そして、その時は来た。
長いようで短かった休日が終わり、月曜日の朝がやってくる。マスタールール3が適応される、第一日目の朝だ。
この日はいつも通りの時間に目を覚ましたクロンは、眠たそうに目を擦りながら窓を開け、太陽の光を全身に浴びる。
マスタールール3の存在を知ってから今日まで、日曜日を挟んで丸一日、新ルールに対応したデッキ作成に力を注いできた。短い時間ではあったものの、何とか完成に漕ぎ着ける事はできた。
姫利から聞いた新ルールの内容と、これまでのデュエルで得た経験。その全てを組み込んだデッキである。クロンは両手を天井に向けて大きく伸びをした後、机の上に置いたままのそのデッキに目をやった。
「…うん。何とか間に合ったみたいッスね」
新しく作ったデッキのテーマは、『奪う』。
これまで通り守備を固めた戦術の中に、フロム戦で見せた『奪う』戦い方を混ぜたものだ。火力は多少減ったものの、これまで以上の癖の強さとトリッキーな傾向を持つデッキになった。
唯一の気掛かりは、まだ実戦テストを行っていない事だが……それはこれから行えばいい。幸い学校には、付き合ってくれそうな相手が何人かいる。
「…よし」
クロンは両手で自らの頬を叩いて眠気を吹き飛ばすと、母親と温かい朝食が待つリビングへと向かっていった。
朝食を食べた後は、小学生としての日常がやってくる。
クロンは学校の制服に着替え、ランドセルと決闘盤を手にした後、母親に行ってきますのキスをして家を出た。
普段と同じ時間に歩く、いつもの道。家の前を通る度に吠えてくる獰猛な犬が、今日も心臓に悪い咆哮を浴びせてくる。今までは虐められっぱなしだったクロンだが、最近は決闘盤の立体映像で逆に犬を驚かせて反撃する事を覚えた。
この日も彼は《魔轟神獣ガナシア》のカードを召喚し、驚いて逃げる犬を見てケラケラ笑う。意地悪い事をしているという自覚はあったが、それに関してはお互い様だ。向こうが吠えるのを止めない限り、こちらも止めるつもりは無かった。
いつもと何も変わらない、いつも通りの風景。このまま通いなれた道を歩いていれば学校に着くのだが、この日クロンは一つだけ、寄り道をする事にした。
「あ、あったあった」
彼は通学路の途中にポツンと建っているコンビニエンスストアを見つけると、鼻歌を歌いながら中へと入っていく。
その理由は、言うまでも無く買い物だ。学校に行くまでに、彼にはどうしても買っておきたいものがあったのだ。
「えーと、カードの売り場は…。お、あった」
滅多に来ないコンビニの中を歩き回り、やがて彼は目的の物を見つける。
彼が欲していたのは、デュエルモンスターズのパック。それも本日発売の、ペンデュラムモンスターが封入されたものであった。
全く新しいカードが入った新発売のパック。決闘者としては、購入せずにはいられない。クロンは商品棚に掛けられたパックを三つ手に取ると、カウンターに持って行って購入した。
「よーし、寄り道終了っ。中身は教室で確認しよっと!」
クロンは購入したばかりのパックをランドセルの中にねじ込むと、再び学校への道を歩いていく。
そうこうしているうちに、自分の学校が見えてきた。校門の前には生活指導の教師が立っており、学校に着いた生徒達に声をかけている。
余談であるが、彼の通う学校は決闘者育成学校ではないものの、決闘盤の持ち込みは許可されている。デュエルモンスターズの文化が広まり、その道のプロまで存在する今日、決闘盤はサッカーボールと同じような扱いという訳だ。
無論、授業中にデュエルを行うような無法者はそれなりの注意を受けるのだが……少なくともクロンはそうした事をした事はない。堂々と決闘盤を装着し、生活指導の男性に挨拶をして学校の門を潜った。
「おはよー、みんな。クラスの人気者のご登校ッスよー」
教室の扉を開けて中に入ると、既にクラスメイトの半数は教室にいた。彼らはクロンの顔を見ると、口々に挨拶を交わして来る。これもいつも通りの光景だ。
クロンはにこにこ笑いながら自分の席へ向かう。すると、自分の席の周りに三人の少年少女が屯している事に気付いた。
この学校に入学した時から特に仲の良い三人。クラスメイトの遼という少年と雪と言う少女、そしてクラス替えによって一人隣のクラスに行ってしまった時子という少女であった。
クロンの学校にも、決闘者は大勢いる。この三人もまた決闘者であった。
三人はクロンの顔を見るなり、笑みを浮かべて小さく手を振ってくる。クロンはそれに笑みを返しながら、ランドセルと決闘盤を机の上に乗せ、自分の席に腰掛けた。
「やっほー皆。今日から新ルールッスねー」
「だねー、マスタールール3だね。今日は三人ともデッキ持ってきてるし、昼休みに皆でデュエルしようよ」
「もちッスよー。この間は何だかんだでデュエルできなかったからねぇ。…あ、そうだ」
真先に話しかけてきた少女、雪に笑いかけながら、クロンは先程購入したばかりのパックをランドセルから出す。
「じゃーん! これなーんだ?」
子供と言うものは、自慢する事を好むものだ。クロンの性格ならば尚更である。彼は買ったばかりのパックを扇状に広げ、友人三人に見せつけた。
「あ、今日発売のパック! さてはクロちゃん、あそこのコンビニで買ったなー!」
遼という少年が、目を輝かせてクロンの手元のパックを見つめる。期待した通りの反応だった。
「んふっふ~。決闘者たるもの、新しいカードの入手には余念がないんッスよ。欲しくってもあげないよー?」
したり顔でパックで顔を仰ぐクロンだが、遼は「ちっちっちっ」と指を振って笑みを浮かべる。
「甘いねクロちゃん。僕達を出し抜いたと思ったら、大間違いだよ」
「んぇ? どういう意味?」
「つまりぃ――、」
遼は他の二人の少女に目で合図すると、ズボンのポケットからある物を取り出した。
それはクロンが持っているものと同じ、発売したばかりの最新のパックだった。他の二人も同様に、制服のポケットから同じ物を出して見せる。
「じゃーん!」
「じゃじゃーんっ!」
「じゃーんっ…」
三人同時に言いながら、どやとばかりにクロンの鼻先に突き付ける。
流石は一年の頃からの付き合い。考える事は、同じだったのだ。
あるいは三人がクロンの机の周りに集まっていたのは、これを自慢する為だったのかも知れない。誰よりも早くパックを買ったと思っていたクロンだが、見事に裏を掻かれた形であった。
「ぐ…。みんなも買ってたんッスか、それ」
「みんな決闘者だからねー。新しいカードの入手には余念がないんだよ」
雪がにこりと笑いながら、先程のクロンの言葉を返す。してやられたような気がして、クロンは悔しげに唇を噛んだ。
「えと…。ね、もうすぐ授業が始まるし、みんなでパックを開けちゃお?」
提案したのは、時子という少女だった。
クロンを含め、彼女ら三人はいずれもパックを開封していない。教室で、皆と一緒に開封する為、敢えてそのままにしていたのだろう。
だが、宝箱というものは、開けなければ意味がない。彼女が開封を急かすのも当然であった。
「ん、そうッスね。じゃあ、いーせーのー……で!」
クロンの言葉に合わせ、全員が一つずつパックを開けていく。
言うまでも無い事だが、パックに封入されているカードは基本的にランダムであり、良いカードが入っているか否かは完全に運任せである。
レアカードが当たる可能性は極僅か。まして彼らは各々二つか三つしかパックを買っていないので、全員に
財力に余裕のある大人であれば、パックを箱買いしたり目当てのカードを店で買うなどして効率よくレアカードを手に入れるのだろうが――…子供の財力では、それも無理な話だった。
「…あー、ダメだ。ノーマルカードばっかり」
「私も。時子ちゃんは?」
「……うん」
案の定、クロンを除いた三人から諦めの吐息が漏れる。レアカードが入っていなかったのだろう。こんなものだと思いつつも、落胆しているのが見て取れる。
ただ一人、クロンだけは、気まずそうな表情で手に入れたカードを眺めていた。
「やっぱり、そうそうレアカードなんて当たらないんだねー。ね、クロちゃん」
「ん? …んー、いや。その事なんですけどねー」
ははは、と乾いた笑みを浮かべつつ、クロンは手に入れたカードの中から二枚を選び、三人に見えるよう机の上に置いた。
「スーパーレアの烈風帝ライザーと、アルティメットレアのオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン、当たったッス」
勝負強さとでも言うのだろうか。世の中には、ここぞという時に強運を発揮する者が存在する。クロンは、その典型であったと言えよう。
彼が提示した二枚は言葉通りスーパーレアの《烈風帝ライザー》と、アルティメットレア仕様の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》。何れもレアリティ、効果共に大当たりのカードであった。
特に《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》は彼らが購入したパックの看板とも言うべきカードであり、最新カテゴリであるペンデュラムモンスターに非常に相性が良い効果を持つ。今後の環境を引っ張っていく可能性があるカードと言っても過言ではないだろう。
それほどのものを、たった三つのパックを買っただけで手に入れたのは、一つの小さな奇跡と言えよう。
「クロちゃんすごーい! そのカード、パッケージに描かれてるカードじゃん!」
「いいなークロちゃん。私なんて一枚もいいカードが出なかったのに」
目を輝かせて二枚のカードを覗き込む遼と雪。クロンは申し訳なさそうに頬を掻きながら、「偶然ッスよ」と謙遜した。
もちろん、レアカードが二枚も当たった事は彼にとっても嬉しい事である。が、他の三人を差し置いて一人だけ良いカードを手に入れるというのは、どうにも複雑な思いだった。
とは言え。この程度の事で亀裂が生じる友情など存在しない。クロンの思いとは裏腹に、三人は純粋に羨望の眼差しを彼に向けるだけであった。
「…ね、ねぇクロちゃん。その、一つお願いしてもいいかな?」
「ん? どったの時ちゃん?」
「えと…。このカード、手に取って見てもいい?」
時子が指をもじもじさせて、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のカードに視線を落とす。基本的にカードに指紋が付く事を気にしないクロンは、二つ返事で彼女の頼みを承諾した。
彼女――時子という少女は、四人の中でも控えめで口数の少ない性格だ。その彼女が、自分からカードを手に取って見たいと頼んできたのは、非常に珍しい事であった。
「ありがとう。…わぁ、これがオッドアイズ……すごいなぁ」
実際に《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を手に取った彼女は、目をキラキラと輝かせてカードを覗き込む。その微笑ましい姿を見て、クロンはある事に気付き、尋ねてみる。
「…もしかして時ちゃん、そのカード狙ってました?」
「えっ!? …う、うん」
図星だったのだろう。びくりと体を震わせた時子は、顔を赤くして小さく頷いた。
「ペ、ペンデュラムデッキ作ろうかなー……って思って…。それで、ずっと欲しいなーって…」
「ふむふむ」
ボソボソと小さな声で話す時子。しかし、彼女が如何にこのカードを欲しがっていたのかは、十分に伝わって来た。
クロンは少し考えた後、「良し!」と手を叩いてにっこり笑みを見せる。
「んじゃ、そのカード時ちゃんにあげるよ。どうぞ使ってくださいッス」
「え!? だ、ダメだよ。このカード、クロちゃんのだもんっ…」
「いーのいーの。どうせボクのデッキには必要のないカードだし、だったら欲しがってる子に上げるのが一番ってもんですよ。何より時ちゃんがペンデュラムデッキ作ってくれるなら、ボクとしても対策とか考えやすいですし」
驚いてカードを突き返そうとする時子を手で制し、半ば無理やり押し付ける。その理由は、クロン自身が口にした通りである。
クロンのデッキは罠で相手を翻弄し、そこで生じた隙を突くというのが基本である。その為彼のデッキは罠カードの数が非常に多く、とてもペンデュラムモンスターを入れられるスペースは無かった。
従って、せっかく当てた《オッドアイズ》も、彼にとっては必要ないカードに他ならない。彼がそれを他人に譲ろうと考えるのも、自然な話であった。
「ボクは烈風帝が当たっただけで十分ですし、当たりじゃないノーマルカードにも、
「…ほ、本当に? 貰ってもいいの…?」
「もちッスよー。そのかわり、ペンデュラムデッキが出来たら真先にボクと戦ってねっ。自分で使う気はなくても、ペンデュラム自体は興味ありますので」
「……あ、ありが…とぉ」
顔を伏せて礼をいう時子だが、その表情は喜びで緩んでいた。口ではダメだと言いながら、やはり、欲しいカードだったのだ。
その彼女の表情だけで、アルティメットレア以上の価値がある。クロンは満足げに笑いながら、そう思った。
「…じゃ、じゃあ。あの……これ…」
貰った《オッドアイズ》をポケットに入れた時子は、代わりに一枚のカードを取り出してクロンに差し出した。
「このカード……お礼にクロちゃんに、あげる」
「……?」
時子が差し出したカードは、見た事も無いカードであった。
否――。それがそもそもカードであるのか、一見しただけではわからない。何故ならそのカードの表面には、何も書かれていなかったのだから。
通常カードには、魔法カードであれモンスターカードであれ、カード名とイラスト、そしてテキストが必ず書かれている。しかしそのカードにはその何れも書かれておらず、枠の一つすら存在しないのだ。
まるで画用紙のように真白なカード。しかし時子は、そのカードを真剣な表情でクロンに向けている。
「…時ちゃん、このカードは?」
「その…。この間、しあわせの黒い猫ちゃんに貰った……私の、お守りのカードなの…」
「しあわせの黒い猫ちゃん?」
聞き覚えのある言葉だった。
唇に手をあて少し考えた後、ふと思い出したクロンは、その黒い双眸を時子から雪へを切り替える。
「確かこの前、雪ちゃんが教えてくれた……喋る猫の話でしたっけ?」
自信なさげに尋ねると、雪は真剣な面持ちで「うん」と頷いた。
「しあわせの黒い猫ちゃん。最近この辺りに出るっていう、人間の言葉を喋る猫ちゃんだよ。時子ちゃん、二週間くらい前にその猫ちゃんと会ったんだって」
「二週間前…。ボクがデュエルを初めてすぐの頃ッスね」
言いながら、クロンは再び視線を時子に戻す。雪の話――…喋る猫に会ったという話の真偽を、問う為に。
「確か、その喋る猫に会ったらカードを貰えるって話でしたっけ? …じゃあ、そのカードが?」
「う、うん。喋る猫ちゃんに貰ったカードだよ。何にも書かれてなくて決闘盤も読み込まないカードだけど……持っている人に幸せを呼んでくれるって話なの…」
「幸せを、ですか」
以前話を聞いた時も、その辺りは胡散臭いと思っていたが、『喋る猫』と『カードを貰える』という点はずっと気になっていた。
しかも、実際に彼女が噂の猫と出会ったというのなら、少なくともその二つについては真実らしい。クロンとは違い、時子は嘘を吐けない性格であったからだ。
「喋る猫、か…。ねえ時ちゃん、その話もっと――、」
もっと詳しく教えて欲しい。そう続けようとしたクロンの言葉は、授業開始を告げるチャイムの音に掻き消された。
教室に来た時はまだ時間に余裕があったのだが、いつの間にか随分と時間が経っていたらしい。時子は慌てた様子で時計を見た後、何も書かれていないカードを、クロンに手渡した。
「じゃ、じゃあ私、自分の教室に戻るね。えと、クロちゃんありがとう。このカード、ずっと大切に使うからねっ…」
「あ、うん。…また後でねー」
喋る猫について話を聞きたかったが、授業が始めるというのなら仕方ない。また昼休みにでも聞けばいい事と思いながら、クロンは慌てて教室を出ていく時子の後姿を見送った。
「…クロちゃん、クロちゃん」
じっと様子を見ていた雪が、にんまり笑いながらクロンの裾を引く。
「そのカード、大切にしなきゃダメだよー? 女の子が自分のお守りを男の子にあげるなんて、よっぽどの事なんだから」
「そうなの? …あー、でも確かに女の子って、パワースポットとか幸せを呼ぶ石とか、そういうの好きそうなイメージがありますもんねぇ」
雪の言葉を真正面から受け止めるクロン。雪は深い溜息を吐くと、「クロちゃん鈍い」とだけ言い残し、自分の席へと戻っていった。
彼女が何を言いたかったのかはわからない。お守りは、誰が持っていようとお守りに違いないのだ。
「…しあわせの黒い猫、か」
何気なく呟いて、もう一度そのカードを見た時、クロンは気付いた。さっきまで真っ白だったそのカードに、文字が浮かんでいる事に。
(あれ…?)
つい今までは、確かに真っ白なカードであった。
しかし今は、カードの端の方に小さく『
否。文字の位置自体は何ら問題ではない。重要な事は、たった数秒の間にカードに文字が浮かんでいるという事実だ。
ボールペンなどで書き込んだような文字ではない。他のカードとも書体は変わらない。即ち、誰かが――と言っても可能な人物は時子しかいないのだが――カードに文字を書き込んだという事ではありえない。
(…さっきは時ちゃんの指で隠れて見えなかったのかな?)
暫く首を傾げて考えた後、さっきは文字に気付かなかっただけだという結論を下したクロンは、一先ずそのカード、《先見眼の銀愚者》をデッキに入れて自分の席に着く。
クラスの担任が扉を開けて入って来たのは、その直後であった。
――――――
―――――
――――
そして、放課後。
全ての授業を終えたクロンは教科書をランドセルに詰め込むと、特に何をする訳でもなく、自分の机で先程のカードを眺めていた。
カード名しか書かれていない、謎の多いカード。試しに決闘盤にセットしてみたが、空中にエラーの文字が表示されるだけで、このカードの映像が出る事は無かった。
だがエラーが出るという事は少なくとも決闘盤がこのカードを読み込んでいるという事であり、即ちこのカードが実用可能なものであるという事を意味する。
それだけに、謎であった。正規のカードであれ、あるいは違法に作られたカードであれ。名前しか書かれていないカードを、いったい何のために作ったのか。
そして、そんなカードを持つその“喋る猫”とは? 答えを求めようにも、また別の謎が浮かんでくる有様だ。いくら時間を費やしても、結論に到達する事はまずないだろう。
「わかっているのは、このカードが確かに存在するって事実だけか…」
考える事は嫌いではなかったが、答えが出ない事について考えるのは空しいものだ。クロンはふぅと溜息して、教室の窓から外の景色を見た。
すると。
「お、いたいた。よー、遊びに来たぜー」
後ろから、聞き覚えのある声。振り返ると、そこには最近おなじみのソールの姿があった。
彼女が教室に現れると、室内はしんと静まり返り、クラスメイトの視線が彼女一人に向けられる。先日の騒動ですっかり顔を覚えられているのだろう、皆が皆、好奇心に満ちた表情だった。
「あ、ソールちゃん。どうしたんッスか、突然」
「くくく、ちょっと自慢しにな。まあ見てみろよ、これ」
言うなり、彼女は左腕に付けていた決闘盤を外してクロンの机の上に乗せる。髑髏のマークが描かれた、悪趣味な黒い決闘盤だ。
だがそのデザインはこれまでの彼女の物とは少し異なっていた。決闘盤自体も汚れ一つ見つからず、クロンの顔が映るほど綺麗だった。
「…あ!」
ピンと来たクロンは、どやとばかりに笑みを浮かべているソールの顔を見上げる。
「まさかこれ、新型の…!」
「おう、新型だぜ。さっき授業フケて買って来たんだ。へへへ…」
新ルール適用と同日、つまり今日発売されたばかりの新型の決闘盤だった。
見た目はこれまでの決闘盤と大差ないが、よく見るとペンデュラムモンスターをセットする為のペンデュラムゾーンが増設されている。新ルールで戦う為には必要不可欠なものだ。
話には聞いていたが、実際に見るのは初めての代物である。クロンは興味津々といった表情で、彼女の決闘盤を覗きこんだ。
「へー、これが…。でも、よく買えましたね。この前はお金が足りないから無理だって言ってたのに」
「ん? あぁ、ちょいとうちの
そう言って悪い笑みを浮かべるソール。その言葉の裏に隠れている真実には気付かず、クロンはまじまじと彼女の決闘盤を見つめていた。
新ルールの存在を知ってから今日まで、決闘盤を買う資金を持たないクロンは、あの手この手で母親にお小遣いの前借を持ちかけてみた。
時には甘え、時には嘘泣きを使い、時には交渉を持ち掛け…。だが、決闘盤の価値を知らない母は毅然とした態度ではっきりと「否」を突き付け、結局一度も「うん」と言う事は無かった。
それだけに、彼女が持つ新型決闘盤は心の底から羨ましかった。
「いいなぁ…。ボクも欲しいなぁ、新型…」
「くくく、そーだろそーだろ」
「…ソールちゃん愛してる。この決闘盤ちょーだい?」
試しに母親の時と同じ手を使ってみると、すぐに「ざけんなテメェ!」と凄まじい怒号が飛んできた。
クロンはけらけら笑いながら、再び羨望の眼差しを彼女の決闘盤に向ける。手を伸ばせば届くのに、決して届かない高嶺の花に。
真面目にお小遣いを溜めて買おうとすれば、三ヶ月はかかるだろうか。彼の決闘歴を思えば、あまりに長すぎる時間だ。
(姫利お姉ちゃんは当然買うだろうし、百合お姉ちゃんもお金持ってるって言ってたし…。なーんかボクだけ時代遅れって感じだなー)
そう思い、クロンはふぅと溜息を吐く。
何にしても、無理なものは無理なのだ。それが分かっている以上、この事について悩んでいても仕方がない。悩んだ所で、何も得られないのだから。
「…そうだ。ねぇソールちゃん、しあわせの黒い猫って聞いた事あります?」
ふと思いついたクロンは、最近知ったばかりの噂話を持ち出した。
彼女がこの手の話を信じるようなタイプだとは思わないが、この学校の生徒なら話くらいは知っているのではと思ったのである。
だが、実際は彼女も初耳だったらしい。目を丸くして、首を傾げていた。
「あぁ? なんだ藪から棒に。しあわせの……何だって?」
「しあわせの黒い猫。最近この学校で噂されてるみたいなんですけど、知りません?」
「知らねーなぁ…。どういう噂だ?」
「えーとね。簡単に言うと、人間の言葉を喋る猫が現れて、デュエルモンスターズのカードをくれるって話です」
少し雑な説明だと思ったが、あの話を短く纏めるとそうなってしまうのも事実だった。
ソールは少し考えた後、やや引きつった表情で、「おい、気は確かか?」とクロンの肩を揺さぶる。
「人間の言葉を喋る猫が、カードをくれるだぁ? んな嘘くせぇ話、誰が信じるってんだよ。テメェあれか、サンタとか信じてる口か?」
「なんでそこでサンタさんが出てくるんッスか」
困惑した表情で返すクロンだが、彼女の言い分が普通なのだろうと内心思っていた。
そもそも噂話というものは、大抵の場合根も葉もない作りものである事が多い。
まして猫が喋りカードをくれるという話など、荒唐無稽にも程がある。
クロン自身、友達が嘘を吐く訳がないと思っているだけで、この話自体を信じている訳ではない。ソールが疑うのも無理のない事だった。
「まあ、ボクも胡散臭い話だなーとは思いますよ? ただ、ボクの友達……女の子なんですけどね、その子が噂の黒い猫に会ったとかで……実は、今ボク持ってるんッスよ、そのカード」
そう言って、クロンは先程まで眺めていた《先見眼の銀愚者》のカードをソールに見せる。
最初は疑いの眼差しでそれを眺めていたソールだが、実際に決闘盤にセットして反応がある事を見せると、やや興味を覚えたように唇に手を当てる。
「なるほどな。エラーとは言え、決闘盤がそのカードを読み込もうとしてるって事は…」
「このカードは少なくともデュエルモンスターズのカードだって事です。トランプやポケモンカードじゃ決闘盤は反応しませんからね」
「…つーか、それエラー出んのテメェの決闘盤が旧式だからじゃねーのか? ちょっと俺様の決闘盤にセットしてみろよ」
「あ…。なるほど」
考えてもいない可能性だった。
例えばクロンの決闘盤にペンデュラムモンスターをセットした場合、《銀愚者》同様にエラーが表示される。マスタールール3に対応していない決闘盤には、ペンデュラムというカテゴリーそのもののデータが存在しないからだ。
逆に言えば、旧型の決闘盤でエラーが表示されても、新型であればデータを読み込む可能性が高いという事。クロンはさっそくソールの決闘盤を借り、《銀愚者》のカードをセットした。
結果は――。
「……。…エラー、ですね」
「…だな」
「ねー、これ本当に最新型? さっきの愛してる返してよー」
「どう見ても原因はこのカードだろーが!」
新型の決闘盤ですら、エラーが表示された。
少し期待していただけに落胆したが、要するに降り出しに戻っただけの事だ。
念の為にペンデュラムゾーンや魔法&罠ゾーンにもセットして見たが、結果は変わらない。謎がまた一つ大きくなっただけだ。
「旧型でもダメ、新型でもダメ。…んー、何なんだろうこのカード」
「つーかよ。その何とかの猫に会ったのってテメェのダチなんだろ? なんでテメェが持ってんだよ?」
真剣に考えるクロンに対し、ソールの方はそこまで関心は無いらしい。カードそのものよりも、このカードをクロンが持っている事の方が気になるようだった。
「んーと、さっき当てたオッドアイズをあげたら、お礼にってくれたんですよ」
「うお、マジかよ勿体ねぇ。普通にレアカードじゃねーか」
「まぁ、どの道ボクのデッキには必要ないカードでしたし。…と、貸してくれてありがとうございます」
クロンは借りていた決闘盤を彼女に返すと、《銀愚者》のカードを再びデッキに戻す。
名前以外は何一つとして分かっていないカードだが、大切に持っていれば、いつか正体がわかるかも知れない。それまでは時子の言う通り、ただのお守りとして持っているくらいでいいだろう。
「…そう言やテメェ、新ルール用にデッキを調整するとか言ってたな。完成したのか?」
「ん、まあね。フロムお兄ちゃんと戦った時のより火力が落ちたけど、その分癖を強くして、嫌らしい戦い方ができるよう調整してみたッス」
「ふーん…。ま、確かにテメェにゃそっちの方が合ってるかも知れねえな」
短い付き合いではあるが、クロンの得意とする戦術はわかって来たのだろう。ソールは納得して小さく頷いた。
(…ま、今回のデッキが新ルール向きかって言うと、微妙なところ何だけどね)
声には出さず一人静かに笑うと、クロンは何気なく教室の時計に目をやった。
最後の授業が終わってから、もう随分時間が経っている。教室に残っている生徒の数も、いつしか十人に満たなくなっていた。
「…さて。そろそろ帰るとしますか」
せっかく新ルールが適用されたというのに、このまま学校で時間を潰すという手は無い。ソールとの会話は楽しかったが、やはりいつもの店に行きたかった。
その事をソールも察したのだろう。同じく時計に目をやると、「もうこんな時間か」と呟いて、新型の決闘盤を腕に装着する。
「うし、行くか。どーせ今日も店に行く気なんだろ?」
「もちですよ。決闘盤が無くても、デュエルはできますからね。ソールちゃんは?」
「当然行くだろ。買ったばかりの決闘盤が腐っちまうぜ」
互いにニヤリと笑みを浮かべると。二人は、教室を後にした。
――――――
―――――
――――
普段は一度自宅に帰り、着替えてからカードショップに行くクロンであるが、この日は学校から直接店に行く事にした。
なにしろ新ルール適用初日なのだ。一刻も早く環境の変化を見たかったし、姫利達のデッキの変化も気になった。
母親に今日は遊んで帰ると電話で伝え、ソールと談笑しながらカードショップへの道を歩く。彼女もまた学校から直接店に行くつもりのようで、二人とも制服姿のままだ。
学校を出た直後は他の生徒達の姿もあり、学年の違う組み合わせの二人を物珍しそうにチラチラ見ていたが、店が近づくにつれてその数も減って来る。店の看板が見える頃には、一人もいなくなっていた。
「しかし、今日はやっぱり人が多いんですかねぇ。決闘盤を買った時はどうでした?」
「んー? …まあ時間が時間だったからな、あんまり人はいなかったと思うぜ。今はどうかは知らねーけど」
「ふむふむ。ま、いつもより少ないって事はあり得ないか」
新しいルール、新しい決闘盤、新しいパック。決闘者を引き寄せる要素が三つもある以上、いつも以上に繁盛しているのは間違いないだろう。
それはそれで構わないのだが、姫利らとゆっくり話をするだけのスペースがあるのか、その点だけは心配だった。
そして実際に店に入ってみると……案の定、というべきか。店の中は、いつもの倍近い客でいっぱいだった。
客層は高校生くらいの男女が殆どだろうか。決闘盤コーナーとパックコーナーに、気が遠くなるほどの行列を作っている。
「おおう、こりゃまた凄い…」
「決闘盤目当ての奴らだろーな。昼間に買っといて正解だったぜ」
言いながら、二人は店の中に姫利らの姿を求めて歩き回る。
最初は決闘盤コーナーを探そうと思ったのだが、ソールによると決闘者育成学校の敷地内には大抵デュエル専門店があるとの事なので、わざわざこの店で決闘盤を買いはしないだろう。
となると、案外いつものテーブルにいるかも知れない。そう思い、人の波を掻き分けていくと――。
「あ、噂をすれば。おっすおっすクロン君、ソールちゃんもおすおす」
「やっほークロぽん&ソルたん、今日は制服でご登場ですかい?」
思った通りの場所に、姫利と百合は座っていた。
クロンらが来るまで談笑して待っていたのだろう。テーブルの上には彼女らの物と思しき新型の決闘盤が二つ並んでおり、ソールの話が確かだった事を証明している。
だがそれよりもクロンを驚かせたのは、この席に、初めて見る人間が座っていた事だった。その数、三人。そのうちの一人、姫利と同年代と思しき女性が口を開く。
「へぇ、この子が? 思っていたより小さいわね」
初見で、美人だと思った。
まるで太陽のように輝く黄金色の長髪に、宝石のように美しく澄んだ翡翠色の瞳。整った顔立ちは姫利や百合とは違った形で男心をくすぐり、幼いクロンをも緊張させる。
服装は今時といったデザインのラフなもので、下はショートパンツを着用。全体的に明るい色合いの目立つ服装だった。
そして彼女の膝の上には、クロンと同じくらいの年頃の少年が、ちょこんと座っていた。
少年は女性と同じく美しい金色の髪を持ち、瞳は一点の曇りもない澄んだ銀色。幼いが顔立ちは整っており、男の子独特の可愛らしさがある。
女性とは姉弟なのだろうか。如何にも甘えん坊といった表情で彼女に抱きついており、クロンの顔を見ると、ぺこりと小さく頭を下げて挨拶した。
そして、もう一人。
「クリフ様より一つ上…、という話でしたでしょうか。お二人から聞いた印象とは、確かに少し違いますね」
透明感のある声が聞こえ、こちらも姫利らと同年代と思しき女性が心持ち顔を傾ける。
濡れた氷を思わせる綺麗な青い長髪に、落ち着いた、それでいて心を見透かされそうなほど澄んだ青い瞳。整った顔立ちには優しい笑みが浮かべ、静かにクロンの顔を見つめている。
服装は派手さの無い落ち着いたものを着ているが、豊かな胸の膨らみと短めのスカートが、無自覚な色っぽさを漂わせていた。
何れも、クロンにとっては初対面の相手であった。あるいはこの店の中ですれ違った事があるかも知れないが、だとすれば女性二人の人並み以上の美貌を覚えていないはずもない。
(姫利お姉ちゃん達の知り合いなのかな?)
親しげな彼女達の様子からそう考えたクロンは、とりあえず初対面の三人にぺこりとお辞儀をし、次いで姫利の顔をじっと見る。
微笑を浮かべていた彼女は彼の視線に気づいたように、彼女ら三人の紹介を始めた。
「えーと、紹介するわ。まず
穏やかな表情ながら、悪意を感じる紹介だった。ミランダと呼ばれた本人もそれに気付いたらしく、「ん?」と眉を動かし軽く姫利を睨む。その様子を、クロンは苦笑して眺めていた。
「ミラの膝に座ってる子は、弟のクリフォード=マリンベル君。メイさんも言ってたけど貴方の一つ下で、学校は……えーと」
言葉に詰まった姫利がクリフォードと呼ばれた少年を見ると、彼は太陽のように明るい笑顔を浮かべ、
「天神将小学校っ!」
と、明るく答えた。
「そうそう、天神将。つまり貴方の後輩ね。うちの学校は男子禁制だから、お姉さんとは別々の学校に通ってるのよ、この子」
「ふむふむ」
頷きながら、クロンはクリフの愛称で呼ばれる少年クリフォードの顔を見る。
言われてみると、学校内で見た事がある気がする顔だった。運動会の時に見たか、廊下ですれ違ったのか、そもそも本当に見た事があるのか定かでは無いが、同じ学校に通っているのは、親近感を感じるものだ。
姉の膝の上に座っているのは、学校で会えない分思い切り甘えているという事だろう。それを許している姉も含め、姉弟仲は良さそうに見えた。
「で、
次いで姫利が視線を向けたのは、青い髪の女性の方だ。彼女は名前を呼ばれると丁寧にお辞儀をし、自分でも自身の名前を告げた。
どうやら礼儀正しい人らしい。そう思ったクロンは、こちらも頭を下げて挨拶する。
「えと、皆さん初めまして。クロン=ナイトと言います。姫利お姉ちゃんから聞いてるかも知れませんが、お姉ちゃんの弟子をやってます。その、どうぞお見知りおきを」
初対面の人間が三人と言う事もあって、やや緊張した口調になる。その慌てた様子が可笑しかったのだろう、三人のみならず、姫利達からも自然を笑みが漏れていた。
「…それで、えーと」
どうしてこの人達はここにいるのだろう。口には出さないものの内心そう思ったクロンは、姫利にちらりと視線を向ける。
これも彼女は察したのだろう。微笑を浮かべたまま、視線をクロンが装着している決闘盤に向けた。
「ほら、この間いろんな人と戦いなさいって言ったでしょう? 私の方でも学校で何人かに掛け合ってみて、貴方の相手をしてくれる人を探してみたのよ」
「すると…。つまり――、」
この三人は、自分の相手をする為にわざわざ来てくれたのか。理解したクロンは、改めて彼女達の方を見る。
なるほど。言われてみると、彼女達の腕には新型の決闘盤がそれそれ装着されているし、ことミランダとメイに至っては、手練れ特有の貫録と自信のようなものが伺える。
「今日はこのお姉ちゃん達と戦えばいい、という事ですね」
「そういう事。まあミラの方は私と戦うから、貴方の相手はメイさんにお願いしようって話をしてたのよ。そこへ貴方達が入って来たってわけね」
言いながら、姫利はちらりとメイという女性に目を向ける。そうだったわよね、と確認しているのだろう。
彼女は小さく頷いて、クロンに優しい笑みを向ける。
「姫利さんからお話は伺っています。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「あ、いえいえこちらこそ…。下手くそですが、どうぞよしなにお願いします」
丁寧な性格なのだろう。彼女の口振りに思わず返しながら、クロンは思った。
そんな様子を見て、クリフ少年は「ねえねえ」と姉のミランダの服の襟元を引っ張る。
「おねえちゃん、ボクは? ボクはだれとデュエルするの?」
「え、あ…。うーん、クリフは…」
彼がデュエルするのは想定していないのだろう。困った表情を浮かべるミランダに、百合が「はいは~い!」と手を挙げて立ち上がる。
「じゃあ百合ちゃんが相手したげる! 一度クリフ君と二人っきりで遊んであげたかったんだよね~。大丈夫、絶対手は出さないから! 触るだけだから!」
「なるほど。じゃあ、却下で」
呆れたように息を吐きながら、ミランダはクリフをぎゅっと抱きしめる。姫利にしてもそうだが、百合のこのノリに対しては彼女も慣れているようだ。
「そうね…。クリフには、私が戦っているのを応援してもらおうかしら。私が姫に負けないように、頑張れーって。ね?」
「んーと…。うん! じゃあボク、おねえちゃんの応援するっ!」
素直に元気よく返事をすると、クリフは姉の胸にぎゅーっと顔を押し付けた。
見ている方が恥ずかしくなるほどの姉弟愛ぶりに照れながら、クロンはふとメイの方に目を向ける。彼女はこれも慣れているとばかりに、静かに二人の姿を見つめていた。
「………」
これから戦う相手。そう思うと、自然と気が引き締まる。未知の相手となれば、尚更だ。
デュエルの前にいつも感じる緊張感が、肉体を満たす。デュエルをするには、思考するには最高の状態に体が変わっていく。その肩を、いつの間にか立ち上がっていた姫利が、ポンと叩いた。
「気をつけなさい。彼女、貴方と同じタイプよ」
そう耳打ちすると、姫利はミランダの肩を叩き、百合とクリフを連れてデュエルスペースへと歩いて行った。
事情はわからないが、彼女達は彼女達で勝負をするつもりらしい。あるいはちょっとしたライバル関係なのかも知れないが、それは後回しにすべきだろう。
「では、私達も行きましょうか」
そう言って、クロンの手を取るメイ。今は、この相手とどう戦うかに全神経を費やさなければならない。
「…ですね。よろしくお願いします」
クロンは小さく頷くと、彼女と手を繋いだまま、姫利達とは違うデュエルスペースに向かって歩いていく。
その様子をソールは面白くなさそうに眺めながら、しぶしぶ後に付いていった。
――――――
―――――
――――
デュエルスペースにつくと、クロンとメイは距離をとって向かい合った。これからデュエルを行うに必要な距離……臨戦態勢である。
「それでは始めましょうか。ルールはマスタールール3で良かったですか?」
「もち――、」
もちろん。そう言いかけたクロンだが、ある問題がある事に気付いた。
メイが付けているのは新型の決闘盤だが、クロンのものは旧型の決闘盤だ。新ルールに対応していないこの決闘場では、デュエルはできない。
(しまったぁ…。こんな事なら百合お姉ちゃんから決闘盤を借りればよかった)
どうしたものかと思っていると、彼の横から黒い決闘盤が一つ飛んできて、胸に当たって落ちる。辛うじてそれを受け止めたクロンは、その決闘盤を投げた人物、ソールの方を見た。
「ソールちゃん…?」
「テメーの旧式じゃマスタールール3でデュエルできねーだろーが。貸してやっから、さっさと始めろよ」
やや怒りを感じる表情と声だったが、そんな事はどうでも良かった。
彼女の決闘盤は新型だ。これがあれば、メイと同じ立場で勝負する事ができる。思わぬ所からの助け舟で驚いたが、クロンは自分のデッキを彼女の決闘盤に入れかえる。
「ソールちゃん愛してる! 借りますね!」
準備は整った。クロンは決闘盤を起動させ、強気な笑みをメイに向ける。彼女は一瞬微笑した後、決闘者の顔へと変わっていく。
『…デュエル!』
そして。勝負が始まった。
「ボクのターン!」
新ルールで行う初めてのデュエル、先攻を得たのはクロンだった。
マスタールール3では先攻のプレイヤーは一ターン目にドローできない。彼は初手の五枚のカードを見つめて、行動に出る。
「モンスターを一体セットして、カードを一枚伏せる! ターンエンドです!」
一見すると、いつも通りの様子見の構え。しかし今回クロンは、ある『策』をこの二枚のカードに潜ませていた。
(先攻のプレイヤーは後攻のプレイヤーにアドバンテージで劣る代わりに、一ターン目はほぼ確実にカードを発動させる事ができる。まずは、その利を活かしますか…!)
ルールの変化によって生じる、セオリーの変化。クロンは、まずそこを突いてみる事にした。
「私のターンですね。ドローします」
続いて、メイのターン。彼女がカードを引いた時点で、彼女の手札は六枚。クロンよりも一枚分のアドバンテージがある形だ。
守りを重視するクロンにとって、この一枚の差は決して小さくはない。この差を如何にして埋めるべきか? …新ルールの存在を知ってから、クロンは考え続けた。
そして。考えた末の答えの一つが、これだ。
「ライフを500ポイント払って罠カード、マインド・ハックを発動! お姉ちゃんの手札を全て見せてもらいます!」
「っ…!」
彼が発動したのは、相手の手札と伏せカードを全て確認できるという、情報収集に特化した罠カード。
これにより、クロンは現在のメイの手札――…即ち初手の全てを確認できる事になる。そして伏せカードが無いメイには、それを阻む方法も無い。
「んっふっふ…。さ、メイお姉ちゃんの全てを見せてもらいましょーか」
意地悪い笑みを浮かべて、ぺろりと舌を出すクロン。
勝負は一ターン目から、奇抜な動きを見せていた。
「マインド・ハック」 通常罠
効果:500ライフポイントを払う。
相手の手札と相手フィールド上のセットされたカードを全て確認する。
【クロン】
LP:8000→7500
【メイの手札】
《水精鱗-メガロアビス》
《海皇の竜騎隊》
《水精鱗-アビスヒルデ》
《海皇の咆哮》
《和睦の使者》
《サルベージ》
【クロン】 LP:7500
手札:3枚
モンスター:裏守備表示モンスター×1
魔法&罠:なし
【メイ】 LP:8000
手札:6枚
モンスター:なし
魔法&罠:なし
今回登場したミランダ=マリンベル、クリフォード=マリンベル、メイ=リンフォースの三者について。
読者様の中には「あれ、この三人あの小説のあのキャラに似てるんじゃない?」と思われた方もおられると思います。実はその通りです。
私が最近まで当小説を掲載していた遊戯帝国というサイトには、自分が作ったキャラクターを別の小説に送って登場させる事がよくありまして、この三人もそれによって頂いたキャラクターになります。
が、ハーメルンへの移転に伴い、同じ名前で同じ性格で同じ外見のオリジナルキャラが複数の小説にいると読者の方に違和感・混乱等を与えてしまうという事で、キャラクター作成者の方に許可を頂き、名称を変更した上での登場とさせていただきました次第です。
まあそんな事はさておいて、今回もクイズ出しますですー。
今回始まったクロンとメイのデュエル。それなりに激しい勝負になるんじゃないかなーと思いますが、デュエルの最中に思わぬハプニングが起こります。
さて、では問題。その思わぬハプニングとはいったい何でしょーか?
今回は前回より難易度低め、答えは次回発表ですー。