痛恨の不覚だった。
メイの場に強力なモンスターが並び、ただでさえ苦しい状況の中。クロンが引き当てたのは、エラーが発生する為に使用できない
人に貰ったカードが傷めないよう、ポケットに入れずにデッキに入れておいたのだが、それを今この瞬間まで忘れてしまっていた。クロンは、自らの失態を深く後悔した。
【クロン】 LP:7500
手札:2枚(一枚は先見眼の銀愚者)
モンスター:護封剣の剣士(守備表示)
魔法&罠:一枚(白銀のスナイパー)
【メイ】 LP:5400
手札:1枚(海皇の咆哮)
モンスター:水精鱗-メガロアビス(攻撃表示)、バハムート・シャーク(攻撃表示・X素材1枚)、水精鱗-アビストリーテ(守備表示・X素材無し)
魔法&罠:一枚(和睦の使者)
『
「
」
「ッ――」
本来ならデッキに入っていないはずのカードを引く。その事実は、クロンを動揺させるには十分だった。彼はポーカーフェイスすら忘れ、ありのままの表情でその衝撃を受け止める。
その心の揺れは、当然メイにも伝わっているだろう。その原因が、場に出す事すらできないカードを引いた為だとは、夢にも思わないだろうが。
(ここで…。ここで、これを引きますか…)
かつて姫利に「運には自信がある」と豪語した事もあるクロンだが、今回ばかりは自らの運を嘆かずにはいられなかった。
クロンに残されたカードは《銀愚者》の他には《護封剣の剣士》と魔法・罠ゾーンの《白銀のスナイパー》、そして手札のカードが一枚あるのみ。これだけの戦力でメイの猛攻を食い止め、しかも逆転しろというのは――…あまりに難しい注文だ。
とは言え、与えられた状況で勝負するしかない。クロンは必死で頭を働かせ、このミスをどう埋めるか思案した。
「………」
まず最初に思いついたのが、《銀愚者》が誤ってデッキに入れたエラーカードである事を正直にメイに告げ、《銀愚者》をゲームから取り除いた上で再度ドローするという手段。将棋で言う所の「待った」に似た行為だ。
手違いで《銀愚者》を入れたのは事実だし、このカードがエラーカードである事は明らかだ。事情を説明すれば恐らくメイもこの「待った」を承諾してくれる可能性は高く、あらゆる点で最善の策に思える。
だが、クロンはそうはしなかった。そうした方が良いと知りつつ、敢えてその行動を却下した。その理由は一つ。今戦っているメイが、姫利に紹介された決闘者であったからだ。
誤ってデッキにエラーカードを入れ、それを理由に「待った」をかけるのは、決闘者として恐らく恥ずかしい行為なのだろう。そんな醜態を姫利に知られたくは無かったし、その事で姫利の顔に泥を塗りたくはなかった。
彼女に弟子入りしてから約十日。クロンは今でも姫利を尊敬していたし、憧れの存在として見ていた。だからこそ、ここは敢えて自分のミスを受け入れる。例えその決断が、自分を追い込むとわかっていても。
「…モンスターを裏守備表示でセットして、ターンを終了します!」
結局、クロンは一枚のカードを場に出しただけでターンを出す。無論、そのカードは《銀愚者》ではなく手札にあったもう一枚のカードだ。
(このカードだけじゃ、身を守るのが精一杯だけど……こうなった以上は文句は言えない。今は、耐えるしか…)
茨の道を進むと決めた以上、もう引き下がる事はできない。クロンは次の自分のターンが来る事を祈りながら、自らのターンを終了した。
「…私のターン、ですね」
続いて、メイのターン。彼女はクロンの表情をじっと伺いながら、新たなカードを手札に加えた。
場に並ぶ三体のモンスターと、《和睦の使者》という保険。そして今のクロンの表情から考えて、彼が形勢逆転のカードを引いた可能性は低い。迷いなく攻撃する場面であるが、しかし彼女は慎重だった。
(姫利さんによると、クロン君は人の裏を掻くような戦い方を好むとか。…となると、今の表情、果たして素直に受け止めていいものか…)
彼女が気になったのは、ドローフェイズ時に見せたクロンの驚愕の表情。
手札の少ない彼にとって、あのドローは起死回生を賭けた重要なものだったはず。その為、良いカードを引けなかったのだろうという予想は容易にできたが――…いささか、大袈裟過ぎるように彼女には思えた。
(どんなカードを引いたにしても、それはクロン君が自分で入れたカードのはず。にも拘らず、あの驚きようは……やはり、いくらなんでも不自然ですね)
洞察力と分析力に長けているが故の誤解だった。
彼がエラーカードをデッキに入れていると知らない彼女には、彼の驚きようが何か企みを含んだものに見えた。即ち、あの表情は演技であり、再び自分を罠に嵌めようとしているのではないか、と考えたのだ。
とは言え。罠がある可能性があるからと言って、ここで攻撃しない手は無い。メイは警戒しながらも、自分の手を進めていく。
「手札から水精鱗-アビスラングを召喚し、メガロアビスの効果を発動します。重装兵をリリースする事で、このターン、メガロアビスは二回攻撃が可能となります」
両腕に鋼鉄製の武具を付けた男性型の魚人がメイの場に現れ、《メガロアビス》の餌となって消える。
カード一枚の消耗があるものの、攻撃力2400の二回攻撃にはそれだけの価値がある。そしてこの効果の発動は、メイの確固たる決意の表れでもあった。
「アビストリーテを攻撃表示に変更して、――バトルフェイズ。まずはバハムート・シャークで護封剣の剣士を攻撃します」
メイの命令を受けた《バハムート・シャーク》が動き、長らくクロンを守っていた《護封剣の剣士》を粉砕する。
これでクロンを守る壁は裏守備モンスターが一枚。当然、ここで攻撃の手を緩める訳もない。
「…追撃します。アビストリーテで、クロン君の裏守備モンスターに攻撃します」
彼女は少し思案した後、まずは《アビストリーテ》から動かす事にした。
攻撃力が1600ポイントと低く、あるいはクロンの壁モンスターを破壊できない可能性もあるが、《アビストリーテ》には破壊された際に墓地の水精鱗を一体特殊召喚する効果を持つ。壁モンスターがほぼ確実に効果モンスターである事を考え、まずはこちらをぶつけようと考えたようだ。
結果は、良い方に出た。彼がセットしていたモンスターは《水晶の占い師》。攻守共に100ポイントと低く、脆くも《アビストリーテ》によって破壊される。
「く…、水晶の占い師の効果発動! デッキから二枚のカードを捲って、その中から一枚のカードを手札に加えるよ!」
苦衷の表情を浮かべながら、クロンは二枚のカードを捲り睨みつける。だが、これで彼の場に壁モンスターは無くなり、しかも後には《メガロアビス》の二回攻撃が控えているのだ。その心中は決して穏やかではないだろう。
「手札に加えるのはマジック・ランプ! もう一枚のブレイン・ジャッカーはデッキの一番下に戻します!」
「…わかりました」
強運だ、と素直にメイは思った。
彼が手札に呼び込んだのは、相手モンスターの攻撃を相手の別のモンスターに反射する効果を持つ《マジック・ランプ》。相手モンスターの攻撃を防ぎ、かつ同士討ちさせる効果を持つこのカードは、メイにとって厄介だった。
無論、彼の手札に《マジック・ランプ》があると知った以上、被害は最小限に抑えるつもりであるが。
「では、二度ほど失礼します。メガロアビスで、直接攻撃です」
攻撃は続く。
自身の効果で二回攻撃を得た《メガロアビス》が、鋸のような大剣でクロンを二度斬りつける。その総ダメージは4800ポイント。メイの静かな攻撃宣言に反し、あまりに大きいダメージだ。
「ぐぅ…。容赦ないッスね、お姉ちゃん…」
「容赦のないように、と頼まれましたので。貴方のお師匠様から」
にこりと笑みを浮かべながら、メイは答える。生真面目な性格、クロンの言葉が嫌味だとは気付いていないようだった。
「さて…。最後にバハムート・シャークの効果を発動してターンを終了したいところですが…」
メイは唇に指を当て、思案する。確実にクロンを仕留める為の最善手を。
《バハムート・シャーク》はエクシーズ素材を一つ取り除く事で水属性・ランク3以下のエクシーズモンスターを特殊召喚するモンスター。エクシーズ素材が一つ残っているので、この場で更なるエクシーズモンスターを出す事が可能だ。
クロンの手札は残り少ない。このままモンスターを並べてゴリ押しも可能であるが、ただ一つ、《マジック・ランプ》の存在だけが気がかりだった。
「……いえ、今はやめておきましょうか。バハムート・シャークの効果は発動せず、このままターンを終了します」
「え…?」
驚いて声を漏らすクロンにもう一度にこりと微笑みながら、メイはターンを終了した。
「水精鱗-アビスラング」 モンスター
水属性 魚族 ☆4
攻撃力1200 守備力1800
効果:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は他の水属性モンスターを攻撃対象に選択できない。
また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の水属性モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
「水晶の占い師」 モンスター
水属性 魔法使い族 ☆1
攻撃力100 守備力100
リバース:自分のデッキの上からカードを2枚めくり、その中から1枚を選んで手札に加える。
その後、残りのカードをデッキの一番下に戻す。
「マジック・ランプ」 モンスター
風属性 魔法使い族 ☆3
攻撃力900 守備力1400
効果:自分のメインフェイズ時、このカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、自分の手札から「ランプの魔精・ラ・ジーン」1体を特殊召喚する事ができる。
また、フィールド上に裏側守備表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、そのダメージ計算前に攻撃モンスター以外の相手モンスター1体を選択して発動する。攻撃モンスターは選択したモンスターと戦闘を行い、ダメージ計算を行う。
「ブレイン・ジャッカー」 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆2
攻撃力200 守備力900
リバース:このカードは装備カード扱いとなり、相手フィールド上モンスターに装備する。
このカードを装備したモンスターのコントロールを得る。相手のスタンバイフェイズ毎に、相手は500ライフポイント回復する。
【クロン】
LP:7500→5100→2700
(バハムートの効果を発動しない…?)
不可解なメイの行動……いや、不動に違和感を覚えつつ、クロンは新たにカードをドローする。
彼が先程手札に加えた《マジック・ランプ》の効果は基本的に一度しか発動できない。その為、《バハムート・シャーク》で戦力を増強し、次のターンで総攻撃をかけるものとクロンは読んでいたのだが、彼女はそうはしなかった。
(今さらお姉ちゃんが手加減する訳もない…。何か理由があるはず…)
互いに本気で戦っている以上、その行動には必ず意味がある。クロンは熟考し、やがて思い出した。少し前に彼女が出した、あるモンスターの存在を。
「…なるほど。ナイトメア・シャークですか」
わざとメイにも聞こえるように呟くと、彼女は予期していたかのように静かに笑った。
「正解です。…よくわかりましたね」
「こっちも必死ですからね。怪しい動きがあれば、気にしますよ」
こちらの指摘に隠さず答えるメイに、クロンは辛うじて笑みを返す。
わかってはいた事だが、やはり彼女が《バハムート・シャーク》の効果を使わなかった事には意味があった。それも、クロンにとって最も悪い意味が。
(これは、負けたかも知れない…)
今引いたカードと《マジック・ランプ》を見比べて考えていると、誰かが横腹を突いて来た。見ると、暫く黙ってデュエルを観戦していたソールが、むすっとした表情で立っていた。
「おい、説明しろ」
「え? …何をです?」
「今のテメーらのやり取りだよ。ナイトメア・シャークがどーのこーの」
「ああ…」
諦めかけていた気持ちが、彼女の顔を見た事でいくらか楽になった気がする。クロンは笑いながら、一時デュエルを中断して解説した。
「ナイトメア・シャークは二つの効果がありますよね。特殊召喚した時にレベル3の水属性モンスターをエクシーズ素材にする効果と、エクシーズ素材を取り除く事で場のモンスター一体に直接攻撃効果を与える効果が」
「ああ、知ってる」
「で、ボクのライフは残り2700。もし次のターン、お姉ちゃんがレベル3の水属性モンスターを引いて、ハバムートの効果でナイトメア・シャークを出して来たら…」
そこまで言うと、ソールもメイレンの狙いに気が付いたらしく、納得したように何度か頷いた。
「そのカードをナイトメアのエクシーズ素材にして、そのままメガロアビスに直接攻撃を与えるって訳か。で、そのメガロアビスを二回攻撃させりゃ、テメェのライフは0。…なるほどな」
「仮に素材になるモンスターを引けなかったとしても、お姉ちゃんの場の三体のモンスターで十分マジック・ランプは突破できますしね。どちらに転んでも、ボクのライフは射程圏内って訳です」
「…で、対策は?」
やや声のトーンを落としてソールが問うと、クロンは頬を掻きながら小さく答えた。
「…ぶっちゃけ、超ピンチです」
ただでさえ手札が少ない状況で、ここまで徹底的に包囲網を張られては、どうしようもない。その事はソールもわかっていたらしく、何も言わずに元居た場所に戻っていった。
メイが本格的な攻撃の姿勢を見せてから、僅か二ターン。たった二ターンでこうも追い詰められるものか。クロンは自嘲気味に笑いながら、今できる最大限の抵抗をする事にした。
「…モンスターと伏せカードを一枚ずつセット! ターンエンドです!」
残された三枚の手札のうち、可能な限りを場にセットする。
クロンの言葉に嘘は無かった。冗談でも誇張でも無く、次のメイのドロー次第で彼の敗北は決まる。
全ては運次第。クロンはゆっくりと息を吐き、今度こそ最悪の目が出ないよう、祈った。
「では、私のターンですね」
メイの言葉にも、嘘は無かった。
彼女の狙いはクロンが説明した通り、《ナイトメア・シャーク》の効果による決着。従って彼女がこのドローで狙うのは水属性・レベル3のモンスターカード。これを引き当てれば――クロンの伏せカードが気になるもの――比較的安全に、勝つ事ができる。
だが、運命の女神が味方したのはクロンの方だった。彼女が引き当てたのは永続罠カード《アビスフィアー》。強力なカードには違いないが、臨んだカードでは無い。勝負はまだ、続く。
(こればかりは、仕方ありませんね…)
彼女は落ち着いた表情で
裏守備モンスターの方は、状況と経緯からみて《マジック・ランプ》と決めつけて構わないだろう。伏せカードの方はわからないが、罠を好む彼の事だ、ただのブラフである可能性は低い。
と言って、ここに至って様子見というのも愚の骨頂だ。まして彼女には今、十分すぎる程の戦力があるのだから。
「…仕掛けます。アビストリーテで、クロン君の裏守備表示モンスターに攻撃します」
静かな攻撃宣言と同時、命を受けた《アビストリーテ》がクロンのモンスターに王笏で突きに掛かる。セットされていたカードが翻り、甲殻類のような足を持つ金色のランプが姿を現した。
「マジック・ランプの効果発動! このカードに対するアビストリーテの攻撃を、バハムート・シャークへと受け流します!」
焦りを含んだクロンの宣言と同時、金色のランプから紫色の煙が吹き出され、《アビストリーテ》を包み込む。
煙を吸い込んだ《アビストリーテ》は《マジック・ランプ》への攻撃を止め、あろう事か味方である《バハムート・シャーク》へと襲い掛かった。
恐らく煙に幻覚作用のようなものがあったのだろう。同士討ちの末、《アビストリーテ》は《バハムート・シャーク》によって撃破され、その攻撃力の差分のダメージがメイレンのライフを削り取った。
だが、この程度の事は予想の範疇だ。メイは《アビストリーテ》のカードを墓地へ送りながら、思わず微笑する。
「計画通り、ですね。アビストリーテが墓地に送られた事で、私の墓地から水精鱗-アビスディーネを守備表示で特殊召喚します」
撃破された《アビストリーテ》の王笏が光り輝き、深い
もっとも、攻撃力1000のモンスターが戦線に加わった所で、戦力としては変化はない。にも関わらずメイがこのカードを蘇生したのは、このカードの特殊効果が理由だった。
「アビスディーネが水精鱗の効果によって特殊召喚された時、私の墓地からレベル3以下の水精鱗を特殊召喚する事ができます。その効果で、水精鱗-アビスグンデを守備表示で特殊召喚します!」
メイの手は続く。
《アビスディーネ》が両手を組み祈りを捧げると、メイの墓地から更に女性型のモンスターが蘇生される。《アビスディーネ》と同じレベル3のモンスター、《アビスグンデ》だ。
奇しくも同じタイミングで墓地に送られ、同じタイミングで蘇生した二人の人魚は、互いに抱き合って再会の喜びを分かち合う。その喜びが一時の事とも知らずに。
「あっ…」
二体の人魚の姿を見たクロンが、しまったとばかりに声を漏らす。
「レベル3のモンスターが二体、という事は…」
「はい。予定とは少し違いましたが、これでナイトメア・シャークのエクシーズ召喚が可能になった、という事ですね」
笑みを浮かべたまま、メイが答える。
一度きりの《マジック・ランプ》の効果を潰した上で、次なるエクシーズ召喚の準備を整える。彼女にとっては理想的な展開だった。
唯一の気掛かりであったクロンの伏せカードも、彼は発動させなかった。ならば、バトルはまだ終わらない。
「次です。メガロアビスで、マジック・ランプに攻撃します」
長らくメイの前線を支えている《メガロアビス》が、魔力を失いただのランプと化した《マジック・ランプ》に切りかかる。
この攻撃で《マジック・ランプ》を撃破し、その後に《バハムート・シャーク》で直接攻撃をかければ、クロンのライフは尽きる。この危機的な状況に対し、クロンは先程は発動しなかった伏せカードを、翻した。
「罠カード、マジカルシルクハットを発動!」
「なっ…」
攻撃を受けた《マジック・ランプ》が軽い音と共に爆ぜ、クロンの場に巨大なシルクハットが三つ並ぶ。無論、このシルクハットは決闘盤の演出であり、実際に並んでいるのは三枚の裏側守備表示のカードである。
三つのカードのうち一枚は、たった今消えた《マジック・ランプ》。そして残る二枚は、クロンのデッキから選ばれた魔法・罠カードがモンスター扱いでセットされている。
「ボクはデッキから荒野の大竜巻を二枚選択して、マジック・ランプと一緒に裏守備でセットして壁にします!」
「……っ」
クロンが選択した二枚のカードを見て、メイは思わず表情を変える。
《荒野の大竜巻》は表側表示の魔法・罠カードを発動する効果と、セットされた状態で破壊された場合、場の表側表示のカードを破壊する効果を持つ。今回厄介なのは、後者の効果だ。
《マジカルシルクハット》によって場に出された魔法・罠カードはバトルフェイズ終了時に裏側表示のまま破壊され墓地に送られる。即ち、《荒野の大竜巻》の発動条件を満たすのだ。
クロンがセットした《大竜巻》は二枚。従って、このまま何もしなければ二枚のカードを破壊される事になる。発動を阻止するには裏守備モンスター扱いのまま戦闘破壊するしかないが、そこで問題になるのが《マジック・ランプ》の存在だ。
三つのシルクハットのうち何れかに隠れている《マジック・ランプ》は、反射効果を取り戻している。下手に攻撃すれば、手痛いしっぺ返しがあるのだ。
メイの場で攻撃可能なモンスターは《バハムート・シャーク》と《メガロアビス》の二体。この二体で三つのシルクハットのうち《大竜巻》だけを破壊できるかというと、確率的に厳しい。と言って、攻撃しなければ《大竜巻》の効果を使われてしまう。
(アビスディーネとアビスグンデを守備表示で出したのが裏目に出ましたか…)
思いながら、メイレンはシルクハットを物珍しげに眺めている二体の人魚に目を向ける。
クロンの伏せカードが《ミラーフォース》であった場合を想定し、これらのカードを守備表示で出したのだが、もしこれらを攻撃表示で出していれば状況は大きく変わっていた筈だ。悔やんでも仕方のない事ではあるのだが。
「…攻撃します」
暫しの沈黙の後に決断したメイは、引き続き《メガロアビス》で攻撃を行う。
振り下ろされた《メガロアビス》の剣が、メイから見て右側のシルクハットを両断する。中身は――、《荒野の大竜巻》。彼女にとって「当たり」のカードだった。
「まずは一枚、ですね。では続いて、バハムート・シャークでシルクハットを攻撃します」
安堵の息を吐く暇も無く、メイは攻撃を続ける。
この攻撃で《大竜巻》を破壊できれば理想的だ。《マジック・ランプ》による被害も無く、《ナイトメア・シャーク》をエクシーズ召喚して次のターンに決着を持ち込む事ができる。
だが、そう上手く事が進む訳もない。《バハムート・シャーク》が第二のシルクハットを破壊した際、金色のランプが光るのをメイは見た。
「残念、ハズレです! マジック・ランプの効果で、バハムート・シャークの攻撃をメガロアビスに返します!」
「く…」
《マジック・ランプ》の効果を受けた《バハムート・シャーク》の攻撃により、《メガロアビス》は破壊され、その攻撃力差200ポイントが彼女のライフを傷付ける。
それ自体は微々たる損害であるものの、これで彼女の場に攻撃可能なモンスターはいなくなった。そしてクロンの場にはまだ、裏守備表示の《大竜巻》が一枚。
「…バトルフェイズを、終了します」
メイが宣言すると同時、残る一枚のシルクハットの中から巨大な竜巻が生じ、《バハムート・シャーク》を破壊する。シルクハットが消滅した事で、《大竜巻》の効果が起動したのだ。
運の要素が強いとは言え、これでメイは《バハムート・シャーク》と《メガロアビス》、二体の主力を失った。ここに至り、彼女の頬に一筋の汗が垂れる。
(姫利さんが、可愛がる訳ですね…)
心の内で賞賛しながら、しかし未だ彼女から余裕は消えなかった。
予想外の反撃だったとは言え、二体のアタッカーが破壊される可能性は想定してある。メイは落ち着いた表情のまま、次の手に移った。
「アビスディーネとアビスグンデで、オーバーレイ! エクシーズ召喚! No.47 ナイトメア・シャーク!」
二体のモンスターをきっかけに、再度現れる鮫型の暗黒海竜。存在を臭わせるだけでクロンを苦しめた、ランク3のエクシーズモンスターだ。
エクシーズ素材を一つ取り除く事で水属性モンスターに直接攻撃効果を与えるが、その攻撃力は2000ポイント。残り2700ポイントのクロンのライフを削り気るには、僅かに足りない。
だが、ここで活きてくるのが彼女がこのターン引いた《アビスフィアー》だ。このカードはいくつかのデメリット効果はあるものの、デッキから「水精鱗」と名のついたモンスターを一体特殊召喚する効果を持つ。
(私のデッキの中で最も攻撃力の高いモンスターは水精鱗-リードアビス…。攻撃力は2700ですから、ナイトメア・シャークの効果で直接攻撃すれば、クロン君のライフを削り気る事は可能…)
クロンの怒涛の反撃は彼女にとっても脅威であったが、何ら問題は無い。メイの刃は、未だにクロンの喉元に当てられているのだから。
「カードを一枚セットして、ターンエンド。…クロン君のターンです」
依然、落ち着きは保ったまま。彼女は静かにターンを終了した。
「マジカルシルクハット」 通常罠
効果:相手のバトルフェイズ時に発動できる。
デッキから魔法・罠カードを2枚選んで相手に見せ、その2枚をモンスター扱い(攻/守0)として、自分フィールド上のモンスター1体と合わせてシャッフルして裏側守備表示でセットする。
この効果でデッキから特殊召喚した2枚のカードはバトルフェイズ終了時に破壊される。
「荒野の大竜巻」 通常罠
効果:魔法&罠カードゾーンに表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。
破壊されたカードのコントローラーは、手札から魔法または罠カード1枚をセットする事ができる。
また、セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。
【メイ】
LP5400→4400→4200
「ボクのターン!」
辛くもメイの猛攻を防いだ事でやや自信を取り戻したクロンは、持ち前の強気な笑みを浮かべ新たなカードをドローする。
絶体絶命の状況は変わらないものの、《バハムート・シャーク》・《メガロアビス》の二体を撃破できた事は大きい。僅かであるが逆転勝利の可能性も見えてきた。
だが、その逆もありえる。メイの場に《ナイトメア・シャーク》がある限り、クロンは常に直接攻撃の危険に晒されている事になる。残り少ないライフを思うと、一刻の猶予も無い事が嫌でも実感できる。
(お姉ちゃんが最後に伏せたカード…。あれがもしバハムート・シャークを蘇生するカードだったり、ナイトメア・シャークの攻撃力を上昇させるカードだったら…)
あるいは、これが自分のラストターンかも知れない。そう考えながら、クロンは今引いたカードに目を向けた。
(……ダミー・ゴーレムか…)
ここで彼が引き当てたのは、低ステータスながら《強制転移》を内蔵したリバースモンスター。速効性と確実性に難はあるが、相手の強力なモンスターを奪い取る事ができれば、それに見合うリターンはある。
だが、一刻を争う今の状況において、このカードを引いたのは吉とは言えない。《ナイトメア・シャーク》の効果が直接攻撃を付加するという性質上、このカードが次のターンまで場に残る可能性は高いものの、それまでクロンのライフが残っている保証は無いのだ。
いや…。実際の所、彼が《ダミー・ゴーレム》をセットしても、もはや意味はなかった。メイは既に、次の彼女のターンにクロンを仕留める算段を付けているのだから。
従って。彼が引いたカードが《ダミー・ゴーレム》であった時点で、既に勝敗は決している。彼の敗北と言う形で。
(…うん、まだいける。次のお姉ちゃんのターンを凌げれば、ダミー・ゴーレムの効果でお姉ちゃんのモンスターを奪って反撃できる。まだ、チャンスはある)
皮肉にも、クロン自身はまだ自分の敗北が決定した事に気付いていない。逆転の可能性という
敗北が決した事さえ知らず、偽りの希望に縋る。結末を知る者が見れば、あまりに滑稽で悲しい行為だった。
だが。その決して希望を捨てない姿勢が、運命の涙を誘ったのだろうか。それとも勝利を信じる彼の心が、奇跡を呼び込んだのだろうか。もはや逆転の目が消えたクロンの手札に、ある変化が訪れた。
「あれ…?」
クロンが“それ”に気付いたのは、《ダミー・ゴーレム》を伏せようと手札に手をかけた時だった。
彼の残る二枚の手札の中に、見覚えのないカードがあった。クロンは《ダミー・ゴーレム》を伏せるのを一先ず止め、その見知らぬカードを手に取る。
「これは…」
まじまじとそのカードを眺めているうち、クロンは気付く。そのカードが、手札に腐らせていた《先見眼の銀愚者》である事を。
彼が一目でそれを《銀愚者》と判断できなかったのには理由がある。と言うのも――俄かには信じられない事だが――カードが、変化していたのだ。
いや。正確には、本来あるべき姿になっていた、というべきかも知れない。ついさっきまではカード名しか記されていなかった《銀愚者》のカードには今、属性と種族、レベルと、攻守のステータスが記されているのだ。
(っ…! これは…!?)
そして、次の瞬間クロンは大きく目を見開く。《銀愚者》の未だ真白な部分。本来ならカードのイラストが描かれている部分に、薄らと色が浮かび始めたのだ。
そこには犬耳の付いたフードを付けた、機械的な姿のモンスターが描かれていた。大人が好むような格好いいものでは無く、子供がデザインしたかのような間抜けな姿のロボットである。
そして。《銀愚者》にイラストが浮かび上がったかと思うと、今度はカードテキストの場所に変化が訪れる。何も書かれていなかったこの場所に、モンスター効果と思われる文字列が浮かび上がったのだ。
(なにこれ…! どう……カードが、銀愚者のカードが変化した!?)
名前以外何も描かれていなかったカードに、突如イラストやテキストが浮かび上がる。彼の経験上、いや、デュエルモンスターズの常識では考えられない事だった。
試しに浮かび上がったイラストを指で擦ってみるが、変化はない。間違いなくこのカードに描かれているものだ。
(……そうだ、そう言えば…)
突然の事態に動転しながら、クロンは一つ思い出す。学校の友人から、この《銀愚者》のカードを貰った時の事を。
(あの時は……そうだ、あの時は気のせいだと思って深く考えなかったけど…。そうだ思い出した。時ちゃんにこのカードを貰った時――、そうだ間違いない。このカードは完全に真白だった。先見眼の銀愚者なんて名前、書かれてなかったっ!)
数時間前に微かに抱いた疑問。そして、今目の前で起きた変化。
その二つが、混乱している頭の中で激しく混ざり合い、やがて一つの結論を導き出す。平常の思考では決して到達しないであろう、突飛な結論を。
(このカードは、ただのエラーカードじゃない! 条件はわからないけど、何ていうか……そう、変化! …いや進化しているんだ!)
詳しい原因は不明だが、このカードは、何かしらのきっかけで名前やイラストが浮かび上がるようになっている。そう考える他に、目の前の出来事を納得する方法は無かった。
そしてそう結論した時、クロンの脳裏に新たな可能性が浮かび上がる。このカードの事ではなく、このデュエルについての可能性である。
(……このカードを、試しに出してみようか…?)
追い詰められた事による緊張と、カードが変化した事による混乱から生まれた、ありえない選択肢。しかし彼には、これが正解だという奇妙な確信があった。
(さっきまで決闘盤に出しても意味がないカードだったけど、今なら……大丈夫な気がする。どうしてそう思うのか自分でもわからないけど、できる気がする…!)
元より、《ダミー・ゴーレム》を出した所で逆転の可能性は低いのだ。ならば、このカードの召喚と、このカードの効果に鞍替えする価値は大いにある。
「…勝負!」
クロンは半ばやけくそとばかりに、そのカードを決闘盤に叩き付けた。
「ボクは手札から、
クロンがそのカードを出すと、決闘盤のモンスターゾーンが僅かに光り、彼の場に一つの立体映像が出現する。
背丈は人間の子供、ちょうどクロンと同じくらいの大きさ。犬耳の付いた山吹色のフードをかぶり、それと同じ色のマントで全身を覆った人型のロボットが、そこにいた。
全体的に細身の体格であるが、その機械の腕部分のみがやや大きく、アンバランスな印象を受ける。また、着ているマントは所々破れており、お世辞にも格好のいいモンスターとは呼べなかった。
だが。ついさっきまでは決闘盤で読み込む事すらできなかった《銀愚者》の登場に、クロンの胸は興奮で揺れた。この不格好なモンスターの後姿が、妙に頼もしく見えたのだ。
「なッ!? あのカードは、確か…」
《銀愚者》の登場に心を動かされた人物が、もう一人。じっと腕を組んでデュエルを眺めていたソールが、驚いて声を荒げた。
「……なんで使えんだよ、それ…っ」
ソールの驚きをよそに、クロンはそのままターンを終了させる。
デュエルは終盤。ここに来て、戦いは思わぬ展開を見せた。
「ダミー・ゴーレム」 モンスター
地属性 岩石族 ☆2
攻撃力800 守備力800
リバース:相手はコントロールしているモンスター1体を選択する。選択したモンスターとこのカードのコントロールを入れ替える。
『
地属性 機械族 ☆1
攻撃力0 守備力0
“其の者、愚の化身なり。海より浅く、山より低く、花より醜く月より小さい”
効果:???
(先見眼の銀愚者? …初めて見るカードですね)
クロンが出したカード、《銀愚者》について詳しい事情を知らないメイは、落ち着いた表情でカードをドローする。
攻撃力こそ皆無とは言え、これを自信満々に出してきたからには、何かしらの効果があるに違いない。少なくとも、このカードを直接攻撃するのは危険だと判断した。
「…リバースカード、アビスフィアーを発動します。私のデッキから、水精鱗-リードアビスを特殊召喚します」
当初の計画通り、彼女は伏せていた《アビスフィアー》を発動し、デッキの中で最大の攻撃力を誇る魚人の戦士を召喚する。
何故か露出の目立つ特殊な鎧を着込み、一見しただけでは武器かどうかも分からない特殊な形状の体験を装備。頭部は魚のそれであるが肉体は妙に細くすべすべしており、不気味な印象を受ける。
だが、その攻撃力は《メガロアビス》より上の2700ポイント。ちょうど、クロンの残りライフと同じ数値だ。
「更にナイトメア・シャークのエクシーズ素材を一つ取り除いて、効果を発動します。このターン、リードアビスはクロン君への直接攻撃が可能になります。クロン君の残りライフは残り2700ポイント、つまり――、」
「…リードアビスの攻撃が通れば、お姉ちゃんの勝ち……って事ッスね。通れば、だけど」
あくまでクロンは強気な表情。だが、今さら引き下がるわけにもいかなかった。
《アビスフィアー》はデッキから水精鱗を無条件に特殊召喚できる強力なカードであるが、次の相手のエンドフェイズ時に特殊召喚したモンスターごと自壊するデメリットがある。
従って、このカードを発動した以上は、攻めるしかない。メイの決断はぶれなかった。
「…リードアビスで、クロン君に攻撃します!」
意を決しメイが攻撃を宣言すると、《リードアビス》の巨体がふわりと浮かび、クロンの場のモンスターの頭上を飛び越えて彼に向って突進する。
この攻撃が通れば、勝負は決まる。クロンの場に――発動できない《白銀のスナイパー》を除いて――伏せカードが無い以上、攻撃は通ると思われたが、
「銀愚者の効果発動! このカードは場に存在する限り、2回まで相手の攻撃モンスターを守備表示にする事ができます!」
ここで彼が発動したのは先程まで存在しなかった《銀愚者》のモンスターエフェクト。クロンの宣言と同時、《銀愚者》の片腕が《リードアビス》目掛けて発射される。
否。発射した、というのは正しい表現では無いかも知れない。どうやら《銀愚者》の腕にはマジックハンドのような仕掛けが施されているらしく、必要に応じて伸縮が可能らしい。今使用したのはそのギミックだ。
伸ばした腕は、中指と人差し指を立てた所謂
攻撃力2700とは言え、目を狙われては一溜りも無い。《リードアビス》は凄まじい叫び声を揚げながら手で目を覆い、クロンへの攻撃を中止してメイの場に戻っていった。
これが《先見眼の銀愚者》の能力。フィールドに存在する限り二回までしか発動できないものの、どんなに強力なモンスターであっても攻撃を止め、守備表示にする事ができる。防御に特化した能力であるが、その扱いづらさはまさしくクロン好みの効果であった。
「…なるほど、そういう効果ですか」
メイは唇に手を当てながら、腕を回収する《銀愚者》を観察する。初めて目にするカードであるが、効果自体はそれほど脅威では無い。クロンの決闘盤から送られてきたカードデータを見る限り、他に効果も無いようだ。
ならば、慌てる事は無い。今まで通り最善の手を打ち、ゆっくりと詰みに追い込むだけの事だ。
「バトルフェイズを終了して、手札からカードを二枚セット。…ターンを終了します」
少しの思案の後、メイは残る手札を全て場にセットする。一枚はこれまで発動する機会が無かった《海皇の咆哮》、もう一枚はこのターンに引いた罠カードだ。
クロンの異様な粘りの為、彼女の戦力も残り少ない。そろそろ、決着をつけなくてはならない。
(気掛かりなのは、クロン君の場に二体のモンスターがいる事…。何が出てきても、おかしくありませんね)
この状況にあっても、冷静さは失わない。それが、彼女の性格だった。
「アビスフィアー」 永続罠
効果:デッキから「水精鱗」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
また、このカードがフィールド上に存在する限り、自分は魔法カードを発動できない。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
このカードは発動後、次の相手のエンドフェイズ時に破壊される。
「水精鱗-リードアビス」 モンスター
水属性 海竜族 ☆7
攻撃力2700 守備力1000
効果:自分のメインフェイズ時、手札からこのカード以外の水属性モンスター3体を墓地へ捨てて発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。
この効果で特殊召喚に成功した時、自分の墓地から「アビス」と名のついた魔法・罠カード1枚を選択して手札に加える事ができる。
また、このカード以外の自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する「水精鱗」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、相手の手札をランダムに1枚墓地へ送る。
「水精鱗-リードアビス」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。
『
地属性 機械族 ☆1
攻撃力0 守備力0
“其の者、愚の化身なり。海より浅く、山より低く、花より醜く月より小さい”
効果:相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体の表示形式を変更する。
この効果はこのカードがフィールド上に表側表示で存在する限り2度しか使用できない。
【No.47 ナイトメア・シャーク】
エクシーズ素材:2→1
「ボクのターン!」
未知なるカードに賭けたクロンの判断は、正しかった。《銀愚者》の効果により辛うじて敗北を回避した彼は、笑みを浮かべてデッキからカードをドローする。
クロンの場のモンスターは二体。だが、その攻撃力は何れも低く、メイの場を荒らしまわる事など到底できない。ここはチューナー、あるいは上級モンスターを引きたい所であるが…。
「…よし!」
勢いに乗ったクロンの強運ならば、それを引き当てるのは容易な事。彼は思わずガッツポーズを取ると、そのカードを決闘盤に叩き付けた。
「マジック・ランプと銀愚者をリリースして、烈風帝ライザーをアドバンス召喚します!」
「っ…!」
クロンを守った二体のモンスターが光の粒子となり、突如吹き荒れた暴風によって吹き飛ばされる。
現れたのは、風の化身。彼が今朝購入したパックで手に入れ、そのままデッキに入れていた《風帝ライザー》の進化形態だった。
外見は《風帝ライザー》と然したる変化は無いものの、攻撃力は2800ポイントと最上級モンスターに相応しい数値を誇る。帝シリーズの強力な効果も、健在だ。
「烈風帝ライザーがアドバンス召喚された時、場のカードと墓地のカードを一枚ずつ持ち主のデッキの一番上に戻す事ができます! ボクは今お姉ちゃんが伏せたカード一枚と、お姉ちゃんの墓地の強欲なウツボをデッキに戻してもらいます!」
「……。わかり、ました…」
焦燥の表情を浮かべながら、メイはクロンが指定した伏せカードをデッキの上に戻し、次いで墓地の《強欲なウツボ》をその上に重ねる。
メイの手札は現在0枚。この状況で《強欲なウツボ》を引いても意味が無く、実質次のターンのドローを潰した形だ。しかも、《烈風帝ライザー》の効果はまだ終わっていない。
「烈風帝ライザーのリリースに風属性モンスターが使われていた場合、更に場のカード一枚を持ち主の手札に戻す事ができます。その効果で、お姉ちゃんのナイトメア・シャークを手札……いえエクストラデッキに戻してもらいます!」
場にはげしい風が吹き、《ナイトメア・シャーク》の体をメイのエクストラデッキへと吹き飛ばす。
これで直接攻撃の脅威は無くなった。残る彼女のモンスター《リードアビス》も、《アビスフィアー》の自壊効果と共に破壊される筈だ。そして次にメイが引くカードは、現状では役に立たないカード。まさに理想的な状況だった。
唯一の気掛かりはデュエル序盤から伏せられている《和睦の使者》と、《ライザー》の効果を受けなかった法の彼女の伏せカードであるが、これまでのピンチを思えば然したる問題ではない。まさかこの二枚で残るクロンのライフを削りきると言う事もないだろう。
「…よし。念の為、リードアビスは戦闘で破壊しておきますか。烈風帝ライザーで、リードアビスを攻撃します!」
風の流れが変わった。《ナイトメア・シャーク》を吹き飛ばした風は、今度は《リードアビス》の背後から吹き荒れ、その巨体を持ち上げる。
その風の行く先、《リードアビス》が飛ばされる先には《烈風帝ライザー》が待ち構えており、風に運ばれて来る《リードアビス》を拳の一撃で粉砕した。
「よし…! ボクはこれでターンエンドです!」
流れが変わった。
メイの場にもはやモンスターは無く、クロンの場には攻撃力2800の《烈風帝ライザー》が君臨している。不可能と思われた逆転劇も、現実味を帯びてきた形だ。
この状況を作り出したきっかけは、やはり《先見眼の銀愚者》であろう。何から何まで謎に包まれたカードだが、少なくともこのカードによって希望が見えてきた。
(…このカードを持った人は幸せになる、か)
ふと例の噂話を思い出し、クロンは微笑する。馬鹿馬鹿しいと思っていたが、今の状況を見る限り、ただの誇張では無さそうだ。
「烈風帝ライザー」 モンスター
風属性 鳥獣族 ☆8
攻撃力2800 守備力1000
効果:このカードはアドバンス召喚したモンスター1体をリリースしてアドバンス召喚できる。
このカードがアドバンス召喚に成功した場合、フィールドのカード1枚と自分または相手の墓地のカード1枚を対象として発動する。そのカードを好きな順番で持ち主のデッキの一番上に戻す。
このカードが風属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した場合、その時の効果に以下の効果を加える。
●フィールドのカード1枚を対象として持ち主の手札に戻す事ができる。
「…私のターン、ですね」
信じられないという表情で、メイはクロンを見つめていた。
姫利の弟子という事で多少の反撃は予想していたが、ここまで劣勢を押し返して来るとは、夢にも思っていなかった。しかも気が付けば、今度は自分が窮地に立たされている。
「――ですが」
だからと言って、負ける訳にはいかない。メイは表情を引き締め、一ターン前にセットしたカードを発動させる。
「罠カード、アビスコールを発動します。この効果で、私は墓地から水精鱗と名のついたモンスターを三体、守備表示で特殊召喚できます」
「っ…。三体もモンスターを…!?」
「この効果で特殊召喚したモンスターは無力化されて、エンドフェイズに破壊されてしまいますけどね。…私はリードアビス、メガロアビス、そしてアビストリーテを特殊召喚します」
再び彼女の場に現れる二体の最上級モンスターと、ランク3のエクシーズモンスター。何れも効果が無効化され攻撃は行う事はできないが、彼女の狙いは別にあった。
その事は、クロンもよくわかっている。その戦術に、何度も苦しめられているのだから。
「レベル7のリードアビスとメガロアビスで、オーバーレイ!」
彼女の狙いは、特殊召喚したモンスターによるエクシーズ召喚。墓地のモンスターを三体も特殊召喚できるのだから、当然これを使わない手は無い。
「エクシーズ召喚! 水精鱗-ガイオアビス!」
彼女がその名を告げると同時、そのモンスターは現れる。
ギリシャ神話の海を統べる神を思わせる威厳ある上半身と、海皇と呼ばれた海竜の下半身を持ち、そのシルエットはケンタウルスに近いものがある。
手には黄金の矛を持ち、攻撃力も2800ポイントと《烈風帝ライザー》に並ぶ数値を誇る。まさに水精鱗の頂点に立つモンスターと呼ぶに相応しかった。
「ぐっ…。なるほど、ライザーの効果でデッキに戻したのは、海皇の咆哮だったって訳ッスね」
悔しげに呟くクロンだが、その口元にはまだ強気な笑みが残っている。
「…けど、そのモンスターの攻撃力は2800。それに除去カードは無かった筈だから、烈風帝ライザーを倒すには、相打ち覚悟で…」
相打ち覚悟で《ガイオアビス》で攻撃するしか方法が無い。そう続けようとした時、クロンの顔から笑みが消える。
「あっ…」
一つだけ、あった。この状況で《烈風帝ライザー》のみを破壊し、《ガイオアビス》を場に継続させる手段が。
メイも、それを計算した上で行動したらしい。彼女は静かに微笑んで、一ターン目から伏せていたカードを翻した。
「罠カード、和睦の使者を発動します」
彼女が発動したのは、相手モンスターから受けるあらゆる戦闘ダメージを無効にする通常罠。一ターン限りという縛りはあるが、使用者であるメイが受ける戦闘ダメージを0にし、しかも彼女のモンスター全ては戦闘で破壊される事はない。
従ってこのターン、彼女が《ガイオアビス》で《烈風帝ライザー》を攻撃しても、《ガイオアビス》が破壊される事はない。例えクロンが何らかの方法で《烈風帝ライザー》を強化したとしてもだ。
「では、失礼します。ガイオアビスで、烈風帝ライザーを攻撃します」
メイの静かな宣言と同時、海皇の半身を持つ《ガイオアビス》が自慢の矛で《烈風帝ライザー》の頭部を砕く。
苦労して呼び出した《烈風帝ライザー》が崩れた事で、今度こそクロンを守る壁は無くなった。一方メイレンの場には、《ガイオアビス》が堂々たる態度で矛を構えている。
「ぐ…、うぅ…」
「デッキに戻されたのがアビスコールの方だったなら、状況は違っていたでしょうね。…ターン終了です。アビスコールの効果でアビストリーテは破壊され、その効果で墓地からアビスディーネを特殊召喚します」
攻撃を終えても尚、メイのターンは続く。彼女の墓地から再度愛らしい人魚が姿を現し、勝ち誇った表情でクロンを嘲笑った。
「そして、アビスディーネの効果によって、アビスグンデを特殊召喚します」
先程と同じ流れで現れる、長い髪を三つ編みにした女性の人魚。二度目となる再会を果たした彼女達は、喜びのあまり互いに抱き付きじゃれあっていた。
「これで次のターン、もう一度ナイトメア・シャークをエクシーズ召喚できそうですね」
穏やかに告げたその言葉は、彼女なりの勝利宣言だったのかも知れない。状況を打開したのばかりだというのに、クロンは再び窮地に立たされていた。
「アビスコール」 通常罠
効果:自分の墓地の「水精鱗」と名のついたモンスター3体を選択して表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、攻撃宣言できず、エンドフェイズ時に破壊される。
「水精鱗-ガイオアビス」 エクシーズ
水属性 水族 ランク7
効果:水属性レベル7モンスター×2
エクシーズ素材を持っているこのカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、レベル5以上のモンスターは攻撃できない。
また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。
このカードの攻撃力よりも低い攻撃力を持つ相手フィールド上のモンスターの効果をターン終了時まで無効にする。この効果は相手ターンでも発動できる。
「う…、ぐぐぐ…」
状況は苦しかった。
クロンの計画ではメイの場を荒らした後、そのまま《烈風帝ライザー》による力押しで勝利する筈だったのだが、《烈風帝ライザー》が破壊された事でそれも叶わぬ夢と化した。
しかも彼女の場には、新たな《ナイトメア・シャーク》を出す準備が整っている。手札の《ダミー・ゴーレム》とセットされた《白銀のスナイパー》では、到底逆転は不可能だ。
「…ボクの、ターン」
クロンは半ば挫けながら新たなカードを引き、恐る恐る確認する。
ドローカードは、《墓荒らし》。クロンは深い溜息を吐いて、デッキの上に手を置いた。
「…参りました。ボクの、負けです…」
クロンが降参の意志を示すと、彼のライフが0になり、デュエルは終了する。
粘りに粘った末の敗北。しかしクロンは、不思議な満足感を感じていた。
「墓荒らし」 通常罠
効果:相手の墓地にある魔法カード1枚を選択し、ターン終了時まで自分の手札として使用する事ができる。
その魔法カードを使用した場合、2000ポイントのダメージを受ける。
【クロン】
LP2700→0(サレンダー)
――――――
―――――
――――
クロンとメイのデュエルが終わった頃。近くの民家の屋根の上から、彼らの居るカードショップ見つめる影があった。
鮮やかな赤い長髪をサイドポニーにした、一人の女性。それが影の正体だ。髪と同じ色の瞳でじっと店を見つめたまま、にやにやと笑みを浮かべている。
果実の様に豊満な胸を緑色のスポーツブラに詰め込み、下は所謂ダメージジーンズを着用。上下ともに露出が目立つ、性に攻撃的な服装だ。
年齢は二十代半ばから後半にかけてだろうか。惜しげも無く足を広げ、座りながらカードショップを見下ろすその姿は、好色な印象を感じさせる。
「はーい発見~。あそこでしょデスちん、例の反応」
にたり、とねちっこい笑みを浮かべながら、女性は自分の隣に腰掛けている小さな影に視線を落とす。その影とは、猫。真黒な毛で覆われた、どこにでもいる黒い猫だった。
その猫は女性と同じくクロンらのいるカードショップを見つめている。黒猫はその金色の瞳で暫く店を眺めた後、小さく頷いた。
「そのようです。数時間前、微弱ではありますが“異端の札”の反応を確認しました。現在はあの店から反応を感知しています」
その猫は小さな口を開くと、人間の言葉で女性の言葉に返す。少年のような、声だった。
猫が人間の言葉を、――それもここまで流暢に――話すというのは、人類の歴史に置いて例が無い。本来ならば驚くべき事なのだが、女性はまるで気にした様子もなく、その黒猫をひょいと抱き上げる。
「おーらい、つまりあの店に“異端”になった奴がいるって事ね。…で、私は何の為にデリバリーされたわけ?」
言いながら、女性は猫の頭を自分の胸に擦りつける。黒猫は嫌がりも喜びもせず、落ち着いた声で「はい」と答えた。
「今回リリオンさんには、異端の札を持つ人物との接触、可能であれば交戦し、異端の札の成長具合の観測をお願いします。わかっているとは思いますが、迅速、かつ穏便な行動を求めます」
「へぃへぃ、つまり私一人であそこに行ってヤってこいって事ね、ヘルスみたいにさ。…ギャハハ!」
その女性は、女性らしからぬ下卑た声で笑うと、黒猫をその場に置いて立ち上がる。いつしか彼女の左腕には、最新型の決闘盤が装着されていた。
「んじゃま、行ってくるわ。どーせすぐ終わるだろうけど」
「そうですか、そうですね。…くどいようですが、くれぐれも穏便にお願いします。無用なトラブルは大事に触りますので」
「わーってるって。ほんっとデスちんの上の口は煩いねぇ」
聞いているのか、いないのか。女性は面倒くさそうに返事をすると。夕日が照らす屋根の上から飛び降りる。
その様子を、デスと呼ばれた黒猫は溜め息交じりに見つめていた。
――――
【デッキ紹介】
No.8
デッキ名:「何を迷う事がある奪い取れ!」
使用者:クロン=ナイト
切り札:カオス・ソルジャー ‐開闢の使者‐、相手の強力なモンスター。
コンセプト:フロム戦で得た発想の下、マスタールール3用に組まれた試作型デッキ。クロン曰く「奪う」事をテーマとしている。
この「奪う」には「相手の情報を奪う」「相手の自由を奪う」「相手のカードを奪う」という三つの意味が含まれており、ピーピング系カードで相手の手札を覗き、落とし穴等で相手の行動を制限し、コントロール奪取等によって相手モンスターのコントロールを得るというのが主なコンセプト。
特にコントロール奪取に力を入れており、《エネミーコントローラー》《強制転移》といった信頼性の高いカードの他、《ウィクトーリア》《ブレイン・ジャッカー》なども採用しており、やや迷走している感がある。
前回使用したデッキより火力が落ちたものの、相手を翻弄する癖の強さは健在。彼らしい嫌らしい戦い方をする事が可能。反面、アタッカーの大半を「奪う」為のカードに変更した為、攻撃面は完全にボロボロである。
実の所、このデッキはルールの変更による環境の変化、及び新しい戦術の実用性に関するデータを取るためのテスト用として作られた節があり、デッキバランスは決して良くは無い。
《ブレイン・ジャッカー》や《ダミー・ゴーレム》を守るため、《マジック・ランプ》等とは相性の悪い《ゴーストリック・ハウス》を採用している点からも、クロンの「取りあえず思いついた事を全部詰め込んでみました」という思いを感じる事ができる。
No.9
デッキ名:「水精鱗デッキ」
使用者:メイ=リンフォース
切り札:特になし
コンセプト:水精鱗と海皇モンスターを組み合わせて作られた攻撃よりのデッキ。水属性は昔から癖はあるものの優秀なサポートカードが多く、水属性モンスターが大半を占めるこのデッキもその恩恵に与っている。
特に水精鱗はサーチ効果及び蘇生効果を持つものが多く、展開力に優れている為エクシーズ召喚にも長けている。海皇による除去効果も決して侮れず、カードそのものの癖の強さとは裏腹にスタンダードな戦術を得意としている。
一方で、上記のモンスター効果を発動する為にはカードが墓地へ送られる必要があり、その為《マクロコスモス》と言ったカードを相手に使われると動きが取りづらくなるという弱点を持つ。
また水精鱗デッキに限った事ではないが、特殊召喚封じも苦手としており、長所と短所がはっきりわかるデッキと言える。
余談であるが、水精鱗にはレベル3は全て女性モンスター、レベル4は全て男性モンスターという衝撃の真実が存在する。その為エクシーズ召喚を行う場合、素材となるモンスターは大抵女同士あるいは男同士である。だから何だという事は無いのだが。
という訳で、クロンが使う唯一の(予定)オリカ、先見眼の銀愚者のお披露目ですー。
正直強いカードではないですけど、ストーリーに大きく絡んでくるカードになります。登場は前々から決めていたのですが、どうも「これだ!」と思えるカード名が浮かばず、結局名前を決めるのに一年近くかかっちまったです(´・ω・`)
カード覧に書かれているMTG的な謎ポエムは、特別なカード感を出す為につけました。正直、このままだと効果が微妙過ぎて他のオリカに比べて印象薄いですし(´・ω・`)
そんな訳で、今回も読んで下さってありがとうございました!