えを切り替える事にした。

 相手が子供という事でわざと負けてやる事も考えたが、それは逆に少年を付け上がらせるだけだと悟った。無論、全力で叩きのめす程子供染みた真似はしないが、実力の差は教えてやった方がいい。

 何しろ相手は初心者なのだ。それを実行するのは訳無い事だし、その自信は十分あった。

「私のターンね」

 姫利は少年の表情を伺いながら、テーブルの上に詰まれたデッキから一枚のカードをドローする。

 決闘盤を使わないデュエルは何年ぶりだろうか。そんな事を考えながら、彼女は手札から二枚のカードを手に取る。

「手札から《デュオレオン》二体を特殊召喚するわ。このモンスターは同名モンスターが手札に複数存在する場合、同時に特殊召喚する事ができるの」

 そう言って召喚したのは、攻撃力2100ポイントの上級モンスター。本来なら同じデザインの二体の獅子が映像として現れるのだが、決闘盤を使っていないのでその場に変化は起こらない。

 が、上級モンスターを二体同時に召喚したのは大きい。実際、少年は早くも焦った表情を見せている。

「バトル。一枚目のデュオレオンで、薄幸の乙女に攻撃するわ」

 淡々とした攻撃宣言は、怒りによるものではなく彼女の性格によるものだ。対して少年は、伏せたばかりのカードを発動させる。

「ト、罠カード、ガード・ブロックを発動! ボクが受ける戦闘ダメージを0にして、カードを一枚ドローする!」

「でも、そのカードの効果は一度だけ。二枚目のデュオレオンの攻撃は防げない!」

 容赦なく二度目の攻撃を仕掛けるが、戦闘破壊耐性を持つ《薄幸の乙女》を破壊するには至らない。その代わりに、下級モンスターによる直接攻撃に匹敵する戦闘ダメージを与える事はできた。

「にゅう、2100引く400は1700、初期ライフ8000から引いて……6300!」

 少年はさっと電卓を弾き、残りのライフを計算する。

 姫利にとっては大してダメージを与えたつもりは無いが、元よりダメージを受けるつもりの無かった少年には大きな出費だったに違いない。目論見が外れた、という表情だった。

「…けど、薄幸の乙女の効果でデュオレオンの攻撃と表示形式の変更は封じられたよ。これで次のターン、その二体から攻撃される事はないね」

「さぁて、ね。そう上手くいくかしら? メインフェイズ!」

 にやりと唇を吊り上げ、姫利は笑う。相手の狙いは見えていたのだ、目論見通りにするつもりは無い。

 姫利は二枚の《デュオレオン》を重ねると、エクストラデッキから一枚のカードを選んでその上に置いた。その行為の意味は少年も知っていたらしく、「しまった」とばかりに目を見開いた。

「エクシーズ召喚…!」

「そゆこと。予習はできても、応用はできてないみたいね。いくわよ、二体のデュオレオンをエクシーズ素材にして、No.61 ヴォルカザウルスをエクシーズ召喚!」

 瞬間、ギャラリーから声が沸くのを聞きながら、姫利は《ヴォルカザウルス》の下に重ねたカード――即ちエクシーズ素材を一枚墓地へと送る。

 エクシーズモンスターは従来の融合モンスターやシンクロモンスターとは性質が異なり、このエクシーズ素材を使用して効果を発動するものが多い。今回召喚された《ヴォルカザウルス》も、その一例だった。

「ヴォルカザウルスのエクシーズ素材を一つ取り除いて、効果発動! 薄幸の乙女を破壊して、その攻撃力分のダメージをプレゼントするわ!」

「くっ…。汚い、流石大人やる事が汚い」

「タクティクスって言って欲しい所だけどね。ま、そのうち貴方も覚える事よ。――そして、」

 姫利は更に二枚のカードを選ぶと、それを自分の場にセットする。

「今度は私が罠を張る番よ。カードを二枚して、ターンエンド」

 わざわざ罠を宣言して伏せられた二枚のカード。だが実を言うと、この二枚のカードは罠カードでも速攻魔法カードでも無かった。

 姫利は気配すら見せていないが、彼女の初手に罠カードは一枚も来ていない。今伏せたカードは何の変哲も無い通常魔法、即ちブラフである。

 二枚のカードをハッタリに使うのは聊か危険だと思ったが、相手は初心者。こうしておけば滅多な事では攻めては来まい。今の攻防で彼も実力の差は理解しただろうし、尚更だ。

 《ヴォルカザウルス》という脅威(リアル)と、二枚の伏せカードという脅威(ブラフ)。相手の心を縛る、虚と実の鎖――。それは姫利の目論見通り、少年の心を絡め取ったらしく、彼は苦しげな表情を浮かべていた。

「ぐ、うぅ…。二枚ッスか…。ボクのターン…!」

 震える手と心を声で誤魔化し、少年はデッキに手を伸ばす。ここから彼がどんな手を打ってくるかのか?――は、神にも読めぬ領域だろう。

 

 

「薄幸の乙女」 モンスター

光属性 魔法使い族 ☆2

攻撃力400 守備力」300

このカードは表側攻撃表示で存在する限り戦闘によっては破壊されない。

このカードが表側攻撃表示でフィールド上に存在する限り、このカードと戦闘を行ったモンスターは表示形式の変更と攻撃ができなくなる。

 

『デュオレオン』 モンスター

地属性 獣族 ☆5

攻撃力2100 守備力1400

効果:手札にある「デュオレオン」を二枚相手に見せて発動する。手札から「デュオレオン」二体を特殊召喚できる。

この効果を発動したターン、自分は通常召喚を行う事ができない。

 

「ガード・ブロック」 通常罠

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。

その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

「No.61 ヴォルカザウルス」 エクシーズ

炎属性 恐竜族 ランク5

攻撃力2500 守備力1000

効果:レベル5モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。

選択した相手モンスターを破壊し、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

この効果を発動するターン、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できない。

 

【少年】

LP:8000→6300→5900

 

【ヴォルカザウルス】

エクシーズ素材:2→1

 

 

「ふ、ふふん…。まだまだ、勝負はここからだよ」

 強がりという言葉を表現するような笑みを浮かべ、少年は手札から二枚のカードを選び、場に伏せる。

「モンスターを伏せカードを一枚ずつセットして、ターンしゅりゅ―……終了!」

「あら、もう終わり? お姉さん、坊やが攻めるの期待したんだけどな~」

「う、うっさい! 君子危うきに近寄らず、だよ!」

「へー、難しい言葉知ってるのね。けど、この場合は虎穴に入った方が正解なのよね。私のターン!」

 自分でも意地悪いとは思いながら、姫利はさっさと自分のターンを開始する。

 少年の心理はともあれ、モンスターを裏守備表示でセットされては《ヴォルカザウルス》の効果で破壊する事はできない。そう言う意味では、少年の行動は有効な防御法ではある。

「でも、甘いのよね。伏せカードオープン、光の護封剣を発動するわ」

「な…、はぁ!? 通常魔法!? だってさっき罠って――、」

「うん。言ったけど、それが真実とは限らないのがカードゲームなのよね。さて、護封剣の効果で裏守備モンスターを表にさせて貰うわよ」

 悠々と語りながら、姫利は少年のセットモンスターを表にする。

 セットモンスターの正体は《スケルエンジェル》。カードを一枚ドローするというシンプルなリバース効果を持つモンスターだ。

(スケルエンジェルね…。んー、ヴォルカザウルスの効果で破壊するのは、ちょっと勿体無いかな?)

「よし、リバース効果でカードを一枚ドローするよ」

 少年は揚々とカードを引いて手札を補充する。何か良いカードでも引いたのだろうか、口元が僅かにニヤけていた。

「そうね…。手札から《岩兵モーア》を召喚するわ」

 姫利が新たに呼び出したのは、攻撃力1400の下級モンスター。攻撃力は決して高くは無いが、相手のモンスターの守備力は更に低い。十分だ。

「バトルフェイズ。岩兵モーアでスケルエンジェルを攻撃するわ」

 少年の伏せカードを恐れる事無く、姫利は攻撃を宣言する。この時点では少年は動かず、役目を終えた《スケルエンジェル》は破壊される。

「さて、問題はこれが通るかだけど……ヴォルカザウルスで直接攻撃よ!」

「罠カード、ドレインシールドを発動! その攻撃を無効にして、ヴォルカザウルスの攻撃力分のライフを回復するッス!」

 ここで少年は動く――が、ライフを回復された所で、姫利に損害は無い。むしろカード一枚分を消耗させたという点で姫利に有利となったとも言える。

 最悪、《ヴォルカザウルス》が罠で破壊される可能性も考えてはいたが、この様子ではそれも無さそうだ。姫利は着々と少年の手の内を考察しつつ、静かにターンを終了した。

 

 

「光の護封剣」 通常魔法

効果:相手フィールド上に存在するモンスターを全て表側表示にする。

このカードは発動後、相手のターンで数えて3ターンの間フィールド上に残り続ける。

このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上に存在するモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 

「スケルエンジェル」 モンスター

光属性 天使族 ☆2

攻撃力900 守備力400

リバース:自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

『岩石モーア』 モンスター

地属性 岩石族 ☆3

攻撃力1400 守備力1500

効果:このカードが表側表示で自分のフィールド上に存在する限り、自分フィールド上の「ガイアパワー」は相手がコントロールするカードの効果では破壊されない。

 

「ドレインシールド」 通常罠

効果:相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分の数値だけ自分のライフポイントを回復する。

 

【少年】

LP:5900→5400→7900

 

 

「ボクのターン!」

 膨大なライフを得た事で、揺れていた心が落ち着いたのだろう。相変わらず不恰好な動作だが、カードを引く少年の顔は落ち着いていた。

 落ち着いてはいたのだが――。

「モンスターを裏守備表示で出して、ターンエンドだよ」

 その戦術は今までと変わらず、守備に特化している。と言うより、攻める手がないと見るべきだろう。

 拍子抜けするような思いだったが、そこは初心者、仕方ないと言うべきか。姫利は吐息して、予想以上に早く戻ってきた自分のターンを開始した。

「私のターン」

 もともと初心者に負ける気はしなかった姫利が、この数ターンのやりとりでその思いは確信に変わった。

 恐らくこの勝負、あと数ターンで決着がつく。それも自分の勝利で。

(…まあ、仕方ないわね。私も少し大人気なかったかも知れない)

 思いながらも、手を緩める気は微塵も無い。この場にいる誰にも、恐らくは少年自身にも勝負の行く末は見えた筈。

 ここに至っての手加減に意味は無い。ただ相手を嬲るだけの、返って卑劣な行為だ。

「行くわよ! まずは岩兵モーアで、裏守備モンスターを攻撃するわ!」

 先程と同様、一番槍は攻撃力の低い《岩兵モーア》に任せる。少年の裏守備モンスターは《暗黒のミミック LV1》。先程の《スケルエンジェル》と同様、リバース時にカードを一枚ドローする効果を持つモンスターだ。

「ミミックの効果で、カードを一枚ドローするよ!」

「けど――、これで場ががら空きになったわね。ヴォルカザウルスで直接攻撃するわ!」

 強烈な一撃が通り、先のターンで少年が回復したライフがそのまま飛んでいった。

「…バトルフェイズを終了してて、ターンエンド。坊やのターンよ」

 ここまで、姫利のライフにダメージは無い。少年が終始守りの姿勢なので無理もない事だが、やはり何処かしらけた空気だ。

 だからだろう。彼女はエンドを宣言すると、こんな質問を彼に投げかけた。

「…ねえ。このタイミングで聞くのも何だけど、そのデッキって、どういうコンセプトなの?」

「どんなデッキかって?」

 或いは何も考えずに組んだデッキかも知れないと思いながらも聞いてみると、少年はニヤリと笑って、静かに答えた。

「…初心者でも、お姉ちゃんに勝てるデッキ」

 その表情には負けを認める様子は無く、むしろ何か、逆転の策でも秘めているかのような色が垣間見える。

 それにしても、初心者でも勝てるデッキとは何と大きく出た事か。押されているこの状況でこれほど強気な言葉が出てくるとは、姫利にとって意外だった。

「お姉ちゃんさ、多分誤解してると思うんですよね」

「誤解…?」

「そ。ボクは別にお姉ちゃんをおちょくる為にデュエルを挑んだ訳じゃないッスよ? 本気で勝とうとして、勝つ為の作戦を練った上で挑んだんだよ」

 その瞬間――。姫利は少年が纏う空気が、変化するのを感じた。

 これまでの子供染みた幼い空気から、獲物を見据える狩人の空気へ。或いは気配と言うべきかも知れない。この少年は何らかの企みで自分を陥れる気だという、何の根拠も無い直感――。

「例えば、ですよ? ちょっと極端な話をするけど、例えば――…もし初手にあのカードを全部揃える事ができる決闘者が居た場合…、例えプロの決闘者だろうとお姉ちゃんだろうと、勝つ事はできないと思いません?」

「ちょ、ちょっと待って? あのカードって、何の事を言ってるの?」

「…エクゾディアの事ッスよ」

 名前を告げられた瞬間、背筋が凍りつくかのような錯覚を、姫利は抱いた。

「……は?」

「ボクもさ、まともに戦ってお姉ちゃんに勝てるなんて思っちゃいないよ。けど、もしボクのライフが尽きるまでにエクゾディアのパーツを揃える事ができれば、どんな相手だろうと勝つ事ができる」

「……まさか、あんた…」

 思わず素の口調が出た事にも気付かぬまま姫利は考えを整理し、理解した。これまでの少年の動きを見る限り、それを狙っている可能性はあると。

「結論から言うよ。ボクの狙いは初めからエクゾディアによる逆転勝利。真正面から攻める気なんて毛頭無し。…まぁエクゾディアを買い揃える為にお小遣いを注ぎ込んだんで、サーチカード無しの引き運任せデッキになっちゃったんだけどね」

「……っ」

「ちなみに……エクゾディアのパーツを初手で全て揃える確立って、数十万分の一レベルの話らしいね。運の良さには自信ある方だけど、流石に初手で全部揃えるのは無理だったよ」

 けどさ。と、少年は自分の手札をちらりと見やり、不敵に口元を吊り上げた。

「初手の時点で手札に来たパーツは二枚。さっきのスケルエンジェルの時に更に一枚。つまり、あと二枚のパーツが来ればボクの勝ちって訳だけど――」

 そこで一旦言葉を止め、少年はデッキに手を伸ばした。

 姫利は既にエンドを宣言し、今は彼のドローフェイズ。新たに呼び込んだカードを一瞥すると、少年は「見て見て」とばかりにそのカードを公開した。

「これで、あと一枚――!」

 そのカードは、《封印されし者の左腕》。紛れも無く、エクゾディアを構成するパーツの一つだった。

「以上が、お姉ちゃんの誤解の説明です。お姉ちゃんは確かに強いと思うけど、こと運に関しては――…多分、ボクの方が上だと思うよ」

 見せたエクゾディアのパーツを手札に納め、もう一度「あと一枚」と呟くと、少年は手札から別のカードを選び、場にセットする。

「このターンもボクはモンスターを裏守備表示で出して終わりにするよ。さ、今度はお姉ちゃんのターンだよ。場合によっては、多分最後のね」

 さらりと皮肉を言って少年はターンを終了する。

 気のせいだろうか。姫利にはその少年の姿が、子供の皮を被った悪鬼に見えた。

 

 

「暗黒のミミック LV1」 モンスター

闇属性 悪魔族 ☆1

攻撃力100 守備力1000

リバース:デッキからカードを1枚ドローする。

また、自分のターンのスタンバイフェイズ時、表側表示のこのカードを墓地に送る事で「暗黒のミミック LV3」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。

 

「封印されし者の左腕」 モンスター

闇属性 魔法使い族 ☆1

攻撃力200 守備力300

テキスト:封印された左腕。封印を解くと、無限の力を得られる。

 

【少年】

LP:7900→5400

 

 

(エクゾディアですって? パーツが手札に四枚あるですって!? ――いいえ、まさか!)

 心が揺れているのを感じながら、姫利は勢いよくカードをドローする。その心の乱れの原因は、無論、少年の放ったエクゾディア宣言である。

 だが、エクゾディアデッキは各パーツをサーチするか、或いは相手を無視していると侮蔑される程の大量ドローを行い、半ば無理やりに揃えるのが基本だ。

 引き運だけでパーツ全てを揃えるなど考えられず、この短時間でそのうち四枚を手中に収めたとは考えにくい。

(まず無い…。まず、ブラフ。エクゾディアが狙いって言うのは本当だとしても、サーチも使わずに、この早さで手札に四枚なんて考えられない)

 とは思いながらも、少年が放つ異様な雰囲気が、姫利を掴んで放さない。ましてや相手は自分からエクゾディア狙いを公言したのだ。姫利の常識や経験では、その時点でまずありえない事だった。

(どちらにしても、決着は急いだ方が良さそうね…。幸い、あの子の場にはモンスターしかいない。冷静に、迅速に……やれる!)

 時間を与えれば、相手は遅かれ早かれエクゾディアを揃えてくる。

 もしこんな形で負けようものなら、とんだ笑い話だ。例えラッキーパンチだとしても、当たる訳にはいかない。

「賢者ケイローンを召喚して、バトルフェイズ! 岩兵モーアで裏守備モンスターに攻撃するわ!」

 とは言え、攻撃力が最も低いモンスターで攻撃したのは軽率だった。少年がにやと笑って、セットモンスターを翻す。

「ところがどっこい、磨破羅魏です…!」

 そのモンスターは守備力1700のスピリットモンスター、《磨破羅魏》。攻撃が弾かれた上に、そのモンスター効果によって次のターンに少年は最後のパーツを引く確立が僅かに上昇してしまった。

「んっふふふ、急いだ方がいいッスよ~? ボクの勘だと、次のターンには最後の一枚を引き当てる筈ですから」

「…子供の癖に、口が上手いじゃない」

 先程は微塵も感じなかったプレッシャーを、一気に被せて来る少年。姫利は自分が焦っている事を実感した。

「なら、今度は賢者ケイローンで磨破羅魏を攻撃するわ!」

 二度目の攻撃で漸く壁を破壊し、再びがら空きとなった少年の場。そして姫利の場には、攻撃可能なモンスターがもう一体。

「もう一撃、ヴォルカザウルスで直接攻撃!」

「むぐっ…!」

 当然、攻撃そのものは通る。だが致命傷ではない。

 少年のライフが残る――それ即ち、次のドローフェイズで最後のパーツを引かれる可能性もあると言う事だ。凡そ4%程度、砂粒ほどの小さな確立ではあるが。

「ターン、エンド…」

 このターンでの勝利は不可能。だが次のターンには、相手のライフを削りきる自信がある。

 姫利は次の自分のターンが訪れる事を願いながら、静かにターンを終了させた。

 

 

「賢者ケイローン」 モンスター

地属性 獣戦士族 ☆4

攻撃力1800 守備力1000

効果:手札の魔法カードを1枚捨てる。

相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。この効果は1ターンに1度だけ使用する事ができる。

 

「磨破羅魏」 モンスター

地属性 岩石族 ☆4 スピリット

攻撃力1200 守備力1700

効果:このカードは特殊召喚できない。召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。

このカードが召喚・リバースしたら、次の自分のドローフェイズ時、ドロー前にデッキの一番上のカードを1枚見てデッキの一番上か下に戻す。

 

【少年】

LP:5400→2900

 

 

「さてと。じゃあカードを引く前に、磨破羅魏の効果でデッキの上のカードを確認させてもらうよ」

 にっと笑いながら少年はデッキの一番上のカードを捲る。

 先程の言葉がハッタリでない場合、あのカードが最後のパーツならここで勝敗が決定する。姫利は心臓を高鳴らせて、彼の表情の変化を凝視した。

「…うん、残念。じゃあこのカードはデッキの一番下に戻すよ」

 さっとカードをデッキの下に置く少年。これで第一の危機は去った。

 安堵の息を吐く姫利。――だが、まだ彼にはカードをドローする権利が残っている。

「んじゃ、ドローしますか」

 緊張の一瞬。少年は姫利の表情を楽しむように伺いながら、己のデッキに手を伸ばす。

 この引き次第で、自分は負ける。そう思うと、テーブルの上に詰まれたカードの束が死神の札に見えてくる。

 その札に伸びる少年の手は、差し詰め死神の手と言った所か。慣れない指の動きまでもが、恐ろしいものに見えてくる。

 そして、無邪気な死神は引く。まるで最後のパーツを引くのは必然と言わんばかりに、ぎらぎらと目を光らせながら。

「ドロー!」

 笑いながらカードを引く少年。だが、その笑みはカードを確認した瞬間に落胆の色に染まる。

 引けなかったか。そう見て安堵する姫利をよそに、少年は「まあいいか」とそのカードを手札に収める。

「…慌てなくても、そのうち引けるもんね。モンスターをセットして、ターンエンド。護封剣の効果も終了ですね」

 強がりを言いながらカードをセットする少年。そのカードが今手札に加えたばかりのカードである事を、姫利は見逃しはしなかった。

 

 

「私のターン…」

 無論、状況は――言うまでもなく、姫利の方が圧倒的に有利である。

 実力と経験は元より、他のあらゆる点で彼女は少年を上回っているのだ、エクゾディアという不確定要素が無ければ、本来彼女に敗北はありえない。それが現実だ。

 だが、少年は夢を追う。まともに戦って敗れる現実を拒絶し、奇策で勝利するという夢にかけた。

 故に。有利な立場にありながらも姫利の心に安堵は無い。どんな馬鹿な夢であろうと、子供には、それを叶える未知数の力があるのだ。

「けど、これで終わらせる。永続魔法、《大地の恩恵》を発動するわ!」

 負ける訳にはいかない。決意は揺らがず、姫利は手札からカードを発動させた。

「このカードが存在する限り、私の場の地属性モンスターの攻撃力は400ポイントアップする! そしてバトル、ケイローンで裏守備モンスターを攻撃するわ!」

 少年の場に伏せカードは無く、攻撃自体はほぼ通る。このセットモンスターを破壊して、残る二体で直接攻撃すれば、姫利の勝利は決定する。

 が、ここまで来ると、少年も粘ってくる。

「ボクのモンスターは薄幸の美少女。破壊はされるけど、お姉ちゃんのバトルフェイズは強制終了されるよ」

「ちっ…」

 所詮は一時凌ぎに過ぎないが、状況はその一時が重要になってくる。あと一歩の所まで追い詰めていながら――…。

 姫利は唇を噛んで、ターンの終了を宣言する。次のターンこそと胸に誓い、まだ大丈夫だろうと自分に言い聞かせながら。

 

 

『大地の恩恵』 永続魔法

効果:自分フィールド上に表側表示で存在する地属性モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。

 

「薄幸の美少女」 モンスター

光属性 魔法使い族 ☆1

攻撃力0 守備力100

効果:このカードが戦闘によって墓地に送られた時、そのターンのバトルフェイズは終了する。

 

 

「よーし、今度こそ……引き当てる!」

 状況は姫利が有利だが、流れは少年に傾きつつある。その事に本人も気付いているのだろう。デッキに手を伸ばすその姿は、やはり自信に満ちていた。

 が――…、ここでも引けない。少年は舌打ちして、そのカードを手札に加える。

「待ち人来たらず、か。いやはや、格好良くいかないもんだねぇ」

「そりゃね。カードを引くだけで勝てるゲームじゃないんだもの」

「ふふん。ま、もう一度デートに誘ってみるまでですよ。次のドローフェイズにでもね」

 言いながら、少年はこれまでと同じ動作を行う。

「モンスターをセットして、ターン終了。さ、どうぞお姉ちゃん」

 にやりと笑う少年。あくまで彼は、エクゾディアでの勝利に拘るつもりのようだ。

 

 

「私の…、ターン」

 とは言え、姫利とて凡庸な決闘者では無い。

 少年が何度も機会を逃しているうちに、図らずも別の対策を手にするのは、当然の話だ。

(っ…。このカードは…)

 彼女が引いたのは《メタモルポット》。互いの手札を全て捨て、代わりに五枚のカードをドローできる強力な効果を持つが、今回の場合はむしろ少年の手札を捨てさせる効果の方が有り難い。

 エクゾディアは手札にサーチする手段こそ豊富だが、一度墓地に送られたパーツを回収する事には長けていない。

 ましてや複数墓地に送られたとなれば壊滅的だ。そう言う意味では《メタモルポット》は単純ながら効果的なメタカードであると言える。

(OK、これであの子のエクゾディアを潰す手ができたわ)

 この状況で、姫利に迷いは無かった。表情で狙いを読まれないよう注意しながら、《メタモルポット》を場にセットする。

「バトルフェイズに入る前に、モンスターをセットするわ」

「…ふ~ん。裏守備ねぇ」

 少年は眉をしかめる。このデュエルが始まってから初めて姫利がモンスターをセットした事に、嫌なものを感じたのだろうか。

「いくわよ! ケイローンで、裏守備モンスターを攻撃するわ!」

 間髪置かず姫利は攻める。

 《メタモルポット》はあくまで保険に過ぎない。ここで攻めきれるなら、それに越した事は無いのだが――、

「ボクのモンスターは柴戦士タロ。戦闘では破壊されないッスよ」

 ここに来て彼は、戦闘破壊耐性を持つモンスターを出してきた。

 思わず舌打ちする姫利だが、内心ではそれほど焦ってはいない。既に次の手は、用意できているのだから。

「…ヴォルカザウルスの効果で、柴戦士タロを破壊して、攻撃力分のダメージを与えるわ」

 一先ずは壁の破壊と微量のダメージを与えて、姫利はターンを終了する。

 後は次の少年のターンを凌げば、彼のエクゾディアは崩壊する。そうなれば、もはや勝ったも同然だ。

(次のターンさえ…)

 心で呟き、彼女は少年のデッキに目を向ける。

 全ては、次のターンにかかっている。

 

 

「メタモルポット」 モンスター

地属性 岩石族 ☆2

攻撃力700 守備力600

リバース:お互いの手札を全て捨てる。その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。

 

「柴戦士タロ」 モンスター

地属性 獣戦士族 ☆2 チューナー

攻撃力800 守備力600

効果:このカードは戦闘では破壊されない。

フィールド上に存在するカードが戦闘またはカードの効果によって破壊された時、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを持ち主の手札に戻す。

 

【少年】

LP:2900→2100

 

 

「…なんかさ。空気が変わったよね、今」

 少年はデッキに伸ばした手を一度引っ込め、姫利に話掛ける。人の心を覗き込むような、不思議な眼差しを彼女に向けて。

「具体的にはお姉ちゃんがカードを引いた瞬間かな。あの時の、お姉ちゃんの周りにいる人達の反応……な~んか引っかかるんだよね。安堵っていうか喜悦っていうか」

「………」

 鋭い。表情も視線も動かさないまま、姫利は内心戦慄していた。

 壁を背にしている少年と違い、姫利の手札はギャラリーに常に見られている。当然、《メタモルポット》を引いた際も例外では無い。

 少年の狙いを一撃で崩し得るカードを引いた事で、彼らの表情が僅かに動いたのだろう。その一瞬の変化を、少年は見逃さなかった。

 その原因がセットしたモンスターにある事も気付いただろう。カマを掛けてきた所を見るにその正体が《メタモルポット》である事まではわかっていない筈だが、一刻の猶予も残されていない事は感じているようだった。

「…まあ、あれだけもたもたしてたら手も回してきますか。と言って、やる事は一つしかないけどね。このドローで、エクゾディアを揃えて見せる」

 警戒したのも束の間、少なくともこのターンは何もあるまいと判断したらしい少年は、にやと笑って再びデッキに手を伸ばした。

「来い、腕――!」

 幼い指がカードを挟み、その正体を少年の目に晒す。それを見た少年の表情には――…明らかな、落胆の色が見て取れた。

 その表情の意味するところは言うまでも無く、姫利は再度安堵する。この窮地さえ凌げば、後は容易なのだから。

「にいぃ、憎らしい…! なんで!? あと一枚なのに…!」

「フラれたわね。それで、どうすんの?」

 にやりと笑みを返し、姫利は問う。少年は「ぐぬぬ」と悔しげな表情で、手札から一枚のカードを抜き取った。

「次こそ、次のターンこそ引き当てて見せるよ。モンスターをセットして、ターンエンド!」

 その次のターンはあるのかしら。言いかけて、言葉を飲み込む姫利だった。

 もう少年の戦術は破綻したも同然なのだ。ここで虐めてやる事は無い。今は余計な事を考えず、描いた戦術を実行するだけだ。

 

 

「さて、そろそろ快進撃といこうかしら。ドロー!」

 引き当てた《神の警告》を素早く手札に収め、姫利は早速行動に移す。言うまでも無く、少年のエクゾディアを抹殺する為の行動にだ。

「裏守備表示のメタモルポットを攻撃表示に変更! リバース効果によって、お互いの手札を全て捨ててカードを五枚ドローするわ!」

 おお、と湧き上がる周囲の声には気付かず、姫利は少年の表情の変化に目を向ける。

 勝利の為の唯一の手段が崩れたのだ。その表情は驚愕に絶望、混乱に彩られると思われたが――…少年はその何れの色も見せず、にやりとほくそ笑んでいた。

 開き直りでも、潔さでもない。その行動を待っていたと言わんばかりの気配に、姫利は思わずゾッとする。

「メタモルポット、ね…。成程? それでボクのエクゾディアを封じに来た訳ッスか」

「…そうよ。あんたの手札に実際何枚のパーツがあるのか知らないけど、これでそのデッキは殺したわ」

「うん…。そこなんッスけどね」

 くくく、と気味の悪い声で笑いながら、少年は手札のカードを全てテーブルに落とした。

 それらのカードを見て、姫利は思わず「はぁ?」と声を漏らす。

「ボクの手札は封印されしエクゾディアと――…《暗黒界の軍神 シルバ》が二枚、《暗黒界の武神 ゴルド》が一枚、《暗黒界の魔神 レイン》が一枚。…以上です」

「な、バッ……暗黒界ですって!?」

 声を荒げ、思わず立ち上がる姫利。だがそれも無理もない事だった。

 今の今までエクゾディアを狙っていると思っていた相手が、手札に暗黒界を溜め込んでいるなど思いも寄らない。しかも先程見せられた筈の《封印されし者の左腕》が、少年の手札から消えているという事実もある。

 彼女が呆気に取られている間に、少年はさっさと暗黒界の効果を処理していく。

「捨てられた暗黒界の四体をボクの場に特殊召喚して、効果発動! まずゴルドの効果でお姉ちゃんの伏せカードと大地の恩恵を破壊して、レインの効果でモンスターを全て破壊! 更に二体のシルバの効果で、手札を四枚デッキに戻して貰うよ!」

「な、な……なんで? なんで、暗黒界…? あんた、エクゾディアデッキだったんじゃ…」

 まだ事態を整理できない姫利には、少年の「あれは嘘だよ」という言葉もすぐには理解できなかった。

「いくらボクが初心者でも、真剣勝負の最中にデッキの情報をペラペラ喋る事はしませんて。まあエクゾディアを入れてるのは確かだけど、本命じゃないんだよ。むしろこのデッキでは舞台を彩る小道具に過ぎないね」

 これまで以上の饒舌で語る少年。「小道具」の一語に少年の真意を感じた姫利は、「まさか」と一言呟いた。

 エクゾディアを臭わせる、これまでの少年の言動は、この状況を生み出す為の演出、演技に過ぎなかったのだ。

 彼の本当の狙いは、幻影のエクゾディアを葬る為に姫利が使用した《メタモルポット》ただ一つ。互いの手札を全て捨てる効果を逆手に取り、暗黒界による不意打ちをする事にあった。

「これでお姉ちゃんの場はがら空き、手札も一枚のみ。こんな圧倒的有利な状況ならエクゾディアなしでも勝てるんじゃないかな」

「く…ッ」

 

 

「封印されしエクゾディア」 モンスター

闇属性 魔法使い族 ☆3

攻撃力1000 守備力1000

効果:このカードと「封印されし者の右足」「封印されし者の左足」「封印されし者の右腕」「封印されし者の左腕」が手札に全て揃った時、デュエルに勝利する。

 

「暗黒界の軍神 シルバ」 モンスター

闇属性 悪魔族 ☆5

攻撃力2300 守備力1400

効果:このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、このカードを墓地から特殊召喚する。

相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手は手札を2枚選択して好きな順番でデッキの下に戻す。

 

「暗黒界の武神 ゴルド」 モンスター

闇属性 悪魔族 ☆5

攻撃力2300 守備力1400

効果:このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、このカードを墓地から特殊召喚する。

相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手フィールド上に存在するカードを2枚まで選択して破壊する事ができる。

 

「暗黒界の魔神 レイン」 モンスター

闇属性 悪魔族 ☆7

攻撃力2500 守備力1800

効果:このカードが相手のカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、このカードを墓地から特殊召喚する。

この効果で特殊召喚に成功した時、相手フィールド上に存在する全てのモンスターまたは全ての魔法・罠カードを破壊する。

 

 

「――…まあ、分の悪い賭けではあったけど、これでボクの目的も達成された訳だよ。もちろん、その残された一枚のカードで逆転されるようなら、流石に諦めるしかないけどね」

 やられた。子供にしてやられた事よりも、あと一歩のところから逆転を許してしまった自分に腹が立ったが、今更悔やんでも仕方ない。

 幸い、姫利のライフは減っておらず、手札に残ったカードは《ダンディライオン》。僅かとは言え更なる逆転も出来なくもない。

 ――が、姫利はその可能性を放棄した。諦めたように大きく吐くと、静かに、デッキの上に手を乗せる。

 周囲がどよめく。姫利が取った行動はサレンダー。勝利を諦め、敗北を受け入れるという意思表示だった。

「…負けよ。私の」

「あれ、諦めるんですか…? 皮肉で言うんじゃないけど、お姉ちゃんの腕ならここからでも逆転できてもおかしくないと思うんだけど?」

 観客の思いを代弁するように、少年が問う。姫利のサレンダーに不満がある様子だったが、姫利は首を横に振った。

「その可能性も、まあ無くはない……と思う。けど、それで逆転して勝っても、意味がないのよ」

「んぇ…?」

「初心者に一杯食わされた後で、運良く私が勝てたとしても、格好悪いだけじゃない。だから、このデュエルは私の負け。格好悪くなった時点で、決闘者は負けなのよ」

 それでもまだ納得のいかないらしい少年の視線を感じながら、姫利は使用したカードをデッキに戻す。

「…中途半端でごめんね。でも、貴方の勝ちよ」

 静かに告げると、姫利は無言で席を立った。

 彼女が負けを認めた以上、その背を呼び止める声などある筈も無い。少年も、呆気に取られた様子で彼女が店を出るのを見送った。

「……にゃるほど。プライド高いんスねぇ、意外と」

 けど。少年は小さく呟いて、先のターンにセットしていたモンスターを捲った。

 そのモンスターは、数ターン前にドローしていた《封印されし者の左腕》。彼にとっては、なるべく場に出したくない筈のカードだった。

 もし姫利が《メタモルポット》の効果を急がず先に攻撃を行っていれば、少年の計画は露見し、勝負は姫利の勝利に終わっていただろう。少年は額の汗を拭いながら、ほっと吐息した。

「危なかったぁ…」

 姫利の気紛れ一つで負けていたデュエル。とは言え、彼は勝利した。

 少年はさっさとデッキを纏めると、姫利を追うように店を出る。後には奇妙なデュエルを見せ付けられた者達の、熱気ある声が残っていた。

 

 

 

――――

 

【デッキ紹介】

 

N0.1

デッキ名:「試験用ガイアビート」

使用者:春川姫利

切り札:不明

コンセプト:名前の通り地属性モンスターを主軸としたデッキ。《ガイアパワー》や《大地の恩恵》でモンスターの攻撃力を底上げして一気に攻める短期決戦型。

状況に応じてエクシーズ召喚やシンクロ召喚も行い、汎用性は十分。しかし今回は相手が変則的なデッキだった事などもあって性能を最大限には発揮できなかった様子。

ちなみに、このデッキは姫利の本命デッキを調整する際に使うテスト用デッキである。今後の登場? 多分ない。

 

No.2

デッキ名:「エクゾディアデッキ!」

使用者:少年

切り札:暗黒界シリーズ

コンセプト:エクゾディアデッキと相手に思わせる事で《メタモルポット》や《手札抹殺》の発動を促し、本命の暗黒界で相手の場や手札をボロボロにするという誰もが一度は考えそうなデッキ。

相手が《メタモルポット》等を使ってくる前提で組まれており、真面目に戦って勝てるデッキではない。良くも悪くも運と心理戦に特化した受身型のデッキ、という事にしておこう。

そもそも相手がのデッキに《メタモルポット》が無ければ機能せず、また相手の手札にそれが無かった場合は何もできずにひっそりと敗北する事になる。ネタデッキと呼ぶ事さえ憚られる一発ギャグ。このデッキを使うくらいなら素直に恐竜デッキを使った方がいいだろう。

しかし型にはまって勝利した時のインパクトとオシャレ感は凄まじい事この上ない。エクゾディアと暗黒界が合わさって最強に見える。

 




皆さま始めまして、恐竜紳士です。
クロンの呼応第一話、如何でしたでしょうか? 少しでも気に入って下さったら幸いです。
まだまだ不慣れではありますが、今後も我が道を行きつつ良い物を目指し精進したいと思います。ここまで読んで下さりありがとうございました。
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