クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第十六話:マスタールール3

 フロムとのデュエルで完敗を喫したクロンは、興奮も冷めないままいつものテーブルで今回のデュエルについて復習する事にした。

 結果的には後一歩のところで及ばなかったように見えるが、実際には両者の間には相当の実力差があったと言っていい。その事実を素直に認め、今後に活かす事。それが敗北したクロンの課題であった。

「さて、どうしたものかな」

 テーブルいっぱいにカードを広げながら、クロンはにこにこ笑う。彼の脳裏には、既にあるアイデアが浮かんでいた。

 フロムとの戦いで偶発的に生まれたコンボ――、相手のカードを利用するという戦い方。あれを上手く戦術として組み込めないものか、というものだ。

 元より彼は正攻法より搦め手を好むタイプである。奇をてらった戦法の方が、自分に合っていると思ったのだ。具体的な案は、まだ浮かんではいないのだが。

「あら、負けたわりには楽しそうね。何かコツでも掴んだのかしら?」

 聞こえたのは、姫利の声だった。振り返ると、姫利と百合の二人が、ひらひらと手を振ってこちらに向かって歩いている所だった。

 二人はクロンの頭をポンと手で叩くと、それぞれ彼の隣の席に腰掛ける。フロム戦での彼の戦いぶりに対する二人の評価が伺えた。

「それで? 実際にフロム君と戦ってみた感想は?」

「ん。そうッスねぇ…、やっぱり、ボクより何枚も上手でしたね。フロムお兄ちゃんは」

 テーブルに広げたカードを手に取りながら、淡々と勝負の結果を分析するクロン。その彼の考えを、二人は無言で聞いていた。

「確かに最後はもう一息ってところまで持っていけましたけど、あれは博打みたいなものでしたし……言い換えれば博打に勝っても勝負に負けたって訳で。やっぱり今回は完全敗北だったと思うッス。…悔しいけど」

「なるほど。だいたい私と同じ考え方ね」

 言いながら頷く姫利に、クロンはチラと視線を向ける。

 わかってはいたが、ことデュエルにおいて彼女は厳しい方だ。思った事をはっきり口にし、指摘してくる。一方でアドバイスもしてくれるので、良い師匠ではあるのだが。

「でも、実力の差は努力次第でいくらでも埋める事ができるものよ。大切なのは、この敗北を次に生かす事。…まあ、これはもう既に実践してるみたいだけど」

「ですです。歴史に残る偉い人も、だいたいは失敗を肯定してますしね」

 言いながら、クロンはふと気付く。この場に一人、いるはずの人物がいない事を。

「…あれ? そう言えばソールちゃんは?」

 先程フロムと別れた後、確かに自分より先に店に入ったソールの姿が無かったのだ。

 何処に行ったのだろうと思い二人に尋ねると、百合がカラカラ笑って答えた。

「ソルたんなら、さっき店のカード漁ってるの見たよー。見た感じ単純そうなタイプだし、クロぽんとフロむんのデュエルに熱を受けたんじゃないかな」

「熱を……ッスか?」

「ま、要するにクロぽんと同じって事だよ。負けず嫌いっていうか、意地っ張りっていうか……いやはや青春だねぇ。おばちゃん妬けちゃうよまったく」

 百合がわざとらしい老けた声で喋っていると。当のソールが、レジの方から歩いて来た。

 その手には、買ったばかりのカードが握られている。どうやら百合の話した通りらしいと思っていると、ソールもまた無言でテーブルに着いた。わざわざ姫利とは反対側の席に、である。

「お、噂をすればだねぇ。ソルたんソルたん、何買ったの?」

「あ? 教える訳ねーだろ、これからデッキ強化するってのによ。自分からデッキの情報漏らす馬鹿がどこにいるってんだ」

 そう百合に毒吐くと、彼女もまたテーブルにデッキを広げ、黙々とデッキ改造を開始した。

 彼女が買ってきたらしいカードは凡そ八枚。その八枚をどういう理由で選び、どうデッキを強化するつもりなのか? 自分もデッキ調整をしている所だけに、クロンも興味があったが、デッキの情報を漏らしたくないという点は同感であった。

 気になるのは事実であるが、それは戦ってからのお楽しみとする事にして。一先ずは最初の話題に戻す事にした。

「…まあとにかく、次こそは勝てるように頑張るつもりッス。お兄ちゃんの戦術もわかりましたしね」

「なるほど、ね」

 頷きながら、姫利は微笑する。負けても前を見続ける彼の姿勢は、姫利にとって好印象であったようだ。

「…そうね。貴方も一端の決闘者らしくなってきたし、そろそろ次のステップに移りましょうか」

 唐突な、姫利の提案であった。

 彼女の言葉の意味がわからず、クロンも、そして百合やソールも、彼女に視線を向ける。姫利は唇に手を当てて少し考えた後、テーブルにあった《サイクロン》のカードを手に取った。

「三人とも、ちょっと想像してみて。相手の手札は0枚で、モンスターはいない。自分の場にはモンスターが一体いて、直接攻撃すれば勝てるんだけど、相手の場には二枚の伏せカードがあるの」

 姫利が語ったのは、ちょっとした詰めデュエルのようであった。

 三人は首を傾げながら、彼女の言う状況を頭の中に思い浮かべてみる。

「手札はサイクロン一枚だけ。しかも自分のライフも少ないから、場のモンスターを破壊されたら次のターン相手にモンスターを引かれて攻撃される可能性もある……いい?」

 姫利の問いに少し間を置いて、三人は頷いた。それを確認したあと、姫利は続ける。

「さて、じゃあ三人に質問。もし貴方達なら、この状況でどう動く? 攻撃するか、様子見するか。手札のサイクロンはどう使う? 相手のデッキとか細かい事は考えずに、答えてみて」

 姫利の質問は、要するにこうだった。

 自分の戦力はモンスター一体と《サイクロン》が一枚。相手の戦力は二枚の伏せカードのみ。今は自分のターンで、モンスターの直接攻撃が通れば自分の勝利であるが、相手の伏せカードがそれを阻むだろう。

 《サイクロン》で破壊できる伏せカードは一枚のみ。従って、どうしても伏せカードが一枚残ってしまう状況で、どう行動するのが得策か?

 シンプルであるが、難しい質問でもあった。三人はその状況を頭に浮かべながら、それぞれの最善を探していく。

 それから暫くして。最初に答えたのは、ソールだった。

「…そうだな。俺様なら、まずサイクロンで伏せカードを一枚破壊して……もし攻撃を防ぐカードだったら、モンスターで直接攻撃するな」

「なるほど、一枚が攻撃を防ぐカードなら、もう一枚は用途の違うカードだろうっていう計算ね?」

「そーゆーこった。ま、それで駄目だったら諦めるしかねーがな」

 そう言って、再びデッキ改造に戻るソール。彼女らしい回答だと、クロンは思った。

 リスクを恐れず、相手に飛び込んでいく。まさに彼女のデュエルスタイルそのものだ。《サイクロン》でリスクを最小限にしているとは言え、危なっかしい所はある。

 とは言え。クロンの考え方とは少し異なりはするものの、実際の所、彼女の答えが普通なのかも知れない。手段が限られた状況では、まさしく合理的な答えだった。

「それじゃあ、次は百合の考えを聞いてみようかしら。…百合?」

「ん、了解。…と言っても、ソルたんの答えとあんまり変わんないかもだけど」

 そう前置きすると、百合は頬を指で掻きながら、自らの考えを述べていく。

「まずサイクロンで相手の伏せカードを破壊する。んで、それがどんなカードか関係なく、モンスターで攻撃。以上、終わり。敬具ー」

「ふむふむ。状況が緊迫している以上、とにかく飛び込まないと勝てないって考えな訳ね」

「そゆ事。特に私のアルファベットデッキだと、そのくらい無茶しないと足とか掬われちゃうからさ」

 そう言って、にこにこ笑う百合。だが彼女の言う事も一理あると、クロンは思った。

 戦いは生き物である。下手に理屈をこねるより、思い切った行動の方がかえって良い結果をもたらす事もあるのだ。

 無論、慎重派なクロンにはそうとう勇気のいる行為ではあるのだが…。それも一つの答えである事は違いない。

 そして、最後に。三人の視線が、今度はクロンへと向けられる。

「じゃ、次はクロン君の考えを聞いてみましょうか」

「陰謀詭計が好きなクロぽんの事だから、さぞかし凄い事を言うんだろうねぇ。きしし…」

「むぅ…。そんなプレッシャーかけないで欲しいッス」

 煽るような百合の言葉に困惑しながら、クロンは自分の考えを述べていく。

「んっと…。ボクの答えですけど、二つあるんですよね」

「へぇ…。じゃあ、両方とも聞かせてもらおうかしら」

「ん。…まず一つ目は、まぁ皆の想像通りかも知れないッスけど、そもそも攻撃しない事です。サイクロンを伏せて、ターン終了。確実なチャンスが来るまで、待ちます」

 彼が答えると、三人とも納得した様子で頷いた。

 恐らく三人とも、彼ならそう答えるだろうと予想していたのだろう。それが良い事なのかはわからないが、期待に応えた形である。

「別にお姉ちゃん達の考え方を否定する訳じゃないですけど、相手の場に伏せカードが複数ある以上、どの道攻撃するリスクがある訳ですし。ならボクは様子見するだろうなっていうのが、第一の考えです」

「なるほど。…で、もう一つは?」

「うん。状況次第ッスけど、逆にサイクロンを発動せずに攻撃する可能性もあると思います」

 今度は、誰も頷かなかった。クロンは気まずい空気を感じながら、自分の考えを補足していく。

「例えば相手がフリーチェーンのカードで攻撃に対処するつもりなら、サイクロンを使っても意味がないッスよね? なら下手に除去カードを使わずに攻撃して……攻撃が通ればそれでよし、もし相手が――例えばスケープ・ゴートを発動したとしても、その時はサイクロンでもう一枚の伏せカードを破壊できる。つまり――、」

「攻撃を通す事よりも、二枚の伏せカードを潰す方を優先する……って事ね?」

「そう。相手の伏せカードを全部除去してしまえば、例えボクのモンスターが破壊されたとしても、後は運の勝負ッスから」

 なるべく考えが伝わるよう言葉を模索しながら、何とか自分の考えを述べていく。

 姫利は暫く考えた後、大きく頷いて「そうね」と笑みを浮かべた。

「そういう考え方も実戦では必要になってくるわ。慎重と大胆、状況に応じて使い分けるのはいい事よ」

 姫利は一度三人の顔を見比べた後、「さて」と一言置いて、もう一つクロンに尋ねる。

「皆がバラバラの答えを出してくれた所で、今度はクロン君にだけ質問するわ。どうして貴方達三人の答えは別々になったと思う?」

「それは…」

 クロンは少し考え、間を置いてから恐る恐る答える。

「…んー。三人ともデッキのタイプが違うから、かな?」

「うん、まあ正解ね。後は貴方達の性格とか、得意な戦い方とかの違いが原因かしら。要するに、三人が三人とも違うタイプの決闘者だから、答えも分かれたって訳ね」

「そう……なりますね」

 わかったような、わからなかったような。クロンは小さく頷きながら、姫利が何を言いたいのか考えていた。

 確かに三人とも違う答えを出したが、実戦に置いてはどれが正解だという事は無い。彼女も言っている通り、状況によって正しい道は変わる筈だ。

 そう疑問に思った所で思い出したのが、先程姫利が口にした「次のステップ」という言葉。今の質問も、その事に関係しているのだろうか。

「じゃあ、本題に入るわ」

 考えている所に、姫利がパンと手を叩く。その音でクロンの思考は止まり、視線を再び彼女へと向ける。

「今言った通り、戦術なんてちょっとした考え方の違いで変化するものよ。だから今後は、その個人差について学習してもらうわ」

「個人差を…?」

「そう。普通の決闘者なら個人差なんて些細な事でしかないけれど……貴方にとっては重要な問題な筈よ。理屈と計算で戦う、貴方には」

「っ……」

 言われて初めて、クロンは彼女が何を言いたいのか理解した。

 人によってプレイングが微妙に異なる――。言われてみれば、これはクロンにとって無視できない事であった。

 彼はこれまで、「相手ならこうする筈」「自分ならこうする」など、相手の次の手を考えながら戦ってきた。読みと対策、それが彼の武器であり軸なのである。

 だがこの「読み」というものは極めて繊細で、かつ絶対ではない。相手のほんのちょっとした気まぐれや読み違いで、脆くも崩れ去ってしまうのだ。

 実際、今回のフロムのデュエルでは、その読み違いによって危機に陥った事もあった。となれば、この「個人差」というものは、クロンにとってもっとも危惧すべきものであると言っていい。

「確かに…、ッスねぇ。人によってプレイングが違うのは、結構致命的かもです。…今まで考えもしなかったなぁ」

「今までは基礎を覚えるので精一杯だったから、そこは仕方ないわね。じゃあ、そろそろ今後の課題を発表しようかしら」

 困ったような表情のクロンを真直ぐに見つめたまま、姫利はコホンと咳払いを一つ。

「これからは、私達以外の決闘者とデュエルすること。とにかくいろんな人と戦って、プレイングの個人差を学習する。それが今回の課題よ」

「いろんな人と、ッスか…」

「ええ。学校のお友達でも構わないし、この店の人に声をかけるのもいいかも知れない。…とにかく、いろんな相手と戦ってみなさい。一つ一つが経験になるはずよ。勝っても、負けてもね」

 経験を積むために、他の決闘者とも戦う。それは以前から姫利が提案していた事だ。

 いくら基礎を固めた所で、実戦経験が少なければ強くなったとは言えない。まして同じ相手とのみ戦っては、いつか成長は止まるものだ。

 これにはクロンも賛成で、異論は挟まなかった。ソールやフロムとの対戦を得て、彼女の言う「経験」の大切さは実感できたつもりだ。

「…了解ッス。これからは色んな人とデュエルしてみます。友達に何人か決闘者もいますし、相手には困らないはずです」

「よし、決まりね。私の知り合いにも声をかけてみるから、また今度相手してもうといいわ。もちろん、手加減は期待できないでしょうけど」

「んぇ…? ああ、そう言えばお姉ちゃんの学校は決闘者育成校でしたっけ」

「そう言う事。腕が立って暇そうな人なら、いくらでも紹介できるって訳ね」

 自分もその一人であることに気付いているのか否か、姫利は肩を揺らして楽しげに笑った。

「目標は…、そうね。フロム君を倒せるようになれば合格点ってところかしら」

「むぅ…。それは、また難しい注文ッスねぇ」

「ほらほら、弱気にならないっ。さっき次は勝てるようにするって言ったばかりでしょ?」

 そう言って、姫利はふと店内の時計に目を向ける。現在の時刻は三時半。クロン達が店に来てから、左程時間は経っていない。

 明日は日曜日。普段ならもう少しクロンの相手をしているところだが、今回は少し事情が違う。姫利は「ふむ」と一つ息を吐いて、再度クロンに目を向ける。

「時間はまだたっぷりあるけど、どうする? 今日は人も多いみたいだし、さっそく誰かに相手してもらう?」

「んー…」

 クロンは唸りながら考えた後、ゆっくりと首を横に振った。

「…今日は、止めときます。せっかく作った新型デッキですけど、まだまだ改良の余地があるみたいですし」

「そう? …まあ急かしたりはしないけど、今のうちに相手してもらわないと困ると思うわよ?」

「んぇ、どうしてです?」

「どうしてって…」

 言いながら、姫利は何か察したように「あっ」と声を漏らした。

「ひょっとして、まだ知らなかった? 新ルールのこと」

「新ルール…?」

「マスタールール3。来週の頭から適用される、新しい公式ルールよ」

「ふーん、マスタールール……え!?」

 鸚鵡(おうむ)返しに呟いた後、クロンは初めて気づいたように声を荒げた。

 寝耳に水とはよくいったもので、彼にとって今の彼女の言葉はまさにそれだった。

「マスタールール3!? なにそれ、聞いてないッスよ!?」

「あ、やっぱり知らなかったのね。まあ決闘者になってから一ヶ月も経ってないんだし、仕方ないと言えば仕方ないかも知れないけど」

「いや、いや、いや! 知らないと思ってたなら早く教えてくださいよ! …あっ、もしかして百合お姉ちゃん達も!?」

 珍しく慌てた様子のクロンは、焦点の定まらない目を百合とソールの方に向ける。

 彼女達は落ち着いた表情で、小さく頷いた。

「知ってたよー。結構前からネットで発表されてたし、てっきりクロぽんも知ってるもんだと思ってたけど」

「つーか、店のポスターとかにバッチリ書いてんだろ。新ルール対応の決闘盤入荷しますってよ」

「………っ」

 開いた口が塞がらないという言葉が実感できる。あまりに突然の事に、何を言えばいいのかまるで分らなかった。

 三人の態度を見るに、この新ルールというものは随分前から――クロンが決闘者になる前からかもしれないが――知られていたようで、決して今急ごしらえで出てきた話ではないようだ。

 とは言え、教えられていない事を知る事はできない。誰にも聞かされていない新ルールの事を、クロンが知っている筈も無く、今こうして聞いたのが初めてだった。

「むぅ…、新ルールとか聞いてないッスよ。それで、具体的にはどんな風に変わるんです…?」

 拗ねた気持ちを隠さず、メモを手にする。

 どうして今まで教えてくれなかったのか、という事は今さら言っても仕方がない。ルールが変わるというのなら、重要なのは現状のルールとどう変わるのかであろう。

 今のうちに相手をしてもらわないと困る――…という姫利の言葉を考えるに、決して小さな変化ではあるまい。最近覚えたばかりのルールを、早くも修正する必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

――――――

 

―――――

 

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「むー…」

 その日の夜。

 夕食を終えたクロンは、湯船に浸かりながら新ルールについて考えていた。

 姫利らから聞いた現ルールと新ルールとの違いは、大きく分けて二つ。その一つは、先攻一ターン目はカードをドローする事ができないという事だ。

 これまでのルールでは先攻のプレイヤーはバトルフェイズが行えない代わりに、『相手の場にカードが存在しない』という非常に有利な状況でデュエルを始める事ができた。【図書館エクゾ】等の例を見ればわかる通り、相手に妨害される可能性が限りなく低いという利点は絶対的だ。

 今回の先攻一ターン目のプレイヤーはドローできないというルールは、その有利性を抑える為に考案されたものだろう。要するに、今までが後攻プレイヤー側に不利過ぎたというだけの事だ。

(…逆に言えば、これからは先攻の利点をしっかり活かさなきゃ、後攻に後れを取るかも知れないって事か。なるほど…)

 先攻ドローできないという事実を初めて聞いた時は仰天したが、姫利に丁寧に説明されて納得する事ができた。

 とは言え、小さな変化では無い。先攻の有利と後攻の有利が、はっきり分かれたという訳だ。これからは今まで以上に一ターン目の攻防が重要になってくるだろう。湯船に顔をつけてプクプクと息を吐きながら、そう結論する。

 そして、第二の変更点。それは『ペンデュラムモンスター』という全く新しいモンスターの存在だ。

 このカードはモンスターであるが、『ペンデュラムゾーン』という専用ゾーンに魔法カードとして場に出す事ができ――通常のモンスター効果とは別に、ペンデュラムゾーンに存在する場合のみ発動する効果も持っている。

 簡単に言えばモンスターとしても永続魔法としても使用できるカードなのだが、姫利によれば、これまでにない複雑なルールと効果を持つカードらしい。

 このペンデュラムモンスターにはレベルや攻守ステータスとは別に『ペンデュラムスケール』と呼ばれる数値が存在し、このスケールを参照する事で特殊なモンスター召喚を行う事ができる。

 例えば、この(ペンデュラム)スケールが①の(ペンデュラム)モンスターと、⑦の(ペンデュラム)モンスターが同時に(ペンデュラム)ゾーンに存在していたとする。

 この時、プレイヤーは二体のモンスターのPスケール数値の間のレベル――…今回の場合は①と⑦の間、即ちレベル2~6のモンスターを手札から同時(・・)に特殊召喚する事ができる。これが『ペンデュラム召喚』である。

 P召喚は一ターンに一度のみ行う事ができ、条件さえ合っていれば特殊召喚できるモンスター数に制限はない。三体の《究極恐獣》を同時に特殊召喚するといった上級モンスターの大量展開も可能なのだ。

 ――ただし。同時に特殊召喚する、という点がネックで、せっかく特殊召喚したモンスターを《奈落の落とし穴》や《神の警告》などで一掃される危険もある。モンスターを展開するリターンが大きい以上、除去されるリスクも当然あるという訳だ。

(んー。ソールちゃんなら嬉しいルールなんだろうけど、ボクには合わないかな、ペンデュラム召喚。面白い要素ではあるんだけど…)

 どうやらこのPモンスター、フィールドから墓地に送られる場合は、墓地ではなくエクストラデッキに表側の状態で置くというルールのようで――…P召喚の際は、エクストラデッキのPモンスターも同じように召喚できるとのことだ。

 モンスターの大量展開と、途切れる事のない尖兵。それがPモンスターの強さだと、クロンは認識した。もっとも、このPモンスターは新ルール適応と同時に販売されるので、現時点では使う事も戦う事もできないのだが。

 他にも新ルールでは互いのプレイヤーが一枚ずつフィールド魔法を発動できると言った改変があるのだが、もとよりフィールド魔法を使わないクロンには。あまり関係のない事である。

「さて、と…。問題は…」

 クロンは湯船から顔を出し、大きく息を吸う。

 ルールは理解できた。しかしこの新ルールに関して、クロンには一つだけ大きな問題があった。

 新ルールによって登場した、ペンデュラムゾーン。この専用ゾーンが、クロンが持つ決闘盤には存在しないのだ。

 ――否。彼の決闘盤のみではない。今市販されている全ての決闘盤には、新ルールに必要なPゾーンが存在していないのである。

 Pゾーンが無い決闘盤では、Pモンスターを使用する事はできない。相手が使用するPモンスターのデータも、読み込む事ができない。

 つまり――。マスタールール3でデュエルするには、それに適応した新型の決闘盤が必要なのである。それがクロンが抱えた最大の問題であった。

 決闘盤の価格は性能や装飾、形状によって様々だが、どんなに安いものでも小学生の一月分のお小遣いで購入するのは難しい。中古なら話は別なのだが、まだ発売されていない新型決闘盤の中古品が、いったいいつ出回るというのだろう。

 クロンが溜めていたお小遣いは、全てカード代とお菓子代に消え、今の手持ちではパックをいくつか買う事しかできない。最新型の決闘盤など、到底買えそうになかった。

 先程カードショップでその話題になった時は、百合が「お姉さん買ってあげちゃおうかしら」と挙手したが、以前カードを買って貰ってから数日も経っていないのだ。姫利が無言で放った怒のオーラが、百合の提案を許さなかった。

 その姫利も自分の決闘盤を買うのが精一杯との事で、資金援助は無理との事。同じ小学生のソールに至っては、購入できるかどうかも怪しいという事だった。

「んーむ…。どうしたものか…」

 如何に腕を上げようと、こればかりはどうしようもない。クロンは大きな溜息を吐いて、再度湯船に顔を吐ける。

(お小遣いの前借りなんてママが許してくれる訳ないし…。決闘盤持ってる事教えちゃったから、新しいのを買ってもらえる訳もない。…んー)

 息が苦しくなるほど考えるが、金策は浮かばず。と言って、新しい決闘盤はやはり欲しかった。

 高校生くらいの若者なら、アルバイトなどで購入資金を蓄えるのだろうが、小学生のクロンにはそれも叶いそうにない。

(…お小遣いが溜まるまで、皆の決闘盤を借りるしかないか)

 諦めたように吐息して。クロンは、湯船から上がった。

 

 

 

 

 

「ママー、お風呂あいたよー」

 風呂から上がり、パジャマに着替えたクロンは、台所で食器を洗っている母親に声をかけた。

「あら、今日は随分長風呂だったわね。何か考え事でもしてたの?」

「ん、まあそんなとこッス」

 まさかデュエルの事を考えていたとは言えず、クロンは適当に答えをはぐらかした。

 その曖昧な態度が、母にはどう映ったのだろう。彼女はくすりと微笑し、その事を追及したりはしなかった。

「ふふ、クロちゃんもそういう年頃になったのねぇ」

「んぇ、どういう意味ッス?」

「学校のお友達から聞いたわよ。彼女が出来たんですって?」

「うっ…。むー、さては遼くんだな…。そんなんじゃないですってばー」

 バスタオルで濡れた髪を拭きながら、クロンは頬を膨らませる。

 昨日学校で起きた恋人騒動が、まさか母の耳にまで届いているとは思わなかった。これは暫くからかわれるかも知れない。そう思っていると、洗い物の手を止めて、母親が顔だけクロンに振り返る。

「さ、今日ももう遅いわ。幽霊さんが出ないうちに、早く寝ちゃいなさい」

「ん、了解。おやすみ、ママ」

 そう言って、一度は自分の部屋に向かおうとしたクロンだが、ふと思いつき足を止める。

「…ねぇママ。ママはボクの事好き?」

 壁から恐る恐る顔を覗かせ、尋ねてみる。母は目を丸くしてこちらを見た後、微笑して答えた。

「ええ、大好きよ。昔はパパが一番だったけど、今は貴方が一番ね」

「ほんと? ほんとに、ほんと?」

「ええ、ほんとよ」

「…じゃあさ。三ヶ月分ほど、お小遣いを――、」

 前借させて欲しい。そう続けようとしたクロンの言葉は、突如母親から放たれた漆黒のオーラに阻まれた。

 クロンの母は息子に優しく、言葉通りの愛情を彼に注いでいるが、同時にはっきりした厳しさを持つ女性だった。

 門限を定め、勉学の放棄を許さず、そしてお小遣いの前借は決して許さない。その為、クロンにとって彼女は父親以上に恐ろしい存在であった。

「…ごめんなさい。何でもないッス」

「そう…。おやすみ、クロちゃん」

 優しい微笑みの中に、僅かな怒気が含まれていた。

 やはり、この母からお小遣いの前借りを望むのは不可能らしい。わかっていた事とは言え、クロンは落胆の溜息を吐きながら、今度こそ自分の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

――――――

 

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「ちぇー。ママのケチっ、ドケチ、超ドケチ! クローゼットにヘソクリ隠してるくせに!」

 正面切っては言えない悪態をつきながら、クロンは自分の部屋に入る。

 一家の財布の紐を握っている母親の許可を取れなかった以上、新型決闘盤の件は諦めるしかない。クロンは再度溜息を吐きながら、自分のベッドにその身を放り投げた。

「…仕方ない。デッキ調整でもしますか」

 姫利の話によれば、新ルールの適応は二日後。つまり月曜日からとの事。決闘盤が手に入らないなら、とりあえずデッキだけでも新ルールに適したものにしておきたかった。

 実際の所、決闘盤が無くとも、テーブルデュエルという形でデュエルはできるのだ。クロンは気持ちを切り替え、自らのデッキをベッドの上に広げた。

 今回のフロムとのデュエルで得た経験と、姫利から教えられた個人差の問題。そして新ルール適応によって劇的に変化するであろう環境。それら全てを考慮して、新たなデッキを作る。

 とても短時間でできる作業ではないが、幸い明日は休日。夜更かししても、問題は無い。

「さてと、一番の問題は……やっぱりペンデュラムモンスターかな? そもそもどんなカードが出るのか調べないと」

 言いながら、クロンは携帯電話を用いてペンデュラムモンスターに関する情報を検索する。小学生のクロンには、個人用のパソコンなど贅沢なものだった。

 検索の結果、出てきたペンデュラムモンスターは十枚前後。思ったよりも少数だが、まだカード自体が発売されていない事を考えると当然だろうか。

 クロンは一先ずそれらのカード全てに目を通し、効果とステータスをメモに取る。ベッドに寝かせた足をパタパタと動かしながら。

「んー、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンが頭一つ抜けて強いかなぁ…。殆どノーコストでペンデュラムモンスターをサーチできるし、エクストラデッキに行くからペンデュラム召喚で出せるし…。うん、こいつは要注意かな」

 情報では、新ルール適応と同時に発売されるパックで登場するカード、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》。レアリティは高いものの、それに見合った優秀な効果を持つカードだ。

 今後ペンデュラム召喚が流行すれば、恐らく、このカードはその中心となるはずだ。そう分析し、クロンは唇に指を当てて「ふむ」と唸る。

(…そうか。ペンデュラムモンスターはエクストラデッキからペンデュラム召喚できるんだから、条件さえ揃えば何回でも使いまわせるんだよね)

 ふと気付いたクロンは、広げたカードの中から一枚のカードを手に取る。

 《奈落の落とし穴》。古いカードながら現環境でも頼りになる性能を持ち、ペンデュラム召喚に対するメタとしても期待されるカードだ。

「うん。ペンデュラム対策に奈落を増やしておこうかな。…や、でも相手が奈落対策に王宮のお触れを使ってくる可能性もあるか。それにサイコ・ショッカーをペンデュラム召喚するって手も…」

 楽しげな表情で様々な可能性を検討し、最適と思える答えを模索する。

 その中で、偶発的に新たなコンボを思いつく事もある。彼にとってデッキ調整は決して苦では無かった。

「ジェット・ロイドを抜いてアトラの蟲惑魔を入れて……んー、後は魔法効果の矢でも入れようかなー」

 様々な可能性を感じらせるペンデュラム召喚であるが、対策そのものは簡単だ。

 召喚されたモンスターを《奈落の落とし穴》で一掃するか、魔法カード扱いのPゾーンのカードを《サイクロン》で破壊するか。それだけで、ペンデュラムの強みを封じる事ができる。

 当然、相手もそれに対して手を打ってくるだろうが、そうすると今度はデッキそのもののバランスが悪くなる可能性も考えられる。ペンデュラムモンスターの数が限られている今では、尚更だ。

(…こうしてみると、意外と扱いが難しそうッスねぇ、ペンデュラム召喚。リターンが大きい分、対策されやすいし…)

 そこまで考えて、クロンは一つの疑問を抱く。――『そもそもペンデュラム召喚は流行するのだろうか?』と。

 一見すると大抵のデッキに採用できそうな戦術であるが、Pゾーンに二枚のカードを置かねばならない事と、対策のされやすさから、気楽にデッキに投入するには難しいように思える。

 タイプで言うなら手軽に行えるシンクロ召喚やエクシーズ召喚よりも、下準備が必要な融合召喚や儀式召喚に近いだろうか。

「ペンデュラム召喚、か…」

 クロンは仰向けになって、天井をじっと見つめる。

 流行するのか、しないのか。こればかりは実際にカードが流通されなければわからない事だ。

 と言って、ペンデュラム召喚は新ルール対応のデッキを作るにおいて最も重要な部分でもある。ここをはっきりさせなくては、新しいデッキなど作れるはずもない。

「…よし」

 少し考えた後、クロンは上体を起こして自分の携帯を手に取った。

 わからないなら、聞けばいい。…という考えが脳裏に過ったのだ。

 アドレス帳に登録された知人の名前。クロンはその中から一つを選び、そこに書かれた電話番号を打ち込むと、携帯電話を耳に当てた。

 暫くのコール音の後、相手が電話に出る。聞こえてきたのはシャワーの音。そして、見知った少女の声だった。

《…おう、俺様だ》

「あ、ソールちゃん? ボクですけど」

 彼が最初に意見を求めたのは、ソールだった。火力に特化したデッキを使う彼女なら、自分よりもペンデュラムについて考えているに違いない。そう考えての人選だ。

 ただ気になるのは、向こうから聞こえてくるシャワーの音。もしやと思い、クロンは本題の前に一つ問いかけてみる。

「えーと…。あのさ、ソールちゃん今何してるんです?」

《あ? 見て……じゃねぇ聞いてわかんねーのか。風呂だよ風呂、風呂に入ってんだよ》

「お風呂…。え、携帯電話持ちながらッスか?」

《んだよ、悪いかよ》

「んー、いえ」

 やや苛ついたようなソールの声に、クロンは慌てて取り繕う。

 携帯電話を持ったまま入浴する習慣はクロンには無かったが、そこは性格の違いなのだろう。色々気になる事はあったが、これ以上その点に触れる事に意味はない。

 クロンは目に見えないソールの一糸纏わぬ姿を思い浮かべながら、一度話を切り替える。

「それにしても、やっぱりソールちゃんもお風呂とか入ったりするんッスねー」

《…どーゆー意味だ?》

「いえいえ。可愛い女の子はお風呂好きだなーって話ッス」

 そう言ってケラケラ笑うと、向こうから舌打ちが聞こえてきた。

《で、何の用だよ? 話があんならさっさと言えよ、片手じゃ髪も洗えねー》

 ソールがそう言うと同時、シャワーの音が止まった。

 髪を洗うのは後回しにして、湯船に浸かりながら会話をしようという事だろうか。目には見えないものの、そうしている彼女の姿がクロンには見えるようだった。

「じゃあ、手短に言いますね。ソールちゃん、ペンデュラム召喚についてはどう思ってます?」

《んー? …ああ、新ルールのあれか?》

「そっ、それです。ボクはデッキに入れるつもりはまだないですけど、攻撃重視のソールちゃん的には、どうなんでしょ?」

《そーさなー…》

 そう言って少し考え込んだらしいソールだが、やがて「俺様個人としては」と前置きして、返答する。

《テメェも知っての通り、俺様のデッキの主力は邪神やネオスフィアだ。ペンデュラム召喚との相性は良くねーから、ペンデュラムを採用する気はねーな》

「なるほど…。あれ、相性悪いんッスか? 邪神をアドバンス召喚する為のコストにしたり、何回も使いまわせるリリース要因じゃないッスか」

《…Pゾーンに二枚、リリース要因のペンデュラムに三枚。いくらなんでも必要なペンデュラムが多すぎるだろ…。しかもPゾーンを数ターン維持しねーと旨味も少ないと来た》

「あ…、確かに」

《とは言え、だ。普通のデッキにアタッカー展開要員として入れる分には、面倒なカードかも知れねぇな》

 普段はガサツな印象の強い彼女だが、こういう話題では良いアドバイスを与えてくれる。クロンは何度も頷いて、ふと一つの疑問を尋ねてみる。

「…でもさ、弱点も多いッスよね。召喚を無効化されたり、Pゾーンのカードを破壊されたり」

《まあな。だから、序盤はペンデュラムモンスターをエクストラに送る事に専念して、ここぞって時に大量展開する……ってのがベストな使い方なんじゃねーか?》

「あー、なるほどね。大量展開されるのがわかっていれば、相手も下手な動きはできませんし……うーん、そっかぁ」

《ま、そりゃシンクロだのエクシーズだのに比べりゃあ汎用性に欠けるしデッキを選ぶかも知れねえが、モンスターを大量展開できる戦法が弱い訳がねぇ。上手くデッキを組めば強いんだろうぜ、ペンデュラムは》

「ふむふむ…」

 やや雑な物言いではあるものの、彼女の考えには確かな説得力があった。

 クロンは彼女の言葉一つ一つを真剣に受け止め、にこりと笑みを浮かべる。無論、その笑みはソールには見えないのだが。

「や、参考になりましたッス。ご協力ありがと、ソールちゃん」

《おう。んじゃ、またな》

 互いに別れの言葉を交わし、通話を終える。

 やはり人にアドバイスを求めるのはいい事だ。つくづく思いながら、今の彼女の言葉を一つ一つメモに取る。

「序盤はエクストラ送りに専念……大量展開できる戦術が弱い訳がない……っと」

 すらすらとペンを走らせた後、クロンはふと壁にかけられた時計に目をやり、にやっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「ソールちゃんの入浴時間は九時半頃、と…。ふふん」

 ついでに記入したその一語を最後に、一度メモ帳を閉じる。

 大量展開できる戦法が弱い訳がない。なるほど、火力を好む彼女らしい言葉だ。だが、まさしく正論であった。

 特にシンクロ召喚、エクシーズ召喚のような小型モンスターから大型モンスターを召喚する手段がある現在、モンスターを展開する意味は大きい。その点に目を向ければ、ペンデュラム召喚は強力な「一手」と考える事ができる。

「…よし。じゃあ次は姫利お姉ちゃんに」

 ソールの意見から考えを纏めた後、クロンは次に姫利の番号に電話をかける。

 彼女はソールとは事なり慎重かつ堅実な戦い方を好むが、経験も実力も自分より上だ。その彼女の意見を聞かないという手は無い。

 暫くのコール音の後、電話が繋がり、「もしもし?」という声が聞こえてくる。いつも聞く姫利の声だ。クロンはぱっと笑みを浮かべて、その声に挨拶する。

「もしもし姫利お姉ちゃん? ボクです、クロン君です。どうもこんばんは」

《あら、こんばんは。珍しいわね、貴方から電話なんて》

「えへへ…。あ、今時間大丈夫ですか? ちょっと長話になるかもなんで、忙しいならまたかけ直しますけど」

《ん? んー、今は宿題してた所だけど……別に構わないわよ、もう殆ど終わりだし。話しながらやるわ》

「宿題…?」

 決闘者としての彼女しか知らないだけに「宿題」という一語に違和感を覚えたが、そう言えば、彼女も歳は違うがクロンと同じ学生だった。

 勉強中なら後でかけ直そうかと思ったが、向こうから「構わない」と言ってくれた事で、クロンはさっそく本題に入る。

「えっとですね。姫利お姉ちゃんにちょっと聞きたい事があるんッスけど…」

《新ルールの事? …いえ、ペンデュラム召喚の事かしら?》

「っ…!」

 何も言わないうちからズバリ言い当てられ、クロンはどきりとした。

「…何でわかったの?」

《あら、当たってた? ふふ、短い付き合いだけど、貴方の考える事はわかってるつもりよ》

「むー、なんか複雑な気持ちッスけど……そうです、ペンデュラムの事です。姫利お姉ちゃんはペンデュラム召喚についてどう思ってます? よければ意見を聞かせて欲しいんですけど」

 再度メモ帳を開きながら姫利に尋ねる。彼女はソールと同様に少し考えた後、「そうね」と一つ前置きして答えた。

《今は何とも言えない、というのが私の考えかしら》

「何とも言えない…?」

 意外な言葉だった。

 事前にペンデュラムモンスターの存在を知っている彼女なら、この新しい召喚方法についていろいろ細かく研究しているものと思っていたのだが、返って来たのは「何とも言えない」という一言のみ。

 どういう意味なのか尋ね返すと、姫利は落ち着いた声でその理由を説明した。

《今の時点で発表されているペンデュラムモンスターは十枚とちょっと…。その中で実戦レベル、かつ多くのデッキで扱えそうなカードは極僅か。評価をしようにも、あまりに数が少なすぎると思わない?》

「それは……まあ確かに」

《だから、今は何とも言えないってわけ。シンクロ召喚にしても、評価され始めたのはゴヨウ・ガーディアンが出てきた頃からだった気がするし、ペンデュラム召喚も活躍するには少し時間が必要だと思うわ》

「…評価低かったんですね、ガイアナイト。結構好きなのに」

 軽い冗談を言いながら、姫利の言葉をメモに取る。

 言われてみると、今現在登場が判明しているペンデュラムモンスターは十数枚しか存在しないのだ。選択肢が少ないという事は、使用可能なデッキの幅も狭まるし、汎用性にも事欠く。

 その為、ペンデュラムモンスターの数が増えなければ評価を下しようがない。…というのが彼女の意見であった。彼女らしい現実的な考え方だ。

《ただ、ペンデュラム召喚はシンクロやエクシーズのサポートとしても利用できるから、広く使われるのにそう時間はかからないんじゃないかしら。カード数が少ない今でもある程度実戦で使えるし、甘く見ていると痛い目を見るわね》

「ふむふむ…。言われてみると、霞の谷の巨神鳥やサイコ・ショッカーなんかを出されると面倒臭そうだね」

《そういうこと。色んな使い方ができると考えれば、興味深い召喚方法ね》

「なるほど。ソールちゃんの考え方とはちょっと違いますね」

 姫利の考えを聞いているうち、微妙にソールの意見との食い違いを感じたクロンは、無意識にその事を口にしていた。

 とは言え、姫利からすれば突然彼女の名前が出てきて不思議に思ったのだろう。「ソールちゃん?」と鸚鵡返しに尋ねてきた。

「…ああ、実はソールちゃんにも同じ事を聞いたんですよ。で、ソールちゃん曰くペンデュラムは汎用性が低いという事だったので…」

《ふーん…。師匠の私より先に、ソールちゃんにねぇ…》

 やや声のトーンを落とした姫利が、納得したように言う。怒っているというよりは、笑っているような声だった。

《…まあ、私の意見は以上よ。参考になったかはわからないけど》

「い、いえ。凄く参考になったッスよ。ありがとうございますです」

《ん。じゃあ、これで失礼するわね。おやすみなさい、小さな色男君?》

 最後の一語は、どういう意味で言ったのだろう。姫利の笑っている声を最後に、通話は終了した。

「…むー。何か最後、誤解された気がするなぁ」

 言いながら、クロンはさっそく姫利の言葉もメモに記録する。

 何にしても、姫利の意見は非常に為になった。あまり急いで考えず、環境をじっくり見ろ。彼女はそう言いたかったのだろう。

 それに彼女とソールとの意見の違いは、昼に聞いた「個人差」の問題を思い起こさせる。やはり人によって、ペンデュラム召喚に対する評価も違うのだ。

「よし、じゃあ最後は百合お姉ちゃんに…」

 そう思い、今度は百合の番号にかけようとした矢先。ふとクロンの手が止まった。

 百合のアルファベットデッキは、融合を軸として攻めるのを得意としている。そのデッキ構成は殆ど融合素材と融合関係のカードで絞められており、とてもペンデュラムモンスターを組み込むスペースは無いし<I>――</I>組み込む意味もない。

「んー。百合お姉ちゃん、ペンデュラムにはあまり興味がないかも知れないなー」

 聞いた話によると、百合のデッキには一枚もシンクロモンスターやエクシーズモンスターが入っていないらしい。

 となれば、デッキコンセプトに合わないペンデュラムにも関心が無い事も十分に考えられる。

「…まあいいか。百合お姉ちゃんの声も聞きたいし」

 最悪ペンデュラムに興味が無くても、少しくらい会話ができればそれでいい。そう思い直し、クロンは彼女の番号を入力した。

 数秒のコール音の後、電話が繋がり、いつも聞く百合の頓狂な声が聞こえてくる。

《あーもしもし? クロぽんかい?》

「あ、百合お姉ちゃん? こんばんわ、クロンです」

《こんこん。しかし、どったの急に? あ、もしかしてお姉さんが恋しくなったのかな?》

「ん。まあそんなところです」

 電話越しでも変わらない百合のテンションに笑いつつ、クロンは早速本題に入る。

「えっとね。例のペンデュラム召喚の事なんですけど……百合お姉ちゃん的にはどうです、あれ」

《んー。私のデッキにはいらないかなー、ペンデュラム》

「ああ…。やっぱり」

 予想した通りの返事に思わず頷くクロン。やはり彼女のデッキとペンデュラム召喚は相性が悪いようだ。

《ただ、私が使わなくても相手が使ってくるじゃん? だから、今は相手がペンデュラム使ってくる事を考えて、アルファベットデッキを調整してるところなんよ》

「へぇー。…どんな風に?」

《いやいや、こればかりはクロぽんと言えど秘密だよ。仲良しだからって他人にパンツ見せる女の子なんていないじゃん? それと同じ》

「…んー?」

 よくわからない例えを持ち出した百合に、クロンはやや困惑する。

 思えば彼女は以前からデッキの情報を下着に例えたがる節があった。どういう理屈でそうなったのかはわからないが、彼女にとってデッキの情報はそれほど見せたくないものらしい。

「えーと…。つまり、どうしても見たいなら実戦で……って事ですね?」

《そゆことねン。姫りんの若いツバメとは言え、ことデュエルとなれば敵同士だから。…ま、私は私なりにペンデュラムについて研究するから、クロぽんはクロぽんで頑張りなよ》

「ん…。そうします」

《でわでわ。百合ちゃんで~した、と。ポチッ》

 陽気な声を最後に、百合の方から通話を終了させる。他の二人に比べてあまりに短い、二分にも満たない通話時間だった。

 これも一つの個人差ではある。そう考えながら、クロンは百合の言葉も一応メモに書き込んだ。

 ソール、姫利、そして百合。三人の意見を聞いた結果、ある一つの共通点がある事にクロンは気付く。三人とも、多かれ少なかれペンデュラム召喚に対して警戒しているという点だ。

 『何度でも使えるアタッカーであり、大量展開可能な新戦術』とするソール。『自由度が高く、あらゆる戦術と組み合わせる事が可能』とする姫利。何れもペンデュラムの本質を突いているように思える。

「…新しい環境(ルール)――、ペンデュラムモンスター、か」

 無意識に小さく呟いて。

 クロンは、再びデッキ調整に没頭した。




今回の話はマスタールール3が発表されて慌てて書いた話になります。
遊戯王小説的には先攻ドローの廃止が衝撃的で、これは遊戯王小説界に大きな波紋が広がるだろうなー的な事を考えたような考えなかったような。
で、何だかんだで当小説もマスタールール3を採用する事にしたのですが、「でも今クロン達が使ってる決闘盤にPゾーン無いよね。Pカード使えないじゃん」と思い、今回の新型決闘盤云々の結論に至った次第ですー。
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