理解を超え、常識を超え、ルールの枠を超えた「力」だった。
攻撃力350000。通常のデュエルでは、決して見る事のない数値。無限に等しい有限は巨大なきのこ雲となり、周囲の全てを包み込む。
この極限化された悪意の矛先は、攻撃表示だった姫利のモンスター、《ラグナ・ゼロ》であった。当然、この攻撃が通っていれば、姫利のライフは消し飛んだ事になる。
リリオンが攻撃を宣言した時点で、姫利の場に伏せカードは無い。彼女の生存は、絶望的に思えた。
【姫利】 LP:???
手札:2枚(うち一枚は幽鬼うさぎ)
モンスター:No.103 神葬零嬢ラグナ・ゼロ(攻撃表示)、スプリング・バード(守備表示)
魔法&罠:無し
ペンデュラム:無し
フィールド:桜吹雪の決闘場(カウンター数:1)
【リリオン】 LP:0
手札:0枚
モンスター:バーバラス・スレイブ(攻撃表示)
魔法&罠:ストレングス・フォー・ユー(発動中)
ペンデュラム:無し
フィールド:無し
「幽鬼うさぎ」 モンスター
光属性 サイキック族 ☆3 チューナー
攻撃力0 守備力1800
効果:「幽鬼うさぎ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
フィールドのモンスターの効果が発動した時、またはフィールドの既に表側表示で存在している魔法・罠カードの効果が発動した時、自分の手札・フィールドのこのカードを墓地へ送って発動できる。
フィールドのそのカードを破壊する。
「No.103 神葬零嬢ラグナ・ゼロ」 エクシーズ
水属性 天使族 ランク4
攻撃力2400 守備力1200
効果:レベル4モンスター×2
1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在する、元々の攻撃力と異なる攻撃力を持つモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを破壊し、デッキからカードを1枚ドローする。
この効果は相手ターンでも発動できる。
『スプリング・バード』 シンクロ
風属性 鳥獣族 ☆7
攻撃力2200 守備力1700
効果:チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードのシンクロ召喚に成功した時、フィールド上のカードを1枚選択して持ち主の手札に戻す事ができる。
このカードが風属性モンスターのみをシンクロ素材としてシンクロ召喚された場合、このカードの攻撃力と守備力は800ポイントアップする。
『桜吹雪の決闘場』
効果:自分フィールド上に「春風姫」と名のついたモンスターが存在する場合、このカードは相手のカードの効果によっては破壊されない。
相手フィールド上の魔法・罠カードが破壊される度に、破壊されたカードと同じ数だけこのカードに春風カウンターを置く。また、自分のターンのスタンバイフェイズ時、このカードに春風カウンターを1つ置く。
このカードに乗っている春風カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
●1つ:フィールド上に表側表示で存在する「春風姫」と名のついたモンスターの攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
●2つ:自分のデッキから「春風姫」と名のついたモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。
●3つ:フィールド上のモンスター1体を持ち主のデッキに戻す。
『バーバラス・スレイブ』 モンスター
地属性 獣戦士族 ☆4
攻撃力1550 守備力0
効果:自分のエクストラデッキにカードが存在しない場合、このカードの元々の攻撃力は倍になる。
『ストレングス・フォー・ユー』 通常罠
“僕は君の全てが欲しい。君の綺麗な眼球を、君の綺麗な心臓を。無残に散れ、僕の為に”
効果:このカードは手札から発動する事ができる。
このカードは自分のライフポイントが0になった場合に発動でき、発動後自分の墓地からモンスターを1体選択して攻撃表示で自分フィールド上に特殊召喚し、その後このカードを装備カード扱いとして装備する。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分はライフが0でも敗北しない。
装備モンスターの効果は無効化され、このカード以外のカードの効果を受けず、攻撃力が350000ポイントとなる。
このカードと装備モンスターは「ストレングス・フォー・ユー」以外のカードの効果を受けない。このカードがフィールドから離れた時、自分はデュエルに敗北する。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分はカードをドローする事ができない。
【バーバラス・スレイブ】
攻撃力1550→350000
誰一人、声を出さなかった。
この場の誰よりも姫利を応援している筈のクロンを含め、誰もが黒煙の中で唖然としていた。
ライフが0になった決闘者が、決闘盤を破壊しながらもデュエルを続行し――…その上、あらゆる効果を受けない攻撃力350000のモンスターを展開する。その驚異的事実を前に、皆が皆、言葉を失っていた。
やがて黒煙が晴れ、姫利らの姿が見えるようになる。初めに声を発したのは、クロンだった。
「姫利お姉ちゃん!」
不安の入り混じった声で彼女の名を呼ぶと、それに応えるように、姫利は左腕を上げる。その手に付けられた決闘盤のライフカウンターには、攻撃前と変わらぬ数値が表示されていた。
攻撃対象であった《ラグナ・ゼロ》と攻撃モンスターである《バーバラス・スレイブ》の姿が無いため、攻撃を止めた訳では無いらしい。平然としている姫利の姿を見て、リリオンは「へぇ?」と驚いた様子で口元を吊り上げる。
「あの攻撃を躱したんだ? こりゃ意外だねぇ、どうやったのかな?」
「…ラグナ・ゼロの効果にチェーンして、幽鬼うさぎの効果を発動したのよ」
見た事も無い鬼気迫る表情で、姫利は答える。
事の顛末はこうだ。彼女はまず《バーバラス・スレイブ》の攻撃に対して《ラグナ・ゼロ》の効果を発動したのだが、あらゆる効果を受け付けない《ストレングス》の前には無意味に終わった。
そこで彼女は、手札にあった《幽鬼うさぎ》を咄嗟に発動。その効果により、攻撃対象であった《ラグナ・ゼロ》そのものを破壊したのだ。
如何に強大な力でも、存在しなくなったものを殴る事はできない。攻撃は空振りに終わり、辛うじて姫利はライフを残す事に成功したのだ。
もっとも、だからと言って状況が好転する訳でもないのだが。
「なぁるほど、そいつはハッピーだったねぇ。――けどさぁ、」
にたりと笑ったリリオンが指を鳴らすと、まだ少し場に漂っていた黒煙が、意志を持っているかのようにリリオンの場に集まっていく。
黒煙はやがて人の形を作り、血肉を得て生命となる。現れたのは、爆発で消し飛んでいたと思われる《バーバラス・スレイブ》。その手にはやはり
「そーゆー事ならそーゆー事で、もう一匹の壁に攻撃し直せばいいって訳だ」
リリオンがそう言うと同時、《バーバラス・スレイブ》は今度は《スプリング・バード》に殴り掛かる。
《ラグナ・ゼロ》への攻撃を躱したとは言え、攻撃そのものが終わった訳では無い。攻撃対象を切り替えた《バーバラス・スレイブ》は、再びあの黒いきのこ雲を発生させ、《スプリング・バード》と共に消し飛んだ。
だが、先程の攻撃と違い《スプリング・バード》は守備表示だった。破壊こそ免れないものの、戦闘ダメージは発生しない。姫利のライフは、まだ残ったままだ。
ならば、芽はある。驚異的な攻撃力を持つとは言え、一ターンに一度しか攻撃できないのなら、防ぎようはあるのだ。勝利の芽は、まだ潰えてはいなかった。
「それより、こっちも貴方に聞きたい事があるわ…。いったい何なの、そのカード」
ライフが残った事に対して安堵の息を吐いた後、姫利は当然とも思える疑問を口にする。
彼女の言うカードとは、当然、リリオンが発動した《ストレングス・フォー・ユー》の事であった。
「ライフが0になる事で発動するカードなんて、聞いた事が無いわ。しかも発動した瞬間に決闘盤が壊れるなんて、普通じゃない。…おまけに、その異常な効果。明らかに市販のカードじゃないわよね、それ」
恐らくはこの場の誰もが抱いているだろう疑問を、姫利は率直に追及する。
これほど異常な効果を持つカードが正規のカードとして存在するならば、当然情報が出回っている筈だし、そもそも決闘盤を破壊するようなカードが公式に販売されている訳がない。
もしそんなカードが存在しているなら、それこそ回収騒ぎになっているはずだ。リリオンがこのカードの発動の際「システムの改竄」という言葉を使った事も見逃せない。
疑う余地も無いほど、真黒なカードである。姫利が説明を求めるのも、当然の事であった。
「くっくっく…。気になるかい、このストレングスが」
リリオンは少しも表情を変えず、姫利の表情を見つめている。…その時だった。
「――警告!」
この場の誰のものでもない声が、彼女らの耳に届いたのは。
少年のような声だった。
咄嗟にクロンとクリフの方を見る姫利であるが、すぐにその声が二人とは異なるものだと気付く。しかも声は彼らの方では無く、リリオンの傍から聞こえたように思えた。
姫利がその声の聞こえた方向に目を向けると――。黒猫が一匹、尻尾をゆらゆらと動かしていた。
デュエルが始まる前から同じ場所に居て、じっと彼女達のデュエルを眺めていた黒い猫である。その猫の方から声が聞こえたという事は――。
――否、有り得ない。そう思い直し首を振る姫利だが、その考えを嘲笑うかのように、猫はリリオンに視線を向けて口を開く。その小さな口から放たれたのは、流暢な人間の言葉であった。
「現時点において“異端の札”の使用は認められていません。速やかにデュエルを中断し、この場からの撤退を提案します」
リリオンのカードに対する疑問が、吹き飛ぶほどの衝撃だった。姫利のみならず、デュエルを観戦しているクロン達も面食らった様子でその猫の方を見た。
何処にでもいるような黒猫が、いきなり人間の言葉を喋ったのだ。その衝撃は計り知れない。
猫の声は《ストレングス》の爆音に比べれば非常に小さなものだったが、それ以上の衝撃となり、姫利らを、まるで金縛りにでもあったかのように硬直させた。
非現実的な状況を前にした時、人間は思考を停止してしまうものだ。それが突然訪れたものであるなら尚更である。…ただ一人。リリオンだけは、少しも表情を変える事無く、当然の事のように状況を受け入れていたのだが。
「おやデスちん、そっちこそいいのかなぁ、人間の言葉で喋っちゃって? 騒ぎになるから普通の猫の
「立場上、貴方の勝手な行動は見過ごせませんので。…繰り返します、直ちにデュエルを中止し、撤収の準備を。さもなくば裏切り行為と見なし、この場での処分を考えますが」
人間と猫の会話は、絵的にはシュールであったものの、両者の間にその事を気にする様子は無い。驚くほど自然に、会話していた。
やがて。一早く金縛りが解けたらしいクロンは、この場の誰もが言いたいであろう言葉を放つ。
「ね…、猫が、喋った…!」
これ以上ないほどの率直な言葉をきっかけに、それぞれの停止していた思考が、堰を切ったかのように動き出す。姫利もまた同様であった。
無論、猫が言葉を話すという非常識を、そう簡単に受け入れられる訳もない。だが、その受け入れがたい現実が目の前に存在しているのも事実だ。
「そーら、騒ぎ始めた。どーすんのデスちん、この空気? もうさぁ、デュエルどころじゃ無くなったんじゃない?」
驚愕するクロンらの表情を見て嗤いながら、リリオンは嘯く。デスと呼ばれた黒猫は大きな溜息を吐いて、緑色の瞳を彼女に向けた。
「そもそも、僕はこのデュエルそのものに反対だったのですが。目的は異端の札に選ばれた者だと言ったはず。誰が“教皇”に怒られると思っているんです?」
「へーへー、デスちんは良い子ちゃんねぇ。ま、何にしても? せっかく盛り上がったきた勝負なんだからさぁ、邪魔しないでくれる? 白けちゃうじゃん、ギャハハハ!」
高らかに笑いながら、リリオンは再度姫利の方に向き直る。
彼女と猫がどのような事情を背負っているのはわからない。しかし、彼女はまだデュエルを続けるつもりのようだ。
だが、彼女も言った通り、今はデュエルを続行できるような空気では無かった。異常なカードに、言葉を話す猫。この二つの事実を前に、漸く、姫利が口を開いた。
「…貴方。いえ、貴方達…! いったい何……なの!?」
何者と問おうとしたその声は、辛うじて動いた思考によって変更された。
人間の言葉を喋る猫と、その猫と平然と会話する人間。まともな存在で無い事は明らかだった。故に「何か」と問うたのだが、リリオンは口元を吊り上げるだけで、彼女の問いには答えない。
もっとも、彼女が何と答えたところで、今のこの状況を納得できる解答になり得るとは思えない。それはわかっているのだが、姫利は尋ねずにはいられなかった。この不可思議な状況を理解する為の、ヒントのようなものを。
「何でもいいけどさぁ、お喋りしてる余裕なんてあんのかねぇ? そっち、ピンチだった筈だけど」
姫利の質問に皮肉で返し、そのままリリオンはターンを終了する。
「しあわせの、黒い猫…」
誰もが面食らっている状況の中、クロンはぽつりと呟く。
ただの野良猫だと思っていたものが突然喋りだした事は彼にとっても衝撃的であったが、彼の場合、その驚きの意味合いはやや異なるものであった。
彼のデッキに眠る《先見眼の銀愚者》に纏わる、様々な情報。その一つに、喋る猫の噂が含まれているのを彼は思い出していた。荒唐無稽な噂と思いつつ、それでも心のどこかで信じていたのだが……こうして目の前に現れるとは、思ってもみなかった。
無論。今ここにいる黒猫が、噂の猫と同一の存在と決まった訳では無い。無いのだが――、これまでの経緯とタイミングから考えて、同一猫と考えていいだろう。少なくとも、クロンはそう考えた。
(しあわせの黒い猫…。本当にいたんですね…)
となると。ではあの猫は何のためにこの場に現れたのか、という新たな疑問が生まれる。噂によれば喋る猫は人に真白なカードを与えるという話であったが、少なくとも今、黒猫にそういった様子は見られない。
変化するカード。猫と親しげに話すリリオンの存在。疑問を上げればきりが無く、答えるものは何処にも無い。ただ、一つだけ。これまでの成り行きから、一つだけ確信して言える事がある。
(あのお姉さんも、あの猫も。ボクの銀愚者を狙っている…!)
となれば、噂の猫に会えたからと言って、迂闊に話しかける事は出来ない。クロンはその黒猫――、デスを見つめたまま、同じくその猫の正体に気付いているであろうソールの肩に手を乗せた。
「ソールちゃん、わかってると思いますけど…」
「…わーってる。テメェや銀愚者の事は、喋ったりしねーよ」
彼女は一瞬クロンの決闘盤に目を向けた後、睨むようにデスに視線を向ける。
少なくとも、デスの興味は今、姫利とリリオンにのみ向けられているようだった。
「……私のターン!」
何はともあれ、デュエルは続く。姫利は気持ちを切り替えようと声に力を入れて、新たなカードをドローした。
まず思い出さなくてはならないのは、このデュエルの勝利条件が変化した事。通常のデュエルであれば相手のライフが0になった時点で勝利が確定するのだが、リリオンが発動した《ストレングス》によってルールが塗り替えられた為、別の勝利条件を満たさなくてはならない。
即ち、《ストレングス》の破壊、もしくはこれを装備している《バーバラス・スレイブ》の撃破である。全ての原因である《ストレングス》さえ消滅してしまえば、今度こそ姫利の勝利は確定する筈だ。
だが、その為には二つ問題がある。一つは、《ストレングス》及び《バーバラス・スレイブ》は他のいかなる効果をも受け付けない為、カード効果による除去が不可能である事。戦闘破壊を狙おうにも、もう一つの問題点、350000ポイントという異常な攻撃力がそれを許さない。
あらゆる効果を受けず、他の追従を許さない攻撃力。アタッカーに求められる要素の極みとも言うべき存在を破壊するのは、流石に容易では無い。姫利は大きく息を吸い込んだ後、意を決して自らの手札と向き合った。
(…何が起きているのかわからないけど、バーバラス・スレイブが一ターンに一度しか攻撃できない以上、攻撃を防ぐ事自体は難しくないわね。ここは一先ず時間を稼ぎましょうか…)
考えながら、姫利は自らのフィールド魔法《桜吹雪の決闘場》に目を向ける。
姫利のスタンバイフェイズ毎にカウンターが追加されるこのカードには現在、二個のカウンターが乗っている。この効果を用いれば新たな《春風姫》を場に出す事が可能だが、攻撃表示で特殊召喚される為、軽々には発動できない。先の事を考えるなら、ここは温存しておくべきだろう。
「…モンスターと伏せカードを一枚ずつセットして、ターンエンドよ!」
考えた末、彼女は残る手札を全て吐き出す事にした。
どちらも《ストレングス》を破壊する効果を持たないが、少なくとも次のリリオンの攻撃を防ぐ事ができる。ならば、それでいい。それで十分だと姫利は心の中で繰り返し、逸る鼓動を静めようとした。
【桜吹雪の決闘場】
カウンター:1→2
「おやおや、おやぁ? さっきまでの威勢はど~こに隠れたのかなぁ~?」
げらげらと笑って揶揄しながら、リリオンはターンを開始する。
《ストレングス》の効果により、彼女はカードをドローできない。従って、彼女の場にこれ以上モンスターが増える事はまず無いと言っていい。
圧倒的攻撃力を当てにした、一個精鋭。それが彼女に与えられた最高戦力であった。
「来ないってんなら、こっちから行こうかねぇ! 攻撃力350000で攻撃だぁ!」
リリオンが命令を下し、大槌を構えた奴隷が動く。自身より大きい《ストレングス》をその場でぶんぶん振り回し、それを姫利のモンスター目掛けて投擲した。
姫利の場には一ターン前に伏せたカード《強制脱出装置》が存在したが、あらゆる効果を受けない《バーバラス・スレイブ》に対しては無意味である。結局リリオンの攻撃を止める事はできず、再び場は漆黒のきのこ雲によって包まれる。姫利の壁モンスターは、断末魔すら上げる事無く消滅した。
だが。先程と同様守備表示モンスターに対する攻撃であった為、姫利のライフにダメージは無い。どうにかこのターンも凌ぐ事ができた形だ。姫利は安堵の息を吐き、いつの間にか掻いていた汗を手で拭う。
(思った通り、単調な攻撃を繰り返すしか出来ないみたいね…。OK、それなら取りあえず打つ手はあるわ)
混乱の中に一縷の希望を見出しながら、姫利は微笑する。こういう時、やはり心強いのはこれまで培ってきた経験であった。
「…はん、威勢が出てきたか。もっとも、私の前じゃただの虚勢に成り下がるけどねぇ。ターンエンド!」
にたりと笑みを浮かべながら、リリオンはターンを終了する。爆発で消し飛んだ《バーバラス・スレイブ》は、いつしか彼女の場に復活していた。
「その過剰な攻撃力、あまり当てにはしない事ね。…私のターン!」
皮肉を一つ言いながら、彼女は自らのデッキに手を伸ばす。手札が付き、場に伏せカードしかないこの状況、引き次第では彼女の敗北が決定する。
だが、運命はまだ彼女を見捨ててはいない。姫利は珍しくガッツポーズをして、ドローしたカードを歓迎した。
「魔法カード、死者蘇生を発動! この効果で、『春風姫-サクヤ』を特殊召喚するわ!」
彼女が発動したカードにより、墓地よりツインテールの少女騎士が蘇る。高性能なリクルート効果を持つ優秀なカードを持つが、姫利がこのカードを選んだのは壁にする為では無い。
姫利は「更に!」と力強く宣言し、自らの《桜吹雪の決闘場》のカードに手を向ける。
「桜吹雪の決闘場のカウンターを二つ取り除いて、効果を発動! デッキから二体目の『春風姫-カレン』を特殊召喚するわ!」
「…ほおぉ?」
次いで現れたのは、このデュエルで彼女が最初に呼び出したモンスター。桜色の和服を着たポニーテールの少女が、《サクヤ》の隣に出現する。
二体のモンスターのレベルは共に4。それを同時に呼び出したとなると、次も姫利が取る行動は一つだ。
「サクヤとカレンをエクシーズ素材にして、ランク4のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚! 現れなさい、No.82 ハートランドラコ!」
二人の少女騎士が場から姿を消し、ピンク色の体表を持つ小さな竜が彼女の場に飛来する。その外見は生物とも機械とも取れるものの仔竜らしいデザインをしており、腹部には自らのナンバーである「82」の数字が描かれている。
攻撃力は2000ポイントと控えめだが、特定の条件下で攻撃対象とならない効果と、エクシーズ素材を一つ取り除く事で直接攻撃できる効果を持つ。普段使われるのは後者の効果であるが、今回姫利がこのモンスターを呼び出したのは、前者の効果を頼りにしてのものだった。
「ハートランドラコは私の場に魔法カードが存在する限り、相手の攻撃対象にならないモンスター。私の場には桜吹雪の決闘場が発動しているから、貴方はハードランドラコを攻撃する事ができないわ。そして私の場にハートランドラコがいる以上、貴方は私を直接攻撃する事ができない。つまり――」
言いながら、姫利は全ての発端である《ストレングス》と、それを持つ《バーバラス・スレイブ》を指さす。
「ハートランドラコが壁になっている限り、バーバラス・スレイブはもう攻撃する事ができない!」
特別な状況であるが故に成立したコンボであった。
如何に攻撃力が高いモンスターであろうと、攻撃そのものを行えなければ脅威では無い。姫利の場に《ハートランドラコ》が特殊召喚された時点で、《バーバラス・スレイブ》は張子の虎に成り下がったと言っていい。
しかも、《ストレングス》の効果によりリリオンはカードをドローする事が出来ない。となれば、姫利が悪手を打たない限り、リリオンからの攻撃によって彼女のライフが尽きる事はもう無いのだ。
攻撃力350000のモンスターが、攻撃力僅か2000のモンスターによって阻まれる。これほどの皮肉は他にはあるまい。《ハートランドラコ》は《バーバラス・スレイブ》を挑発するかのように腕組みし、ドヤとばかりに口元を吊り上げた。
だが一方で、肝心のリリオンの反応は薄い。自慢の攻撃力を半永久的に封じられたのだ、とても平静でいられる筈がないのだが、彼女の口元には今だ笑みが浮かんでいた。
「くっくっく…、なーるほどねぇ。普通ならいくらでも壊しようのあるロックだけど、私がドロー出来ない以上、崩される心配は無いって訳だ。…んー、いいんじゃない? 私のストレングスの弱点を良く突いてんじゃん」
上手い上手い。子供を褒めるような口調で、手を叩くリリオン。
もちろん、今さらそんな言動に腹を立てる姫利では無いが、しかし彼女のこの余裕は見過ごせなかった。
「…あら、心配すべきなのはそっちじゃないかしら。攻撃を封じた以上、貴方のストレングスはもう意味をなさない。後はゆっくり時間を掛けて、ストレングスを破壊すればいいんでしょう?」
「はん! 確かに攻撃できない、ドローもできないとなると、どーしようもない。今の私は延々とエンド宣言を繰り返すだけの
どうやら状況を理解した上での余裕らしい。リリオンは自嘲とも嫌味とも取れる言葉で嗤うと、「だがね」と鋭い眼光を姫利に向ける。
「そーゆー鬱陶しい理屈が通用しないのが私の
攻撃を完全に封じられ焦るどころか、一層激しく煽るリリオン。その自信の拠り所が《ストレングス》にあるのは間違いないだろうが、何故ここまで余裕で居られるのか、姫利には不可解だった。
あるいは、《ストレングス》にはまだ自分の知らない効果があるのでは。ふとそう考えてしまう姫利だが、リリオンの決闘盤から送られている《ストレングス》のカードデータを見る限り、それも無さそうだ。
何にしても、今は自分が思うベストを尽くすしかない。姫利は再度気を引き締め、静かにターンを終了した。
「死者蘇生」 通常魔法
効果:自分または相手の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
「No.82 ハートランドラコ」 エクシーズ
地属性 ドラゴン族 ランク4
攻撃力2000 守備力1500
効果:レベル4モンスター×2
自分フィールド上に魔法カードが表側表示で存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象にできない。
また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このターン、このカード以外のモンスターは攻撃できず、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
【桜吹雪の決闘場】
カウンター:2→3→1
「――よし! これで姫利お姉ちゃんがミスしない限り、あのお姉さんは何もできない! 勝負ありッスね!」
リリオンの思惑はともかく、今の姫利の防御策は客観的に見ればベストなものだった。クロンは彼女と同じくガッツポーズをして、その勝利を確信する。
身動きが取れなくなった決闘者がどのような末路を辿るのかは、禁止カードである《八咫烏》が過去に証明している。あの危機的状況の中でこの返し技に気付くとは、まだまだ姫利が冷静だという証拠だろう。
無論、クロンもまたリリオンの余裕ぶりに不可解なものを感じていたが、彼女に手札が無い以上、先程のような
「流石は姫りんって所だねぇ。一時はどうなる事かと思ったけど、いやはや、あんな手があったとは」
にんまりと笑みを浮かべて、百合が何度も頷く。彼女もまたクロン同様、姫利の勝利を確信しているようだった。
「…まだ、喜ぶには早いかも知れないわよ」
だが、そんな緩んだ空気に対して「否」を突き付ける者もいる。姫利の学友であるミランダも、その一人だった。
「え? どうしてッスか、え~と……ミラお姉ちゃん」
思いがけない彼女の意見に、クロンは首を傾げる。リリオンが停止し、姫利が圧倒的有利なこの状況、警戒すべき事は何も無いはず。…と言うのが、変わらぬ彼の主張だった。
「このデュエルで姫が勝つには、あのストレングスのカードを破壊しないといけないって話だったわね」
「そうッス。でも、こうなった以上は破壊も時間の問題だと思いますよ? あのお姉さん、もう何もできないんだから」
そうクロンが反論すると、傍で聞いていたクリフ少年が、気付いたように「あっ!」と声を出す。
「でもでも、どうやってあのカードを破壊すればいいの? 攻撃力は学校のお勉強でもみた事ない数だし、カードの効果も受けないんでしょ?」
彼の指摘は、そのままこのデュエルの核心であった。
確かに攻撃は封じた。だが《ストレングス》の真価はむしろ効果を受けない点と、場に存在する限りライフ0による敗北を無効にする点にある。ここを崩さない限り、姫利の勝利にはならないのだ。
とは言え、どんな優秀なカードにも必ず弱点はあるものだ。クロンは唇に手を当てて、無敵と思える《ストレングス》を撃破する方法を模索する。
「…方法はあります。戦闘破壊を狙うなら邪神アバターや、無限ループを絡めた攻撃力アップコンボ。それ以外ならラヴァ・ゴーレムや痛み分け、アポクリフォート・キラーのようなカードでバーバラス・スレイブを破壊すれば、装備カードになっているストレングスもろとも除去できるはずです。――あっ!」
そこまで言って、クロンは気付いた。ミランダが今だに厳しい表情で姫利を見つめている理由、窮地に立たされていながらリリオンが笑みを浮かべている、その理由に。
確かにクロンが述べた方法であれば、《ストレングス》のカードを装備モンスターごと除去する事はできる。だが問題は、
《邪神アバター》、《ラヴァ・ゴーレム》、《痛み分け》。何れも決して採用率が高いとは言い難いカードである。搦め手を好むクロンならまだしも、基本を重視する姫利がこれらのカードをデッキに入れているとは、到底思えない。無限ループにしても狙ってデッキを組まない限り、そうそう起こり得るものでは無い。
となると、新たな疑問が浮かび上がる。果たして姫利のデッキには、《ストレングス》を除去できるカードが存在するのだろうか?
「…まさか」
その恐ろしい事実を前に、浮かれていたクロンの表情が凍り付く。姫利と親しくなってから十数日、彼女が《ストレングス》を破壊できるようなカードを使った事は、ただの一度も無かった。
《ストレングス》を破壊できるカードが彼女のデッキに無いという事は、即ち、リリオンを倒す手段が姫利に無い事を意味している。ここまでリリオンを追い込んでいながら、残酷なまでの現実が、姫利を追い詰めていたのだ。
「…いや、それでも! もし姫利お姉ちゃんのデッキにストレングスを破壊できるカードが無かったとしても、相手のお姉さんが何もできないのも事実ッス! なら、状況はイーブン! 勝負は引き分けって事になるんじゃ――!」
「ところが、そうもいかないのよ」
クロンの反論を、ミランダは冷たく却下する。
「リリオンはストレングスの効果でドローできないけど、姫は自分のターン毎に一枚カードをドローしなきゃいけない。…姫のデッキにあと何枚カードがあるのか知らないけど、二十か三十ターンも経てば、姫のデッキは尽きるわ。つまり――、」
言いかけて、ミランダは忌々しげに言葉を切る。
だが彼女が言おうとした事は、しっかりとクロンには伝わった。決闘者にとってはあまりに残酷な、その結末を。
「……デッキ、切れ…?」
「そう…。ストレングスを倒せない以上、最終的にはそうなるわ。本当に姫のデッキに、あのカードを破壊する方法が無いのなら」
「そ、そんなバカな! それじゃまるで――、」
あり得ない。そう大声で叫びたかった。攻撃もドローも封じられた決闘者が、相手のデッキ切れによって勝利するなどと。
だが、《ストレングス》の破壊が困難である以上、起こり得る事であった。クロンは拳を振るわせて、吐き捨てる。
「
勝利の喜びから一転、残酷な事実を告げられ、クロンはやり場のない激情を膨らませる。
姫利は今でも彼の憧れであったし、彼女を超える事は最大の目標だった。その彼女が、たった一枚のカードで敗北する…?
「そんなの、許されていいはずがない…!」
クロンの思いとは裏腹に、デュエルは続く。行き先の無い感情が涙となって、彼の頬を伝った。
「タァァ~~ン、エンド!」
クロン達が議論しているうちに、リリオンは何ら動きのないターンを終了させる。中指を立て、ぺろりと舌を出しながら。
この頃にはもう、姫利もリリオンの余裕の理由に気付いていた。攻撃を封じ、さてどうやって《ストレングス》を破壊しようかと考えた時、その手段があまりに限られている事に気付いたのだ。
「…私のターン!」
結論から言おう。
クロンとミランダが危惧した通り、姫利のデッキには《ストレングス》を除去できるカードは一枚も存在しなかった。《強制脱出装置》、《エネミーコントローラー》のような汎用性の高いカードは数多くあるものの、流石に全ての効果を受けないカードを対処するカードまでは存在しなかった。
となれば、遅かれ早かれ自分は敗北する運命にある。デッキ切れと言う、あまりに屈辱的な理由で。少なくとも今、姫利の勝利の可能性は皆無だった。
「勝ち目がない、か…。でも、負ける訳にもいかない。……ここは、引き分けを狙うしかないわね」
ぼそりと一言、姫利は呟く。彼女の目はまだ、諦めてはいなかった。
――否。正確には、諦める訳にはいかないと言うべきだろうか。リリオンの目的がクロンが持つカードである以上、例え勝利の可能性が潰えたとしても、折れる訳にはいかない。何より決闘者としての彼女のプライドが、そのような結末を許容できなかった。
勝利が不可能である以上、最善の結末は引き分けしかない。ある意味では勝利よりも難しい事だが、今はとにかく、やるしかない。
「…さて、どうしたものかしらね」
ゆっくりと息を吐きながら、姫利は考える。
デュエルモンスターズにおける引き分けのパターンは複数存在するが、何れも互いに勝利条件あるいは敗北条件を満たす場合にのみ発生する。即ち、双方のプレイヤーが同時にライフまたはデッキを失うなどの場合だ。
だが、リリオンが《ストレングス》によってライフを失う事による敗北を無効にしている以上、この方法での引き分けは難しい。他にもいくつか方法はあるが、何れも現実的とは言い難かった。
「…このターンは何もしないわ。ターンエンド!」
結局このターン中には良い策は思いつかなかったが、考える時間は十分にある。今はただ流れに身を任せて、天啓の時を待つべきだろう。
【桜吹雪の決闘場】
カウンター:1→2
「はいは~い、私のターンですね、と」
気怠そうに吐き捨てて、リリオンは自らのターンを開始する。
もっとも、今の彼女にできる事は何もない。彼女は腕組みをしながら、姫利の顔をじっと見つめた。
「その様子だと、私の狙いに気付いたみたいだねぇ…。ま、そーゆーこと。私のストレングスは一度発動したが最後、破壊できるカードはマジに限られてる。もしあんたのデッキにそういうカードが入ってないんなら、その時点で私の勝ちって訳だ」
嫌味たらしく解説を言いながら、リリオンは嗤う。
恐らくは姫利のデッキに《ストレングス》を破壊できるカードが無い事にも気付いているのだろう。こうした膠着状況に陥ったのも、初めてではないのかも知れない。
「さーてと、絶体絶命で超絶ピンチな私は震えながらターンエンドしますかねぇ。ギャッハハハ! どーしよぉ、負けちゃう負けちゃう~。ギャハ、ギャハハ!」
これ以上ない程の下卑た挑発を発しながら、リリオンはターンを終了する。《ストレングス》を構える《バーバラス・スレイブ》は、静かに、時を待つ。
「…私のターン!」
リリオンの言葉に怒っている暇など無い。姫利はこの状況を打破すべく思考を巡らしながら、新たなカードを手札に加える。
彼女の思惑に気付いてから現在まで。デッキのカード全てを思い出してあらゆる可能性を模索したが、やはり《ストレングス》を破壊する手段は見つからなかった。
デッキの全ての除去カードは死に札と化し、デッキの全てのモンスターの攻撃力を合計したとしても350000には届かない。
(たった一枚のカードに、私のデッキが止められるなんて…。相手の攻撃を止めたつもりが、とんだ皮肉ね)
自嘲して笑う事で何とか闘志を奮い立たせる姫利。だが負けたくないという思いとは裏腹に、状況は確かな「詰み」を示していた。
それでも、サレンダーはできない。諦める事も、決してしない。何処かにある筈なのだ。希望と言う可能性は。
(負ける訳にはいかない。せめて、せめて引き分けに持ち込まないと…。 何とか引き分けに――、)
引き分け。そう何度も繰り返すうち、ある可能性が姫利の脳裏に入り込む。そして気付いた。《ストレングス》を確実に破壊し、勝負を引き分けにする事ができるカードが一枚だけ、このデュエルに存在する事に。
「その手が、あったか…!」
気付いてしまうと、何故今までその可能性に気が付かなかったのか不思議に思う。逆転のカードは既に、姫利の目の届くところに存在していたのだ。
「桜吹雪の決闘場のカウンターを二個取り除いて、効果発動! 私のデッキから、『春風姫‐カホ』を特殊召喚するわ!」
希望を掴んだ姫利の行動は、素早かった。
彼女の場に現れたのは、ヘアバンドを付けたセミロングヘアの少女騎士。特殊召喚されると同時にその場で転び、やや頼りない印象を受けるが、特殊召喚された際に相手の伏せカードを破壊する効果を持つ。戦闘面よりも、戦術面で役に立つモンスターと言える。
「更に手札から、『春風姫‐ヨツバ』を召喚する!」
続いて現れたのは、過去にクロンとのデュエルでも召喚された探偵気取りの少女騎士。攻撃力は控えめながらトリッキーな効果を持つが、姫利がこれらのカードを召喚したのは効果の発動が目的では無かった。二体の少女は共にレベル3。となれば、もはや説明の必要はあるまい。
「私のデッキはまだ死んではいないわ! カホとヨツバをエクシーズ素材に、ランク3のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚! 出番よ、『風読みの疾風小僧』!」
風と共に現れたのは、唐草模様の手拭いを頭に巻いた少年。その服装は時代劇に出る盗人を思わせ、手には短刀を握っている。小さな盗賊と言った所だろうか。
攻撃力は1500ポイントと低めであるが、どの道《ストレングス》の前では攻撃力など意味を成さない。姫利がこのモンスターを呼び出したのは、そのモンスター効果を当てにしてのものであった。
「ッはぁ! 今さら何を出そうが並ぼうがぁ! 私の
「――ええ。その点に関しては認めるわ」
得意の絶頂。高らかに声を上げるリリオンに対し、姫利は静かに微笑する。その物静かな反応が気に入らなかったのだろうか、リリオンはぴくりと眉を動かした。
「貴方のストレングス、正規のカードではないんでしょうけど、効果そのものは強力無比なのは確かよ。一度発動を許してしまえば、まさに無敵。そして私のデッキには、そのカードを破壊する術は一つも無いわ」
けどね。と、姫利は笑みを浮かべたまま、リリオンの場に君臨する《バーバラス・スレイブ》を指さす。
「その無敵のストレングスを確実に破壊できるカードが一枚ある事に今気づいたわ。…風読みの疾風小僧のエクシーズ素材を二つ取り除いて、効果発動! カード名を一つ宣言して、相手のデッキの上からカードを五枚捲る! その中に宣言したカードがあった場合、そのカードを私の手札に加える事ができる!」
「なにっ!」
姫利が何を目論んでいるのか悟ったのだろう。リリオンは驚いた様子で自らのデッキを見た。
「目には目を、無敵には無敵をって所かしら。こういう博打みたいな戦術は好きじゃないんだけど…、今回ばかりはそうも言ってられないわ。私が宣言するカード名は『ストレングス・フォー・ユー』! さあ、デッキから五枚、捲ってもらおうかしら!」
「……はん。なーるほどねぇ」
姫利の言葉通り、彼女にしては珍しい戦術であった。
もともと彼女が《風読みの疾風小僧》を採用したのはカード奪取そのものが狙いでは無く、序盤に相手のデッキのカードを見て大凡の戦術を推測したり、必要に応じて相手のデッキをシャッフルしたりなど、小技としての運用を目的としたものだった。
だが、どうしようもないほど追い込まれた状況に置いては、相手のデッキに起死回生のカードを求める事もできる。悪足掻きにも等しい行為であるが、今回に限っては、これが最善の手であった。
無敵と思える《ストレングス》を破壊する最も確実な方法は、こちらも《ストレングス》をぶつける事だ。リリオンのデッキに《ストレングス》が何枚入っているのかは定かでないが、これほど強力な効果なのだ。制限いっぱいの数、三枚が投入されている可能性は高いだろう。
そして、その読みは正しかった。リリオンは渋々デッキからカードを五枚捲り、にやりと笑みを浮かべる。
「はっ、悪運だけは良いらしいねぇ。そぉら、私の匂いが染みついたストレングスだ。使いたいってんなら、好きにしな」
そう言って、リリオンは一枚のカードを差ながら手裏剣のように姫利に向かって投げる。姫利は「良し」と笑みを浮かべ、そのカードを難なくキャッチする。二枚目の《ストレングス》、無敵のカードは手に入った。
後は適当なモンスターで《バーバラス・スレイブ》に自爆特攻をかけて自身のライフを0にすれば、姫利も《ストレングス》の発動条件を満たす事ができ、彼女の場にも攻撃力350000のモンスターが出現する事になる。
そして。攻撃力350000のモンスター同士で攻撃を行えば――…互いのモンスターは破壊され、双方の《ストレングス》は墓地に送られる。それは即ち、このデュエルの引き分けを意味していた。
「――使えんなら、さ」
だが。リリオンのその一言をきっかけに、描いた絵は変わり始めた。比喩では無く、言葉通りの意味で。
「なっ…!」
姫利が異変に気付いたのは、リリオンから受け取った《ストレングス》のカードを確認した時だった。
薄くなっていた。イラスト、枠、文字。カードに描かれた全ての色が、徐々に薄れていた。その変化のスピードは早く、姫利が気が付いた次の瞬間には、《ストレングス》は何も描かれていない真白なカードへと変貌していた。
「これは…!?」
目の前で起きた現象に、姫利の思考は停止する。その反応を見て、リリオンは満足そうに嗤った。
「ギャッハハハ! 当てが外れたって感じかなぁ? 悪いけどさー、あんたにゃストレングスは使えないんだわぁ」
「…どういう事? 何かカードに細工でもしたの?」
そう言った後で、姫利は「そうではない」と自らの言葉を否定する。
少なくともカードを受け取った時点では、この真白なカードは《ストレングス》のカードだったのだ。リリオンがこのカードを捲ってから投げるまでの短時間の間に、カードに細工をしたとは思えなかったし、そんな事をする意味があるとも思えない。
カードの細工で無い。…では、何故《ストレングス》のカードが変化したのか? 姫利がその答えを見つけるのに、そう時間はかからなかった。
(…まさか!)
ある可能性に気付いた姫利は、思わずクロンの方に視線を向ける。
触れた途端に、カードが白く変化する。その現象は、デュエル前に話に聞いた、クロンが持つ《先見眼の銀愚者》と全く同じものであった。
(まさか……私が触ったからカードが真白になったんじゃなくて…。あの女性が触っていたから、このカードは今までストレングスのカードになっていた、とでも言うの…!?)
そうとしか考えられない事態であった。
少なくとも、今まで《ストレングス》であったカードが姫利が触れた途端に変化したのは事実。カードが変化する現象となれば、心当たりはそれ一つしかない。
「くっくっく…、細工とはちょっと違うなぁ。さっき店の中で言わなかったっけ? 変化するカードと、その持ち主を探してる……ってさ」
姫利の予測を肯定するかのように、リリオンは腕組みして説明する。細工を疑われた以上、最低限の説明は必要と考えたのだろうか。
「ま、ぶっちゃけちゃうと私のストレングスも、その変化するカードの一枚なんだよねぇ。いや、変化の一つって言った方が正確かな? あんたが持ってるカードは今は真白になってるんだろうけど、それがそのカードの基本状態だ」
「…触る人によって、カードが変化するとでも言うの?」
「そーお、その通りぃ! そいつは特定の人間が触る事で姿を変える。そして、どんなカードに変わるかも触った人間によって違う! つまりぃ! ストレングスのカードはただ一人、このリリオンお姉さんにしか使えないって訳よ!」
俄かには信じられない話であったが、得意げに語るリリオンの様子を見るに、嘘だとも思えなかった。
――否。むしろ、いくつか納得できる部分もある。姫利が《ストレングス》の存在や効果を知らなかったのは、《ストレングス》がリリオンが触れる以外には存在できないカードだったからだ。クロンとリリオンとでカードの変化が異なるのは、二人が別人であるからなのだ。
即ち。このカードはリリオンが触れると《ストレングス・フォー・ユー》という罠カードに変化するが、クロンが触れれば――…恐らくは《先見眼の銀愚者》のカードに変化するのだろう。
理解できる訳もない。常識ではありえない。――しかし、このカードは確かに存在し、デュエルで用いる事もできる。そしてリリオンの話を信じるならば、姫利にはこのカードを変化する力は無いという事になる。
「名付けて“異端の札”! ストレングスに目を付けたまでは良かったけど、残念! あんたには
言いながら、リリオンはズボンのポケットからカードの束を取り出し、姫利に向けて投げる。
十数枚はあろうそのカードは、全て《ストレングス》のカードだった。そのうち幾つかは姫利の体に当たり、真白なカードとなって地面に落ちる。
「そぉら! そらそらぁ! そそそそそらぁぁ! 負けたくなきゃ異端の札を変化させてみなよ! 変化したとしてもストレングスとは別のカードだろうけど、まだ勝ちの目は残るんじゃない!? ギャハッ! ギャッハハハ!」
「う…、ぐぐ…」
詰み――、であった。
これまでどんな逆境であろうとも覆してきた姫利だが、今度ばかりはどうにも出来なかった。どれだけ思いを込めても、異端の札は変化を起こさない。変化が起きない以上、全ては文字通り白紙に戻り、状況は再び姫利の敗北への秒読みとなる。
知恵を働かせ、運にも恵まれ、漸く掴んだ引き分けの手段が、このような結果になろうとは。――それでも、負ける訳にはいかないのだ。
「ぐ、…うぅ…」
姫利は声と体を震わせて、《ストレングス》であった
もう、希望は無い。全ての可能性は潰えた。心も、もう持たない。姫利の体から力が抜け、地面に膝を突きかけた時。
「――警告!」
先程の黒猫の声が、その場に響いた。
『春風姫‐カホ』 モンスター
風属性 戦士族 ☆3
攻撃力600 守備力1900
効果:このカードが特殊召喚に成功した場合、相手フィールド上にセットされた魔法・罠カードを一枚破壊する事ができる。
「春風姫‐カホ」の効果は1ターンに1度だけ使用する事ができる。
『春風姫‐ヨツバ』 モンスター
風属性 戦士族 ☆3
攻撃力1200 守備力1400
効果:1ターンに1度、自分フィールド上の「春風姫」と名のついたモンスターの数まで相手フィールド上にセットされたカードを確認する事ができる。
自分フィールド上に「春風帝‐ワタル」が存在し、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手は手札をランダムに1枚捨てる。
『風読みの疾風小僧』 エクシーズ
風属性 魔法使い族 ランク3
攻撃力:1500 守備力:1500
効果:風属性レベル3のモンスター×2
このカードのエクシーズ素材を2つ取り除き、カード名を1つ宣言して発動する。
相手のデッキの上からカードを5枚めくり、その中に宣言したカードがあった場合、そのカードを1枚だけ自分の手札に加える。
【桜吹雪の決闘場】
カウンター:2→3→1
――――――
―――――
――――
「…んぁー?」
水を差されたリリオンは、不機嫌そうな表情で振り返り、
一度はデュエルを中断させようとしたデスであるが、その後はこのデュエルの続行を黙認していた。その彼が――雌かも知れないが――、何故このタイミングで割り込んでくるのか、リリオンには解せない様子だった。
「残念ですが、時間切れです」
デスは空を見上げながら、耳をぴくぴくと僅かに動かす。それから少し間を置いて、姫利らの耳に聞き覚えのある音が聞こえてきた。
サイレンの音、であった。
恐らくは警察車両から発されているものだろう。耳を澄ませて漸く聞こえる程度の大きさであるが、確かにサイレンの音が聞こえていた。
そしてそのサイレンの音は、徐々に大きくなっていく。どうやらこの場所に近づいてきているようだった。
「あっ…」
そう言えば。と、姫利はサイレンの音をきっかけに思い出す。デュエルが始まる前、警察に通報するよう百合に頼んでいた事を。
このサイレンの音を聞く限り、彼らがここに到着するのに数分もかからないだろう。そして彼らの仕事内容は恐らく、店の扉を破壊したリリオンの逮捕である筈だ。
だとすれば。この音はデスの言う通り、
「お聞きの通りです。これ以上のデュエルの続行は、僕達にとって有益ではありません。目的は果たせずですが、撤退しましょう」
「チッ…。そう言や、警察の厄介になるような事もしたっけか」
「返答は」
「へいへい、了解っと」
気怠そうに答えると、リリオンは起動中の決闘盤を腕から外し、勢いよく地面に叩き付ける。
その衝撃が致命打となり、既に半壊していた彼女の決闘盤は完全に機能を停止。全ての立体映像は消滅し、半ば強制的にデュエルは中断された。
「最後まで嬲ってやろうかと思ったけど、逮捕されるのも面倒なんでね。このデュエルは引き分けって事にさせてもらうよ」
壊れた決闘盤から自身のデッキだけ回収して、リリオンはにやりとほくそ笑む。その言葉の裏には、「あんたにとっても都合がいいだろう?」と言う侮蔑があるようだった。
姫利は、何も言えなかった。
このデュエルは一般市民と犯罪者との勝負では無く、決闘者同士のプライドを賭けたものだった筈だ。その勝負の決着が、第三者の介入という形で終わるのは、決して彼女の本意では無い。
だが勝機が無くなり、引き分ける手段も無くなった今、理屈の上ではこれが最善の結末に思える。敗北よりはいい結果の筈なのだ。不完全燃焼な展開なのは、否めないが。
「さてと。んじゃ、帰るか。デスちん、よろしくー」
「わかりました」
デスが頷くと同時、彼の後ろに伸びた影の中から、黒い煙のようなものが出現する。
その煙はまずデス自身を包み込み、次いでリリオンの体をも呑み込んでいく。何が起きているのかわからないが、一つだけ実感できる事がある。彼らは、この場から去るつもりなのだ。
「では、お騒がせしました。ご機嫌よう、人間の皆様」
そのデスの言葉を最後に、一人と一匹の姿は完全に黒い煙によって完全に隠される。そして暫くすると――。黒い煙は、二人の姿を呑み込んだまま消滅した。
リリオンとデス。二人の姿は、まるで最初から居なかったかのように忽然と消えた。後に残された彼女達の痕跡は、リリオンが使っていた決闘盤と、彼女がばら撒いた異端の札と呼ばれたカードのみだ。
「……異端の、札…」
決着は、つかなかった。姫利はリリオンから受け取ったままの異端の札を見つめ、一人呟いた。
――――――
―――――
――――
姫利とリリオンのデュエルが終わった同時刻。何処ともわからない暗い部屋の中で、一人の人物がふぅと息を吐いた。
鮮やかな緑色の髪に、銀縁の眼鏡から覗く透き通った緑の瞳。その表情は穏やかで、口元には笑みが浮かんでいる。男性であるにも関わらず、その顔は中性的で、かつ美しかった。
年齢は三十代半ばだが、外見は若々しく、十歳は若く見える。優しいお父さん、という印象だ。
男性はソファに腰掛けながら、目の前にある鏡を見つめる。その鏡には、姫利達がいるカードショップ「ドロレスヘイズ」前での出来事が、上から見下ろすような形で映っていた。
鏡に映る光景は、ビデオカメラのように動いており、リリオン達が消えて慌てる彼女達の様子を確認する事ができる。男性はこの鏡でずっと見ていたのだ。二人のデュエルの光景を、始めから。
「…形はどうあれ、
子供のようにくすくす笑いながら、男性は鏡に映る姫利を見つめる。その口から発される賞賛は、嘘偽りのない、本心から出た物のようだった。
「どうやら異端の札には選ばれなかったようだけど、素質はあるかも知れないな。…君はどう思う、
男性は穏やかな声で、視線を下に落とす。彼の膝の上には、小学生くらいの女の子が、不機嫌そうな顔をして座っていたのだ。
肩まで伸びたセミロングの金髪に、紫色の瞳。目を隠すほど長く伸びた前髪には黒いリボンが付けられており、表情からは大人しそうな印象を受ける。
服装は黒を基調とした露出が控えめのものを着ており、上着、スカート共に白いフリルで装飾されている。ゴシックロリータという言葉が的確だろうか。少なくとも、一般的な少女が着ているものとはかけ離れたデザインだった。
男性と少女。年齢では親子ほど離れた二人であるが、その顔立ちや目の色には類似点が見られず、血縁は無いように思われる。かと言って、恋人同士と言うにはあまりに年齢が不釣り合いだ。
「
「異端の札は使っちゃダメって言ったのに…。
少女
「
「…ぶー。教皇おじちゃんは優し過ぎー。おばちゃん達、結局役目を果たせなかったんだよー? 新しく異端の札に選ばれた人がいるから見つけて来てって、ちゃんと言ったのに」
「…いや。それについては問題ないよ。二人は立派に任務を遂行した」
言いながら、「教皇」と呼ばれた男性は鏡に映った映像を指さす。
その指が示す先には、二人の子供の姿があった。その二人とは、クロンとソール。周囲の人間がデュエルを終えた姫利の元へ向かう中、クロンは壊れたリリオンの決闘盤を興味深そうに拾い上げ、ソールはその様子をすぐ後ろで眺めている。
教皇と呼ばれた男は二人の姿を見て目を細めながら、塔の小さな体を膝からどかし、ソファから立ち上がる。
「僕の予想では、異端の札に選ばれたのはこの二人のどちらかだ。それがわかっただけでも、
「……? どうして、この二人のどっちかだってわかるの?」
その塔の質問に、教皇は答えなかった。彼は優しく微笑んだまま塔の体を抱き上げ――、部屋を後にした。
――――
【デッキ紹介】
No.10
デッキ名:「春風姫デッキ(マスタールール3対応型)」
使用者:春川 姫利
切り札:姫利自身の経験。
コンセプト:春風姫デッキをマスタールール3に合わせて改造したもの。と言っても、姫利はペンデュラム召喚の流行はかなり先になると考えている為、マスタールール2の頃と殆ど変化は見られない。
相手の魔法・罠カードの除去に長けた春風姫というテーマに汎用性の高いカードを投入したスタンダード型のデッキ。相手の伏せカードを除去し、モンスターを破壊、その後攻撃を仕掛けるというデュエルの基本と言うべき戦術を得意とする。
春風姫自体の平均攻撃力は低いものの、エクシーズ召喚、シンクロ召喚によっていくらでもカバーは可能。豊富な除去カードがある為、特殊召喚封じにも対抗できる。総じて弱点が左程無いデッキである。
強いて欠点を上げるなら、各春風姫の効果の強弱がまちまちで、やや癖がある所。その為使用者には繊細なプレイングが求められる。
No.11
デッキ名:「殴ってやんよ!」
使用者:リリオン=ストレングス
切り札:ストレングス・フォー・ユー
コンセプト:各モンスターの攻撃力を強化し、とにかく殴る。それのみに特化した純粋なパワーデッキ。
とにかく戦術も糞も無く、ただただモンスターの強化に全力を注いでいる。除去カードが一切無いため、相手の罠カードに引っかかりやすく、戦闘破壊耐性を持つモンスターを突破できないなど、致命的な弱点が秘めている。
相手次第では通常の火力だけで押し切れる事もあるかも知れないが、このデッキの脅威はやはり《ストレングス・フォー・ユー》一枚に絞られる。
装備モンスターに350000ポイントもの攻撃力を与え、あらゆる効果を受け付けない《ストレングス》は、リリオン姉貴の言葉通り起動したが最後。破壊する手段はあんまりない。
一方で、ハンデス等で発動前に《ストレングス》を墓地に送られたり、《ストレングス》の発動を妨害されると非常に弱い。ただしこのカードはライフ0というルール的に勝敗が決した状態で発動する為、《神の宣告》等のカウンター罠で発動を無効にできない可能性もある。公式のカードではない事もあり、ルール的に色々厄介なカードである。(だから決闘盤のシステムを乗っ取ったのだが)
初見の相手にはとにかく強いが、一度相手に戦術を知られてしまうと再戦時に確実に対策を取られてしまうという致命的な弱点もある。インパクトはあるが、決して安定したデッキではない。
――――
【異端の札紹介】
カード名:ストレングス・フォー・ユー
所有者:リリオン=ストレングス
カードタイプ:通常罠
詳細:リリオン姉貴が触れる事によって出現するカード。その効果は彼女の性格を表しており、ルール無用のパワー自慢に特化している。
攻撃力350000という過剰な攻撃力強化もリリオンの制御の利かない性格を思えば納得と言えよう。とにかく破壊のみを求めた、究極のパワーカード。強い。
あまりに強すぎてデュエル展開を考えるのが非常に面倒くさかった。嫌い。
我ながら茶番臭い結末だなーと思いつつ、vsリリオン終了です。
次のデュエルはタッグデュエルに挑戦してみようと思います。