クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第十五話:アディショナル・タイム

 苦しい状況だった。

 致命的なダメージこそ無いものの、じわじわとライフを削られ、反撃の手段も微に砕かれている。更に厄介なのが、《ワーム・リンクス》の存在だ。

 エンドフェイズ毎に使用者にカードを与えるこのカードがある限り、二人のアドバンテージは常に開き続ける事になる。これでは時間を稼ぐという行為すらも、自分の首を絞めるに等しい。

 しかも《リンクス》を攻撃しようにも、《強制終了》によって攻撃は阻まれてしまう。簡素ではあるものの、この二枚の組み合わせも強力なコンボではあった。

 

 

 

【クロン】 LP:5000

手札:1枚

モンスター:メタル・リフレクト・スライム(守備表示)、THE トリッキー(攻撃表示)、魔轟神獣ガナシア(攻撃表示)、アマゾネスの鎖使い(攻撃表示)

魔法&罠:メタル・リフレクト・スライム(発動中)、伏せカード×3

 

【フロム】 LP:8000

手札:2枚(一枚はスロゥ・ナイフス)

モンスター:パラクスの少女 ミン(守備表示)、パラクスの戦乙女(攻撃表示)、ワーム・リンクス(攻撃表示)

魔法&罠:強制終了(発動中)

 

 

 

 もちろん、まだチャンスはある。クロンの勝利と言う可能性は、確かに残されている。

 メインフェイズ1でクロンが伏せたカードは、《ミラーフォース》《魔宮の賄賂》《奈落の落とし穴》の三枚。これらのカードがある限り、フロムとてそう簡単には攻め込む事はできないのだが…。クロンの心には、いつしか諦めの誘惑が忍び寄っていた。

 相手のフェイズそのものを封じ込める《パラクスの少女》に、《強制終了》という鉄壁の防御。時間と共に膨大な利益を生む《ワーム・リンクス》の存在。

 この布陣を崩して、今だ傷一つついていないフロムのライフを削り切るイメージが、どうしても湧いてこなかった。手札と伏せカードだけではない、デッキのあらゆるカードを考慮に入れても、打開策が思いつかない。

 それほど、上手だったのだ。フロムという決闘者がこれまで見せた戦術は。

「…まいったな。どうやっても、勝てそうにない」

 珍しく諦めの言葉を吐きながら、クロンは空しく笑う。彼にしては珍しい弱気な台詞だった。

(姫利お姉ちゃんの言う通りだった。今のボクとフロムお兄ちゃんとじゃ、実力に差があり過ぎる…)

 これまで読み合いで散々敗北を喫した事で、クロンの心は弱っていた。戦いそのものを放棄するには至らないものの、勝利と言う目標から目を背け始めている。

 クロンは力なくターンの終了を宣言すると――。ぼんやりした目で、次のフロムの行動を眺めた。

 

 

 

 

「ボクのターン、ドロー!」

 プレッシャーに呑まれたクロンとは対照的に、フロムの動きは軽い。余裕たっぷりの笑みを浮かべ、新たにカードをドローした。

 クロンのエンドフェイズに《ワーム・リンクス》の効果で引いたカードを加え、彼の手札は現在四枚。フロムは揚々と自分の手札を眺めた後、次いでクロンの場に視線を移す。

(あのガキの伏せカードは三枚か…。一枚はさっきサーチした奈落の落とし穴だろうけど…、流石に今攻撃するのは無謀だね。けど、手札はたったの一枚……なら…)

 フロムはにやりと笑い、手札から一枚のカードを選び、決闘盤に差し込む。

「魔法カード、スロゥ・ナイフスを発動! 次の君のエンドフェイズに、THE トリッキーを破壊する!」

 長らく温存していた除去カードを、彼はここで使う。カードの中から無数のナイフが飛んでいき、《トリッキー》の目の前で制止する。

 《スロゥ・ナイフス》は何度でも使いまわす事が可能な除去カードであるが、回収には破壊対象のモンスターが次のエンドフェイズまで存在しなければならないという条件がある。

 従って、もし《トリッキー》が何らかの理由でフィールドを離れれば《スロゥ・ナイフス》は不発に終わり回収もできないのだが、クロンの少ない手札を見たフロムは、その可能性は低いと考えた。

 ならば、試してみる価値はある。これから毎ターン、《スロゥ・ナイフス》の効果が失敗に終わるまで発動し続け……ゆっくりとクロンの場をズタズタにする。それが彼の狙いだった。

 だが――。

「…カウンター罠、魔宮の賄賂を発動! スロゥ・ナイフスの発動を無効にして破壊するッス!」

 彼の思惑を読んだクロンが、伏せカードを発動させてその狙いを阻む。《トリッキー》の手前で制止していたナイフが消滅し、《スロゥ・ナイフス》のカードも砕けて散った。

「魔宮の賄賂か……いや、ここで発動させられただけでも儲けものかな。それじゃ悪いけど、遠慮なくカードを引かせてもらうよ」

 思惑は外れたが、それはそれで問題ない、フロムは《賄賂》の効果で更に一枚カードを引いて、にやりとほくそ笑む。

「うん、いい感じ。魔法カード、地砕きを発動! 君の場の一番守備力が高いモンスター、メタル・リフレクト・スライムを破壊する!」

 突如、大地が割れ、《リフレクト・スライム》が深い闇へと呑まれていく。

 彼が発動した《地砕き》は、相手の場に存在するモンスターの内、最も守備力の高いモンスターを破壊する魔法カード。《スロゥ・ナイフス》のような回収効果は持たないが、対象を選ばない効果である点と速効性から評価の高いカードである。

 当然、その速効性はこの局面でも大きな意味を持つ。

「パラクスの戦乙女の効果発動! エクシーズ素材のマリアを取り除く事で、このカードの攻撃力を500ポイントアップし、更に全体攻撃をする事ができる!」

 《メタル・リフレクト・スライム》を除去した今、クロンの場のモンスターは全て《戦乙女》で破壊可能だ。その隙をフロムが見逃す筈も無く、彼は当初の計画を捨てて攻撃を決断する。

 無論、リスクはある。しかし《強制終了》という防御策と《リンクス》という補給線がある今、それは小さなリスクであった。

「ワーム・リンクスを守備表示にして、バトルフェイズ! 戦乙女でトリッキーを攻撃!」

 命令を受けた《戦乙女》がスラスターを吹かせ突撃する。――瞬間、クロンの伏せカードが翻った。

「させない! 罠カード、ミラーフォースを発動! お兄ちゃんの攻撃モンスターを全て破壊する!」

 クロンが発動したのは、奇しくもフロムも発動した罠カードだった。

 彼の場に現れたバリアが《戦乙女》の攻撃を跳ね返し、《戦乙女》自身を破壊する。しかし、この程度の事は予想の上での攻撃だ。フロムは少しも動じず、笑みを浮かべてクロンの目を見た。

「へぇぇ…。君もミラーフォースを伏せてたんだ? 流石は姫利お姉ちゃんのお弟子さんってところかな?」

「…褒め言葉、と考えていいんですよね?」

「もちろん」

 皮肉たっぷりに言いながら、フロムは手札から一枚のカードを選び、決闘盤に差し込む。

「ふふ…。モンスターと伏せカードを一枚ずつセットして、ターンを終了! ワーム・リンクスの効果で、一枚カードを引くよ」

 何も問題は無い。手札はいくらでも増え続けるのだ。

 フロムは自分の有利を噛みしめながら、静かにターンを終了させた。

 

 

 

 「魔宮の賄賂」 カウンター罠

 効果:相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。

 相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 

 「地砕き」 通常魔法

 効果:相手フィールドの守備力が一番高いモンスター1体を破壊する。

 

 

 

「ボクの、ターン…」

 弱々しい声で宣言し、クロンは新たなカードをドローする。

 そのカードは《魔装機関車 デコイチ》。リバースした際にカードを一枚ドローする効果を持つが、今この状況ではあまり役立ちそうにもない。

 《戦乙女》を破壊したとは言え、フロムの場に《強制終了》がある以上、戦闘で《リンクス》を破壊する事はできない。ここは《リンクス》もしくは《強制終了》を破壊できるカードが来てほしかったのだが、そう上手くはいかないらしい。

 もう一枚の手札《偉大魔獣ガーゼット》も同様であり、《リンクス》の除去には役立ちそうにない。即ち、このターンも《リンクス》を破壊する事は不可能であった。

 届かない攻撃。開き続ける手札の差。あらゆる対策を考えたが、この差は決定的だ。今は攻撃を凌げたとしても、すぐ《戦乙女》に代わるモンスターを召喚され、ゆっくりとライフを削られるだけの事。

(……。詰んだ、かな…)

 あらゆる可能性が潰え、クロンは完全に勝利を諦めた。がっくりと肩を落とし、視線を床に落とす。

 デッキは万全だった。手札も良好だった。それでも勝てないというのなら、それは両者の実力差によるものなのだろう。

 元より、勝てる見込みのない勝負。これ以上、無意味に抗うくらいなら、いっそ素直に負けを認めて、デュエルを終わらせた方が良いのではないか。

 心が折れ、そんな考えが頭を過った時だった。クロンの耳に、激しい怒号が届いたのは。

「おい! なにボーっとしてんだテメェ!」

 ソールの声だった。

 見ると、彼女は苛立った表情で腕組みしながら、こちらに鋭い視線を向けている。

 その怒りが、何に対して向けられたものなのかはわからない。ただ、彼女の目は決して勝負を投げてはいなかった。

「さっきから見てりゃ、野郎にやられっぱなしじゃねーか! あぁ!? さっさとやり返して、ぶちのめしてやれ!」

 ――否。

 彼女の場合、勝負を投げないというよりも、フロムに対する個人的な怒りをクロンにぶつけているだけなのだろう。しかし彼女の一喝は、諦めていたクロンに、苦笑するだけの余裕と気力を与えた。

(はは…。さっさとやり返せ、か。こっちはもう万策尽きたのに、見てる人は気楽だなぁ)

 そう思い、手でも振ろうかと考えた時だった。彼の脳裏に、ある閃きが生まれたのは。

「……やり返せ…」

 もう一度その言葉を呟いた後、クロンは唇に指を当てて熟考する。

(あれを……で、こうして…。それから……なら…)

 これまで培ってきた経験と、デッキの全てのカードを頭に浮かべ、一つの戦術を組み立てる。今まで考えた事すらなかった、全く別次元の戦術を。

「…いけるかも、しれない」

 可能性が、生まれた。たった一つだけ、砂粒のように小さな可能性が。

 それは通常ならばありえない奇策であり――、それでいて、この逆境を覆しかねない妙策であった。

 成功する可能性は低い。今の手札では狙ったところで、手遅れかも知れない。普段なら決して試みないほど分の悪い賭けであるが、しかし、一度勝利を諦めた今の彼は、その僅かな可能性に全てを賭ける事にした。

「ガナシアと鎖使いを守備表示にして、バトルフェイズ! THE トリッキーで、ワーム・リンクスに攻撃!」

 力強く宣言し、フロムの場に一歩攻め込む。

 しかし、当然この攻撃は通らない。

「さっき伏せた収縮を墓地に送って、強制終了の効果を発動。君のバトルフェイズを終了させてもらうよ」

 慣れた様子で攻撃を防ぎ、フロムは自らの前髪を掻き上げる。何度やっても無駄だと言わんばかりに。

 しかし、防がれるのは承知の上での攻撃だ。クロンはわざと強気に笑って見せると、このターンに引いた《デコイチ》に手をかける。

「モンスターを裏守備表示でセットして、ターン終了ッス!」

「OK、じゃあリンクスのカードでドローさせてもらうけど、いいね?」

「もちろん。もう、ジャンジャン引いてくださいッス」

 空元気というのだろうか。わざとらしく言いながら、クロンはふとソールに目を向ける。俯いていた人間が急に元気になった事で驚いているのだろう。彼女は目を丸くして、クロンの顔を見ていた。

「良いヒントありがとソールちゃん。おかげで、希望が持てそうッス」

「あ…?」

 言葉の意味がわからなかったのだろう。彼女は首を傾げて、自分が何かヒントになるような事を言ったのか考えているようだった。

 

 

 

 「魔装機関車 デコイチ」 モンスター

 闇属性 機械族 ☆4

 攻撃力1400 守備力1000

 リバース:カードを1枚ドローする。

 自分フィールド上に「魔貨物車両 ボコイチ」が表側表示で存在する場合、さらにその枚数分カードをドローする。

 

 「偉大魔獣ガーゼット」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆6

 攻撃力0 守備力0

 効果:このカードの攻撃力は、生け贄召喚時に生け贄に捧げたモンスター1体の元々の攻撃力を倍にした数値になる。

 

 

 

「ボクのターン、ドロー!」

 続いてフロムのターン。カードを大量に消費しているにも関わらず、彼の手札は四枚。全ては《リンクス》による手札補充によるものだ。

 彼は四枚の手札に目を通すと、口元を緩めて小さく頷く。

(よし、準備が整った。これで少なくとももう一ターン、あいつの時間を止める事ができそうだね)

 手札が増えるという事は、コンボに必要なカードを呼び込みやすい事を意味する。この状態を維持するだけでも、勝利は約束されたようなものだ。

 しかし。この圧倒的な状況の中、フロムは一つだけ気になる点があった。フロムは視線を一度ソールに向けた後、次いでクロンの顔に向ける。

(さっきまで落ち込んでたこいつの顔が、あの見るからに育ちの悪そうなガキの声を聞いた途端変わった…。他人に影響されやすい性格なのか、それとも…)

 クロンの変化は、当然フロムにも筒抜けだった。しかし、その変化の理由が何なのか、彼にはわからない。

 しかし、理由のない変化はありえない。物事には何か原因があるというのが、彼の考えだ。フロムは暫く悩んだ後、わざとらしく首を傾げて、応援席のソールに声をかける。

「ねえっ、そこのポニテの子。ソールちゃんって呼ばれてたっけ?」

「あ? 何いきなり話しかけてんだ、ぶっ殺すぞ」

 不機嫌そうに凄む彼女を笑顔で無視し、フロムは「あのさ」と言葉を続ける。

「もしかして君、この子の恋人だったりする? もしくは、この子に片思いされてるとか?」

「は…?」

 最初は質問の意味をわからなかったらしいソールだが、やがて顔を赤らめ、明らかな怒りを見せて首を横に振る。

「ざ、ざけた事言ってんじゃねーぞスケコマシ野郎! こんなチビガキ、誰が相手にするかよ!」

「あ、そうなんだ? ごめんね、なんだか仲良さそうに見えたから、つい」

「なにがつい、だ! だいたいこいつとは三日くらいしか話してねーんだ! 良いも悪いもドラマもねーよ!」

 今にも掴みかかりそうな彼女を、フロムは笑って宥める。内心では「ガサツな奴」と馬鹿にしながら。

(…て事は、好きな子に応援されて元気が出たとか、そういう寒い理由じゃないのか)

 今の質問で知りたかったのは、クロンとソールが特別な関係だったか否かだ。

 もしそうだったなら、クロンの変化の理由も説明がつくのだが、「三日しか話してない」というソールの言葉を考えると、その可能性は低いように思える。

(とすると、他に考えられるのは……まさかとは思うけど、ボクに勝つ方法でも思いついた、とか?)

 自分で考えておきながら鼻で笑うフロムだが、しかし、それ以外の理由は考えられなかった。

 何を企んでいるのかはわからない。だが、クロンは何かしらの「策」を心に秘めている。そしてその策は、この状況を一度に覆しうるものだ……と、少なくともクロンは信じている筈だ。

(ま…。天才美少年のボクがこんなガキに後れを取るとは思えないけど、考えのある奴を侮るのは馬鹿と凡人のやること。念の為警戒させてもうよ、クロン君?) 

 一先ずの結論に達したフロムは笑みを浮かべた後、手札から一枚のカードを選び、墓地へと送る。

「手札の魔法カードを捨てて、パラクスの少女 ミンの効果を発動! 次の君のターンのメインフェイズ1をスキップする!」

「む…!」

 まずは一手。彼はクロンのメインフェイズを封じた後、次にセットしていたモンスターを翻した。

「更にパラクスの少女 アンナを攻撃表示に変更して、リバース効果を発動! 君のバトルフェイズも封じさせてもらうよ」

 現れたのは、赤いツインテールの少女。フリルのついた衣服は肌の露出が目立ち、両腕は義手となっている。

 武器は持っていないが代わりに自身より大きい盾を装備しており、その盾に埋められた宝石が敵のバトルフェイズを封じる力を持っているのだろう。

「むぅ…」

 自信たっぷりだったクロンの表情に、僅かな陰りが生まれる。

 それもそのはず。メインフェイズ1を奪われ、バトルフェイズも奪われた事でコンボが成立。次の彼のターンはスキップされたも同然なのだから。

 そしてそれは、フロムに少なくとも一ターンのアドバンテージと安全が与えられた事も意味する。フロムは笑みを浮かべ、次の行動に移る。

「君の時間(ターン)を止めたところで、仕掛けさせてもらおうかな。レベル3のミンとアンナで、オーバーレイ!」

「っ! またエクシーズ召喚…!」

 思わず呟き、咄嗟に伏せカードに手を伸ばすクロン。その様子を眺めながら、フロムは一笑する。

「もう一度戦乙女を出したい所だけど、君の伏せカードが奈落の落とし穴なのは明らかだからね。だからここは…、『パラクスの奇術師』をエクシーズ召喚!」

 二つのカードが一つに重なり、新たなモンスターを形作る。現れたのは、派手なシルクハットとマントを付けた、マジシャンのような姿をした少女のモンスター。

 先端に宝石が付いたステッキを持ち、肩に付けられた箱型の機械から小さな紙を撒いている。両手を大きく広げて紙吹雪を浴びる姿は、その名の通り《奇術師》らしい演出に思えた。

 見た目は他のパラクスの少女に比べて一回り幼いものの、その攻撃力は2200ポイントと高く、基本ステータスに関しては《戦乙女》よりも上だった。

 しかし、攻撃力が高いと言う事は、クロンの伏せカード《奈落の落とし穴》の効果範囲内である事を意味する。案の定、彼は落ち着いた様子で伏せカードを発動させた。

「罠カード、奈落の落とし穴を…!」

「ごめんね、発動できないんだ。パラクスの奇術師がエクシーズ召喚された時、相手は魔法も罠カードも発動できないのさ」

「なっ、ぐ…!」

「とは言え、場に残しておいて嬉しいカードでもないからね。さっそく奇術師の効果を使わせてもらおうかな」

 全ては計算通り。フロムは余裕の笑みを浮かべ、《奇術師》の効果を起動する。

「エクシーズ素材を2つ取り除いて、効果発動! 君の奈落の落とし穴を破壊し、攻撃力1000ポイントのトークンとしてボクの場に特殊召喚する!」

「なっ…!?」

 するとマジシャンの少女は、どこから取り出したのか大きな布を《奈落の落とし穴》のカードに多い被せる。

 そして不思議な呪文を唱え、その布を剥がすと……驚くなかれ、たった今まで存在した《奈落》のカードが綺麗さっぱり消え、代わりに一匹の鳩が飛び出してきたのだ。

 いわゆる消失マジックというものだろう。マジックが成功した瞬間、何処からともなくスポットライトと歓声が《奇術師》に浴びせられ、彼女は出てきた《鳩》を手に乗せて一礼した。

 一モンスターの効果にしては派手な演出であったが、効果そのものは単純で、要するにクロンの《奈落の落とし穴》が破壊され、代わりにトークンが一体フロムの場にトークンが召喚されただけの事である。

 だが。最後の伏せカードを破壊され、その上フロムの場にトークンが召喚されたのは決して小さな事ではない。まして彼はこのターン、まだモンスターを召喚していないのだから。

「さらに特殊召喚したトークンをリリースして、『パラクスの少女 アイリン』を召喚!」

 フロムの場に再び次元の歪みが生じ、召喚されたばかりの《鳩》がその中に呑まれていく。

 代わりに現れたのは、鮮やかな金髪をサイドテールにした少女。服装はノースリーブのタートルネックとミニスカートと軽装だが、少女の周りには円形の盾が六枚浮遊しており、彼女の身を守っている。

 少女の米神には、それらの盾をコントロールする為の小さなアンテナが取り付けられ、他の少女達の様に多少の機械化が施されているのがわかる。

 その攻撃力は他の《パラクスの少女》より高めの2300ポイント。エクシーズモンスター以外で初めて見るアタッカーらしい攻撃力を持つモンスターだった。

「さて。伏せカードが無くなった事だし、安心して攻撃させてもらおうかな。アイリンで、THE トリッキーに攻撃!」

 二体のアタッカーを並べた後、フロムは即座に攻撃に移る。

 命令を受けた少女《アイリン》が右手を《トリッキー》に向けてかざすと、掌に仕込まれた銃口から細いビームを連射。敵の体にいくつもの風穴を開け、消滅させた。

 この戦闘でクロンは300ポイントのダメージを受ける。微々たるダメージではあるものの、フロムとのライフ差が更に開いた形だ。しかも、攻撃はまだ終わっていない。

「次! パラクスの奇術師で、セットモンスターに攻撃する!」

 続いてフロムが狙ったのは、先のターンにセットした裏守備モンスター。

 確実に破壊できる《魔轟神獣ガナシア》や《鎖使い》ではなくこちらを狙ったのは、不安要素となりえるカードを早めに消しておきたかったからだろう。しかも今の彼には、一ターンの安全が保障されている。

 彼の命令を受けた《奇術師》がステッキで地面を叩くと、刃の雨が裏守備モンスターに降り注ぎ、断末魔すら許さず串刺しにする。

「ッ…。破壊されたデコイチの効果発動! ボクのデッキから、カードを一枚ドローする!」

「ん…? まぁ、仕方ないか」

 砕け散った《デコイチ》の効果により、新たにカードを引くクロン。

 だが、この程度の事はフロムの想定の範囲内であり――、状況を逆転させるものにもならない。クロンにとっては必死の抵抗なのだろうが、彼に言わせれば、無駄な足掻きに過ぎなかった。

「君には悪いけど、そのカード、ボクはプレイする時間もあげないつもりだよ。…ターンエンド、君のターンだ」

 勝利宣言とも取れる言葉を添えて、ターンの終了を宣言する。《リンクス》の効果で手札を補充する事は、もちろん忘れなかった。

 

 

 

 『パラクスの少女 アンナ』 モンスター

 光属性 機械族 ☆3

 攻撃力700 守備力700

 リバース:次の相手ターンのバトルフェイズをスキップする。

 

 『パラクスの奇術師』 エクシーズ

 光属性 魔法使い族 ランク3

 攻撃力2200 守備力1400

 効果:「パラクスの少女」と名のついたレベル3モンスター×2

 このカードがエクシーズ召喚された時、相手は魔法・罠カードを発動する事ができない。

 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を2つ取り除く事で、相手フィールド上のカード1枚を破壊する。

 その後、自分フィールド上に「鳩トークン」(鳥獣族・風・星1・攻/守1000)を1体特殊召喚する。

 

 『パラクスの少女 アイリン』 モンスター

 光属性 機械族 ☆6

 攻撃力2300 2500

 効果:このカードは自分のターンのドローフェイズにドローした時、手札から特殊召喚する事ができる。

 このカードが墓地に存在する時、自分フィールド上の「パラクスの少女」と名のついたモンスターが戦闘で破壊された場合、このカードをデッキの一番上に置く事ができる。

 

 

 【クロン】

 LP:5000→4700

 『次のターンのメインフェイズ、およびバトルフェイズのスキップ確定。』

 

 

 

「ボクの、ターン!」

 状況は一層クロンの不利に傾いている。しかし彼は決してめげる事無く、カードを引いた。

 その希望の根が、先程のソールの言葉をヒントに得た「秘策」にある事は言うまでもない。クロンは敗北への恐怖を抑え込みながら、引いたカードに目を向けた。

(っ…! エネミーコントローラー…!)

 先の姫利戦で実用性を感じ、デッキに入れる事にしたカードであった。

 このカードには二つの効果があり、その一つに相手モンスターの表示形式を変更するというものがある。これを使えば相手モンスターの攻撃を一度だけ防ぐ事ができるが、しかし、メインフェイズを封じられた今の状況ではこのカードをセットする事すらできない。

(次のターンにセットして……いや、今となっちゃその次のターンがあるかどうかも怪しい! なら…!)

 一度は温存を考えたクロンだが、彼の直感がそれでは手遅れだと感じ取る。結果、彼は全く別の……見る者によっては自殺行為とも思える行動に出る。

「スタンバイフェイズに速攻魔法、エネミーコントローラーを発動! 魔轟神獣ガナシアをコストにして、ワーム・リンクスのコントロールを貰うよ!」

「っ…!」

 クロンはあろう事か残り二体しかいない壁モンスターを一つ削り、《リンクス》のコントロールを得る作戦に出た。

 その理由は二つある。一つは《リンクス》のコントロールを得た事で、このターンのドロー効果はクロンが受けるという理由。これにより、クロンは通常より一枚多くカードをドローする事になり、秘策に必要なカードを手札に呼び込む可能性が高くなる。

 もう一つは、例のコンボの存在にある。彼のコンボが最低二枚のカードがあれば成立する事を考えれば、例え一枚であろうともフロムの手札補充を阻害する意味は大きいと彼は踏んだのだ。

 ただし、その代償もまた大きい。壁モンスターを自ら一つ潰した事で、彼の場にモンスターは《アマゾネスの鎖使い》しか残らない。最悪の場合、次のターンが来る事無く勝負が決してしまう可能性も高いのだ。

(これがベストなはず…! かなり危ない選択だけど、これがベストなはず!)

 そう自分に言い聞かせ、彼はターンを終了する。《リンクス》の効果で一枚カードをドローし、コントロールをフロムへと返した。

 

 

 

 「エネミーコントローラー」 速攻魔法

 効果:以下の効果から1つを選択して発動できる。

 ●相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、表示形式を変更する。

 ●自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動できる。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、エンドフェイズ時までコントロールを得る。

 

 

 

「…ボクのターン、ドロー」

 クロンが何故敢えて壁モンスターを減らしてまで《リンクス》のコントロールを奪ったのか? その理由は、当然フロムにも筒抜けであった。

 ともすれば自ら墓穴を掘る事にもなりかねない危険な行為。しかし、その危うさの奥には、勝利に対する彼の貪欲さが見て取れる。

 先程見たクロンの表情の変化と、この執念に似た行動力。この時、初めてフロムの表情から笑みが消えた。

(賢い選択かと言えば微妙だけど、大胆な発想とそれに躊躇いなく乗っかる決断力は……。こいつ、思ったより厄介なタイプかも知れない)

 彼がこの考えに至ったのは、特別な理由があった訳ではない。ただ、彼の天性の才能と経験が、今初めて不安に近い感情を相手から感じたのだ。

 何を企んでいるのかはわからない。だが、相手が何かを狙っているのは確かであり、その狙いを成就させる事は些か危険だという意識を、彼は先程より強くした。

「………」

 もちろん、自分が負ける訳がないという自信は依然として揺らぎはしない。フロムは少し考えた後、手札から一枚のカードを選ぶ。

「手札から『パラクスの少女 マチルダ』を召喚!」

 現れたのは、真赤な傘を差した赤い髪の少女。その衣服は雨に濡れたのかびしょびしょで、機械化された肉体が一部錆ているのが見える。

 攻撃力は1000ポイントと、彼のデッキにしては珍しくない低い数値。だが、当然それに見合う効果をこのカードは秘めていた。

「マチルダが召喚された時にボクの場に他のパラクスの少女がいる場合、次の君のメインフェイズ1をスキップする! ボクの場にはアイリンがいる、よって次の君のメインフェイズ1は封じられる」

「ぐ…、またッスか…!」

 苦しげなクロンの表情を見て、漸くフロムの顔に笑みが戻る。

 如何にクロンが策を巡らそうと、手を打とうと。時間(フェイズ)を止める事ができる彼には、いくらでも対処が可能なのだ。

「バトル! パラクスの奇術師で、アマゾネスの鎖使いに攻撃!」

 フロムが命じると、再び《奇術師》の手により刃の雨が降り注ぎ、鍛え上げられた《鎖使い》を無残に切り刻む。

 これでクロンの身を守るモンスターは全滅し、伏せカードも消え失せた。残るは無防備のクロンが一人立っているのみである。

(あのガキの手札にゴーズがある可能性は……まあ低くはないか。けど、それはそれで対処はある。…余裕だね!)

 先程の不安は思い過ごしか。そう思いながら、残る二体のモンスターで直接攻撃をかけようとした瞬間。フロムは、信じられない言葉を聞いた。

「ライフを1500ポイント払って、鎖使いの効果発動! お兄ちゃんの手札からモンスターを一枚頂戴するッス!」

「なっ…!?」

 予想だにしない事だった。

 クロンは半分近くまで減ったライフを更に削り、《鎖使い》の効果を発動させたのだ。

 恐らくはフロムの手札に起死回生の策を狙っての事だろうが――しかし、残り3200ポイントにまで減ったクロンのライフでは、残る二体のモンスターの直接攻撃に耐えられない。

(こいつ…。いったい何を…)

 考える間も無く、瀕死の状態で繰り出した《鎖使い》の鎖がフロムの手札から唯一のモンスターカードを射抜く。

 そのカードの名は、『パラクスの少女 リリス』。先程フロムが使用した《パラクスの少女 アンナ》に似た効果を持つリバースモンスターで、リバースされた時に相手のメインフェイズ1をスキップする効果を持つ。

 だが《リリス》の効果はバトルフェイズを封じるカードと組み合わせて初めて力を発揮するもの。それ一枚では特に意味をなさないカードである。ましてフロムの場にモンスターが出揃った今なら、なおさら。

 そして。鎖使いの効果を発動した事で、クロンは確認したはずだ。フロムの残る二枚のカードが何であるかを。

「むぅ…。二枚目のスロゥ・ナイフスと、大嵐…ッスか」

「そういう事。何か大きな作戦を考えてるみたいだけど、対策は既にできてるって訳だね」

 にこりと微笑むフロム。《鎖使い》の効果を使われたのは彼にとって意外だったが、と言って、何も問題は無かったのだ。

 

 

 

 

「…終わったな、こりゃ」

 恐らくは今の今までクロンの勝利を期待していたであろうソールが、ここにきて深い溜息を吐いた。

「あの鎖使いは、多分あいつの最後の賭けだったはずだ。その結果が、メインフェイズ1を封じるだけのリバースモンスターだってんじゃ、もうどうしようもねぇぜ」

 先程はクロンを激励していた彼女だが、実際は彼とフロムの実力差に気付いていたのだろう。その表情には怒りの色は無く、むしろ「よくやった方だ」と言いたげだった。

「あいつの残りライフは3200…。最悪このターンで終わりだな」

 気落ちした様子で姫利に訪ねるソール。しかし姫利は、ゆっくりと首を振った。

「いいえ。そうとは限らないわ」

「あぁ?」

 姫利の返答が癇に障ったのだろう。ソールは苛立った表情で姫利を睨む。

 姫利は穏やかな表情で彼女を見返すと、「わからない?」と微笑した。

「確かに鎖使いは賭けだったでしょうけど、私の知る限り、あの子は何の考えも無しに博打にでる事はしないわ。追い詰められている時なら、尚更ね」

「……どういう意味だ?」

 ソールが首を傾げて問う。姫利はその質問には答えずに、「まあ見てなさい」と視線をデュエルに戻した。

「これから何が起きるかはわからないけど…。あの子なら、ここなら何かしてくるはずよ。悪い言い方だけど、あの子、負ける一歩手前になると強いのよ」

「…けっ。そう願いたいけどな」

 言いながら、ソールもまたデュエルに視線を戻す。

 何度見ても、勝てるとは思えない状況だ。このターンで終わりそうだという事実にも変わりはない。

(ここから何かする、だと…?)

 信じられない事だったが、面白い意見ではある。ソールはにやりと口元を吊り上げ、姫利のいう「何か」をもう一度期待してみる事にした。

 

 

 

 

「バトルフェイズはまだ途中だったね。パラクスの少女 マチルダで、直接攻撃するよ!」

 クロンとフロム。ソールと姫利。二組の両者の会話を挟み、デュエルは再開された。

 状況は何も変わらない。命令を受けた《マチルダ》が傘を閉じ、剣に見立ててクロンへと殴りかかる。

「ぐっ…!」

 クロンは、動かなかった。《マチルダ》の攻撃力1000ポイントが直接刺さり、残りライフを2200ポイントにまで低下させる。

 この後、攻撃力2300の《アイリン》の攻撃をも受けたなら、彼のライフは完全に尽きる。ここが、両者にとっての正念場であった。

「ゴーズは持ってなかった、か…。なら、これで終わりだね。パラクスの少女 アイリンで、直接攻撃!」

 恐らくは。あるいは。最後になるであろう攻撃命令が、下される。

 ゆっくりと持ち上げられる《アイリン》の右腕。その掌から再び光線が発射された瞬間、クロンの右腕も動いた。

「行け、クリボー!」

「なっ!」

 クロンの手札から毛むくじゃらのモンスターが姿を現し、クロンの身代わりとなって爆ぜる。

 勝負を決する筈であった最後の一撃が防がれた事で、フロムも一瞬驚愕の表情を見せる。…が、何も変わりはしない。すぐにいつもの、余裕たっぷりの笑みに戻った。

「なるほど、クリボーを持ってたんだ…。うん、期待以上だねクロン君。ターンエンド、君のターンだよ」

 その言葉がどこまで彼の本心かはわからない。しかし、彼の自信は何処までも揺らぐ事を知らなかった。

 

 

 『パラクスの少女 マチルダ』 モンスター

 光属性 機械族 ☆4

 攻撃力1000 守備力1000

 効果:このカードの召喚に成功した時、自分フィールド上にこのカード以外の「パラクスの少女」と名のついたモンスターが存在する場合、次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。

 

 『パラクスの少女 リリス』 モンスター

 光属性 機械族 ☆3

 攻撃力800 守備力800

 リバース:次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。

 

 「大嵐」 魔法カード

 効果:フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 

 「クリボー」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆1

 攻撃力300 守備力200

 効果:相手ターンの戦闘ダメージ計算時、このカードを手札から捨てて発動できる。

 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

 

 【クロン】

 LP:4700→3200→2200

 『次のターン、メインフェイズ1のスキップ確定。』

 

 

 

「………」

 フロムのターンが終わり、クロンのターン。

 メインフェイズ1を封じられている為、モンスターを召喚してからバトルフェイズを行う事はできないが、それでもカードを出す事は通常通り出来る。

 クロンは今ある二枚の手札を確認した後、自分の手札をまじまじと見つめる。

(何とか攻撃を凌いだけど……ボクの手札にはもう、お兄ちゃんの攻撃を防ぐ手は無い。このターンに、このドローに全てが掛かってるんだ…)

 この時点でも、彼は諦めてはいなかった。ゆっくりと心を落ち着かせ、意を決してカードを引き抜く。

「ボクの、ターン!」

 力強く引いたそのカードを、祈る気持ちで確認する。刹那、クロンの表情に笑みが浮かんだ。

「墓地のアックス・ドラゴニュートとエフェクト・ヴェーラーをゲームから除外して、カオス・ソルジャー ‐開闢の使者‐を特殊召喚ッ! するッス!」

 クロンの場に光と闇の柱が生じ、一つとなって空間に渦を作り出す。

 その中から現れたのは、かつて禁止カードにも指定された強力なモンスター、《開闢の使者》。姫利とのデュエルでクロンに勝機を与えたカードが、今またクロンの希望となって場に君臨する。

「んっ…。開闢かぁ…」

 クロンにとっては渾身のドローであったが、一方でフロムの反応は薄い。

 何しろ《開闢の使者》を召喚したのはメインフェイズ2。つまりバトルフェイズは既に終了しており、万が一にも攻撃される事がないのだから当然と言えば当然だ。加えて《スロゥ・ナイフス》という除去カードが手札にある事も大きい。

 しかし、それでも決して無視できないのが《開闢の使者》の強さである。

「開闢の使者の効果発動! お兄ちゃんのワーム・リンクスをゲームから除外するッス!」

「く…」

 長らくフロムの手札を潤していた《リンクス》が、時空の渦に呑まれて退場する。例え攻撃できなくても、彼の補給線を断てただけで、このカードを引き当てた意味があるというものだ。

 しかも攻撃力3000の《開闢の使者》が居る限り、フロムは迂闊に攻撃する事ができない。そう言う意味でも、このカードは最高の天恵だったと言えるだろう。

「モンスターと伏せカードを一枚ずつセットして、ターン終了! フロムお兄ちゃんのターンッス!」

 まだ、足掻ける。まだ戦える。

 苦しい状況に違いはないものの、希望はまだ消えてはいない。クロンは目を輝かせて自らのターンを終了させた。

 

 

 

 「カオス・ソルジャー ‐開闢の使者‐」 モンスター

 光属性 戦士族 ☆8

 攻撃力3000 守備力2500

 効果:このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。

 1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。

 ●フィールド上のモンスター1体を選択してゲームから除外する。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

 ●このカードの攻撃によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃できる。

 

 

 

「ボクのターン、ドロー!」

 再び顔から笑みを消し、フロムはカードをドローする。

 《開闢の使者》の召喚には驚いたものの、彼の手札には《スロゥ・ナイフス》がある。次のクロンのエンドフェイズまで待たなければならないが、破壊する事は難しくない。

 加えて、彼の場には《強制終了》のカードもある。これがある限り、《開闢の使者》と言えど攻撃はできないはずだ。

(あいつの手札は残り一枚。で、あれか今セットしたモンスターのどちらかは、鎖使いで奪ったリリスだから…)

 流石に校内最強と謳われるだけあって、彼はこの程度の事では狼狽えなかった。ゆっくりと状況を分析し、ベストと思える手を導き出す。

「…魔法カード、スロゥ・ナイフスを発動! 次の君のエンドフェイズに、開闢の使者を破壊する!」

 長考の末、フロムは動いた。

 何処からともなく現れた無数のナイフが《開闢の使者》を取り囲み制止する。これらは次のクロンのエンドフェイズに動き出し、《開闢の使者》を串刺しにするのだろう。

(これで開闢の使者はご退場、と…。けどまぁ、念には念を入れて、防御を固めておかないとね)

 一先ず安堵の息を吐き、フロムは手札から一枚のカードを決闘盤に差し込む。

「カードを一枚セットして、全てのモンスターを守備表示に変更。以上で、ターンを終了させてもらうよ」

 にやりと笑みを浮かべながら、フロムはターンの終了を宣言する。その手の打ち筋には、未だ一点の誤りも無かった。

 

 

 

 

 このデュエルが始まってから、これで何ターン目になるのだろう。自分のターンを迎えたクロンは、ふとそんな疑問を抱いた。

 決闘盤の表示によると、このクロンのターンで17ターン目になるらしい。そんなに経っていたのかと考えると同時、クロンは一つ確信した。

 この勝負、恐らくこの半分にも満たない時間で決着がつく。一ターンか、二ターンか。そう長くない時間の先に、どちらか一方が倒れている筈だ。

「ボクのターン!」

 覚悟を決めて、彼は新たなカードを引く。そのカードを確認すると、すぐさま決闘盤に差し込んだ。

「魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のモンスターを五枚デッキに戻して、カードを二枚ドローする!」

 彼が引き当てたのは、この土壇場では起死回生ともなりえる手札増強魔法。

 これまでの戦いで墓地に送られた《トリオンの蟲惑魔》・《THE トリッキー》・《魔轟神獣ガナシア》・《アマゾネスの鎖使い》・《クリボー》の計五枚をデッキに戻しシャッフルした後、デッキから更に二枚のカードをドローする。

 そして、ドローしたカードを確認した瞬間。クロンは、大きく動いた。

「速攻魔法、サイクロンを発動! 強制終了を破壊するッス!」

「なにっ!」

 長らくクロンを苦しめていた《強制終了》が、突如発生した青い竜巻によって粉砕される。これでもう、攻撃を止められる事はない。

「さらに開闢の使者の効果も発動! パラクスの少女 アイリンをゲームから除外するよ!」

 《開闢の使者》が生みだした時空の渦が《アイリン》を呑み込み、フィールド上から追放する。

 これでフロムの場に残ったモンスターは《戦乙女》と《マチルダ》の二体のみ。クロンは「さらに!」と声高く宣言すると、手札から一枚のカードを選んで決闘盤に叩き付けた。

「開闢の使者をリリースして、偉大魔獣ガーゼットを召喚します!」

 勢いは、止まらない。《開闢の使者》の体が光の粒子となって消え、代わりに現れたのは、巨大な異形のモンスターだった。

 そのシルエットは悪魔族らしく《デーモンの召喚》や《邪神ドレッド・ルート》に似ており、禍々しい威圧感を放っている。

 攻撃力は《開闢の使者》の攻撃力を倍にした6000ポイント。最上級モンスターはもちろん、神と呼ばれるカードですら破壊可能な数値である。

 ただし、このカードの能力は攻撃力にのみ特化しており、それ以外では通常モンスターと何ら変わらない。貫通効果も持っていないので、守備モンスターを攻撃しても戦闘ダメージを与える事はできないのだ。

「まだです! 魔法カード、死者蘇生を発動して、開闢の使者をもう一度ボクの場に呼び出すよ!」

 クロンが発動したカードにより、墓地へ送られたばかりの《開闢の使者》が再び彼の場に駆けつける。

 攻撃力6000の矛と、二回攻撃が可能な攻撃力3000の双剣。数ターン前では考えられない圧倒的な攻撃力が、クロンの場に並んだ。

「最後に、さっき貰ったパラクスの少女 リリスを反転召喚します! 効果によって、次のお兄ちゃんのメインフェイズ1を封じるッス!」

「………」

 現れたのは、青色の髪をツインテールにした少女。その顔立ちや服装は《アンナ》に酷似しており、姉妹であると予想される。

 その効果も《アンナ》のそれと似ており、次のフロムのメインフェイズ1をスキップさせるというものだ。

 攻撃力は800ポイントと微量であるが、このカードさえも攻撃表示にしたと言う事は、彼はこのターン一斉攻撃をかけるつもりなのだろう。

 二体の壁モンスターを《開闢の使者》で破壊し、《ガーゼット》と《リリス》の二体で直接攻撃をかければ、総ダメージは6800。無傷のフロムのライフを、一気に1200ポイントにまで削る事ができる。

「そうか、あの野郎、これを狙ってやがったのか…!」

 応援席のソールが、さっきまでの落胆を忘れたかのように声を上げて笑う。

「あの優等生野郎の伏せカードが気になりはするが、攻撃が通れば一気に逆転だ。そうだろ、春川!」

「…そうなるわね。攻撃が通れば、だけど」

 盛り上がるソールとは対照的に、姫利の表情は厳しい。「そう上手く行くだろうか?」、そう考えているようだった。

 しかし、どちらにしても、後戻りはできない。クロンは右手の拳を強く握りしめ、全てを賭けた一斉攻撃を開始しようとした。

「いきます! バトルフェイズ――、」

「――の前に、罠カード発動」

 その矢先。にやりと笑みを浮かべたフロムが、伏せカードを翻す。

 そのカードは、このデュエルでは初めて見るカードだったが、どのような効果を持っているのか、これまでの経緯からクロンは即座に理解した。

「罠カード、『パラクスの棺』は墓地のパラクスの少女を三枚除外する事で、相手のメインフェイズ1かバトルフェイズをスキップさせる。この効果で、このターンの君のバトルフェイズをスキップさせる!」

 フロムの場に朱色の棺が現れ、これまで破壊された《パラクスの少女》の魂が収められていく。

 三つの魂を収めた棺は、空間の歪みの中に消え、二度と現れる事はなかった。

「はい、ドジャ~ン」

 攻撃は失敗に終わった。フロムは再び両腕を広げ、勝ち誇った表情を見せる。

 それもその筈。いくら攻撃力の高いモンスターを並べても、バトルフェイズを行えなければ意味がない。その事は数ターン前、四体のモンスターの総攻撃を止められた事で経験済みだ。

 …そう、経験済みだった。

 このデュエルが始まって以来、クロンは何度も、それこそ数えるのが嫌になる程この手のカードに苦しめられてきた。故に今度の《パラクスの棺》による攻撃阻止も、彼は十分に予想していた。

 …そう、予想していたのだ。

 《強制終了》を破壊した所で、フロムは必ず次の手を打ってくる。攻撃はまず止められる事を、彼は重々承知していたのだ。

 従って。――従って、これまでクロンが温めていた「秘策」とは。この状況(・・・・)を想定した上で練ったものなのである。

「まだッス! 罠カード、墓荒らしを発動!」

 バトルフェイズこそ飛ばされたものの、メインフェイズ終了処理中にフロムがカードを発動した為、メインフェイズ1はまだ続行される。クロンはにやりと笑みを浮かべ、一ターン前に伏せたカードを発動させた。

 そのカードは、姫利との戦いでも使用した罠カード。2000ポイントのダメージと引き換えに、相手の墓地の魔法カードを使用する事ができるという変わった効果のカードだった。

「…墓荒らし?」

 滅多に見かけないカードの登場に、フロムが困惑の表情を浮かべる。どんな効果のカードだったのか、すぐには思い出せないようだった。

「あ、確か相手の墓地の魔法カードを奪う…。ふーん、珍しいカードを使うんだね、君。でも、それでいったい何を――」

 何をするつもり? そう続けようとしたらしいフロムの言葉は、途中で止まった。

 クロンの狙いが読めたのだろう。彼は初めて焦ったような表情をしながら、自分の決闘盤の墓地ゾーンに視線を落とす。

「まさか…!」

「そう、そのまさかッス! 墓荒らしの効果で手札に加えるのは、パラクスの古時計!」

 すると、場にボロボロの服を着た小人が現れ、フロムの墓地からカードを一枚盗んでクロンの下に飛んでいく。《パラクスの古時計》。場に《パラクスの少女》が存在する時のみ発動でき、相手のバトルフェイズを封じるカードである。

 そして現在。フロムは《リリス》の効果によってメインフェイズ1を封じられている。ここに更に《古時計》によってバトルフェイズを封じた場合、いったい何が起きるのか…?

「ダメージは受けるけど、古時計を発動! 次のお兄ちゃんのバトルフェイズをスキップする! …そしてリリスの効果で、お兄ちゃんはメインフェイズ1も封じられている。つまり――、」

 クロンは一度ソールに視線を向けた後、意地悪い笑みを浮かべてフロムに向き直る。

「――今度はボクが、お兄ちゃんの時を止めた」

 これまでずっと受けるだけだったコンボを、そっくりそのままやり返す(・・・・)。それが彼の「秘策」の正体であった。

 これならば例えこのターンは攻撃できなかったとしても、次のターン(・・・・・)に改めて総攻撃をかける事ができる。全ては、この二段構えの為にあった。

 簡単な道のりではなかった。確実性に乏しい計画でもあったが、彼は辛くもそれを成し遂げた。そして今、フロムの場に伏せカードは無い。今度こそ、攻撃を止める手段は無い筈だ。

「開闢の使者の効果で戦乙女を除外して、ターン終了! フロムお兄ちゃんの時間(ターン)ッス!」

「ぐ…。こいつ…、ボクのコンボを…!」

 《戦乙女》が時空の渦の中に消え、フロムの場に残ったカードは《マチルダ》のみ。彼は、このデュエルで初めて追い込まれていた。

 

 

 

 「貪欲な壺」 通常魔法

 効果:自分の墓地のモンスター5体を選択して発動できる。

 選択したモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。

 その後、デッキからカードを2枚ドローする。

 

 「サイクロン」 速攻魔法

 効果:フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

 「死者蘇生」 通常魔法

 効果:自分または相手の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。

 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

 

 『パラクスの棺』 通常罠

 効果:自分の墓地から「パラクスの少女」と名のついたモンスターカードを3枚除外し、以下の効果から一つを選んで発動する。

 ●次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。

 ●次の相手ターンのバトルフェイズをスキップする。

 

 「墓荒らし」 通常罠

 効果:相手の墓地にある魔法カード1枚を選択し、ターン終了時まで自分の手札として使用する事ができる。

 その魔法カードを使用した場合、2000ポイントのダメージを受ける。

 

 『パラクスの古時計』 速攻魔法

 効果:自分フィールド上に「パラクスの少女」と名のついたモンスターが存在する場合に発動できる。

 次の相手のバトルフェイズをスキップする。

 このカードが破壊され墓地に送られた場合、次の自分のターンをスキップする。

 

 

 【偉大魔獣ガーゼット】

 攻撃力0→6000

 

 

 【クロン】

 LP:2200→200

 

 【フロム】

 『次のターンのメインフェイズ、およびバトルフェイズのスキップ確定。』

 

 

 

 

 相手の戦術を、自分のものとして真似(りよう)する。

 その戦術に驚いたのは、何もフロムだけではない。姫利もソールも、そして百合も。予想外の展開に、目を丸くしていた。

「相手の戦術を、即席のカードでそっくりやり返す……なんて。私が教えた事も無い技術だわ」

 唇に手を当て、姫利が考え込む。その口元は心なしか笑っているように見えた。

「…ねえソールちゃん。あの子、事前にフロム君のデッキを調べたりとかしたの?」

「………」

「ソールちゃん?」

「えっ? …あ、何だよ春川」

 呆気にとられていたらしいソールが、驚いた様子で聞き返した。姫利は笑いながら吐息し、もう一度同じ質問を繰り返す。

「あの子、ひょっとしてフロム君のデッキを事前に調べたりしたの?」

「ん、いや…。噂くらいは聞いてたが、具体的にどういうデッキなのかはデュエル前まで知らなかったはずだぜ」

「と言う事は…。最初から狙ってた訳じゃなくて、ついさっき思いついたのね、あの子…」

 初めて戦う相手の戦術を、見たまま真似する柔軟な発想と、それを可能にする特殊なデッキ構成。何れもクロンだからこそ出来た事だ。

 やはり自分の考えは間違っていなかった。姫利は何度も頷きながら、改めて彼の特異な技能を評価した。

 

 

 

 

「ボクの…、ターン!」

 険しい表情で、フロムがカードを引く。よりによって自分が得意とするコンボを真似されたのだ、その悔しさは計り知れない。まして相手はさっきまで馬鹿にしていた子供なのだから。

 だが何にしても、メインフェイズとバトルフェイズを封じられた彼は、このターン何のアクションも起こす事ができない。例え今のドローで起死回生のカードを引いていたとしても、そのカードを場に出す事さえないのだ。

「ターン、エンド…」

 唇を噛みながら、ターンの終了を宣言する。恐らくは初めて経験するであろう、屈辱的なターンだった。

「よし、ボクのターン!」

 形成は逆転した。否、圧倒的不利な状況を、無理やり覆したのだ。クロンはこの機を逃さず、カードを引くなり攻撃に転じる。

「バトル! 開闢の使者で、パラクスの少女 マチルダに攻撃します!」

 漸く攻撃命令を受けた混沌の剣士が、特殊な形状の刃で《マチルダ》を切り捨てる。

 《マチルダ》が守備表示だったので戦闘ダメージはないものの、《開闢の使者》にはモンスターを戦闘破壊した際、もう一度攻撃を行う事の出来る効果があった。

「よし! 開闢の使者で、今度はフロムお兄ちゃんに直接攻撃ッス!」

「くっ…!」

 少女を斬り捨てた《開闢の使者》の双眸がフロムに向けられ、命令通りに彼を斬る。その攻撃力3000ポイントが、無傷であったフロムのライフに叩きこまれた。

 これで彼の残りライフは5000ポイント。続く《ガーゼット》の攻撃が通れば、クロンの勝利が決定する。

「…偉大魔獣ガーゼットで、直接攻撃ッ!」

 長く続いたこのデュエルだが、勝敗は一瞬。この攻撃が、通るか否かで決まる。

 敗色濃厚で始まったこの勝負、できれば勝って終わらせたい。クロンは祈るような気持ちで、《ガーゼット》の攻撃がフロムに叩きこまれる瞬間を待った。

 だが――、

「手札から、冥府の使者ゴーズを特殊召喚…!」

 祈りは、即座に阻まれた。

 《開闢の使者》の攻撃をトリガーに、フロムの手札から最上級モンスター《冥府の使者ゴーズ》が召喚される。攻撃力では《ガーゼット》に遥かに劣るものの、守備表示で召喚すれば攻撃を阻む壁になる。

 しかも。戦闘によって《ゴーズ》が特殊召喚された場合、その戦闘でフロムが受けたダメージと同じステータスを持つ《カイエントークン》が特殊召喚される。

 今の戦闘で彼が受けたダメージは3000ポイント。従って、攻守共に3000ポイントの《カイエン》が、《ゴーズ》に寄り添うように並び立った。

「む…、ぐぅ…」

 秘策は、必殺足りえなかった。クロンは唇を噛みながら、振り上げた(ガーゼット)を、《カイエン》に向けて振り下ろす。

「ガーゼットで、カイエントークンを攻撃します!」

 神をも超える力を手に入れた魔獣が、冥界の使者《カイエン》を容易く磨り潰す。だが、その力を《カイエン》が一身に受けた事で、フロムへのダメージは無い。

 となれば、当然フロムには反撃の機会が与えられる。クロンの残りライフを考えると、やはりここで確実に勝負を決めておきたかった。

(流石と言うか、何というか…。悪運もボク以上って感じッスねぇ…)

 だが、こればかりは文句を言っても仕方がない。クロンは空しく笑いながら、《リリス》を守備表示に変更し、ターンを終了した。

 

 

 

 「冥府の使者ゴーズ」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆7

 攻撃力2700 守備力2500

 効果:自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。

 この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。

 ●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。

 ●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。

 

 

 《カイエントークン》

 攻撃力?→3000

 

 

 【フロム】

 LP:8000→5000

 

 

 

「ボクのターン!」

 手札に《ゴーズ》が無ければ負けていた。その事実が彼の激情を駆り立てたのだろう。攻撃を防ぎ、九死に一生を得て尚、彼の表情は晴れなかった。

 引いたカードを確認すると、彼は一度深い溜息を吐いて、クロンに視線を向ける。

「…何ていうか、久しぶりに冷や汗を掻いた気がするよ。今のは完全に予想外だった……正直まいったよ」

 前髪を掻き上げ、困ったように言うフロムだが、その声の中に確かな「余裕」があるのを、クロンは見逃さなかった。

「でも、やっぱりボクの勝ちだね。速攻魔法、禁じられた聖杯を発動! ガーゼットの攻撃力を400ポイント上昇させる代わりに、モンスター効果を無効にする!」

「なっ…!」

 場に白い衣を羽織った乙女が現れ、その手に持った聖杯を《ガーゼット》に向けて投げつける。

 聖杯の中には、神々が飲む聖なる滴が満ちていた。だが闇に生きるものにとって、その聖水は毒でしかないのだろう。聖水を浴びた《ガーゼット》は途端に苦しみだし、見る見るうちにその力を弱めていった。

「効果が無効になった事で、ガーゼットの攻撃力は400ポイントまで低下。ゴーズの攻撃力は2700、君のライフは200。…つまり」

「……ボクの、負け…」

「そういう事。ゴーズを攻撃表示にして、バトルフェイズ! ゴーズで、ガーゼットに攻撃!」

 命令を受けた《ゴーズ》の一撃が、力を削がれた《ガーゼット》に向かっていく。クロンの手札に、それを止める術はない。

 あと一歩、届かなかった。奇策を講じ、一撃必殺に賭けても敵わなかった。それが運によるものなのか、それとも実力差によるものなのか。今はわからない。

 だが、しかし。敗北を受け入れるクロンの心に、一点の曇りも悔いも無かった。

 

 

 

 

 「禁じられた聖杯」 速攻魔法

 効果:フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。

 エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップし、効果は無効化される。

 

【偉大魔獣ガーゼット】

 攻撃力6000→400

 

 【クロン】

 LP:200→0

 

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 

 

 デュエルは終わった。

 クロンのライフが尽きると同時、全ての立体映像は消滅する。残った二人の決闘者は、互いに視線を向け合いながら、暫く何も言わなかった。

「おにいちゃ~んっ!」

 その静寂を破ったのは、フロムの妹クルスだった。彼女は満面の笑みで駆け寄ると、勢いはそのまま、思いっきり兄に抱き付く。

 倒れそうになるのを辛うじて持ちこたえたフロムは、むっとした表情で彼女を引き離した。

「…うん。期待以上だったよ、クロン君。姫利お姉ちゃんが気に入る訳だね」

 決闘盤を外しながら、フロムはにこりと笑う。

 その言葉がどこまで真実かはわからない。だが、彼のプライドを傷付けるに十分なプレイが出来ただけで、クロンは満足だった。

 相手の戦術を、そっくり真似る。今まで考えた事も無かった戦い方を閃いただけでも、このデュエルで得たものは大きい。クロンは同じくにっこり笑いながら、「いえいえ」と謙遜して返した。

「フロムお兄ちゃんこそ、噂以上のお手前でしたよ。デュエルしてくれてありがとうです」

「やだなぁ。決闘者が挑まれたデュエルを断らないのは当然じゃない」

 外した決闘盤を妹に預け、フロムは笑う。

 色々と突っ込みを入れたい所であったが、ここは彼に花を持たせるべきなのだろう。クロンは何も言わず、苦笑しながら頷いた。

「さてと。できればもう少しお喋りしていたい所だけど……用事もあるし、ボク達はそろそろ帰るよ」

 壁に掛けられた時計を見ながら、フロムが言う。気付けば時刻は三時四十分。この店に待ち合わせてから、かなりの時間が経過していたようだ。

 彼は姫利と百合に丁寧に挨拶した後、妹を連れて部屋を出る。感じの良い優等生の印象を、最後まで保ったまま。

「…ふぅ~」

 彼ら兄妹が部屋を出た後、クロンは胸をなでおろして安堵した。

 勝てる見込みがないとして挑んだこのデュエル、あるいは手も足も出ずに完敗するのではと心配したが、なんとかそれらしい勝負に持ち込む事ができた。

 デュエル中は押し殺していたものの、一番不安だったのは、他ならぬ彼自身だったのだ。

「やー、ほんとに話に聞いてた以上だったよ。何回勝負を諦めたかわかったもんじゃないッス」

 額の汗を拭いながら、乾いた笑いをこぼす。事実、彼が最後まで戦い抜けたのは、応援してくれた姫利らの存在があればこそだろう。

「でも、あのフロム君にあと一歩のところまで持ち込んだだけでも、なかなかのものよ」

 姫利の声だった。誰よりもクロンの可能性を信じていた彼女は、満足そうに微笑みながら、彼の方を見つめていた。

 だが、彼女にしてもここまで戦えるとは思っていなかったのだろう。クロンを労う彼女の言葉は、いつも以上に優しかった。

「…さて、あの子達は帰っちゃったけど、私達はどうしましょうか?」

「ん、そですね。ボクは別に予定も無いですし、良ければ新デッキと手合せしてくれると……あ、ちょっと待って!」

 姫利の質問に答える内、ふと思い出したクロンは、慌てて部屋を飛び出した。

 広い廊下を走り、一度店の外に出る。そこには、ちょうど店を出たばかりのフロムとクルスの姿があった。

「お兄ちゃん、あの…!」

 クロンが呼び止めると、フロムは心持ち驚いた様子で振り返る。初めて会った時と同じ、不機嫌そうな表情だった。

「…何? 約束通りデュエルはしたし、もうボクに用はないはずだけど?」

「一言、お礼が言いたくて。猫を被ってない方のフロムお兄ちゃんに。…戦ってくれて、ありがとうッス」

 本心からそう言って頭を下げると、フロムは鼻で笑って、やれやれと両手を広げる。

「あのさ、そーゆーのいらないから。今日は姫利お姉ちゃんの顔を立ててデュエルしたけど、別に、君と友達になるつもりは無いしさ」

「む…」

 すました顔で言われると、やはりさっきの言葉は本心で無かったように思えた。

「で、他に用は? 無いなら、このまま帰らせてもらうけど」

「…えと。じゃあ…、できればまたボクとデュエルしてもらえたらいいな……なんて」

「あ、それは無理。そりゃコンボを真似された時は驚いたけど、君、やっぱりまだ初心者じゃん。まさか同じ手が通用するなんて思ってないよね?」

 皮肉たっぷりに笑った後、フロムはもう一度背を向ける。

 思った通りの反応だったが、ただ一つ、顔だけこちらに向けたフロムが、最後に放った一言が、印象深かった。

「ま…、意外とあり(・・)だったんじゃない? 君」

 その言葉は、どんな意味で言ったものなのだろう。フロムはそれだけ言い残すと、クルスを連れて帰って行った。

 結果は、クロンの負けである。しかし彼の実力は、微量ながらもフロムに興味を持たせたのかも知れない。そんな期待を思わせる別れであった。

「…チッ。最後まで嫌味なヤローだったな、あいつ」

 後ろから、少女の声。

 いつの間にか店を出てきたらしいソールが、腕組みをしてクロンの後ろに立っていた。

「ま、結果はともかく、テメェも頑張った方だろうぜ。余裕ぶっこいてやがったが、あの時、あの野郎も心底肝も冷やしたはずだからな」

「…と、思いたいッスねぇ」

 のんびり肩を揺らして笑うと、ソールが拳で背中を小突いて、「にしても」と話題を切り替えてきた。

「よく思いついたな、あんなコンボ。…いや、コンボ返しっつーのか? まさか最初から狙ってた訳でもねーんだろ?」

「ん、そりゃね。でも、ソールちゃんの言葉がヒントになって、何とか閃いたんッスよ」

「俺様の?」

「さっさとやり返して、ぶちのめしてやれ。…まさに大ヒント、流石ボクのベストパートナーってやつですよ」

 両腕を広げて大袈裟に言うと、ソールは舌打ちしてクロンの横腹を突く。鈍い痛みが腹部に生まれ、少し調子に乗りすぎたと後悔した。

 とは言え、彼女の言葉がヒントになったのは本当だった。あの時の激励があったからこそ、結果は変わらなくとも、意地を見せる事はできたのだ。

「何にしても。ありがとッス、ソールちゃん」

「…けっ。先に店ん中戻ってるぞ」

 あまり褒められる事に慣れていないのだろう。照れ隠しにそう言って、彼女は店の扉を開けて中に入っていった。

「…ま、格好良かったぜ」

 扉が閉まる瞬間、そんな声が聞こえた気がした。




という訳で前回のクイズの正解は、「フロムのカードを奪ってコンボをやり返す」でした。

あっ、そうだ。
次のデュエルからマスタールール3に移行しますです。
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