クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第十八話:I can see your heart.

 孫子の言葉にもあるように、敵の手の内を知ると言う事は、戦いにおいて非常に大きなアドバンテージである。

 その事は人類の歴史が証明しており、また、デュエルにおいても相手の『情報』は大きな意味を持つ。今回クロンは、そこに目を付けた。

 彼がメイのターン開始に発動したカード《マインド・ハック》は、相手の手札と伏せカードを全て透視する効果を持つ。それにより、クロンの眼前には、彼女が持つ六枚のカードが全て表示された。

 《水精鱗-メガロアビス》、《海皇の竜騎隊》、《水精鱗-アビスヒルデ》、《海皇の咆哮》、《和睦の使者》、《サルベージ》。それが彼女の手札である。

 

 

 

【クロン】 LP:7500

手札:3枚

モンスター:裏守備表示モンスター×1

魔法&罠:なし

 

【メイ】 LP:8000

手札:6枚

モンスター:なし

魔法&罠:なし

 

 

 

 「水精鱗-メガロアビス」 モンスター

 水属性 海竜族 ☆7

 攻撃力2400 守備力1900

 効果:自分のメインフェイズ時、手札からこのカード以外の水属性モンスター2体を墓地へ捨てて発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。

 この効果で特殊召喚に成功した時、デッキから「アビス」と名のついた魔法・罠カード1枚を手札に加える事ができる。

 また、このカード以外の自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する水属性モンスター1体をリリースする事で、このターンこのカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

 「海皇の竜騎隊」 モンスター

 水属性 海竜族 ☆4

 攻撃力1800 守備力0

 効果:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上のレベル3以下の海竜族モンスターは相手プレイヤーに直接攻撃できる。

 また、このカードが水属性モンスターの効果を発動するために墓地へ送られた時、デッキから「海皇の竜騎隊」以外の海竜族モンスター1体を手札に加える。

 

 「水精鱗-アビスヒルデ」 モンスター

 水属性 水族 ☆3

 攻撃力1300 守備力400

 効果:このカードが墓地へ送られた場合、手札から「水精鱗-アビスヒルデ」以外の「水精鱗」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。

 「水精鱗-アビスヒルデ」の効果は1ターンに1度しか使用できない

 

 「海王の咆哮」 速攻魔法

 効果:自分の墓地のレベル3以下の海竜族モンスター3体を選択して発動できる。

 選択したモンスター3体を墓地から特殊召喚する。このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。

 

 「和睦の使者」 通常罠

 効果:このターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になり、自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 

 「サルベージ」 通常魔法

 効果:自分の墓地の攻撃力1500以下の水属性モンスター2体を選択して手札に加える。

 

 

「ほー、そういうデッキか…」

 デュエルルームの壁にもたれ、公開されたメイの手札を見たソールは、思わず声を漏らした。

 彼女の手札にモンスターカードは三枚。その全てが水属性、そして《海王の咆哮》と《サルベージ》の存在から、彼女のデッキが大凡想像がついたのだ。

 恐らくは水属性デッキ。更に《メガロアビス》と《アビスヒルデ》の存在から、【水精鱗(マーメイル)】デッキである可能性が高い。

 もともと水属性及びそのサポートカードは癖があるものの強力な効果を持つものが多く、デッキの種類も豊富である。水精鱗もその一つだ。

 実際に水精鱗デッキを見るのは初めてであるが、店で売られているカードからある程度の特徴は知っている。サーチにサルベージ、加えてエクシーズ召喚やシンクロ召喚を得意とするシリーズだ。

 一方で、このシリーズにはアドバンテージを取る事に長けていないという弱点があるのだが……そこで活きてくるのが、彼女の手札にもある《海皇》シリーズだ。

 この《海皇》シリーズは、『水属性モンスターの効果を発動させる為のコスト』として手札から墓地に送られた時に発動する効果を持ち、モンスターのサーチ及び相手フィールド上のカードを破壊する事ができる。《水精鱗》と組み合わせれば、互いの短所を埋める上に長所を引き延ばす事ができるのだ。

 水を得た魚とはよく言ったもので、《水精鱗》と《海皇》の組み合わせは、非常に強力であるとされている。

(あいつのデッキにゃ、ちと辛い相手かも知れねーな。しかし…)

 思いながら、ソールはクロンに視線を向ける。

 デュエル序盤に《マインド・ハック》で相手の手札を覗くというのは、確かに悪い手では無い。しかし今のクロンの行動には、一つ気になる点があった。

(なんであいつは、あの女がカードをドローした瞬間にマインド・ハックを発動させたんだ…?)

 クロンが発動した《マインド・ハック》は相手の手を覗くには強力な効果であるが、所詮は使い捨てのカード。メイの手札を覗いた一方で、彼は早くも一枚のカードを消耗した事になる。

 無論、それはクロンも承知の上での行動だろうが、彼女が理解できないのは、《マインド・ハック》の発動タイミングだった。

(確かマインド・ハックは手札とセットしたカードを確認するカードだったはず…。なら、あの女がカードをドローした瞬間じゃなく、エンドフェイズに発動した方が良かったんじゃねーのか?)

 もっともな疑問であった。

 カードをドローした直後と言うタイミングは、確かに意表を突くには十分であったが、決して適切な場面だったとは言えない。

 その理由は二つ。例えばメイの手札に《強欲の壺》があったとして、《マインド・ハック》の発動直後にこれ使用した場合、クロンは新たに引いたそのカードを確認できないのだ。これが一つ。

 そしてもう一つは、この《マインド・ハック》がフリーチェーンのカードであるという点だ。いつでも発動できるという事は、《サイクロン》や《賢者ケイローン》の効果に対して発動できるという事。即ち、アドバンテージを失う事無く相手の手札を覗く事も可能だったのだ。

 にも関わらず。彼はこれらの二つを無視してまで、メイの初手を覗きにかかった。プレイングミスとまでは言わないが、あまりにセオリーを無視したこの行為が、ソールには理解できなかった。

(ナイト・ショットを警戒したのか、それとも相手の動揺を期待したのか…。ま、あいつの事だ。何かしら意味があるんだろうがな)

 そう思い、ソールは視線をメイへと向ける。

 彼女の方も《マインド・ハック》の発動タイミングに疑問を覚えていたのだろう。少しの沈黙を挟んだ後、三枚のカードを手札から選んだ。

「…手札の竜騎隊とアビスヒルデを墓地に送り、水精鱗-メガロアビスを手札から特殊召喚します」

 メイが最初に繰り出したのは、屈強な肉体を持った魚人の戦士。頭部の形と歯並びからサメである事がわかるが、その体は人間と同じく腕と足を持ち、シルエットだけでは到底魚には見えない。

 地上のものでは無い武器と防具で身を固め、攻撃力は2400となかなかのもの。もっともレベル7にしては低い方なのだが、手札から特殊召喚可能な事を考えれば十分な数値だろう。

「メガロアビスが特殊召喚に成功した時、私はデッキからカード名に『アビス』とついた魔法・罠カード一枚を手札に加える事ができます。では、失礼して…」

 言いながら、メイは決闘盤からデッキを外し、扇状に広げて確認する。それを見て、ソールは軽く舌打ちした。

(こりゃ面倒臭ぇな…。攻撃力はそこそことは言え、『アビス』には強力なカードが多い。…しかも、今あいつの場には今裏守備モンスターしかいねぇ。何をされても防ぐ手立てはねぇはずだ)

 ソールが知る限り、クロンの基本戦術は伏せカードによる妨害・攪乱だ。その伏せカードが無い以上、メイのカードはほぼ確実に通る事になる。

 その上でカードをサーチする以上、メイは躊躇なく最良の手を打ってくるだろう。デュエル序盤とは言え、厳しい状況だった。

「手札に加えるカードは装備魔法、アビスケイル-クラーケン。更に、メガロアビスの効果で墓地へ送った竜騎隊の効果を発動します。デッキから……そうですね、海皇の狙撃兵を一枚、手札に加えます」

 メイの行動は続く。

 彼女が手札に加えたのは、二枚目の『海皇』モンスター。相手に戦闘ダメージを与えた際に特定のモンスターを特殊召喚する効果と、水属性モンスターの効果によって墓地に送られた時に相手の伏せカードを一枚破壊する効果を持つ。

 だが、彼女がこのカードを手札に加えた目的は、恐らく後者の効果だろう。《マインド・ハック》の効果で確認した彼女の手札には《サイクロン》のような伏せカードは無かった。そこをクロンに突かれる事を、彼女は嫌ったのだ。

「まだです。手札に加えたアビスケイル-クラーケンを発動し、メガロアビスに装備させます」

 メイがそのカードを発動すると、奇妙なデザインをした純白の鎧が現れ、《メガロアビス》に装着される。

 深く暗い海の底、魚類の文明で作られた装備なのだろうか。その鎧には先端に刃のついた触手のようなものが複数ついており、《メガロアビス》の意志で自由に動かせるようだった。

「アビスケイル‐クラーケン……確か効果は、」

「はい。装備モンスターの攻撃力を400ポイント上昇させ、更に相手モンスターの効果の発動を無効化する事ができます。もっとも、こちらの効果を使用するとクラーケンは墓地に送られてしまいますが…」

 クロンの質問に丁寧な口調で答えながら、メイはクロンの場の裏守備モンスターに目を向ける。使い捨てとは言え、クロンを守る唯一の壁の効果を無効にできるのなら、それで十分と言う事か。

 そして、もう一つ。

「手札に加えた狙撃兵を召喚して、メガロアビスの効果を発動します。召喚した狙撃兵をリリースする事で、このターン、メガロアビスは二回攻撃が可能になります」

 メイの手札からボウガンらしき武器を持った魚人が現れ、《メガロアビス》の効果のコストとなって墓地へ送られる。これにより、《メガロアビス》はこのターン二度の攻撃を行う事が可能となった。

 となれば。彼女が次に出る行動は、一つ。

「バトルフェイズ。メガロアビスで、クロン君の裏守備モンスターに攻撃します!」

 彼女が命令すると同時、《メガロアビス》が剣を構えクロンの裏守備モンスターに切りかかる。

 その刃がカードに触れると同時、全身の至る所にサーチライトを内蔵した人型の機械兵が姿を見せる。かつてクロンが姫利戦で使ったリバースモンスター、《サーチライトメン》だ。

「く…。サーチライトメンの効果を発動したいところだけど…」

「させません、ね。クラーケンの効果で、サーチライトメンの効果を無効にします」

「…ですよねー」

 自嘲にも似た笑みをクロンが浮かべると、《メガロアビス》の触手が動き、《サーチライトメン》が照らすサーチライトを一つ一つ貫いていく。全ての光源を貫いた後、《クラーケン》は爆散し、《メガロアビス》の刃が機械の体を両断した。

 《サーチライトメン》の効果でメイが伏せカードを出せないように仕向け、次のターンで反撃する。それがクロンの計画だったのだろうが、肝心要の《サーチライトメン》の効果が無効化された事で、その計画は脆くも崩れ去ったと言える。

 しかも。悪い事に、攻撃はまだ終わっていない。

「クラーケンは効果で墓地に送られましたが、これで壁は無くなりましたね。メガロアビスで、クロン君に直接攻撃します」

 メインフェイズ1で得た二回攻撃が、ここで意味を成して来る。《メガロアビス》は《クラーケン》の破片を身を震わせて排除した後、今度はクロンに向けて切りかかった。

 装備魔法が消滅して元の数値に戻ったとは言え、その攻撃力は2400ポイント。決して小さな数値では無い。攻撃が通れば、手痛いダメージを負う事になるのだが……クロンは慌てる事無く、手札から一枚のカードを選び、決闘盤に叩き付ける。

「ま、問題はナッシングです。メイお姉ちゃんが直接攻撃を宣言した事で、護封剣の剣士の効果が発動! このカードを手札から特殊召喚して、壁にします!」

「っ……」

 クロンに刃を振り下ろそうとした《メガロアビス》を、天空から降り注いだ三本の光の刃が阻む。それと同時、一体のモンスターがクロンを守るように彼の場に出現した。

 分厚い鎧を身に纏い、魔を封じる光の刃を操る守護者、《護封剣の剣士》。攻撃力こそ皆無だが、その守備力は《メガロアビス》と同等の2400ポイント。主人には傷一つつけさせんとばかりに、メイを睨みつけていた。

「んっふふふ…、焦らない焦らない。せっかくのデュエルなんですから、じっくり楽しみましょうよ、お姉ちゃん」

 いつもの不敵な笑みを浮かべながら、クロンは言う。初対面の、それも相性の悪い相手に全く怯まない、堂々たる態度だった。

 一見すると辛うじてクロンが攻撃を防いだ形だが、実は違う。というのも、《護封剣の剣士》には直接攻撃時に手札から特殊召喚する効果とは別に、その攻撃モンスターがこのカードの守備力を下回っていた場合に破壊する効果を持っているのだ。

 つまり。もし《メガロアビス》の攻撃力があと1ポイントでも少なければ、《メガロアビス》は《護封剣の剣士》によって破壊されていた事になる。仮の話でしかないが、一つ違えば状況は全く違っていたのだろう。

「…なるほど」

 唇に指を当て、納得したように息を吐くメイ。その言葉の意味するところはわからないが、攻撃を止められた事については左程驚いていないようだ。

「メインフェイズ2に魔法カード、サルベージを発動します。効果により、私の墓地から狙撃兵とアビスヒルデを手札に加え……さらにカードを一枚セット。ターンを終了します」

 手札と場を整え、彼女は静かにターンの終了を宣言する。落ち着いた物腰が、非常に印象的だった。

 

 

 「アビスケイル-クラーケン」 装備魔法

 効果:「水精鱗」と名のついたモンスターにのみ装備可能。

 装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。

 このカードがフィールド上に存在する限り、相手フィールド上で発動した効果モンスターの効果を無効にする。その後、このカードを墓地へ送る。

 

 「海皇の狙撃兵」 モンスター

 水属性 海竜族 ☆3

 攻撃力1400 守備力0

 効果:このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、デッキから「海皇の狙撃兵」以外のレベル4以下の「海皇」と名のついた海竜族モンスター1体を特殊召喚できる。

 また、このカードが水属性モンスターの効果を発動するために墓地へ送られた時、相手フィールド上にセットされたカード1枚を選択して破壊する。

 

 「サーチライトメン」

 光属性 機械族 ☆3

 攻撃力1000 守備力1000

 リバース:このターン相手プレイヤーはフィールド上にカードをセットする事ができない。

 

 「護封剣の剣士」 モンスター

 光属性 戦士族 ☆8

 攻撃力0 守備力2400

 効果:相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。

 さらにこのカードの守備力がその攻撃モンスターの攻撃力より高い場合、その攻撃モンスターを破壊する。

 また、フィールド上のこのカードを素材としてエクシーズ召喚したモンスターは以下の効果を得る。

 ●このカードは1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。

 

 

「ボクのターン、ドロー!」

 続いてクロンのターン。彼は引いたカードを確認すると、それをそのまま手札に加える。

 彼の手札は現在三枚。先攻ドローが無かった事と、《マインド・ハック》の消耗が大きく影響している形だ。攻めるにしても守るにしても、やや心許ない枚数。その僅かな手札からクロンは一枚のカードを選び、決闘盤に叩き付ける。

「まずは魔法カード、強欲で謙虚な壺を発動します!」

 クロンが発動したのは、デッキの上からカードを三枚めくり、そのうち一枚を手札に加えるという比較的高い汎用性を持つ手札補充カード。

 《強欲な壺》と違い手札に加えたカードを相手に知られてしまう点が悩みどころだが、それでも欲しいカードをある程度選択できる点は強力だ。

 クロンの場に強欲と謙虚の二面性を持つ壺が現れ、その中から三枚のカードの映像が表示される。《ウィクトーリア》《魔法の筒》《ゴーストリック・ハウス》の三枚だ。

 高い攻撃力を持つモンスターと、相手の攻撃を防ぎダメージをも与える罠カード、そして名前の通りトリッキーな効果を持つフィールド魔法。何れも全く性質が異なるカードだ。

「…魔法の筒を手札に加えます!」

 少し考えた後、クロンは《魔法の筒》を選択した。残る二枚のカードをデッキに加え、にやりと意味深な笑みを浮かべる。その笑みをのんびり眺めながら、ソールは小さく頷いた。

(魔法の筒か…。まあ、そうだろうな。ウィクトーリアはあの女のデッキだと効果を活かせねぇし、ゴーストリックは諸刃の剣だ。まあ、妥当な判断ってとこか)

 思いながら、彼女は次いでメイの方に視線を向ける。正確には、彼女の手札だが。

(だが、あの女の手札に伏せカードを除去できる海皇の狙撃兵がいるってのが厄介だな。今は発動トリガーになる水属性モンスターが手札にねぇが、次のターンに引かれる可能性もある)

 直接戦っている訳ではないが、彼女も彼女なりにこのデュエルを分析していた。

 《魔法の筒》を手札に加え攻撃を防ぐ手立てを得たとは言え、メイの手札に《狙撃兵》がある以上、安心はできない。しかも、《魔法の筒》を手札に加えた事が文字通りメイに筒抜けなのも問題だ。

 当然、彼女はクロンの伏せカードを警戒し――…これを除去しない限り、滅多な事では攻撃を仕掛けてこないだろう。

 となれば、この《魔法の筒》、軽々にはセットできない。そう彼女は結論したのだが…。

「…カードを一枚伏せて、ターンエンド! お姉ちゃんのターンです!」

 暫く手札を弄って熟考した後、クロンは一枚の伏せカードを出してターンを終えた。

 状況からして、その伏せカードの中身は恐らく今サーチした《魔法の筒》だ。せっかくの強力な罠、手札で腐らせるのは勿体ないと彼は考えたのだろう。

 だが一方で。クロンがカードを伏せた事で、ソールの表情は険しくなる。

(伏せたか…。確かに次のターン、あの女が狙撃兵の除去効果の発動に必要なモンスターを引き当てるとは限らねぇが……大丈夫か?)

 もし引かれたら、最悪の場合《魔法の筒》をあっけなく破壊される事になる。口には出さないが、その点が彼女には心配だった。

 

 

 「ウィクトーリア」 モンスター

 光属性 天使族 ☆4

 攻撃力1800 守備力1500

 効果:1ターンに1度、相手の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択して自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は表側表示で存在する他の天使族モンスターを攻撃対象に選択する事はできない。

 

 「魔法の筒」 通常罠

 効果:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。

 攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

 「ゴーストリック・ハウス」 フィールド魔法

 効果:このカードがフィールド上に存在する限り、お互いのフィールド上のモンスターは、裏側守備表示のモンスターに攻撃できず、相手フィールド上のモンスターが裏側守備表示のモンスターのみの場合、相手プレイヤーに直接攻撃できる。

 また、このカードがフィールド上に存在する限り、お互いのプレイヤーが受ける効果ダメージ及び、「ゴーストリック」と名のついたモンスター以外のモンスターがプレイヤーに与える戦闘ダメージは半分になる。

 

 

「私のターンですね。ドローします」

 続いて、メイのターン。彼女は慣れた手つきでカードを引くと、それをそのまま手札に加える。

 もし彼女が引いたカードが、《狙撃兵》を墓地に送る効果を持つ水属性モンスターなら、クロンの伏せカードは確実に破壊される。鬼が出るか、蛇が出るか。クロンも、そしてソールも、真剣な表情で次の彼女の手を待った。

「…手札から、水精鱗-アビスパイクを召喚します」

 悪い目が出た。

 メイの場に現れたのは、逞しい肉体を持つ男性型の人魚。その攻撃力は1600と決して高くはないものの、ソールが恐れていた“手札の水属性モンスターを墓地に送る事で”発動する効果を持つ。

 それが意味する事は、一つ。

(ちっ…。それみろ!)

 《アビスパイク》を召喚した以上、彼女がクロンの伏せカードを破壊しにくるのは明らかだ。せっかく《魔法の筒》という優れたカードを手にしながら、まんまとメイに差し出してしまった事になる。

 自分が戦っている訳ではないとは言え、あまりに迂闊な彼の行動に、ソールは苛立ちを隠せなかった。

 だが――、

「………」

 意外にも、メイは動かなかった。唇に手を当て、じっとクロンの伏せカードを見つめたまま、慎重に何かを考えている。大人の女性という風格が、そこにはあった。

 彼女は暫く考えた後、くすりと笑って、視線をクロンの方に移す。

「ふふっ…。その手には乗りませんよ、クロン君」

 言いながら、メイは手札から一枚のカードを抜き取る。

「手札のアビスヒルデ(・・・・・・)を墓地へ送り、アビスパイクの効果を発動します。その効果により、私のデッキから水精鱗-アビスリンデを手札に加えます」

「えっ…!?」

 驚愕の声は、クロンとソールの両者の口から洩れた。

 彼女が墓地に送った《アビスヒルデ》は、墓地へ送られた時手札から他の『水精鱗』を特殊召喚するモンスター。《海皇》シリーズに似た使い方ができるカードなのだが、肝心の『水精鱗』が今メイの手札に存在しない以上、敢えてこちらを選択する意味は皆無なのだ。

 にも関わらず。クロンの伏せカードを確実に潰すチャンスがあったにも関わらず、メイはそれを放棄した。通常ならばありえない選択であるが、メイは微笑を浮かべたまま、その選択の理由を述べる。。

「さっきクロン君が伏せたカード、一見すると強欲で謙虚な壺で手札に加えた魔法の筒に思えますけど、実際は破壊をトリガーに発動するタイプのカードでしょう? 呪われた棺や、トイ・マジシャンのような」

 唐突な彼女の言葉に、ソールは思わず「は?」と声を漏らす。一方で、クロンの表情は彼女の言葉を受けて険しいものへと変わった。

「私が伏せカードを破壊すればそれで良し、仮に破壊しなかったとしても、魔法の筒を臭わせる事で攻撃を牽制する事ができる…。なるほど、良い作戦ですね。危うく引っかかるところでした」

 右手を胸に添え、丁寧に説明するメイ。その表情には「手を誤った」という自責の念は微塵もなく、堂々たるものだった。

 とは言え、客観的には今のメイの行動はプレイングミスとしか思えない。ソールが呆気にとられている一方で、クロンは諦めたようにニヤリと笑みを浮かべた。

「…どうしてわかったの?」

 強気に笑いながらも、クロンの頬には汗が伝っていた。彼の言葉を受け、ソールはまた「はぁ?」と思わず声を漏らした。

「ちょ、ちょっと待てよ! 何の話してんだ、テメェら!」

 我慢の限界だった。ソールは混乱した頭を辛うじて落ち着かせ、クロンの元につかつかと歩み寄る。

「こいつの伏せカードが破壊されて発動するカードだとぉ? 何でそうなるんだよ。状況から見ても、この伏せカードは魔法の筒しか…」

 言いながら、ソールはクロンの左腕を乱暴に掴み、彼の決闘盤にセットされた問題のカードを捲る。

 《魔法の筒》のはず。それしか考えられないというソールの確信とは裏腹に、伏せカードは《白銀のスナイパー》。まさしくメイが言う通り、破壊される事で発動するカードだった。

(うおっ…。マジだ…!)

 あまりの事に、一歩後ずさりするソール。それほど、彼の伏せカードは予想外だったのだ。

 しかし一方で、納得もできた。破壊される可能性が高いと知りながら彼が伏せカードを出したのは、何という事は無い。破壊された方が都合がいいカードを出していただけの事なのだ。

 だが、なぜメイはこの事を見抜けたのだろう。何度かクロンのデッキを見ているソールでさえ見抜けなかった事を、初対面の彼女が。

 それはクロンも気になっている事らしい。不敵な笑みを浮かべながら、まっすぐな視線をメイに向けていた。

「…そうですね。最初におかしいと思ったのは、クロン君がマインド・ハックを発動した時でしょうか」

 二人の疑問に答えるように、メイは一度デュエルを中断し、解説に入る。

「マインド・ハックは相手の手札と伏せカードを確認できるフリーチェーンのカード。私の手札を覗きたかったとしても、あのタイミングで発動するのは適切ではないのでは……と疑問に思ったのが、きっかけですね」

「あちゃー、そこッスか…。んー、なら見破られてもおかしくないか」

 心底悔しそうに頭を掻くクロン。それを見て、メイは「はい」と答えて再度くすりと笑う。

「そして、私の手札に狙撃兵がいるのにカードを伏せたのを見て、これは何かあるなと思ったわけです。破壊される危険を承知で伏せられたカードと、発動タイミングが不自然なマインド・ハック。この二つの違和感が示す答えは、ただ一つ」

「ボクの初手に破壊される事で発動するカードがあって、虎視眈々と発動を狙っていた……か。たはは…、しまったなぁ。そこまでは考えが及ばなかったッス」

 素直に負けを認めたのか、子供らしく笑うクロン。

 ソールは今一つ二人の会話の内容が頭に入ってこなかったが、要するに、クロンはデュエル開始時から《白銀のスナイパー》の発動を狙っていたが、その僅かな臭いをメイに察知された。それだけの事である。

「ただ、私がクロン君の狙いを読み切れたのは、事前に姫利さんから貴方が罠を好む決闘者だと聞いていたからでして…。それが無ければ、怪しいと思いながらもそのカードを破壊していたかも知れません」

 やや申し訳なさそうに目をそらしながら、メイは言う。大雑把とは言え相手の情報を事前に得ており、それを実戦で活かした事に負い目を感じているのだろう。

 だがクロンは少しも気にせず、むしろ姫利の名前が出た事で嬉しそうな様子だった。

「あ、やっぱりお姉ちゃんから聞いてたんだ。ですよね、事前にある程度ボクの事を知ってないと、そんな事わかる訳ないですもんね」

「はい。…なので、ここは正々堂々クロン君の罠に掛かろうとも思ったのですが、姫利さんから本気で戦って欲しいとも言われていたので……申し訳ないと思いながら、回避させてもらいました」

「律儀ッスねぇ…。まあ別にボクは気にしないですよ、そんな事。ボクも初めて姫利お姉ちゃんと戦った時は情報集めまくってましたし」

 それに。そう続けて、クロンの表情は一変する。年齢相応の無邪気な笑みから、獲物を見つめる決闘者の顔に。

「…それに、今のでスイッチが入ったみたいですし。むしろこっちがお礼を言いたいくらいッスよ」

 フロムとの戦いでも見せた、劣勢を楽しんでいるような表情。その変化を間近に見て、ソールは思わずどきりとした。

 普段は惚けた性格の彼だが、ことデュエルに置いてはこうした真剣な姿を見せる。その二面性が、今日まで彼女を魅き付けてきたのかも知れない。

(……っ)

 何か胸が熱くなるのを感じながら、ソールは舌打ちして彼に背を向ける。それが彼女の性格だった。

 

 

 「水精鱗-アビスパイク」 モンスター

 水属性 魚族 ☆4

 攻撃力1600 守備力800

 効果:このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、手札の水属性モンスター1体を墓地へ捨てて発動できる。

 デッキからレベル3の水属性モンスター1体を手札に加える。「水精鱗-アビスパイク」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 「水精鱗-アビスリンデ」 モンスター

 水属性 水族 ☆3

 攻撃力1500 守備力1200

 効果:フィールド上のこのカードが破壊され墓地へ送られた場合、デッキから「水精鱗-アビスリンデ」以外の「水精鱗」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。

 「水精鱗-アビスリンデ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 「白銀のスナイパー」 モンスター

 地属性 戦士族 ☆4

 攻撃力1500 守備力1300

 効果:このカードは魔法カード扱いとして手札から魔法&罠カードゾーンにセットできる。

 魔法&罠カードゾーンにセットされたこのカードが相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、このカードを墓地から特殊召喚し、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

 

 デュエルは続く。

 メイはその後、特に行動を起こす事なくターンを終えた。クロンの罠を見破ったとは言え、《護封剣の剣士》を突破する手段が無かったのだろう。そう言う意味では、両者の立場はまだ五分だ。

「ボクのターン、ドロー!」

 勢いよくカードを引いたクロンは、そのカードを確認して手札に収める。《白銀のスナイパー》を読まれた事で、逆に燃えてきたのだろう。彼の精神は今、研ぎ澄まされていた。

(メイお姉ちゃんの伏せカードは、状況から見て和睦の使者かな。そして場には攻撃力2400のメガロアビスと攻撃力1600のアビスパイク……この手札枚数じゃ、攻めるのは難しいですね)

 深く、より深く、思考の海の中へ。メイの思考を読みながら、自分が取るべき最善手を探していく。

 忘れてはならないのは、彼女の手札に《狙撃兵》が健在である事。このカードがある限り、クロンはモンスターにせよ罠にせよ、セットする事にリスクが付きまとう。

 先のターン、メイが《白銀のスナイパー》の罠に掛かっていれば、状況は全く違っていたのだが…。全ては済んだ事、クロンは歯牙にもかけず未来を見据える。

(攻めるのは難しいとは言え、守っていても不利…。なら、ここは――、)

 長考の後、クロンは動く。残り三枚となった手札から一枚を選び、力強く決闘盤に叩き付けた。

「トリオンの蟲惑魔を、召喚します!」

 現れたのは、頭に触覚らしきものを生やした愛くるしい姿をした少女。フロム戦でも召喚したクロンのお気に入りモンスターだ。

 だが厳密にはこの少女は本体では無く、ただの疑似餌に過ぎない。本体である《トリオン》は地中深く潜み、疑似餌に獲物が引き寄せられるのを待っているのだ。

 少女の姿に騙されて体臭を嗅ぎに行ったが最後、本体の蟲に捕食され、自らの血の臭いを嗅ぐ事になるだろう。

「トリオンが召喚された時、ボクはデッキから名前に『落とし穴』か『ホール』がついた通常罠を手札に加える事ができます。その効果で、ボクは奈落の落とし穴を手札に加えます!」

 彼がこのカードを気に入っている理由の一つに、罠カードのサーチがあった。

 召喚する事でデッキから罠を持ってこれる効果は、クロンの戦術とこの上なく相性が良い。今回も、彼は《奈落の落とし穴》という強力な罠カードを手札に呼び寄せた。

 また、《トリオン》自体も攻撃力1600と決してアタッカーとして使えないモンスターでは無い。それも彼がこのカードを採用している理由の一つだった。

「バトル! トリオンの蟲惑魔で、アビスパイクに攻撃します!」

 クロンが命じると、疑似餌の少女は驚いた表情で彼を見返した。

 それもそのはず。彼が攻撃を命じた《トリオン》と、攻撃対象である《アビスパイク》の攻撃力は共に1600。すなわち相打ちを前提にした攻撃なのだから。

 無論、それはクロンも承知の上だ。疑似餌の少女は諦めたように溜息を吐くと、意を決して《アビスパイク》に突撃した。

(相打ちでアビスパイクを撃破できればそれで良し、メイお姉ちゃんが和睦を発動してアビスパイクを守ったとしても、それはそれで。さて、どうします?)

 にやりと笑みを浮かべ、メイの様子を伺うクロン。彼女は少し考えた後、静かに、宣言した。

「…通します」

 彼女が言うと同時、疑似餌の少女が《アビスパイク》に殴りかかる。とは言え、か弱い少女と屈強な人魚では勝負にならない。《アビスパイク》は少女の拳を左手一本で容易く受け止め、右の拳を少女の胸部に向けて放った。

 だが、それこそが疑似餌の狙いであり役割だ。攻撃を受けた少女はニヤリと怪しい笑みを浮かべ、獲物を逃がさぬようその拳を両腕で掴む。それと同時、本体である《トリオン》が、地中から姿を現し《アビスパイク》に襲い掛かった。

 その姿は蜘蛛や蟻地獄を連想させるが、サイズは人間以上に巨大だ。疑似餌に気を取られ隙を見せた《アビスパイク》は一瞬反応が遅れ、その左腕に噛みつかれてしまう。

 とは言え、攻撃力自体はは両者とも互角だ。《アビスパイク》は苦痛に顔を歪ませながらも、残る右腕を自らに食らいつく《トリオン》の顔面目掛けて放つ。死に直面した事で一層強力になったその拳は、《トリオン》を一撃で粉砕。――同時に、自身も注入された消化液の毒性によって倒れた。

「…伏せカードは発動しない、か」

 笑みを浮かべながら、役目を終えた《トリオンの蟲惑魔》のカードを墓地へ送る。ここまではクロンの読み通りだ。

 メイの現在の手札は三枚、恐らく《海皇の狙撃兵》《水精鱗‐アビスリンデ》《海皇の咆哮》と推測される。この手札状況なら、モンスターを守るために《和睦の使者》を発動させる可能性は低いと彼は見ていた。

 仮に発動したとしても、厄介な防御カードをここで浪費させられるのなら、それでいい。このバトルにおける彼の狙いはむしろ、《トリオン》を破壊する事にあった。

(さっきお姉ちゃんが手札に加えたアビスリンデは、破壊された時に水精鱗をリクルートするモンスター。トリオンを場に残して自爆特攻されたら、たまったもんじゃないからね。奈落をサーチしたしアビスパイクも破壊できたし、下級モンスターにしては十分すぎる仕事ッスよ、トリオン)

 結果的に彼は、カード一枚分のアドバンテージを得した事になる。カードの枚数差が物を言うデュエルに置いて、それは決して小さな事では無い。

(ただ、問題は…)

 緩んだ表情を引き締め、クロンは両の目でメイの顔を見据える。彼女は、まるでクロンの心を見透かすかのように、落ち着いた瞳を彼に向けていた。

 その真面目な性格から繰り出される戦術は正確無比で、付け入る隙がまるで無い。一方で、僅かな情報でクロンの罠を見破る分析力と、その判断に迷いなく従う大胆さも兼ね備えている。

 クロンの経験上、彼女のような決闘者は非常に手強い。迂闊に罠を張ろうものなら、逆手に取られる可能性もある。

(…そう言えば、姫利お姉ちゃんが言ってたっけ。メイお姉ちゃんはボクと同じタイプだ、って)

 ふと思い出した師匠の言葉の意味を、ここで漸く理解する。

 相手の思考を読み、隙あらば裏を掻こうとする彼女の戦い方は、なるほど、クロンの戦術と似ているとも言えなくはない。

 とは言え。いや、だからこそ。この勝負、負ける訳にはいかない。クロンは再び不敵な笑みを浮かべて、手札から二枚のカードを抜き取った。

「…ボクはカードを二枚伏せて、ターンエンドです!」

 クロンは二枚のカードを防御に回し、ターンを終了する。

 無論、《狙撃兵》の効果で破壊される可能性はあるが、仮に今伏せたカードのうち一枚が破壊されても、もう一枚のカードで身を守る事ができる。そう考えての行動だった。

 

 

 「トリオンの蟲惑魔」 モンスター

 地属性 昆虫族 ☆4

 攻撃力1600 守備力1200

 効果:このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。

 このカードが召喚に成功した時、デッキから「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カード1枚を手札に加える事ができる。

 また、このカードが特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 

 「奈落の落とし穴」 通常罠

 効果:相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動できる。

 その攻撃力1500以上のモンスターを破壊しゲームから除外する。

 

 

「私のターンですね」

 続いて、メイのターン。彼女は視線をクロンに据えたまま、静かにカードをドローした。

 この時点で彼女の手札は四枚。だが今引いたカード以外は全てクロンに知られており、伏せカードが《和睦の使者》である事も悟られているだろうと彼女は見ていた。

 この程度ならばいくらでもやりようがあるのだが、彼女にとって不運だったのは、クロンの《護封剣の剣士》を撃破する手段が無かった事だ。その為、これまで彼を攻めきれずにいたのだが…。

「魔法カード、強欲なウツボを発動します。手札のアビスリンデと狙撃兵をデッキに戻し、カードを三枚ドローします」

 ここに来て、状況は変わる。

 彼女が引き当てたのはアドバンテージを失う事無く手札を入れ替える事ができる水属性デッキ向けの魔法カード。その効果で引く事ができるカードは三枚と多く、もちろん引いたカードをクロンに知られる事も無い。

「………」

 引いたカードを確認し、暫しの沈黙。この三枚のカードを如何に利用するか、最善の手を思案しているのだろう。

「…手札から死者蘇生を発動します。私の墓地から、水精鱗-アビスパイクを特殊召喚します」

 彼女が発動したカードにより、先程破壊された《アビスパイク》が蘇る。

 とは言え、攻撃力1600のこのカードでは《護封剣の剣士》を突破できず、事によれば《奈落の落とし穴》の餌食になるだけだ。彼女の狙いは《アビスパイク》の効果にあると見るべきだろう。

「アビスパイクの効果を発動します。手札の水精鱗-アビスグンデを墓地に送る事で、デッキから水精鱗‐アビスディーネを手札に加えます」

 彼女は目的のカードを手札に加えると、ちらりとクロンの方を見る。

 《アビスパイク》の攻撃力は1600、《奈落の落とし穴》の射程内だ。あるいはここで発動するかとも思ったのだが、彼は発動しなかった。メイの行動に何か嫌なものを感じたのだろう、罠を温存する気のようだ。

(流石、ですね)

 心の内で褒めながら、メイは次の手に出る。彼が《奈落》を発動しないのも、彼女の想定の内だった。

「では、アビスパイクの効果で墓地に送られたアビスグンデの効果を発動させてもらいます。私の墓地から、水精鱗-アビスヒルデを特殊召喚します」

 続いて彼女の場に現れたのは、長い髪を三つ編みにした女性の人魚。兜らしきものを頭に付けているが防御力は低く、攻撃力も1300と決して高い数値ではない。

「さらに、手札に加えたアビスディーネを自身の効果で特殊召喚します」

 メイの手は続く。

 現れたのは、《アビスヒルデ》と同じく女性型の人魚。体が小柄な為か、あるいはイラストの絵柄が違う為か幼い印象を受け、ステータスも相応に低い。

 だが今の時代、モンスターのステータスはそこまで問題では無い。重要なのは、このカードがレベル3のモンスターだと言う事だ。そして《アビスヒルデ》のレベルも3。これが意味する事は一つ。

「アビスヒルデとアビスディーネ、二体のモンスターでオーバーレイ! エクシーズ召喚! No.47 ナイトメア・シャーク!」

 二人の女性人魚が一つに交わり、新たなモンスターが生み出される。

 現れたのは、その名に違わず水属性のエクシーズモンスター。名前や体色こそサメであるが、巨大な翼や腕を持ち、そのシルエットはどちらかというとドラゴンに近い。海竜族という種族なのも頷けると言った所か。

 攻撃力は2000ポイントと微妙なラインだが、このモンスターには二つの効果がある。その一つは特殊召喚時に手札またはフィールド上の水属性モンスターをエクシーズ素材に加えるというものだが、ここでこの効果は使わない。

 そしてもう一つの効果は、自身のエクシーズ素材を一つ取り除く事で、自分フィールド上の水属性モンスターに直接攻撃効果を与えるというもの。メイの狙いはこちらにあった。

 《護封剣の剣士》を撃破できないのなら、直接攻撃でダメージを与えればいい。しかも《メガロアビス》は水属性モンスターをリリースする事で二回攻撃を行えるモンスター、一度のバトルフェイズでクロンのライフを半分以上抉り取る事すら可能だ。

 これまでの控えめな戦術から一転、サメの様に獰猛な攻撃態勢を見せるメイ。だが、ここでクロンが動いた。

「罠カード、奈落の落とし穴を発動! ナイトメア・シャークを破壊してゲームから除外します!」

「…わかりました」

 予期していたようにメイは頷く。クロンの立場を考えれば、ここで《奈落》を発動すると読むのは容易だ。

 だが、それも彼女の計算の内だ。彼女は微笑して、新たなカード手札から送り出す。

「では、これはどうでしょう? 手札から水精鱗-アビスノーズを召喚します」

「ぐッ…!」

 彼女がそのカードを出した途端、クロンが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 現れたのは、全身を分厚い鎧と筋肉で武装した男性型の人魚。特殊な形状の兜をつけているため顔は見えにくいが、比較的若いと推測される。

 攻撃力は1500ポイントと心許ない数値だが、レベルは《アビスパイク》と同じ4。即ち、ランク4のエクシーズモンスターを呼び出す事が可能なのだ。そしてクロンの場に《奈落》はもう無い。

「アビスパイクとアビスノーズの二体でオーバーレイ! エクシーズ召喚、バハムート・シャーク!」

 再び二体のモンスターを一つに束ね、新たなモンスターが召喚される。

 現れたのは、《ナイトメア・シャーク》と同じくサメをイメージしたモンスター。「バハムート」という名前の為か、やはりそのシルエットはサメというよりはドラゴンに近く、神秘的な美しさがあった。

 その攻撃力は《護封剣の剣士》の守備力を上回る2600ポイント。そして一ターンに一度、エクシーズ素材を一つ取り除く事でデッキから特定のエクシーズモンスターを特殊召喚する効果を持つ。

「…仕掛けます。バハムート・シャークで、クロン君の護封剣の剣士を攻撃します」

 準備は整った。メイが静かに攻撃を命じると、《バハムート・シャーク》がそれに応じて《護封剣の剣士》に襲い掛かる。

 この攻撃が通れば《護封剣の剣士》は破壊され、クロンを守るモンスターはいなくなる。…通れば、の話であるが。

「罠カード、魔法の筒を発動! バハムート・シャークの攻撃を無効にして、その攻撃力分のダメージをお姉ちゃんに返します!」

「……」

 案の定、というべきか。クロンはもう一枚の伏せカード《魔法の筒》を発動させて来た。

 クロンの場に現れた二つの筒。そのうちの一つが《バハムート・シャーク》の攻撃を防ぎ、そのエネルギーをもう一つの筒がメイに向けて放つ。

 今の彼女の手札に、これを防ぐカードはない。《バハムート・シャーク》の攻撃エネルギー全てが彼女に直撃し、そのライフを大きく削り取った。

 だが、これでクロンが伏せた二枚のカードは潰えた。彼に残された罠は、既に看破された《白銀のスナイパー》のみ。《護封剣の剣士》を守りこのターンの攻撃を凌いだとは言え、状況はメイに有利だった。

「やはり防がれましたか…。ではメインフェイズ2にバハムート・シャークのエクシーズ素材を一つ取り除いて、効果を発動します。私のエクストラデッキから、水精鱗-アビストリーテを守備表示で特殊召喚します」

 メイはエクシーズ素材となっていた《アビスパイク》を墓地へ送ると、エクストラデッキからエクシーズモンスターを選び、そのまま決闘盤に叩きつける。

 現れたのは、人間の上半身とイルカの下半身を持った女性型の人魚。手には黄金の王笏を持ち、頭には黄金の冠。身に着けている鎧にも装飾が施されており、水精鱗の中でも高貴な存在だと予想される。

 エクシーズ召喚を行わずに特殊召喚したためエクシーズ素材を持たないが、このカードは破壊され墓地へ送られた際、自身以外の水精鱗を特殊召喚する効果を持つ。彼女がこのカードを特殊召喚したのは、クロンが《ブラックホール》のような全体破壊カードを発動した際の保険の意味があるのだろう。

 余談であるが、《バハムート・シャーク》は効果でエクシーズモンスターを特殊召喚したターンは攻撃できないというデメリットがあるのだが、実は攻撃を行った後に発動する事でそのデメリットを実質帳消しにする事ができる。デュエルモンスターズにおいて珍しい例だ。

「今はここまでですね。ターンを終了します」

 全てを終え、メイは静かにターンを終えた。

 

 

 「強欲なウツボ」 通常魔法

 効果:手札の水属性モンスター2体をデッキに戻してシャッフルする。

 その後、デッキからカードを3枚ドローする。

 

 「死者蘇生」 通常魔法

 効果:自分または相手の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。

 選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

 

 「水精鱗-アビスディーネ」 モンスター

 水属性 水族 ☆3

 攻撃力1000 守備力200

 効果:自分フィールド上に「水精鱗」と名のついたモンスターが存在する場合、このカードがカードの効果によってデッキまたは墓地から手札に加わった時、このカードを手札から特殊召喚できる。

 また、このカードが「水精鱗」と名のついたモンスターの効果によって特殊召喚に成功した時、自分の墓地からレベル3以下の「水精鱗」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 「水精鱗-アビスディーネ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 「水精鱗-アビスグンデ」 モンスター

 水属性 水族 ☆3

 攻撃力1400 守備力800

 効果:このカードが手札から墓地へ捨てられた場合、自分の墓地から「水精鱗-アビスグンデ」以外の「水精鱗」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 「水精鱗-アビスグンデ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 「No.47 ナイトメア・シャーク」 エクシーズ

 水属性 海竜族 ランク3

 攻撃力2000 守備力2000

 効果:レベル3モンスター×2

 このカードが特殊召喚に成功した時、自分の手札・フィールド上から水属性・レベル3モンスター1体を選び、このカードの下に重ねてエクシーズ素材とする事ができる。

 また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の水属性モンスター1体を選択して発動できる。

 このターン、選択したモンスター以外のモンスターは攻撃できず、選択したモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃できる。

 

 「水精鱗-アビスノーズ」 モンスター

 水属性 魚族 ☆4

 攻撃力1500 守備力1500

 効果:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、手札の水属性モンスター1体を墓地へ捨てて発動できる。

 デッキから「水精鱗」と名のついたモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する。「水精鱗-アビスノーズ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 「バハムート・シャーク」 エクシーズ

 水属性 海竜族 ランク4

 攻撃力2600 守備力2100

 効果:水属性レベル4モンスター×2

 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。

 水属性・ランク3以下のエクシーズモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。

 このターンこのカードは攻撃できない。

 

 「水精鱗-アビストリーテ」 エクシーズ

 水属性 海竜族 ランク3

 攻撃力1600 守備力2800

 効果:レベル3モンスター×3

 自分フィールド上の「水精鱗」と名のついたモンスター1体が相手の魔法・罠カードの効果の対象になった時、または相手モンスターの攻撃対象になった時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。その対象を自分フィールド上の正しい対象となるこのカードに移し替える。

 このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の墓地から「水精鱗-アビストリーテ」以外の「水精鱗」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 

 【メイ】

 LP:8000→5400

 

 

 デッキが回り始めてしまった、とクロンは思った。

 これまでは静かにクロンの出方を見ていた彼女だが、今のターンで大きく動いた。強力なエクシーズモンスターを立て続けに三体召喚し、明らかな攻撃の構え見せている。

 この数ターン彼を守り続けていた《護封剣の剣士》も、これ以上はもたないだろう。そして全ての壁がなくなった時、彼女のモンスターは一気に襲い掛かってくるはずだ。荒れ狂う海のように、容赦なく。

(まずいな…。このままじゃ新しい戦術を試す前にやられちゃう…)

 彼に残された手札は一枚、これだけでは状況を変える事は不可能だ。

 となれば。このドローフェイズに、全てを賭けるしかない。あらゆる全てを覆す、決定的なカードを引き当てる他に道は無いのだ。

 クロンはゆっくり深呼吸すると、祈る気持ちで右手を決闘盤に伸ばす。

「……。ボクの、ターン」

 負けられない。終われない。この引きで、変えるしかない。

 クロンは覚悟を決めると、全神経を集中させてそのカードを引く。状況を変える――かも知れない、運命のカードを。

「っ…。ドローッ!」

 叫ぶように宣言し、力の限り引いたクロンは、睨むようにそのカードを凝視する。

 吉か。凶か。全ては、この一瞬で決まる。

「あっ――」

 だが。そのカードを見た瞬間、クロンはさっと青ざめた。

 彼が引いたのは、何も描かれていない真白なカード。学校でクラスメイトから貰い、何気なくデッキに入れて、そのままにしていた《先見眼の銀愚者》だった。

(しまっ……た…!)

 結果は、『狂』。

 決闘盤が読み込まないため、ブラフとして伏せる事も敵わない、最悪のカードを彼は引き当てた。

 

 

 

 『先見眼の銀愚者(フォーサイトアイズ・シルバーフール)』 UNKNOWN

 「                          

                            」

 

 

【クロン】 LP:7500

手札:2枚(一枚は先見眼の銀愚者)

モンスター:護封剣の剣士(守備表示)

魔法&罠:一枚(白銀のスナイパー)

 

【メイ】 LP:5400

手札:1枚(海皇の咆哮)

モンスター:水精鱗-メガロアビス(攻撃表示)、バハムート・シャーク(攻撃表示・X素材1枚)、水精鱗-アビストリーテ(守備表示・X素材無し)

魔法&罠:一枚(和睦の使者)




と言う訳で、前回のクイズの答えは「デッキに入れたままの先見眼の銀愚者を引いてしまう」でしたー。

あっ、そうだ(唐突)
今回の勝負の後、クロンのデュエルは暫く無い予定ですー。
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