少年とのデュエルに敗れた姫利は店を後にすると、近くの自動販売機のジュースを買ってデュエルの余熱に冷ます事にした。
まだ頭の中がぐるぐると渦巻いている。数分前の出来事がまるで夢のようにも思えたが、あれは決して夢ではなかった。
悪夢のような現実、という言葉が頭に浮かぶ。勝利を確実にする為の一手が、エクゾディアを葬る為の術が、そのまま相手の狙いだったのだ。
種がわかると如何にも子供が考えそうな手だが、戦術には違いない。見事にしてやられたという訳だ。
「…まさか、初心者の子に負けるなんてね」
自嘲気味に笑いながら、ぼそりと呟く。
普段の彼女であれば、たかが一度負けたくらいで落ち込む事はない。むしろ敗北をバネにして向上心を伸ばすタイプだ。
だが、その真面目な性格をもってしても、あの逆転劇はショックだった。自分を励ます気力も言葉も無く、ただただ溜め息しか出てこない。
この沈んだ気分を元通りにするには、少し時間が必要かも知れない。そう考えていた時だった。姫利は誰かがスカートの端を引っ張っている事に気付いた。
「や、いい勝負だったね。お疲れ様ッス」
「あなた…」
先程の少年だった。
姫利の後を追って店を出てきたのだろう。初めて会った時と同じ幼い笑みを浮かべながら、姫利の隣に立って自動販売機に凭れ掛かる。
「…わざわざ追って来たの?」
「まーね。あのまま店に残っても、気まずい空気になりそうだったしさ」
「へぇ、子供の癖に空気とか読めるんだ」
負けたとは言え、子供相手に落ち込んだ姿は見せられない。
姫利は少年にそっぽを向けながら、憎まれ口を一つ叩く。少し嫌味が過ぎるかと思ったが、少年は、くすりと笑ったようだった。
「本当は、お姉ちゃんともう少し話がしたかったからってのが理由なんだよね」
「…話?」
「そ。自己紹介もまだだったしさ」
言いながら、少年は自動販売機に小銭を入れて、ジュースを購入する。その少年の頬に汗が流れているのを、姫利は見た。
「ところで、お姉ちゃんならもう気付いてるんじゃないかな。あのデュエル、結構ギリギリだったって事は」
ジュースの蓋を開けながら、少年は問う。姫利は、静かに頷いた。
「あの時、貴方が捨てたカードは四枚の暗黒界と、《封印されしエクゾディア》だけ。数ターン前に貴方が引いた《封印されし者の左腕》が、手札になかった。つまり――、」
「ボクの最後の伏せモンスターは、その左腕だった…。もしその事がバレてたら、ボクの勝ちの目はまず無かっただろうね」
にやにや笑いながら、少年は「まぁ、運ですよ」と言葉を加える。
「あんな戦術、十回やって一回成功すればいい方だしね。その一回がたまたま一番最初に来たって事ッスよ。ビギナーズ・ラックってやつです」
「…話って言うのは、私を慰める事?」
「あはは、やだなぁ。最初に
「ふーん…。じゃあ、その本題を聞く前に、今度は私から質問してもいいかしら」
「どうぞ」
まるで聞かれる前から質問の内容を知っているかのような、少年の笑み。だが、その不思議な雰囲気にも慣れた姫利は、平然として質問を投げかける。
「つまり、あなた知ってたって事よね? 私がデッキに《メタモルポット》を入れてるって事」
「へぇ、どうして?」
「あのデッキは、対戦相手がデッキにメタモルポットや《手札抹殺》のようなカードを入れていないとまず機能しない。それらを相手がデッキに入れていて初めて、運の要素が生まれる訳なんだから」
「なるほど。だから、お姉ちゃんがメタモを入れてるかどうか、事前に調べたかも知れない、と?」
いつしか少年はジュースに口をつけず、姫利との会話に専念するようになる。姫利も、同様だった。
「…うん。正解」
少し間を置いて、少年はニヤリを笑う。
「確かにボクは、お姉ちゃんの事を調べたよ。…覚えてる? デュエルが始まる前、お姉ちゃんが知り合いっぽい人から聞いた話」
「貴方が、二~三日前にも来てたって事? …てか、聞こえてたのね」
「そ。実際、ボクは前に数回あの店に行った事があるんッスよ。その時、お姉ちゃんがデッキにメタモルポットが入れてるって情報を仕入れたんです」
「…情報源は?」
「いくらでも。お姉ちゃん、前からあの店に通ってるらしいし、名前も売れてたからね。中には、お姉ちゃんの下着の色まで教えてくれた人もいたよ」
「へぇ…――はぁ!?」
「あはは、冗談スよ」
姫利の反応を楽しむように、けらけら笑う少年。弄ばれている気がして、姫利はさっさと次の質問に移った。
「…デュエル前、あんたはわざわざ壁際の席に座ったけど、思えばあれも考えてやった事よね」
「まぁね。後ろから手札を覗かれたら、ボクの狙いは一目瞭然でしょ? 流石にお姉ちゃんに教えたりはしないだろけど、表情とかでボクの手の内が悟られるのは嫌だったんだ。だから壁際に座ったんだよ。ボクの秘策――、暗黒界達を見られない為に」
この一言は、姫利にとって好印象だった。初心者であれ何であれ、十分に戦術を練って挑んで来られるのは、挑まれる側としても悪い気はしない。
何より、徐々に種を明かしていく少年の得意げな表情が、今は年齢相応の可愛らしい輝きを放っているように見えた。
「じゃあ、最後の質問。そもそも、どうして私に挑んだの?」
これは最初から今に至るまで、納得のいく理由が見つからない疑問だった。
手間をかけ時間をかけて自分に挑んで来たのはわかった。だが、そこまでして自分に勝とうとした理由がわからない。
最初はこの勝利を自慢にするつもりかとも思ったが、それも違うように思える。もし彼がそのつもりなら、店を出ずに今の種明かしをしているはずだ。
その考えも読んだのだろうか。少年は、再びにこりと笑う。
「それがボクの本題だよ。実はボク、ずっと前にお姉ちゃんの事を見た事あるんだけど、知ってた?」
「え?」
唐突な問いに、姫利は思わず言葉を失う。
見た事があると少年は言うが、彼女が彼と会ったのは今日が始めてだ。顔を見ただけで言葉を交わしていないとしても、全く記憶にない。
「…まあ、知らないッスよね」
やや落胆した様子で、少年は息を吐く。
「お姉ちゃんこの前、あの店で開かれたデュエル大会で優勝してたでしょ。その試合を、観客席で見てたんッスよ」
「デュエル大会…。ああ、あの時の」
少年の言葉を聞いて、姫利は二週間前に行われた大会に出場した事を思い出した。
大会と言っても店の常連達が集まって戦う小さなものだったのだが、大会には違いなく、そこで姫利は優勝を飾ったのは事実だ。
そう言えば少年がデュエルを始めたのも、ちょうど二週間前。時期もぴったり符合する。
「そゆことです。まあ、その時ボクはまだルールも覚えてなくて、友達の付き添いできたくらいだったんだけどね」
成程ね、と姫利は頷く。それなら自分が彼を覚えていなくても無理はない。試合に集中している姫利にとって、彼の存在は完全に意識の外だった筈だ。
姫利が理解した様子を見て、少年はまた笑みを浮かべる。
「ルールは知らなくても、どっちが圧してるかは表情でわかったよ。その時に、お姉ちゃんに興味を持ったんだ」
「興味…、って?」
そう姫利が尋ねると、少年はこほんと咳払いをした。
「単刀直入に言うよ。ボクを、弟子にしてみません?」
「は…?」
再び唐突な質問だった。急に無関係の話を振られた気がして、目を丸くしながら、姫利は「弟子?」と鸚鵡返しに答える。
「そ、弟子。今回はたまたま勝てたけど、基本ボクはド素人。だから、これから強くなれるようお姉ちゃんに手解きして欲しいんだ。どうすれば強くなれるのか、どういう戦い方をすればいいのか」
「…ええと? つまり…、私にデュエルの先生になれって事?」
まだ意味を解せないまま尋ねると、少年は「イエス!」と親指を立てた。
「ボクは強くなりたい! そして強くなるには、誰か強い人から教わるのが一番早くて確実でしょ? ボクが知る限り、この辺りで一番強いのはお姉ちゃんだ。だから、暇な時でいいから、ボクにお姉ちゃんの技術と知識を学ばせて欲しいんだっ」
昂ぶった声でお願いします、と頼み頭を下げる少年。彼が初めて見せる丁寧な態度から本気なのだとわかったが、それでも、姫利にとって唐突な要望である事に変わりはない。
もともと姫利は自分を強いとは思っていない。大会で優勝を飾ったとは言え上には上がいる事は重々知っているし、常に更なる進歩と成長を目指して腕を磨いているのだ。
その自分が誰かにデュエルを教えるなど、当然考えた事すら無い。ましてや相手は初対面の相手なのだ。
「ちょ、ちょっと待って! どうして私なの!? 強くなりたいなら、貴方のお友達に教えてもらえばいいじゃないっ。それに私より強い人なんていくらでも――、」
「それじゃ駄目なんだよっ。ボクはお姉ちゃんに教えてもらって、お姉ちゃんみたいな決闘者になりたい。お姉ちゃんは、ボクの目標なんだ!」
目を輝かせながら少年は姫利を見つめる。見ているだけで眩しいその表情と眼差しに、姫利の心はドキリと動いた。
「あの日、お姉ちゃんのデュエルを初めて見た時、ボクはお姉ちゃんに憧れた! 一目惚れしたんだ! あの時のお姉ちゃんのように格好いい決闘者になって、今度はちゃんとしたデッキでお姉ちゃんと勝負がしたいっ。それがボクの目標なんだ!」
一目惚れ。子供とは言え初めて異性から言われたその言葉に、姫利は思わず顔を赤らめる。
もっとも少年にとって姫利は恋愛対象というよりは、憧れのヒーロー像に近いのだろう。「憧れ」という言葉に力が篭っていたのが何よりの証拠と言えた。
「憧れ…、憧れね。気持ちは嬉しいわ、私には勿体無いくらい。だけど私は…」
きっぱり断ろうとした寸前、姫利は続く言葉を飲み込んだ。
理由はどうあれ、少年が本気で頼んでいるのは確かだ。彼のこれまでの行動も、自分の興味を惹くための必死のアピールだったに違いない。
そこまで熱心な少年の頼みを、簡単に断ってもいいものだろうか。姫利の心は揺れていた。
「うーん…」
情熱は、痛いほど伝わった。初対面とは言え、この少年に悪い印象も抱いていない。
だが、会ったばかりの相手を弟子にするとなると、やはり簡単に決められる事ではなかった。
(素質はある、と思うんだけどなぁ…。なんか好かれてるみたいだし。んー、どうしよう…)
悩み、悩み、悩んでいるうちに。姫利の中に「まぁいいかな」という感情が生まれ、膨らんでいく。
(この子にデュエルを教える事は、私にとってもマイナスじゃ無い、かな。デュエルの基礎を再確認できるし、この子が成長すれば良い練習相手になるかも知れないし…)
思いながら、改めて少年の顔を見つめてみる。
始めたマセた男の子という印象だったが、今では年相応の甘えた表情で、姫利の言葉を待っている。
(…不思議な子。困らせる事を言ってるのに、ついつい甘やかしてしまいたくなる)
この小さな瞳に見つめられては、断れる気がしなかった。
姫利は諦めたように息を吐くと、少年の頭に右手を置いて撫でる。
「…あなた、大きくなったらプレイボーイになるわ」
「んぇ、どういう意味?」
「仕方ないわねってこと。そこまでまっすぐに言われたら、断りようがないじゃない」
「じゃあ…!」
少年の表情がパッと明るくなる。
「ただし、私を指名したからには途中で投げ出したりしないこと。それが弟子入りの条件よ」
「っ…! うん!」
少年は笑って頷いた。
本当に嬉しそうに笑いながら、少年はまだ半分残っているジュースの缶を向けてくる。乾杯のつもりなのだろう、と理解した姫利は、微笑してそれに応じた。
弟子というよりも、弟ができたようで、不思議な気持ちだった。
「…さてと、じゃあ私は家に帰らせて貰うわ。あなた、明日もあの店に来るの?」
「うんっ。休日だし、お昼ご飯食べた後ならいつでも!」
「そう。私は明日も店に行るから、見かけたら声をかけて。まずは基本を叩き込んであげるから」
「うん! じゃあ、また明日ね!」
少年は残ったジュースを一息で飲み干し、少年はもと来た道を帰って行く。姿が見えなくなるまでに、何度も振り返って手を振りながら。
「…ほんと、変な子」
くすくす笑いながら、姫利もまた自分の家に向かって歩き始める。
少年とのデュエルを思い出しながら歩くこと数分。赤く染まった空を眺めながら、姫利は自分がまだ少年の名前すら聞いていない事を思い出した。
その日の夜の事だった。
自宅で夕食を終えた姫利は、何を思ったか物置の中を漁っていた。
小さい頃の玩具や、クリスマスツリーなど、使われなくなった用具が雑に押し込まれている。その中から彼女はある物を探し出し、「あったあった」と呟いてそれを手に取る。
「やっぱり取っておいて正解だったわね」
それは、見るからに使い古されたピンク色の決闘盤。彼女が今の決闘盤を使う前に使用していたものだった。
姫利は決闘盤の埃を払うと、それを持って自分の部屋に入る。
大会で好成績を残した証と可愛いぬいぐるみが家具の上で肩を並べている、彼女らしい部屋。姫利は自分のベッドに腰掛けると、見つけた決闘盤の調整に掛かった。
「よし、起動したっ」
長い間使っていない決闘盤だが、特に異常は見られない。期待以上の状態に、姫利はほっと安堵の息を吐いた。
「おし、整備完了ー……って事にしとこっか」
見つけた決闘盤を放り出し、姫利はベッドの上に寝転がる。
気分は上々。最初は戸惑ったが、今は、次に少年に会うのが仄かな楽しみになっている。
その時の為に、ちょっとした贈り物も用意したのだ。
「ま、少し女の子チックな色だけど、仕方ないわよね、私も一応女の子なんだし。たぶん喜んでくれるでしょ」
自然と表情が緩んでいる事に姫利自身は気付いていない。贈り物を受け取った少年の反応を想像して、楽しんでいるようだ。
「あ…。でもひょっとして、決闘盤を持ってないって話も嘘なのかな…? 私を油断させる為に、敢えて決闘盤を持って来なかったー…とか言って」
あり得る。少年のしたり顔がふと脳裏に浮かんで、姫利は苦笑いする。
「…もしそうだとしたら、大した策士だわ。あの子」
何れにしても、明日の楽しみがまた一つ増えた。姫利は部屋の照明を消し、やがて深い眠りにつく。
すぐ側では新旧二つの決闘盤が、姉弟のように寄り添っていた。
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次の日。姫利はいつもより少し早い時間に、店に顔を出した。
毎日のように通っているので、店の方でも彼女の顔をすっかり覚えているらしい。軽い挨拶を交わした後、姫利は少年が来ていないか店の中を見渡してみた。
少年は、居た。昨日デュエルした席に座って、こちらに手を振って笑っている。
「へえ。女の子は待たせない…、か」
別に待ち合わせをしていた訳では無かったが、少年は早くから店に来ていたらしい。
きっと昨日言った通り、昼食を終えて飛んで来たのだろう。想像しながら、姫利は少年の向かいの席に座る。昨日の決闘盤を入れた紙袋は、足下に置く事にした。
「えへへ。昨日ぶりッス」
「ええ、こんにちは」
「昨日の話、覚えてますよね?」
「ええ。…けど私、人に教えるのは苦手な方だから、基本的には自分で学習するつもりでいてね。それでもいい?」
「もちろん!」
早速笑みを見せる少年。姫利は「ん」と小さく頷いて、こちらも微笑して返す。
「じゃあ、まず……そうね。まずは貴方の名前を聞いておきましょうか」
「んぇ、まだ言ってなかったっけ?」
「ええ。匿名希望のままデュエルを申し込まれて、弟子入りされて。それっきりよ」
本人は既に名乗ったつもりだったらしい。姫利の言葉に「ありゃ」と声を漏らした少年は、頬を掻きながら軽く頭を下げた。
「ボクとした事が、なんとまぁ…。じゃあ、遅くなりましたけど自己紹介でも」
こほん、と咳払いしつつ、少年は姿勢を正す。
「…ボクの名前はクロン。クロン=ナイトです」
「クロン君ね。私の名前は……もう知ってるって考えていいのよね?」
「うん。春川 姫利お姉ちゃん、これからは姫利お姉ちゃんって呼ばせてもらうね。…あ、それとも師匠の方がいいかな? それともマスターとか、ご主人様とか?」
「…じゃあ、姫利お姉ちゃんで」
昨日よりも悪化している少年の言動に苦笑しつつ、姫利は彼の名前を記憶した。
クロン=ナイト。響きは悪くない。
「…あと、昨日も言ったと思うけど、私より強い人なんていくらでもいるからね。勝つ時もあるし、負ける時もある。そこは誤解しないで」
「なるほど。じゃあボクも昨日の台詞を改めて返しますけど、よろし?」
平然と答えたクロン少年に、姫利は「言うな、馬鹿」と素の口調で返した。
昨日の台詞――言われた方が恥ずかしい彼の言葉を、ここで繰り返されたら堪ったものではない。
その事を知った上で言っているのだろう。師匠への敬意など微塵も無く、クロンはにやにやしていた。
「はぁ…。まあ、それでいいなら、色々教えてあげるわ。…ところで貴方、今日は本命のデッキは持って来てるの?」
「本命のデッキ?」
「まさか、普段からあの一発屋のデッキで戦ってる訳じゃないんでしょ? いつも使ってる、普通のデッキを見せて欲しいの」
「ん、わかった」
その癖、話がデュエル関連になると、途端に素直になる。真面目な顔つきに戻ったクロンは膝の上に乗せていた布の袋からカードの束を二つ取り出し、姫利の手元に置く。
「これがいつも使ってるやつッス。こっちは昨日の方ね」
「見てもいい?」
「もちろん。もともと、そのつもりで持ってきたんッスから」
そう言ってまた、クロンはにこっと微笑んだ。
彼の普段のデッキを見てみると、改めて彼が初心者だと言う事が確認できた。
投入されているカードは弱くはないが強くもないものばかりだが、上級モンスターが異様に多く投入されている。それもデッキの枚数を水増しして。
前者は資金的な問題で仕方ないのだろうが、後者はむしろデッキ構築の時点で問題があった。火力を高めるのが目的で上級モンスターを入れたのだろうが、それらを特殊召喚する手段が少なく、その上リリース要因となるモンスターが頼りなければ意味が無い。ただ無意味にデッキが重くしているだけだ。
(この辺りは典型的ね。後は罠カードの多さが気になるけど…)
思いながら、姫利は彼が入れている罠カードにある共通点がある事に気付いた。
それは《夜霧のスナイパー》や《呪われた棺》など、扱いは難しいがわかりやすいリターンがあり、相手の裏を掻くカードだという点。実戦ではあまり見かけないカードばかりだったが、姫利はそこに彼が好む戦い方が現れているように思えた。
(…この子、人の裏を掻くような戦い方が得意なのかも)
そう言えば、昨日彼が使ったデッキも相手を騙す事に特化したものだった。
自分は特に意識していないのかも知れないが、彼が心理的な駆け引きを好んでいる事は昨日のやりとりでも伺える。
この部分を伸ばせば、或いはこの子は化けるかも知れない。今はまだ未熟だが、それだけに無限の可能性があるとも言える。そう思い、姫利はちらと視線をクロンに向けた。
「…うん、色々わかったわ。貴方には、教える事がいっぱいあるみたい」
「うみゅぐ…。そ、そんなに酷かったッスか、ボクのデッキ」
「パッと見た限りではデッキのバランスが……ね。人によっては敢えてバランスを崩したりする事もあるけど、最初は無駄な贅肉を落としてデュエルした方が覚えが早いと思うわ」
「贅肉ッスか…」
「そ。まず、デッキ枚数は――…」
できる限り丁寧に、問題と思われる部分を指摘する。
クロンは時には質問を交え、メモを取り、真剣な面持ちで彼女の話を聞き入っていた。
周囲からは、弟に勉強をしている姉のように映ったかも知れない。教える側も教わる側も、それほど熱意を注いでいたのだ。
「まずはデッキ建築の基礎と、実戦で役立つテクニックを覚えること。それが最初の課題よ。初心者のレベルを抜ける為のね」
「お、おす…!」
「けど、頭で学習しただけじゃ身に付けたとは言わない。私も昨日のデッキを持って来たから、後で相手をするわ。実際に戦って覚える事も必要よ。…と言うより、戦って覚えるしかないわ。デュエルをしているうちに新しい戦略を思い付く事もあるしね」
「体育会系……ってやつッスね」
「知識も重要よ。カードの知識を広げれば、相手の戦術や狙いを早い段階で見破れる事もあるからね。もちろん逆も然り。あんたの考えている事が、そのまま相手に筒抜けだったって事もあるかも知れないわ」
「なるほど…。実戦に慣れる、カードも覚える。両方やらなきゃいけないのが、初心者のつらいとこッスね」
クロンはそれもメモに記録して、軽く息を吐く。初心者脱却までの長い道のりに、面食らっているのだろうか。
「…さてと。ざっと基本を話した所で、私から貴方に一つプレゼントがあるわ」
そんな気配を感じつつ、姫利は例の紙袋をテーブルの上に乗せる。瞬間、クロンの表情がパッと晴れた。
「プレゼント? ボクに?」
「そ。昨日、持ってないって言ってたからね。わざわざ古いのを持ってきてあげたのよ」
その言葉だけで、中身が何か察したのだろう。目を輝かせて袋を開けるクロンの様子を、姫利は満足げに眺めていた。
男の子が使うにはやや恥ずかしいであろうピンクの決闘盤。正直、どんな反応をされるか不安だったが、クロンは声を出してその贈り物を喜んで見せた。
どうやら決闘盤を持っていないという話は事実だったらしい。決闘盤を持つ事に憧れていたのが、その様子からも伺える。
「本当にもらっていいのっ? これボク専用!?」
「二つ持ってても仕方ないしね。決闘盤には今まで使ったカードのデータや私がデュエルした時の記録とかも残ってるから、いい教科書にもなると思うわ」
「やったー! アーイゲッチュー!」
聞いているのかいないのか。だが、こうして素直に喜んでもらえると、姫利としても気持ちが良かった。呆れながらも、思わず笑みを浮かべてしまう。
「さて。じゃあ決闘盤の使い方を教える前に、実戦練習といきましょうか。デッキは今のままでいいから、軽く二~三回、私とデュエルしましょ」
「おーす!」
喜びは、そのままやる気に。クロンは声を大にして返事をした。
口で説明しただけでは、まだ半分だ。実際に戦う事で、説明の意味を実感させなければ、覚えたとは言えない。故に、姫利は今回も手加減は無しで戦うつもりだった。
「と、その前に…」
ふと思い出した姫利は、持ってきていた自分のデッキをクロンの前に置く。クロンは、首を傾げて彼女の顔を見返した。
「私だけ相手のデッキを確認して戦うのはフェアじゃないからね。見てもいいわ。昨日のデッキよ」
「ああ、そゆこと。律儀ッスねぇ、年上のくせに」
「別に。戦うなら後味が悪くならないように戦いたいってだけよ。例え練習でもね」
「なるほど、なるほど」
にやにや笑いながらデッキに手を伸ばすクロン。しかし、その指はカードに触れる直前に止まり、何を思ったか彼は手を引っ込めた。
「んー…」
そして、何やら唸りながら考える。今度は、姫利が首を傾げる番だった。
「どうしたの?」
「いえ。このデッキを見て戦っちゃったら、今度はボクの方が後味が悪くなるんじゃないかなー…と、ふと思いまして」
「ん? どうして」
「だってほら、昨日のデュエルだとボクだけお姉ちゃんのデッキの情報を持ってたじゃない。だから今日はボクだけ何も知らずに戦うのが、フェアなんじゃないかなって」
「あら、意外と律儀な子ね」
「どうも。…うん、やっぱり今は見ないでおくよ。相手がどんなカードを持ってるかわからないから面白いんじゃん、カードゲームってさ」
そう言ってクロンは姫利のデッキを、持ち主の手に返した。
素直にデッキを見ればいいものを、こういう所は生意気だと思える。だが一方で、主張は一理あるように思えた。姫利は呆れながらも、彼の意思は尊重する事にした。
「じゃあ、始めましょうか」
「おっす。胸を借りまッス!」
そして始まる師弟の練習試合。
一時間後、そこには予想以上の大敗を重ねて落ち込むクロンの姿があった。
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―――――
――――
結局、その日は夕方までデュエルとアドバイスを繰り返して、解散したのは六時頃だった。
何度デュエルしたかは当人達も覚えていないが、デュエルの結果はわかっている。全戦全勝、姫利の圧勝だ。
最初は笑いながら負けていたクロンも、いつしか心が折れたらしい。最後は「もうやだ」「もう帰る」と半分泣きながらデュエルをしていた。無論、姫利は一切手を抜かず粉砕したのだが。
「最初はボロ負けするくらいが丁度いいの。その負けた記憶が後からきっと活きてくるわ」
「………」
もはや一人で歩く気力すら無くしたクロンの手を引きながら、姫利は店の外に出た。
「さっきのアドバイスは覚えてる? 家に帰ったら、まずデッキを変えてごらん。貴方なら、今日の負けで何処がどう悪かったのか見えたと思うから」
「……うん」
弱々しく頷くクロン。その後に小さく「やってみる」と聞こえた気もしたが、あまりに小さな声だったので確信は無い。
少しやりすぎたかも知れない。今更ながら思う姫利だが、ここは敢えて厳しく接する事にした。
「明日は月曜日だけど、平日は五時くらいからこの店に居るから、デッキが完成したらまた見せに来て。私の事、嫌いになってなければだけど」
「…嫌いじゃないもん」
うなだれながら、クロンは呟く。先程までの明るい少年の姿は、今は見る影も無かった。
「じゃあ、明日また来るよ…。今日はもう帰る…。決闘盤、ありがと…」
にこ、と辛うじて口元を曲げた後、クロンはふらふらと歩き始めた。
今にも転びそうな弱々しい後ろ姿。やはりやりすぎたと反省した姫利は、「クロンくん」とその背中に声を掛ける。
「今度パフェでも奢ってあげるから、恨まないでよね」
「…うん」
もう振り返る気力も無いようだ。クロンは立ち止まって答えた後、またふらふらと歩いた。
彼の姿が見えなくなってから、漸く姫利も帰路につく。自分のやり方が正しかったのか否か、頭の中で自問しながら。
(ただ、やっぱり才能はあると思うのよねぇ。上手く鍛えれば、あの子は相当強くなるはず…)
或いは、あの落ち込んだ顔は明日の自分の姿かも知れない。そう思うと、手加減せずに厳しく接したは間違いでは無かったようにも思える。
奇しくも手に入れた好敵手の種に、姫利はふふんと笑みを漏らした。
強い決闘者との戦いは、生粋の決闘馬鹿である彼女にとって無常の喜びであり楽しみだった。その強敵を自分の手で育てるのは、決して悪いものではない。
「あの子がどう成長するのか、今から楽しみね…」
よし、と自分の頬を両手で叩いて、全ての迷いを頭から叩き出す。
「話を持ちかけて来たのは向こうだもんね。厳しく育ててやりますか」
爽やかな風が心を吹き抜ける感覚。
こうして姫利とクロンの、奇妙な師弟関係は始まった。
どうでもいい話ですが、私、日本人名を考えるのが苦手です。なので、この作品では外人名のキャラが結構多いです。とにかく苦手。