クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第三十話:即死級バイオレンス

 身近に迫った危機というものは、実際に目の前に現れるまで気付きにくいものだ。

 ソール達が敵の拠点に突入し、二手に分かれてクロン探索を開始した頃。拠点の主たる教皇は普段通りの朝を過ごしていた。

 元より侵入者などあり得ない空間だ。教皇はソール達が拠点にいる事など夢にも思わず、自分の部屋で女性型ロボットの(ムーン)とのんびり雑談を交わしていたのだが、ふと思い出したように席を立って隣の寝室へと向かった。

(タワー)(タワー)。流石にそろそろ起きようか。もうすぐお昼になるよ」

 教皇は手を叩きながら寝室に入り、やがてパジャマ姿の女の子を抱きかかえて出て来る。塔の暗号名(コード)で呼ばれる金髪の少女である。

 まだ寝たりないとばかりに目を閉じている塔を洗面台まで運ぶと、教皇は鏡の前に彼女を立たせ、緑色のカップに入れた歯ブラシを手に取る。

「さ、まずは歯を磨こうね。はい、あーん」

「…まだ眠いー」

「駄目駄目、もう起きる時間だよ。ほら、お口開けてー」

 子供用の歯磨き粉を塗った歯ブラシを口元に近づけると、塔は諦めたように口を大きく開く。教皇は「よしよし」と微笑を浮かべると、慣れた手付きで彼女の歯を磨きにかかった。

 歯磨きが済むと、次は洗顔だ。この作業は塔自身に任せ、教皇は寝室に戻って次に着替えの準備に移る。装飾が施されたタンスを開けて丁寧に折りたたまれた衣服を取り出し、ベッドの上に綺麗に並べる。

 黒を基調とした、所謂ゴシックロリータと呼ばれる衣服。至る所を白いフリルで飾り立て、両腕部分には拘束具を連想させるベルトが付けられている。ロングスカートの裾部分には猫の頭蓋骨を模った刺繍が施されており、胸部には断頭台を模ったらしい悪趣味なアクセサリーと、それを囲うように人間の頭部の形をしたボタンが付けられていた。

「おじちゃん、顔洗い終わったー…」

「ん。じゃあ朝ごはんの前にお着替えしようね。はい、ばんざーい」

 洗顔を終えて寝室に戻って来た塔に指示を出すと、塔は言われるままに両腕を上げて万歳の姿勢を取る。教皇はこれも慣れた手付きで塔のパジャマを脱がせると、準備したゴスロリ衣装を着せに掛かった。

 金色の髪に映える黒い衣装を着せて、白と黒の縞模様の靴下を穿かせ、最後にトレードマークの真赤なリボンを前髪に括る。その間塔はじぃ……と教皇の顔を見つめるだけで、特に恥じらう様子は無かった。

「はい、お着換え終了。じゃあ朝ごはんにしようか」

「はーい…」

 眠気の残った返事をする塔の手を取り、教皇はリビングに向かう。

 こうしている間にもソール達は拠点を虱潰しに探索しているのであるが、教皇も塔も、まだその事に気付く様子は無い。

 リビングに戻った教皇は塔をソファに座るよう指示し、自分は食事を用意しに台所に向かう。まるで平和な家族の日常のような光景だった。

 と、そこへ。

「新たな熱源を探知。内部データを検索、照合――。おはようございます塔。今日も良い一日を」

 塔の存在を感知した月が、消灯していた青色の瞳(カメラアイ)を発光させて塔の方に向ける。塔は心もち驚いたような様子で月を見返した後、視線を彼女に向けたままコーナーソファに腰かけた。

「あ…、月ちゃんだ。おはよー、どうしたの?」

「はい。先程新たな異端の札を感知した為、教皇にご報告すべく来訪しました。現在は回収に向かった死神が帰還するまで待機中。なお、私の存在が障害となるならば室外にて待機も可能です。如何致しましょう」

「ん…、別にいいよ居ても。私とおじちゃんの部屋広いし」

「了解。引き続き待機します」

 素気なく答える塔に感情無く答え、月は再び瞳の光を消す。教皇はそんな彼女達のやり取りを台所から眺めながら、ふふ……と微笑を浮かべていた。

 と、その時。部屋の入り口の扉が大きな音を立てて開かれた。教皇が驚いてそちらを見ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。赤い長髪をサイドテールにした長身の女性――、リリオン=ストレングスである。

「うぃ~っす教皇。おっはよーさん」

 気怠げに後ろ髪を掻きながら、リリオンはズカズカと室内に上がり込んで塔と向かい合うようにソファに腰掛ける。彼女は不快な表情を浮かべる塔に「幼女先輩、ちっす」と小馬鹿にした挨拶をすると、きょとんとしている教皇に赤い双眸を向けた。

「お、居た居た。教皇あんたさ、さっき私の部屋に連絡入れなかった? 寝てたから覚えてねーんだけど、あんたの声で起こされた気がするんだわ」

 目の前のテーブルに両足を乗せながら、遠慮なくリリオンは尋ねる。教皇は少し沈黙した後、「あぁ」と思い出したように手を叩いた。

「確かに連絡したよ。ちょっと頼みたい事があってね」

「ほー、あんたが私に頼み事ねえ…。なに? 朝立ちの面倒でもみろっての?」

「はは…。そういうジョークは嫌いだなー、僕」

 困ったように笑いながら、教皇はテーブルの上に食器類を並べて塔と彼自身の朝食の準備を進めていく。マグカップに牛乳を注ぎ、バームクーヘンを半分に割っただけの簡素な物であったが、塔は嬉しそうにそれを受け取って頬張っていた。

「ま、例によって異端の回収を頼もうかと思ってたんだけどね。もう死神に頼んじゃったし別にいいよ。起こしちゃったならごめんね」

「へーぇ。…ん? 異端の回収って、昨日のガキがそうだったんじゃねーの? 酔っぱらってたからよく覚えてないけど、この部屋の前にちっこい子供が居た記憶があんだけど。ほら、小学生くれーの黒髪の…」

「いや、愚者(かれ)とは別の反応がついさっきあってね。状況からして、どうも彼の仲間が異端に覚醒したらしいんだ」

 一口サイズに裂いたバームクーヘンを口に放り込みながら、教皇は丁寧な口ぶりでリリオンの疑問に答える。彼女は質問した割には左程興味が無いようで、「ほーん」と適当に応じ、すぐ後ろに控えている月を振り返った。

「っつー事は、これで異端の札は十七枚になるって訳だ。そうだろラブドール先輩?」

「――システム再起動。その通りです(ストレングス)。今回出現した異端の札を含めれば、現時点で十七枚の異端の札が発現した事になります」

「って事は、残りは五枚か。ギャハッ、ここに来ていいペースじゃねーの。後は審判チームのおっさん共が気合い入れて五枚分のカードを集めてくれりゃ、滅びの運命とやらからめでたく世界は救われるって訳だ」

 にやりと笑ったリリオンが、わざとらしく手を叩いた時。「報告します!」と焦りを含んだ声がこの場に居る者達の耳朶を叩き、半開きであった入口の扉が再び勢いよく開かれた。

 見ると。今し方名前が出た“死神”ことデスが、砂に塗れた体毛をぶるりと震わせて部屋に上がり込んできた。その様子は尋常では無く、彼は教皇の姿を見つけるなり大声で叫んだ。

「き、教皇! 大変です! 一大事です!」

「…どしたの死神。自慢の毛並みが凄い事になってるけど。ご飯の後でブラッシングしようか?」

 教皇はのんびりと答え、牛乳を啜る。歯がゆいとばかりに全身の毛を逆立た黒猫は、「非常事態です!」と更に強く叫んだ。

「侵入者です! し、信じられませんっ! この拠点に、部外者が入り込みました! 至急対策を! 敵は今現在も拠点内に居ます!」

「…侵入者? おかしいな、そんな筈は無いんだけどね」

 教皇はマグカップをテーブルに上を置いて、疑念の眼差しでデスを見つめる。心の底を覗き込むような瞳を向けられ、デスは思わず目を背けた。

「君も知っての通り、ここは数ある並行世界の一つで、隔離された空間だ。異端の札を持つ僕達は自由に出入りできるけど、普通の人間がここに入り込んでくるなんて事はありえない。海の底に小鳥が迷い込むようなものだよ」

「それは…、そうですが…。ですが実際に――!」

「部外者が入り込んでるって? ……んー、そうだなぁ…。誰かが手引きしたとすれば、考えられない事も無いけど…」

 言いかけて、何か気付いたらしい教皇は「あっ」と頓狂な声を上げてもう一度デスを見詰める。バツの悪そうに目を逸らしている彼の様子を見て、彼は全ての事情を察したようだった。

「ははーん…。そういう事か」

 わざとらしく呟くと、デスの耳がピクリと動じた。宝石のような金色の双眸が再度教皇に向き、「そういう事、とは?」と腰の引けた声が返って来る。

「デスー? さては君が手引きしたね? その敵とやらを、この拠点に」

「なっ…! い、いえ、そんな事は! 僕は別に、何も…!」

「なら、どうして君は侵入者が居るって事を知っているのかなー? そもそも君には異端の回収を頼んだ筈じゃない、どうしてここに戻って来るのさ。…ん?」

 子供のように意地悪い笑みを浮かべて尋ねると、ただでさえ小さいデスの体が更に縮こまっていく。この頃にはリリオンや塔も状況を把握したようで、各々の感情を乗せた眼差しを彼に向けていた。

「も…、申し訳ありませんっ!」

 やがて。隠し通せないと察したデスが、頭を垂れて声高に叫ぶ。教皇は塔とリリオンと顔を合わした後、呆れたように吐息した。

「あのさぁデス。今に始まった事じゃないけど、どうしてすぐにバレる嘘を吐くかなぁ? …まあいいや。それで、どうして他人を拠点に招き入れたりしたんだい?」

「いえっ、いえ! 決して僕の意思でした事ではありません! 待ち伏せされて、組み伏せられて、凶器で脅されたものだから仕方なく…!」

「仕方なく、苛めっ子を竜宮城に招待した訳だ。…ま、君の言い分は後でゆっくり聞かせてもらうよ。それで、入り込んだのは何人だい?」

 弁解の言葉を早々に遮り、また別の質問を投げかける。デスは落ち込んだように頭を垂れながら、「…八人です」と小さく答えた。

「子供が四人と、若い女性が四人。一人は凶器を持っていましたが、ここに来る際に取り上げました。もっとも他にも隠し持っているかも知れませんが…」

「その八人の中に今回の異端がいる、と考えていいのかな」

「…断言はできませんが、恐らくは。彼女達は異端の札について知っているようでしたし、また、接触の直前に未確認の異端の札をこの眼で確認しております。まず間違いないかと」

 もはや弁明の言葉も無く、デスは聞かれるがままに答える。

 どうやら嘘は言ってないらしいと沈黙の内に考えた教皇は、デスに向けていた視線を何もない空間に漂わせた。

「……月。今この拠点には何人残っていたかな?」

「はい。この部屋にいる三人と一匹と一台の他、研究所に居るDr.31で全てです。審判チームの四人と、教皇配下の女帝は現在別の世界で活動中。必要とあれば呼び戻しますが、如何致しましょう?」

「いや、できれば侵入者は生け捕りにしたい。今度の事は僕達の失態だし、ここに居る面子だけで対処しよう」

 審判に任せると相手を殺しかねない。そう言外に臭わせ、教皇は落ち着いた表情を傍に控える塔とリリオンに向ける。

「二人とも、聞いての通りだ。至急デスと共に侵入者の制圧に向かってくれ」

 いつしか教皇の声と表情は精悍なものに変わり、互いに顔を見合わせている二人を真直ぐに見据える。少しの沈黙の後、「はーい」を気の抜けた塔の返事を聞いた後、教皇は「ただし」と言葉を付け加えた。

「今言った通り、侵入者は生きたまま捕らえたい。だから異端の札の実体化は禁止にさせてもらうよ」

「んぁ……はぁ!? 相手はたかがガキなんでしょ? 異端の札で制圧すりゃ一発なのに、なんでわざわざ!」

「そこが問題なんだ」

 思わず声を荒げるリリオンを、教皇は手と言葉で制する。

「確かに普通の人間相手なら異端の札で十分対処できるだろう。けど、力加減が利かないから相手を死なせてしまう危険がある。ピンセットで虫を摘まみ上げるようなものだよ。侵入者の中に新たな異端が居る可能性がある以上、そういったリスクは無くしたい。実体化の使用はせいぜい移動と自分の身を守る時だけ、決して攻撃には使わないように。いいね?」

 有無を言わさぬ口振りで圧をかけ、リリオンの反感をねじ伏せる。普段が温厚なだけに、こういう時の教皇の威圧感は並ではない。まだ何か言いたげだったリリオンも舌打ちして目を逸らし、「でも、どうやって?」という塔の声が代わりに教皇に踏み込んだ。

「異端の札を使っちゃ駄目なら、どうやってその人達を捕まえればいいの? 私、喧嘩とかした事ないよ…?」

「もちろん、腕づくで捕まえろと言う訳じゃない。人数はこっちの方が少ないし、塔や死神はそういう事に向かないからね。かく言う僕も腕っぷしには自信がある訳じゃない。正直なところ、喧嘩だと女の子にも勝てる気がしないよ」

 冗談半分、本気半分といった様子で言いながら、教皇は「けれど」と自らの言葉を脇へと退けて微笑を浮かべる。

「暴力に頼らず、平和的に侵入者を制圧する方法もある。ある意味では異端の札以上に僕達向きの方法がね」

 そう言って教皇は立ち上がり、この場にいる全員の視線を背中に受けながら部屋の奥にあるデスクの引き出しを開け、一枚のカードを手に戻って来る。

 デュエルモンスターズのカード、――ではない。サイズや厚さこそ同じくらいであるが、両面は真黒に塗られ、魚の骨らしきイラストが不気味に描かれているだけだ。教皇は左腕に装着した決闘盤を起動すると、そのカードを魔法&罠ゾーンに差し込んだ。

 彼の決闘盤は真黒なカードを認識すると情報を読み込み始め、数秒程でカードを吐き出す。教皇はそれを再度手に取ると、きょとんとした表情を浮かべている塔達にカードを見せた。

「これは審判チーム所属の“悪魔”が、仲間になる際に僕達に提供した技術でね」

 塔達の疑問の眼差しに答えるように、教皇は口を開く。

「平たく言えばICカードやパンチカードのような物だよ。これを決闘盤に読み込ませると、決闘盤にある機能が追加されるんだ」

「ある機能…?」

「そうだ。このカードを読み込んだ決闘盤でデュエルをすると、敗北した者の決闘盤から強力な電気が流れるようになる。電気を浴びた敗者は死にはしないが身動きが取れなくなり、無抵抗な状態で勝者の前に倒れるという機能だ。…要は条件付きのスタンガンだね」

「スタンガンねぇ…。つまりデュエルで負けた相手は気絶するって訳だ。で、その後は勝者にされるがままと……ハッ。悪魔のじじい、こんなもん持ってたのか。紳士面して良い趣味してるわ」

 にやりと笑みを浮かべ、リリオンはこの場に居ない相手に向けて皮肉を呟く。傍で会話を聞きていたデスは、「なるほど」と顔を上げて呟いた。

「そのカードを僕達の決闘盤にも読み込ませ、デュエルで侵入者を制圧しろ……と言う訳ですね?」

「そういう事。何でもかんでもデュエルで解決しようとするの、僕はどうかと思うんだけどね。敵を傷つけずに制圧するならこれが一番効果的なんだよ。負けた人間を気絶させる機能だからもちろん僕らにもリスクはあるけど、こっちには異端の札がある。条件では有利という訳さ」

「なるほど、確かに」

 素直に納得したデスが二度ほど呟く。そこに、ちょうど食事を済ませた塔が横から「でも」と口を挟んだ。

「悪魔のおじいちゃん、なんでそんなカード持ってたの…? あのおじいちゃん、私達の仲間になる前はお金持ちの人だったよね。そんなカード何に使ってたんだろ…?」

「そりゃまあ悪用じゃねーの? つーか悪用意外に使い道ないっしょこんなもん。その辺の生娘に声かけてデュエルで気絶させてさ、家に連れ込んで玩具や奴隷にしたりすんのよ。…ギャハッ! 如何にも金持ちのじじいがやりそーなこった!」

「…でもあのおじいちゃん、そこまでデュエル強くないよ? 一回だけ戦った事あるけど普通に勝てたし……そうだよね、教皇のおじちゃん?」

 口に付いた食べかすを教皇のコートで拭きながら、塔が尋ねる。教皇は少し沈黙して考えた後、重い口ぶりで彼女らの疑問に答えた。

「悪魔は自分の幸福よりも他人の不幸を喜ぶ男だ。この技術も彼自身の利益の為に使っていた訳じゃない、小悪党やカード犯罪組織に与えて、犯罪利用させる為の物だったそうだよ。彼はただ自分が暮らす街の治安が悪化するのを眺めて楽しんでいただけ……そういう趣向なのさ、あの老人は」

 明らかに瞳に嫌悪の光を宿し、唾棄するように吐き捨てる。穏やかな彼にしては珍しい事で、塔もリリオンも意外そうな表情で彼を見返していた。

 そんな空気に気が付いたのだろう。教皇は咳払いを一つして、本題から外れかけた話題を修正に掛かった。

「とにかく事態は一刻を争う。君達三人はすぐに敵の制圧に向かってくれ。くどいようだけど生け捕りが絶対条件だ、くれぐれもそのつもりで」

「へぃへぃ、教皇閣下は小うるさい事で…。ま、要は勝てばいいんでしょ? なら簡単じゃん。すぐに八人分のデリバリーを用意してやっから、偉いさんはここで大人しく待ってなよ」

 気怠そうに言いながら、リリオンは教皇の手から奪い取るようにして黒いカードを受け取って自らの決闘盤に読み込ませる。

 外観的な変化こそ無いものの、これで彼女の決闘盤にも教皇の言う“敗者を無力させる機能”が追加されたのだろう。リリオンはカードを取り出して決闘盤を暫く眺めた後、にやりと笑みを浮かべて用済みとなったカードを放り捨てた。

「んじゃ、ちょっくら暴れて来るわ! デスちんと幼女先輩はせいぜいご武運をね! ギャハハ!」

 言うが早いか、リリオンは部屋の扉を蹴り開け、嵐の様に去っていく。悪い状況を楽しんでいるかのような活き活きとした様子だった。

「まったく…。いつもながらマイペースな方ですね、リリオンさんは」

 デスは呆れたように吐息して、彼女が放り捨てたカードを口に咥える。

 それと同時、彼の背後の空間が歪み、決闘盤が一つ吐き出される。クリフ、亮助との戦いでも使用したデスの決闘盤だ。彼は咥えたカードを器用に決闘盤に差し込むと、教皇に向けてぺこりと頭を垂れた。

「では、僕も侵入者を制圧して参ります。今度の事は僕のミスです、最低でも一人……いえ、二人は倒して見せます」

「おや、珍しく強気だね。じゃあ一人も倒せなかった場合は罰として夕食抜きって事でいいかな?」

「……行って参ります」

 教皇の言葉に答えないまま、デスは黒いカードをテーブルの上に置いて部屋を後にする。恐らくリリオンと共同戦線(タッグ)を組むつもりなのだろう、既に見えなくなった彼女を慌てて追っているようだった。

 そして、最後の一人。塔はくすくす笑みを浮かべてデスが残したカードを手に取ると、それを決闘盤に差し込む。

「…じゃあ、私も行ってくるね。おじちゃん」

「ああ、期待してるよ塔。力や死神に負けないくらい頑張っておいで」

「はーい…。うふ、ふふふ……どんな可愛いモンスターちゃんに会えるかなぁ…?」

 右手で口元を隠して笑いながら、塔もまた部屋を後にする。遠足にでも出かけるような軽い足取りだった。

 リリオン、デス、塔。三人の部下が部屋を去り、教皇は塔が置いていった黒いカードを手に取り微笑を浮かべる。打つべき手を打った安堵感か、それとも別の事に思考を巡らせているのか。微笑みの理由は定かでは無いが、その雰囲気はいつしか普段通りの穏やかなものへと変わっていた。

「――全てが想定外、という訳では無いようですね。教皇」

「ん?」

 ただ一人部屋に残っていた月が、青色の(カメラアイ)を教皇に向ける。質問というよりは、指摘するような声。「何の事だい?」と応じた教皇は、きょとんとした表情で彼女を見返した。

「貴方は先程、罠と知りつつ死神を単独で向かわせました。その結果、このような事態になる事は貴方なら予測できた筈。死神の報告を受けた後の対応も、まるで事前に考えていたかのように迅速だったように思えます。貴方は、わざと第三者の侵入を許したのではありませんか?」

 初めて言葉の中に感情らしものを漂わせながら、月が問う。教皇は肯定も否定もしなかったが、代わりに「何のために?」と一言返した。

「面白い考えだけど、少し無理があるな。わざわざ敵を招き入れて僕に何の得があるんだい? 何一つメリットが無いじゃないか」

「仰る通りです。しかし人間は、時に非合理的な行動に出る事もあると学習しています」

 即答で返し、月は真直ぐに教皇を見詰める。自分の推測は当たっているのか否か、返答を催促している様子だった。

「…とにかく、今は侵入者の確保だ」

 それ以上の追及を拒むように、教皇が話題を変える。

「月、君はすぐにDr.31の元に戻って彼女を警護してくれ。博士は異端の札を使えない、彼女の身に万一の事があれば僕達にとって大きな痛手となる」

 一方的に話を断ち切った後、教皇は月に向けていた視線を切り、何もない空間を言葉なく見据える。これ以上話す事は何もないという意思の表明。そう解釈した月は「了解」と小さく答え、行き場を失った視線を部屋の出入り口に向けた。

「現時点での疑問解決を保留し、Dr.31の安全を最優先。これより研究所に帰投し、その後は博士の指示に従います」

 機械的に答えた月の背後、何もない空間がぐにゃりと歪み、そこからサッカーボール程の大きさの金属の塊が無数に出現する。花の蕾に似た形状のそれは吸い寄せられるように月の肩や腰回り等に付着・同化すると、無骨なシルエットを彼女に与えた。

「異端の札、《月狂の自動人形(ムーンストラック・オートマタ)》を一部装備。最短経路で帰投します。帰投までの所要時間、推定四十秒」

 月と同化した鉄の蕾から青い炎が噴出され、彼女の体がふわりと浮かぶ。彼女は空中で教皇に向けて一礼すると、開きっぱなしの扉に向き直り、目にも留まらぬ凄まじい速度で部屋から退出した。

「……時には非合理的な行動に出る事もある、か…」

 誰も居なくなった部屋の中、ぽつりと教皇が呟く。その表情は何処か寂しげで、塔達が出て行った扉をじっと見つめていた。

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 同じ頃。

 単独行動を取ったソールは廃墟の最上階に到達。瓦礫が転がる薄暗い廊下を一人歩いていた。

 姫利達と別れてからここまで、誰とも接触はしていない。逃げて行った黒猫(デス)はもとより、彼の仲間も一切見かける事は無かった。

 本当にここに人が住んでいるのだろうか。実際は無人の廃墟なのではないか? そんな想像に駆られる程に辺りは静まり返っており、始めは駆け足だった彼女の足はいつしか徒歩に変わっていた。

(だが、クロンの奴は必ずここに居る筈だ…)

 そう強く念じ、壁の明かりを頼りに廊下を歩いていく。一定の間隔毎にある扉を開けて中を覗いて観たりもしたが、クロンの姿は見つからなかった。

(ここにも居ねぇか…。そろそろあの糞猫が仲間に俺様達の事を知らせてる頃の筈だ。早く見つけねーと本気でやべえな…)

 時間が経つ毎に焦りが生じ、大声でクロンに呼び掛けたい衝動に駆られるが、それが危険な行動である事はよくわかっている。

 とにかく虱潰しに探すしか方法は無い。そう自分に言い聞かせていると――、

「やっと見つけた…。おい馬鹿、自分が何をしてるかわかってるの?」

 突然、背後から声を掛けられた。

 ぎくりと背筋を凍りつかせたソールは、硬直しかけた体を強引に反転させる。そこに居たのは――…姫利達と行動している筈の少年フロムが、薄明りの中にむすっとした表情を浮き上がらせて立っていた。

「な、なんだテメェか…。脅かすんじゃねーよ」

「よく言うよ、勝手に一人で動いておいてさ」

 青い長髪を左右に揺らして周囲を確認しながら、フロムは怒りを含んだ緑色の双眸をソールに向ける。

「ここは敵の本拠地なんだろ? 文句なしの危険地帯だ。一人の勝手な行動が皆の迷惑になるってわからないの?」

「ハッ、わざわざそんな事を言う為に追ってきたのか? 危険なのは百も承知だ。俺様の心配なんてしてねーで春川の所に帰ったらどうだ?」

「そういう右往左往が一番危ないって話をしてるんだよ、間抜け」

 近くに姫利らの姿が無いからか、フロムの口ぶりは普段以上に辛辣だった。思わず激情に駆られそうになるソールだが、「とにかく」と怒りを見越した一声がそれを遮る。

「さっさとクロンの馬鹿を見つけて、姫利お姉ちゃん達と合流しよう。そしたらここから脱出だ。…いいね?」

「っせぇな! 言われなくてもそのつもりだ、このボケ!」

 噛み合わない性格と言葉を再確認しつつ、二人は止む無く行動を共にする。

 と言っても、これまでとやる事は変わらない。ただ、一人で行動するよりも隣に誰かが居た方が手間が省けたし、幾分か気が楽であった。

「…それにしても。姫利お姉ちゃんも言ってたけど、昔は名のあるお城だったように見えるね。この廃墟」

 ソールより少し先を歩きながら、達観したような口ぶりでフロムが呟く。

「かなり広い造りだし、柱や天井に手の込んだ装飾まである。病院やホテルの廃墟ならともかく、こういう所が悪人の巣窟になってるってのは珍しいんじゃないかな?」

「どーだかな。俺様はここ数日で常識ってやつが麻痺しちまってわかんねーよ」

 ぶっきらぼうに答えながらも、一理ある意見だと感じられた。暗闇に目を凝らして観察すれば、この建物がただの野晒しになった建築物ではない事は容易に想像がつく。

 こんな手の込んだ建物ならば、例え風化したとしても人目に晒される機会は多い筈。そんな所に悪人が居を構えるというのも、奇妙な話だった。

 もっとも、今はそんな事に思いを馳せている暇は無い。考察は程々に探索を続行していると、やがて二人は廊下を抜けて何もない広い場所に辿り着いた。これまで以上に手の込んだ装飾が施された、ロビーのような空間だ。

 部屋としてみれば奥に伸びた箱状の形をしており、奥行きは40mはあるだろうか。幅は25m前後といった所で、全体的に左右対称。ソール達がいる場所は部屋の一角のようで、向かい側には同じような廊下が続いているのが見える。

 床は白と黒のチェック模様で、天井の高さは15mはあるように見える。学校の体育館並みの大きさと例えるのが妥当だろうか。崩れ落ちた瓦礫が所々に転がっているのは同じであるが、この空間は明らかに他の場所と趣が違うように思え、ソール達は思わず足を止めた。

「なんだ? いきなり広い場所に出たぞ…?」

「…どうやら、ボクの想像は間違ってなかったみたいだね。見なよ、あれ」

 落ち着いた表情でフロムが指さした先。この空間の奥には数段ほどの段差があり、その上には小さな椅子が備え付けられているのが見えた。

 肘掛けから脚に至るまで黄金で装飾された、玉座らしき席。この広い空間に存在するただ一つのインテリア。“謁見の間”という言葉が脳裏に浮かび、ソールは金縛りにあったかのようにその場に立ち尽くした。

「……王の椅子、か…」

 興味をひかれたらしいフロムが、ソールの横を抜けて玉座へと歩み寄る。その呟きで我に返ったソールは、慌てて彼の後ろ姿を追った。

「おいっ、そんな事してる暇があんのか?」

「わかってるよ。ただ、ちょっと気になってね」

「あ…? 何がだよ」

「玉座の大きさだよ。玉座ってのは王であれ女王であれ、大人が座る為の物だろ? それにしては随分サイズが小さいなって思ったのさ」

 ソールには一瞥もくれず、フロムは玉座の傍に歩み寄りじっくりと観察する。

 彼が指摘した通り、その玉座は大人が座るにしては小さすぎるように思えた。座面高も横幅も明らかに短く作られており、とても大の大人が腰掛ける物には思えない。小学生であるソール達でさえ窮屈に感じかねないサイズだった。

「…言われてみりゃ、確かにな」

「これじゃ子供用だよ。脚の部分も短いし、まるで小学生……いや、幼稚園児の――、」

 フロムが言い掛けた瞬間。ぞわりと鳥肌が立つような冷気を後方から感じ、何処か緩んでいた二人の意識を戦慄させた。

「玉座に興味を持つにはちょっち若すぎんじゃねーの? ぼーや?」

 どちらのものでもない声が後方から聞こえ、彼女達は玉座への関心を捨てて背後を振り返った。

 空間の向こう側。ちょうどソール達がやって来た廊下の方から、大小二つの影がこちらに歩いて向かって来るのが見える。

 リリオンとデス。悪意を抱いた二つの影は、それぞれの双眸にソール達の姿を映しながら、行く手を阻むかのように二人の前に立ちはだかった。

「テメェら…!」

 見つかったという恐れを怒りで払拭し、ソールは一歩前に出る。明確な敵意を物ともせず、リリオン達は二人から少し距離を置いて立ち止まった。

「おや、お二人だけですか? …なるほど、何組かに別れましたか。あまり賢い行動とは思えませんが、まぁどちらにしても同じ事…」

「お仲間を連れて来たって訳か。クロンの奴は何処だ!」

 デスの言葉を強引に掻き消し、怒りを捻じ込む。後方ではフロムが逃げ道を探っている気配が感じられたが、今はどうでも良かった。

「少し惜しかったですね。あの少年なら一つ下の階ですよ。もちろん貴方達が来ている事など知る由もありませんし、この場に来る事もありませんが」

 どくん、と心臓が跳ね上がる感触。

 一つ下の階。そんな近くに。デスの言葉を理解すると同時、床の向こう側に居るクロンの姿を幻視したソールは、次の瞬間には声の限りに叫んでいた。

「おいクソども、道を開けなッ! テメェら三下に用はねぇ!」

「ギャハハッ、強気だねぇ! どうするデスちん、何か言い返してやりなよ!」

 獲物を真直ぐに見据えたまま、他人事のようにリリオンが茶々を入れる。主導権はこちらにあると言わんばかりの態度だった。

「…残念ですが、ここを通す訳にはまいりません。理由は、申し上げるまでもありませんね?」

 宣告のような単調な声で、デスが言う。つい先程まで醜態を晒していたとは思えない迫力に圧され、ソール達は思わず一歩後退った。

「事務的だねぇ…。ま、悪いけどそーゆー事よ! 私らの(ねぐら)に踏み込んだんだ。陵辱されようが殺されようが、覚悟はできてんだろ?」

「上から物言ってんじゃねぇぞ色呆けババァ! クロンの奴は返してもらう! 邪魔するってんならテメェらをぶちのめしてから取り返すまでだ!」

「お、いいねいいねぇ! 嫌いじゃないよそういう物言いは! 狩られる側の遠吠えだってのがちょい惨めだけどさぁ! ギャハ! ギャハハッ!」

 リリオンの下卑た笑い声が部屋中に響く。「野郎っ…!」と感情に我を忘れそうになる刹那、「その辺で十分でしょう」というデスの声が辛うじてソールの理性を押し留めた。

「どうせ敵同士です、話していても意味がありません。まだ他に六人も居るのですから、ここは手短に済ませましょう」

 ソール達にも向けたらしい呟きの後、デスの背後の空間に渦のような歪みが生じ、そこから決闘盤が一つ吐き出される。昨日のタッグデュエルでも使用した彼自身の決闘盤だ。

 それは浮遊しながらデスの隣に移動し、電源を入れるまでもなく起動した。

(なんだ…? 決闘盤を、出してきやがった…?)

 視線をデスに据えたまま、更に一歩ソールは後退る。異端の札の実体化で襲い掛かって来るものと思いきや、思いがけない展開だった。

「結論から言いましょう」

 こちらの困惑を見透かしたように、デスが口を開く。

「今の貴方達は袋の鼠も同然ですが、助かるチャンスが無い訳でもありません。僕達とデュエルして頂いて、もし勝つ事ができれば、少なくともこの場をやり過ごす事はできますよ」

「…結論と言うよりは極論だね。唐突過ぎて何を言ってるのかさっぱりだよ」

 手でソールを後ろに押しやりながら、フロムが嫌みを含んだ疑問を提示する。

 襲って来る訳でも無く、見逃す訳でも無く、ここでデュエルを行おう……とは、あまりに突然で理解できない提案だ。ふと昨日のタッグデュエルを思い出すソールだが、あの時とはまるで状況が違う。

 デスはその疑問も予期していたようで、「もちろん、ただデュエルしようという話ではありません」と質問されるより先に答えを示した。

「今の僕達の決闘盤には、特殊な機能が搭載されています。デュエルで敗北した者を強力な電流で気絶させるシステムです。条件付きのスタンガンと言えばわかりやすいでしょうか」

「どっかで聞いた台詞だねぇ、デスちん」

 リリオンが茶々を入れるのを無視して、デスは「ここまではよろしいですね?」と一語を加える。ソール達もまた余計な口は挟まず、敵の言葉に耳を傾けていた。

「貴方達の中に異端となった者が居る以上、こちらとしても貴方達を殺害するような真似はできません。と言って、貴方達をこのまま捨て置く訳にもいかない。――これは譲歩です。貴方達が僕達に勝つ事ができれば、この決闘盤は僕達の意識を絶つ事になり、貴方達は愚者の救出を続行する事ができる訳です。何でもデュエルで決めようとするのはどうかと思いますが、平和的な解決策だと思いますよ」

「…嫌だと言ったら?」

 堂々とした態度を崩さずにフロムが問う。相手のペースに乗る事を嫌ったのか、それとも相手の出方を観察しているのか。恐らく両方だろうとソールが考えていると、「そうですね」と変わらぬ声のトーンでデスが答えた。

「その場合は実力行使か、あるいは更なる譲歩を持ち掛けるか。貴方達が助けようとしている少年の殺害を仄めかせるという選択肢もありますね」

「…なるほど。つまり、こっちに拒否権は無いって事?」

「平たく言えば。話の早い方が居てくれて何よりです」

 皮肉とも取れる口振りで言うと、デスは「さて、如何なさいますか?」と返答を迫る。こちらに選択の余地は無いと告げた上でわざわざ確認を取ろうとするのが癇に障り、ソールは思わず舌打ちした。

「……おい天才野郎。どう思う?」

 相手に聞こえないよう、小さな声で問いかける。フロムは少し沈黙を挟んだ後、「悪い話じゃないね」と小さく返した。

「連中の話が全て本当だと仮定するなら、デュエルを受けるのはありだと思うよ。デュエルならこっちも自信があるし、姫利お姉ちゃん達の為に時間を稼ぐ事もできる。敵の方から譲歩してくれてるって状況も良いね」

「…だが、連中が本当の事を喋るとは限らねぇだろ」

「確かにね。けど、わざわざ嘘を吐くメリットがあるとも思えない。…少なくとも、ボク達を殺す訳にいかないって言葉は信じていいと思うよ」

 理屈的だが、筋は通っているように思えた。

 そもそも異端の札(カード)の実体化という能力を持つ彼らが、理由も無くデュエルで決着を付けようと提案してくる訳がない。何かしらの事情がその背後にあるものと見て間違いは無く、だとすれば、その弱みに付け込まない手は無かった。

「よーし…。いいだろ、その勝負受けてやる! 探索はテメェらを叩き潰してからじっくりやらせてもらうぜ!」

 意を決したソールは決闘盤を起動しながら啖呵を切る。それを受け、リリオンは「そう来なくっちゃねぇ」と楽しげに口元を吊り上げた。

「くくく、んじゃお言葉に甘えて叩き潰してもらうとするかね。デスちん、このポニーテールは私が相手すっからさ。そっちの坊やは任せたよ」

「え…? タッグデュエルをするのでは無いのですか? ボクのデッキはタッグ用なので、一対一は正直自信が無いのですが…」

「悪いけど足手纏いと組むのは嫌なんだわ。正々堂々タイマン張りなよ、猫らしくさぁ」

 突き放すように言うと、リリオンは高らかに笑いながらデスから離れていく。彼女は八メートル程歩いた後立ち止まり、正面に来るようソールに顎で合図した。

 一対一、……上等だ。胸の内から湧き上がる熱情を感じながら、ソールはにやりと口元を緩める。

「どうやらあの女は俺様をご氏名らしいな。へっ、こっちとしても好都合だぜ」

「ま…、ボクはどっちが相手でも構わないけどね。ボクのデッキ、一対一なら滅多な事じゃ負ける気がしないし」

 自信たっぷりに言い切ったフロムの言葉に「俺様もな」と同調し、ソールはリリオンの傍まで歩いて行く。

 リリオンの戦術は以前姫利とのデュエルで確認済みだ。異端の札《ストレングス》の効果も、しっかり脳裏に焼き付けている。そういう意味ではソールに有利な勝負であるが、リリオンのデッキの全容を知っている訳では無い。一瞬の油断も出来ないと自らに忠告しながら、ソールは余裕たっぷりに笑っているリリオンと対峙した。

「さーてと、んじゃ始めますか。手加減無しで行くけど、悪く思わないでよね、ぼーや」

「あ…、あぁ!? 誰が坊やだ! テメー、俺様が男に見えるってか!? ぶっ殺すぞ色ババァ!」

「おっとぉ、女だったかこりゃ失礼っ! 胸もねーし口調も男臭いしで、てっきり男だと思ってたわ! ギャハハ! 女か女か! 女だってさ! こりゃおかしいわぁ…!」

 わざとらしく手で腹部を押さえながら、げらげらと嗤うリリオン。挑発である事は明らかだったが、それを無視できる余裕は今のソールには無い。煮えくり返った腸の内から、何か言い返そうとした刹那――、

「女が男みてーな喋り方してんのは気に入らねーんだよッ! 小便臭いミルクポットが!」

 一層下卑た罵倒が、ソールの激情を更に膨張させた。

 もう容赦はしない。僅かに残った理性で決闘盤を起動させながら、目の前の敵を睨みつける。そして――。

『デュエル!』

 異端とのデュエルが始まった。

 

 

「先攻は私か。くく、さぁてさて……どうしますかねぇ」

 先攻を得たリリオンは、にやにやと笑みを浮かべながら初手の手札五枚を見詰める。

 姫利とのデュエルでは何も行動せずターンを終了するという暴挙に出た彼女だが、今回はそのつもりは無いらしい。ちらりとソールの顔を一瞥すると、手札から一枚のカードを決闘盤に叩き付けた。

「よーし決めた! 手札から『イグナイト・コング』を召喚ッ!」

 最初に彼女が展開したのは、燃える炎の体毛を持つ類人猿(ゴリラ)のモンスター。その攻撃力は2300とアタッカーとしてはやや過剰な数値だが、それだけに、少なからぬデメリットがある事が予想される。

 とは言え。先攻一ターン目は攻撃を行えない以上、現時点でその攻撃力は意味をなさない。このカードを召喚したのは牽制の為だろう。

「私はこれでターンエンド! さーてお嬢ちゃん、お手並み拝見させてもらおーか? ギャハハ!」

 ドラミングする炎のゴリラの背後で笑いながら、リリオンはターンを終了させる。相変わらず攻撃特化のデッキなのだろう、伏せカードは一枚も出さなかった。

 

 

 『イグナイト・コング』 モンスター

 炎属性 獣族 ☆4

 攻撃力2300 守備力0

 ①:このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になり、次の自分ターンの終了時まで表示形式を変更できない。

 ②:自分のターンのスタンバイフェイズ時、フィールドのこのカードを手札に戻す事ができる。

 

 

「俺様のターン、ドロー!」

 倒すべき敵を真直ぐに睨みながら、ソールは自らのターンを開始する。相手の場に攻撃表示のモンスターが一体居るのみという状況は、彼女にとっては最も与し易いものだった。

 理由は三つ。一つは相手の伏せカードを気にせず豪快にカードを展開できる事。リリオンの手札に手札誘発型のカードがある可能性を考慮に入れても、左程プレッシャーには感じない。

 二つ。表側表示のモンスターは最も処理しやすい状態である事も大きい。戦闘破壊に効果破壊、コントロール奪取など手段は豊富だ。そして《イグナイト・コング》さえ処理してしまえば、リリオンの場は即座に丸裸になる。

 そして三つ。最大の理由は、こと火力に関してはソールは誰にも負けない自信があった。

「まずは魔界発現世行きデスガイドを召喚だ! デスガイドは召喚された時、デッキか手札からレベル3の悪魔族モンスターを特殊召喚できる! その効果で、更にデッキからクリッターを特殊召喚だ!」

 ソールの背後に黒い闇が広がっていき、そこから黒い大型のバスが出現する。凡そこの世の物とは思えない、闇が集まって作られたような代物だ。バスの中には様々なモンスターが搭乗し窓からソール達の様子を眺めていた。

 そしてバスの中から、二体のモンスターが下りて来る。赤い髪をツインテールにした人型モンスターと、小さな三つ目の悪魔。人型モンスターの方は髑髏の装飾が施されたバスガイドの制服を着ており、牙が生えている等の細かな点を除けば外見は完全に人間の女性に近い。

 バストは控えめながら腰の括れは服の上からでも目立ち、顔立ちも童顔ながら綺麗に整っている。制服から推察するに、この不気味なバスのガイドなのだろう。下車した《クリッター》や他の乗客に向けて、何やら周囲を案内している様子だった。

「レベル3のバスガイドとクリッターでエクシーズ召喚! 現れろ、No.30 破滅のアシッド・ゴーレム!」

 美人の《バスガイド》と《クリッター》がフィールドから姿を消し、代わりに全身をパワードスーツの様な装甲で固められた人型の魔物が出現する。

 装甲の指部分や関節部分には管の様なものが露出しており、そこから紫色の酸液を垂れ流している。ランク3のエクシーズモンスターながら攻撃力は3000ポイントと高く、《イグナイト・コング》を軽く上回っていた。

「挨拶代わりだッ! アシッド・ゴーレムで、イグナイト・コングを攻撃するぜ!」

 このデュエル最初の攻撃命令が下される。酸液を全身に浴びた《イグナイト・コング》は悲鳴を上げながら地面を転がりまわり、やがて光の粒子となってフィールドから四散した。

 攻撃が通った事でリリオンのライフは早くも700ポイント削られ、残り7300ポイントとなる。微々たるダメージではあるものの、先攻で手札一枚分の不利があるリリオンに対して先手を取った事実は大きい。

「俺様はカードを二枚セットして、ターンエンド! テメェのターンだ、色呆けババァ!」

 

 

 「魔界発現世行きデスガイド」 モンスター(制限)

 闇属性 悪魔族 ☆3

 攻撃力1000 守備力600

 効果:①:このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札・デッキから悪魔族・レベル3モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは効果が無効化され、S素材にできない。

 

 「クリッター」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆3

 攻撃力1000 守備力600

 効果:このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 ①:このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。このターン、自分はこの効果で手札に加えたカード及びその同名カードの発動ができない。

 

 「No.30 破滅のアシッド・ゴーレム」 エクシーズ

 水属性 岩石族 ランク3

 攻撃力3000 守備力3000

 効果:レベル3モンスター×2

 自分のスタンバイフェイズ時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除くか、自分は2000ポイントダメージを受ける。

 このカードのエクシーズ素材が無い場合、このカードは攻撃できない。このカードがフィールド上に存在する限り、自分はモンスターを特殊召喚できない。

 

 【リリオン】

 LP:8000→7300

 

 

「攻撃力3000ねぇ…。ま、そんなもんかね。雑魚が用意できる火力なんてさ」

 ソールの場に佇む《アシッド・ゴーレム》を眺めながら、リリオンはカードをドローする。

 攻撃力3000という数値は決して侮れる数値ではないが、火力に完全特化した彼女からすれば左程脅威でも無いらしい。彼女はにやりと口元を吊り上げると、それを証明せんとばかりに手札から一枚のカードを発動させた。

「んじゃ、こっちも挨拶といきますかね。魔法カード、青天の霹靂を発動! 相手の場にのみモンスターが存在する時、手札からレベル10以下のと特殊召喚モンスターを召喚条件を無視して特殊召喚できる! 出てきなよ、『ハードコア・キングレオン』!」

 高らかに叫んだリリオンの背後の空間が砕け散り、そこから巨大な金色の獅子が飛び出して来る。姫利とのデュエルでも使用した大型モンスター、《ハードコア・キングレオン》だ。

 暗闇に映える黄金の鬣に、綺麗な曲線を描く二本の角。咆哮を上げれば周囲の空間が振動し、圧倒的な存在感を敵対する者の目に焼き付ける。『神獣』という言葉が脳裏を過り、ソールは思わず息を飲んだ。

「キングレオンは私のエクストラデッキにカードが存在しない場合、攻撃力は倍になる! 私はエクシーズだのシンクロだの小賢しいもんは使わないから、キングレオンの攻撃力は7000ポイントにまで! 跳ね上がぁる!」

 瞬く間にフィールドに君臨した攻撃力7000ポイントの怪物。《青天の霹靂》の効果でこのターン中はダメージを受けないとは言え、その過剰過ぎる程の攻撃力は圧巻の一言だった。

「バトル! 攻撃力7000(キングレオン)で、攻撃力3000の雑魚(アシッド・ゴーレム)に攻撃ッ!」

 命令を受けた《キングレオン》がその場で咆哮を上げると、《アシッド・ゴーレム》の体に亀裂が走る。

 強大過ぎる力、もはや触れるまでも無く相手を撃破できるというのだろうか。《アシッド・ゴーレム》は金獅子の威嚇一つで崩れ落ち、ソールの場から消滅した。

「くっ…。だが、青天の霹靂の効果で俺様にダメージはねぇぜ!」

「ギャハハッ! 強がりだけは一丁前だねぇ! こっちは挨拶しただけなのに、なぁにをビクついているのやら! まあいっか、私はこのままターンエンド!」

 先程のソールの言葉をそっくり嫌味で返し、ターンを終了させようとするリリオン。それに割り込むように、ソールは「おっと!」と伏せていたカードを発動させた。

「この瞬間、速攻魔法、終焉の焔を発動! 俺様の場に二体の黒焔トークンを特殊召喚するぜ!」

 二枚伏せたカードの内の一枚が翻り、ソールの場に黒い炎の塊が二つ出現する。人のような形を持ったそれは炎のように揺らめきながら彼女の場に浮遊し、《キングレオン》と向かい合った。

「ほぉー? 差し詰め次の大型モンスター召喚の布石ってとこかねぇ? OKOK、そうこなくっちゃ」

「まだだ! 更にもう一枚のリバースカード発動! 永続罠、ウィジャ盤だ!」

 続け様に二枚目の伏せカードが翻り、彼女の傍に不気味な木の板が出現する。AからZまでのアルファベットと数字が刻まれた奇妙な盤――、ウィジャボードとも呼ばれる降霊用の道具の一種だ。

「ウィジャ盤はテメェのエンドフェイズ毎に死のメッセージを残す永続罠カード! まずは発動した時点でDの文字が浮かび、このターンで更にEの文字が記されるぜ!」

 誰も操作していない筈の《ウィジャ盤》の指示板が独りでに動き出し、【D】と【E】の文字を順に指し示す。それと同時、ソールの背後に二体の死霊が出現し、それぞれのアルファベットを浮かび上がらせた。

「まずは二つだ! これからテメェのターンが終わる毎にA、T、Hの文字が追加されていき、DEATH()の五文字が完成した時、俺様の勝利が確定する!」

「へぇ、特殊勝利効果って奴か。なるほどねぇ……こっちもなかなか厄介そうだ」

 興味深そうに《ウィジャ盤》を眺めながら、しかし、リリオンの余裕は崩れない。《ウィジャ盤》を破壊する術があるのか、それとも三ターン以内に決着を付ける自信があるのか。どちらにせよ、彼女のターンはそのまま静かに終了した。

 

 

 「青天の霹靂」 通常魔法

 効果:①:相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合に発動できる。

 元々のレベルが10以下の通常召喚できないモンスター1体を、召喚条件を無視して手札から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、そのモンスター以外の自分のカードの効果を受けず、次の相手エンドフェイズに持ち主のデッキに戻る。

 このターン、自分はモンスターを通常召喚・特殊召喚できず、相手が受ける全てのダメージは0になる。

 

 『ハードコア・キングレオン』 モンスター

 地属性 獣族 ☆10

 攻撃力3500 守備力0

 効果:このカードは通常召喚できない。

 自分フィールド上のモンスター3体を墓地に送った場合のみ特殊召喚できる。

 ①:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 ②:自分のエクストラデッキにカードが存在しない場合、このカードの攻撃力は倍になる。

 

 「終焉の焔」 速攻魔法

 効果:このカードを発動するターン、自分はこのカードの効果以外ではモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚できない。

 ①:自分フィールドに「黒焔トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは闇属性以外のモンスターのアドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

 「ウィジャ盤」 永続罠

 効果:このカードと「死のメッセージ」カード4種類が自分フィールドに揃った時、自分はデュエルに勝利する。

 ①:相手エンドフェイズにこの効果を発動する。手札・デッキから、「死のメッセージ」カード1枚を「E」「A」「T」「H」の順番で自分の魔法&罠ゾーンに出す。

 ②:自分フィールドの「ウィジャ盤」または「死のメッセージ」カードがフィールドから離れた時に自分フィールドの「ウィジャ盤」及び「死のメッセージ」カードは全て墓地へ送られる。

 

 「死のメッセージ「E」」 永続魔法

 効果:このカードは「ウィジャ盤」の効果でしかフィールドに出す事ができない。

 

 【ハードコア・キングレオン】

 攻撃力3500→7000

 

 【ウィジャ盤】

 死のメッセージ:D-E

 

 

「俺様のターン!」

 デュエルの進展に僅かな苛立ちを感じながら、ソールは新たなカードを手札に加える。

 この時点で彼女の手札は四枚。《キングレオン》を破壊するには十分な枚数であるが、現時点で《キングレオン》の破壊は決して最優先課題ではない。

 と言うのも。《青天の霹靂》で特殊召喚されたモンスターは、その次の相手ターンでデッキに戻る制約がある。従って慌てて破壊を狙わずとも、《キングレオン》はこのターンで確実に消え去る事が決まっているのだ。

 だが――。それを知った上で、ソールは《キングレオン》を破壊するつもりだった。それも効果破壊やバウンスによってではなく、正攻法、戦闘破壊でである。

(あの女がキングレオンを出してきたのは、俺様に対する一種の挑戦だ…。キングレオンを戦闘破壊できるかどうか、試してやがるんだ…!)

 同じパワー型のデッキを使うだけに、ソールにはリリオンの考えがよくわかった。

 攻撃力7000という数値に屈服して様子見に走るか、それとも正面から突破する程の力量があるのか。遥か高い所から見下ろしながら、こちらの限界を測っている。

 ――なら、受けて立ってやる。ソールはにやりと不敵な笑みを浮かべ、手札から一枚の魔法カードを発動させた。

「魔法カード、デビルズ・サンクチュアリを発動! 俺様の場にメタルデビル・トークンを一体特殊召喚する!」

 彼女が発動したカードから更に一体、《黒焔トークン》に似た姿の金属製の人型トークンが出現する。その顔面部分には対戦相手であるリリオンの姿が映っており、特に何かするでも無く浮遊していた。

「ほほぉ、トークンを三体並べて来たか…。くくく、こりゃ面白そうなもんが出てきそうだねぇ…」

「ハッ、笑ってられんのも今のうちだぜ! 永続魔法、冥界の宝札を発動!」

 更に一枚のカードを抜きだし、発動させる。二体以上のリリースを用いたアドバンス召喚に成功した時、デッキから二枚ドローする事ができる永続魔法《冥界の宝札》である。

 これで準備は全て整った。ソールはにやりと一笑すると、最後の仕上げとばかりに手札のあるカードに手を掛けた。

「くくく…。俺様は三体のトークンをリリースし――!」

 ソールが三体のトークンを取り除き、手札からそのカード(・・・・)を決闘盤に叩きつけた瞬間、場の空気が僅かに冷え込んだ。

 嵐の前の静けさ。大地震の前の余震。あるいはジェットコースターが降下する直前の浮遊感にも似た一瞬の変化の後、それは姿を現した。

 天井に到達しかねない程の巨大な体躯に、闇を払いのける一対の翼。周囲には赤い火花が散り、それが異質な存在である事を表している。シンプルであるが故に美しい悪魔的シルエットは見る者を畏怖させ、骨のような甲殻が付いた豪腕は膝を折った者を容赦なく捻じ伏せる。

 神への抑止として創られた神。三幻神の対となる三邪神の一柱。闇の奥深くに君臨する“恐怖の根源”――。

「現れろ! 邪神ドレッド・ルート!」

 ソールが叫ぶと同時、赤い火花が消し飛び、邪神の姿がはっきりと見えるようになる。《キングレオン》とは明らかに格が違う邪神の威圧感を前に、リリオンはにやりと笑みを浮かべた。

「ほおぉ…、ドレッド・ルートか…!」

 感嘆の声を上げるリリオン。彼女の場の《キングレオン》は明らかに《ドレッド・ルート》に警戒しており、唸り声を上げている。屈服とまではいかないものの、本能的に邪神に対する恐怖を感じ取っているようだった。

「ドレッド・ルートが場に存在する限り、他の全てのモンスターのステータスは半分になる! 当然、キングレオンの攻撃力も3500ポイントにまでダウンだ!」

「なーる。ドレッド・ルートの攻撃力は4000…、つまり攻撃力8000までは破壊圏内って訳か。ぷはっ、面白い!」

「…冥界の宝札の効果で二枚ドローし、バトルフェイズ!」

 あくまで余裕を崩さないリリオンに苛立ちを感じつつ、ソールはバトルフェイズに突入する。今回もリリオンの場に伏せカードは無い、攻撃を躊躇する要素は一つも無かった。

「邪神ドレッド・ルート、手始めにそこの雑魚を粉砕しろッ! フィアーズノックダウン!」

 攻撃命令を受けた《邪神》がゆっくりと空を裂きながら拳を振り上げ、眼前の敵《キングレオン》に向けて渾身の一撃を叩き込む。その拳は金獅子の体を一瞬にして砕き、フィールドから文字通り消滅させた。

 これによりリリオンのライフは更に500ポイント削られる。僅かなダメージではあるが、攻撃力7000を真向から撃破した上でのダメージだ、価値ある500ポイントと言えよう。

「今度も力比べは俺様の勝ちみてぇだな。あぁ?」

「っくく…。思った通り、あんたもパワー型か。それもかなりの単純脳細胞と見た…!」

「へっ、テメェなんかと一緒にされたかねーな。…メインフェイズ2にフィールド魔法、ダーク・サンクチュアリを発動だ!」

 ソールのターンは続く。彼女が発動したカードにより、周囲の景色は一変。瘴気が漂う赤黒い空間となった。

 空間には巨大な人間の目は口が無数に浮かび上がり、ソール達を眺め、嗤っている。空間の奥にはより濃い瘴気に覆われた城が見えるが、不気味な風景の前には今一つ印象が薄い。

 彼女が発動したフィールド魔法《ダーク・サンクチュアリ》は、平たく言えば《ウィジャ盤》のサポートカードである。効果は大きく分けて二つ、一つは新たに場に出される《死のメッセージ》をモンスター扱いでモンスターゾーンに出す事が可能になる効果。

 モンスター化したメッセージはウィジャ盤以外の効果を受けず、攻撃対象にもならない。即ち魔法&罠ゾーンを圧迫する事無く、戦闘破壊というリスクを無くした上で《メッセージ》を展開する事が可能なのだ。

 そしてもう一つは、相手モンスターの攻撃時にコイントスを行い、その結果によって攻撃を無効にし攻撃力の半分のダメージを与えるバーン効果である。成功率50%という悪くない確率に加え、特に回数制限は存在しない。《ウィジャ盤》に一切関わらないが、こちらも強力な効果と言えた。

 欠点は《ウィジャ盤》が破壊された場合の《メッセージ》の破壊は食い止められない事と、全体破壊によって《ウィジャ盤》諸共破壊されるリスクが高い事だが……その危険は今は薄いとソールは考えていた。

 先のターン、リリオンはこちらの場に二枚の伏せカードがあるにも関わらず攻撃してきた。もし彼女の手札に《サイクロン》や《ハーピィの羽根箒》といった除去カードがあったとすれば真先に発動していた筈だし、次のターンで引き当てて来る可能性も決して高くは無い。

 それに加え、相手には異端の札(ストレングス)という危険な切り札がある。僅かな可能性の為に出し惜しみをしている場合では無かった。

「…ターンエンド! さあ、テメェのターンだ!」

 邪神という矛、《サンクチュアリ》という盾、《ウィジャ盤》という搦め手。状況としては悪くないが、油断はできない。ソールはゆっくりと息を吐いて落ち着きを保ちながら、次のリリオンの出方を静観した。

 

 

 「デビルズ・サンクチュアリ」 通常魔法

 効果:①:自分フィールドに「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)1体を特殊召喚する。このトークンは攻撃できず、このトークンの戦闘で発生するコントローラーへの戦闘ダメージは代わりに相手が受ける。

 このトークンのコントローラーは自分スタンバイフェイズ毎に1000LPを払う。または、LPを払わずにこのトークンを破壊する。

 

 「冥界の宝札」 永続魔法

 効果:①:自分がモンスター2体以上をリリースしたアドバンス召喚に成功した場合に発動する。自分はデッキから2枚ドローする。

 

 「邪神ドレッド・ルート」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆10

 攻撃力4000 守備力4000

 効果:このカードは特殊召喚できない。自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ通常召喚できる。

 ①:このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカード以外のフィールドのモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。

 

 「ダーク・サンクチュアリ」 フィールド魔法

 効果:①:自分の「ウィジャ盤」の効果で「死のメッセージ」カードを出す場合、そのカードを通常モンスター(悪魔族・闇・星1・攻/守0)として特殊召喚できる。

 この効果で特殊召喚したカードは「ウィジャ盤」以外のカードの効果を受けず、攻撃対象にされない(この効果が適用されたモンスターしか自分フィールドに存在しない状態での相手の攻撃は自分への直接攻撃になる)。

 ②:相手モンスターの攻撃宣言時に発動する。コイントスを1回行う。表だった場合、その攻撃を無効にし、その相手モンスターの攻撃力の半分のダメージを相手に与える。

 

 【ハードコア・キングレオン】

 攻撃力7000→3500

 

 【リリオン】

 LP:7300→6800

 

 

「さぁてと、次はどうすっかねぇ……私のターン、ドロー!」

 勝負はまだ序盤。危機的な状況を楽しんでいるかのように、リリオンは軽快な動作で新たなカードをドローする。ソールが見る限り、彼女の戦い方は前回姫利と戦った時と全く同じであった。

 ひたすらにモンスターの火力を底上げし、ただ攻撃を繰り返すだけの単調な戦術。罠を警戒する素振りも無ければ、逆に罠を張って来る様子も無い。要するに捨て身の戦術なのだが、これがただの蛮勇でない事をソールはよく知っている。

 異端の札《ストレングス・フォー・ユー》。ライフが0になる事で発動し、ルールを捻じ曲げて敗北を無効にする力技の安全保障(セーフティ)。彼女がここまで強引な攻めを行えるのも、その保険あっての事だろう。

(と、言う事はだ――…)

 現在四枚となったリリオンの手札を睨みながら、ソールはまたごくりと息を飲む。

 彼女が序盤から躊躇いなく攻撃に徹してきているという事は、裏を返せば彼女の手札に既にその保険が舞い込んでいる事を意味している。あの四枚の手札の内、少なくとも一枚。あの凶悪な異端の札が混ざり込んでいる筈だ。

「よーし決めたぁ! 手札から『フェラル・プロスティチュート』を召喚!」

 僅かな思考の後にリリオンが繰り出したのは、真赤なドレスを来た一匹のペンギン。攻撃力は1000ポイントとリリオンのモンスターにしては低く、外見的にも左程脅威には感じられない。

「こいつは召喚に成功した時、デッキからレベル10の獣族モンスター一体を手札に加える事ができる! その効果で……『グラインドコア・ベオウルフ』を手札にサーチする!」

 言うが早いか、リリオンは決闘盤からデッキを取り外すと扇状に広げ、その中から一枚のカードを選んで手札に加える。詳細は確認できないがレベル10のモンスターをサーチしたとなると、次のリリオンの行動も容易に想像がつく。

「グラインドコア・ベオウルフは墓地のレベル10の獣族モンスターを除外する事で特殊召喚できる! キングレオンをゲームから除外し、ベオウルフを攻撃表示で特殊召喚!」

 案の定、リリオンは手札に加えたばかりのカードを展開する。銀色の鎧を身に着けた人狼が彼女の場に降り立ち、腕組みをして敵である《ドレッド・ルート》を静かに見上げていた。

 《ベオウルフ》の攻撃力は3000ポイントと《キングレオン》より僅かに低く、現在は《ドレッド・ルート》の影響によって1500ポイントにまで低下している。当然《ドレッド・ルート》の攻撃力には遠く及ばないが、攻撃表示で出した所を見るに、何か仕掛けて来るつもりのようだ。

「そしてベオウルフの効果発動ッ! 私のデッキか手札からレベル10の獣族を除外する事で、その攻撃力分だけ攻撃力がアップする! 除外するのはデッキの二枚目のハードコア・キングレオン! よって攻撃力は3500ポイント跳ね上がる!」

 リリオンが宣言すると、《ベオウルフ》の鎧に亀裂が入り、一部がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。攻撃力アップによって筋肉が肥大化し、それに鎧が耐えきれなくなったようだった。

 だが、それでも攻撃力は3250ポイント止まり。邪神を倒すには僅かに遠く、返り討ちになるのは目に見えている。それはリリオンも承知しているようで、彼女は更に手札から一枚のカードを発動させた。

「さぁらに! 魔法カード、『筋力超過』を発動! フェラル・プロスティシュートをリリースする事で、ベオウルフの攻撃力を更に2000ポイントアップさせる!」

 彼女が発動したカードにより、《ベオウルフ》の肉体は更に肥大化。皮膚が裂ける程にまで筋肉が異常発達し、その火力は一気に《ドレッド・ルート》に匹敵する4250ポイントにまで増加した。

 あくまで火力で来るつもりか。凡そ合理的とは言えないリリオンの執念を前に、ソールは額に汗を滲ませる。

「さあ、バァァトル! グラインドコア・ベオウルフで、攻撃力4000の雑魚を攻撃ッ!」

 勢いのままにリリオンはバトルフェイズに突入し、一切の躊躇なく《ベオウルフ》に攻撃命令を下す。指令を受け取った人狼はその場で雄叫びを上げると、大地を蹴破って《ドレッド・ルート》に向かって突進した。

 ソールの場に伏せカードは無く、また《サンクチュアリ》によるダメージ反射も決闘盤によるコイントス判定によって失敗に終わったらしく作動する様子は無い。一瞬にして敵に迫った《ベオウルフ》は左右の腕を《ドレッド・ルート》の腹部に突き刺すと、渾身の力を込めてその肉体を強引に引き裂いた。

「ぐッ…! こいつ…、ドレッド・ルートを戦闘破壊しやがっただと…!?」

 通常なら起こりえない事態を前に、驚きを隠せないソール。《ドレッド・ルート》が惨殺された事で《ベオウルフ》のステータスは本来の数値に戻り、攻撃力8500ポイントという馬鹿げた数値が途方もない現実となってソールの前に立ち塞がった。

「ギャッハハハ! 邪神か何だか知らないけどさぁ、私の前じゃ何でも雑魚になり下がんのよ!」

 下卑た笑い声で勝鬨を上げながら、リリオンはそのままターンを終了させる。ソールの場に新たな《死のメッセージ》が追加された事は、全く意に介していないようだった。

 

 

 『フェラル・プロスティチュート』 モンスター

 水属性 獣族 ☆3

 攻撃力1000 守備力1800

 効果:①:このカードの召喚に成功した時、デッキからレベル10の獣族モンスター1体を手札に加える事ができる。

 

 『グラインドコア・ベオウルフ』 モンスター

 地属性 獣族 ☆10

 攻撃力3000 守備力2800

 効果:このカードは通常召喚できない。

 自分の墓地のレベル10・獣族モンスター1体をゲームから除外した場合のみ特殊召喚できる。

 ①:1ターンに1度、デッキまたは手札からレベル10獣族モンスター1体をゲームから除外して発動できる。このカードの攻撃力は除外したモンスターの攻撃力分アップする。

 

 『筋力超過』 通常魔法

 効果:自分フィールドのモンスター1体をリリースして発動する。

 ①:自分フィールドの表側表示モンスター1体を選択する。そのモンスターの攻撃力は次の相手ターン終了時まで2000アップする。

 

 【グラインドコア・ベオウルフ】

 攻撃力3000→1500→3250→4250→8500

 

 【ソール】

 LP:8000→7750

 

 【ウィジャ盤】

 死のメッセージ:D-E-A

 

 

「く…、俺様のターン!」

 馬鹿げた展開と言う他なかった。

 戦闘に関しては無敵と言っても過言ではない《ドレッド・ルート》を、戦闘によって破壊する。これまでの決闘者人生の中でも初めての体験だった。

 せめて《ダーク・サンクチュアリ》の効果が成功していれば状況は大きく変わっていた筈だが、それを言っても始まらない。ソールは苛立ちと驚愕の入り混じった表情のまま、自らのターンを開始した。

 リリオンは特に関心を示さなかったが、今の彼女のエンドフェイズに《死のメッセージ》は更に一文字更新した。DEATHの三文字目、Aの文字がモンスターとして特殊召喚され、彼女の場に浮遊している。

 あと二ターンこの状況を維持する事ができれば、その時点でソールの勝利だ。その為には……これ以上、不毛な力比べに付き合う訳にはいかない。

「…手札からモンスターを裏守備表示でセットして、ターンエンドだ!」

 考えた末、ソールは一枚のモンスターを壁として展開するだけでターンを終了させる。攻撃の姿勢から防御に変更するのは逃げたようで癪だったが、今はこれがベストな手だった。

 これ以上殴り合いに付き合っていれば、《メッセージ》が出揃うより先にこちらが倒れかねない。《ウィジャ盤》が失敗した際の二の矢を用意する為にも、ここは守りを固めるのが最善だ。《筋力超過》の効果がこのエンドフェイズで切れるという事もある。

 ただ、リリオンはこの最善の手を臆病と取ったらしい。「んぁ?」と白けたような表情を浮かべた後、勝ち誇ったように歪んだ笑みを浮かべた。

「おっやおやぁ…? ここに来てディフェンスモードでありますかぁ? たかが攻撃力8500ぽっちに恐れをなしたのでありますかぁ!?」

「けっ…! 何とでも言いやがれ、攻撃だけが戦術じゃねーんだよ。重要なのは最後にどっちが立ってるか、だ!」

「ギャハハ! 情けない遠吠えだねぇ! 私とパワー勝負しようなんざ十桁早いんだよ、マヌケ! ガキは家に帰って鼻くそ食ってな! ギャハ! ギャハハッ!」

「ッ~~! ターンエンドだ、聞こえねーのかボケ!」

 露骨な挑発に素直な怒りを感じつつ、ソールは再度ターン終了を宣言する。

 ベストな手には違いない。しかし、その代償はあまりにも不快で、腹立たしかった。

 

 

 【グラインドコア・ベオウルフ】

 攻撃力8500→6500

 

 

「そっちが来ないってんなら、こっちから一方的にやらせて貰おうかねぇ……私のターン!」

 勝ち誇った表情を浮かべながら、リリオンは自分のターンを開始する。

 デュエル開始から七ターン目。“攻撃力”という一点に関して、軍配はリリオンが上がったと見ていい。彼女はドローしたカードを申し訳程度に確認すると、すぐさま次の行動に移った。

「ベオウルフの効果発動! デッキから二枚目のベオウルフを除外して、攻撃力を3000ポイント増加させるッ!」

 リリオンが宣言した事で、《ベオウルフ》の筋肉は更に膨れ上がり、原型を留めなくなって来ている。目や耳から流血する程の異常な肉体強化だが、攻撃力は9500ポイントと他の追従を許さぬ数値にまで上昇。リリオンの自己顕示欲の表れとばかりに馬鹿げたものとなっていた。

「さぁーバトルの時間だ! 攻撃力9500で、こそこそ隠れの雑魚に攻撃ぃ!」

 意気揚々と攻撃を命令するリリオンだが、《ベオウルフ》はその場で唸り声を上げるだけで一歩も動こうとはしない。まるで命令が聞こえていないかのようにその場に立ち尽くしていた。

 疑問に思ったリリオンが「んぁ?」と頓狂な声を上げて《ベオウルフ》を睨んだ時。《ベオウルフ》の肉体から青白く光る煙のようなものが現れ、リリオンに向かって突進した。

「何っ…?」

「ダーク・サンクチュアリの効果! 相手モンスターの攻撃を50%の確率で無効にし、その攻撃力の半分のダメージを相手自身に与える! さっきのターンは失敗したが、今度は成功したようだな!」

 青白い煙……怨霊の塊がリリオンの脇腹に衝突し、4250ポイントものダメージを彼女のライフに叩き込む。強大すぎる力は身を亡ぼすと言うが、まさに彼女自身の戦術が仇となった瞬間だった。

 だが、それでもリリオンの表情から余裕の色は消えない。彼女は「そうだった、そうだった」とにやにや笑いながら呟いた後、目と口に覆われた《ダーク・サンクチュアリ》の空間を見渡した。

「そういやそんな効果だったっけか、このフィールドは。す~っかり忘れてたわ」

「……ちっ」

 わざとらしいリリオンの物言いに、ソールは思わず舌打ちする。

 今の攻撃は、実際は《サンクチュアリ》による反射の可能性も考慮に入れたものだろう。攻撃が通ればそれで良し、もし攻撃が失敗しダメージが自分に跳ね返って来たとしても異端の札(ストレングス)のセーフティがある以上何の脅威にもならない。むしろ発動条件を満たしやすくなる分、お得と考えているのかも知れない。

 とは言え、結果的に《ベオウルフ》の攻撃は失敗に終わったのだ。その点に関しては満足するべきなのだろう。リリオンのライフが減った事も決して悪い事では無く、状況はソールに味方していると言っていい。

「ま、いいさ。私はこれでターンエンド。あんたのターンだ、お嬢ちゃん」

「この瞬間、ウィジャ盤は新たなメッセージを刻む! DEATHの四文字目、Tをモンスターとして俺様の場に特殊召喚だ!」

 ソールの場に浮遊する《ウィジャ盤》がまた独りでに動き始め、彼女の場に《T》の文字を出現させる。

「これで残るメッセージは一文字! 次のテメェのターンが終わった瞬間、ウィジャ盤は最後の文字を指し示す! つまりテメェの猶予は残り一ターンって訳だ!」

「ハッ、ご丁寧に説明しなくてもいいっての馬鹿馬鹿しい! 私がその気(・・・)になりゃ、あんたを倒すのに一ターンありゃ十分なのさ! つまり猶予が無いのはそっちの方って訳よ! ギャハッ、おわかり?」

 売り言葉に買い言葉。互いに死の宣告を突き付け合いながら、ともあれリリオンのターンは終了した。

 

 

 「死のメッセージ「T」」 永続魔法

 効果:このカードは「ウィジャ盤」の効果でしかフィールドに出す事ができない。

 

 【グラインドコア・ベオウルフ】

 攻撃力6500→9500

 

 【リリオン】

 LP:6800→2550

 

 【ウィジャ盤】

 死のメッセージ:D-E-A-T

 

 

「俺様のターン!」

 ここが正念場だ。デッキから新たなカードを手札に加えながら、ソールは確信する。

 《ウィジャ盤》による死のメッセージ完成まで残り一ターン。この一ターンをどう凌ぎ切るか、それが難題だった。ライフはまだ7750ポイントも残っているが、相手が相手だ、一撃死もあり得る。何が何でも相手の攻撃を受けてはならない。直接攻撃はもちろん、モンスター同士での戦闘ダメージですら危険だ。

 ならば。今この状況で、自分はどう行動すべきか? ソールは少し考えた後、まずは先のターンにセットしたモンスターを翻した。

「さっきセットした幻銃士を反転召喚だ! こいつは召喚・反転召喚された時、場のモンスターと同じ数まで銃士トークンを召喚できる! 俺様の場にはモンスター化した死のメッセージを含めて三体のモンスターがいるから、残るモンスターゾーン全てにトークンを展開する!」

 ソールの場に翼を持つ異形のモンスターが出現し、それと酷似した姿のトークンが二体特殊召喚される。《幻銃士》、トークン共に攻撃力は僅かだが、一瞬にして大量のモンスターを展開できるのがこのカードの強みだ。

「行くぜぇ! 幻銃士と銃士トークン一体をリリースして、怨邪帝ガイウスを召喚だ!」

 展開したモンスターをすぐさま消費し、次なる戦力を召喚する。現れたのは、闇を纏い死霊を侍らせた禍々しい姿のモンスター。《邪帝ガイウス》の強化版に当たるモンスターで、桁違いの力を持つ《ベオウルフ》を前にしても物怖じせずソールの場に降り立った。

「怨邪帝ガイウスの効果で、ベオウルフをゲームから除外! 更に1000ポイントのダメージをテメェに与える!」

 《ガイウス》が右腕を持ち上げて《ベオウルフ》に向けると、その体に纏わり憑いていた死霊達が一斉に《ベオウルフ》に突撃し、その肉体の中に浸食する。《ベオウルフ》の体がぶくぶくと膨れ上がり、やがて風船のように内側から破裂し消滅した。

 死霊は次にリリオン目掛けて突進し、ライフに1000ポイントのダメージを与える。これで彼女のライフは更に低下し、残り1550ポイントとなった。

「おやおや、ベオウルフが壊れちったか。せっかく苦労して強化したってのに報われないねぇ…」

「……冥界の宝札の効果で、俺様はカードを二枚ドローする」

 あくまで余裕を崩さないリリオンを余所に、ソールは忘れず手札を補充する。

 リリオンの場にはもうカードが無い。本来ならここは《ガイウス》で攻撃し、一気に彼女のライフを削り切るところであるが――…しかし、今回に限ってはここで攻撃する訳にはいかなかった。

 ここで彼女のライフを0にしてしまえば、異端の札(ストレングス)の発動条件を満たしてしまい、一切の効果を受け付けない攻撃力350000の怪物の召喚を許してしまう事になる。それだけは何としても避けなければならない。

 無論、リリオンの手札に異端の札が無い可能性もあるにはあるが……賭けに出るには危険すぎる。

「…カードを一枚セットして、ターンエンドだ!」

 結局、ソールは攻撃を見送り、カードを一枚伏せた後にターンを終了させる。決着はあくまで確実に、《ウィジャ盤》で決するつもりだった。

「おや…? ほぉぉ…?」

 だが。敢えてこのターンの攻撃を見送った事が、リリオンの不信感を買ったらしい。彼女は人差し指を顎に当てて考えた後、にやり、と表情を歪めて嗤った。

「ガイウスでトドメを刺しに来なかったって事は……さてはあんた、私の異端の札の存在と効果を知ってんね? でなきゃここで攻撃しない訳がない。私のライフを0にすんのはヤバいって知ってるから攻撃して来なかった訳だ」

 確認では無く、納得したように呟くリリオン。どうやら気付かれたらしいと察したソールは、「そういうこった」とこちらも笑みを浮かべて応じた。

「テメェの異端の札…、ストレングス・フォー・ユーだったか? 確かに強力なカードだが、なぁに、発動さえさせなけりゃ大した脅威じゃねぇ。こっちはテメェのライフを削るまでも無く勝てるんだからなぁ」

「なるほど、なるほど…。分析まで完了済みって訳か」

 にやにやと笑みを浮かべながら、リリオンは何度も頷く。その余裕に何か嫌なものを感じるが、既にターンを終了したソールにはどうしようも無かった。

 

 

 「幻銃士」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆4

 攻撃力1100 守備力800

 効果:このカードが召喚・反転召喚に成功した時、自分フィールド上に存在するモンスターの数まで自分フィールド上に「銃士トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守500)を特殊召喚する事ができる。

 また、自分のスタンバイフェイズ毎に自分フィールド上に表側表示で存在する「銃士」と名のついたモンスター1体につき相手ライフに300ポイントダメージを与える事ができる。

 この効果を発動するターン、自分フィールド上に存在する「銃士」と名のついたモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 

 「怨邪帝ガイウス」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆8

 攻撃力2800 守備力1000

 このカードはアドバンス召喚したモンスター1体をリリースしてアドバンス召喚できる。

 ①:このカードがアドバンス召喚に成功した場合、フィールドのカード1枚を対象として発動する。そのカードを除外し、相手に1000ダメージを与える。

 除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、そのコントローラーの手札・デッキ・エクストラデッキ・墓地から同名カードを全て除外する。

 このカードが闇属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した場合、その時の効果に以下の効果を加える。

 ●この効果の対象を2枚にできる。

 

 【リリオン】

 LP:2550→1550

 

 

「さーてと。ケツに火も着いてきた事だし、そろそろ本腰を入れるとすっかね」

 不穏な言葉を呟きながら、リリオンはターンを開始する。ドローしたカードをちらりと確認した後、迷わずそれを発動させた。

「魔法カード、ハーピィの羽根箒を発動! あんたの場の魔法・罠カードを全て破壊するッ!」

「なッ…!」

 引いて来たか。いや、そもそもデッキに入れていたのか。

 衝撃と共に様々な言葉が脳裏に流れ込んでくるが、ソールは咄嗟に決闘盤に手をやり、今伏せたばかりのカードを発動させる。

「罠カード、和睦の使者を発動! このターン、俺様が受ける戦闘ダメージは0になり、モンスターも戦闘では破壊されなくなる!」

 辛うじて発動させた直後、《羽根箒》によって彼女の場の全ての魔法・罠カードは次々と破壊されていく。

 中でも致命的だったのは《ウィジャ盤》だ。このカードが破壊された事で《死のメッセージ》は全て消滅し、このターンで決着をというソールの目論見は脆くも崩れ去った。

「ちぃ…!」

「まずこれで特殊勝利は無くなった。そしてさっきの続きだけど、確かに私の異端の札(ストレングス)は発動できなきゃ真価を発揮しない。一ターン目から手札で腐ってるし、そういう点は不便なカードだって所は認めるよ」

 だがね。と、リリオンは手札から更に一枚のカードを抜き取り、ソールに見えるよう開示する。

「私もそこまで馬鹿じゃない。そういう弱点みたいなのはさっさと自覚して、とっとと対策してんのさッ! 手札のトーチ・ゴーレムをあんたの場に攻撃表示で特殊召喚する!」

 リリオンがそのカードを決闘盤に叩き付けると、ソールの場に猟奇的なデザインをした金属製の機械兵が出現する。

 大雑把なシルエット人間に近いが頭部にあたる部分は巨大な丸鋸となっており、胸部にまで達している。肩部にはボルトが各二本ずつ緩めた状態で受けこまれ、鋼鉄の鎖が肩に掛けるように装着されている。

 両腕は左右非対称となっており、右腕には鋭い鍵爪を装備し、左腕は巨大なペンチが装着されている。見るからに攻撃的な外見に違わず、攻撃力も3000ポイントと比較的高い方だ。

「くくく…。あんたの場にトーチ・ゴーレムが召喚された代わりに、私の場には二体のトークンが攻撃表示で特殊召喚される。ま…、こっちは攻撃力0のビチ糞なんだけどさ」

 ソールの場に《トーチ・ゴーレム》が特殊召喚されると同時、リリオンの場には《トーチ・ゴーレム》に酷似した姿のトークンが二体特殊召喚される。

 もっともこちらは彼女の言う通り攻撃力0の弱小トークン。凡そ戦闘に適したものでは無いのだが、この場合に限ってはそこが厄介だった。リリオンの狙いに気付いたソールが「まさか…!」と表情を変えると、リリオンはその思惑を実行した。

「ギャッハハハ! トーチトークンでトーチ・ゴーレムを攻撃ぃ!」

 攻撃の指令を受け取ったトークンの一体が、ぎこちない動きで《トーチ・ゴーレム》に攻撃を仕掛ける。だが、攻撃力0と3000の勝負だ。結果は始めから見えている。

「当然、返り討ちに遭う――」

 ソールの場の《トーチ・ゴーレム》がトークンの攻撃を真向から出迎え、これを粉砕する。

「そして戦闘ダメージによって私のライフは0になる――」

 トークンの自爆特攻により、リリオンのライフはまるまる3000ポイントのダメージを受ける。これによりリリオンのライフは0となり、ルール上は彼女の敗北が決定した。――この瞬間、

「異端の札! ストレングス・フォー・ユーは発動するッ!」

 リリオンがそのカードを決闘盤に差し込んだ瞬間、全ての規定(ルール)は捻じ曲がる。裁定が歪み、事実が消えうせ、デュエル続行という強引な真実に書き換えられる。

 異常な起動音を上げるリリオンの決闘盤から幾つかのパーツが飛び、悍ましい黒煙を昇らせる。通常のデュエルでは考えられない光景だった。

やられた(・・・・)…!)

 まさか自分からライフを削りきりに来るとは思いもよらず、ソールは歯噛みする。彼女の決闘盤もリリオンの異端の札の影響で崩壊を始め、異常な黒煙を噴出していた。

「ストレングス・フォー・ユーは手札から発動する罠カード! 私の墓地からモンスター一体を蘇生して、そのモンスターの装備カードとなる!」

 ライフ0というルール上は存在しないタイミングの中、リリオンは淡々と効果処理を続けていく。

 彼女の場から最初に倒された《イグナイト・コング》が蘇生され、何処からともなく現れた巨大な鉄柱、《ストレングス》本体を装備する。柱の先端にはハザードシンボルが描かれたミサイルが複数括りつけられ、さながらハンマーのような形状を成していた。

「装備カードとなったストレングス、及び装備モンスターは他のあらゆる効果を受けない! そして装備モンスターの攻撃力は……耳糞穿り出してよーく聞きなよ? 攻撃力は350000ポイントとなるッ!」

「ぐッ…、うぐぐ…」

 有利な状況が一変、悪夢のような光景だった。

 リリオンの場に蘇った《イグナイト・コング》はもはや何の効果も受け付けず、攻撃力350000の矛となってソールの前に立ちはだかる。文字通り桁違いの攻撃力を持つそれは、圧倒的暴力の化身。ルールすら歪めて勝利を得んとする、リリオンという人間の象徴であった。

「くくく、どーれ…。和睦の効果でこのターンは攻撃しても無駄なんだけど、景気づけに一発ぶち込んどくか! イグナイト・コング、どれでもいいから攻撃しな!」

 異端の札が発動した事で、リリオンの余裕は頂点に達した。彼女の大雑把な命令を受けた《イグナイト・コング》は鉄柱を振り上げ、《ガイウス》目掛けて振り下ろす。鉄柱の先端に付けられたミサイルが起爆し、辺り一面を赤黒い炎と煙が包み込んだ。

 無論、この戦闘によってソールにダメージは無い。攻撃された《ガイウス》も破壊される事無く健在だ。ただ、攻撃力350000という数値は何処までも遠く――…ソールの喉元に、絶望の刃を突き付けるには十分だった。

「さて、すっきりした所でデュエルを続けっかね。最後の手札を場に伏せて、ターンエンドだ。ストレングス相手にどう立ち回るか、お手並み拝見といこーか?」

 嫌味たらしく言葉を投げかけるリリオンだが、肝心のソールは《ストレングス》の発動を許してしまった事の方に心が向いているらしく、彼女の声は聞こえていないようだった。

「…ハッ。だらしねぇな」

 これが“力”だとばかりに呟いて、リリオンは高らかに嗤う。圧倒的な力を持つ異端の札《ストレングス》。これが発動した以上、もはや彼女は負ける気がしなかった。

 

 

 「ハーピィの羽根箒」 通常魔法

 効果:①:相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。

 

 「和睦の使者」 通常罠

 効果:このターン、相手モンスターから受ける全ての戦闘ダメージは0になり、自分のモンスターは戦闘では破壊されない。

 

 「トーチ・ゴーレム」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆8

 攻撃力3000 守備力300

 効果:このカードは通常召喚できない。

 このカードを手札から出す場合、自分フィールド上に「トーチトークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体攻撃表示で特殊召喚し、相手フィールド上にこのカードを特殊召喚しなければならない。

 このカードを特殊召喚する場合、このターン通常召喚はできない。

 

 『ストレングス・フォー・ユー』 通常罠

 “僕は君の全てが欲しい。君の綺麗な眼球を、君の綺麗な心臓を。無残に散れ、僕の為に”

 効果:このカードは手札から発動する事ができる。

 ①:自分のLPが0になった時、自分の墓地からモンスターを1体選択して攻撃表示で自分フィールドに特殊召喚し、その後このカードを装備カード扱いとして装備する。

 ②:装備カード扱いのこのカードがフィールドに表側表示で存在する限り、自分はLPが0となっても敗北しない。

 ③:装備モンスターの効果は無効化され、攻撃力は350000ポイントとなる。

 ④:このカードと装備モンスターは「ストレイングス・フォー・ユー」以外のカードの効果を受けない。

 ⑤:このカードがフィールドに表側表示で存在する限り、自分はカードをドローする事ができない。

 ⑥:このカードがフィールドから離れた時、自分はデュエルに敗北する。

 

 【イグナイト・コング】

 攻撃力2300→350000

 

 【リリオン】

 LP:1550→0

 

 

「糞が…! あともう少しって所で…!」

 状況は最悪だった。

 《ウィジャ盤》を破壊された事も大きいが、《ストレングス》の発動を許してしまったのは何より致命的だ。このデュエル、もはや《ストレングス》を倒す以外に自分に勝利はあり得ない。第二の《ウィジャ盤》を発動するという手も、デッキに入れた《死のメッセージ》の枚数問題から事実上不可能と言える。

 あらゆる効果を受け付けない耐性に加え、攻撃力350000という馬鹿げた数値。これを破壊するなど並大抵の事では無いが――、方法が無い訳でも無い。

(俺様のデッキに眠るあのカード……あのカードさえ引き当てる事ができれば、あの糞カードをぶっ潰す事は可能だ…!)

 心の内で念じながら、自らの決闘盤に視線を落とす。

 ここでドローする事ができるだろうか? …いや違う、ドローするしかない。ここでリリオンを倒すには、もはや“あのカード”を召喚するより他に方法は無いのだ。

「俺様の、ターン!」

 万感の思いを指先に込め、デッキトップのカードをドローする。引き当てたカードを恐る恐る確認した瞬間――、ソールは勝利を確信した。

「……攻撃力350000を超えるカードは無い。そう思ってんなら大間違いだぜ、リリオン」

「あん?」

 ソールの呟きに、リリオンはぴくりと眉を動かす。ソールはその反応を楽しむように、くく……と不敵に笑って見せた。

「確かに普通のデッキなら、その異端の札を倒す事は不可能だ。だがなぁ……俺様のデッキにはそいつを可能にするカードがあんだよ。テメェのデッキとは相性最悪のカードがな…」

「ほほぉ…? なら見せてもらおうか、私の無敵のストレングスをどうやって突破するってーの?」

「言われるまでもねぇ! 俺様は怨邪帝ガイウスと銃士トークン、そしてテメェが寄越したトーチ・ゴーレムをリリースし――!」

 三体のモンスターが黒い粒子となり、四散する。粒子は周囲の闇と同化するとソールの頭上に集まり始め、巨大な真球となり始めた。

 それはさながら黒い太陽だった。太陽の神と対を成す、黒き太陽の邪神。無形であるが故にあらゆるものに成り代わり、その全てを上回る“万物の化身”――

「邪神アバターを、召喚だッ!」

「何っ…!?」

 これこそが。《邪神アバター》こそが、彼女の最後の切り札だった。

 漆黒の闇に浮かぶ黒き太陽は再びその形状を変化させ、リリオンの場の《イグナイト・コング》の姿を形作る。色こそ真黒なもののその姿は《イグナイト・コング》と瓜二つで、抱えている《ストレングス》さえも完全に複製していた。

「アバターの効果は二つ! 一つは召喚に成功してから二ターンの間相手の魔法・罠カードの発動を封印する誘発効果! そしてもう一つは、お互いの場で最も攻撃力の高いモンスターの攻撃力を常に100ポイント上回る永続効果だ!」

「最も攻撃力の高いモンスターの攻撃力を上回る…? って事は、ま、まさか…!」

「その通り! これは効果を受けないモンスター相手でも例外じゃねぇ! つまりアバターの攻撃力は、イグナイト・コングを100ポイント上回る……350100ポイントとなる!」

 地上に降り立った太陽《アバター》の攻撃力は、ソールの言葉通り《イグナイト・コング》の攻撃力を100ポイント上回っていた。

 僅か100ポイント程度であるものの、攻撃力が上という事は《イグナイト・コング》を戦闘破壊できるという事を意味している。即ち《邪神アバター》は――…恐らく数あるカードの中で唯一、単体で《ストレングス》を力で捻じ伏せる事が可能なカードなのである。

「ば、馬鹿なぁ…! 攻撃力350100ポイント…!? 私のストレングスよりも強いカードがこの世に存在するなんてぇ…! あ、あんたいったい何者だぁ…!」

「これで終わりだ! 邪神アバターで、イグナイト・コングに――!」

 攻撃。そう続けようとした刹那、ソールは気付いた。先のターンにリリオンが伏せたカードがいつの間にか翻っている事に。弱気な言葉を口にしながらも、リリオンがまだ強気な笑みを浮かべている事に。

「――なーんつって」

 リリオンがぺろりと舌を出した瞬間、周囲の闇から無数の鎖が伸びて来て、変異した《アバター》を拘束する。身動きが取れなくなった《アバター》の攻撃力は見る見る低下し始め、瞬く間に攻撃力0にまで成り下がった。

「なっ…! これは…!?」

「永続罠、デモンズ・チェーンをアバターの誘発効果に対して発動したのさ。アバターの効果は無効化されて、せっかくストレングスを上回った攻撃力も0になったって訳よ」

 状況を理解できないソールの耳に、得意げなリリオンの声が入り込む。

「邪神アバターを召喚して、ストレングスを戦闘破壊する…。狙いは悪くなかったけど、ちょ~っと脇が甘いんじゃない? あんたがドレッド・ルートを出した時点で、この後アバターも出て来るかもって考えるのは当然の事じゃん。だから念の為にカードを温存しておいて……、こうして更に裏を掻いたって訳よ!」

「ぐッ…! アバターを読んでたってのか…!」

「ギャハハハ! 当たり前っしょ! 見え見えだっての、バァーカ! 自分の事ばっかに目が行ってさぁ、相手にも知恵があるって事に頭が行ってなかったんじゃねーの? ギャハ、ギャハハハッ!」

 逆転のチャンスを得たのも束の間、追い打ちのような展開だった。

 《アバター》の効果を無効にされては、もはや《ストレングス》に対抗する術は無い。それどころか次のターン、攻撃表示の《アバター》を攻撃されればそれで終わりだ。と言って、ソールの手札にはもう《和睦の使者》のようなカードは無い。

(畜生…! まだ粘りやがんのか…!)

 内心で毒づくソールだが、その目はまだ死んではいない。彼女は手札から新たなカードを選び、決闘盤に叩き付けた。

「魔法カード、闇の誘惑を発動! デッキから二枚ドローする!」

 最後の希望に縋るべく、ソールは更に二枚のカードを手札に加える。

 ここで負ける訳にはいかない。何とか反撃のキーカードを。ただその一心でカードを引き、確認した後――、

「…邪神イレイザーをゲームから除外し……カードを一枚セット…。ターンエンドだ」

 ソールは、力なくターンを終えた。

 

 

 「邪神アバター」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆10

 攻撃力? 守備力?

 効果:このカードは特殊召喚できない。自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ通常召喚できる。

 ①:このカードが召喚に成功した場合に発動する。相手ターンで数えて2ターンの間、相手は魔法・罠カードを発動できない。

 ②:このカードの攻撃力・守備力は、「邪神アバター」以外のフィールドの攻撃力が一番高いモンスターの攻撃力+100の数値になる。

 

 「デモンズ・チェーン」 永続罠

 効果:フィールドの効果モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。

 ①:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、その表側表示モンスターは攻撃できず、効果は無効化される。そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

 「闇の誘惑」 通常魔法

 効果:①:自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。

 手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

 「邪神イレイザー」 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆10

 攻撃力? 守備力?

 効果:このカードは特殊召喚できない。自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ通常召喚できる。

 ①:このカードの攻撃力・守備力は、相手フィールドのカードの数×1000になる。

 ②:自分メインフェイズに発動できる。このカードを破壊する。

 ③:このカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。フィールドのカードを全て破壊する。

 

 【邪神アバター】

 攻撃力?→350100→0

 守備力?→350100→0

 

 

「ふふん…。どうやら今度こそ万策尽きたって感じらしいねぇ」

 勝ち誇った笑みを浮かべながら、リリオンはターンを開始する。《ストレングス》によってカードのドローは行えないが、彼女にはもはや手札を補充する必要も無かった。

 《アバター》の効果を無効化した今、《ストレングス》を脅かすカードは存在しない。後は《イグナイト・コング》で《アバター》を攻撃し、ソールのライフに350000ポイントのダメージを叩き込めばそれで終わりだ。

 結局、最後は強い者(ストレングス)が勝つ。その確信を胸に、リリオンは最後のバトルフェイズに突入する。このデュエルの決着を付ける為に。

「んじゃ、ぼちぼち終わらせよーか! イグナイト・コングで、攻撃力0の邪神に攻撃ッ!」

 高らかに叫んだリリオンに答え、《イグナイト・コング》は《ストレングス》を構え直し、《アバター》に向かって攻撃する。

 力を封じられた《アバター》にこの攻撃を防ぐ手立てはない。《イグナイト・コング》が勢いよく鉄柱を振り下ろし、周囲は再び爆炎に包まれる。

 《アバター》の姿が爆炎の中に消え、ソールの姿も炎に巻かれて見えなくなる。リリオンは自身もその爆炎に呑まれながら、「まず一人」と得意げに一声呟いた。

「侵入者は確かあと七人だっけか。幼女先輩の方も何人か狩るだろうから、私の相手は後三人か四人くらいかね。ま…、何人居ようが私の敵じゃないけどさぁ」

 この異端の札がある限り、誰だろうと自分に勝つ事は出来ない。勝利の美酒に酔いしれながら、リリオンはまた高らかと笑う。

「私の異端の札(ストレングス)は無敵だッ! どんな決闘者だろうと異端だろうと、私の火力に勝てる奴なんざいやしねーのさッ! ギャハハハッ、ギャッハハハハ!」

「――…無敵(・・)じゃねーだろ」

 爆炎の中。聞き知った声がリリオンの耳朶を叩き、勝利の余韻に水を差す。

 炎と煙が徐々に薄れていき、その声の主――ソールの姿が見えて来る。彼女の場には攻撃を受けた筈の《アバター》が破壊されず残っており、ライフポイントも0にはなっていないようだった。

「イグナイト・コングの攻撃の瞬間、リバースカードを発動させた…。悪いが俺様のライフはまだ生きてるぜ」

「おやおやおや…。二枚目の和睦でも伏せてたのかな? ハッ、往生際の悪い!」

「残念だがそうじゃねぇ。テメェの異端の札は既に攻略した。このデュエル……俺様の勝ちだ」

「……あぁー?」

 思いがけない勝利宣言に、リリオンは眉をしかめて首を傾げる。ソールは、にやりと口元を吊り上げて言葉を続けた。

「テメェの異端の札は確かに強力だ。破壊する手段が限られている以上、大抵のデッキ相手には無敵のカードと言っていいだろう。…だがな、邪神アバターっつー天敵が出て来た時点で、そいつはもう無敵(・・)じゃねぇ。無敵じゃねぇって事はつまり……勝敗は決闘者の腕次第って事だ」

「あぁ…? 腕だぁ?」

「そうだ。……俺様が今、何のカードを使ったかわかるか?」

 にやりと笑みを浮かべながら、ソールはそのカード(・・・・・)を決闘盤から抜き取り、リリオンに提示する。

 それはリリオンも良く知っている、何の変哲もないカードだった。シンプルな効果故に大抵のデッキに採用可能で、それでいて比較的容易に手に入るカード。何処にでもあるそのカードを見た瞬間、リリオンの顔色が変わった。

「ご存知――、サイクロンだ…!」

「げっ…!」

 ソールが提示したカードから青色の竜巻が出現し、リリオンの場の《デモンズ・チェーン》のカードを粉砕する。

 それと同時、《アバター》を拘束していた鎖が消滅。封印されていた邪神が解き放たれ、その効果もまた復活した。

「デモンズ・チェーンが破壊された事で、アバターの攻撃力は元に戻る! つまり攻撃力は350100ポイント! 攻撃したイグナイト・コングよりも100ポイント上だッ!」

「ぐッ…! うぐ、ぐぐ…!」

 リリオンの表情が見る見る青ざめていく。復活した《アバター》は複製した《ストレングス》を構え、意趣返しとばかりにオリジナルである《イグナイト・コング》に反撃した。

 鉄柱の先端に括られたミサイルが起爆し、《イグナイト・コング》の肉体は《ストレングス》諸共爆炎に呑まれて消えていく。絶対無敵である筈の《ストレングス》は今、《アバター》の前に脆くも崩れ去ったのだ。

「うおぉぉぁぁ! ば、馬鹿なァ!」

「ストレングスは粉砕だ! 俺様とパワー勝負しようなんざ十年はえーんだよ、年増が!」

 《ストレングス》のカードが消えた事で、塗り替えられていたルールもまた正常に戻った。リリオンの決闘盤はライフが0になった彼女を敗者と認識し――、強力な電圧を彼女の体に流していく。

 意識が飛ぶ程の衝撃がリリオンの体を伝い、その自由を奪っていく。今度こそ勝負が決した瞬間であった。

「ば、馬鹿なッ…! サイクロンだと!? 私のストレングスが! こんな、こんなコモンカードにッ…!」

 断末魔。リリオンは憎悪を含んだ眼差しでソールを睨みながら、崩れ落ちるように倒れていく。

 圧倒的な力を手にしながら、有り触れたカードに足元を掬われ敗北する。そんな最大級の屈辱を否応なく噛み締めながら――…リリオンの意識は、闇の中に沈んでいった。

 

 

 「サイクロン」 速攻魔法

 効果:①:フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

 【邪神アバター】

 攻撃力0→350100

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

「ッ…! また、爆発音…!?」

 同時刻。ソール達がデュエルしているフロアより少し下の階の廊下にて、二人の女性が足を止める。ソールの独断行動を止めようと後を追いかけ、結局その姿を見失ってしまった姫利とメイの二人組であった。

 彼女達は止む無くクロン発見を優先して今いるフロアを隈なく捜索していたのだが、その最中、上階から何度か聞こえて来た爆発音に嫌な予感を感じていた。その爆発音とは即ちリリオンの《ストレングス》によるものなのだが、彼女達は知る由もない。

「どうやら上の階からのようですね…。もしや、ソールちゃんとフロム君に何かあったのでは…」

「…考えたくはないけど、そうかも知れないわね。仕方ない、ここを探すのは後にして私達も上に行きましょう」

 焦りの表情を浮かべながら、姫利が提案する。メイはそれに静かに応じ、二人は元来た道を走って戻った。

(いったいここで何が起こってるの…!? ソールちゃん、フロム君……クロン君。皆、無事でいて…!)

 祈りと不安を同時に抱えながら、姫利は走る。螺旋階段を上り、音が聞こえた最上階へ。

 これからどんな運命が自分達に待ち受けているかはわからない。ただ、子供達を守らなくてはという使命感が、彼女を突き動かしていた。

「……くすくす…。見ーつけた…」

 姫利とメイが立ち去った後。彼女達が通った闇の中から、小さな影が出現する。闇の中でも目立つ金髪の髪を持つ、ゴスロリ衣装の少女“塔”である。

 彼女は螺旋階段を昇っていく姫利達の姿を見上げ、にやにやと笑みを浮かべてしばらく見つめた後、「まあいっか」と小さく呟いた。

「あのお姉ちゃん達は力のおばちゃん達に任せよっと…。おばちゃん達は上にいるみたいだから……私は下に行こっかなぁ…」

 そんな独り言を残り香に、塔はまた闇の中へと消えていく。下の階ではミランダ達四人が同じようにクロン捜索にあたっており、塔との接触は避けられそうにない。

 リリオンを倒したのも束の間、彼女達にはまだ多くの危機が迫りつつあった。




更新した次の日に気付いた、というか人様に突っ込み入れて頂いたんだけど、そういえばOCGでも「イグナイト」ってシリーズあったんだった。すっかり忘れてた。まあいいやー。

怒涛の五連デュエル、これにて一戦目終了です。
パワータイプ同士のデュエルだから早めに終わるかなーと思ったけど、案外時間かかっちった。

次回の対戦カードはフロムvsデスと、ミランダvs塔のほぼ同時進行デュエルの予定です。ガンバルゾー!
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