クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第十話:制限時間

 デュエル開始から僅か四ターン。クロンとソールのデュエルは、早くも大きく動いていた。

 序盤から《邪神》を召喚し、攻撃力を倍化させた上で攻撃を仕掛けるソールに、その攻撃を文字通り跳ね返したクロン。単純な攻防を交える中、ソールのライフは既に四分の一近くにまで低下していた。

 

 

 

【クロン】 LP:8000

手札:3枚

モンスター:トイ・マジシャン(攻撃表示)、裏守備表示×1

魔法&罠:なし

 

【ソール】 LP:2200

手札:1枚

モンスター:邪神ドレッド・ルート(攻撃表示)

魔法&罠:なし

 

 

 

「とは言え、だ…」

 得意の絶頂から一転、瞬く間に窮地に追い込まれたソールは、大きく息を吐いて自分を落ち着かせる。

(あの糞ガキをぶっ殺して俺様が勝利するって結果に変わりはねーが…。正直、苦しいな今の状況は)

 強がりを言う余裕はあるものの、事実、彼女は厳しい状況に立たされていた。

 《魔法の筒》による反射ダメージはもちろんの事、今のやりとりで《巨大化》と《ツイスター》、二枚のカードを不毛に消費してしまった。《ドレッド・ルート》の召喚に手札を割いた事もあり、今の彼女の手札に残されたのは一枚のカードのみ。

 まだ勝負を捨てる段階では無いとは言え…。これまでの様に強気に攻めるには、やや戦力に不安が残る。

(ま、ドレッド・ルートが場に残ってるのは不幸中の何とかだ。じっくりやりゃあ、じっくり勝てる。しばらくは良い子みてーに大人しくしてやるか)

 気楽に考える事で、心の中から焦りを消す。それが彼女の性格であり、強さだった。

 

 

 

 

「ボクのターン、ドロー!」

 続いてクロンのターン。彼は笑みを浮かべながら、新たなカードをドローする。

 今のこの状況。彼が勝利を手する事は――、「容易い」。

 何しろソールの場には《邪神》しかカードがないのだ。これ一枚を除去し、《トイ・マジシャン》とセットモンスターで総攻撃。それで彼女のライフを削り切れれば、それで終わりだ。何も難しい事は無い。

 にも関わらず、クロンはその行動に移ろうとはしなかった。その理由も単純で、要するに手札に《邪神》を除去しうるカードが無いのだ。

 《邪神》の攻撃を防ぎ、逆に強烈なカウンターを叩き込んでいながら……肝心要の最後の一撃が届かない。だが彼は、決してその事を悲観はしなかった。

(ま、焦らずやりましょうか。幸運の女神様も、ボクの味方らしいですし)

 ほくそ笑むクロンの視線の先には、たった今引いたばかりのカード。二枚目の《魔法の筒》だった。

(邪神は確かに厄介なカードだし、あのお姉ちゃんの強さもボクよりずっと上だと思う。…けど、その方が、ボクにとっては有利なんだよね)

 思いながら、クロンは《魔法の筒》を場にセットする。

 わざわざこちらから攻めずとも、ソールが《邪神》で、あるいは彼女のライフ以上の攻撃力を持つモンスターで攻撃してくれば、デュエルは終わる。

 無論、彼女が罠を警戒して攻撃して来ない事も考えられるが、それはそれで罠を仕掛ける側に有利な展開だ。

「トイ・マジシャンを守備表示に変更して……っと。これでボクのターンはエンドのEッス!」

 いずれにせよ、このターンは攻める事はできない。クロンは再度防御を固め、ソールにターンを受け渡した。

 

 

 

 

(なるほどねぇ…)

 続いてソールのターン。彼女はニヤリと口元を吊り上げ、クロンの守備モンスターと伏せられたカードを見る。

(何となく見当はついてたが、こいつのデッキ、かなり守備に偏った構成みてーだな。この状況、しかもあの手札の数で俺様を仕留められねぇとは……フン)

 クロンのデッキの弱点、火力不足を早くも見抜きつつ、次に打つ手を頭の中で組み立てる。

 彼の伏せカードが二枚目の《魔法の筒》である事は知る由も無いが、その可能性もあると彼女は踏んでいた。《邪神》という最強の矛を、ここで動かすつもりは無い。

 と言って。このまま手を拱いているつもりも、彼女にはなかった。

「ククク…。テメェの狙いは読めた。だがそう何度も罠にかかる気はねーんでな。ドレッド・ルートは守備表示にさせてもらうぜ」

「む…」

 まずは《邪神》に防御を取らせ、バトルフェイズを放棄する。それを見て、クロンが一瞬笑みを浮かべたようだった。

 次にソールは今引いたカードと、元から手札にあったカードを、準に決闘盤にセットする。

「更に俺様はモンスターと伏せカードを一枚ずつ出して、ターンエンドだ。さ、テメェのターンだぜ」

「……」

 自分でも珍しいと思う、防御の構え。しかしその中には、確実な勝利を得る為の切り札が隠されていた。

 今回のような攻めるに攻められない状況の為の秘策。相性の悪い相手との戦いを想定した、「秘中の秘」…。

(クク…。罠はもう懲り懲りだからな。攻撃しなくても勝てる方法で、勝たせてもらうぜ)

 思わず漏れる笑みに、クロンが怪訝な表情を浮かべる。たが今のソールにはどうでも良い事だった。

 

 

 

 

「…ふむ」

 クロンは静かにカードを引くと、小首を傾げてソールを見る。

 彼女が罠を警戒して攻撃して来なかった事は予想の範疇だが、最後に見せたあの笑みが、どうにも気になった。

(あの様子じゃこのデッキが罠に特化してる事に気付いたみたいだけど……ボクが見た限り、あのお姉ちゃんのデッキは攻撃特化型。相性は悪い筈なんだけどなー)

 答えはわからないが、どうやら何か企んでいるらしいと見たクロンは、このターンも守りに徹しようと結論する。

 彼女が何を考えていようと、こちらが動かなければ被害は最小で済む。…と言うのが、これまでの経験から組まれた彼の理論だ。

「…よし。まずはトラックロイドを反転召喚ッス!」

 考えた末に、クロンは行動に移る。現れたのは、子供が遊ぶ玩具のようなデザインの大型トラック。戦闘破壊したモンスターを装備し攻撃力を高める効果を持つが、元々の攻撃力が低いので今の状況では役に立たない。

 にも関わらずクロンがこのモンスターを出したのは、このモンスターが《トイ・マジシャン》と同じレベル4モンスターである点に目を付けたからだ。

「いくッスよ~。トイ・マジシャンとトラックロイドを素材にして、ガガガガンマンをエクシーズ召喚ッス!」

「ぐっ…」

 ソールの表情が僅かに曇る。二枚のカードが一つに重なり、現れたのは、ボロボロの黒いマントを纏った人型モンスターだった。

「ガガガガンマンの効果発動! このカードは守備表示の時、エクシーズ素材を一つ取り除く事で、相手に800ポイントのダメージを与える!」

 クロンの宣言を聞くが早いか、《ガンマン》の二丁の銃が火を噴き、ソールに直接ダメージを与える。

 800ポイントという少ないダメージではあるが、残りライフの少ない彼女にとっては決して無視できる数値では無い。攻撃できない状況では、尚更だ。もっとも、その苦衷を理解しているからこそこのモンスターを出したのだが。

「んふふ。獲物が罠に掛からないなら、それはそれで……ね。このまま焼き切るっていう選択肢も、ボクにはある訳でして」

「……チッ。面倒くせぇ戦い方しやがって…!」

 口ではそう毒づくソールだが、その顔にはまだ笑みが残っている。

 やはり何かある。改めて認識すると、彼の警戒心が一層強まる。

「…手札から伏せカードを一枚追加して、ターン終了ッス」

 念の為に守りを追加し、ターンを終えようとしたその瞬間。待っていたかのように、ソールの伏せカードが翻った。

「ククク…! この瞬間、罠カード、ウィジャ盤を発動するぜぇ!」

「なっ――!?」

 予想外の展開だった。

 彼女が発動したカードから、不気味な霊応盤が出現し、ソールの背後に浮遊する。

 霊応盤。アルファベットや数字が刻まれた、文字通り霊との対談に用いられるオカルト道具の事だが、彼女が発動した永続罠《ウィジャ盤》は、そのイメージに合った効果を持つ。

「知ってると思うが、こいつはテメェのエンドフェイズ毎に文字を俺様の場に残す。そしてD、E、A、T、H、つまり死を意味するメッセージが完全した時、テメェは強制に敗北するって訳だ」

「…なるほど、それがさっきの笑顔の理由って訳ですか」

 笑って答えるクロンだが、その内心では焦りを感じていた。

 《ウィジャ盤》は言うなれば魔法・罠カード版の《エクゾディア》のようなものだが、各パーツを自らの効果でサーチするという強みがある。

 一方で《サイクロン》のような除去カードで簡単に破壊できるという欠点もあるが、手札にそれを可能にするカードは無い。

 彼女がどのような思考を重ねて《ウィジャ盤》を採用するに至ったのかは、この際問題ではない。重要なのは、これで勝負は必ずしもクロンの有利とは言えなくなった事だ。

 ソールの場にまずは「D」の文字が浮かび上がり、次いで二文字目の「E」が出現する…。

「今回のエンドフェイズでDとEのメッセージが出た。残り三文字、つまりあと三ターンで全ての文字が揃い、俺様の勝利が決まるって事だ」

「…そう、なりますね」

 小さな声で返しながら。クロンはまた、この状況を覆す策を考え始めた。

 

 

 

 

 「トラックロイド」 モンスター

 地属性 機械族 ☆4

 攻撃力1000 守備力2000

 効果:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターを装備カード扱いとしてこのカードに装備する。

 このカードの攻撃力は、装備したモンスターカードの攻撃力分だけアップする。

 

 「ガガガガンマン」 エクシーズ

 地属性 戦士族 ランク4

 攻撃力1500 守備力2400

 効果:レベル4モンスター×2

 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このカードの表示形式によって以下の効果を適用する。

 ●攻撃表示:このターン、このカードが相手モンスターを攻撃するダメージステップの間、このカードの攻撃力は1000ポイントアップし、その相手モンスターの攻撃力は500ポイントダウンする。

 ●守備表示:相手ライフに800ポイントダメージを与える。

 

 「ウィジャ盤」 永続罠

 効果:相手のエンドフェイズ毎に、手札・デッキから「死のメッセージ」カード1枚を「E」「A」「T」「H」の順番で魔法&罠カードゾーンに出す。

 自分フィールド上の「ウィジャ盤」または「死のメッセージ」カードがフィールド上から離れた時、自分フィールド上のこれらのカードを全て墓地へ送る。

 全ての「死のメッセージ」カードが自分フィールド上に揃った時、自分はデュエルに勝利する。

 

 「死のメッセージ「E」」 永続魔法

 効果:このカードは「ウィジャ盤」の効果でしかフィールド上に出す事ができない。

 

 

 【ソール】

 LP:2200→1400

 

 

 【ガガガガンマン】

 エクシーズ素材:2→1

 

 【ウィジャ盤】

 D-E

 

 

「俺様のターン!」

 《ウィジャ盤》を発動した事でクロンの意表を突く事は出来たが、とは言え、苦しい状況には違いない。

 全ての文字が出揃うまで三ターン、残り少ないライフで耐える事ができるのか? …と言うのが、彼女の第一の課題だった。

(あの様子じゃ手札にサイクロンや大嵐なんかはねーだろうが……こうなりゃ奴も必死だ。ウィジャ盤が完成するまでに俺様にトドメを差しに来るのは確実だし、難しい事でもねぇだろう)

 先程の《魔法の筒》によるダメージが、大きな重荷になってくる。

 例えば次のターン、彼が二体目の《ガガガガンマン》をエクシーズ召喚した場合、それだけでソールのライフは消し飛ぶ事になる。

(一か八か邪神でガンマンを攻撃するって手もあるが、賭けに出るにはタイミングが遅すぎる。…くそッ、せめて奴の伏せカードを何とかできりゃ話が早いんだが…)

 慎重に場を分析しながら、漸く今引いたカードに目を向ける。…《ダブルコストン》。邪神のアドバンス召喚をサポートする為に投入したカードだった。

(チッ、クズカードが…! これじゃあ動きようがねぇじゃねーか…!)

 状況が状況なだけに、ソールの怒りは激しい。当たり散らすように《ダブルコストン》を決闘盤に叩き付け、叫んだ。

「モンスターをセットして、ターンエンド! テメェのターンだ!」

 

 

 

 

 「ダブルコストン」 モンスター

 闇属性 アンデット族 ☆4

 攻撃力1700 守備力1650

 効果:闇属性モンスターを生け贄召喚する場合、このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる

 

 

 

 

「ボクのターン!」

 客観的に見れば、やはり状況はまだクロンの方が有利だろうか。

 《ウィジャ盤》が完成するまで、このターンを含め三ターン。この三ターンという制限時間が、思っている以上に長いのだ。要するにそれまでにソールを倒すか、《ウィジャ盤》を破壊すればいいだけの話なのだから。

 そしてもう一つ、クロンにとって有利な事は、「運」が彼の背中を支えているという点だろう。

「よしっ! 魔法カード、封印の黄金櫃を発動!」

「げっ…!」

 ここに来て彼がドローしたのは、時間差はあるもののデッキから任意のカードをサーチする事ができる魔法カード。彼は決闘盤からデッキを外し扇状に広げると、その中から一枚のカードを選び、悪戯っぽい笑みと共にソールに見せる。

「ボクはサイクロンを選択してゲームから除外! そして二ターン後のボクのスタンバイフェイズ時に、このカードは手札に加わるって訳ッス!」

「二ターン後――…ちぃ、ちょうど最後の文字が出るターンじゃねぇか…!」

「そゆこと! これでウィジャ盤問題は解決って事だねっ!」

 得意満面の笑みと、怒りに引きつった表情が、そのまま二人の立場の変化を表している。

 これで《ウィジャ盤》の攻略は成った。後は慎重に慌てる事なく、ソールのライフを削り切るだけだ。

「ガガガガンマンのエクシーズ素材を取り除いて、効果発動! もう一度お姉ちゃんに800ポイントのダメージを与えるッス!」

 流れに乗って、更なるダメージをソールに叩きこむ。ついに彼女のライフは四桁を下回り、600ポイントにまで低下した。

「くそ…ぉ! この俺様が、こんな馬鹿なッ…!」

「…うん、いける。ボクのターンは、これにて終了です!」

 もう一押し。ライフも手札も、「運」という見えない力も。全てがクロンに有利に動いている。

 故に。病的なほど慎重で、驚くほど小心の彼でさえ、「この勝負はもらった」と、もう自分の勝利を疑わなかった。

 

 

 

 「封印の黄金櫃」 通常魔法

 効果:自分のデッキからカードを1枚選択し、ゲームから除外する。

 発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にそのカードを手札に加える。

 

 「サイクロン」 フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 

 

 【ソール】

 LP:1400→600

 

 

 【ガガガガンマン】

 エクシーズ素材:1→0

 

 【ウィジャ盤】

 D-E‐A

 

 

「くっ…」

 もはや選択の余地は無かった。

 《ウィジャ盤》という隠し玉が攻略され、ライフも残り僅かな以上、罠を承知で遮二無二攻撃する他に手段は無い。

 無論、その行動の結果が玉砕――…に終わるであろう事はほぼ間違いないだろう。しかし手を拱いて敗北を待つよりは、攻撃が通る可能性に賭けた方がいい。…と言うのが、彼女の性格、彼女の考え方だった。

(このドローが最後のチャンスだ…。この引きもハズレだったら、俺様に手は残ってねぇ…)

 諦めと自棄と、そして僅かな期待を乗せながら。ソールはデッキに手を伸ばす。

「俺様の、ターン!」

 これまで以上の気迫でカードを引き、祈る気持ちで確認したその瞬間――。ソールは気付いた。運はまだ、自分を見捨ててはいないという事を。

「邪神、アバター…?」

 思わず漏れたその声に、クロンがピクリと反応する。勝利を確信しきっていた笑みが、一瞬にして消え去った。

 そして入れ替わるように、ソールの顔にニタリと笑みが蘇る。立場の変化を、互いに理解した瞬間だった。

「クク…、反撃だなぁ! 場のダブルコストンとランサー・デーモンをリリースして、邪神アバターを召喚だ!」

 二枚のカードが黒の粒子となって消え、ソールの場に漆黒の太陽が出現する。

 邪神アバター。フィールド上の最も攻撃力の高いモンスターに姿を変え、そしてそのステータスを常に上回るという特殊な能力を持つ、邪神シリーズの頂点に立つカード。

 この黒い太陽は、瞬く間に《ドレッド・ルート》へと形を変えてオリジナルの隣に並び立つ。その攻撃力・守備力は現在4100。オリジナルよりも僅かに高い数値だ。

 だが、《邪神アバター》にはもう一つ効果がある。

「アバターの効果発動だ! 二ターン後のテメェのエンドフェイズまで、テメェは魔法カードも罠カードも! 発動する事はできねぇ!」

「ぐ…」

 黒い《ドレッド・ルート》、すなわち《邪神アバター》の体から黒い霧が吹き出し、クロンの場に伏せられた《魔法の筒》を包み込む。

 全てのモンスターの攻撃力を上回る能力と、相手の魔法・罠を封じる能力。この限りなく相性のいい二つの効果を同時に有する事が、《アバター》の強みだ。

 そして。伏せカードに対する絶対の安全と、神の名を冠する最強の双剣。この二つを手に入れた今、ソールにはもう、攻撃を躊躇う理由は一つも無かった。

「叩き潰してやるぜニヤケ面ぁ! ドレッド・ルート! まずは邪魔なガンマンをぶっ殺せッ!」

 募りに募った全ての感情が声に乗る。命令を受けた《ドレッド・ルート》がその巨大な拳を振り上げ、雄叫びと共に《ガンマン》目掛けて振り下ろす。

 攻撃は、通った。止めようにも止められない《邪神》の拳が、《ガンマン》の血によって赤く染まる。それを見て、ソールはまた「ククク…」と笑みを浮かべた。

「苦労したぜぇ…。だが攻撃さえ通るなら、テメェのライフを磨り潰すのはそんなに難しい事じゃねぇ。そして俺様の場には、アバターが残っている…!」

 今までの鬱憤を晴らすように、たっぷりと余裕を見せつけながら。ソールは、《アバター》に命令を下した。

 第二の《邪神》の巨体が静かに動き、巨大な拳でクロンを打つ。姿だけでは無く、その攻撃動作も本物とそっくりだった。ただ一つ、100ポイントの攻撃力差を除いて。

「ッ――…!」

 無傷の状態から一転、ライフが半分以下にまで低下した事で、クロンの顔から余裕が消え、代わりに焦りの色が浮かぶ。

 当然と言えば当然の反応だ。ソールが今まで攻撃を躊躇していたのは、彼の場の伏せカードを警戒したが故。その心の呪縛が消え去った今、彼女の攻撃を妨げるものは存在しないのだから。

「ッハハハ! 伏せカードが使えなきゃ脆いもんだぜ! ターンエンドだッ!」

「……火力が、違う…っ」

 二体の《邪神》を見上げながら、クロンが小さく呟く。その弱音は紛れもなく彼の本心からだった。

 ぎりぎりまで追い詰められた者と、得意の戦術を封じられた者。《ウィジャ盤》は静かに文字(とき)を刻み続ける。

 二人のデュエルは、最終ラウンドに入ろうとしていた。

 

 

 

 「ランサー・デーモン」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆4

 攻撃力1600 守備力1400

 効果:相手フィールド上に守備表示で存在するモンスターを攻撃対象とした自分のモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。

 そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 この効果は1ターンに1度しか使用できない

 

 「邪神アバター」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆10

 攻撃力? 守備力?

 効果:このカードは特殊召喚できない。

 自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。

 このカードが召喚に成功した場合、相手ターンで数えて2ターンの間、相手は魔法・罠カードを発動できない。

 このカードの攻撃力・守備力は、フィールド上に表側表示で存在する「邪神アバター」を除く、攻撃力が一番高いモンスターの攻撃力+100ポイントの数値になる。

 

 

 【クロン】

 LP:8000→3900

 

 

 【邪神アバター】

 攻撃力:?→4100

 守備力:?→4100

 

 

 

「ボクの、ターン…!」

 弱々しい声でカードを引くクロン。彼がまず最初に考えた事は――、「反省」であった。

 《魔法の筒》を発動した時から。あるいはソールが攻撃を躊躇った時から、彼は何処か浮かれていた。有利な立場になった事で、勝負の最中に気を緩めてしまっていた。

 姫利や百合とのデュエルで苦い敗北を続けていただけに、勝てるかも知れないという思いは甘美だった。それが、今のこの逆境を生んだのだと彼は考えていた。

(お姉ちゃんのパワーは侮れない事は知っていた筈なのに……一度でも攻撃を通してしまえば、たたじゃすまないってわかっていた筈なのに…)

 後悔しても何も変わらない。わかっていても、次々と自分の油断が悔やまれる。例え結果が同じだったとしても、気を引き締めたまま戦っていれば、何かが違っていた筈だ。

(有利過ぎる状況は、かえって逆境を生むって事か…。反省した、ボクがバカだった!)

 自分に毒づき、軽蔑し、頭をポカポカと叩いた後――。クロンは気持ちを切り替え、前向きに次の手を思案する。

 魔法・罠カードを封じられ、二体の《邪神》が並ぶこの状況。如何に切り崩し、勝利に繋げるか…?

(まず思い出さなきゃいけないのは、ウィジャ盤の事。さっき黄金櫃で除外したサイクロンはアバターの効果で発動できないから……次のボクのターンが終わるまでに何とかしないと、ボクは負ける)

 ここに来て《ウィジャ盤》の制限時間も蘇り、思った以上に悪い事態に陥っている事に気付く。残された時間は、限られている。

(ここはやっぱり、お姉ちゃんのライフを削り切るしか方法はないみたい……ッスね)

 追い込まれながらも不敵な笑みを浮かべ、自分の手札を見つめる。

 少なくとも、このターンに彼女のライフを0にする手段は彼の手には無い。しかし、一つだけ。一つだけ勝利の可能性を秘めたカードがある事に、彼は気付いた。

(…いけるかも知れない。ちょっとした賭けになるけど、可能性はある! …ただ、問題は)

 クロンは跳ね上がる鼓動を抑え、気持ちを顔に出さず、正面にいるソールの姿を見た。

 彼が気付いた勝利の可能性には、一つだけ条件がある。これからクロンはあるモンスターを場に出すのだが、それに対して、ソールが攻撃を行うかどうかという事だ。

 もし彼女が次のターン、勝利を急いでそのモンスターを攻撃すれば――…。あるいはクロンの最後の罠を警戒し、《ウィジャ盤》での決着を望めば――…。ただそれだけで、勝敗は変わる。

 彼女がどちらの行動に出るかは、五分と五分。悪い賭けでは無いが、出来る事なら、少しでも勝利の可能性は高めておきたい。。

 ほんの一%でもいい。少しでも、勝利の可能性を上げておきたい。クロンはさらに頭を働かせ、やがて自分が取るべき最善の手に辿り着いた。

「ボクはまず、モンスターを裏守備表示で出して…」

 彼はまず壁モンスターを召喚する。ここまではいい。だが次に彼が取った行動は、およそ常識では考えられないものだった。

「更に、残りの手札全てを場にセット! ターン終了です!」

「……あぁ?」

 思わずソールが首を傾げる。

 彼はあろう事か、残る三枚の手札を全て場にセットしたのだ。(たちま)ち《アバター》の霧がそれらのカードを包み、発動を封じる。

「…何のつもりだ? 何枚カードを伏せようと自由だが、アバターの効果でテメェは魔法も罠も発動できねーんだぞ? ハッタリが得意だとか言ってたが、それがテメェの最後の空元気か?」

 あまりに無意味に見える行動に、ソールが怒りをチラつかせる。対し、クロンは不敵な表情でそれに応えた。

「反省、したんですよ。浮かれていた自分を反省して、前向きに勉強したんです。で、勉強した結果、これがベストな手だろうなーって、閃いたんです」

「……はぁ?」

 意味がわからないと言いたげなソールに、クロンはもう一度笑みを見せた。

 

 

 

 【ウィジャ盤】

 D-E-A-T

 

 【邪神アバターの効果】

 残り1ターン

 

 【封印の黄金櫃の効果】

 次のクロンのターンのスタンバイフェイズ時

 

 

 

 

「…フン」

 考えては見たものの。やはりソールには、クロンの行動は理解できなかった。

 何枚カードを伏せようと、それらは《アバター》の効果によって発動は封じられている。それはもう誰にもどうする事のできない、確かな事実だ。

 故に、彼の場に伏せられた五枚のカードは全て――…少なくとも次の彼のターンが終わるまでは、無意味な飾りと化す。その事はクロンも理解している筈だ。だからこそ、彼女は理解できなかった。

 手札を全て伏せたという事は、彼の手に《バトルフェーダー》や《エフェクト・ヴェーラー》、あるいは《クリボー》のような手札から発動する効果モンスターは存在しないという事だ。本来は相手の行動を妨害する為の伏せカードが、今はソールを行動させやすくしている形になる。

(妙な行動を取って、俺様の警戒心を煽ろうって腹か? ハン、安く見られたもんだな、俺様も)

 髪を掻き上げ、ニヤリと笑う。彼がどのような行動に出ようと、もはや彼女の心が揺らぐ事は無い。自分の決めた通りに動くだけだ。

(さて、どうするかな? 奴の裏守備モンスターを破壊して邪神でトドメを刺すのもいいし、一ターン待ってウィジャ盤で決着って手もある。どっちが確実だ?)

 彼女にとってこれは最後の選択だった。

 もっとも早いのは二体の《邪神》による攻撃だが、クロンの裏守備モンスターが《マシュマロン》の様なバーン効果モンスターという可能性も考えられる。次のターンに《ウィジャ盤》で決着をつけるという選択も、決して悪くはないだろう。

 クロンの手札は0枚である以上、《魔道戦士ブレイカー》のようなカードを危惧する必要はない。魔法・罠カードを封じている為、クロンの伏せカードを警戒する必要も皆無だ。

 そう言う意味では、このまま攻撃せず時を待った方が堅実であるかのように見える。…だが問題は、この状況を作ったのがクロン自身であるという事だ。

(もしかするとあの糞ガキ、俺様がこう考えるのを見越して手札を伏せたのか…?)

 確かにここで攻撃するリスクを冒さず《ウィジャ盤》での決着を狙うのは、良策ではある。

 だが一方で、ここでクロンの裏守備モンスターを残す事で更に逆転される可能性もある。例えばセットモンスターが二枚目の《トイ・マジシャン》だった場合、《ウィジャ盤》は破壊。《アバター》の効果もなくなり、彼の伏せカードが復活する。

(攻撃してマシュマロンだったらアウト。攻撃しなくてもトイ・マジシャンだったらアウト。……どっちだ(・・・)? 野郎の狙いはどっちの方だ?)

 攻撃するか、否か。クロンのモンスターを残すか、破壊するか。

 どちらが正解なのかは、この状況ではわからない。クロンがどちらを望んでいるのかも、彼の表情からは伺えない。ただ一つ、感覚としてわかる事は。この二択を誤る事で、勝利が遠のくという事だ。

「……だぁぁ! 面倒くせぇ!」

 暫く考えたものの、結局答えは出ない。次第に苛つきだけが溜まったソールは、大きく叫んでその怒りを爆発させた。

「決着はこのターンだ! 邪神ドレッド・ルート! 奴のモンスターに攻撃しろ!」

 命令を受けた《ドレッド・ルート》がクロンの伏せカードに拳を叩きこみ、これを粉砕する。粉々になったモンスターの破片が、二人の足元に転がった。

 壁モンスターが破壊された事で、クロンを守るものは何もない。伏せられた五枚のカードも、《邪神》の前には翻る事さえ許されない。

「へっ、マシュマロンとかじゃなかったようだな。後はアバターでトドメを刺して、それで終わりだ。俺様の、勝ちだ」

 決着を目前に、二人の目が合う。そして《アバター》に最後の攻撃を下そうとした瞬間、彼女は「いいえ」というクロンの声を聞いた。

「残念ながら、ボクの勝ちです。お姉ちゃんが今、ボクのモンスターを破壊した時点で…」

 にぃ、とクロンは笑みを浮かべる。同時にソールは、足元でバチバチと音がする事に気付いた。

 見ると。《ドレッド・ルート》が破壊したモンスターの残骸――壊れた犬のロボットの破片が、消滅せずに火花を散らしている。

「なっ…! まさか…!」

「有利過ぎる状況は、かえって自分に不利になる。お姉ちゃんとのデュエルで得た教訓です。アバターの効果でボクの伏せカードを封じたから、お姉ちゃんは罠を恐れる必要が無くなった。その有利さが、お姉ちゃんの敗因になったんッスよ」

 ソールの足元だけではなかった。得意げに語るクロンの足元にも、そのロボットの欠片が火花を散らして落ちている。

 それを見た瞬間。ソールは自分が破壊したモンスターが何であったかを悟った。

「ボクの狙いはお姉ちゃんが裏守備モンスターを攻撃してくれる事。…ただし、あの状況だとお姉ちゃんが確実に攻撃してくれるとは限らなかった。だから手札を全部伏せて、お姉ちゃんの不安を煽ったんですよ。お姉ちゃんの性格なら、ボクが訳の分からない行動をすれば、きっと癇癪を起してボクのモンスターに攻撃してくれると思ってね」

 言いながら、クロンはそのカードをソールに見せる。《機械犬マロン》、戦闘で破壊された際、互いのプレイヤーに1000ポイントのダメージを与える下級モンスターだった。

「ありがとう。もしお姉ちゃんが攻撃してくれなかったら、多分ボクは負けてたと思う。ウィジャ盤の効果でね」

「テメ――」

 ソールの声は、クロンの耳には届かなかった。《機械犬マロン》の爆発による轟音に、彼女の声は掻き消された。

 そしてその爆発は同時に、彼女の残りライフをも巻き込み……やがて消滅した。

「…それにしても」

 同じく《マロン》の効果によるダメージを受けながら、クロンが自嘲気味に笑う。

「デッキの相性に運。これだけ恵まれた条件で戦ったのに、結局ラッキーパンチの一手差かぁ。まだまだ勉強不足なんですかね、ボク」

 複雑な気分ではあるものの。今はとりあえず、久しぶりに得た勝利の味を、一人楽しむのだった。

 

 

 

 「機械犬マロン」 モンスター

 光属性 機械族 ☆4

 攻撃力1000 守備力1000

 効果:フィールド上のこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、お互いのライフに1000ポイントダメージを与える。

 フィールド上のこのカードが戦闘以外によって破壊され墓地へ送られた時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

 

 

 【ソール】

 LP:600→0

 

 

 

 

――――

 

【デッキ紹介】

 

No.4

デッキ名:「俺様が考えた最強のデッキ」

使用者:ソール=ウィングド

切り札:邪神アバター、邪神ドレッド・ルート、ダークネス・ネオスフィアなど。

コンセプト:悪魔族を中心としたパワーデッキ。上級モンスターの召喚と高攻撃力によるラッシュを得意としており、特に短期決戦にて力を発揮する。

上級モンスターは今回のデュエルで見せた《邪神》シリーズの他、《ダークネス・ネオスフィア》《幻魔皇ラビエル》も投入。「デュエルはパワーだぜ!」とは彼女の言。

攻撃に特化している反面、罠カードに非常に弱い。特に《魔法の筒》のような反射効果は天敵となる。

何故か《ウィジャ盤》も採用している。理由はわからないが、何か譲れない拘りがあるのだろう。仲良しになれば教えてくれるかも知れない。

 

 

 

No.5

デッキ名:「ボクのデッキ改改改改」

使用者:クロン=ナイト

切り札:特になし。

コンセプト:十話時点でのクロンのデッキ。姫利と百合のアドバイス及び資金援助によって何度か改造されている。

相手の裏を掻く事をテーマにしており、罠やトリッキーな効果のカードが大量に投入されている。これらのカードを駆使しての心理戦がクロンの持ち味だとか。

一方で弱点が非常に多く、特に伏せカード除去に弱い点・防御を重視するあまり火力に欠ける点は本人も危惧している。少なくとも火力不足だけでも解消したいが…? 今後の成長に期待。

尚、このデッキを使って勝ったのは今回が初めてである。

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