久しぶりに味わった勝利の感覚。しかしクロンは、この結果に決して満足してはいなかった。
デッキの相性と、引きの良さ。様々な点で恵まれていた上での辛勝である。勝利には違いないものの、後味の悪さは否めない。
だが、得るものも多かった。今の自分に欠けているもの。姫利達とのデュエルでは見えなかった自分の短所を、今回のデュエルで学ぶ事が出来た。それは大きな収穫だ。
「…何にしても、勝ちは勝ち。うん、やっぱりいいもんですね」
クロンは笑みを浮かべて、ソールのライフが尽きる様を見届けた。
ソールのライフが0になった事で、決闘盤が機能を停止し、全ての立体映像は消滅する。
決め手となった《機械犬マロン》の爆炎も消え、クロンが見たのは、その場でしゃがみ込み腕組みしているソールの姿だった。
口を「へ」の字に曲げ、いかにも不機嫌らしい表情。その理由は、語るまでも無い。
「んー…」
気まずい空気だった。
何と声をかけたらいいものかとクロンが戸惑っていると、ソールは腕から決闘盤を外して、「ほらよ」と乱暴に放り投げる。決闘盤は派手な音を立てて、クロンの足元に転がった。
「納得いかねー決着だが、負けは負けだ。約束は守るぜ」
「約束…?」
「アンティ勝負って話だったろ。俺様のデッキから、好きなカードを持っていきな」
やけくそ、という印象の声だった。
クロンは少し首を傾げた後、デュエル前に彼女とアンティの取り決めをした事を思い出し、「あぁ」と手を叩く。
「そう言えば、そんな話もしましたっけ」
正直な所、すっかり忘れていた約束事だった。
もともとカード欲しさで戦った訳では無かったし、半ば勢いで取り付けたような約束だ。彼女が思い出させてくれなければ、いつまで忘れていたかもわからない。
要するに彼にとってはどうでもいい約束だったのだが、自分を睨むソールの目は、それを口にする事を許さなかった。
「もともとアンティを持ち掛けたのは俺様だ、何を持っていこうと文句は言わねー。アバターでもドレッド・ルートでも、好きなモンを持ってけよ」
「うーん…」
クロンはとりあえず彼女が放り投げた決闘盤を拾い上げると、どうしたものかと指で頬を掻く。
合意の上とは言え、他人のカードを奪うというのは、やはり気が引ける思いだった。まして今回は運とデッキの相性で勝利したようなもの、尚更後ろめたいものがある。
と言って。あの約束は無しにしようと言った所で、果たして彼女が納得してくれるだろうか。これまで見た彼女の性格を思うと、逆に激昂するイメージしか湧いてこない。
「…まぁ、デュエルスペースで話すのも何ですし、一度部屋を出ません? アンティの事はそこで考えるって事で」
考えた末、クロンは一先ず答えを先延ばしする事にした。ソールはしぶしぶ承諾し、二人はデュエルスペースを後にする。
デュエルは終わった。しかし、両者の間には、尚もぴりぴりした空気が残っていた。
デュエルスペースを離れ、二人は最初に話をしたテーブルに戻って来た。
廊下を歩いている途中、それとなく
こうなっては、逃げる事もできない。クロンは諦めて決闘盤からデッキを取り外し、彼女のデッキに目を通す事にした。
(んーむ…。どうしたもんかなぁ…)
悩みながらも、彼女のカードを一枚一枚確認し、分析していく。デュエル中に予想した通り、彼女のデッキは攻撃を重視した構成になっていた。
二体の《邪神》の他に《ダークネス・ネオスフィア》など攻撃力の高いモンスターを採用し、これを高速展開する戦術だという事が、こうしてデッキを見ているとハッキリわかる。
防御重視のクロンにすれば、目から鱗が落ちるような工夫が随所に見られ、いつしか彼は再びアンティの事を忘れて、デッキ鑑賞に浸っていた。
「ふむふむ…。へー、なるほどねぇ…」
「…おい。そんなジロジロ見んじゃねーよ。なんか恥ずいだろ」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。減るもんじゃなし」
「これから減るんだろーが!」
その彼女の言葉は、耳では聞いていても頭には入らなかった。
考えてみると、こうして他人のデッキをゆっくり見るのはこれが初めてだった。姫利達とは何度もデュエルしているが、彼女達のデッキを手に取って中を覗いた事は一度も無い。
そして、こうしてデッキを見ていると、彼女がどのような考えでこれらのカードを採用したのか伝わってくる。まるで心の声が聞こえるようだと、クロンはふと思った。
そうして五分ほど彼女のデッキを楽しんだ後。クロンは「ふぅ」と大きく息を吐いて、デッキをテーブルに置いた。
「いやはや、人のデッキを見るのも悪くないものッスねぇ。かなり参考になりますよ」
「そうかい。で、取るカードは決まったのか?」
イラついた声でソールが尋ねて来る。あまり待たされたので、痺れを切らしているのだろう。
だが実際の所、これと言って欲しいカードは見当たらなかった。強力なカードは多数あったものの、クロンと彼女とではデッキの方向性がまるで違う為、これといって相性のいいカードは無かったのだ。
だが一方で。「攻撃特化」という彼女のスタイルそのものは、火力に乏しい今のクロンに必要なものに思えた。何か一つ貰えるというのなら、カードよりも彼女の「戦術」そのものが欲しかった。
「…よし、決めた!」
心を決めると、ソールが舌打ちして「やっとか」と毒づく。クロンにとっては短い時間でも、待っているだけの彼女には相当退屈な時間だったようだ。
「で、何にするんだ? アバターか? ネオスフィアか?」
「いえ、カードはいりません。その代わり――、」
言いながら、クロンはポケットから携帯電話を取り出し、テーブルに置く。
「メアドと電話番号、交換して下さいッス」
「…はぁ?」
彼女からすれば予想外の提案だったのだろう。ソールは意味を解しかねた様子で首を傾げた後、これまでの怒りを放出するかのように声を荒げた。
「バッ、この……なんで俺様がテメーとメアド交換しなきゃいけねーんだよ!」
「まぁまぁ。文句は後で聞くとして、ちょっとボクのデッキを見て下さいッス」
当然の反応を見せるソールを適当に宥め、今度は自分のデッキを彼女の手元に置く。
彼女はまだ何か言いたげだったが、しぶしぶクロンのデッキに目を通す。
その結果は……これまた当然の反応で、カードを捲る度に険しい表情になっていき、時折「なんだこりゃ?」と驚嘆の声を漏らす。
無理もない、とクロンは思う。攻撃というシンプルさを軸とする彼女からすれば、クロンのデッキは色物以外の何物でも無かった筈だ。
「ちょっと待て、なんだこのカード? …あぁ!? サーチライトメンだぁ!? いや、そもそもこのデッキ……雑魚ばかりでアタッカーが殆どいねぇ! 馬鹿か!? こんなもんデッキじゃねぇぞ!」
「あ…。流石に傷つくので、その辺で…」
正直な彼女の反応に少し心が折れそうになる。
だが、彼女の意見は概ね正しかった。特にアタッカーがいないという一言は、流石に指摘されたかと思わざるを得ない。
「まあ見ての通りッス。ボクのデッキ、防御に尖ってるものだから、手軽に出せるアタッカーが基本いないんです。さっきのデュエルであまり攻撃しなかったのは、それが理由でもあったんッスよ」
「…はぁ~」
開いた口が塞がらない様子のソール。クロンは構わず、更に続ける。
「そもそもボク、モンスターで攻撃して勝つ……というのが得意じゃないんですよね。相手の場に伏せカードがあると警戒しちゃうし、効率良く上級モンスターを出すのも苦手だし」
そこまで言うと、ソールもピンと来たらしい。呆れた表情から真面目な顔付きに戻り、クロンを睨んだ。
「つまりだ。メアドを交換して、テメーにアドバイスしろ……ってぇのか?」
「そゆ事です。それにお姉ちゃんとは、またデュエルもしたいしさ」
「……」
ソールは少し考える仕草をした後、テーブルに置かれていたメモ用紙とペンを手に取り、文字を走らせる。彼女のメールアドレスと電話番号を書いている事は、言うまでも無かった。
「…ほらよ、メアドと番号だ」
全てを書き終えた彼女はメモを一枚破り、それをクロンに渡す。イメージに違わず汚い字だったが、読めない事は無かった。
クロンは早速受け取ったアドレスを自分の携帯に登録し、試しにメールを送ってみる。数秒の間を置き、ソールの携帯の着信音が鳴る。問題は無いようだ。
「ん。ありがとう、お姉ちゃん」
「アバターやドレッド・ルートを取られるよりマシってだけだ。テメーと仲良くなる気はねーからな」
頬を掻きながら、ソールが言う。口ではそうは言うものの、満更でも無さそうだった。
何にせよ、彼女との連絡方法は手に入れた。姫利、百合に続く三人目の
「んふふ、決闘者の知り合いがまた一人…。て事で、これからよろしくッス、ソールお姉ちゃん」
「チッ…。つくづく何考えてんのかわかんねーガキだぜ」
そう毒づくソールだが、約束を果たした事でこれまであった苛つきが引いたらしい。デュエルを始めた時の刺々しい雰囲気が彼女から無くなっていくのを、クロンは感じた。
ようやく打ち解けてくれたという事だろうか。思いながら、クロンはにこりと微笑む。意外にも、ソールの方も笑みを返してくれた。
「確か、えー……何つったっけ?」
「ボク? クロンです」
「そう、それだ。テメー、この店にはよく来んのか?」
初めて見せる、親しみある笑み。これが普段の彼女なのだろうと思いながら、クロンは「そうですね」と甘えた声で答える。
「この店に来たのはつい最近ですけど、ここ一週間は毎日来てますよ。これからもちょくちょく来る予定です」
「なるほどな、どーりであまり見ねぇ顔だと思ったぜ。学校は何処だ?」
「天神将小学校です。ほら、ここから自転車で三十分くらいの…」
「おー。なら俺様の後輩って訳か。この店にゃ天神将の奴らも結構来るから、そーじゃねーかとは思ってたんだ」
この短いやり取りだけで、彼女の言葉から毒が消える。
怒りの沸点は低いが基本はさっぱりした性格なのだろうと、相槌を打ちながらクロンは思った。
二人の会話の中で出た「天神将小学校」とは、クロンが言った通り彼が通っている小学校の名称である。
姫利や百合が通っている決闘者育成学校と違い普通の小学校であるが、それでもデュエルモンスターズをプレイする生徒は多く、全校生徒の半数は決闘者だと言われている。
もちろん決闘者育成学校に比べて決闘者のレベルは数段落ちるが、中には才能ある幼少決闘者もいて存外侮れない、というのが周辺の決闘者からの評価である。
奇しくも同じ学校の生徒と言う事で、二人は暫く学校の話で盛り上がった。もっとも殆どは授業内容や教師に対するソールの愚痴だったのだが、その中で一つ、興味深い話があった。
「…あぁそうだ。なあ、この店で月に一回デュエル大会が開催されてんのは知ってるか?」
「ん、一応は。出場した事はないですけど。…あ、もしかしてソールお姉ちゃんは出た事あるんッスか?」
「…っせーな。とにかく、その大会の事でだ」
なぜか一度舌打ちした後、ソールはずいと身を乗り出し、にやりと歯を見せて笑う。
「知ってるか? 前の大会で準優勝したの、うちの学校の奴らしいぜ」
「へーっ。それは凄いッスねぇ。小学生なのに準優勝ですか。あの大会、高校生とか大学生の人も出てた筈なのに」
驚いた後、クロンは気付く。彼女が言うの決勝戦を、自分が見ていた事を。
「…あれ? その大会って、ひょっとして姫利お姉ちゃんが優勝したやつッスか?」
「ああ。…なんだ、テメーも見てたのか?」
それはまだ姫利ともソールとも面識が無かった時の事。友達に連れられて訪れたこの店で、たまたま開かれていたデュエル大会に出場する姫利の姿を彼は見た。
その時の事は今も覚えている。あれは確か決勝戦での事。そしてその試合で彼女と戦っていたのは――…紛れもなく、小学生くらいの少年だった。
「あ…。ほんとだ…!」
思い出し、再度驚愕する。
その試合では姫利が勝利を収めたものの、自分とそう歳が変わらない少年が、他の参加者を下して準優勝を収めていたのだ。そしてその少年は、偶然にも自分と同じ学校に通っているというという。
「まあそいつも店の常連じゃねーみてぇだし、俺様もその試合を見てねーから、そいつの顔とか名前はわかんねーけどよ。そーゆー奴もうちの学校にいるって話だ」
「………」
ソールの言葉は殆ど耳に入らず、クロンは唇に指を当てて考え込んでいた。
今までは姫利にばかり目が行っていて――…今も彼女を越える事しか頭にないが、彼女と決勝で渡り合ったその少年にも、強い興味が湧いてくる。同じ学校の生徒というなら尚更だ。
その少年を探して、一度挑戦してみるのもいいかも知れない。勝てるかどうかはわからないが、きっと今以上に強くなるきっかけになるはずだ。
少年の顔も名前もわからないが、小学生ながら準優勝と言う好成績を残しているのだ。探しようはいくらでもある。
「…小学生で、準優勝か」
静かに呟き笑みを浮かべるクロンの顔を、ソールは何も言わず眺めていた。
そんな時だった。聞き覚えのある二つの声が、クロンの耳に届いた。
「やほークロン君、おっすおっす。…あら? 今日はお友達も一緒なのね」
「おやクロぽん、実は彼女持ちでしたか。おねーさん失恋しちゃったかなー」
覚えのあるその声にクロンは笑いながら手を振ると、ソールも反応して後ろを振り向く。
そこにいたのは、学校を終えて店にやって来た姫利と百合のコンビだった。
「げっ、春川!」
姫利の顔を見た瞬間、ソールが露骨に嫌そうな顔をする。
一方の姫利はソールの反応に首を傾げながら、百合と共にテーブルに着き――…やがて思い出したように、心持ち顔を上げた。
「貴方は…、よくここで見る子ね。確か大会でも会ったっけ」
「あ、私も覚えてるかも。一回戦で姫りんに負けた子だっけ?」
百合がへらへら笑いながら口を挟むと、ソールが唸りながら彼女を睨む。どうやら本当の事らしく、その事から姫利を快く思っていないのは容易に想像できた。
あるいは彼女がクロンに挑んだのは、その辺りの事も関係しているのかも知れない。クロンは静かに微笑みながら、彼女らの様子を見続けた。
「っせーな! 次の大会じゃ俺様が負かして泣かすからいいんだよ! つーか何しに来やがった! テメーと話す事なんか何もねーよ! 勝手に座んな、あっち行け!」
「……。んー、何だか凄く嫌われてるみたいでちょっとショックだけど…。とりあえず、この子の方に用があるのよね、私達」
言いながら姫利がクロンを指さすと、ソールは「はぁ?」とクロンの方を見返した。
クロンは一瞬その反応の意味が理解できなかったが、これまで自分が姫利に弟子入りした事を話していない事を思い出し、笑いながら彼女に説明する。
「ああ。実はボク、姫利お姉ちゃんにもデュエルを教えてもらってるんッスよ。この決闘盤もお姉ちゃんから貰ったものでして」
「なっ…」
何気ない会話のつもりで言った一言に、ソールは衝撃を受けた反応を見せる。
彼女からすれば、姫利に敗れ、その弟子にさえも敗北したのだからショックを受けるのは無理もない事だ。が、そこまではクロンは気付かない。彼女の予想以上の反応に、首を傾げるだけだった。
「どうかしました?」
何気なく聞いた瞬間。頬に、強烈な痛みが走った。
頬を抓られた、と気付くのに時間はかからなかったが、何故突然ソールがそんな行動に出たのかはわからなかった。
「いたッ、ちょ、痛い、痛いですってば! どうしたんッスか急に!」
「うるせー、いいから黙って抓られてろ」
理不尽と言えばあまりに理不尽な言動。ソールは暫く彼を虐めた後、漸く指を離してプイと顔を背ける。
そのやり取りが、姫利達にはどう映ったのだろう。彼女達は止めに入る訳でも無く、百合に至っては、にやにや笑いながら一部始終を観察している有り様だった。
「おゃおゃ、こりゃまたアッチッチーだねぇ。クロぽんたらこの子に何をしたのやら」
「……何も、してないッス…」
手で頬を押さえ目に涙を浮かべつつ、クロンは答える。実際ソールの八つ当たりでしかないのだが、百合は笑ってクロンの頭を撫でるだけだった。
「それにしても、意外な組み合わせね。どういう知り合いなの、貴方達?」
一方的な暴力を、良好な関係と捉えたのだろう。いつもと変わらぬ穏やかな声で、姫利が尋ねた。
クロンは手を頬に添えたまま、「別に」と不貞腐れた声で答える。
「知り合いって程じゃないッス。出会ってからまだ一時間も経ってないし、声を掛けてきたのも向こうですし」
「ふーん…」
「あ、そだ。こないだの大会の事で、お姉ちゃん達に聞きたい事があるんだけどさ」
痛みが引いたところで先程の話題を思い出し、気持ちを切り替える。
聞きたい事というのは無論、大会で準優勝した小学生の事だ。決勝で姫利と戦った相手なら、当然二人も覚えている筈だという事に気付いた。
「あんまりはっきりと覚えてないんだけどね。決勝でお姉ちゃんと戦った相手、確か小学生くらいの男の子……でしたよね?」
「決勝の相手?」
姫利にすれば唐突な質問だったのだろうか。彼女は百合と顔を見合わせて考えた後、思い出したように「あー!」と手を叩いた。
「あの子の事ねっ。ええ、確かに小学生の……そうね、貴方より少し年上かしら。そのくらいの子だったわ」
「あー、あの青い髪の子ね。百合ちゃんも覚えてるよー。ちょー強かったよねぇ、あの子」
姫利だけでなく、百合もその少年を覚えていたらしい。それも「強い」という印象で残っている辺り、相当なものだとクロンは感じた。
あるいは、百合もその大会に参加してその少年と戦ったのかも知れない。…だとすれば、準優勝という言葉の意味がさらに重くなるのだが。
「…それで、その子がどうかしたの?」
首を傾げて、姫利が尋ねる。
「んーとですね。どうもその子、ボクと同じ学校の子らしいんですよ」
「へぇ、そうなの?」
「そーなの、です。それで、近いうちに一度手合せしてみたいなーと思いまして…」
にまにまと軽く笑いながら話すうち、クロンはふと一つの質問を思いつき、二人に投げかける事にした。
「ちなみに、その子とボクがデュエルしたら、どっちが勝つと思います?」
質問した瞬間。二人の穏やかな顔つきが、一転して険しいものへと変わった。
その変貌が、そのまま答えだったと言っていい。いつも笑みを絶やさない百合の表情すら変わっている所が、その答えの絶対さを物語っていた。
暫くの静寂の後。姫利が、厳しい表情で口を開く。
「…無理ね。肩を持ってあげたいのは山々だけど、少なくとも今の貴方があの子に勝つ事は考えられないわ」
「そんなに、ッスか。じゃあ五回に一回とか、十回に一回とかなら――、」
「クロン君。自分がいつからデュエルを始めたのか、思い出して」
厳しい表情で、姫利が問う。胸を刺すようなその問いに、クロンは項垂れるしかなかった。
姫利達に一週間近く鍛えられたとは言え、彼のデュエル歴はせいぜい一ヶ月程しかない。そんな状態で実力者に勝てると思うな……という、師匠の厳しい一喝だった。
「確かに貴方は最初の頃に比べれば強くなっているけれど、実戦経験はまだまだ無いに等しいわ。今の貴方は勝敗より、より強くなる事を考える方が先じゃないかしら」
「う…」
「もちろん、手合せ自体はいい事よ。そろそろ他の人とも戦わせてみようと思ってた頃だし、性格の良い子だったからアドバイスも貰えるかも知れない。けど、実力差がある相手だと言う事は、忘れてはいけないわ」
期待を寄せているからこその厳しさ、だろうか。姫利は言い過ぎと思えるほど注意を重ねた後、落ち込んだ様子のクロンの頭を撫でる。
その隣では、恐らく姫利と同じ意見であろう百合が、腕組みして「うんうん」と頷いていた。
「確かに今のクロぽんじゃあの子に勝つのは難しいかもだねぇ。…あー、でもプリティさならいい勝負かも? いや、歳が若い分クロぽんがちょい有利…?」
「ゆーりぃー。なんの話をしてるのかしらー?」
「やー、だってあんまり虐めるとクロぽんが可哀想じゃん。クロぽんだって年の割には強いっしょ、実際」
へらへら笑いながらも、フォローに回る百合の優しさだった。あるいは、遠まわしに姫利に「言い過ぎだ」と釘を刺したのかも知れない。
何れにしても、今のやり取りだけでその少年との実力差は嫌と言うほど理解できた。歳が近いという事と、年上のソールに一勝した事で緩んでいた気持ちが一気に引き締められた形だ。
一方で、姫利と百合がそこまで言う程の相手なら、尚更戦ってみたいという気持ちも強くなる。その一点だけは、変えるつもりはなかった。
「…とにかく、やるだけの事はやってみます。そんなに強い子なら、結果に関係なく戦ってみたいですし」
「よく言った、男の子。…それで、その子の名前とかは知ってるの?」
優しい笑みを浮かべて、姫利が問う。クロンは「いえ」と首を横に振った。
「そこまでは知らないッス。だから、お姉ちゃん達なら名前くらい知ってるかな~と思って。名前さえわかれば、後はボクとソールお姉ちゃんで聞いて回るだけですし」
すると、暫く話を聞いているだけだったソールが「あぁ?」と声をあげ、じろりとクロンを睨む。
「ちょっと待て、なんでそこで俺様が出てくんだよ。テメーで探せばいいだろーが!」
「まぁまぁ、同じ学校なんだし仲良くしましょうよ。それにボク一人で探すより、二人の方が効率もいいでしょ?」
「だから! それを手伝って俺様に何の得があんだって話をしてんだよ!」
「んー…。じゃあ、一緒に探してくれたら、ほっぺにチュー……とかどうです?」
「ッ~~!」
冗談半分、本気半分。体を揺らして笑いながら、「お願いします」と丁寧な言葉も付けて頼み込む。
ソールは応とも否とも言わず、舌打ちして顔を背けたが、それでいいとクロンは思った。
少なくとも姫利が来るまでは、それなりに仲良くなれたのだ。何だかんだで協力してくれる筈だ、と言うのが彼女の性格に対するクロンの評価だ。
一方、姫利は困ったような表情で首を横に振る。
「う~ん…。盛り上がってるところに悪いんだけど、正直、私達もその子の名前とかは知らないのよね。会ったのもあの時が最初で最後だし」
「えっ、そうなんッスか? …百合お姉ちゃんも?」
「残念ながら、アイドンノーだねぇ」
百合はけらけら笑って首を振る。二人がその少年の名前すら知らないというのは、クロンにとって大きな誤算だった。
名前がわからないとなると、学校でその少年を探すのは楽では無い。髪の青い少年、という曖昧な情報だけでは尚更だ。
とは言え、知らないものを知る事はできない。実力のある決闘者ならば、少なからず学校内で噂になっている筈だと前向きに考える事にした。
「…よしっ」
気持ちを切り替え、クロンはソールに渡したままだった自分のデッキを手に取り、決闘盤にセットする。
「何にしても、今は特訓あるのみッスね。姫利お姉ちゃん、百合お姉ちゃん、今日もよろしくご指導お願いしまッス」
つい今し方デュエルを終えたばかりだというのに、早くも姫利達に特訓を提案する。
新たな目標と言うのだろうか。また一つ越えるべき壁を見つけた気がして、クロンの秘めたる情熱に火が着いたようだ。
「あ、そだ。良かったらソールお姉ちゃんも混ざりません? 四人で多人数デュエルするとかさ」
「あ?」
唐突な申し出に、ソールは驚いた表情でクロンを見返す。が、少し考えた後、にやりと笑みを浮かべて決闘盤を構えて見せた。
「…そうだな、このまま無駄に会話するよりは面白そうだ」
次の戦いがいつになるのかは、わからない。
今はただ、新たなデュエル仲間を加えて、備えるだけである。
今回と次回、そのまた次回は日常シーンがメインになりますです。