クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第三話:デュエルのD

 クロンを弟子に取った次の日、姫利はセーラー服を着て学校に来ていた。

 決闘者の育成に力を注いでいる決闘者育成校、四季乃決闘学園。

 小中高のエスカレーター式で、大きな公式デュエル大会に置いて幾度も優勝者を出した事で広く名前を知られている学園である。

 生徒数は姫利にとって興味が無い事なので詳しく調べた事はないが、他の学校に比べて多いという事は断言できる。

 もちろん、デュエルの知識だけを教えている訳では無い。数学や文学の授業もしっかり存在し、姫利のクラスでは、一限目は数学の授業が行われる予定だ。

「ねぇ百合。ちょっとお願いなんだけど、昨日の宿題写させてくれない?」

 授業開始の十分ほど前。姫利は前の席に座るセーラー服の少女に声を掛けた。

 彼女の名前は夏野(なつの) 百合(ゆり)。外見も中身もまだ幼さを残している、姫利の幼馴染だ。

 彼女は青色の髪を靡かせて振り返ると、目を丸くして姫利の顔を覗き込む。

「おっ? おっ? おっ? 姫りんが宿題忘れるなんて珍しいじゃん。しかも私が真面目に宿題してきた日にさ」

「んー。実は昨日、夜中の二時までデッキ調整しちゃってさ。宿題あること完全に忘れてたのよね」

「あはは、ばーか」

 指を指して笑いながらも、百合は自分のノートを姫利の机に置いた。それを姫利は「ありがとう」と礼を言って受け取る。

「…っかし、真夜中まで熱心にデッキ調整ねぇ。何か気持ちの変化でもあったのん?」

「まあ、ちょっと…ね。刺激を受けたって言うか熱を受けたって言うか」

 姫利はノートを写しながら、百合からの質問に応じる。

 実際は気持ちの変化というほど大袈裟では無いが、デッキ調整をしようと思ったのは例の少年が原因だった。

 彼は必ず強くなる。そう感じた時、自分も今以上に腕を磨かなくてはと思い、気付けばデッキを手に取っていたのだ。

「ま、私も単純な人間って事よ」

 自虐気味に姫利が溜息を吐く。その言葉の意味がわからなかったのか、百合は首を傾げた。

「んー。姫りん様が何を言ってるのか、お馬鹿な私にゃ今一つわかんないけど…。それよりさ、ノートを見せた代わりにってのも何だけど、私からも一つお願いしていい?」

「なに?」

 姫利がペンを走らせていた右手を止める。百合はにぱっと明るい笑みを見せて、姫利の左手を手にとった。

「実は学校終わったら新しい服買いに行こうと思ってるのよ百合ちゃんは。でもほら、私ってファッションセンスが明治時代じゃん? だから姫りんに服を選んでもらおっかなーって、百合ちゃん閃いたのよ。敬具ー」

「成程ねー。…あ、でも今日の放課後は無理だわ。人と会う約束してるの」

 快く引き受けようとした直前に、昨日のクロンとの約束を思い出した。

 明日か明後日、或いは次の休日でもいいかと百合に問い返すが、百合は急にむすっとした表情をした。

「約束ー? え、なに、まさか姫りん彼氏できたの? お父さん許しませんよー」

「そんなんじゃないっての。彼氏とか恋愛とか興味無いっていつも言ってるじゃない」

「だよねー。姫りんには私っていう女房がいるもんねーっ」

「…んー。とりあえず、あんたの方こそ早く彼氏作って女の子らしくなった方がいいと思うわ。深刻な話」

 呆れた表情で息を吐く姫利。度を越した冗談だとつくづく思うが、幼稚園時代からの付き合いでもう慣れてしまった。

 彼女の良くも悪くも明るく開けた性格は、時には行き過ぎる事もあるけれど、嫌いではなかった。だから何か悩みがある時は真先に彼女に相談するようにしているし、その時ばかりは彼女も真面目に話を聞いてくれる。

「まあ何でしょ、姫りんに彼氏がいないのは超ウェルカムとして? じゃあいったい誰と会うのかなーと、百合ちゃんは心の底から気になるのですが。誰々、私も知ってる人?」

「多分知らない人。私も始めて会ったのは二日前だし」

「知らないおじさん…! こいつぁ援交の臭いがプンプンしますなぁ」

「うん。今の台詞、相手があんたじゃなかったら殴ってた」

 怒気を交えた声で言うが、百合は「ごめんごめん」と軽く笑うだけ。どうやら今日はご機嫌らしいと思うと同時、朝から疲れる気分だった。

「第一、おじさんじゃないから。子供よ子供、小学生くらいの男の子よ」

「あ。そうなんだ」

 意外そうに顔を傾ける百合。女子高生と男子小学生の接点に、違和感を感じたのだろうか。

「…え? ショタコン?」

 少し間を置き、彼女の表情が真顔になる。今度は冗談で言ってる訳では無いらしい。とても親友に向けるものとは思えない目で、姫利を見ていた。

「だから違うって何度も…。あのさ、私ってそんなに歪んだ青春送ってるように見える?」

 そう姫利が問うと、百合は意地悪い笑みを浮かべた。

「宿題忘れて深夜までデッキ調整するのが正しい青春のあり方だ、と仰るので?」

「ぐ…」

 流石に返す言葉も無い。一本取られたと、素直に認めざるを得なかった。

 仕方なく、姫利は再びノートを写しながら、百合にクロン少年との経緯を話す事にした。もともと隠す必要は無いのだから、下手に誤解されて噂を広められる前に喋ってしまった方がいい。

 最初は適当に聞いていたらしい百合だが、姫利の語り口や表情から、作り話ではないと感じたらしい。特に口は挟まず、姫利が語り終えるまで黙って話を聞いていた。

「…という訳で、今日も会う約束をしたってわけ。納得できた?」

「ん、まーね」

 百合はにぃっと笑いながら、二度三度頷いて見せた。

「にしても。姫りんに弟子入りしようなんて、変人というか酔狂というか…。元気のいい子供がいたもんだねぇ」

「なーんか引っかかる言い方だけど…。まあ、いい子だとは思うわ。ちょっとマセてる感じだけど可愛いし」

「おっと姫利さん、ショタコンですか」

「…あのさぁ。隙あらばそっちに話題持って行こうとするのやめてくれない?」

 むっとした表情で睨むと、百合は「たはは」と笑って誤魔化した。

 この短時間で、いったい何回彼女のボケに付き合っただろうか。このままでは本当に疲れが溜まりそうだ。

「…でも、いいんじゃないかな。相手が子供でも、姫りんの実力を評価して来た訳なんだし。そういうの、悪くないと思うよ」

 思った途端に、今度は真面目な顔で意見を述べる。これが本来の百合の顔なのだと、長い付き合いから姫利は知っていた。

「よーしっ、決めた!」

 ぽんと膝を一つ叩いた百合は、にかりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 この顔をする時の彼女は、たいてい碌な事を考えていない。だが話の流れと長い付き合いから、彼女の閃きを何となく予想できた。

「服を買いに行くのは延期っ! 今日は姫りんの若いツバメに会う事にした!」

「うん、そんな事だろうと思った…」

 予想は、微塵も外れてはいなかった。単純という言葉がこれほど似合う人間もそうはいまい。

 姫利は写し終えたノートを閉じると、百合から借りたノートを彼女に返す。一言の礼は忘れずに。

「来るのは別にいいけどさ。会って、どうするつもり?」

「もち、ルーキー決闘者に手取り足取りデュエルのABCを教えるつもり。私だって決闘者だし、対戦相手にもなれるしさ」

 口ではそういう百合だが、その表情は新しい悪戯を覚えた子供のように見えた。虐める気満々、という顔に見えなくも無い。

 とは言え、姫利からしても悪い提案では無かった。同じ相手とばかり戦うより、違う相手とも戦った方が幾分か上達が早い筈だ。クロンが百合と戦っている間、自分は後ろで彼をフォローするという事もできる。少し、時期が早い気もするが。

「ま、いいか。じゃあ、一度家に帰って着替えてからあんたの家に寄るから、それまでに用意は整えておいてね。と言っても、必要なものと言えばデッキと決闘盤くらいだけど」

「それなら今も持ってるよん。んじゃ、学校が終わったらダッシュで――、」

 百合が走る動作をすると同時、教室にチャイムの音が鳴り響く。数秒置いて教室の扉が開いて、教師が入ってきた。

 まずは一時間目。数学の授業である。

「…なんかさぁ。放課後の予定を朝から決めちゃうと、授業がいつも以上に面倒くさ~く感じない?」

 百合が、溜め息混じりに呟いた。

 

 

 

 

 

 授業を終えた姫利は一度自宅に戻って着替えた後、自転車に乗って約束通り百合の家に訪れた。

 クロンと約束した五時までまだ時間がある。彼女とゆったり話しながら店に向かっても、十分間に合うだろう。

 インターホンを鳴らして待つ事一分。玄関のドアが開き、こちらも私服に着替えた百合が上機嫌で姿を見せた。

 服のセンスが古いとは彼女の言葉であるが、実際は時代を先取りしすぎている、というのが姫利の意見だ。

 アルファベットを模様にしたカラフルな上着に、瓦模様のミニスカートを穿いた女子高生は、世界広しと言えどそうは居まい。赤色が好きという理由だけで選んだ安物を着る姫利の方が、よほど時代を捉えているように見える程だ。

「やほーっ、姫りんお待たー」

「おーす。んじゃ、行こっかー。忘れ物とか無いわよね?」

「もちもち。決闘盤とマイデッキと、ついでに財布も持ってるよー」

「よーし」

 早くも決闘盤を装着している百合に微笑しつつ、姫利は自転車を走らせる。後から百合も自転車に乗って付いて来た。

「…って。あんた、初心者相手にそのデッキ使うつもり?」

「そりゃそうじゃん。獅子は兎を狩るのにも大三元って言うし」

「子供を狩ってどうすんの…」

 親友であるが故に彼女とは何度も戦った事がある。

 戦績は十回戦って七回は姫利が勝つと言った所だが、それは彼女が百合の戦術を知り尽くしているからで、決して百合が弱いという訳ではない。

 ましてやデュエルを覚えたばかりのクロンには彼女の相手は相当辛いであろう事は、姫利には容易に予想できた。

(…ま、いいか。その時はその時で、私があの子のフォローに入ればいい訳だし)

 思いながら自転車を走らせているうちに、例のカードショップに到着した。

 二人は自転車を店の前の自転車置き場にとめると、まずは時刻を確認する。

「五時十分前……ん、思ったより早く着いたわね」

「もう店に来てるのかな。その、何とかって子」

「クロンくんね。さて、どうかしら」

 少なくとも店の周囲に彼の姿は無い。近くにとめてある自転車には子供の物と思われるものが幾つかあるが、その中に少年の自転車があるかはわからなかった。

 小学生の方が姫利達より下校時刻が早いだろうだから、先に着いて待っている筈だという推測はできるが、どちらにしても店の中に入らなければ始まらない。二人は自転車に鍵を掛けると、店の中に入ってクロンの姿を探した。

 推測は、正しかった。

「あっ、姫利お姉ちゃん。こんちわー」

 昨日と同じ席に座るクロンを見つけるのに、時間は掛からなかった。

 昨日の挫折はすっかり忘れたと言わんばかりのケロッとした表情で、姫利に手を振っている。もう片方の手には複数のカードの束を持ち、テーブルにはカードパックの袋が散らばっていた。

「ふ~ん、あの子かぁ。…ぷひっ、姫利お姉ちゃんだって。お姉ちゃんだって」

 何が面白かったのか、百合は肘で姫利の横腹を突く。姫利は小声で「うっさい」と叱ると、まだ手を振っているクロンに歩み寄った。

「こんにちは。昨日は眠れた?」

「おかげ様で、うなされたッス。あれですね、狂戦士の魂でオーバーキルされた人の気持ちがわかった気がしますよ」

 昨日の惨敗を皮肉っているのだろう。だが笑ってそれを言うあたり、それほど引き摺っていないのだろうと姫利は見た。

「ところで、そちらのおぜうさま(・・・・・)は?」

 クロンの視線が、姫利の隣にいる百合に移る。すぐさま彼女を紹介しようとした姫利の耳に、「初めやして」と百合の妙に気合が入った声が届いた。

「怪しい者ではございやせん。あっしは姫りんのクラスメートで、夏野 百合と申しやす。へへ…。今日は姫りんのお弟子様の顔を見に来たんだけど、にゃるほど、話に聞いた通り面白そうなショタっ子だねぇ」

 風変わりという言葉の意味を実感させるような自己紹介を済ませ、百合はクロンの頭を撫でる。

 彼は特に嫌がる様子もなく、にこりと笑みを返した。この二日間のマセた素振りから、彼には子供扱いされるのは嫌いそうなイメージを持っていたのだが、それは誤りだったらしい。

「姫利お姉ちゃんのお友達でしたか。初めまして、クロン=ナイト、九歳です」

 胸に手を添え、丁寧に挨拶する彼の姿を見ると、どちらが子供だったのか一瞬忘れてしまう。言葉遣いがころころ変わる事といい、今だ全容が見えない性格ではある。

 が、少なくとも百合とは馬が合ったらしい。いくつか言葉を交わすうち、二人はすっかり打ち解けていた。

(まあ、百合が子供っぽいって事もあるんだろうけど…)

 早くも携帯電話のアドレスを交換している大小二人の子供を見ながら、姫利は思わず笑みを零す。と同時に、これは自分が取り仕切らねば話は進まないだろうという確信を抱いた。

「さ。自己PRはそのくらいにして、始めましょうか。休日と違って、時間は限られてるからね」

 手を叩いて場を仕切る姫利。二人は一瞬「何を始めるの?」と言いたげに首を傾げ、少し間をおいてから同時に「ああ」と声を漏らした。

「んっとね。昨日お姉ちゃんに言われた通り、デッキを一新してきたよ。あと今日買ったパックにいいカードが何枚か。これで昨日よりは強くなったハズです」

 自信たっぷりに宣言し、クロンは自分の胸を拳で叩く。昨日の今日でここまでキッパリ言うする辺り、強ち誇張でもないのだろう。

 どんな作品(デッキ)に仕上がったのか。すぐにでも味わってみたい所だが、その前に――。

「じゃあ今日はまず、決闘盤の使い方を教えておきましょうか。いつまでもテーブルデュエルじゃ、つまらないし」

「おっ、いよいよッスか!」

 昨日決闘盤を手に入れてから、ずっと待ち続けていたのだろう。クロンは目を輝かせて、姫利から譲り受けた決闘盤を構えて見せた。

 その見るからに女の子なデザインの決闘盤を見て、百合がふと首を傾げる。

「ありゃ? この決闘盤、姫りんが中学の時に使ってたやつじゃないの?」

「うん。実はこの子、今まで決闘盤を持ってなかったみたいでさ。私のお古をあげたのよ」

「ほぅほぅ、それは今時珍しいねぇ…。化石をめっけた気分だよ」

 指で顎を撫でながら、決闘盤とクロンを交互に見比べる百合。この意見に関しては、姫利も同意見だった。

「そっかぁ、クロぽんは決闘盤初めてかぁ。よーし、じゃあお姉さん達が優しくやらしく、使い方を教えてあげましょうかねー」

 手をわきわきさせる百合は一先ず無視する事にし、姫利はまず自分の決闘盤の機動ボタンを指差してクロンに見せる。

「まずは決闘盤をオンにするわね。貴方の決闘盤にもこれと同じ場所にボタンがついてるから、押してみて」

「この、クマちゃんのシールが張ってあるとこ?」

「そう。それが決闘盤の電源を入れるボタンなの」

 言われるままにクロンが決闘盤のボタンを押すと、ピンク色の決闘盤が僅かに発光し、デュエルモードを機動させる。

「おぉーっ…」

 初めて決闘盤を起動させた興奮に声を漏らすクロン。背後から、百合がくすくすと笑っている声が聞こえた。

 

 

 

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 

 

「…以上が、決闘盤の操作方法。わかった?」

「んー。頭では、何とか…」

 説明自体にそれほど時間は掛からなかった。

 メモを取り終えたクロンはぶつぶつと教えられた内容を繰り返しながら、操作方法を頭に叩き込もうとする。もっとも操作自体は簡単なので、覚えるのに然程時間はかからないだろう。

「ま、精密機器の使い方なんて頭より体で覚えた方が早いかもね。決闘盤の練習も兼ねて、デュエってみましょうか」

「お。いいッスね、それ」

 姫利の提案に賛成の笑みを浮かべたクロンだが、すぐに疑問の表情となって首を傾けた。

「あれ…。でも姫利お姉ちゃんと百合お姉ちゃん、どっちが相手してくれるんッスか?」

「んー。私が相手してもいいけど、昨日散々虐めた後だし……百合、やる?」

 ちらと百合の顔を見ると、彼女は待ってましたと言わんばかりに口元を緩めた。

「にっひひ……ヤる」

 もともとデュエルする為に行くと宣言していた彼女だ。この提案を断る訳も無く、決闘盤を構えてみせる。対するクロンも、好奇心に満ちた表情で笑っていた。

「決定、ね」

 早くも戦う気満々の二人に呆れた笑みを浮かべながら、姫利は吐息した。

 

 

 

 

 

 カードショップの中には、決闘盤を用いたデュエルを行う為の専用の個室がいくつか用意されている。デュエルスペースと呼ばれるその部屋には、ただ空間があるだけで、テーブルや椅子、時計の一つも用意されていない。

 ただデュエルをするだけの空間と潔く認めたその部屋に、姫利ら三人は入室する。言うまでもなく、決闘盤を使ったデュエルを行う為だ。

 クロンと百合は自分のデッキを決闘盤にセットすると距離をとって対峙し、姫利は壁に凭れかかって二人の様子を見る。

 彼女はあくまで中立の立場で観戦するつもりだが、元よりクロンにとって不利な戦いなのは明らかだ。必要とあらば彼に助言する事も考えてある。

(さて。昨日の今日でどれだけ変わったか、期待させてもらおうかしら)

 彼女が微笑したのも束の間。デッキをシャッフルし終えた二人が五枚のカードを引き抜き、

『デュエル!』

 姫利が見守る中で、戦いが始まった。

「先攻は私ねー。デュエルのDはドローのD、…と!」

 慣れた手付きで更にカードを引く百合。六枚になった手札を鼻歌交じりに眺めた後、一枚のカードを決闘盤にセットする。

「OK! モンスターをセットして、私のターンはエンドのE!」

 モンスターを壁にして、早々にターンを終えた百合。まずは様子見と言う事かと姫利が思ったのも束の間、続いてクロンがカードをドローした。

「ボクのターン!」

 新たなカードを手札に加えた後、彼はまず百合がセットしたカードを凝視した。

 百合の場には裏守備表示のモンスターのみ。故に魔法や罠による妨害は受けない状況であるが、逆に攻撃を誘われている気がして、行動を決めかねているのだろう。

 昨日姫利が見た限り、彼のデッキは攻撃に長けてはいないし、そもそも彼からすれば百合のデッキはどんな構成なのかもわからないのだ。慎重になるのも止む無しというところか。

「…ボクはモンスターを裏守備表示で出して、さらにカードを二枚セット。ターンエンドだよ」

 考えた末、クロンが選択したのは徹底的な防御の陣形。デュエルは始まったばかりなのだから、迂闊な行動は取らず相手の様子を伺うつもりだろう。

(成程ね。初めて戦う人――…情報が無い相手には、石橋を叩く訳だ)

 好奇心旺盛な彼の性格ならば早々に仕掛けるかとも思ったが、案外冷静に事を運ぶタイプでもあったらしい。内心驚く姫利だが、彼と出会ってまた数日も経っていない事を考えれば、当然の誤解だった。

 もちろん、単純に手札にアタッカーがいない可能性もあるのだが。

(なんにしても、この場合は正解ね。相手が百合の場合、最初は動かないのがベスト。…問題は、次に百合がどう出るかだけど)

 第三者の視点で分析するのを楽しみながら、姫利は静かに微笑する。そうしている内に、百合がデッキから新たなカードをドローした。

 

 

 

 

 

 

「ん~。攻撃して来なかったのは私の都合的にも好奇心的にも残念だけど、まぁまぁ、それはそれで。伏せカードが二枚も出たし、良しとしますか」

 にやと表情を緩めて、百合は手札から一枚のカードを抜き取る。

 一ターン目に伏せカードを出さなかった事と今の言葉から、姫利にはすぐ彼女の狙いがわかったが、実戦不足のクロンには今一つピンと来なかったらしい。ポカンと口を開けながら、百合がカードを発動させる様子を眺めていた。

「へいへい、大嵐発動! 百合ちゃんとクロぽんの場の魔法・罠カードを、全てブッ飛ばしちゃいますっ!」

「んぇ!?」

 ここに至って漸く事態を理解したクロンの悲鳴は、突如発生した暴風に掻き消された。吹き荒れる風はクロンが伏せたばかりカードを粉砕し、消滅させる。

「――と、まぁ、そういう事な訳で。残念ながらクロぽんの伏せカードは発動する機会すらなく墓地送りなのでした、と」

 得意げに笑う百合。一方クロンは困った顔をして、頬を指で掻いた。

「…なるほど。伏せカードを出さなかったのは、この為ッスか。んー、読みが甘かったかなぁ」

「ま、そゆことねー。基本中の基本だし、メモってもいいのよ?」

「…そうする」

 素直に頷いて、クロンは例のメモ帳に今の出来事を記録する。

 まさにしてやられた(・・・・・・)という表情だったが、黙々とメモを取る彼の背後に、人型のシルエットが出現するのを姫利は見た。

「あら…?」

「なんぞい、ありゃ」

 姫利も百合も最初はそれが何かわからなかったが、目を凝らして漸くそれがモンスターの立体映像である事に気付く。それと同時、メモを取り終えたクロンが一転、にやりと笑みを浮かべた。

「…ところでボクの伏せカード、一枚は攻撃された時に発動する罠カードだったんだけど、もう一枚は破壊される事で発動するカードだったんだよね」

 クロンの背後にいたシルエットが、その姿をはっきりと現す。

 魔術師を思わせるデザインの玩具の兵。モンスターカードでありながら魔法&罠ゾーンにセットする事ができ、しかも破壊される事で効果が発動するという、悪戯っ子のような効果を持つモンスター…。

「トイ・マジシャン、特殊召喚!」

 得意げに笑うクロンを守護するように、《トイ・マジシャン》は前に出てポーズを取る。転んでもただでは起きない、という言葉が真先に思い浮かんだ。

 攻撃力・守備力ともに決して一線級ではないし特殊召喚された後は特に効果を持たないモンスターだが、このカードは百合の意表を突いた事だろう。彼女はクロンの場を眺めながら「ふーむ」と小さく息を吐いた。

「トイ・マジシャンねぇ…。いやはや、珍しいカードを使うもんだ。ほんと、化石をめっけた気分だよ」

 声のトーンをやや落とし、好戦的な笑みを浮かべながら、百合は顎を指で撫でる。

 スイッチが入った。付き合いの長いからそう感じた姫利は、静かに口元を吊り上げた。

「…にひひ、生意気。どーれ、ちょっと本気で虐めますかねー」

 笑みはそのまま、百合は手札から一枚のカードを選び、決闘盤に差し込む。すると今度は彼女の後ろに、三つのシルエットが出現した。

 …否、シルエットと呼ぶのは正しくないかも知れない。彼女の背後に現れたそれ(・・)は、見慣れた文字の形をしていたのだ。

 例えるなら積み木やブロックの玩具だろうか。百合の背後に現れたのは、アルファベットの「D」と「G」と「O」の形をした、真赤なブロックだった。

「っ…!? これは…」

 クロンが驚きの声を漏らす。その表情に満足したのか、百合はもう一度にやりと笑った。

「いくぜぃクロぽん。私のアルファベットデッキの特性、見せてやんよ」

 デュエルはまだ序盤。しかし、早くも戦局は動こうとしていた。

 

 

 

 

 「大嵐」 通常魔法(制限)

 効果:フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 

 「トイ・マジシャン」 モンスター

 光属性 魔法使い族 ☆4

 攻撃力1600 守備力1500

 効果:このカードは魔法カード扱いとして手札から自分の魔法&罠カードゾーンセットする事ができる。

   魔法&罠カードゾーンにセットされたこのカードが相手のコントロールするカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズ時にこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

    また、このカードが反転召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で存在する「トイ・マジシャン」の数だけフィールド上の魔法・罠カードを破壊する。




お気づきの方も居られるかも知れませんが、第一話から現在まで、姫利の容姿に関しては服しか描写されていません。
これは主人公クロンの憧れの存在という事で、姫利の姿は読者の皆様に自由に想像してもらおうと意図してのもので、決して、断じて、描写するのを忘れてた訳ではないのだぜ。(切実)
ちなみに自分の中では黒髪黒目、髪は長めでサイドテールにしているイメージです。断じて、本編で描写できなかったからここで説明している訳ではないのだぜ。
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