クロンの呼応   作:恐竜紳士

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『注意』
今回の内容には、グロテスクな表現が含まれています。苦手な方はご注意ください。


第二十四話:Welcome to my tower ―その1

 深夜。とある警察署の一階廊下にて、二人の男性が話をしていた。

 一人は土色のコートを着た、白髪混じりの中年の男性。リリオン襲撃事件の事情聴取に現れ、クロンから《先見眼の銀愚者》のカードを預かった人物である。

 その彼と話しているのは、眼鏡を掛けた短髪の男性。歳はコートの刑事より少し若く見え、少し頼りなげな印象だ。

「…そういや、例のカードの解析結果が出たんだって?」

 自販機で缶コーヒーを買いながら、コートの刑事が尋ねる。眼鏡の男性は少し回答に困ったような仕草を見せるが、やがて思い出したように「ああ」と声を漏らした。

「先輩が持って来た、デュエルモンスターズのカードの事ですか? ええ、それなら一応は結果が出ました。ただ、少し妙な事になりまして…」

「妙な事?」

 コートの刑事が訝し気に聞き返すと、眼鏡の男性は「はい」と苦笑しながら頭を掻く。

「まず、カードから検出された被疑者の指紋について。過去の犯罪者の指紋と照合してみましたが、一致するものはありませんでした」

「ま、そうだわな。俺だってそんな楽に解決するとは思っちゃいない。…そうだ、被疑者が残した妙な機械の方はどうだった?」

「決闘盤の事ですか? 破損が酷かったので断定はできませんが、市販されているものと違いは無いと思われます。…ただ、カードをセットした途端に故障したとの話ですが、決闘盤は元々デュエルモンスターズのカードを立体映像で表示する為に開発された物で、つまり――、」

「カードが原因で壊れるなんて事はあり得ない」

 言葉を遮るように、コートの刑事が結論を出す。飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に捨てると、真直ぐな目で眼鏡の男性の方を見た。ここからが本題だとばかりに。

「…それで、肝心の変化するカードの解析結果はどうだったんだ? 被疑者は異端の札とか呼んでたらしいが……変化の仕組みや条件は何か掴めたか」

「それが…。妙な事と言うのは、そこなんですよ」

 眼鏡の男性の表情が曇る。どう答えたものか、言葉に困っているようだった。

「解析の結果、あのカードは通常の物と同じ素材……つまり紙に絵や文字を刷ったものだとわかりました」

「何だと? じゃあ…」

「ええ。カードが変化する仕掛けなんて何処にもありません。もちろん、先輩が仰っていた発信機のような物もです。非公式で作られた物なのは間違い無いそうですが」

「待て、ちょっと待て。…考えさせろ」

 突き付けられた事実に即座に反応できず、コートの刑事は手で眼鏡の男性の言葉を静止した。

 …そんな筈が無い。設置しただけで精密機器(デュエルディスク)を破壊し、触れた人間によって姿を変えるカードが、ただの紙で出来ているなど有り得ない。

 少なくとも、自分は実際にカードが変化する瞬間を間の当たりにしている。

「…要するに、あのカードはただの紙切れだってぇのか?」

「間違いありません。我々が調べた限り、あのカードは通常の物と同じ手法で作られています。つまり、わからないんです。ただの紙に、何故絵柄が浮かぶのか、或いは消えてしまうのか…」

「……」

「もちろん、公式で発売されているカードの中に、触れると変化するようなものは存在しません。…いえ、存在する訳がありません。真白な画用紙に手を置いたら、ピカソのゲルニカが浮かび上がるようなものです。そんな紙が、オカルトが、この世に存在する訳が無いんですよ」

「…だが、あの異端の札と言うカードは変化した。目撃者の話だと、少なくとも二種類の変化があるそうだ。その事実はどうする?」

「……。…わかりません」

 有り得ません、と言っているようにも聞こえた。眼鏡の男性は少し沈黙した後、重い表情で言葉を続ける。

「くどいようですが、あのカードに使われている素材は何処にでもある紙です。使われているインクも同様です。だからこそ……何処にでもある物だからこそ、あのカードがこの世に存在しえない物だと結論せざるを得ないんです…! それこそサンタフェの螺旋階段のような、神の業としか…!」

「わかった。わかった、もういい」

 いつしか早口になる眼鏡の男性を制止し、コートの刑事は顎に手を当てて考える。

 俄には信じがたい話であるが、この解析結果が間違っている事はまずあるまい。だが一方で、ただの紙である筈の異端の札が変化する様を、彼は確かに目撃した。

 人知を超えた人工物というという二律背反(アンチノミー)。矛盾した事実が、彼の頭脳を苦しめる。

「以上が、今分かる全てです。もう少し詳しく調べてはみますが、恐らく結果は同じかと…」

「わかった。もし何かあったら連絡してくれ。…俺も帰ってゆっくり考えてみる。何にしても、ただの器物破損事件で終わりそうに無いな」

 そう告げて、コートの刑事はその場を後にした。

 入り口近くで見張りをしている者に手で挨拶し、建物の外へ。季節は春だが、夜はまだまだ肌寒い。彼は胸ポケットに入れていた煙草を口に咥えながら、夜空に浮かぶ月を見上げた。

「…自然物では無いが、人工物とも思え無い。まさに異端の物体か。こりゃ俺が思っている以上に悍ましいものが、背後に潜んでいるのかも知れねぇな」

 呟いたその独り言は、夜の闇に溶けて消える。彼は大きな溜息を吐くと、自身の職場を後にした。

 

 警察署から少し離れたビルの屋上。闇夜に消えた刑事の言葉を拾い集める耳が一対。

 人間より優れた聴力を持つ、全身を黒い毛で覆われた生物――…猫であった。生後一年も経っていないのだろう、体格は成猫に比べてやや小さく、顔つきも幼いように思える。

 闇夜に光る金色の瞳は、コートの刑事と警察署を真直ぐに見据えている。その姿は、まるで見張っているかのようだった。

「…予想はしていましたが、異端の札の反応はあの建物からのようです。やはりカードは全て警察に回収されたと見て間違いないでしょう」

 人間の言葉を喋りながら、その黒猫――…デスは、背後にいる幼い少女の方に振り返る。

 闇に映える長い金髪に、夜に溶け込む黒のゴスロリ衣装。(タワー)の名で呼ばれる少女である。彼女はデスの言葉に小さく頷くと、興味なさげな表情で、デスと同じ景色を見つめた。

「無駄足だったね…。どうする猫ちゃん、あそこに乗り込んでカードだけでも回収する? できるけど…」

 そう言って警察署に向けて右腕を伸ばす塔を、デスは「いえ」と言葉で止める。

「僕達の目的はあくまで異端の札に選ばれた者の回収です。不要な血を流すのは、教皇の好む所では無いかと」

「……」

「それに、異端の札を調べた所で何も掴む事はできませんよ。彼らに関しては捨て置きましょう。…さ、お手をお下げください」

「…はーい」

 不服そうに返事をして、塔は伸ばして手を引っ込める。

 彼女がその小さな手で何をするつもりだったのかはわからない。ただ、それによってデスは安堵の息を吐いた事から、ただならぬ空気だったのは明らかだった。

「…でも、どうするの? 異端になった人を探そうにも、あの建物以外に反応ないよ?」

「そのようですね。恐らくリリオンさんの件で身の危険を察知し、原因と思われる異端の札を警察に提出したのでしょう。なかなか用心深い方のようです。この様子では、あの時のカードショップで待ち伏せしても成果は期待できませんね」

(ストレングス)のおばちゃん、本当に役に立たないね…。もう首にしちゃえばいいのに」

 ぷくーっと頬を膨らませながら、塔は呟く。

 デスはその呟きには答えず、ただ苦笑いで応えた。

「…ですが、手が無い訳ではありません。今回の異端の札の持ち主は子供なのでしょう? 顔もわかっている事ですし、方法はありますよ」

「方法…? どんな?」

 その質問に、デスは答えない。その場で体をぐっと伸ばし、首を傾げる塔の顔を見上げた。

「何にしても、この場に長居は無用です。捜索は明日にという事で、今日は帰ってご飯にしましょう」

「…はーい」

 もう一度不服そうに答えた後、塔と呼ばれた少女はポケットから一枚のカードを取り出し、掌に乗せる。

 デュエルモンスターズのカードであった。《未染色の塔(アンステンド・タワー)》と名の書かれたそのカードには、人間を初めとする様々な動物の頭部――…生首が積み重なっている様子が描かれている。

 言うなれば生首の塔だろうか。グロテスクなカードも多いデュエルモンスターズの中でも、一際生々しいイラストだった。塔はそれを見てくすりと笑みを浮かべ、呟いた。

「――異端の札、実体化」

 彼女がそう呟くと、彼女の足元の空間が歪み、そこからある物体を出現させる。

 バスケットボール程の大きさの、血生臭い物体。――…人間の、切断された頭部であった。 それも一つや二つでは無い。若い男の頭部、髪の長い女の頭部。目を抉られたものや、腐敗したもの、白骨化しているものまである。

 それらの頭部はまるで生きているかのように塔の衣服に噛み付くと、彼女を空間の歪みの中へと引きずり込む。

 一瞬の出来事であった。塔が悲鳴一つ上げる事なく空間の歪みの中に呑まれると、歪みは元通りの形なる。残されたのは、猫が一匹。少女はまるで始めから存在していなかったかのように、忽然と姿を消してしまった。

「…やれやれ。相変わらず醜いデザインですね、塔さんの未染色の塔(アンステンド・タワー)は。異端の札の変化は持ち主の性格が表れると聞きますが、どうしてあんな風になったのやら」

 一匹だけ残された空間。愚痴を零すように、デスは呟く。

「…今度の仲間は、まともな性格(デザイン)だと良いですねぇ」

 ぽつりと漏れた独り言は、夜の闇に四散した。

 次の瞬間、デスの足元にも空間の渦が現れ、その中から黒いローブを身に纏った人型のシルエットが出現する。

 大きさは人間の子供程で、右手には自身より大きい大鎌が一本。頭に被ったローブには猫耳のような膨らみがあり、顔や手足は真黒で、マネキンのように無機質。従って、これが生物なのか物体なのか、一見しただけではわからない。

 猫の耳を持つ死神とも言うべきそれ(・・)は、デスの体をひょいと持ち上げると、同じように渦の中に消えていった。

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 リリオンの襲撃から数日が経ち、クロンは普段通りの日常生活に戻っていた。

 あの一件以来、いつものカードショップには行っていない。リリオンが異端の札と呼んでいたカード――…《先見眼の銀愚者(フォーサイトアイズ・シルバーフール)》を警察に提出したとは言え、暫くは店に近寄らない方が安全だと、姫利が提案した為である。

 もとよりデュエルと言うものは、決闘盤とある程度のスペースさえあればどんな場所でも出来るもの。この数日は、近くの小さな公園で姫利の教えを受ける日々だった。

 そして、今も。

「――ブレイン・ジャッカーのリバース効果発動ッス! このカードは装備カードとなって、ソールちゃんのダークネス・ネオスフィアに装着! コントロールを奪います!」

「はっ、甘ぇんだよ! 速攻魔法、ツイスター発動! 装備カードとなったブレイン・ジャッカーを破壊する!」

「むっ…。なら、アヌビスの裁きを発動! ツイスターの効果を無効にして、さらにソールちゃんの邪神ドレッド・ルートを破壊! その攻撃力分のダメージを与えるッス!」

 普段はせいぜい野良猫しかいない公園が、今は活気に満ちている。

 デュエルを行っているのはクロンとソールの二人。その周囲には姫利、百合、ミランダ、メイ、クリフォードの姿があり、公園の遊具に腰を下ろしながら彼らのデュエルを観戦していた。

 皆が皆、クロンよりデュエル歴の長い決闘者である。この六人の決闘者と入れ替わりデュエルを行うのが、最近の彼の日課であった。

「よーし、今回はボクの勝ちッスね!」

 借り物の決闘盤を停止させながら、にんまりと笑うクロン。子供の学習能力は高いと言うが、マスタールール3という環境(ルール)の変化にもすぐに慣れ、彼の実力は姫利と出会った当初に比べて大きく向上しつつある。

 と言って、一人前の決闘者と呼ぶにはまだまだ経験不足である。しかしクロンは、自身の実力の変化を実感していた。

 ――そして、その週の金曜日。

「…ご馳走さまっ!」

 場所は天神将小学校の、クロンのクラス。誰よりも早く給食を平らげたクロンは、一人で教室を後にした。

 普段ならば教室で友人とデュエルするなどして昼休みを過ごすのだが、ここ最近の彼は一人きりで過ごす事が多かった。彼は人目を気にしながら速足で廊下を歩き、立ち入り禁止になっている屋上に続く階段の前で足を止める。

「…よし、誰にも見られてないッスね」

 誰にも聞こえない独り言を呟きながら、階段を登る。鍵の壊れた鉄の扉を慎重に開け、屋上へ。

 この日は快晴だった。感動すら覚えるほど澄み切った青空の中が、クロンの目に飛び込んでくる。高い場所にいるからだろうか、毎日見ている筈の青空が、今は違った景色のように思えた。

「…平和ッスねぇ」

 何気なく呟きながら、クロンはコンクリートの地面に寝転がり、瞼を閉じる。暫くすると他の生徒達がグラウンドで遊ぶ声が聞こえて来たが、全く気にならなかった。

 誰にも邪魔される事のない、暖かな空間。このまま昼休みが終わるまで一眠りするのも悪くないかも知れない。…そう思っていると、すぐ近くで鉄の扉が開く音が聞こえてきた。

 無論、扉を開けるのはクロンでは無い。立ち入り禁止の場所にやってくる無法者が、もう一人居ただけの事である。

「あ…。ソールちゃん、どもッス」

 姿勢はそのまま、顔だけをそちらに向けると、緑髪のポニーテールの少女ソールが腕組みして立っていた。

「よぉ、居たのか」

 素気なく言って、ソールはつかつかと歩み寄ってクロンの顔を見降ろす。相変わらず睨んでいるような目付きだが、これが彼女の愛嬌の一つなのだと最近は思い始めていた。

 …そう言えば、この場所は以前“時を操る決闘者(フロム)”の時に教えられた彼女の隠れ家であった。あれから何日になるだろう。一週間くらいだろうか。風に吹かれてひらひら揺れる彼女のスカートを気にしながら考えていると、彼女の方から話を振って来た。

「で? こんな所で何してんだ、テメェ」

「別に。ちょっと考え事をしてただけです」

「考え事…?」

 首を傾げて、ソールは問う。クロンは彼女を見つめたまま、「そうッス」と簡単に答えた。

「ここなら滅多な事じゃ人が来ないですからね。ゆっくり考えるには一番なんッスよ」

「ほーん…。で、その考え事ってのは?」

「それは…」

 言いかけて、ふと気付いたクロンはわざとらしく咳払いを一つする。

「…その前に一つ、親切で教えておきたい事があるんですけど」

「あ? 何だよ」

「ボクは今寝転んでる体勢なので、低いところから見上げる形でソールちゃんを見てるんですよね。で、ソールちゃんはボクのすぐ目の前に居ると」

「…そうだな。で?」

「つまり、その、なんて言うか…。んー、結論から言うとですね。あれです。見えちゃってます、パンツ」

 言いながら、クロンは彼女が穿いているスカートを指差した。

 すぐには言葉の意味を理解できなかった様子のソールだが、見る見るうちに頬が紅潮していき、次の瞬間には全体重を掛けてクロンの腹の上にのし掛かっていた。

「ぐえッ!」

「っのエロ野郎! 地獄に突き落とすぞテメェ!」

「ぢょ…、おなが、げほっ、お腹は駄目……冗談抜ぎで死にまずから…!」

 咄嗟に腹に力を入れたものの、勢いを付けて腹部にのし掛かられては一溜まりもない。臓器が飛び出すかと思う程の痛みと衝撃に、クロンは悶絶するしか無かった。

 下手をすれば本当に死にかねない凶悪な一撃。しかしソールは悪びれる様子も無く、逆にそのままクロンの腹の上に座り込んでしまった。

「う゛ぇっ、げほっ……ぐぅぅ、親切に教えてあげたのに酷いッスよー…。怒るにしても拳骨とかソフトな暴力にしてよー」

「うっせぇ! 生きてるだけ有り難いと思え!」

 無茶苦茶だ、と言い返してやりたかったが、激昂した彼女には何を言っても無駄であった。

 と言って、腕っ節では勝てない事が目に見えている。マウントポジションを取られている事もあり、結局がクロンが泣き寝入りするしか選択肢は無かった。

「…で、何の話だっけか?」

 文字通りクロンを尻に敷いたまま、ソールは鋭い目付きで睨みつける。漸く痛みが引いて来たクロンは、せめて目で批難してやろうと真向から彼女の目を見つめ、答えた。

「あのリリオンっていうお姉さんと、喋る猫。いったい何者だったんだろうなって考えてたんです」

「…この間の連中か。さぁな、良い奴らじゃ無かったのは確かだが」

 彼女は珍しく神妙な顔をして、腕組みする。どうやた彼女にとっても気になる話題だったらしいと感じたクロンは、相槌を打って言葉を続ける。

「あれから家のパソコンで調べてみたんですけど、やっぱり先見眼の銀愚者やストレングス・フォー・ユーなんてカードはデュエルモンスターズには存在しないみたいです。もちろん、異端の札で検索してもさっぱり。つまりあのカードは――、」

「違法に造られたものだった……か。だがまぁ、そうだろうな。どう見てもまともなカードじゃなかったからな、あれは」

「ええ。だから警察の人は、あのお姉さんがカード犯罪組織の一員じゃないかって睨んだみたいッスけど……今思うと、それも疑わしいですよね」

「あん? 何でだよ」

 言いながら、ソールは姿勢を変えてクロンの上で足組みする。またスカートの中が見えてしまいそうな形だが、今度こそクロンは指摘しなかった。

「考えても見て下さいよ。もしあのリリオンってお姉さんが犯罪組織の一員で、異端の札がその組織で造られたものだったとして……限られた人にしか使えない偽造カードを、わざわざ造ると思います?」

 当然の疑問であった。

 特定の人間が触れる事で変化し、どのようなカードになるかも人によって異なる。…そんな仕掛けを施す必要が、いったい何処にあると言うのか。

「…言われてみりゃそうだな。変化するカードなんてもんが技術的に可能かどうかも怪しいが、そんな技術をカードに仕込む意味がわからねぇ。組織の人間以外に使えないようにって事ならわからなくも無いが――、」

「一般人のボクにも扱えた以上、それも考えにくい……ですよね」

 そこまで言うと、クロンはふぅと吐息する。いくら意見を交わし議論を重ねた所で、納得の行く真実(けつろん)には到達しない事は彼には良くわかっていた。

 だが、真実を予想する事はできる。クロンはゆっくりと息を吸うと、この数日で考えた推理を、ソールに話し始めた。

「ここからは推測も入りますけど……触った人間によって変化するカードが違うと言う事は、他にも異端の札を扱える人がいる可能性は高いんじゃないでしょうか」

「テメェや、あのリリオンって女以外にか? …まあ確かに、ありえねぇ話じゃねーわな」

「いえ、大いにあり得る事だと思います。…あの喋る猫がリリオンってお姉さんに何て呼ばれてたか覚えてます?」

 僅かに上体を起こして問うと、ソールは何の話だとばかりに首を傾げる。

 だが、クロンにとっては重要な質問だった。ソールは少し考えた後、自信無さげに頬を掻きながら、ぼそりと答える。

「確か……デス、だっけか?」

「ええ。ソールちゃんならご存知かもッスけど、DEATH(デス)には死ぬとか死亡するって意味の他に、死神っていう意味もあります」

「…それで?」

「その死神(デス)が、リリオンってお姉さんにこんな事を言ってたんです。――誰が教皇に怒られると思っているんです? …って」

 いつしか腹部の痛みや重さを忘れて、話に熱中するクロン。ソールは何も言わずに、ただただ彼の話に聞き入っていた。

「会話のニュアンスからして、教皇っていうのはあの人達の仲間、それも上司を指してると思われます。さて、ここからが重要なんですけど……ソールちゃん、ここまでの話で何か気付いた事はありません?」

「あん? …いや、別に」

「じゃあヒント。リリオンお姉さんが使った異端の札の名前は(ストレングス)。ボクの異端の札は銀愚者(シルバーフール)。猫の名前は死神(デス)で、他に教皇って名前の仲間が居る。…さて問題。愚者、力、死神、教皇と言えば――?」

「…なるほど、タロットカードか」

 クロンの言わんとしている事に気付いたソールが、ぽつりと呟いた。クロンはにやりと口元を吊り上げ、「そうです」と肯定する。

「ボクが思うに、異端の札の変化はタロットを表しているんですよ。恐らくカードの変化もタロットと同じ二十二種類。そしてあのお姉さん達の目的は、その二十二種類のカードを全てを集める事なんじゃないかな、と思うんです」

「二十ニ種類ねぇ…。まあ納得できねー事もねぇが……つー事はだ。あの小汚ぇ猫もその異端の札だかを使えるって事か? 猫だぞ?」

「異端の札がどんな条件で変化するかわからない以上、否定はできないと思いますよ。そもそも猫が喋るって時点で常識離れしてるんですから」

 まだ何か言いたげなソールを手で制し、クロンは更に言葉を続ける。

「もちろん推測の域を出ませんけど、あのお姉さん達に仲間がいるのは確かです。その仲間も異端の札を使える可能性は、高いと見ていいと思いますよ」

「…そう言うもんか」

 納得したような、疑っているような複雑な表情を浮かべるソール。だがクロンは自分の推理に絶対の自信を持っていた。

 十人程度か、百人程か。それとももっと大勢の仲間がいるのかは定かではない。だが、少なくともリリオン達の背後に「教皇」と呼ばれる人物がいるのは確かだった。

「…まあ、何にしてもだ」

 暫くの沈黙の後、ソールは難しい表情をして、指で頬を掻く。

「あれから何も起こらねぇって事は、連中はテメェを見失ったって事だろ? 銀愚者のカードも警察に渡しちまったし、奴らが何者だろうがカードが何だろうが、もう俺様達には関係のない事じゃねーのか?」

「…かも知れませんし、そうじゃ無いかも知れません」

 はっきりとは答えず、クロンは起こしていた上体を地に着ける。

 確かにあの日以来、リリオン達の姿は見ていない。彼女達を呼び寄せたであろう銀愚者のカードは手放したし、警察は今も彼女達を追っている。クロン達がこの件について首を突っ込む必要はないだろう。

 それはわかっているのだが、それでも、クロンは考えずにはいられなかった。

(あのお姉さん達とその仲間が、あの一件で諦めたとも思えない…。ボクのすぐ近くで、ボクの事を探している可能性だってある。…まだ、安心はできない)

 予感とも、不安とも言うべき感覚だった。

 リリオン達が今も警察の目を逃れて何処かに潜んでいる以上、危機が去ったとは言い切れない。当事者としては、胸の内に残る不安を消し去る事は出来なかった。

 そんなクロンの胸中を察したのだろう。ソールは気まずそうに頬を掻きながら、「考え過ぎなんだよ、テメェは」と憎まれ口を一つ叩く。

「そりゃ実際に狙われたのはテメェだから、不安になるのはわかるけどな。だからってビクついてても何にもならねぇだろうが。万一また奴らが襲って来ても、返り討ちにしてやりゃいいんだ! 何なら俺様が代わりにボコってやってもいいぜ。だから――、」

 だから。…その先の言葉は、すぐには出てこなかった。

 ソール自身、何と繋げれば良いのか思いつかなかったらしい。暫くその場で考えた後、やがて気まずそうに視線を逸らした。

「だから……あー…。だからテメェは、俺様にボコられる事だけ怖がってりゃいいんだ」

 長考の末に出たらしいその言葉に、クロンは思わず目を丸くする。

 彼女なりに励ましているつもりなのはすぐにわかったが、それにしても不器用な言い回しだったように思える。ソール自身言ってから恥ずかしくなったようで、舌打ちしてそっぽを向く始末だ。

 だが、だからこそ。下手な言葉選びであるからこそ、本気で気遣ってくれているのがよくわかった。

 彼女らしい。そう内心思いながら、クロンはにこりと微笑んだ。

「そうッスね、悪い方にばかり考えても仕方ないですよね。…ん、ちょっと気が楽になりました。心配してくれてありがと、ソールちゃん」

「…っせーな。別にテメェの心配なんかしてねーよ」

 そう言って、クロンの胸を軽く小突く。照れ隠しである事は、明らかだった。

 暴力的な性格なのは間違いないが、一方で彼女には他人を思いやる気持ちも少なからずあった。無論、本人はその事を認めはしないだろうが、その小さな優しさ――…を、クロンはしっかりと見抜いていた。

 それから暫くは、互いに何も言わないまま沈黙が続いた。その静寂を破ったのは、昼休みの終わりを告げるチャイムの音だった。

「っと…。もう昼休みは終わりッスか。もう少しソールちゃんとの会話(ピロートーク)を楽しみたい所ですけど……」

 そろそろ教室に戻らなきゃ。そう続けて立ち上がろうとするクロンだが、ソールが今も腹部に座ったままの為、立つ事が出来ない事に気付く。

 当のソールはと言うと、チャイムの音が聞こえなかったかのように平然として、動く素振りを見せなかった。

「…あのー、ソールちゃん?」

「あ?」

「チャイム鳴りましたけど?」

「おぉ、らしいな」

 だから何だとばかりに首を傾げるソールを見て、クロンの脳裏に嫌な予感が走る。

「えーと…。ソールちゃん、ひょっとしてこの後の授業……」

「サボるに決まってんだろ。ここなら誰も来ねぇし、昼寝とかし放題だしな」

 思った通りの答えだった。

 もともとこの場所は、彼女が授業を受けたくない時に使っている場所だと言う事だった。そして、授業開始のチャイムを聞いても彼女が動こうとしないという事は。…嫌な予感が、確信に変わりつつあった。

「そうなんッスか。凄いですね。でもボクは勉強したいんで、そこからどいてくれると嬉しいんですけど」

「ふーん?」

 いつしか意地悪い笑みを浮かべたソールは、尚も動く素振りを見せない。

 ここに至り、クロンは確信する。この不良は、自分もサボタージュに巻き込む気だ。

「…どけーっ!」

 遂には声を荒げて暴れるが、ソールは得意気に鼻歌を歌うのみ。さっきの優しさが嘘のようだった。

 漸くソールが腰を上げたのは、それから数分後。確実に教師に咎められるタイミングでの事だった。

「ククク…。ま、今回はこのくらいで勘弁してやるか」

 上機嫌に笑う彼女を余所に跳ね起きたクロンは、携帯電話で時刻を確認して愕然とした。

「五分も経ってる……もー、絶対に怒られるじゃないッスかー」

「ソール様の下着拝見料は高いってこった。せいぜい頑張って勉強してきな、クソガキ」

 悪びれる様子すら見せないソールに文句の一つも言ってやりたかったが、今はその時間も惜しい。クロンは彼女にあかんべえ(・・・・・)をして、慌てて屋上を後にした。

 

 

「ククク…、いつもながら虐めがいのあるガキだぜ」

 クロンの姿が無くなった屋上。ソールは意地悪く笑いながら、堅い地面を枕に寝転がる。

 誉められた事ではないが、クロンに宣言した通り、彼女はこのまま授業を放棄するつもりであった。

 どうせ授業に出た所で居眠りしてしまうのだ。同じ寝るなら、人の居ないこの場所の方が自由でいい。…それが彼女の考え、彼女の性格だった。

 ただ、いざ眠ろうとすると、普段は気にも留めない風の音や音楽室から漏れるリコーダーの音が妙に気になってくる。目を閉じていれば、尚更だった。

 と言って、今更授業に出る気も起こらない。ソールはうっすらと目を開けて、青空に向かって舌打ちした。

「…ちっ、退屈過ぎて眠れやしねぇ。こんな事なら帰すんじゃ無かったぜ、あのガキ」

 唯一の話し相手(おもちゃ)を手放してしまった事を悔やむが、もはや後の祭りでしかない。自ら望んだ自由の中で、僅かな時間を苦しむより術は無かった。

 いっそ、今日はもう帰ってしまおうか。ふと思い立った彼女は立ち上がって落下防止のフェンス越しに校門を見つめる。門には錠前が掛かっているが、乗り越える手段はいくらでもある。

「ん…?」

 帰るか残るか。考えているうち、ソールは校門の外に小さな人影がある事に気付いた。

 金色の髪を肩まで伸ばした幼い少女。真白なフリルで装飾された黒い衣装は遠くからでも目立ち、日常生活ではまず見る事の無いゴシックなデザインをしている。

 前髪には、金髪に映える黒いリボン。手に何かを抱えているようだが、ソールの位置からはよく見えなかった。

「なんだ、あのガキ…?」

 首を傾げながら、ソールは少女の姿を遠目に見つめる。少女はまるで校内の様子を伺うように、門の隙間からちらちらと中を覗いていた。

 年齢はクロンと同じくらいだろうか。制服を着ていない所を見るにこの学校の生徒ではないようだが、と言って、学校関係者の身内にしては挙動不審過ぎる。

 目立つ服装をしている事もあり、道行く人は皆少女の方を見ては首を傾げていた。

「…なんだありゃ、隠れんぼでもしてんのか? 誰かは知らねぇが人様が勉強してる時間に遊んでるとは、いいご身分だぜ」

 自分の事を棚に上げてソールは呟く。

 何処の誰かはわからないが、何しても彼女には関係のない事だ。ソールはすぐに少女に対する関心を無くし、再び冷たい地面に背を着ける。

「…ま、寝るとするか。家に帰ってもやる事ねーし」

 そう呟いて、ソールは静かに瞼を閉じた。

 

 

 ソールが目を覚ましたのはそれから数十分後、チャイムの音を聴いての事だった。

 どうやら授業が終わったらしい。中途半端に眠った為か重く感じる体を起こし、彼女は屋上を後にした。

 彼女が向かった先は、クロンのいる教室。勢い良く扉を開けて中に入ると、ちょうど帰り支度をしているクロンと目があった。

「あ、極悪不良の上級生だ。さっきはよくもッス」

 先程の事を根に持っているのか、クロンは恨めしげにソールに話し掛ける。その態度がどうにも可笑しくて、ソールは思わず口元を吊り上げた。

「はん、よく言うぜ。まあいい、どーせ今日も春川達と会うんだろ? 俺様も付き合ってやるから、さっさと帰る準備しろよ」

「言われなくてもやってますー」

 べぇと舌を出しながら、クロンは帰宅の準備を整える。やがて帰り支度が終わり、揃って教室を後にした。

 教室を一歩出ると、帰宅する生徒達の姿がちらほら見える。何れもクロンと同学年の子供達だが、誰もソールという上級生が近くにいる事に気付いていなかった。

「ところで、いつもの公園に行く前に家に帰って着替えようかと思うんですけど、ソールちゃんはどうします?」

 校舎を出た直後、思い出したようにクロンが尋ねてくる。

 ソールとしてはこのまま待ち合わせの場所に直行しても良かったのだが、と言って、慌てて行く必要がある訳でも無い。ここは彼の意見に合わせる事にした。

「そうだな、俺様も一回帰って着替えて来るか。スカート穿いたままだと、またどっかのスケベ野郎が色目使ってきそうだしな」

「むっ…。断っておきますけど、さっきのは別に見たくて見た訳じゃないッスからね。そこんとこよろしくッス」

「けっ、じっくり見といて良く言うぜ。そもそもテメェは最初に会った時から――…、」

 前を向きながら喋っていたソールの歩みが、ぴたりと止まる。

「あのガキ…」

 思わず漏れたらしい呟き、

 大きく開かれた校門の向こう、先程の黒いゴスロリ衣装の少女の姿だった。

 あれから一時間以上も経っているというのに、少女は先程と同じようにこそこそと隠れながら、下校する生徒達の姿を見つめていた。

 …否、見ると言うより、観る。彼らの顔を一人一人観察して、確認していると言うべきだろうか。その様子はまるで、人を探しているかのようだった。

「…知らない子ッスね。ソールちゃんの知り合いですか?」

 少女の存在に気付いたらしいクロンが、同じく足を止めて首を傾ける。ソールは舌打ちを一つして、ゆっくりと首を横に振った。

「あのガキ、昼休みからずっとあそこでこそこそ(・・・・)してやがんだ。何のつもりか知らねぇが……気味が悪いぜ」

「見た感じ、うちの生徒じゃなさそうッスね。…身内でも待ってるのかな?」

「知るかよそんな事ッ。知りたくもねぇ!」

 思わず癇癪を起こすソールだが、一方のクロンはあまり少女を気にする様子はない。「まぁまぁ」と軽く笑いながら、再び歩き始めた。

「どっちにしても、ボク達には関係のない事じゃないッスか。それより早く帰りましょうよ、喉も乾いてきましたし」

「…そうだな」

 少女の視線に晒されるのは気に入らなかったが、クロンの言う事も一理ある。ソールはなるべく少女の方を見ないようにしながら、クロンと並んで学校の門を潜る事にした。

 そして少女と擦れ違った一瞬。我慢出来なくなったソールは、少しだけ少女の方を睨む。…長く伸びた前髪の間から覗く紫色の瞳と目が合った。

「ッ――…」

 間近で少女の姿を見た刹那、ぞわりと鳥肌が立つような感覚。…少女は、笑っていた。

 年齢相応の明るい笑みではない。狂気を孕んでいるように思える冷たい笑みが、なぜか二人に向けられている。…だが、ソールが寒気を覚えた理由はそれだけでは無かった。

 屋上で見た時から少女が大事そうに抱えていた何か(・・)。その何か(・・)の正体を目撃した時、ソールの感覚は凍り付いた。

 熊の縫いぐるみ、であった。…否、正確には首から上を切り取られた(・・・・・・・・・・・)頭部の無い縫いぐるみ(・・・・・・・・・・)――であった。

 少女の年齢を考えれば、縫いぐるみを抱いて歩いている事自体はおかしな事ではない。だが、頭部の無い縫いぐるみとなると、受ける印象は大きく変わってくる。

 しかも。切断面からは、真赤に染められた綿が覗いていた。まるで首を切られた縫いぐるみから、血が吹き出しているかの様に。

 そんな悪趣味な縫いぐるみを抱える少女と目が合い、微笑まれたのだから、ソールが恐怖に似た感情を抱くのも無理は無い。思わず目を背けた彼女は、少女から逃げるように早足でその場を離れた。

「…おい、今の見たか? 首がねぇ縫いぐるみを大事に持ってやがったぞ、あのガキ」

 こちらの声が少女に聞こえない程の距離、ソールは少女の方を振り返りながらクロンに話し掛ける。

 クロンは前を向いたまま、心持ち引きつった笑みを浮かべて小さく頷いた。

「見たッス。なんて言うか……まあ、変な女の子…、でしたね」

「とことん気味の悪ぃガキだぜ…。まさか幽霊とかじゃねーだろうな。昔あの辺りで死んだとか何とか言ってよ」

「…まさかぁ」

 苦笑いしながら否定するクロンだが、その目は決して笑ってはいなかった。

 幽霊なのか、ただの変わった子なのか。歩きながら議論するうち、少女の姿は見えなくなっていく。交差点で信号待ちし、曲がり角を曲がり……学校から離れた後も、二人の会話は続いた。

「…でもまぁ、変わり者なんて案外どこにでもいるもんですよ? ボクの親戚の女の子なんて、顔を見られたくないとか言って、いっつもお面被ってるんッスから」

「俺様に言わせりゃテメェも十分変だけどな」

「むっ…。どういう意味ッスか、それ」

「ハッ、さーな」

 けらけら笑いながら、ソールはふと後ろを振り返る。すると――、

「お?」

 ちょうど二人の後ろを歩いていた子供と、目があった。

 彼らと同じ制服を着た、黒髪茶眼の少年。派手な赤い帽子を被り、背中にはランドセルを背負っている。彼はソールの顔を見ると、驚いた表情で彼女を指さす。

「あれ、あんた確か…」

「…いつものカードショップで働いてる奴じゃねぇか。何やってんだ、こんな所で」

 知り合いと言う程ではないが、見知った顔であった。二人の会話に気付いたクロンが後ろを振り返り、同じように「あれ?」と頓狂な声を漏らす。

「確か、前に姫利お姉ちゃんの決闘盤を修理してくれたお兄ちゃんッスよね。名前は確か、えーと…」

明端(あきばた) 亮助(りょうすけ)。うちの常連さんと、姫利の姉ちゃんの弟子だよな? 同じ学校だったんだ」

 帽子の唾を掴みながら、にいっと明るい笑みを浮かべる少年。クロン達が通うカードショップの息子、亮助であった。

 もともと歳は二人と近い彼だったが、同じ学校に通っていた事はお互いに知らなかった。世間は狭いというべきか、決闘者と決闘者は引かれあうと言うべきか。ともあれ偶然はこの三人を出会わせ、彼らは立ち止まって他愛のない談笑を始める。

「これは奇遇ッスね。これから帰って店の手伝いですか?」

「ん、まあそんなとこかな。新型の決闘盤の販売は初日に比べて落ち着いて来たけど、忙しいのに変わりないから。…そう言えば最近、姫利の姉ちゃん店に来ないけど、どうしてるか知らないか?」

「あぁ、最近はこの近くの公園でデュエってるんですよ。ほら、この間の事件の後だから、暫くは顔出さない方がいいんじゃないかってなって…」

 そう正直に説明すると、亮助は「そっか」と残念そうにしながらも納得する。

「…いや、別に大した用がある訳じゃないけどさ。ただ、あの時に修理した決闘盤、ちゃんと直ってるか気になって。パーツはほぼ旧式と同じだけど、新型は色んな所で勝手が違うから」

 職人魂とでも言うのだろうか。リリオン戦で破損した姫利の決闘盤は、亮助が宣言した通り一日で修理が完了したようだが、その後異常が無いかどうか、彼は知りたがっているようだった。

「んー、あれから何回もデュエルしてますけど、別段変わった様子は…。あ、いや。カードの読み込みが気持ち遅く感じるかもって言ってた気もしますねぇ。特にモンスターを大量展開した時に」

「げっ…、多分あのパーツだ。ほ、他には何か言ってなかったか?」

「んーっと…。それ以外は何もッスね。遅いと言っても一秒か二秒くらいの話みたいですし、あんまり気にしてる様子は無かったですけど」

「いや、姫利の姉ちゃんが気にしなくても俺が気にする。アフターケアも仕事の内だし、いい加減な仕事はしたくないんだ」

「…あの壊れ具合を考えると、十分過ぎる仕事だと思いますけどねぇ」

 やんわりと宥めるクロンだが、亮助の方は納得する様子は無い。責任感の強い性格なのが、良くわかった。

 と言って、改めて修理しようにも、暫く姫利は店に行かないようにしている。どうするつもりかと様子を見ていると、亮助は「よし!」と大声で叫んで帽子を被り直した。

「なら、俺も工具を持ってその公園に行くよ。んでもって、今度こそ完璧に姫利の姉ちゃんの決闘盤を修理する! …いいよな!?」

 有無を言わさぬ勢いで尋ねる亮助に、クロンは困ったように頬を掻く。

「それは構わないッスけど…。店の手伝いの方はいいんッスか?」

「母さんには事情を話して行くから大丈夫だって。それに、これも手伝いの一部だろ?」

「…にゃるほど」

 納得できたような、できなかったような。ともあれ、彼の熱意を止める事ができないのは良くわかった。

 クロンは最近待ち合わせしている公園の場所と、姫利が今日も来る予定である事を亮助に伝える。彼はクロンに一言礼を言うと、火の玉の如く走って帰って行った。

「…あのお店が繁盛してる理由、何となくわかった気がします」

「だな…」

 遠くなっていく亮助の姿を見つめながら、クロンとソールは呟いた。

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 クロンがその公園を訪れたのは、それから三十分後の事であった。

 一度ソールと別れて着替えに帰ったクロンは、いつもの私服と旧式の決闘盤を手に公園に足を踏み入れる。

 普段は誰もいない静かな場所。しかしこの時は、三人の人間が公園内に集まっていた。

 一人は、さっきまでクロンと共に行動していたソール。もう一人は工具入れを持参している亮助。

 そしてもう一人は、リリオンが襲撃した日に出会い、以来この公園でデュエルを行う仲になった少年。姫利の悪友ミランダの弟、クリフォードことクリフであった。

「あっ、来たっ! クロンくん、こっち! こっち!」

 クロンを見つけるなり両腕を振ってアピールするクリフ。その誘導に従って、クロンは彼らの中に入っていく。

 姫利や百合の姿が見えないのは、彼女達の学校の授業がまだ終わっていないからだろう。この場にいるのは小学生四人、全て同じ学校に通う生徒だった。

「やほー皆、おまたせッス。姫利お姉ちゃん達はまだみたいッスね?」

「お姉ちゃん達、まだ学校のお勉強があるんだって! だからボク達で先に遊んでていいよって、お姉ちゃんが言ってた!」

 クリフは楽しげに笑いながら、ぴょんぴょんと跳ねる。この中では彼が一番年下だが、年上相手に物怖じする様子は無かった。

 彼の言う「遊ぶ」とは無論、デュエルの事である。姫利達がここに来るまで、どのくらいかかるかはわからないが、それまではこの三人でデュエルをする事になりそうだ。

 …否、三人ではない。

「そう言えば、亮助お兄ちゃんも決闘者なんですよね?」

「亮助でいいよ。ああ、もちろん。商売上必要な知識だし、たまにお客さんのデッキテストに付き合ったりもしてるけど……それが?」

「いえ、姫利お姉ちゃん達まだ来ないみたいですし、待ってる間一緒にデュエルでも……と思いまして。ただ、ボクの決闘盤旧式だから、マスタールール2になりますけど」

「デュエルか……そだな、ここでぼーっとしてても腐るだけだし、姫利の姉ちゃんの弟子の実力も見たいしな。喜んで相手するぜ」

 二つ返事で了承する亮助に、クロンはにっと笑みを見せる。他の二人も、彼の参戦を快く受け入れた。

 これで、この場に集まった決闘者は四人。一対一で戦っても誰か一人が除け者になる事は無いが、せっかく広い場所にいるのだ。誰ともなく、バトルロイヤル形式でデュエルをしよう……という流れになった。

 四人の決闘者は互いに距離を取りながら、四方に散らばって向かい合う。

 それぞれ自分の決闘盤を起動させ、いざデュエルを始めようとした時。――何か(・・)が、空から落ちてきた。

 

 

 どちゃり、と汚い音がした。

 四方に広がったクロン達の中央、突如として落ちてきたのは、潰れた犬の頭部(・・・・・・・)だった。

 犬種は恐らくダックスフンドだろう。首の断面からは赤黒い血が滴り落ち、地面を汚している。

 大きく開けられた口からは血の着いた歯が剥き出しとなっており、見開かれた両の目は左右で別の方に向いていた。

「ひっ――」

 誰かが恐怖の声を漏らすと同時、二つ目の何か(・・)が犬の隣に落ちてくる。今度は、羊の頭だった。

 どちゃり。どちゃり。何か(・・)は次々と落ちてきた。猫の頭、牛の頭、……人間の頭。

 それらは容赦なく子供達の目の前に積み上がって行き、やがて二メートル程の腐肉の塔を築いた。生首だけで作られた、阿鼻叫喚の小さな塔。年端の行かない彼らには……否、まともな人間ならば、目を覆いたくなるような凄惨な光景。

「ひっ…!? な…、何、これ!?」

 クロンは思わず後退り、何かに蹴躓いて尻餅をつく。その衝撃が地面を通して伝わった訳では無いだろうが、直後に生首の塔は崩壊を始めた。

 まるで積み木が崩れるように、がらがらと崩れ落ちる腐肉達。悪夢と呼ぶのも生温い光景の中、クロンははっきりと見た。崩れゆく肉の中に、生きている少女の姿がある事を。

 血肉の中にありながら、全く血に汚れていない長い金髪。何処にいても目立つ、フリルの付いたゴスロリ衣装。――…先程校門で見た顔、(タワー)と呼ばれる少女であった。

「うふふ…。みぃーつけた…」

 愉悦を含んだ声は、氷の刃のように感じられた。異常な輝きを秘めた少女の目がクロンとソールを交互に映し、直後、少女の手から二枚の刃が二人に向けて投げられる。

 恐怖と混乱で圧縮された時間の中、その刃の正体がカードである事に気付くのに、一秒もかからなかった。二枚のカードは一つはクロンの腕に当たり、もう一つはソールの頬に命中した。

 二枚のカードは、表側が空を仰ぐ形で地面に落ちる。咄嗟に自分に触れたカードに目を向けたクロンは、その絵柄を見て戦慄した。

 《先見眼の銀愚者(フォーサイトアイズ・シルバーフール)》。手放した筈の、全ての始まりのカード。クロンに触れて落ちたカードは、紛れも無く《銀愚者》そのものであった。

「なっ――」

 理解しきれない状況の中、彼女が投げたカードが異端の札である事を辛うじて理解した瞬間。崩れ落ちた頭部達が、ふわりと宙に浮かぶのをクロンは見た。

「貴方が、当たり?」

 クロンの視界を覆い尽くす、生首の群れ。それらはまるで生きているかのようにクロンを見つめ――、覆いかぶさって来た。

「うわっ――、」

 それ(・・)はまるで磁石に張り付く砂鉄か、獲物に群がるピラニアの様に、彼の姿を包み隠していく。ソールに向けて伸ばした右腕が、生首達によって消えていく。

「っ――! …ッ―――。――ッ!」

 辛うじて聞こえていたクロンの悲鳴は、徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなる。

 夢か、現実か。判断する間も無いほどの短い時間。最初の頭部が落ちてから、二十秒にも満たない時間での出来事だった。

 そして。クロンを包んでいた生首が再び崩れ、少女の足元に転がっていく。一つ、二つ、三つ……全ての首が少女の元に戻ったが、そこにはもう、クロンの姿は無かった。

 消えた――…と理解するにも、時間がかかった。金縛りにあったように動けないソール達を余所に、少女、(タワー)はクロンが居た場所でしゃがみ込み、《銀愚者》のカードを確認する。

「先見眼の銀愚者……愚者のカードかぁ。…うふふ、回収完了…」

 嬉しそうに笑いながら、カードを拾い上げる塔。ソールの金縛りが解けたのは、直後の事だった。

「ッ――! テメェ何もんだ! 今何をした!?」

 怒りで他の全ての感情を遮断し、ソールは塔に殴り掛かる。塔は彼女の方をちらりと見ると、唇を微かに吊り上げ、呟いた。

「…未染色の塔(アンステンド・タワー)

 囁くと同時に、塔は一歩後ろに下がる。それに呼応するかのように彼女の傍にあった生首の一つが浮き上がり、ソールの拳を代わりに受け止めた。

「げっ…!」

 良く知る感触だった。生き物の、人間の肉を殴った弾力ある感触が、拳を通じて伝わって来る。ゴムや紙で作った偽物では無い。本物の、肉の感触だ。

 それは即ち、これらの生首が全て本物である事を意味している。立体映像なのでは無い、本物の――死体だ。

 肌と脳で理解すると同時、生物としての本能が危険信号を出し、ソールは後ろに跳んで距離を取る。塔はその様子をくすくす笑って眺めながら、ソールの拳を受けた生首を手に取り、よしよしと撫でる。

「あーあ…。可哀想に、叩かれちゃったね。良い子良い子…、守ってくれてありがとう…」

 異様な光景だった。正常など微塵も残されていない状況だが、その中でも、狂気を感じる姿だった。

 塔は人間の頭部に恐怖する様子も無く、まるでペットを褒めるかのように生首の額を撫でている。触れただけで鳥肌が立ったソールには、理解できない光景だった。

「テメェ、学校の門でこそこそしてたガキだよな…! 今、何をしやがった!? どっから出てきた! その浮いてるのは何だ! ――あいつを、」

 それでも、ソールの怒りは消えない。あの感触をもう一度味わう勇気は持てなかったが、それでも尚、彼女は感情の矛先を塔に向け続けた。

「あのクソガキをッ、何処に消しやがったぁぁ!」

 いつしか塔の後ろに亮助が回りこみ、ソールと同じように敵意の眼差しを彼女に向けている。もっとも、ソール程強気な表情では無かったものの、それでも目を逸らさずに塔と生首を見つめていた。

 クリフはというと、亮助の後ろに隠れながら、きょろきょろと辺りを見渡していた。姫利達がこの場に駆けつけてこないか期待しているのだろうか。

「…貴方達は、ハズレだからいらない」

 塔は三人の顔を交互に見てくすりと嗤うと、持っている首なし縫いぐるみを強く抱きしめる。その瞬間、彼女の生首達は再び宙に浮かんだ。

「みぃんな、死んじゃえ」

 呟きは殺意となって拡散し、三人の背筋を凍らせる。直後、生首達の目が一斉に三人を睨み、生きているかのように口を開いて彼らに飛びかかった。

 死体が動くはずがない、という常識を考える余裕は無かった。生首達は獰猛な獣のように歯を剥き出しにして、三人に襲い掛かる。その狂気が、彼らの喉を食い破る……直前、この場の誰のものでもない声が、辺りに響いた。

「――警告!」

 聞き覚えのある声、聞いた事のある言葉だった。

 その声が辺りに響くと同時、生首達はピタリと動きを止め、一斉に声のした方を向き直る。ソール達も、同じだった。

 そこに居たのは、一匹の黒猫。人語を話す小さな怪猫、デスだった。いつの間にか亮助とクリフの後ろに居た彼は、尻尾を左右に大きく振りながら、心持ち怒っているような声で言葉を続ける。

「殺人は無しだと言った筈です。目的は達成したのでしょう、不要な殺戮を教皇は望んでいません。直ちに異端の札の実体化を解き、攻撃を注意して下さい」

「……はーい」

 畳みかけるようにデスが叱ると、塔は頬を膨らませながらも素直に返事をする。と同時に、彼女の周囲で浮遊していた生首達が黒い粒子へと変わり、空中に散っていった。

 まるで最初から存在していなかったかのように四散し、消えていった非日常。白昼夢という言葉がソールの脳裏を過ぎるが、あれは断じて夢などでは無かった。

 その証拠に、さっきまですぐ隣にいたクロンが、今は居ない。未だ消えぬ激情が、ソールの心に残っていた。

「このクソガキ! クソ猫! テメェらが何なのかなんてどうでもいい! さっさとクロンの奴をここに――、」

「あの少年ならば、もうこの世界には(・・・・・・)いません」

 激情を溶かす程の冷たい現実(ことば)を突き付けられ、ソールの勢いが止まる。

「彼が貴方達の下に戻る事は、もうありません」

 もう一度繰り返された残酷な言葉、しかしその声はソールの耳には届かなかった。

 この世界にはいない? そんな筈は無い。ほんの一分、数十秒前までいた人間が、消える筈が無い。

 そう頭では考えているソールだが、一方では、デスの言葉が真実に思えてならなかった。

 何もない場所から突然現れた生首、人間。動く死体、喋る猫。全て非現実的だ。そんな事が続けざまに起こったのに、何故、それだけが有り得ないと言い切れる…?

「あの少年は異端の札に選ばれました。札に選ばれた者は、例外なく回収しなければなりません。僕達の、目的の為に」

 棒読みにも聞こえる感情無き声が不気味な真実味を持ち、ソールの耳朶を染め上げる。

(回収した、だと…? あの一瞬で、人間一人を連れ去ったってのか? …何処に?)

 この世界には、もういない。先程のデスの言葉が脳裏に過ぎる。言葉の意味を理解すると同時、「うそだ!」と叫ぶクリフの声が辺りに響いた。

「クロン君はどこにも行かないもん! 今日も僕達と一緒にデュエルするって約束したもん!」

「約束は時に破られるものです。人もまた消えるものです。あの少年が貴方達とデュエルする事は二度とありません。そういう所に連れて行きましたから」

「うそだっ! うそだ!」

「猫は嘘を吐きません」

 否定するもの、真実だと主張するもの。両者が交わる事は、決してあるまい。

 平行線の会話は暫く続き、やがてクリフが泣き始める。その頃合いをみて、暫く無言だった塔が「ところで」と会話に加わった。

「愚者の男の子を回収したから、私達の仕事は終わった訳だけど……そっちの子はどうする? 猫ちゃん」

 そう言って塔が指差したのは、ソールだった。現実を理解する事すら困難な状況、突然自分を名指しされてソールはギクリと肩を竦ませる。

「俺様が、何だってんだよ…!」

 絞り出した気迫で凄むソールだが、その問いに答える者は無い。デスも塔も、彼女の方には一瞥も向けず、お互いに顔を向け合っていた。

「どうする、とは? 僕が観る限り、あの少女は異端の札には選ばれていないように思えますが。あの少女に触れた異端の札は真白な状態に戻っているのが、何よりの証拠かと」

「うん…。でも、教皇のおじちゃん言ってたでしょ? 新しく異端の札に選ばれたのは、さっきの男の子か、あの女の子のどっちかだって。…と言う事はね、今は無理でも、あの女の子も異端の札に選ばれる可能性はあるんじゃないかなって思うの」

「…成程。教皇はあの子も欲しがるかも知れない、と?」

「そう。おじちゃんが欲しがるものは、ぜぇんぶ上げないと。私も、あの男の子も……あの子も」

 平行線の向こう側で会話が行われた後、異様な光を帯びた二対の瞳が、同時にソールに向けられる。

「…確かに、調整次第では異端の札に選ばれる可能性があるかも知れませんね。いいでしょう、教皇がどうお考えになるかはわかりませんが、一人攫うも二人攫うも同じ事。ついでに捕獲して帰るとしましょうか」

「はーい…」

 言い終わるが早いか、一人と一匹の足は、ソールの方に向かって歩み始めた。

 理解の外で行われた会話だが、「攫う」という一語で彼らが何をしようとしているのかは直感でわかった。たった今、この場でやった事をもう一度やるつもりだ。クロンを消したのと同じように、もう一人、ソールを……。

「ソールおねえちゃんに近づくなーっ!」

 感情を爆発させてソールの前に躍り出たのは、クリフだった。それに続いて亮助が、怒りを帯びた表情でソールとクリフの盾となる。

 状況が何一つ見えない中でも、害悪な存在は直感でわかるものだ。その悪意の矛先がソールに向けられた事で、彼らの体は自然に動いたのだろう。ここから先は通さないとばかりに仁王立ちして、塔とデスの接近を阻んだ。

「お前ら、この間うちの店の扉を壊した姉ちゃんの仲間だろ! クロンと扉の修理代、そっくり返してもらうからな!」

「クロン君をここに戻さないと、ボクが猫さん達をやっつけるもん!」

 勇猛な言葉を武器に、塔とデスに対峙する二人。「お前ら…!」とソールが感嘆の声を漏らすのも束の間、ぴたりと足を止めたデスが、「やれやれ」と吐息した。

「子供と言うのは、敵も味方も面倒なものですねぇ。…まぁいいでしょう。そちらの帽子の方にはリリオンさんが迷惑を掛けたようですし、その子を守りたいというのならば、お詫びを兼ねてチャンスを与えましょう」

 にやり、とデスが口元を吊り上げると、彼の足元の空間が歪み、決闘盤が一つ吐き出される。その決闘盤は重力を無視して浮き上がると、デスの左側面に制止した。

「実は、僕も決闘者でしてね。どうです、デュエルで勝負しませんか。僕と塔さん、貴方達二人でペアを組んでのタッグデュエルです。もし貴方達が勝てたなら……少なくとも、そちらの少女は捨て置きますよ」

「何!?」

「ただし、僕達が勝った場合は、力尽くで頂いていきます。もちろんそうなった場合、彼女も二度と貴方達の中には戻りません。…構いませんね、塔さん」

 得意げに尻尾を揺らしながら、デスは塔の顔を見上げる。彼女は特に表情を動かさず、決闘盤を起動させながら「いいけど」と小さく頷いた。

 彼の提案は、亮助達にとっても良い条件のものであった。もし彼らが本気でソールを攫おうとすれば、恐らく亮助達にそれを防ぐ事は出来まい。先程のクロンの時と同様、あっという間に消されるだけだ。

 だが、デュエルならば。少なくとも条件は五分と五分。デスの言葉に嘘が無いとも限らないが、少なくとも、対等な立場で勝負する事ができる。

「…その勝負受けた! いいな、クリフ!」

「うん!」

 互いに顔を見合わせて頷き、亮助とクリフは決闘盤を起動させる。そして――、

『デュエル!』

 未知の相手との勝負が、始まった。

 亮助とクリフ、塔の三人は自らの手で五枚のカードをドローし、デスの決闘盤は一人でに五枚のカードが決闘盤から吐き出され、デスの目の前に浮遊する。あらゆる意味で常識はずれな勝負。しかし、退く事はできない。亮助とクリフはもう一度互いに頷き合い、勝負に向き合った。

 

 

「ぜったいに勝つもん! ボクのターン!」

 対峙する両陣営のうち、一番手を得たのはクリフだった。彼は高々と勝利を宣言すると、引いたばかりの手札と睨めっこを始める。

 タッグデュエル。二対二という変則的な形ながら、基本のルールそのものは通常と左程変わり無い。先攻はドローフェイズも攻撃を行えないが、代わりに相手の伏せカード等を恐れる事無く手を勧める事ができる利点も健在だ。

 ただし。彼を含めて三人と一匹の決闘者が絡んでいる以上、より慎重なプレイングが求められる。どのカードを出したものか、クリフは悩んだ。

 …ここで通常デュエルとタッグデュエルの違いを簡単に解説しよう。

 タッグデュエルとは名前の通り二人の決闘者が連携して戦うものだが、ライフポイントやフィールドは共用となっている。パートナーが召喚したモンスターをリリースする事は可能であるし、シンクロやエクシーズ素材とする事も許されている。

 各ターンは各ペアが交互に進行できるように、最初に決めた順番で代わる。今回の場合はクリフ→塔→亮助→デスの順番でターンが行われ、デスのターンが終わればまたクリフのターンとなる。即ち、次の自分のターンが回って来るまで三人のターンを経由しなければならないのだ。 

 ここが通常のデュエルと最も異なる部分で、タッグデュエルの醍醐味とも言える点だ。例え盤石の構えでターンを終了したとしても、次に自分のターンが回って来るまでの間にデュエルの展開が大きく変わっている可能性は高い。相手が二人いる事もあり、非常に先を読みにくいのだ。

 ならば。勝利を掴む為には、個人の力量だけではまだ足りない。連携と結束、如何にパートナーと息を合わせるかが重要になってくる。言うなれば運命共同体。このデュエルが終わるまで、パートナーは兄弟であり、家族なのだ。

「クリフ! 俺の手札(データ)をそっちの決闘盤に送るから、そっちの手札の情報も頼む!」

「え? …あ、忘れてたっ! うん、いま送るね!」

 亮助の呼びかけに応え、クリフは決闘盤のボタンを押す。タッグデュエル用に設けられた、互いの手札情報を交換する機能だった。

 二人がそれぞれボタンを押すと、クリフの眼前には亮助の手札が、亮介の前にはクリフの手札が、それぞれ映像として表示される。パートナーと連携する為の重要な機能だ、当然、塔達も同じ事をして互いの手札を確認している事だろう。

(りょーすけ君の手札は……よーし、じゃあ最初はこれっ!)

 亮助から得た情報を元に最善の手を組み立てたクリフは、手札から一枚のカードを選び、決闘盤に叩き付ける。

「ぼくは手札から、《鬼ガエル》を召喚っ!」

 このデュエルで最初に召喚されたのは、頭部に角を生やした警告色の蛙のモンスター。大きさはせいぜいバスケットボール程とモンスターとしては小型だが、現実の蛙と比べれば十分に巨大と言える。

 攻撃力は1200ポイントと微弱なものの、効率的な効果を複数持っており、サポートカードも豊富と侮りがたいカードである。

「鬼ガエルの効果で、ぼくのデッキから黄泉ガエルを墓地におくるよ! それと、カードを一枚ふせてターンエンド!」

 クリフが墓地に送ったのは、条件を満たす事で何度でも蘇生が可能な《黄泉ガエル》。

 デュエル序盤から終盤まで、様々な形で貢献できるこのカードを一ターン目から墓地に送る事が出来たのは大きい。ましてや今回はタッグデュエル、普段以上の活躍が期待できる筈だ。

 ただし、《黄泉ガエル》の効果を発動するには、クリフ達の場に魔法・罠カードが存在してはならないという条件がある。クリフの魔法・罠ゾーンにはたった今伏せたカードが一枚。このままでは《黄泉ガエル》の蘇生効果を発動する事は出来ないが……幼いながらも決闘者、考えあっての事である。

 

 「鬼ガエル」 モンスター

 水属性 水族 ☆2

 攻撃力1000 守備力500

 効果:このカードは手札からこのカード以外の水属性モンスター1体を捨てて、手札から特殊召喚できる。

 このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキ・フィールド上から水族・水属性・レベル2以下のモンスター1体を選んで墓地へ送る事ができる。

 また、1ターンに1度、自分フィールド上のモンスター1体を手札に戻す事で、このターン通常召喚に加えて1度だけ、自分は「鬼ガエル」以外の「ガエル」と名のついたモンスター1体を召喚できる。

 

 「黄泉ガエル」 モンスター

 水属性 水族 ☆1

 攻撃力100 守備力100

 効果:自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が表側表示で存在する場合は発動できない。

 

「次は私のターンだね…」

 くすくすと笑みを浮かべながら、カードをドローする塔。

 あらゆる意味で未知の相手の一ターン目だ、どんな戦術を仕掛けてくるのか、クリフと亮助は息を止めて彼女の様子を伺う。

「うふふ…。まずどの子を出そうかなー…?」

 塔は手札を扇状に広げ、楽しげに見つめる。暫くの思考の後、彼女は一枚のカードを選び、展開した。

「決ーめた…。手札から、《首なし騎士》を召喚…!」

「ッ…!?」

 彼女がその名を告げると同時、クリフ達から驚嘆の声が漏れる。

 現れたのは、白い甲冑に身を包んだ騎士。その名の通り首から上が綺麗に切断されており、この世の者でない事が伺える。それでも直立して敵に刃を向けているのは騎士としての誇りか、それとも首をもがれた事への憎悪か。

 ただ、攻撃力は1450ポイントと頼りない数値であり、《鬼ガエル》と違って何の効果も持たない通常モンスターである。これと言ってサポートカードがある訳でもなく――…言ってしまえば、使い道に困るカードだった。

「あうぅ…。あ、あのモンスターこわい…」

「首なし騎士……確か、かなり昔のカードだよな…」

 そんなカードを堂々と出してきたのだから、クリフ達の受けた衝撃は大きい。塔の不気味な雰囲気もあれば尚更だ。

 どのような理由で《首なし騎士》を召喚したのか。彼らが結論に辿り着くよりも早く、塔が動いた。

「バトル…! 首なし騎士で、カエルちゃんを攻撃!」

 声が裏返る程の叫びで下された攻撃宣言。命令を受けた《首なし騎士》は頷く代わりに剣を構え、《鬼ガエル》に向かい突進する。――そこから先の光景は、とても正視できるものでは無かった。

 惨殺、と言葉にするにも悍ましい戦闘だった。接敵に成功した《首なし騎士》は《鬼ガエル》の小さな胴体を踏みつけると、その柔らかな肉に刃を突き立てる。ぐりぐりと肉を掻き混ぜ、やがて《鬼ガエル》が弱り切った頃合いを見て、その頭部を切り落とした。

「ひっ…」

 よもやこんな残忍な形で自分のモンスターが破壊されるとは思わなかったのだろう。クリフは思わず目を背け、亮助も嫌悪の表情を見せる。一方で塔は、楽し気に笑っていた。

「ふふ…、うふふ……まずは首が一つだね。カードを二枚セットして、ターンエンド。うふふ、ふふ…」

 喜悦の表情を浮かべながら、塔は二枚のカードを場に出しターンを明け渡した。

 デュエルはまだ二ターン目。これからどのような展開が待っているのか、予想もつかない。

 ただ、一つだけ。一つだけ確かに言える事があった。亮助達はごくりと唾を飲み、まだ嗤っている塔を見て、思う。――この子は、狂っている。

 

 「首なし騎士」 通常モンスター

 地属性 悪魔族 ☆4

 攻撃力1450 守備力1700

 テキスト:反逆者に仕立て上げられ処刑された騎士の亡霊。

 失ったものを求め、出会った者に襲いかかる。

 

 【クリフ&亮助】

 LP:8000→7750




最新話の更新に二ヵ月以上かかってしまった(´・ω・`)
次回はデュエル回なので、もっと早く更新できる…はず!
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