何が気に入らなかったのか、考える間も無かった。
その少年、フロムはデュエルの申し込みに対してあっさり「NO」を突き付けると、さっとクロンの横をすり抜けて帰ろうとする。その肩を、クロンは辛うじて掴む事ができた。
「ちょ、ちょっとストップ! 少し待ってくださいッス!」
状況が理解できないまま、彼は慌ててフロムを呼び止める。
何しろ、考えた事も無かったのだ。決闘者が、挑まれたデュエルを断る事など。
無論、何か急ぎの用事があったり先客がいるなど、特別な事情があればありえない事ではない。しかし今のフロムの断り方は、単純にクロンとのデュエルを嫌っているだけに思えた。
「あの…。ボ、ボクとしません? デュエル…」
「やだ。君とはしたくない」
「ど、どうして? ボク、何かお兄ちゃんの気に障る事でも…」
慌ててこの場を取り繕おうとするクロンだが、どれだけ言葉を尽くしても、彼は頑なにデュエルを拒み続けた。
「クロン君、だっけ?」
それから更に三度ほど申し込みを断った後、フロムは溜息を吐きながら前髪を掻き上げる。女性的な甘い香りが、クロンの鼻先を突いた。
「悪いけど、ボクは君の相手をするほど暇じゃないんだよね。対戦相手が欲しいなら他を当たってくれない? レベルはちょっと落ちるだろうけど、決闘者ならそこら中にいくらでも転がってるしさ」
そう言ってまた帰ろうとするフロムを、クロンは逃がしてなるかと腕を掴んで阻止する。
何しろ、彼と戦う為に半日を費やして準備したのだ。協力者してくれたソールが近くにいる手前、そう簡単に諦める訳にもいかないし、何よりクロン自身納得ができない。
一方で、なぜ彼がここまで頑なにデュエルを拒むのか? 彼の棘のある言葉から、その理由が伺えたようにも思える。要するに、自分より年下のクロンとデュエルがしたくないのだろう。校内で負け知らずと評判の彼の実力を思えば、わからないでもない事だった。
「と、とにかく話だけでも聞いてくださいッス! このままじゃ何の為に待ってたのかわからないんッスよ!」
「…はぁ」
強引に、頑なに。逃がしてなるかと彼の腕に抱き付いて話し続けていくと、フロムから溜息が漏れる。
「じゃあ二分。二分だけ時間をあげるから、言ってごらんよ。なんでボクと戦いたいの?」
心底迷惑そうにフロムが言う。だがクロンにとっては、形振り構っていられない状況だ。彼はフロムの腕から手を放すと、これ以上彼の機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選びながら話を始める。
「えっと……ボク、強い決闘者を目指してて、お兄ちゃんがこの学校で一番強いって噂を聞いたから勝負しに来たんです。ほんの一回だけでもいいので、ボクとデュエル……してもらえませんか?」
師匠の姫利相手にさえ見せない丁寧な態度で交渉する。心を込めてお願いすれば、挑戦を受けてくれる。そう期待しての事だった。
だが、彼の淡い思いに反し、フロムは「やれやれ」と息を吐いて一笑する。
「まるで話にならないね。あのさ、強い人と戦いたいっていうのは君の自由だけど、ボクにも相手を選ぶ権利があるとは思わないの?」
「う…」
「ただでさえ、この学校の奴らはボクに比べてレベルが低いってのに、君みたいな子供の相手までしろって? 冗談じゃない。あー、やだやだ」
誠意が一切通じない、嫌味たっぷりの口振りだった。
その態度は、ソールから聞いた「真面目な優等生」とはあまりに程遠いものだ。クロンは彼女に目で非難しながら、フロムの言い分とじっと聞き続けた。
「だいたいさ。何ていうか君、あまり強そうには見えないよね。デュエル歴はどのくらい?」
「う…。い、一ヶ月くらいッス…」
痛い所を突かれた。弱々しい声で答えると、フロムは、声に出して嘲笑った。
「うん、なるほど。どうりで言葉が通じない訳だね、初めから話にならないじゃん。傑作だね、ただの初心者が、
そう言ってフロムは、前髪を掻き上げてキザなポーズを取る。『天才美少年』、生まれて初めて聞く単語だった。
要するに自分は強くて美しいのだ、という事だろうか。これまでの仕草や言動から薄々感じていたが、どうもナルシストな面が強いようだ。
面倒な事に、この手のタイプは滅多な事では自分の意見を曲げる事は無い。クロンは頭を抱えながら、どうしたものかと次の言葉を探して回る。
「…確かに、お兄ちゃんから見ればボクは役不足かも知れないッス。けど、できる限りお兄ちゃんを満足させるようなデュエルを――」
「それが迷惑だって言うのさ。自分の実力、本当に理解できてる? まず身の程を知らないと、いつまで経っても上達しないよ」
ちくちくと、言葉で胸を刺してくる。やはり、事前の情報と現実が食い違っているとしか思えなかった。
「ち、ちょっとタンマ! ソールちゃん、ちょっと…」
このままでは埒が明かないと、一度ソールと話す事にした。一旦フロムから距離を置き、彼に聞こえないよう小声で話しかける。
「…なーんか話が違いません? あの人ほんとに先生にも一目置かれる優等生?」
「…には見えねぇよなぁ。クラスの奴から聞いた話だったんだが、デマだったみてぇだ。後で殺しとくか」
しれっと情報の食い違いを認めるソール。潔いが、冗談じゃない事だった。
「ちょっとー、どうするんッスか。あの様子じゃ何回頼んでも戦ってくれないッスよ。さっきのチュー返してよーっ」
言いながら、素直に間違いを認めた彼女の肩を揺さぶる。
彼女は「っせぇな」と面倒くさそうに舌打ちするものの、何とかデュエルさせる方法が無いものか考えてくれているようだった。
「…要するに、テメェが弱そうだから戦う気が起きねぇってのが奴の言い分なんだろ?」
「うん。実際、デュエル経験一ヶ月のボクはお兄ちゃんからは雑魚に見えるでしょうし、その辺はまあ……仕方ないですけど」
「っつー事はだ。テメェがそこらの連中より強いって奴に思わせりゃ、いいんじゃねーか?」
「例えば?」
「…んー」
クロンの問いに、ソールは困った表情で頬を掻く。
どうやら具体的な案は無いらしいが、しかし、彼女の意見そのものは正しいように思えた。
格下とは戦わないというのが彼の主張なら、クロンが彼と戦うに足る実力があると彼に認めさせればいい。単純ながら、最も有効な方法だ。
だが問題は、どのようにして実力を認めさせるか、である。初対面の人間に自分の力量を伝える事は難しさは、クロンが一番よく知っている。姫利と親しくなる前、何とか自分に興味を持たせようと苦労したものだ。
しかも今回の場合は、フロムが今にも帰ってしまいそうだ……という時間制限もある。
(この際、嘘をついてでも……けど、何て切り出せば…)
時間はあまりない。クロンは必死に頭をフル回転させるが、良い手は一つも見つからなかった。
いっそ、今日の所は諦めて次の機会を待つのが最善かも知れない。そんな後ろ向きな考えが頭に過った時――、
「あっ、いた! おにいちゃーんっ!」
校門の方から、小さな女の子の声が聞こえてきた。
振り返って見ると、ランドセルを背負った女の子が、笑顔でこちらに走って来ている。フロムを待ち伏せする為に門で待っていた時にも見かけた顔だった。
汚れ一つないピカピカのランドセルを見るに、一年生か二年生だろう。背中まで届く綺麗な銀色の髪と、くりくりとした青色の瞳が印象的で、その顔立ちは何処かフロムに似ていた。
「えへへっ。おにい~、ちゃん!」
少女はクロンとソールの間を駆け抜けると、両手を広げてフロムの胸にダイブする。彼がバランスを崩して一緒に倒れそうになるほどの勢いを乗せて。
「っとと…! クルス、お前まだ学校に残ってたの? 授業はもう終わったんだろ?」
「おにいちゃんと一緒に帰りたかったから、待ってたのっ。でもクルスね、クルスね、一人でもさみしくなかったよっ!」
二人の会話から察するに、彼女はフロムの妹なのだろう。思いがけない闖入者に一度は戸惑ったクロンだが、これで少しは考える時間ができたというものだ。
彼はこの機を逃すまいと、笑みを浮かべながら彼ら兄妹に話しかけた。
「妹さんですか? 見た所、低学年の子みたいッスけど」
「…あ、君まだ居たんだ。君には関係ない事だろ? てかさ、ボクもう帰っていい? これでも忙しい身なんだよね。君と違ってさ」
心なしか、妹が来た事で早口になったように思える。焦っている、ようにも見えた。
その妹はと言うと、フロムの胸にぎゅーっと顔を押し付けている。どうやら妹に振り回されやすいタイプの兄らしいと見たクロンは、にやりと意地悪い笑みを浮かべた。
(…使えるかも知れない)
この妹――クルスと呼ばれていた少女を上手く利用すれば、デュエルという目的を達する事もできるかも知れない。
自分より更に小さな子供を利用するのは気が引けるが、と言って他に良い方法は無い。そう決断し、彼は早速実行する。
「ねえ君、クルスちゃん……でしたっけ?」
「ふみゅ? …おにーちゃん、だぁれ?」
フロムの胸から顔を話したクルスが、透き通った瞳にクロンを映す。それでも両腕はフロムの背中に回している辺り、お兄ちゃんっ子なのだろう。
「あ、ボクはクロンって言って、四年生です。君はフロム君の妹ちゃん?」
「んーとね…。うん、クルスね、フロムおにいちゃんの妹で一年生なのっ。ねえおにいちゃん、この人お友達?」
クロンに興味が湧いたのか、クルスは太陽のような明るい笑みで兄の顔を見上げる。フロムは――…どうやらクロンの思惑に気付いたらしく、舌打ちして首を横に振った。
「友達でも何でもないよ。何か声を掛けてきたから、適当に相手をしてやってただけ。…えーと、クロンとかだっけ? そういう訳だから、ボクは帰らせてもらうよ」
「えーっ。いいじゃないッスか、デュエルの一回や二回くらい。減るもんじゃないでしょ?」
わざと『デュエル』の部分を大きな声で言うと、期待通り、クルスは「デュエル?」と小さな反応を見せてくれた。
『デュエル』の一語に反応した所を見ると、彼女も決闘者なのだろうか。何れにせよ、今の言葉で彼女をより一層会話に引き込む事ができた。彼女はクロンとフロムの顔を何度か見比べた後、「ねえ」とフロムに話しかける。
「おにいちゃん、この人とデュエルするの!? ねぇねぇ、クルス応援してもいい?」
「だーめ。そもそも、この子とはデュエルしないって話をしてたの。だからデュエルはしないの」
「えー、どーして? フロムおにいちゃん強いんでしょ? どうしてデュエルしないの?」
「あーもう、面倒くさいなぁ…」
フロムは指に妹の髪をくるくる絡めながら、何度も舌打ちする。睨んだ通り、妹には苦労している兄のようだ。
これなら、あるいは。クロンは内心にやにや笑いながら、この兄妹のやり取りを静観した。
「しないって言ったらしないの! クルスがいくら頼んでも、絶対にやらないからなっ」
「えー、ケチぃー。…あっ、じゃあクルスがやる! クルスがこのおにーちゃんとデュエルするっ! それならいいでしょ!?」
「だーめーだっての。帰りにお菓子買ってあげるから少し黙ってて!」
「…ぶー」
もはや意地なのだろうか。フロムはあくまでクロンと戦うつもりはないようだ。最後は物で釣る形で、妹を無理やり黙らせた。
クロンの作戦は失敗した。やはり今この場で彼とデュエルを取り付けるのは難しいらしい。――否、妹を利用したという事で、今後もデュエルを断られる可能性もある。
(むぅ…。まずいなぁ、何か手を打たないと…)
考えているうち、痺れを切らしたらしいフロムが、不機嫌そうに溜め息を一つ吐いて二人に背を向ける。
「交渉決裂、だね。じゃあボクは帰るよ。どうしてもボクと戦いたいなら、君もあの店の大会に出たら? ボクは次も出場するつもりだから、運が良ければ戦えるんじゃない? ま、初戦限定だろうけどね」
「大会…? あっ!」
その一語、その一言で、閃いた。
自分を戦う価値の無い相手と見た彼の認識を覆し、その上でデュエルを受け入れさせる方法。
クロンはにやりと笑うと、妹の肩を抱いて離れていくフロムの背中に向かって一言叫んだ。
「
彼が叫んだ答えは、自分の師匠の名前。そして先の大会の決勝で、フロムを打ち破った決闘者の名前だった。
姫利の名前が出た事で、帰りかけていたフロムの足が止まり、彼と彼の妹の視線が再びクロンに向けられる。
思った通り。クロンは内心ほくそ笑みながら、話を続けた。
「やっぱり、姫利お姉ちゃんの事は知ってますよね。何でも、その大会の決勝戦で負けたんだとか」
「…強かったからね、あのお姉ちゃんは。で、それが何?」
「もしボクが姫利お姉ちゃんに勝った事があるって言ったら、どうします?」
「……っ」
フロムの表情に変化はないものの、確かな手応えはあった。
当然と言えば当然だった。校内では負け知らずで通り、大会では決勝戦まで勝ち進んだ彼を破った彼女の名前を、彼が忘れているはずがない。
その彼女に勝った事があると豪語されたのだ、信じる信じないはともかく、内心穏やかではないはずだ。
(ほー、ここでその話を出すのか…。やるなぁ、こいつ)
このとっさの機転に、ソールもニヤリとほくそ笑む。彼女から見ても、姫利の名を出したのはベストな選択に思えた。
実力を認めさせるのに一番楽な方法は、他人の名前を出す事だ。実力者で通っている彼女の名前なら、尚更効果が高いだろう。案の定、クロンの言葉はフロムの興味を引く事には成功したようだ。
「姫利お姉ちゃんに勝った? 君が? …これはまた、大きく出たね。その度胸だけは評価してあげてもいいよ」
前髪を掻き上げ、フロムは嗤う。話を微塵も信じていないのは、その態度から明らかだった。
「でも悪いけど、その手は通じないよ。君みたいな子供があのお姉ちゃんに勝つなんて到底信じられないからね。それとも、ビギナーズラックだとでも言うのかな?」
「さーて、どうだったかな。でも、今の話は本当の事ッスよ?」
「…ふーん?」
クロンが主張を曲げなかった事で、フロムは唇に手を当てて考え込む。
無論、まだ話を信じてはいないだろうが、クロンの自信満々な口ぶりから、「あるいは本当に…?」と思い始めているのだろう。どうしたものか、判断に困っている様子だった。
「…ちなみに、君がお姉ちゃんと戦った場所は?」
「カードショップ、ドロレスヘイズ。お兄ちゃんが姫利お姉ちゃんと戦ったのと同じ場所ですよ」
「なるほど、つまり――…もし本当に君がお姉ちゃんに勝ったとすれば、あの店ではちょっとしたニュースになってるって訳だね。何しろ大会優勝者がちっぽけなガキに負けた訳なんだから」
「…そうなりますね」
嫌味は適当に受け流し、クロンは頷く。フロムはもう一度大きな溜息を吐いた後、諦めたように「オーケー」と一言告げた。
「どうせ嘘だとは思うけど、少しだけ君の話に付き合ってあげるよ。明日の午後二時、ドロレスヘイズで待ち合わせしよう。店の人に聞いて回って、もし君の話が本当だったなら、相手に不足はないって事で君とデュエルしてあげる。…どうかな?」
神経を逆なでする言葉を選んでいるが、クロンにとっては悪くない話だった。
何しろ姫利に勝ったという話は事実なのだから、どう確かめられようと問題はない。当然、クロンは二つ返事で彼の提案を受け入れた。
「交渉成立ッスね。じゃあボクもその時間にドロレスヘイズに行きますよ。…そうだ、どうせなら何処かで待ち合わせして一緒に行きます?」
「いや、結構。荷物は一つで十分だよ。それじゃ、また明日。ドロレスヘイズでね」
フロムは妹の頭を手でポンと叩き、その場を後にする。今度こそ、クロンは引き留めはしなかった。
紆余曲折あったものの、辛うじて約束を取り付ける事ができた。クロンは安堵の息を吐いて、隣にいるソールに視線を送る。
「何とか…、何とかッスね。お兄ちゃんにあそこまで嫌がられるとは思わなかったッスけど、まずは目的達成って事で」
「そういう事だな。…しかし、どういう事だろうな、あの野郎。話に聞いてた印象とは、まるで違うじゃねーか」
「……じとー」
「な、なんだよその目は! 嘘なんか吐いてねーよ! つーか、春川の奴も性格がいいとか何とか言ってたろーが!」
「あ、確かに。となると……んー、ボクの姫利お姉ちゃんが嘘吐く訳が無いし、どういう事なんでしょ?」
考えても、答えは出ない。
ただ一つだけ言える事は、これで彼と戦う事ができるようになったという事だ。
「ま、そんな事はどうでもいっか。デュエルは明日ですし、今日はボクも家に帰ります」
「ん。そうだな。俺様も帰るとすっか」
長かった時間は、あっと言う間に過ぎ――、二人は別れ、それぞれの家へと帰って行った。
――――――
―――――
――――
それから、数十分後。
クロンと別れ、一度家で着替えたソールは、カードショップ『ドロレスヘイズ』へと足を運んだ。
目的があって来た訳ではない。ただ家でじっとしているよりも、ここで過ごした方が楽しそうだと踏んだからだった。
店内にはクロンの姿は無かったが、代わりに姫利と百合がいつものテーブルで談笑していた。二人はソールの姿に気付くと、こちらに手を振ってくる。
「あら、こんにちは。ソールちゃん、だったかしら」
「あ? 気安く呼んでんじゃねぇぞ糞春川。テメーと仲良くなった覚えはねーからな」
「…一応、年上なんだけどね。私」
姫利は苦笑しながらも、開いていた席にソールを招き入れる。ソールはそれを無視し、店の中をきょろきょろと見渡した。
(今日も来るかと思ったんだが……来てねぇのかな、あいつ)
それがクロンの事を指しているのは言うまでも無い。デッキ調整でも手伝おうかとも思ったのだが、本人がいないのでは無理な話だった。
「…なぁ、今日はあいつ来てねーのか?」
「あいつ……ああ、クロン君の事? 彼ならさっき、今日は家でゆっくりデッキの最終調整するんだー、ってメールが届いたから、来ないと思うけど」
「そうなのか。…つまんね、帰るわ俺様」
もともと姫利らとはそれほど仲が良い訳ではない。ソールはさっさと店を出ようとしたが、そこへ、百合のねちっこい声が聞こえてきた。
「ありゃ、もう帰っちゃの? …あっ、察し。そっかー、クロぽんに会いたくてここに来たのかー。いやはや、青春だねぇ。純愛だねぇ」
「あぁ!? 誰が、誰にだとぉ!?」
「だって、クロぽんがいないから帰るんじゃん? つまりそーゆー事じゃん? ひとえにラヴじゃん?」
ここぞとばかりに煽ってくる百合に、ソールは犬のように唸って威嚇する。その間に入って仲裁するのは、姫利の役目だった。
「はいはい、百合は女の子をからかわない、ソールちゃんは怒らない。せっかく来たんだし、一緒に話でもしていかない? 女の子同士、水入らずでね」
「あ、百合ちゃんそれ賛成。卑猥のYで、Y談とかどーよ?」
「放り出すわよ、百合」
良くも悪くも息の合った二人の空気に、ソールは少し躊躇うが、どのみち予定がある訳でもない。先程の百合の言葉もあって、しぶしぶ彼女達の間に入る事にした。
とは言え。昨日はクロンの仲裁あって二人と話したが、今日彼はここにいない。何を話したものか、すぐには思いつかなかった。
「そうそう。そう言えば、どうなったの? 昨日の話」
「あ?」
「ほら、貴方達の学校に強い子がいるって言ってたじゃない。あれ、どうなったの?」
「ああ…」
興味津々と言わんばかりの姫利の表情。ソールは面倒くさそうに頬を掻きながら、この話題に乗る事にした。
「クラスの奴に聞いて回って、何とかそいつを見つける事はできたよ。俺様の隣のクラスの糞ガキだった」
「へえ、じゃあ一緒に探してあげたんだ? ふーん…。いいとこあるじゃない、あなた」
「うるせーよ。…で、まああれだ。色々あってデュエルの約束を取り付けて、明日の二時にここでやる事になったって訳だ」
「ここで? …なら、私達も観戦できそうね。ねぇ百合?」
心なしかいつもより表情が緩んで見える姫利が、微笑みながら百合を見る。百合は彼女の意見には答えず、にたにたと笑いながら、ソールの顔をじっと見ていた。
「ふーん、そっかぁ、クロぽんと一緒にねー。ふーん、なるほどなるほど…」
「…あんだよ、何か文句あんのか? 俺様が何しようが俺様の勝手だろーが」
「いやいや、そういう話じゃなくてね? んふふ」
「あー? 何か知らねぇが、言いたい事があるならハッキリ言えよ。殺すぞ」
次第に腹が立ち、中指を立てて百合を挑発する。彼女は表情を変えないまま、「いやね?」と声を返した。
「昨日、クロぽんがソルたんと約束してたじゃん? 一緒に探してくれたら何とかかんとかって。あれ、どうなったのかなーって、思ってたの」
「あ? ――…あっ」
少し間を置いた後、百合の言わんとしている事に気付き、ソールは赤面する。
昨日彼女がクロンと交わした約束とは即ち、一緒にフロムの事を探してくれたら頬にキスするという、冗談だとばかり思っていた取り決めの事だった。
――無論、クロンがその約束を実行したかどうかなど、百合にはわかる筈がない。だが今のソールの表情の変化で全てを悟ったらしく、肩を揺らしてよりねちっこい笑みを浮かべた。
「あるぇー、どったのソルたん? あっ、察し~。んふふ、クロぽんたら罪深いねぇほんと」
「バッ……別にそんなつもりで手伝ったんじゃねーよ! あいつがどうしてもって頼んできたからだな――、」
「うんうん、わかってるわかってる。何も言わなくてもお姉さんは、ぜ~んぶわかってるから」
「ッ~~!」
言葉にならない叫びを上げ、ソールはガンガンと机を叩く。それを見て、百合はまた愉快そうに笑った。
(……? 二人とも、何の話をしてるのかしら…)
ただ一人、姫利だけは話の内容が掴めず、不思議そうに首を傾げていたのだが。
「……で。実際のところ、どうなんだ?」
しばらく百合と騒ぎあった後、ソールが表情を変える。その視線は姫利へと向けられており、今の問いも彼女に対してのもののようだった。
「勝てると思うか、あいつ。昨日は厳しい事言ってたみてーだが、正直どう見てんだ、テメェは?」
これまで敵意しか無かった彼女の目が、この時だけは真剣なものとなっていた。
姫利は目を閉じて一考すると、静かに首を横に振る。
「現状じゃ、まず無理でしょうね。可哀想だけど。…それ程の相手よ、あの時の男の子は」
「…あいつ、火力不足に悩んでたよな。実は俺様、さっきあいつに何枚かカードをくれてやったんだよ、攻撃力の高いやつとかサポートカードとかな」
カードをあげたと言う言葉に、百合の体がピクリと反応したが、場の空気を読んだのか今回は何も言わず、怪しい笑みを浮かべるだけで終わった
「それでも、ダメか?」
「…ええ。デッキの相性の問題じゃない、決闘者としての実力の差が、ね」
できる限り公平に考えた末の意見のようだった。それを聞くと、ソールは気落ちしたように深い溜め息を吐く。
(勝てる見込みのない戦いって訳か…。チッ、あのキザったらしい優等生野郎の鼻っ柱をへし折ってやりたかったんだがな)
このデュエル、どちらが勝とうとソールには関係のない事だったが、自分が手を貸した事と先程のフロムの言い草から、クロンの肩を持つようになっていた。
だが、自分以上に彼を贔屓している筈の姫利の口から、はっきり「不可能」の文字が出た以上、彼の勝利が絶望的だと思わざるを得ない。悔しいという感情が、彼女の中で渦巻いていた。
「けど、可能性が無い訳でもないわ」
ソールの心中を察したのか、姫利が穏やかな声で彼女に話しかける。
「あの子は、…なんていうか私の思いも寄らない戦い方をするから。知ってるでしょ、私があの子に一回だけ負けたって話」
「ああ、見てた。…あの時みてーな事が、もう一回起こるってのか?」
「もしかしたらね。そういう素質があるのよ、あの子」
そう言って、姫利はにこりと微笑んだ。
あるいは彼女が一番、クロンの勝利を信じているのかも知れない。無理な事だと知りながら。
「どちらにしても、あの子にはいい刺激になる相手だと思うわ。明日のデュエル、楽しみね」
「………」
ソールは答えなかった。彼女は姫利ほどクロンの実力を見込んでいないし、初心者というイメージもまだ拭い切れていなかった。
(結局のところ、明日にならなきゃわからないって事か…)
自分が戦う訳ではない。それはわかっているのだが、何故だか彼女はこのデュエルの勝敗が気になって仕方が無かった。
――――――
―――――
――――
そして、その時は来た。
この日は雲一つない青空で、申し分ない決闘日和だった。もっともデュエル自体は店の中で行うのだから、雨であっても問題は無いのだが、要するに気分の問題だ。爛々と輝く太陽の光は、人の心をポジティブにさせる。
「…うん、間に合ったッスね」
午後一時五十分。クロンの自転車がカードショップ『ドロレスヘイズ』の店先に止まる。約束の時間まで少し余裕があるが、もとより彼の方から持ち掛けた話なのだ。早めに来るのが礼儀という事なのだろう。
彼の顔には普段と変わらぬ笑みが張り付いており、ゆとりのようなものを感じさせる。それもそのはず。彼は昨夜、入念にデッキ調整をしてこの場に来ているのだ。
姫利らの前評判はさておいて、彼自身はこのデュエルを勝つつもりでいる。それだけの策と技術は、用意してきたつもりだ。
「…よし」
細工は流々、後は実際に戦ってみるだけの事。クロンは意を決して、店の扉に手をかける。
と、その時。聞き覚えのある声が、背後から聞こえてきた。
「よお、来てたのか」
振り返ると、そこには私服姿のソールが、笑みを浮かべて立っていた。
「あ、ソールちゃん。こんちはッス」
「おう。いよいよ今日だな、どうだ、勝てる見込みはあんのか?」
「さあ、どうでしょ。やるだけの事はやりましたけど、相手のデッキがわからない事には何とも言えないッスね」
言いながらも、クロンの表情には余裕の笑みが浮かんでいる。それを見て、ソールは「そうか」と頷いて彼の肩をポンと叩いた。
「ま、俺様が協力してやったんだから、負ける筈がねーんだけどな。例え相手が優等生野郎でもよ」
「んー。微妙にフラグ立てるのは勘弁してほしいですけど……ま、おかげさまでいいデッキも作れましたし、頑張ってみますよ」
「おうっ」
軽く言葉を交わし、彼らは早速する店に入ろうとする。が、同じく『ドロレスヘイズ』に近づく一組の人影がある事に、二人は気付いた。
その一組の影とは、他でもないフロムと、その妹クルスの二人だった。二人はクロン達の姿を見つけると、彼らの前で足を止める。
この日のフロムは当然私服だった。可愛い動物のイラストが描かれた青い上着と長ズボン、そして首からは砂時計を模したペンダントが下げられている。
妹のクルスは、所々にフリルがついたピンク色の服を着ており、その姿はさながら物語に出てくるお姫様を思わせた。左手には決闘盤を外した状態で抱えており、もう一方の手でフロムに抱き付いたまま、真直ぐにクロンの方を見つめている。
「へー、逃げずに来たんだ?」
フロムはクロンの顔を見るなり、鼻で笑って、ドロレスヘイズの看板を見上げる。
「じゃあひょっとして、君が姫利お姉ちゃんに勝ったって話、本当だったとか? …ま、どっちでもいいか。どう間違ったって、天才美少年のボクが君に負ける要素は無いからね」
昨日もそうだったが、やはり彼の言葉は一つ一つに棘がある。誰からも好かれる優等生と言うには、とうてい無理のあるように思えた。
が、そんな事は今はどうでもいい事だ。クロンはにやりと笑みを浮かべると、一番に店の中に入っていった。
店の中には――…やはりと言うべきか、姫利と百合が、一足先にいつものテーブルで座って談笑していた。
以前姫利はこの店には毎日のように来ていると言っていたが、その言葉に偽りはないらしい。二人はクロン達の姿に気付くと、笑みを浮かべて手を振ってきた。
「あ、噂をすれば。おっすおっすクロン君、観戦しに来たわよ」
「やほークロぽん、お先に待ってたよー。あ、ソルたんだ」
どうやら二人も今回のデュエルを見に来たらしい。なぜ今日のこの時間に来る事まで知っているのかクロンは疑問に思ったが、百合がソールを親しく綽名で呼んでいる事から何となく想像はできた。
ともあれ、この二人が応援してくれるのならこれ程心強い事は無い。ただ見てくれているだけでも、心は引き締まるものだ。
そう思っていた時だった。
「あ、姫利お姉ちゃんだーっ!」
鳥肌が立つほどの甘い声が聞こえ、クロンの横をすり抜けた影が一つ。彼の後ろから店内に入ったフロムが、急に子供らしい笑顔を浮かべて姫利達の前に躍り出ていた。
「こんにちは! この間の大会以来だね、お姉ちゃん!」
「あら、こんにちは。話はこの子達から聞いてるわ。私が戦う訳じゃないけど、お手柔らかに、ね?」
「うん!」
それは、まるで別人と見紛うほどの変わりようだった。
とは言え。
「…なんですか、あれ? 何ていうか、人が変わってるっぽいんッスけど」
「さあな。…ぶりっ子って奴じゃねぇのか?」
「ぶりっ子? …確かにそうとしか思えないですけど、どうして今さら?」
「知るかよ、んな事」
フロムの態度の変化に納得のいく説明が思い浮かばず、互いに首を傾げる。
あるいは彼は二重人格なのでは。そう思った時、クロンはこの場に彼の妹がいる事を思い出した。兄の態度の変化を動じずに眺めている彼女の肩を叩き、そっと耳打ちする。
「えっと、クルスちゃんでしたっけ?」
「ふみゅ? …うん、クルスね、クルスだよ?」
「クルスちゃんのお兄ちゃん、どうしたの? 何ていうか、さっきと全然違うように見えますけど」
率直に質問すると、クルスは「んーとね」と指をくわえて考え込んだ後、思い出したように顔を上げた。
「クルスのパパがねっ、パパがねっ。女の人には優しくしなさいって、おにいちゃんにいつも言ってるの! あのおねーちゃん達女の人だから、おにいちゃん優しくしてるんだよ!」
「女の人に優しく……ジェントルマンってこと?」
「うんっ!」
クルスはにっこりと微笑み頷いた。
要するに。フロムは基本的に皮肉な毒舌家ではあるが、女性に対しては――…今の様に、子供らしい毒のない態度で接するよう心掛けているのだろう。そう言えば、姫利らに対する彼からはぶりっこ特有の嘘臭さは感じなかった。
だとすると、『優等生』と言う評判と実際の彼とのギャップの原因も少しわかったように思える。優等生と毒舌家、この相反する性格のどちらもが、彼の偽りない本質なのだ。
恐らく学校内では教師――女性教師限定かも知れないが――の目がある為、彼は優等生としての性格を周囲に見せているのだろう。そして、その目が届かない場所、つまり男や年下の子供しかいない場では、本来の棘のある性格が表に出てくるという事か。
(なるほど、少し納得ってところッスね)
思いながら、クロンは小さく頷く。最初は何事かと思ったが、聞いてみれば何でもない。女性の前では態度が変わるだけという話だった。
そういうしているうち、フロムと姫利らの間でも話に花が咲いていたらしい。話題は、昨日フロムが疑っていた事に触れているようだった。
「――…じゃあ、本当なの? 本当にあの子、姫利お姉ちゃんに勝った事があるの?」
「ええ、事実よ。今の所、最初の一回だけだけど……ね」
「へー…。そういう事もあるんだ」
信じられないといった表情で、フロムが振り返る。とは言え姫利本人が敗北を認めているのだから、信じない訳にもいかないだろう。
フロムは暫くクロンの顔を見つめた後、「わかった」と一言告げて、次いで妹のクルスに視線を向ける。
「なら、ボクも手加減なしでいかないとね。クルス、ボクの決闘盤」
「はーいっ」
フロムが左腕をクルスに突き出すと、彼女はいそいそと持っていた決闘盤を彼の腕に装着する。彼女が大事そうに抱えていた決闘盤は、彼のものだったようだ。
そして、この行為が意味する事は一つ。ついに、その気になったのだ。
「じゃあ、デュエルルームに行こっか、クロン君。姫利お姉ちゃんのお弟子さんの実力と、ボクの実力。どっちが上か見せっ子しよう」
口調は穏やかだったものの、彼の目には必ず勝つという自信に満ちていた。
言葉通り手加減をするつもりはないのだろう。クロンは笑って頷き、戦いの場へと足を向けた。
――――――
―――――
――――
店内のデュエルルームにて、クロンとフロムは対峙する。色々と障害はあったが、漸く、この二人の戦いが始まろうとしていた。
彼らの傍には、姫利とソール、加えて百合とクルスの四人が壁に凭れて観戦に回っている。もっとも彼女達はあくまで勝負を見ているだけで、どちらに対してもアドバイスする事はないだろう。
互いにデッキをシャッフルし、決闘盤を起動する。この時には、どちらも子供の表情では無く、決闘者のそれへと変わっていた。
(さて、問題は…。ボクの実力が、どの程度通用するか……ッスね)
フロムの性格はともあれ、実力者がある事に変わりはない。勝負に持ち込んだところで、手も足も出ずに完敗する可能性も無くはないのだ。
だが、窮鼠猫を噛むという言葉もある。大切なのは、諦めない事と、決して油断しない事。それさえ忘れなければ、チャンスは必ず来るはずだ。
自信がある訳ではない。だがクロンは、敢えて不敵な笑みを浮かべてフロムを見つめる。
そして――、
『デュエル!』
戦いが、始まった。
「ボクのターン、ドロー!」
先行を得たのはクロン。彼は初期手札五枚に加えさらに一枚のカードを引くと、笑みを浮かべて最初の戦術を練る。
引き運は、悪くなかった。モンスターも罠もいいものを引いてきている。その中には、かつて制限カードにも指定された《聖なるバリア‐ミラーフォース‐》も含まれていた。
「…まず手札から、アックス・ドラゴニュートを召喚します!」
彼が初めに召喚したのは、その名の通り両刃の斧を装備した、人型に近いシルエットのドラゴン。ソールに貰ったカードの一つだ。
このカードは攻撃力2000という高めのステータスを持つが、攻撃終了後に守備表示になるという効果を持つ癖のあるカードだ。
攻撃後に晒す事になる守備力は1200と決して高くない数値で、他に大した効果を持たないが、クロンはこのモンスターを高く評価していた。
その理由の第一は、このカードは攻撃後に守備表示になるものの次のターン表示形式を変える事ができる点。その為《ゴブリン突撃部隊》等と違い毎ターン攻撃が可能で、攻め手に欠ける相手ならば相当な脅威になる。
第二に、このカードの守備力が高くは無いが致命的に低い訳でもない点だ。相手が守備表示のこのカードを戦闘破壊しようとするならば、それなりの攻撃力を持つモンスターを動かさなければならない。
それは罠を得意とするクロンにとっては望むところで、高い攻撃力はもちろんの事、囮という意味でも《アックス・ドラゴニュート》はクロンと相性が良いモンスターと言えた。
「更にカードを二枚セットして、ターンエンド!」
次にクロンは、二枚のカードを伏せる事でターンを終える。
相手の実力が未知という事で、守りを固めたのだが――…以外にも、その中に《ミラーフォース》のカードは無かった。
(ここはミラーフォースは温存しておこう。いや、攻撃力2000の壁と二枚の伏せカードがあれば、迂闊に攻撃はしてこないはず…)
慎重に、そして大胆な発想で最良と思える手を考え、実行する。後は、相手の出方を見るだけだ。
「アックス・ドラゴニュート」 モンスター
闇属性 ドラゴン族 ☆4
攻撃力2000 守備力1200
効果:このカードは攻撃した場合、ダメージステップ終了時に守備表示になる。
「聖なるバリア-ミラーフォース-」 通常罠
効果:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て破壊する。
「じゃあ今度はボクのターンだね。よしっ、ドローするよ!」
口調は、相変わらず甘えたまま。フロムは笑みを浮かべてカードを引き抜く。
彼はクロンの場を再度確認した後、手札から一枚のカードを選び、決闘盤に叩き付ける。
「手札から、『パラクスの少女 ミン』を召喚!」
現れたのは、露出の多い服を来た青い髪の少女。その幼い肉体には一部、リング状の機械が埋め込まれており、サイボーグのような印象を受ける。そのせいなのか、少女の体は地面から離れ浮遊していた。
その攻撃力は1000と低く《ドラゴニュート》には遠く及ばないが、実力者とされるフロムが何の策も無しにこのカードを攻撃表示で出す訳もない。
「パラクスの少女 ミンの効果発動! 手札の魔法カードを一枚墓地に捨てる事で、次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする!」
「…メインフェイズ1を、スキップ?」
聞いた事のない効果だった。
少女の体に埋め込まれたリングから青い光が放たれ、クロンの決闘盤を包み込む。どうやら次のメインフェイズ1を封じたという演出の様だが、しかし、この効果が何を意味するのか分からなかった。
(メインフェイズ1をスキップ……確かに嫌な効果だけど、そんな事をしてもバトルフェイズに移るだけだし、その後にはメインフェイズ2がある。手札を消費してまで使うほどの効果には……わざと手札を捨てて墓地肥しを? いや…)
クロンは唇に手を当てて考えるが、答えはわからない。そうしているうち、フロムが更に一枚のカードを手札から抜き取った。
「魔法カード、『スロゥ・ナイフス』を発動! このカードを発動した時に、相手のモンスターを一体指定し、そのモンスターを次の相手のエンドフェイズに破壊する! ――そして破壊に成功した場合、このカードは手札に戻る!」
「むっ…」
フロムが発動したカードの中から何本ものナイフが現れ、《アックス・ドラゴニュート》に向かって飛んでいく。
それらは《ドラゴニュート》の手前で、まるで時を止められたように制止するのだが、フロムの効果説明から想像するに、次のクロンのエンドフェイズにこれらが動き出して《アックス・ドラゴニュート》を貫くのだろう。
ただ、相手のエンドフェイズに破壊するという事は、それまでに対処される可能性があるという事だ。上手くいけば何度でも効果を使いまわせる効果とは言え、除去カードとしては今一つ弱い印象を受ける。
先程の《ミン》の効果も合わせて、フロムの狙いが掴めない。それがクロンには不気味だった。
「カードを一枚セットしてターンエンド。さ、次はクロン君のターンだよ」
『パラクスの少女 ミン』 モンスター
光属性 機械族 ☆3
攻撃力1000 守備力1000
効果:1ターンに1度、手札から魔法カードを墓地に送る事で発動する。
次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。
『スロゥ・ナイフス』 通常魔法
効果:相手フィールド上の表側表示モンスター1体を選択して発動する。
次の相手ターンのエンドフェイズ時、そのモンスターを破壊する。また、この効果で装備モンスターを破壊した場合、このカードを持ち主の手札に戻す。
奇妙な、そして不気味な感覚だった。
今のターンにフロムが取った行動は、「メインフェイズ1のスキップ」と「エンドフェイズに発動する除去効果」の二つのみ。特に後者は、いくらでも対処できるカードだ。
エンドフェイズに破壊されるというのなら、それまでに何らかの手を打てばいい。攻撃後に《ドラゴニュート》を使ってエクシーズ召喚するなど、方法はいくらでもある。何故そんな欠点のあるカードを、彼は使ったのか…?
「…ボクのターン!」
考えても仕方ない。とにかく今は、自分のターンをこなすだけだ。
そう思い、カードを勢いよく引くクロン。しかし、この時彼はまだ気付いていなかった。
彼の言う
「――スタンバイフェイズに罠カード、覇者の一括を発動」
ドローを終え、バトルフェイズに入ろうとした矢先。伏せたばかりのフロムのカードが、翻った。
そのカードは、発動タイミングこそ限られているものの、相手のバトルフェイズをスキップさせるという効果を持つ。攻撃を封じるという点では、極めて強力な効果と言っていいだろう。
だが。フロムの狙いは単にクロンの攻撃を封じる事ではない。これまでの行動の裏には、恐ろしい戦術が隠されていた事を、クロンは知る事になる。
「よし、通ったね」
《覇者の一括》の発動を確認するや、フロムは唇を吊り上げる。その喜ぶさまを、クロンは首を傾げて眺めていた。
「あ、やっぱり知らないみたいだね。もう手遅れだし、教えてあげるよ。デュエルモンスターズのルールでは、バトルフェイズを行わなかったプレイヤーはそのターン、メインフェイズ2を行う事ができないんだよ」
「え…?」
「つまりだね。メイン1だけじゃなくバトルフェイズまでスキップさせられた君は――…メインフェイズ2を行えず、そのままエンドフェイズに移行するって事だよ。強制的にね」
「なっ…!?」
即座には信じられない事だった。思わず決闘盤を確認すると……彼の言葉通り、彼のターンはメインフェイズ2を介さずエンドフェイズへと移行していた。
しまった。気付いた時には、確かに遅かった。言うなれば、ドローフェイズ以外の全てのフェイズを奪われたようなもの。手遅れにも程がある。
(これが狙いだったのか…! メインフェイズとバトルフェイズを奪って、ボクのターンを終了させて…! ――あっ!)
言いながら、もう一つ悪い事態がある事を思い出したクロンは、思わず《ドラゴニュート》の方を見る。
「――時は動き出す」
フロムの声が聞こえたと同時、先程彼が発動した《スロゥ・ナウフス》が、《ドラゴニュート》の体を串刺しにする。
これも彼の狙いだった。相手のターンを強制的に終了させ、安全にモンスターを破壊し……しかも、《スロゥ・ナイフス》は手札に戻り、フロムのターンに移行する。
奇妙だなど、とんでもない。全ては計算の上で行われた戦術だった。教えられるまで彼の狙いがわからなかっただけに、クロンは、鳥肌が立つほどの恐怖を覚えた。
「メインフェイズとバトルフェイズを封じる事で、相手ターンを消し飛ばす。それが、パラクスの少女デッキだよ」
戦いは、まだ始まったばかりだ。
「覇者の一括」 通常罠
効果:相手スタンバイフェイズで発動する事ができる。
発動ターン相手はバトルフェイズを行う事ができない。
【クロン】 LP:8000
手札:4枚
モンスター:なし
魔法&罠:2枚
【フロム】 LP:8000
手札:4枚(一枚はスロゥ・ナイフス)
モンスター:パラクスの少女 ミン(攻撃表示)
魔法&罠:なし