クロンの呼応   作:恐竜紳士

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『注意』
今回の内容には、ちょっぴりグロテスクな描写が含まれています。苦手な方はご注意ください。


第二十六話:死神は猫のような姿をしている

 デュエルは終盤。デスの異端の札、《グリムリーパー・リゼンブルズ・キャット》が発動した事で、勝負の行方はわからなくなった。

 互いに手札を消耗しつくし、状況は一瞬の油断さえ許されない。そんな張り詰めた空気の中でクリフが“その事”に気付いたのは、言わば偶然だった。

 (タワー)が使うグロテスクなモンスターを直視する事が出来ず、喋る猫デスにだけ目を向けて恐怖を和らげていたのだが……そのデスの仕草に奇妙な点が見られる事に、彼は気付いたのだ。

 否。猫という生物の習性を思えば、それは決して妙な事では無いのだが……デュエル中においては、それは勝敗すら左右しかねない致命的な悪癖だった。

(…やっぱり、間違いない。あの猫さんの尻尾……)

 クリフは自分の気付きの真偽を確かめるように、デスの体の一部――…尻尾に目を向ける。

 猫の尾と言うものは、その猫の感情によって動きが変化する。嬉しい事があれば尻尾をピンと立て、怯えたり悲しい時は尻尾でその気持ちを表現する。…逆に言えば。猫の尻尾を観察すれば、猫の感情の変化を見て取る事が出来るのである。

 そして今。デスの尻尾は大きく、ゆっくりと左右に振られている。それはそのまま、彼の今の感情の表れであった。

 

 

【クリフ & 亮助】 LP:5850

クリフの手札:1枚(死の合唱)

亮助の手札:0枚

モンスター:パワー・ツール・ドラゴン(リミッター解除によりエンドフェイズに破壊確定)

魔法&罠:0枚

ペンデュラム:無し

フィールド:湿地草原

 

【塔 & 死神】 LP:1225

塔の手札:1枚

死神の手札:0枚

モンスター:グリムリーパー・リゼンブルズ・キャット(攻撃表示)

魔法&罠:猫の貯金箱(カウンター数:1)

ペンデュラム:無し

フィールド:無し

 

 「死の合唱(デスコーラス)」 通常魔法

 効果:自分フィールド上に「デスガエル」3体が表側表示で存在する時に発動する事ができる。

 相手フィールド上に存在する全てのカードを破壊する。

 

 「パワー・ツール・ドラゴン」 シンクロ

 地属性 機械族 ☆7

 攻撃力2300 守備力2500

 効果:チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。

 デッキから装備魔法カードを3枚選んで相手に見せ、相手はその中からランダムに1枚選ぶ。相手が選んだカード1枚を自分の手札に加え、残りのカードをデッキに戻す。

 また、装備魔法カードを装備したこのカードが破壊される場合、代わりにこのカードに装備された装備魔法カード1枚を墓地へ送る事ができる。

 

 「湿地草原」 フィールド魔法

 効果:フィールド上の水族・水属性・レベル2以下のモンスターの攻撃力は1200ポイントアップする。

 

 『グリムリーパー・リゼンブルズ・キャット』 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆1

 攻撃力0 守備力0

 “悪しき魔女を焼いてしまえ。二度と悪さができぬように。奴の猫も焼いてしまえ。二度と犠牲者が出ぬように。”

 効果:このカードは通常召喚できない。

 自分のライフポイントが戦闘及びカードの効果によるダメージによって0になる場合、そのダメージを0にしてこのカードを手札から特殊召喚する事ができる。

 このカードは戦闘では破壊されず、このカード以外のカードの効果を受けない。このカードが存在する限り、自分が受ける全てのダメージは0となる。

 自分のターンのスタンバイフェイズ時、このカードをコントローラーの手札に戻す。

 

 『猫の貯金箱』 永続魔法

 効果:1ターンに1度、1000ライフポイントを払う事でこのカードの上に貯金カウンターを1つ置く事ができる。(最大2つまで)

 また、このカードは自分のターンのメインフェイズ時、1000ライフポイントを払う事で破壊する事ができる。

 このカードが自身の効果で破壊されるか、相手のカードの効果によって破壊された場合、自分はこのカードに乗っていた貯金カウンターと同じ枚数カードをドローする。

 

 

「さて、どうなさいますか? 僕の場に死神のカードがある限り、僕達のライフを削り切る事はできません。貴方達のモンスターは攻撃を終えた事ですし、ここはターンを終了するより手はないかと思いますが」

 ターンの進行を急かすデスの声が、クリフの耳朶を叩く。

 手札を消耗し、攻撃可能なモンスターがいないこの状況。彼の言う通り、今は素直にターンを終えるより他ない。しかしクリフはすぐにはターンを終了せず、じっとデスの尻尾を凝視した。

 ゆっくりと左右に揺れる尾は、その猫が上機嫌である事のサインだと言われている。異端の札によってクリフの攻撃を防いだ今、デスが上機嫌であるのは何らおかしい事ではない。「やっぱり」と心の内で呟いたクリフは微笑を浮かべ、亮助の方に視線を向けた。

「あの猫さん、考えてる事が尻尾に出てるよ。前にテレビで観たんだけど、あれ、猫さんが楽しい時のサインなんだって」

 当の本猫達に聞こえないよう、そっと亮助に耳打ちする。亮助は同じく笑みを浮かべながら、小さく頷いた。

 思えばデスはこのデュエル中、最初から感情が尻尾に出ていた。カードをドローした時に尻尾をピンと立てた事が何度かあったし、塔にプレイングの甘さを叱られた際は尻尾をダランと下げている様子も見られた。

 尻尾を立てるのは嬉しい事があった時や仲の良い相手に対する挨拶の気持ちの時の仕草で、尻尾を下げるのは落ち込んだ気持ちの表れとされている。…要するに。デスは知らず知らずのうちに、自分の感情をクリフ達に伝えていたのだ。

 勝負事において、相手の感情を知る事の重要性は言うまでもない。クリフの気付きは直接的では無いにせよ、デュエルの展開を大きく左右しかねない発見だった。生物の習性とは言え、クリフの言葉通り決闘者として致命的な欠点と言えよう。

 この欠点を利用すれば、今からでも勝負を優位に運ぶ事ができる。そう確信したクリフは亮助と目で意思の疎通を行い、改めて倒すべき敵に向き直った。

「ボクはカードを一枚伏せて、ターン終了だよ!」

 クリフが宣言すると同時、《リミッター解除》によって攻撃力を増幅していた《パワー・ツール・ドラゴン》が内部から火を噴き、爆散する。

 高い攻撃力を得た代償としては安いものだが、これでクリフの身を護るモンスターはいなくなった。手札ももう残っておらず、ブラフとして伏せた《死の合唱(デスコーラス)》も気付かれると考えていいだろう。次の塔のターンの攻撃を防ぐ手段は、完全に消失した。

 彼らの残りライフは5850。余裕はあるが、次のターンで削り切られないとも限らない。クリフは祈るような気持ちで、塔の出方を見た。

 

 

「次は何をしようかなぁ…。うふふ、私のターン」

 余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、塔は新たなカードを手札に加える。それと同時、彼女とデスの身を守っていた《死神》の体が黒い粒子となって分散した。

「塔さんのスタンバイフェイズに、グリムリーパーの効果が発動。コントローラーである塔さんの手札に戻ります」

 デスの決闘盤にセットされていた“異端の札”が、意思を持つかのように塔の元へと向かい、彼女の手札に収まる。

 この時点で彼女の手札は三枚。他の三名の手札が0枚である現状況、デュエルの流れを支配しているのは彼女と言っても過言では無かった。

「ライフを1000ポイント払って、猫の貯金箱の自壊効果を発動…。破壊された時に乗っていたカウンターの数、つまり一枚、カードをドローするね」

 当然ここで手を拱く訳も無く、彼女は残り少ないライフを更に消費して手札を潤した。

 これで塔の手札は四枚に増え、支配力が更に強まる。一方でライフが225ポイントにまで低下したが、彼女特に気にする様子も無く手札から一枚のカードを発動させた。

「減っちゃったライフを回復しないとね…。永続魔法、『セーヌのデスマスク』を発動。これから私と猫ちゃんのターンが終わる度に、ライフが700ポイント回復するよ」

 塔の場に出現したのは、人の死に顔を型に造られた石膏の像。その顔立ちから少女の顔を元にしたようだが、その表情は穏やかで、死者の顔とは思えない程美しい。

 効果そのものは毎ターンのライフ回復と地味なものだが、その僅かなライフが勝敗を分ける事もある。彼女以外の全員が疲弊しきった今の状況なら、尚更だ。

「猫ちゃんの手札ももう無いし、そろそろ終わらせようかな…。まずは手札から、レスキューラビットを召喚するよ」

 飛び出したのは、ゴーグル付きのヘルメットを被った兎のモンスター。

 ステータスこそ低いものの、自身を除外する事で同名の通常モンスターを二体特殊召喚する効果を持っている。当然塔の狙いもこの効果にあり、彼女は召喚したばかりのこのモンスターをあっさりと切り捨てた。

「ふふ…、レスキューラビットの効果発動…! デッキから首なし騎士二体を、攻撃表示で特殊召喚っ…!」

 愛くるしい兎が即座に姿を消し、代わりに首を持たない亡霊騎士が二体、塔の場に出現する。彼女がこれまで繰り出した首なしモンスター達の元祖とも言うべきモンスターだ。

「まだいくよ。魔法カード、思い出のブランコを発動して、墓地の首なし騎士も特殊召喚するよ…!」

 潤った手札を惜しげも無く消耗し、塔の場に三体の《首なし騎士》がズラリと並ぶ。

 ステータスが低く効果も持たないこのカードをデッキに三枚投入する胆力は驚嘆の一言だが、例え実用性の低いモンスターと言えども、同時に三体も展開されては厄介だ。ましてクリフと亮助の場には今、身を護るカードが一枚も存在しないのだ。

「くそ、ここに来てこの展開力か…!」

「ふふ、うふふ…。三体の首なし騎士ちゃんで、一斉攻撃!」

 亮助の悪態など耳にも入れず、塔は攻撃を宣言する。命令を受けた騎士達は三手に分かれ、クリフに対しそれぞれ攻撃を叩きこんだ。

 総ダメージは4350ポイント。決して小さなダメージでは無いが、辛うじてクリフ達のライフは残る。《首なし騎士》の打点の低さがここに来て戦局に響いてきたと言うべきか。思わず安堵の息を吐くクリフだが、一方で、塔の顔からも笑みは消えていなかった。

「メインフェイズ2……三体の首なし騎士をエクシーズ素材にして、ランク4、『ネックドレス・デュラハン』をエクシーズ召喚っ!」

 塔の場に並んだ三体の騎士が姿を消し、現れたのは死を予言すると伝えられる首なしの亡霊。自身の頭部を携え、首なし馬が引く戦車に乗り込む姿は、これまで塔が繰り出してきたどのモンスターをも上回る威圧感があった。

「この子は私のお気に入り…。デュラハンちゃんが直接攻撃で相手にダメージを与えた時、エクシーズ素材を三つ取り除く事で、そのデュエルは強制的に私達の勝利になるの」

「っ…! 特殊勝利効果か…!」

「そう言う事。…まあ、デュラハンちゃんは特殊召喚されたターンに攻撃できないけどね。それに……貴方達のライフは残り1500ポイント。デュラハンちゃんの効果に関係なく、次の一撃で終わりだよ」

 勝利宣言とも取れる言葉の後、塔は手札から最後のカードを場にセットし、ターンを終了する。

 彼女の言う通り、今となっては《デュラハン》の効果は特に意味を成さない。だが、直接攻撃という単純な条件で発動する特殊勝利効果はクリフ達の肝を冷やすには十分だった。

 もし彼女がデュエル序盤にあのモンスターを召喚し、《未染色の塔》とのコンボで一撃必殺を狙ってきていたなら。…想像するだに恐ろしい。

 ともあれ塔のターンは終了し、クリフ達は生き延びた。なら、勝負はまだわからない。続く亮助のターンに、希望は残されているのだから。

 

 

 『セーヌのデスマスク』 永続魔法

 効果:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分のターンのエンドフェイズ時、自分は700ライフポイント回復する。

 このカードが相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、このカードをデッキの一番上に戻す事ができる。

 

 「レスキューラビット」 モンスター

 地属性 獣族 ☆4

 攻撃力300 守備力100

 効果:「レスキューラビット」の効果は1ターンに1度しか使用できない。このカードはデッキから特殊召喚できない。

 (1):フィールドのこのカードを除外して発動できる。デッキからレベル4以下の同名の通常モンスター2体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。

 

 「思い出のブランコ」 通常魔法

 効果:(1):自分の墓地の通常モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。

 この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズに破壊される。

 

 『ネックドレス・デュラハン』 エクシーズ

 地属性 悪魔族 ランク4

 攻撃力2000 守備力2550

 効果:地属性レベル4の通常モンスター×3

 このカードはエクシーズ召喚でしか特殊召喚できず、特殊召喚したターンには攻撃する事ができない。

 このカードが直接攻撃によって相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、このカードのエクシーズ素材を3つ取り除く事で、自分はデュエルに勝利する。

 

 【亮助&クリフ】

 LP:5850→1500

 

 【塔&死神】

 LP:1225→225→925

 

 

 辛うじて耐えきったものの、状況は良くない。

 攻撃力2000のエクシーズモンスターに、伏せカードが一枚。そこまで突破が困難な布陣では無いが、手札を消耗しきった今の亮助にとっては極めて難しい状況だった。

「…俺のターン!」

 不利を噛みしめながら、亮助はターンを開始する。この不利な形勢を逆転する手段が、このドローで舞い降りると信じて。

(あいつらのライフは残り925ポイント、削り切れない数値じゃない。けど…)

 亮助は苦しげな表情を浮かべながら、デスと塔の姿を交互に見比べ思案する。

(さっきあの猫が召喚して、あの子の手札に戻った異端の札……グリムリーパー・リゼンブルズ・キャットは、こっちからのダメージを全て遮断できるんだったよな。という事は、あのカードを何とかしない限り、あいつらのライフを削り切る事はできないって事か…)

 手札一枚では、到底覆せそうにない状況に思えた。

 敗北の二文字が亮助の脳裏を掠めるが、ドローしたカードに視線を落とした瞬間、その絶望的は一気に消し飛んだ。

「よし! 魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地からD・モバホン三体とD・パッチン、D・クリーナンを五枚デッキに戻して、デッキから二枚ドローする!」

 これ以上ないタイミングでやって来たドローソースで手札を補充し、亮助の手札は二枚に増える。

 手札が一枚では逆転が難しくても、二枚なら話は違ってくる。それがデュエルの面白い所だ。亮助は引いたカードを確認し即座に戦術を組み立てると、まずは一枚のカードを決闘盤に叩き付けた。

「墓地のラジオンを除外して、D・スマホンを攻撃表示で特殊召喚する!」

 亮助の場にスマートフォンの形をした機械が現れ、その場で人型の形態へと変形する。その外観は非常に薄っぺらく、簡単に壊れそうな印象があった。

「スマホンの効果を発動! サイコロを一回振って、出た目と同じ枚数デッキからカードを捲る! そしてその中からディフォーマーと名のついたカードを一枚選んで、手札に加える事ができる!」

 《スマホン》の液晶に0から9までのダイヤルが表示され、《モバホン》の時と同じようにランダムに点滅を開始する。点滅ははやがて「4」の数字で止まり、亮助はデッキから四枚のカードを捲り、その中から一枚のカードを選んで提示した。

「手札に加えるのはD・ラジカッセン! 更に手札からD・スコープンを召喚だ!」

 続いて現れたのは、顕微鏡の形をした機械のモンスター。召喚されると同時に変形を始め、レボルバ部分を頭部に見立てた人型形態となる。

「スコープンが攻撃表示の時、1ターンに1度だけ手札からレベル4のディフォーマーを一体特殊召喚できる! スマホンの効果でサーチしたラジカッセンのレベルは4、もちろん特殊召喚だ!」

 もう後が無い以上、出し惜しみはしない。亮助はたった今サーチしたばかりの《ラジカッセン》をも迷いなく放出する。呼び出されたラジカセは即座に変形を始め、ヒロイックなデザインの人型形態となった。

 これで亮助の場には三体のモンスターが並んだ。何れも《デュラハン》を撃破するには力不足だが、しかし、個々の効果やステータスはこの際問題では無い。

「レベル4のラジカッセンに、レベル3のスコープンをチューニング! 世界の平和を守るため――、もう一度シンクロ召喚! 愛と正義の使者、パワー・ツール・ドラゴン!」

 苦境を打破すべく、再度呼び出される工具持ちの機械竜。

 攻撃力は2300ポイントと《デュラハン》よりわずかに高く、この時点で《デュラハン》を戦闘破壊可能だが、亮助はそれでは満足せず行動を続けた。

「パワー・ツール・ドラゴンの効果発動! デッキから二枚の団結の力とダブルツールD&Cを選択して、その中から相手がランダムに選んだカードを手札に加える事ができる!」

 亮助が選択したのは、何れも装備モンスターの攻撃力を上昇する効果を持つ装備魔法カード。その中から塔がランダムに一枚選択し、《ダブルツールD&C》のカードが亮助の手札に加えられる。

「サーチしたダブルツールD&Cを発動して、パワー・ツール・ドラゴンに装備だ! これでパワー・ツール・ドラゴンは俺のターン中、攻撃力が1000ポイントアップする!」

 何処からともなく現れたドリルとカッターの二つの工具が《パワー・ツール・ドラゴン》の両腕に装備され、攻撃力を上昇させる。

 これにより《パワー・ツール・ドラゴン》の攻撃力は3300ポイント。《デュラハン》の攻撃力を圧倒的に上回った。しかし亮助はすぐにはバトルフェイズには入らず、じっとデスの様子を……尻尾を、観察する。

 デスの尻尾は先程と同様ゆっくりと左右に揺れており、この状況に対して余裕がある事を暗に示していた。亮助はデスに向けた視線を即座に外すと、次いで塔の場に伏せられた伏せカードに目を向ける。

(クリフが言った事、どうやら間違いないみたいだな…。あの猫、感情がだだ漏れ(・・・・)だ。異端の札のセーフティがあるとは言え、攻撃力3300のパワー・ツールを見てもしれっ(・・・)としてるって事は……あの伏せカード、何かあるな)

 普段なら、このまま攻撃を仕掛けていた。しかしデスの尾の動きを見て手を変えるべきだと判断した亮助は、即座に戦術を切り替える。

「今度はレベル7のパワー・ツール・ドラゴンに、レベル1のスマホンをチューニング!」

「っ…! 装備カードを使った上で、またシンクロ召喚を…!?」

「世界の未来を守るため、勇気と力がレボリューション! シンクロ召喚! 進化せよ、ライフ・ストリーム・ドラゴン!」

 亮助が宣言すると同時、《パワー・ツール・ドラゴン》の全身の装甲が粉々に砕け、覆われていた肉体が露わとなる。

 その姿はこれまでの機械的なイメージとは異なり、筋肉質な印象を受ける。両腕は心なしか装甲を身に着けていた時よりも太くなったように見え、両腕に装備していた工具もパージされている。種族も機械族からドラゴン族へと変化しており、見た目の面影こそ残っているものの、とても同じモンスターとは思えなかった。

「ライフ・ストリーム・ドラゴンの効果! このカードがシンクロ召喚された時、俺とクリフのライフを4000ポイントにまで回復する事ができる!」

 進化した《パワー・ツール・ドラゴン》の翼が虹色に輝き、暖かな光の粒子が亮助達に降り注ぐ。光は彼らの体に吸収され、彼らのライフを4000ポイントにまで回復させた。

 これで準備は整った。亮助は先程と同じ揺れ方をするデスの尻尾を確認すると、意を決してバトルフェイズに突入した。

「バトル! ライフ・ストリーム・ドラゴンで、デュラハンに攻撃だ!」

 攻撃指令を受けた《ライフ・ストリーム・ドラゴン》が両翼に光の粒子を吸収し、生命の輝きの如き閃光を口から放つ。

 その攻撃力は2900ポイント。《デュラハン》を容易く撃破できる数値であるが、塔とデスの表情には明らかな余裕が浮かんでいた。

「どうやら気付いていないようですね。僕の異端の札、死神のカードの真の能力に…」

「だね…。私の手札が0枚になった(・・・・・・・・・・・)事にも、気付いてないみたいだし」

 その呟きを聞いた瞬間、亮助の体に戦慄が走った。

 デスの方ばかりに意識を向けていたので深く考えてはいなかったが、言われてみれば先のターン、塔は全ての手札を消耗していた。

 攻撃の為に《首なし騎士》を展開し、伏せカードを出し――…彼女の手札は現在0枚。奇妙な事に、スタンバイフェイズに手札に加わった筈の《グリムリーパー》のカードが、いつの間にか消えている。

 ぞわりと全身に鳥肌が立つ感覚。《グリムリーパー》のカードは何処に消えたのか? ある可能性に気付いた亮助は、揺れる双眸を塔の伏せカードに向け、「まさか」と一言呟いた。

「――異端の札は、触れた者によって姿を変える」

 微かに聞こえたその声は、果たしてデスの声だったのか、塔の嘲笑だったのか。それとも無意識のうちに漏れた亮助自身の呟きだったのか。

 判断する間も無く塔の伏せカードが翻り、再度亮助を戦慄させる。手札から消えた《異端の札(グリムリーパー)》は、ここにあった。

「異端の札、未染色の塔(アンステンド・タワー)を発動! 1ターンに1度、攻撃モンスターを破壊する!」

「なっ…!」

 《ライフ・ストリーム・ドラゴン》が放った閃光が《デュラハン》の胸を貫くと同時、塔の頭上から浮遊する生首の群れが舞い降り、《ライフ・ストリーム・ドラゴン》に飛びかかる。

 少し前に塔が使用した、彼女の異端の札《未染色の塔》。《グリムリーパー》のカードが消え、入れ替わりにこのカードが出てきた事で、亮助は全てを理解した。

 デュエル開始直後に聞いたソールの言葉によれば、異端の札は触れた人間によって変化する性質を持つらしい。そしてあの時。《グリムリーパー》のカードが塔の手札に戻った時、彼女はカードに触れて(・・・)いる。

 あの瞬間に入れ替わったのだ。《グリムリーパー》は消えたのではない、塔が触れた事で《未染色の塔》に変化していたのだ。

 当然、公式の試合であれば文句なしに違反行為(ジャッジキル)となる行為である。だが、このデュエルは公式のものでは無いし審判も存在しない。従って、亮助らには塔とデスのプレイングを咎める事は出来なかった。

「ラ…、ライフ・ストリーム・ドラゴンの効果! 墓地の装備魔法カードを除外する事で、このカードの破壊を無効にする!」

 だからと言って、せっかく召喚した《ライフ・ストリーム・ドラゴン》を撃破される訳にもいかない。

 亮助の墓地から《団結の力》のカードが引き摺り出され、光の粒子となって《ライフ・ストリーム・ドラゴン》の全身を包み込む。光は襲い来る生首達を退け、《未染色の塔》の破壊効果から《ライフ・ストリーム・ドラゴン》を守り抜いた。

 とは言え。攻撃は通り、モンスターの破壊も食い止めたとは言え、亮助の心は穏やかでは無かった。

 もし彼が《ライフ・ストリーム・ドラゴン》を召喚せず、《パワー・ツール・ドラゴン》で攻撃を行っていたら。例え《D&C》を身代わりにして破壊を無効にしても、《パワー・ツール・ドラゴン》の攻撃力は低下し《デュラハン》に戦闘破壊されていただろう。

 そうなれば、もう《デュラハン》を破壊するカードは無い。次のデスのターンに《デュラハン》の攻撃を受け、敗北していた筈だ。

(……。危機一髪、ってやつだな…)

 状況をポジティブに捉えながら、亮助はターンを終了させる。厄介な《未染色の塔》が復活したとは言え、《デュラハン》を破壊する事はできたのだ。それだけでも満足すべき結果だったと言えるだろう。

 

 

 「貪欲な壺」 通常魔法(制限)

 効果:(1):自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。

 そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから2枚ドローする。

 

 「(ディフォーマー)・スマホン」 モンスター

 地属性 機械族 ☆1 チューナー

 攻撃力100 守備力100

 効果:このカードは通常召喚できない。自分の墓地の「(ディフォーマー)」モンスター1体を除外した場合に特殊召喚できる。

 (1):このカードは表示形式によって以下の効果を得る。

 ●攻撃表示:1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。サイコロを1回振り、出た目の数だけデッキの上からカードをめくる。

 その中から「(ディフォーマー)」カード1枚を手札に加え、残りはデッキに戻してシャッフルする。

 ●守備表示:1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。サイコロを1回振り、出た目の数だけデッキの上からカードを確認し、デッキの上か下に好きな順番で戻す。

 

 「(ディフォーマー)・スコープン」 モンスター

 光属性 機械族 ☆3

 攻撃力800 守備力1400

 効果:このカードはこのカードの表示形式によって以下の効果を得る。

 ●攻撃表示:1ターンに1度、手札から「(ディフォーマー)」と名のついたレベル4モンスター1体を特殊召喚できる。この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 ●守備表示:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカードのレベルは4になる。

 

 「ダブルツールD&C」 装備魔法

 効果:自分フィールド上の「パワー・ツール・ドラゴン」または「(ディフォーマー)」と名のついたレベル4以上の機械族モンスターにのみ装備可能。それぞれのターンで以下の効果を適用する。

 ●自分のターン:装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。

 また、装備モンスターが攻撃する場合、バトルフェイズの間だけ攻撃対象モンスターの効果は無効化される。

 ●相手のターン:相手は装備モンスター以外のモンスターを攻撃対象に選択できない。

 また、装備モンスターが相手モンスターと戦闘を行ったダメージステップ終了時、その相手モンスターを破壊する。

 

 「ライフ・ストリーム・ドラゴン」 シンクロ

 地属性 ドラゴン族 ☆8 チューナー

 攻撃力2900 守備力2400

 効果:チューナー+「パワー・ツール・ドラゴン」

 このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分のライフポイントを4000にする事ができる。

 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分が受ける効果ダメージは0になる。

 また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、 代わりに自分の墓地に存在する装備魔法カード1枚をゲームから除外する事ができる。

 

未染色の塔(アンステンド・タワー)』 永続罠

 “マイク、マイク、お前の頭は見つかったかい? それはお前と同じように、胴が無くても生きて動いていたのかい?”

 効果:「未染色の塔」はフィールド上に1枚しか存在できない。

 このカードが効果によって破壊された場合、このカードは効果モンスター(アンデット族・闇・星8・攻/守3000)となり、モンスターゾーンに攻撃表示で特殊召喚する。このカードは罠カードとしても扱う。

 この効果を発動したターンのエンドフェイズ時、このカードがモンスターゾーンに存在する場合、このカードを罠カードとして魔法&罠ゾーンにセットする事ができる。

 このカードが魔法&罠カードゾーンに存在する場合、1ターンに1度、以下の効果から1つを選んで発動する事ができる。

 ●自分フィールド上のモンスターが相手モンスターを攻撃する場合、その攻撃を相手への直接攻撃に変更し、攻撃対象となっていたモンスターをダメージ計算後に破壊する。

 ●相手モンスターの攻撃宣言時、その攻撃モンスターを破壊する。

 

 【亮助&クリフ】

 LP:1500→4000

 

 【塔&死神】

 LP:925→25

 

 

「さて、そろそろ終結(アウトロ)に向かいましょうか。僕のターンを開始します」

 亮助のターンが終わり、続いてデスのターンが訪れる。宙に浮かぶ決闘盤から一枚のカードが抜き出され、彼の目の前で浮遊する。

 デスの尻尾に目立った動きは無い。どうやら特別良いカードを引いた訳ではないらしいと亮助が判断すると同時、そのカードは決闘盤に叩き付けられた。

「悪くない引きですね。手札から『隻眼の守衛猫』を召喚します」

 現れたのは、大きな網代笠を被った隻眼の三毛猫。

 荒れた毛並みに二つに分かれた尻尾が特徴的で、まるで人間のように直立している。前脚には木の枝で作った刺又を持っており、戦い慣れした雰囲気が滲み出ていた。

「隻眼の守衛猫が存在する限り、貴方達のモンスターは守衛猫以外のモンスターを攻撃する事ができません。また攻撃表示の守衛猫が攻撃された場合、表示形式を変更する事が可能です。…もっとも攻撃力は900ポイント程度なので、攻撃表示になる事は滅多にありませんけれどね」

 淡々とした口調で説明した後、デスは亮助の《ライフ・ストリーム・ドラゴン》を見上げ、「もっとも」と微笑する。

「未染色の塔が発動した今、攻撃力はそこまで重要ではありませんね。バトルフェイズに突入、守衛猫でライフ・ストリーム・ドラゴンに攻撃します」

 命令を受けた《守衛猫》が、躊躇いつつも《ライフ・ストリーム・ドラゴン》に突撃する。一見無謀な攻撃にも思えるが、その真の狙いを亮助達は知っていた。

「くすくす…。未染色の塔の効果を発動するね…。守衛猫の攻撃を相手への直接攻撃に変更して、攻撃対象となっていたライフ・ストリーム・ドラゴンを破壊する…!」

 塔の場に積み上げられた死肉の塔が崩れ、生首達が一斉に《ライフ・ストリーム・ドラゴン》に飛び掛かる。《未染色の塔》の最も厄介な効果であるが、亮助は慌てる事無く墓地から一枚のカードを選び、除外した。

「ライフ・ストリーム・ドラゴンの効果発動! 墓地のダブルツールD&Cを除外して、破壊を無効にする!」

 力強く宣言すると、亮助の墓地からシンクロ召喚時に墓地に送られた《D&C》のカードが現れ、光の粒子となって《ライフ・ストリーム・ドラゴン》の身を包み込む。

 生命の輝きを嫌った生首達は逃げるように塔の元に戻るが、当然、向こうもこの展開は予期している。塔はにやりと口元を吊り上げ、「やっぱりね」と一言告げた。

「ドラゴンちゃんの首が取れなかったのは残念だけど…。守衛猫ちゃんの直接攻撃は、しっかり受けてもらうからね…?」

 塔が告げた直後、いつの間にか《ライフ・ストリーム・ドラゴン》の真下を潜り抜けていた《守衛猫》が亮助に迫り、刺又で彼に殴り掛かる。ダメージこそ微量であるが、やはり破壊効果と直接攻撃を付加する効果は厄介だと痛感せざるを得ない。

 だが、何にしてもこのターンも凌ぐ事は出来た。最後の砦である《ライフ・ストリーム・ドラゴン》も健在であり、まだまだデュエルは続行可能だ。問題は、ここからどう反撃に転じるかである。

 塔とデスのライフは残り少ない。彼らのライフを守る《死神(グリムリーパー)》が《未染色の塔》に変化した事実は、見方を変えればチャンスと捉える事もできるのだ。

「まあ、こんな所でしょうか。ターンを終了します」

 のんびりと伸びをしながら、デスはターン終了させる。それと同時、塔が発動した《デスマスク》によって彼らのライフは更に700ポイント回復した。

 

 

 『隻眼の守衛猫』 モンスター

 闇属性 獣族 ☆2

 攻撃力900 守備力1900

 効果:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は表側表示で存在する他のモンスターを攻撃対象に選択する事はできない。

 フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、このカードの表示形式を守備表示にする。

 

 【亮助&クリフ】

 LP:4000→3100

 

 【塔&死神】

 LP:25→725

 

 

 状況は最悪では無い。だが、決して良い訳でも無い。

 塔の場に《未染色の塔》がある限り、クリフ達の行動は制限され、こちらのモンスターは一方的に破壊される。真綿で首を絞められるようなものだ、一刻も早くこの状況から脱しなければならない。

「…ボクのターンだよっ!」

 どうにかして状況を変えなければ。その一念でカードをドローするクリフだが、引き当てたカードは上級モンスターの《デスガエル》。彼のデッキの基軸とも言えるカードであるが、単体で力を発揮するカードでは無く、とても今の状況を変える事はできそうになかった。

「あぅぅ…」

 苦衷を表情に出しながら、クリフはガックリと肩を落とす。

 互いに手札を消耗し尽くした今、ノーコスト且つ毎ターン効果を使用できる《未染色の塔》の存在は絶対的だ。ここはあのカードを無力化できるカードに来て欲しかったのだが、引けなかったものは仕方ない。落胆を引きずりながらも、クリフは次の手を思案する事にした。

 現在、彼らの墓地にある装備魔法カードは《D・リペアユニット》が一枚。したがって《ライフ・ストリーム・ドラゴン》はあと一度だけ《未染色の塔》の破壊から身を守る事が出来る。

 この一回を、果たしてどう使うべきか。そこが重要な点だった。《守衛猫》を攻撃して相手モンスターを全滅させるべきか、それとも攻撃を見送って温存すべきか。

 彼らの場が《ライフ・ストリーム・ドラゴン》によって支えている以上、悪手を打つ事は許されない。クリフは暫く考えた後、決断した。

「ライフ・ストリーム・ドラゴンで、隻眼の守衛猫に攻撃するよ!」

 当然と言えば当然の決断だった。

 ここで《ライフ・ストリーム・ドラゴン》を温存した所で、相手は何度でも直接攻撃と破壊効果を仕掛けて来るのだ。ならば相手モンスターを確実に破壊し、攻撃の手を緩めさせた方が却って防御に繋がる筈だ。

 それが正しい判断なのかはわからない。とにかく、命令は下された。《ライフ・ストリーム・ドラゴン》の両翼に再び光の粒子が集い、放たれた閃光が《守衛猫》の姿を掻き消す。それと同時、デスが動いた。

「守衛猫が効果により守備表示になった事で、僕と塔さんのライフにダメージは発生しません。そして当然…、未染色の塔の効果が発動します」

 三度、《ライフ・ストリーム・ドラゴン》に襲い掛かる生首の群れ。だが、この効果が通らない事は互いに承知している。

「亮助くんの墓地からD・リペアユニットを除外して、ライフ・ストリーム・ドラゴンの破壊を無効にするよ!」

 流れ作業の様に《ライフ・ストリーム・ドラゴン》の効果を発動させ、悪意の塊を追い払う。これで彼らの墓地に装備魔法カードは無い。次に《未染色の塔》の効果を使われたら、今度こそ最後の砦は破壊される事になる。

 だが、それはあくまで塔が次のターンにモンスターを出して来た場合の話だ。攻撃するモンスターが存在しなければ、こちらから攻撃しない限り《未染色の塔》の効果は発動する事は無い。

(あの怖い女の子の手札は0枚…。次のドローでモンスターカードを引かれなかったら、亮助くんのターンまでライフ・ストリーム・ドラゴンを残す事ができるよね…!)

 そこに一筋の活路を見出し、クリフはターンを終了させる。

 次の塔のターンに、彼女がモンスターを引かなければ。――…どうか引かないで。そう念じながら、クリフは次の塔のターンを待った。

 

 

 「デスガエル」 モンスター

 水属性 水族 ☆5

 攻撃力1900 守備力0

 効果:このカードの生け贄召喚に成功した時、自分の墓地に存在する「悪魂邪苦止」の枚数分まで、「デスガエル」を手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。

 

 

「ドラゴンちゃんドラゴンちゃん、今度こそお首を刎ねてあげるからね…? うふっ、ふふふ…」

 狂気に満ちた光を瞳に宿しながら、塔はターンを開始する。

 ここで彼女が何を引くかで戦局は大きく変わって来る。クリフも亮助も、息を飲んで彼女の様子を伺っていた。

「あ…」

 ドローカードを見た塔が頓狂な声を出し、にたりと口元を歪めて嗤う。隣にいるデスも彼女が引いたカードを確認すると、ピンと尻尾を立てて喜びを表現した。良いカードを引いたらしいと推測するのは、そう難しい事では無かった。

「うふふ…。魔法カード、命削りの宝札を発動。手札が三枚になるようにドローするね…」

「あぅ…!?」

 塔の立場からすれば最良の、クリフ達からすれば最悪のカードであった。

 彼女が発動したのは、最大で三枚もの手札を補充できるドローカード。当然いくつかの誓約とデメリットも存在するが、手札を大幅に増加させる事のメリットを思えばそれほど厳しいものでは無く、発動コストも無いため気軽に発動する事ができる。

 そして、このタイミングでこのカードを発動された以上、モンスターカードはほぼ確実に彼女の手札に加わると考えていい。状況は悪くなる一方だった。

「くすくす…。手札から、『無頭のケルベロス』を召喚…」

 塔が呼び出したのは、三つの頭を持つと言われる怪物犬ケルベロス。だがその頭部は悉く切り落とされており、痛々しい断面が三つ並んでいる。それでも生きて動いている辺りは、流石は地獄の番犬と言った所だろう。

「ケロちゃんは戦闘破壊された時にデッキから同名モンスターをリクルートする効果と、墓地にケロちゃんが三枚存在する時、そのうち一体を蘇生する効果を持ってるの…。まあ、命削りの宝札を発動したターンは特殊召喚自体できないけどね…」

 くすりと一笑し、塔はクリフ達の場で羽ばたく《ライフ・ストリーム・ドラゴン》を見上げる。破壊耐性を失った今、塔がこのモンスターを処理するのは難しい事では無かった。

「いくよ、バトルフェイズ…。ケロちゃんでドラゴンちゃんに攻撃! ――未染色の塔の効果を発動して、攻撃対象のドラゴンちゃんを破壊するよ…!」

 指令を受けた《ケルベロス》と積み上げられた生首の群れが同時に動いた。

 頭の無い番犬が攻撃対象であった《ライフ・ストリーム・ドラゴン》を無視し、鋭い爪でクリフを引き裂く。…が、《命削りの宝札》の効果によってクリフ達のライフにダメージは無い。せいぜい精神的なダメージがあるくらいだろう。

 だがその傍らでは、光の庇護を失った《ライフ・ストリーム・ドラゴン》が、無数の生首達によって頭部の肉を喰い削られ(・・・・・)ていた。夥しい量の鮮血が周囲に飛び散り、長らくクリフ達を守っていた生命竜は断末魔と共に役目を終える。その死骸からは塔の宣言通り頭部が失われており、彼女の心を躍らせた。

「うふ、うふふっ…。やぁっとドラゴンちゃんも可愛い姿になれたね…? 後はお楽しみがもう一つ。カードを一枚セットして……ふふ、ターンエンド」

 塔がターン終了を宣言した刹那、何処からともなく出現した刃が彼女の片手――残りの手札を持っていた右手の手首から先――を切り落とす。

 《命削りの宝札》の最後のデメリット、使用者のエンドフェイズ時、使用者は全ての手札を失う。彼女の手が切り落とされたのは、その演出によるものだ。次の瞬間には、彼女の手は元通りとなっていた。ただ一点、手札に残されていた《ネクロフェイス》が無くなっている事を除いて。

「くすくす…。私の手首もころころころり……教皇のおじちゃんにも見せたかったなぁ…」

 狂気の言葉を残り香に、塔のターンは終了する。《デスマスク》の効果が彼女のライフを癒し、また一歩、勝利がクリフ達から遠のいた。

 

 

 「命削りの宝札」 通常魔法

 効果:「命削りの宝札」は1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。

 (1):自分は手札が3枚になるようにデッキからドローする。

 このカードの発動後、ターン終了時まで相手が受ける全てのダメージは0になる。このターンのエンドフェイズに、自分の手札を全て墓地へ送る。

 

 『無頭のケルベロス』 モンスター

 闇属性 獣族 ☆3

 攻撃力1000 守備力700

 効果:このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから「無頭のケルベロス」を1体特殊召喚できる。

 このカードが墓地に存在する時、このカード以外の墓地の「無頭のケルベロス」2枚をゲームから除外する事で、このカードを墓地から特殊召喚できる。

 

 「ネクロフェイス」 モンスター

 闇属性 アンデット族 ☆4

 攻撃力1200 守備力1800

 効果:このカードが召喚に成功した時、ゲームから除外されているカード全てをデッキに戻してシャッフルする。

 このカードの攻撃力は、この効果でデッキに戻したカードの枚数×100ポイントアップする。

 このカードがゲームから除外された時、お互いはデッキの上からカードを5枚ゲームから除外する。

 

 【塔&死神】

 LP:725→1425

 

 

 ――流れが悪化した。額の脂汗を手で拭いながら、亮助はそう直感する。

 唯一《未染色の塔》を突破できた《ライフ・ストリーム・ドラゴン》を失った事はもちろん、塔がこの土壇場で《命削りの宝札》を引き当てた事実は、運が向こう側に流れている兆候のように思える。

 一度は大幅に回復したライフも、いつまで持つかわからない。ここが正念場だと覚悟を決め、亮助はデッキに手を伸ばした。

「俺の、ターン!」

 高らかに宣言し、カードをドローする。道を切り開くという言葉を意識したつもりは無かったが、その動作はさながら抜刀術のようで、彼の意気込みと焦りを表していた。

 残心を忘れず、引いたカードを確認する。この窮地に彼の手札に舞い込んだのは、《(ディファレント)(ディメンション)(リバイバル)》。ゲームから除外されたモンスターを帰還させる効果を持つ装備魔法カードであるが、このカードを見た亮助の表情は苦しげだった。

 それもそのはず。除外されたモンスターを場に戻す効果は優秀なものだが、このカードは発動コストとして手札を一枚捨てなければならない。その肝心のコストが、今の亮助には用意できないのだ。

(くそッ…! あと少し、あと一歩って所まで追い詰めてたのに…! たった一枚の異端の札(カード)に、ここまでひっくり返されるなんて…!)

 諦めきれずに頭を働かせる亮助だが、もはや打つ手は無いように思えた。

 ドローした《D・D・R》は発動できず、場に伏せた《死の合唱(ブラフ)》は確実に相手に読まれている。相方(クリフ)の手札は上級モンスター《デスガエル》一枚のみ。身を護るカードさえ無い今、あらゆる全てが絶望的であった。

「……。…」

 体から力が抜け、地に膝を付けそうになる。

 もう駄目だ。勝てない。このデュエルは、俺達の負けだ。――…敗北の予感を振り払う気力すら失い、勝負を投げかけた時。「負けられない」という亮助の闘志が、雑音だらけの思考から一つの事実をつかみ取った。

「俺……()…?」

 これが通常のデュエルだったなら、亮助はここで折れていたかも知れない。クロンが攫われてから今まで、ここまで気力を保っていられただけでも彼は十分頑張っていた。

 だが、ここに来て亮助は思い出す。このデュエルは一対一の勝負ではなく――、“タッグ”デュエルなのだという事を。

「っ――!」

 戦慄が走った。

 長年培ってきた決闘者としての経験と直感、最年長の自分がソールとクリフを守らなければ言う責任感、生まれ持った正義感。理由は何でもいい、ただ、このデュエルがタッグデュエルだという事を思い出した時、ある一つの可能性に彼は気付いた。

「……。この勝負、勝てるぞクリフ」

 武者震いと言うのだろうか。亮助の体はいつしか興奮で震え、笑みを浮かべながらパートナーの方を見ていた。

 もっとも、当のクリフは突然の勝利宣言に驚いた様子で首を傾げていたのだが…、やがて同じように笑みを浮かべて、力強く頷く。亮助の考えがわかったのではなく、「勝てる」というその言葉に励まされたかのようだった。

「俺は、カードを一枚セットしてターンエンドだ!」

 勝利を確信した亮助は、引き当てた《D・D・R》を伏せてターンを終える。

 全身には力が漲り、気力が満ちる。彼はもう、微塵も敗北を恐れてはいなかった。

 

 

 「(ディファレント)(ディメンション)(リバイバル)」 装備魔法

 効果:手札を1枚捨て、ゲームから除外されている自分のモンスター1体を選択して発動できる。

 選択したモンスターを表側攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。

 

 

「…ふむ。僕のターンですね」

 怪訝な顔で亮助を見つめながら、デスはターンを開始する。

 再起した《未染色の塔》で場を荒らし、相手からの反撃も無くなった現在。もはや勝敗は決したものと彼は考えていたのだが、亮助が不敵な笑みを見て、その確信に僅かな疑念が忍び込んだ。彼は視線を亮助に据えたまま、隣にいる塔に問い掛ける。

「どう思われます、塔さん。追い詰められて尚笑うあの少年の態度、僕には些か不気味に映りますが」

「さあ。…頭のおかしい子なんじゃない?」

 興味が無いとばかりに適当に返す塔に、デスは何か言いたげな視線を向ける。少なくとも彼女の方は警戒している様子は無く、むしろデスのプレイを急かしているように思えた。

 考え過ぎか。そう心で納得し、デスは行動を開始する。

「まあいいでしょう。手札から、『猫忍コバン』を召喚します」

 現れたのは、忍装束を身に着けた二足歩行の黒猫。背中には千両箱を背負っており、忍と言うよりは盗人のような外見である。攻撃力も例によって500ポイントと低い数値で、戦闘向きのモンスターでない事が見て取れる。

「バトル! 猫忍コバン、無頭のケルベロスの順に直接攻撃を仕掛けます!」

 デスが指令を受け、《猫忍コバン》は懐から小判を取り出し手裏剣のように亮助に向けて投げ、《ケルベロス》はその後に続いて敵のライフを切り刻む。

 これで亮助・クリフのライフは残り1600ポイント。辛うじて耐えきった形であるが――デスは手を休めず、先のターンで塔が伏せたカードを発動させる。

「永続罠カード、正統なる血統を発動! 塔さんの墓地から首なし騎士を蘇生し、追撃をかけます!」

 亮助の足元の大地が割れ、頭部を失った騎士が地の底より蘇る。《首なし騎士》は現れるや否や亮助の喉元に剣を突き立て、そのライフを更に減少させた。

 ――だが、それでも。彼らのライフは150ポイント程残る。デスは複雑な表情を浮かべながら、塔の方を見た。

「何故、先程のターンでネクロフェイスを出さなかったのです? あれを出していれば、このバトルフェイズで決着が着いていたかと」

「かもね…。でも、あの帽子の子のデッキ……ディフォーマーは、デッキからのサーチや特殊召喚が得意なデッキだから…。除外されたカードをネクロフェイスの効果で戻すと、面倒な事になってたかも知れないでしょ…?」

「…成程。逆転の芽は摘むに限るという事ですか」

 小さく頷きながら、デスは改めて亮助・クリフの方を見る。尻尾をゆっくりと、上機嫌に揺らしながら。

「何にしても、次で決まりそうですね。ターンを終了します」

 

 

 『猫忍コバン』 モンスター

 光属性 獣族 ☆1

 攻撃力500 守備力500

 効果:フィールド上に表側表示で存在するこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、デッキからカードを1枚ドローする。

 

 「正統なる血統」 通常罠

 効果:(1):自分の墓地の通常モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。

 このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。そのモンスターがフィールドから離れた時にこのカードは破壊される。

 

 【亮助&クリフ】

 LP:3100→2600→1600→150

 

 【塔&デス】

 LP:1425→2125

 

 

「ボクの、ターン!」

 叫ぶように宣言し、クリフはカードをドローする。

 次で勝負が決まるというデスの言葉は、そのまま今のクリフの心境であった。このターンで何とかしなければ、もう後は無い。クリフは祈るような気持ちで引いたカードを確認し――、絶望した。

 ドローしたカードは、二枚目の《湿地草原》。既に発動されている為に発動する事すら無意味なフィールド魔法であった。

「う、うぅ…」

 よりによってと言う引きに泣きだしたくなるが、「よしっ」という亮助の歓喜の声が、その涙を押しとどめた。

「大丈夫だクリフ。この勝負……もう俺達の勝ちだ」

「えっ?」

 思いもかけない勝利宣言に、クリフは頓狂な声を上げてしまう。

 召喚すらできない《デスガエル》と、既に発動している《湿地草原》。勝利はおろか、次のターンを凌ぐ事さえできない手札なのだが……それでも、亮助は強気な様子で笑っていた。

「確かにその手札だけなら、どうしようもないかもな。けど、これはタッグデュエルなんだ。戦ってるのはお前だけじゃない、俺だけでもない。俺達(・・)なんだ。お前のカードと俺のカード、二人の力を合わせれば……」

 道は拓けるさ。そう目で語りながら、亮助は場に伏せられた二枚のカードに目を向けた。

 亮助とクリフから一枚ずつセットされた二枚のカード。クリフは首を傾げながらそれらを見つめ……やがて、気付く。亮助が何を言いたいのか、クリフに何を期待しているのかを。

「…亮助くん、もしかして――、」

「な、勝てるだろ?」

 そう言って亮助はクリフに向けてサムズアップする。絶望が、希望に変わった瞬間だった。

 クリフは亮助に一言礼を言うと、改めて倒すべき敵に向き直り、勝利への道を歩み始める。

「手札の湿地草原を捨てて装備魔法カード、D・D・Rを発動するよっ! 除外されたボクの鬼ガエルを、場に特殊召喚!」

 第一に発動したのは、亮助が先のターンに残した希望のカード。二人の場の空間が歪み、ゲームから取り除かれていた《鬼ガエル》が帰還する。

「鬼ガエルが特殊召喚された時、効果が発動だよ! ボクのデッキから、悪魂邪苦止(おたまじゃくし)を一枚墓地に送るよ!」

 そう宣言し、クリフが墓地へ送ったのはカエルの幼生、おたまじゃくしの姿をしたモンスター。戦闘破壊された際に同名モンスターをサーチする効果を持ち、墓地に存在する事で特定のガエルモンスターの力を発揮させる事ができる。

 クリフがこのカードを墓地に送った事で、それまでくすくす笑っていた塔の表情が変わる。彼らの狙いに気付いたのだろう、殺気立った様子でクリフの方を睨んでいた。

 思わず怯むクリフだが、既に賽は投げられた。クリフは手を震わせながら《鬼ガエル》のカードを墓地へ送り、最後の手札を決闘盤に叩き付けた。

「ま…、まだまだいくよー! 鬼ガエルをリリースして、デスガエルをアドバンス召喚!」

 現れたのは、緑色の体色を持つ大型の蛙。他の蛙達のように奇抜な体色も持っていなければ、異形である訳でも無い。一般的な「蛙」のイメージそのままの姿であった。

「デスガエルが召喚された時、墓地に悪魂邪苦止があると、その数だけデスガエルを特殊召喚できるよ! ボクの墓地には今送った悪魂邪苦止が一枚! だからデッキから一枚、デスガエルを特殊召喚するよ!」

 クリフの場の《デスガエル》がゲロゲロと鳴き声を上げたかと思うと、更に一匹の《デスガエル》が現れ、隣に並ぶ。これで彼らの場には《デスガエル》が二体。だが、クリフの行動はまだ終わらなかった。

「リリースした鬼ガエルを除外して、粋カエルを攻撃表示で特殊召喚するよ!」

 帰還して墓地へ送られた《鬼ガエル》を糧にして、再び場に舞い戻る《粋カエル》。これで彼らの場にはモンスターが合計三体。全ての準備は、整った。

「……ッ。粋カエルの効果は、確か…!」

 焦りを含んだ声でデスが呟く。どうやら彼もクリフの狙いに気が付いたらしい。尻尾をボワッと逆立て、動揺を隠せずにいた。

 クリフが特殊召喚したモンスター《粋カエル》は、場に存在する場合《デスガエル》として扱われる。即ちルール上、彼らの場には三体の《デスガエル》が並んだ事になる。

 それが意味する事は、ただ一つ。クリフと亮助は互いに頷き合い、二人同時に最後の伏せカードに手を伸ばした。

「僕達のリバースカード、オープン! 死の合唱!」

「お前達の場のカードを全て、破壊する!」

 長らく――…長らく伏せられていた《死の合唱》が沈黙を破り、翻る。それと同時、三匹の蛙達はガァガァと一斉に声を上げ鳴き始めた。

 二体の《デスガエル》の不気味な鳴き声にこぶし(・・・)の利いた《粋ガエル》の鳴き声が加わり、空気が震える程の壊滅的不協和音が撒き散らされる。

 呪詛にも似たコーラスは物理的な損害を生み、塔とデスの場の全てのカードに亀裂を入れ、粉々に砕く。《首なし騎士》、《猫忍コバン》、そして《未染色の塔》さえも。

「なっ――、なっ…!? 何ですかこの、ふざけた騒音はッ…!」

 耳を伏せ、首を左右に振りながら、破壊されていくカード達を目で追うデス。やがて蛙達の合唱が終わる頃には、彼らの場には一枚のカードも残ってはいなかった。

「形勢逆転…、だな」

 にっと笑みを浮かべながら、亮助は呟く。デスは小さく舌打ちし、「まだです!」と一声叫んだ。

「猫忍コバンが破壊された事で、デッキからカードを一枚ドローします! そしてお忘れでは無いでしょうね、未染色の塔の最後の効果を!」

 撃破された《猫忍コバン》が背負っていた千両箱が開き、一枚のカードがデスの手札に加えられる。――同時、デスの足元の大地が割れ、消滅した筈の生首達が彼のモンスターゾーンに復活した。

 《未染色の塔》の最後の効果、『カード効果によって破壊された場合、攻撃力3000のモンスターカードとなって場に特殊召喚される』。…その効果による復活だった。

「ちょっと驚きはしましたが、何て事はありません。モンスター化した未染色の塔の攻撃力は3000、デスガエルの攻撃力では到底破壊できないはず」

 しかも、とデスは続け、モンスターゾーンで蠢く《未染色の塔》を見上げる。

「モンスター化した未染色の塔はエンドフェイズに再びセットする事が可能ですが、モンスター化を解くかどうかは使用者の任意です。貴方達の手札はもう無いようですし、ここはモンスター化を維持して、次の塔さんのターンにデスガエルを攻撃。貴方達のライフを確実に0にする……というのが正解でしょう」

 膨張した尻尾が元に戻り、ゆらゆらと左右に揺れる。

 その誇らしげな顔付きを見るに、今口にした事をそのまま実行するつもりのようだが――、「甘い」。これまで辛酸を舐めさせられてばかりだったクリフ達からすれば、あまりに安易な目論みだった。

「パワー勝負ならボクだって負けないよ! 二体のデスガエルをエクシーズ素材にして、ランク5のエクシーズモンスター、No.73 激瀧神アビス・スプラッシュをエクシーズ召喚っ!」

 二体の《デスガエル》が光の球体へと変わり、螺旋を描きながら一つに交わる。

 やがて現れたのは、屈強な体躯を青い装甲で覆った巨人。手には杖のような装飾が施された槍を持ち、ずっしりと構えて敵を見下ろす様は、何者をも寄せ付けない「神」としての威厳を感じさせる。

「アビス・スプラッシュのエクシーズ素材を一つ取り除いて、効果発動っ! アビス・スプラッシュの攻撃力を倍にするよ!」

 巨神の周囲を周っていた二つの光の球体。そのうちの片方が胸の宝玉に取り込まれ、《アビス・スプラッシュ》の攻撃力を4800ポイントにまで引き上げる。

 文字通り神の領域に届く力を手にした《アビス・スプラッシュ》は、クリフの命令を待たずに一歩、倒すべき敵に歩み寄る。目の前の腐臭漂う首の群れが、目障りだと言わんばかりに。

「ぐッ…。こ、攻撃力4800…! 未染色の塔よりも――、」

「上だよ! いくよ猫さん、アビス・スプラッシュで、未染色の塔に攻撃!」

 僅かに声を震わせたデスの呟きがクリフの声に上書きされ、その声もまた、《アビス・スプラッシュ》が槍の先端から放った光線の音によって掻き消される。

 長らく、そしてしぶとく。クリフ達を苦しめていた《未染色の塔》が光に呑まれ、消えていく。これで今度こそ確実に、デス達の場はがら空きになった。そして――、クリフ達の場にはまだ、《粋カエル》が残っている。

 《湿地草原》の恩恵を受け、《粋カエル》の攻撃力は1300ポイントにまで上昇している。対するデスのライフは今の戦闘でダメージを受け、残り1225ポイント。勝敗は、誰の目にも明らかだった。

「ぐ……ぐぐ、ぐぐッ……ぐ…」

 追い込まれた焦りからか顔を伏せ、歯噛みするデス。だが、やがて思い出したように顔を上げると、にやりと強気な笑みを浮かべ、クリフらを見た。

「み…、見事と言いたいところですが、今少し読みが甘いですね。貴方達はこのまま僕に直接攻撃するおつもりなのでしょうが…、それは浅はかというものです」

「何…?」

 デスの物言いに反応した亮助が、僅かに首を傾ける。デスはその場で不敵に笑い、言葉を続けた。

「僕の異端の札、グリムリーパー・リゼンブルズ・キャットの事をお忘れですか? 猫忍コバンの効果でドローしたカードが、もしも二枚目のグリムリーパーだったとしたら。粋カエルの攻撃を防いた上で、塔さんに新たな未染色の塔を提供する事ができます。その可能性をお忘れですか?」

 徐々に語尾を強めながら、デスは語る。確かに、その展開はクリフ達にとって最も恐れるべき事態であった。

 デスの異端の札はあらゆるダメージによる敗北を防ぎ、相方の塔に異端の札を供給する事ができる。もし本当にデスの手札が《グリムリーパー》のカードで、再び塔の手に《未染色の塔》が加わるとしたら。…もはやどうしようもない。

「僕が引いたカードが果たして異端の札なのか、それとも別のカードなのか? 貴方達には確認のしようがありませんが、あえて言わせて頂きましょう。…僕が引いたカードは異端の札、グリムリーパー・リゼンブルズ・キャット! 従って、粋カエルの攻撃は無意味です!」

 何処までも強気に宣言するデス。

 恐らくはプレッシャーをかけたつもりなのだろう。しかしクリフと亮助は、デスの言葉を聞いて思わず吹き出してしまった。

 その理由は、やはり彼の悪癖にあった。強気な発言とは裏腹に、デスの耳は後ろを向いており伏せられている。これは猫が不安や恐怖を感じている時のサイン――…即ち、彼の言葉がただのハッタリである事を示していた。

「悪いけど、その手は食わないぜ。なぁクリフ」

「うんっ、嘘つき猫さんの言う事なんて信じてあげないもん! 粋カエルで、嘘つき猫さんに直接攻撃!」

「なっ――!」

 二人は歯牙にもかけず、攻撃を宣言する。《湿地草原》を駆け抜けた蛙の侍が無防備な黒猫に斬りかかり、そのライフを全て奪っていった。

 それはそのまま、長く続いたこのデュエルの決着を意味していた。

 

 

 「悪魂邪苦止(おたまじゃくし)」 モンスター

 水属性 水族 ☆1

 攻撃力0 守備力0

 効果:自分フィールド上に存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから「悪魂邪苦止」を手札に加える事ができる。

 その後デッキをシャッフルする。

 

 「No.73 激瀧神アビス・スプラッシュ」 エクシーズ

 水属性 戦士族 ランク5

 攻撃力2400 守備力1400

 効果:水属性レベル5モンスター×2

 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力は、相手のエンドフェイズ時まで倍になる。

 このターンこのカードが相手ライフに与える戦闘ダメージは半分になる。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 【粋カエル】

 攻撃力100→1300

 

 【No.73 激瀧神アビス・スプラッシュ】

 攻撃力2400→4800

 

 【塔&死神】

 LP:2125→1225→0

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 デュエルは終わった。

 全ての決闘盤が機能を停止し、立体映像は消滅する。一面に広がっていた《湿地草原》も幻のように消え、辺りは元の公園の姿へと戻った。

「………」

「………」

 対峙していた決闘者達は互いに睨み合い、暫く言葉を交わさなかった。相手の健闘を称える気にはなれず、相手の出方を伺っているようだった。

「終わった……のか…?」

 動かない空気に痺れを切らし、ソールが独り言のように呟く。

 以前リリオンが見せた“大番狂わせ”を思い出しているのか、彼女の表情には警戒の色が浮かんでいる。しかし、悔しげな様子の塔とデスを見るに、その心配は無さそうだった。

「…どうやら、僕達の負けのようですね。塔さん」

 耳を伏せ、心持ち落ち込んだ声でデスが呟く。

「あと一歩及ばず、と言った所でしょうか。良い勝負だったとは思うのですが…」

「猫ちゃんの役立たず…。猫ちゃんの役立たずッ…。猫ちゃんの役立たずッ…!」

 苛立ちを隠そうとしない塔に、デスは申し訳なさそうに頭を垂れる。どうやら本当に決着がついたらしいと確信したソールは、一歩前に出て叫んだ。

「カード一枚の力で勝てる程デュエルは甘くねーんだよ、負け猫ッ! 尻尾を巻いて帰りやがれ、クロンの奴をここに置いてな!」

「…確かに、敗北は敗北。事前に交わした取り決め通り、僕達はこれで去るとしましょう。猫は約束を守ります」

 ですが――。と、デスは敗北のショックから立ち直ったように金色の双眸を光らせ、ソール達を見つめる。

「あの少年を連れ戻すという約束は無かった筈です。デュエルの前に申し上げた通り、彼が貴方達の元に戻る事はもうありません。恐らくは、永遠に」

「っ…! あのガキが、テメェらと同じように異端の札を変化させられるからか…!?」

 思わず叫ぶソールだが、デスも塔も、彼女の問いに答えなかった。もう彼女達には興味が無いと言わんばかりに、冷たい視線を向けるだけだ。

「ともあれ、僕達の仕事は完了しました」

 デスが告げると同時、彼の足元の空間がぐにゃりと歪み、黒い粒子が吹き出して彼と塔の体を包む。以前リリオンとの戦いの後、彼女達が消えた時と同じように。

 ――逃げるつもりだ。そう直感したソールは「逃がすか!」と叫び、傍に居たクリフを突き飛ばして彼らに掴みかかろうとするが、もはや手遅れだった。黒い粒子は彼らを完全に包み込み、さながら蛹のような形となってソールの腕を拒んだ。

「もし…。もし貴方が、あの少年……愚者との再会を望むのならば」

 嗤っているらしいデスの声が黒い蛹から洩れ、ソールの脳裏に入り込む。

「貴方も異端(・・)になればいい。そうすれば、貴方も僕達の仲間になる事ができる。…その時はお迎えに上がりますよ。僕と愚者の二人でね」

 その言葉を最後に、デス達は消えた。蛹が黒い粒子となって空に舞い上がり、溶けるように消滅したのだ。

 デスと塔の姿は何処にも無い。まるで存在していなかったかのように、彼らはこの場から消え去って見せた。後に残されたのは、ソールとクリフ、亮助の三人のみ。

「…何だよ。俺様の知らねぇ所で、何が起きてるっつーんだよ…! 何が異端の札だよッ! 関係ねーだろうが、俺様達には! クソがッ! クソがぁぁ!」

 ソールは叫んだ。どうしようもない怒りを、喪失感を、ただただぶち撒けた。

 けれど、その怒りを受け止める者はもういない。デスと塔は消えたのだ。クロンは何処にもいないのだ。その事実が、残酷な程ソールの胸に突き刺さった。

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

「ん……」

 小石が落ちる音で、目が覚めた。

 何処とも知れぬ暗闇の中、何故か冷たい床の上で眠っていたクロンは、ゆっくりと身を起こして周囲を見渡す。

 真先に目に付いたのは、壁に掛けられたランプの明かり。数メートルおきに設置されたそれは、ここが何処かの建物の廊下である事をはっきりと示していた。

 壁には所々に窓らしきものが確認できるが、全てに木の板が打ち付けられており、外の様子は確認できない。何の為に窓を塞いでいるのかも、わかるはずが無かった。

「……ここ、どこ…?」

 隠れるようにしゃがみ込みながら、ぽつりと呟く。

 少なくとも彼が知っている場所では無かったし、荒れた内装を見る限り、人が住んでいるようにも思えない。「廃墟」という言葉が頭に浮かび、どうしようもない心細さがクロンに迫った。

 そもそも、何故自分はここに居るのだろう。当然の疑問を抱いた彼は、記憶を順に遡る事にした。

「確か、学校から帰って……公園でソールちゃん達と合流して……四人でデュエルしようって話になって、それから――、」

 それから、何があったか。クロンは頭を叩きながら、どうにか思い出そうとする。

 あの時――。自分を含めた四人でデュエルをしようとした時、突然空から人や動物の生首が降ってきた。悲鳴を発する間もなく生首は積み上がり、その中から金髪の少女が現れた。

 そして少女が自分に何か言ったかと思うと、生首の群れが自分に襲い掛かって来て――…そこで、意識が途切れたのだ。

「っ……!」

 記憶を辿るうち、自分の身に起きた出来事を思い出した彼は、ビクッと肩を竦ませる。

 “学校の門で立っていた少女” “生首の中から現れた少女” “カードを投げて寄越した” “銀愚者” “異端の札” “リリオン” “猫” “仲間…?” 

 頭の中で様々な感情と情報が流れ込み、思考する前から溶けて混ざり、脳内で掻き回されていく。心臓の鼓動が激しく耳朶を叩き、不安と焦りを増幅させる。何があったかはわからないが、何か異常な事が起きている事は確かだった。

 少なくとも、自分がここに居る原因があの少女にあると考えて間違いない。ならば、ここでジッとしていてはいけない。ここは危険だ。…逃げなくては。

 本能でそう判断し、クロンは立ち上がる。幸い、周囲に人の気配は無い。あの少女の姿も見られない。逃げる事はそう難しくは無さそうだ。

(…そうだ、電話っ。電話でお巡りさんに通報して、助けに来てもらわないとっ)

 次第に落ち着きを取り戻したクロンは、慌てた様子で自分のズボンのポケットに手を入れる。

 だが、見つからない。普段ポケットに入れている筈の携帯電話が、こんな時に限って見つからなかった。近くの地面を調べてみても見当たらない。…何処か(・・・)に落としたのだろうか。

(ッ……。と、とにかくここから逃げないと。外に出れば人も呼べるし、隠れられるし……えっと、出口は……えっと)

 クロンは逸る気持ちを抑えながら、周囲を見渡す。

 ランプの光があるとは言え廊下は暗く、遠くまでは見えない。ただ、大きな建物である事は光の数で予想できた。

 どのくらい広いのだろう。学校の校舎と同じくらいか、あるいは総合病院くらい広いのかも知れない。それを尋ねる相手も、確かめる余裕も、今は無いのだが。

 とにかく、今は歩くしかない。何処に出口があるかはわからないが、歩いていれば外に出る方法は見つかる筈だ。

(…ここに居るのは、ボクだけなのかな。ソールちゃん達は……無事だと、いいんですけど)

 考えながら、漸くクロンは歩き始めた。

 子供の小さな足音が、ペタ、ペタ、と暗い廊下に響く。それが酷く不気味で心細く、クロンは時折後ろを振り返っては誰か(・・)に見られていないか確認した。

 知らない場所、特に暗い場所を独りで歩くのは子供にとって想像以上にストレスだ。加えて廊下には所々に瓦礫が落ちており、慎重に進まなければ転びかねない。せめて足元を照らせる明かりのようなものが欲しかった。

「…そうだっ」

 ふと思い付き、クロンは傍に合ったランプの傍で決闘盤のスイッチを入れる。

 携帯電話を失った今、彼が持つ唯一の電子機器である決闘盤は仄かな光を発しながら起動する。無論、暗い道を照らす程の光では無かったが、それは承知の上だ。彼は決闘盤にセットされたデッキを取り外すと、その中から一枚のカードを選び決闘盤にセットした。

「サーチライトメン、召喚!」

 クロンがカード名を宣言すると、彼の目の前に一体のモンスターが出現する。名前の通り全身の至る所にサーチライトを取り付けた人型ロボット、《サーチライトメン》である。《サーチライトメン》は召喚されると自慢のライトで闇を払い、クロンの周囲を明るく照らす。

 適材適所とでも言うのだろうか。デュエルにおいては決して強力とは言えない《サーチライトメン》だが、決闘盤の応用次第ではこうした使い方もできる。立体映像とは言え、共に道を歩く仲間ができた安心感もあった。

 ともあれ、これで光源はできた。クロンは安堵の息を吐くと、先程よりも見やすくなった廊下を観察しながら《サーチライトメン》と共に歩いた。

(ここの天井、よく見ると綺麗な装飾でいっぱいだ…。あのランプもボロボロだけど凄く高そうだし……何処かの聖堂だったのかな? それともお城?)

 恐らく後者だろう、と廊下に点々と並ぶ扉を見ながら結論する。どの部屋も荒れていて今は使われていない様子だが、中を覗くとタンスやベッドなど人が生活していた形跡があった。

 扉に付けられたネームプレートには、その部屋の主だったであろう人名が書かれている。と言っても、殆どは文字が掠れていて読めなかったのだが。

 暫く歩いていると、今度はダンスホールだったと思しき広い空間にも通りがかった。柱は崩れ、シャンデリアも落ちてしまっているが、この空間の上品な雰囲気だけは今も感じられる。クロンにはここで踊る高貴な男女の姿が見えるようだった。

「…そう言えば、こんなにボロボロな場所なのに蜘蛛の巣が一つも無いッスね。ひょっとしてここ、結構高い所なのかな? …サーチライトメンはどう思います?」

 何気なく湧いた疑問を立体映像(ライトメン)に問うが、答えが返って来る筈もない。クロンは自嘲気味に笑い、先に進む事にした。

 ダンスホールを抜けて更に廊下を歩くと、やがて階段が見えた。上から見ると六角形の形をした螺旋階段である。階段は上階と下階、両方に繋がっており、改めて広い建物なのだと認識させられる。

 ここは何階なのだろう。試しに身を乗り出して下を覗いてみるが、螺旋状に造られている為に下の様子は確認できなかった。

「…よし、降りてみよう」

 意を決して、クロンは一歩ずつ螺旋階段を降りていく。足場が崩れてしまう可能性を考え、慎重に、ゆっくりと体重を掛けながら。

 やがて下の階が見え、《サーチライトメン》のライトをそちらに向けさせる。上の階と同じ内装の廊下が光に照らされた。

(窓がある……って事は、少なくとも地下じゃないよね。ここが一階なら、この階の何処かから出られる筈だけど…)

 考えながら、今度は螺旋階段の方を照らす。階段は更に下の階に続いているようだったが、途中で崩れ落ちてしまっており、とても降りれそうにない。飛び降りるにしても下は瓦礫の山、子供の体では無傷とはいくまい。

「むぅ…」

 小さく吐息し、光源を再び廊下に向ける。ここが一階かどうかはわからないが、これより下に降りれない以上、この階で他の階段を探すしかなさそうだった。

 クロンは覚悟を決めて、また長い廊下を歩き始める。廊下の内装は思った通り上の階とほぼ同じ造りとなっており、荒れ具合も同じだった。人の気配も感じない。不穏な静寂だけが、ずっと奥まで続いている。

(それにしても、あの女の子はいったい何者だったんだろう…? 異端の札を持ってたって事は、リリオンって女の人や喋る猫の仲間って事だよね。歳は……ボクやクリフ君とそう変わらなさそうだったかな)

 そんな事を考えながら、暫く廊下を歩いた時。ある部屋の前で、不意にクロンの足が止まった。

「えっ――?」

 声が聞こえた。部屋の中から、誰かの話し声が。

 クロンは反射的に決闘盤の電源を切って《サーチライトメン》の立体映像を闇へと還すと、暗闇に身を隠しながら、そっと扉に耳を押し当てた。

 …聞こえる。小さくてはっきりとは聞き取れないが、部屋の中から声がする。恐らくは男性。それも複数の人物が話しているようだった。

「ッ……!」

 人がいる。そう思った時、ぞくりと鳥肌が立った。クロンは扉から耳を離すと、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

 ここが人が住むような場所で無い事は疑いようがない。無人の廃墟かと思っていたのに、どうして部屋から人の声がするのだろう?

 ――いや、違う。クロンはまた掻き回され始めた思考を整えながら、ゆっくりと大きく息を吐く。

 彼が目を覚ました場所からここまで、廊下はランプの光で照らされていた。もしここが本当に無人の廃墟なら――…廊下は、完全な闇であるべきではなかったか?

「ひ、人が居るんだ……人が…。で、でも…」

 この部屋に住む人間が、自分にとって「善い人間」なのか、それとも「悪い人間」なのか。…前者である筈がない。答えは明らかだった。

 それはわかっていたのだが……得体の知れない場所にいる恐怖と独りでいる心細さが、「ひょっとしたらボクを助けてくれる善い人かも」という都合のいい想像をクロンの心に流し込む。

「………」

 理性ではわかっている。この部屋は危ない、さっさと通り過ぎて出口を探すべきだと。間違っても扉を開けようなどとは考えてはいけないのだと。

 それでも。人の声がしたという事実が、怯えた彼の深層心理に働きかけ――…ほんの少しだけ。一センチ程度の僅かな隙間だけ、扉を開けて作ってしまった。

「――ああ。今は塔と死神にやらせているよ。僕の見立てでは、今日か明日には見つけ出せる筈だ。どっちも僕の優秀な部下だからね」

 部屋の中の明かりが暗い廊下に差し込み、よく聞き取れなかった人の声がはっきりと聞こえてくる。思った通り男の声だったが……その話の内容を聞いて、クロンはぎょっとした。

(塔と死神……どっちもタロットカードのアルカナだ…。まさか、やっぱり……この部屋の人って…)

 扉を開けた事を後悔するクロンだが、幸いにも、部屋の中の人物は扉が開いた事には気が付いていないようだった。部屋の中の会話は続けられ、今度は別の男の声が聞こえてくる。恐らくは何らかの電子機器を通じて話しているのだろう、ノイズ混じりの声だった。

「死神? …ああ、半年前にお前が拾った黒猫か。名前は確かデス……だったか? あの死にかけが今やお前の片腕とは、つくづく良い拾い物をしたな。教皇」

「少し甘やかし過ぎた気はするけどね。とにかく、こちらは順調に事が進んでるよ。審判」

 最初に聞こえた声が『教皇』と呼ばれ、教皇はノイズ混じりの声を『審判』と呼ぶ。…これもタロットカードの名前だと気付くのに時間はかからなかった。

「その件はもう良い。問題は命令違反を犯した(ストレングス)の処分であろう。あの女の独断、これが初めてではあるまい」

 『審判』とは別のノイズ混じりの声が、クロンの耳に届く。他の二人よりトーンの低い、厳格な老人といった印象の声だった。

「教皇。そなたの采配に異議を唱えるつもりは無いが、部下の勝手な行いを許していては、いつか九仞の功を一気に掻く事になるやも知れん。我らの大義を思えば、厳しく処断すべきと余は考えるが?」

「そうねぇ、私も正義ちゃんの意見に賛成だわ。あの子、顔は良いけど頭は盛りのついた野良犬でしょ? 苦手なのよね私、ああいうタイプ」

 老人の声に続き、野太い男の声が聞こえてくる。こちらもノイズの混じった声だった。

「僕はわかりやすくて好きだけどね、彼女の性格。…まぁ彼女の処遇については考えておくよ。忠告ありがとうね、正義、女教皇」

 その教皇の言葉を最後に、彼ら(・・)の会話は終わったらしい。クロンはそっと扉を閉め、震える手を胸に当てた。

 教皇、審判、正義、女教皇。今の会話だけで四人の名前――当然本名で無いだろうが――が出てきた。タロットに関した名前と話の内容から察するに、この部屋で話していた人物はリリオンや喋る猫の仲間なのだろう。

 となれば、この場でじっとしている訳にはいかない。クロンは部屋の中にいる人物に気付かれないよう立ち上がると、そっとその場を去ろうとする。…その時だった。

「おんやぁ~?」

「っ――!」

 背後から、女性の声。びくりと肩を竦ませたクロンが振り返るよりも早く、女性の右腕がクロンの服の襟首を掴み、その体を軽々と持ち上げた。

「がッ…! ぐ、ぐッ…」

 服の襟が首に食い込み、呼吸が苦しくなる。全身の血液が頭部に集まってきているかのような奇妙な感覚。死の危機を感じて足をバタつかせるが、地にも自分を持ち上げる女性の体にも触れる事は無かった。

「こーいつぁ驚いたぁ。なんで知らない子供がさぁ、教皇んとこの部屋の前にさぁ、んー? つっ立ってんのかなぁー?」

 下卑た笑い声が聞こえたかと思うと、女性は苦悶の表情を浮かべるクロンの顔を自身の方に向ける。香水と酒の入り混じった匂いが、必死に息をしようとするクロンの鼻を突いた。

 そこに居たのは、赤い長髪をサイドテールにした若い女性。忘れもしない、リリオン=ストレングスの姿だった。彼女は舐めるようにクロンの全身を見つめながら、手に持ったワインボトルをラッパ飲みする。

「ぷはっ、うぃー…。やる事ねーし教皇相手に酒でも飲むかぁとか思ったけど、こいつはこいつは……ギャハ、面白そうなもんを見つけたもんだねぇ? えぇ?」

「く、苦し…! て、手……離しッ…!」

「酒のつまみ(・・・)にしてもいいんだけど、子供がここ(・・)に自力で来れる訳ねーし…。ははぁ、やっぱアレかな。あんたアレでしょ、例の」

 懇願の声を無視しながら、リリオンはクロンに顔を近付け、ぶはぁと酒臭い息を彼の鼻先に吐きかける。

「この間取り逃がしたさぁ…、異端の札の持ち主でしょ。どう見てもさ」

 ランプの光で照らされたリリオンの顔に、にたりと笑みが浮かぶ。

 何処とも知れぬ暗闇の中。クロンはもう、この廃墟から逃げる事はできそうになかった。

 

 

――――

【デッキ紹介】

 

No.14

デッキ名:ガエルデッキ!

使用者:クリフォード=マリンベル

切り札:死の合唱

コンセプト:ガエルモンスターを中心とした水属性デッキ。やや癖はあるものの優秀なモンスターが揃っており、上手く回った時の爆発力は電子レンジで加熱されたカエル並である。

蘇生が容易な《黄泉ガエル》で場を固め、《湿地草原》で火力を上げ、隙を見て《デスガエル》を複数展開し《死の合唱》の発動を狙うのが基本戦法だが、状況によって多彩な戦い方を取る事ができる。

主要モンスターのほぼ全てが水属性という事もありサポートカードも豊富。一方で低レベルモンスターばかりであるため高ランクのエクシーズ召喚を狙いにくいという弱点はある。ただし《デスガエル》の存在からランク5のエクシーズ召喚は比較的容易である。

どちらかと言うと1対1のデュエルを得意とするデッキだが、タッグデュエルでも十分な働きは可能。使い手の実力次第では劣勢さえひっくり返る、面白いデッキである。

 

No.15

デッキ名:I Am a Cat.

使用者:死神

切り札:グリムリーパー・リゼンブルズ・キャット、タッグパートナー

コンセプト:喋る黒猫デスが使用するデッキ。モンスターはほぼ全て猫で占められており、この時点で彼の強い拘りを感じられる。タッグデュエルにおいてパートナーをサポートする事に特化しているらしく、通常のデッキとは趣が大きく異なる。

カウンター罠による妨害工作、《猫の貯金箱》等での相方の手札を補充、低レベルの猫モンスターで相方のシンクロorエクシーズ召喚を補助。…などなど、相方が実力を発揮しやすい環境を作る事を重視しており、慎ましい戦い方を基本とする。

だが一方で、リクルーター以下の平均攻撃力と今一つな展開力、低レベルモンスターばかりである為に強力なアタッカーを用意できないなど、悲しくなるほどの火力不足が目につく。せめて《グリーン・バブーン》の一枚でもあれば話は違ってくるのだが、何故故かこのデッキには投入されていない。

また、このデッキは「自分は初心者なのだから余計な事はせず全部相方に任せてしまおう」という、ある意味合理的で後ろ向き過ぎる発想から誕生した経緯があり、自分から戦局を変えようとする意思は全く見られない。一から十まで相方に頼り切りなデッキ。

そもそもの問題として、僅かな手札補充や弱小モンスターの展開が相方への負担を帳消しにするほど役に立っているとは思えず、デス自身の手札切れの問題から長期間のサポートも困難。正直なところ、一対一で戦った方が相方としては楽な筈である。

試みとしては悪くないが、迷走が目立ち実用的では無い……と言うのが妥当な評価だろう。言うまでも無いが、一対一での勝負は苦手である。

 

――――

【異端の札紹介】

 

カード名:グリムリーパー・リゼンブルズ・キャット

所有者:死神

カードタイプ:モンスター

詳細:喋る猫デスが触れる事で発現する異端の札。基本デザインは猫耳が生えた死神のような姿をしているが、黒い粒子となって分散が可能で、自由に形を変えられるらしい。

自分のライフを上回るダメージを無効化して特殊召喚され、次のスタンバイフェイズに手札に戻るまであらゆるダメージをシャットアウトする。戦闘破壊耐性を持ち、場に存在する限りあらゆる効果を受けない。デスの言葉通り防御に特化した効果。

また「コントローラーの手札に戻る」という特殊なテキストを持つ為、タッグデュエルでは「相方の手札に異端の札を加える」という使い方も可能。むしろこちらの用途が本命と言うべきか。

厄介なカードではあるが、敗北寸前まで追い込まれないと特殊召喚できない事、場にある限り排除は難しいが一ターンで手札に戻ってしまう事、何よりデッキ破壊や特殊勝利効果での敗北には無力であるなど欠点も多い。あくまで一時しのぎである。

余談だが、異端の札のカード名は全てタロットカードに因んでいる。タロットにおける「死神」の英訳はDEATHであり、本来ならこのカードの名前は《デス・リゼンブルズ・キャット》となるのが正しいのだが、《グリムリーパー・リゼンブルズ・キャット》の方が響きが格好良かったのでこちらを採用している。

 




タッグデュエル、思ったより難しかったぞぅ…。
でも今後最終話までに少なくとも二回はタッグ戦がある予定なので、いい練習になったと考えるべきかー。
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