クロンの呼応   作:恐竜紳士

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ぐろーい!
今回のデュエルはちょっぴりグロテスクな部分があります。苦手な方はご注意ください。


第三十一話:バベルよ崩壊せよ

 壁に掛けられたランプの光が、廃墟の廊下を薄っすらと照らしている。

 それが進むべき道なのか、それとも歩んではならない道なのかは定かでないが、どちらにしてももう後戻りはできない以上、今は進み続けるしかない。覚悟と決意を胸に、ミランダ=マリンベルは先へと進んだ。

 彼女の背中には弟のクリフがくっついて着いてきており、その少し後ろ亮助が続き、最後に百合が後方を警戒しながら歩いている。

 もともとは八人居たメンバーは、ソールの独断行動をきっかけに半々に散ってしまった。彼女達が今どうしているかはわからないし、自分達がこれからどうなるかも予想はできない。今はただ、自分達のできる事を――…攫われたクロンの身柄の確保を、急ぐだけだ。

 廊下にはいくつかの部屋があった。彼女達はその一つ一つを扉を開けて中を調べていく。殆どは天井が崩れる等していて人が住める状態ではなかったが、中には綺麗なままの部屋もあり、そうした部屋の中は特に入念に調べた。

「…ねえ百合、私達がここに来てからどのくらいになる?」

 扉が外れた部屋の中に足を踏み入れながら、ミランダが背後の百合に問う。百合は同じく部屋に入ると、スカートのポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認した。

「えぇと……だいたい十分から十五分ってとこだねぇ」

「十五分…。なら、そろそろ敵が私達を探し始めてる筈ね」

 ベッドの隅やクローゼットの中を隈無く探しながら、ミランダは落ち着いた声で呟く。ただ事実を述べただけという印象の声に、他の三人はぎくりと肩を竦ませた。

 ここは敵の本拠地。自分達の侵入が既に知られている以上、このまま敵がミランダ達を捨て置く事はすまい。手分けして自分達を探し回っているであろう事は間違いなく、遠からず見つかる恐れがある事も想像に難しくない。

「あの猫と仲間達が、この建物の中を歩き回ってる……って事は…」

「いつ何処で鉢合わせしてもおかしくないって事ね」

 声を強張らせる亮助に、ミランダは翡翠色の瞳を向けて即答する。

「不意打ちなら連中を制圧できるのは証明されたけど、それ以外の状況なら、多分こっちに勝ち目は無いわ。ここからは今まで以上に慎重に行動しましょう」

 危機が迫っている中でこうも落ち着かれては、返す言葉も無い。

 性格が成せる業なのか、それともクリフら子供達を不安にさせない為の鼓舞なのか。恐らく両方だろう……と、傍で会話を聞いていた百合は思った。

 とは言え、自分達が得体の知れぬ場所を彷徨っているのは紛れもない事実だ。ミランダ達大人はともかく、クリフや亮助のような子供はどうしても不安を抱かずにはいられないものらしい。特に最年少のクリフは目に見えて周囲の暗がりに怯えており、姉のミランダに抱き付いて離れようとしなかった。

「…大丈夫よクリフ。クリフはお姉ちゃんが絶対に守ってあげるから」

「う、うん…」

 消え入りそうな声で応えながら、クリフは周囲をきょろきょろと見渡している。何処かから敵が見ているのではないか、そう考えている様子だった。

「まっ、要は隠れんぼだよクリふん」

 そんなクリフを気遣ってか、百合が普段通りの明るい声のトーンで笑う。

「こんなに大きい建物だもん。物音を立てずにコソコソしてれば、向こうだってすぐには私達を見つけられない筈だって。ねっ、亮ちんっ」

「えっ? …ま、まあ、そうだとは思うけど…」

 不意に声を掛けられ困惑しながらも、亮助は百合の問いに応じる。クリフの手前表情には出さないものの、彼もまた状況に恐怖している一人だという事を百合は見抜いていた。

「…とにかく。今は一刻も早くクロンを見つけ出さないと。今は無事だってあの猫は言ってたけど、危険な状況なのも確かだしな」

 自らを奮い立たせるような亮助の呟きに、ミランダ達三人も小さく頷く。

 元より危険は覚悟の上だ。今はただ、攫われたクロンの救出にのみ専念しよう。その一点に関して、四人の意志は一つだった。

「…どうやら、この部屋も違うみたいね」

 粗方部屋を探し終え、ミランダが僅かに焦燥を含ませて吐息する。

 これまでいくつの部屋を探したかは覚えていないし、それがこの廃墟全体の何割にあたるのかも定かでないが、とにかく部屋が多すぎる。まるで迷宮の中で迷子を捜すようだと痛感するが、しかし、今更退く訳にもいかなかった。

 とにかく、この部屋にはクロンは居ない。四人は互いに目で合図すると、ミランダを先頭に部屋の出入り口に向かって歩き始めた。

 入念に足音を殺し、ゆっくりと扉の無い出入り口に近付く。――と、その時。静寂の中に入り混じった雑音が、彼女達の耳朶を叩いた。

《くすくす……》

 部屋の外。人の声。

 ぎくりと肩を竦めたミランダ達は、示し合わせるでもなくその場で足を止める。

 聞こえたのは一瞬であったが、声は確かに廊下の方から聞こえてきた。恐らくは子供、それも少女の笑い声だろう。静かな空間の中で聞こえた声だ、聞き間違いでは有り得ない。

「今の声は…、まさか…!」

 クリフの後ろに居た亮助が、声を震わせてクリフと目を合わせる。その表情は強張り、何かに怯えているらしいのが見て取れた。

 声の主に覚えがあるのか? そう尋ねようとしたミランダの服の裾を、クリフがぎゅうぅ……と力いっぱい握りしめる。目には涙を浮かべ、小さな体はかたかたと震えていた。

「あうぅ…。お、お姉ちゃん…」

 掠れた声で姉を呼びながら、クリフはひしとミランダに縋りつく。二人の様子は尋常では無く、やはり相手に覚えがあるようだった。

 この二人が声に過敏に反応し、恐怖するような相手――。思考を巡らせ、やがて一つの可能性に辿り着いたミランダは、怯えるクリフの頭に右手を添えて、姿無き相手を睨み付けた。

「昨日クリフ達が戦った、塔って奴ね…!」

 怒りを声に滲ませながら問うと、クリフも亮助も小さく頷いた。

 クロンを連れ去った張本人。人間一人を瞬時に消し去り、たまたまその場に居たクリフ達をも襲い、悪趣味なデッキで翻弄した憎むべき『敵』――。

「その敵が、すぐ近くに……!」

「ミラるん、ミラるん。落ち着いて(クールダウン)のC」

 激情に駆られ思わず部屋を飛び出しそうになるのを、百合が辛うじて声で制する。

 正面から戦って勝てる相手じゃない。ここには子供が二人も居る。そう目で訴える百合に「わかってるわ」と理性で返し、ミランダは漏れかけた気配を押し殺した。

 このような時、慌てて姿を隠そうとするのは悪手である。この場に四人の人間が居て、うち二人が動転した子供となると、一切物音を立てずに身を隠すというのは難しい。少しでも音を立てたが最後、その気配を敵に気取られる恐れがある。

 それを思えば、こうしてじっと息を殺して様子を伺った方が対応としてはいくらかマシだ。“敵”はこちら(・・・)を探しているのだろうが、自分達が近くに居る事には気付いていない筈。ならばこうして気配を殺していれば、気付かずに去っていく事も十分に考えられる。

 仮に気付かれたとしても、自分達は入口から一、二歩程度の距離にいるのだから、敵がこちらを視認した瞬間に相手を捻じ伏せる事も出来なくはない。そう意味でも、今は動かない事が最善の選択だった。

「……。……。…」

 まるで時が止まったかのように、その場で微動だにしない四人。極限まで圧縮された一瞬が、数秒か数分の事のように感じられ、じんわりとした汗が頬を伝って落ちてゆく。

 敵は姿を見せず、あれ以来足音や笑い声も聞こえてはこない。息遣いや衣服の擦れるような些細な音さえも、一切聞こえなかった。

(もう何処かに行ったのかしら…? それとも…)

 先程聞こえた『声』は、聞き間違いだったのか。そんな疑惑が首をもたげ、静寂に飽き始めた心の隙間に入り込む。

 あるいはこちらが動くのをじっと待っている……とも考えられるが、可能性を上げればきりがない。圧縮された時間が更に経過し、無意識のうちに呼吸を止めていた事に気付いた時。ミランダは、意を決して背後のクリフ達に一声囁いた。

「…少し、顔を出して様子を見てみるわ」

 その一語に驚き、クリフが何か言おうとするのを手で制する。

 どの道ここで延々と隠れんぼをしている訳にはいかないのだ。多少危険でも、顔を出して廊下の様子を伺うしかない。先程の声は幻聴だったのか否か。敵は近くに居るのかどうか。…この眼で確かめるしかない。

 同じ緊張感に揉まれているだけに、ミランダの意思は自然と他の三人にも伝わったらしい。彼らは少し戸惑いながらも、最終的には頷いてミランダの意見に賛同した。

(よし……)

 仲間の賛同を得たミランダは静かに息を吸い込むと、慎重な動作で入口に一歩近づく。そしてゆっくりと入口から顔を出して廊下の様子を伺うと――…そこには、誰も居なかった。

 禍々しささえ感じられた廊下には一つの人影も無く、薄明りに照らされた道が真直ぐに続いている。ランプの炎は静寂の中でゆらゆらと燃え続けており、人が居たという気配さえ感じられなかった。

「………」

 さっきの声はやはり聞き間違いか? あらゆる感覚を研ぎ澄まし、周囲の気配を探りながら心の奥底で小さく結論する。

 少なくとも、見える範囲に敵らしき姿は無い。ミランダは安堵とも落胆とも取れない表情で吐息すると、顔を引っ込めて緊張しきっているクリフ達に振り返った。

「お姉ちゃん……どうだった…?」

「大丈夫よクリフ。昨日の悪い子は居なかったわ」

 怯えきった表情のクリフの頭をもう一度撫で、優しく語り掛ける。それを聞いて、クリフは安心したように表情を崩し、「よかったぁ」と笑みを浮かべた。

「じゃあ、さっきの声は気のせいだったんだね…っ」

「ええ、きっと風の音か何かだったのよ。けど、いつ敵が来てもおかしくない状況に変わりはないわ。早くここから移動しましょ」

 そう提案し、クリフが「あいっ」と舌っ足らずな返事を返した時。自分の背後で何かが動いたような気配を、ミランダは感じた。

 虫のような小さな気配では無い、何かもっと大きな物が動いたような――。

「あっ…!」

 それ(・・)を目撃したクリフの目が大きく見開かれ、徐々に恐怖を帯びた表情へと変わっていく。彼の後ろに居た百合と亮助も同様で、ミランダの背後に居る“何か”を彼女の肩越しに見つめていた。

「ミ、ミラるん…。う、後ろ…」

「姉ちゃんの後ろの……上、に…!」

 百合と亮助が強張った表情でミランダの後ろを指差している。ぞわりと背筋が凍るような感覚を抱いたミランダは思わず後ろを振り返り――、戦慄した。

 部屋の入口。ミランダのすぐ目と鼻の先に、金色のロングヘアーの少女が、逆さ吊り(・・・・)の状態で顔だけを出してこちらを見ている。

 否。見るというよりは、観察するような眼だった。少女は天井に張り付いたまま、感情の無い目でミランダの顔を眺めた後、にぃ……と形相を歪めて嗤った。

「見ぃーつけた……」

 発見されたとミランダが認識するより早く、その少女“塔”は天井を蹴り、空中でくるりと体を反転させて着地する。

 彼女の腕には熊の生首が抱えられており、地面に降り立った彼女が手を放すと、まるで風船の様にその場でふわふわと浮遊する。彼女が天井に張り付いていたのは、この浮力を利用しての事なのだろう。

「あ…、あ……お、お姉ちゃん…」

「大丈夫よクリフ、大丈夫…。私の後ろに隠れていなさい」

 怯える弟を背中に隠し、彼と同じくらいの年頃であろう少女を睨みつける。塔は後ろに隠れたクリフと傍にいる亮助の顔を見ると「あ…、昨日の男の子達だ」と心もち驚いたように目を見開いた。

「ふーん…。猫ちゃんが言ってた侵入者って、貴方達の事だったんだ。わざわざこんな所に来るなんて物好きだね…?」

 くすくすと不気味に嗤いながら、塔は傍に浮遊している熊の首をぎゅっと抱きしめ、生首の浮力によって再び宙に浮かび上がる。どのような力で生首が浮いているのかはわからないが、異常な光景である事は確かだった。

「今日は何して遊ぼうかな…? うふふ、あはは…」

 塔は浮遊する生首にしがみついたまま入口を離れ、ミランダ達の視界から消えていく。

 廊下に出ろという事か……と彼女の意図を察したミランダは、クリフと亮助を百合に任せると、単身塔を追って部屋を出て廊下に出た。

 塔は、部屋から三~四メートル程離れた所に立っていた。今し方まで抱えていた熊の首は持っておらず、代わりに夥しい数の人間や犬の生首が、彼女の背後に浮かんでいる。恐らくはミランダ達の逃げ道を塞ぐ為だろう、生首はミランダの背後にもいくつか浮かんでいた。

 だが、今更逃げるつもりなど無い。ミランダは塔を睨みながら彼女の正面に立つと、怒りを帯びた表情を浮かべて口を開いた。

「あんたが塔ね…。私のクリフが随分と世話になったそうね?」

 感情を嫌味に含ませて吐き捨てると、塔は楽しげにくすくすと笑う。恐らくは皮肉を皮肉とすら認識していないのだろう。それもミランダの怒りを増幅させた。

「あんた達が何者で、何を目的にクロンを攫ったのかは正直どうでもいいわ。私の可愛いクリフを怯えさせた罪、ここで償ってもらうわよ!」

「……ねえ。お姉ちゃん達、何かペットは飼ってるの? 犬とか、猫とか…」

 思いがけない質問だった。あまりの唐突さに理解が遅れ、目の前の少女に向けていた怒りが一瞬どこかに四散する。塔はけらけら笑いながら、返答も待たずに言葉を続けた。

「私はね、今は猫ちゃんを飼ってるの。でも本当はね、鶏さんが欲しいんだー…」

 まるで友達と世間話でもするかのように、塔は楽しそうに話し続ける。ミランダは部屋の中にいる百合と一度視線を合わせた後、再度、一人話し続ける塔を睨んだ。

「昔ね、首を斬られたのに死なない鶏さんがいたんだって…。その子は頭が無いまま二年くらい生きたんだけど、そんな鶏さんは後にも先にもその子だけだったみたい。私も首の無い鶏さんを飼いたいなー…。何処を探したら見つけられるかな、首の無い鶏さん」

「…なるほど。どうやら言葉は通じないみたいね」

 何処か上の空な塔の様子に納得すると同時、一度引いた激情が増幅されてミランダの中に湧き上がって来る。

 どの道話し合いで決着を付けるつもりは毛頭ないのだ。言葉が通じないというのなら――、

「お肉屋さんにお願いしたら作ってくれるかなぁ…?」

「腕づくで、わからせてあげるわ…!」

 これ以上狂人の戯言に付き合う必要はない。ミランダは塔の言葉を声で遮り、はっきりとした敵意を突き付けた。

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 時は少し遡る。

 ミランダ達が塔と接触するよりも前、ちょうどソールとリリオンのデュエルが始まった頃。その傍らでは、もう一つのデュエルが始まろうとしていた。

「さて…。貴方が僕のお相手という訳ですね。よろしくお願いします」

 知性を感じさせる丁寧さで挨拶し、喋る黒猫デスはぺこりと頭を下げる。対峙している少年フロムは訝しげに彼の姿を見詰めながら、気怠そうに吐息した。

「…ボクも決闘者やって結構長いけど、まさか猫とデュエルする日が来ようとはね。事実は小説より奇なりってとこかな」

 落ち着いた口調で吐き捨て、フロムは自らの決闘盤を起動させる。それに応じるように、デスの傍で浮遊していた黒い決闘盤も独りでに起動した。

「さてと。そっちの事情はよく分かんないけど、デュエルで勝負するって事なら手加減はしないよ。悪いけど」

 自信たっぷりに言い放つと、デスは耳を伏せて頭を垂れる。先程のリリオンとの会話を聞く限りこちらは腕に自信が無いようだが、敵である以上情けを掛けるつもりはない。

 どちらにしても、デュエルにおいて勝者は一人しか許されない。油断も手心も一切考えず、勝利の為に最善を尽くすだけだ。

(さっさとこいつを片付けて、クロンの馬鹿を回収して…。早いとこ姫利お姉ちゃん達と合流しないと)

(強そうだなぁ…。でも最低二人は倒すと教皇に約束してしまったし、何としても勝たなくては…)

 フロムとデス。それぞれの思惑を胸に、両者は対峙する。

 すぐ傍ではソールとリリオンが荒々しい勝負を繰り広げているが、今の彼らには関係のない事だった。

 そして――、

『デュエル!』

 第二の勝負が、始まった。

 

 

「ん、先攻はボクか…。お気の毒だね」

 言いながら、先攻を得たフロムは初手となる五枚のカードをドローする。彼は引いた五枚のカードを確認すると、その中から一枚選んで決闘盤に叩き付けた。

「よし、じゃあまずは手札から『パラクスの少女 ハイジ』を召喚しようかな」

 フロムの場の空間がぐにゃりと歪み、その中から山羊に乗った黒髪の少女が現れる。

 その両脚は膝から下が機械となっており、円錐型のブースターが複数取り付けられている。機械化はフロムの使用する“パラクスの少女”に共通する特徴であるが、動物に乗ったタイプのモンスターは珍しかった。

「ハイジの召喚に成功した場合、このターンのバトルフェイズを行えない代わりに次の相手のメインフェイズ1をスキップする事ができる。先攻はどの道バトルはできないから、実質ノーリスクだね」

「メインフェイズ1をスキップ…?」

 首を傾げるデスを余所に、《ハイジ》は効果によってデスの次のフェイズを一つ封印する。彼の決闘盤の周りに時計の映像がいくつも出現し、水泡のように一つ残らず消えていった。

「更に魔法カード、強欲で謙虚な壺を発動。ボクのデッキの上からカードを三枚捲って、その中の一枚を手札に加える事ができる」

 デスの疑問をそのままに、フロムは新たなカードを発動させる。彼の場に出現した奇妙なデザインの壺から三枚のカードが吐き出され、目の前に提示された。

 吐き出されたカードは《ワーム・リンクス》《魔宮の賄賂》《リミッター解除》の三枚。フロムは少し考えた後、そのうち一枚を手に取り、手札に加えた。

「今回はリミッター解除を貰っとこうかな。残りの二枚はデッキに戻して……後はカードを一枚セットして、ターンエンドだよ」

 手札に加えた物とは別のカードを場に伏せ、フロムはターンを終了する。淡々とした流れ作業のようなターン運びであったが、既に彼の策略は始まっていた。

 

 

 『パラクスの少女 ハイジ』 モンスター

 光属性 機械族 ☆3

 攻撃力800 守備力1000

 効果:このカードの①の効果を使用するターン、自分はバトルフェイズを行えない。

 ①:このカードの召喚に成功した時に発動できる。次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。

 

 「強欲で謙虚な壺」 通常魔法

 効果:このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。

 ①:自分のデッキの上からカードを3枚めくり、その中から1枚を選んで手札に加え、その後残りのカードをデッキに戻す。

 

 「リミッター解除」 速攻魔法

 効果:①:自分フィールドの全ての機械族モンスターの攻撃力は、ターン終了時まで倍になる。

 この効果が適用されているモンスターはこのターンのエンドフェイズに破壊される。

 

 【死神】

 次のターンのメインフェイズ1のスキップが確定。

 

 

「では、僕のターンですね」

 続いてデスのターン。浮遊する決闘盤から一枚のカードが抜き出され、初手の五枚と共にデスの目の前で静止する。

 メインフェイズ1をスキップするという奇抜な効果により、このターン彼はモンスターを召喚してから攻撃を行う事ができない。必然行動は制限され、取れる選択肢も限られてくる。

(ここは防御を固めて様子見と行きましょうか……)

 そうデスが考え、実行に移そうとした刹那。思考を遮るかのようにフロムの場の伏せカードが翻った。

「この瞬間、罠カード覇者の一括を発動! このターンのバトルフェイズをスキップする!」

「む…?」

 思いがけないフロムの行動に、デスは顔を上げて頓狂な声を出す。

 メインフェイズ1をスキップした時点で、このターンのデスの攻撃は封じられたも同然だ。何故ここでバトルフェイズまでスキップしようとするのか、彼には理解ができなかった。

「…奇妙ですね。ここで僕のバトルフェイズを封じて、何か意味があるのですか?」

 元より素直な性格。駆け引きなど考えず真向から質問すると、フロムは「それがあるんだよ」と小馬鹿にしたように笑って前髪を掻き上げた。

「時間が惜しいから手短に説明させてもらうけど、これはデュエルモンスターズのルールを利用したコンボでね。バトルフェイズを行ったプレイヤーはそのターン、メインフェイズ2を行う事ができないんだよ。今君はメインフェイズ1とバトルフェイズを同時にスキップされた訳だけど……さて、この場合どうなると思う?」

「……? どうなると言うのです?」

「単純な必然だよ。君に残されるのはエンドフェイズ……つまり君のターンは、強制的に終了されるって事だね」

 宣告にも似たフロムの言葉にデスが大きく目を見開いた時。彼の言葉通り、デスの決闘盤は使用者の意思とは無関係にターンの終了を決行した。

 当然、デスにはカードを出す暇さえ与えられていない。即ちデスのターンは、ただカードを一枚引いただけで終わりを迎えたのである。

「なっ…!?」

理解できた(アンダースタン)? このターンにやりたい事が色々あったと思うけど、ごめんね。次のターンが来るまで我慢してよ」

 次のターンが来ればの話だけど。そんなフロムの皮肉は耳に入らず、デスはただただ唖然していた。

 メインフェイズとバトルフェイズを封じる事で発生する疑似ターンスキップ。そういう戦術もあるのか……。放心に似た思考の中で微かに考え、確信する。目の前の相手は、相当に手強い相手であると。

 

 

 「覇者の一括」 通常罠

 効果:相手スタンバイフェイズで発動する事ができる。

 発動ターン相手はバトルフェイズを行う事ができない。

 

 

「さて。ボクのターン、と」

 得意満面に笑いながら、フロムはターンを開始する。

 自慢の時止めコンボ(ターンスキップ)を使用した事でデスの場にカードは無い。手札の消耗はあったものの、早くもフロムに有利な状況に仕上がっていた。

「うん、良い感じ。まずはフィールド魔法、『パラクスの旅行代理空間(トラベル・エージェンシー)』を発動するよ」

 ドローしたカードを一瞥し、即座に決闘盤に叩き付ける。

 場に出現したカードを中心に周囲の光景が変わり始め、瞬く間に廃墟を別の空間へと染め上げた。

 テレビの砂嵐(スノーノイズ)に似た色彩を背景に、巨大な時計がいくつも浮かんでいる。時計は溶けたバターの様に形を崩しており、砂嵐の海をゆっくりと泳いでいた。

 空間には他にも木製の扉がいくつか浮かんでおり、こちらは形を崩す事無く空中に固定されている。これが何の役割を持つかは定かで無いが、とにかく奇妙な空間という印象だった。

「これは…!」

「ここはパラクスの旅行代理空間、カウンターを乗せるタイプのフィールド魔法だよ。ボクか君の各フェイズが効果によってスキップされる度にパラドックスカウンターが一つ乗り、そのカウンター一つにつきパラクスの少女の攻撃力は200ポイントアップする」

「……フェイズがスキップされる度…?」

 鸚鵡返しに呟いたデスの声が、僅かに強張る。どうやらフロムの戦術に勘付いたようだが、フロムは意に介する事なく次の一手を打ち込んだ。

「更に手札から、『パラクスの少女 マリア』を召喚っ」

 空間に浮かぶ扉の一つが開き、そこから青いロングヘアーの少女が飛び出して来る。

 露出の多い服を着ているが柔肌の一部は機械化されており、肩に取り付けられた大型スラスターは翼のようなシルエットを持つ。攻撃力は900ポイントと低いものの、その表情には好戦的な笑みが浮かんでいた。

「マリアの召喚に成功した時、デッキからレベル2以下のパラクスを特殊召喚できる。その効果で、『パラクスの少女 セシリー』を攻撃表示で特殊召喚するよ」

 フロムが宣言すると同時、《マリア》の目の前の空間がぐにゃりと歪み、彼女は両肩のスラスターを吹かせてその中に突入する。

 少しの間を置き、《マリア》は別の少女を抱きかかえて空間の渦から戻って来た。銀色の髪をサイドポニーにした少女型のモンスターだ。

 小さな体に鋼鉄製の甲冑を着込み、横腹には大型のジェットエンジンを左右一つ外付けしている。如何にも重量級と言った装備で、少女自身も立っているのがやっとの状態のようだった。

「セシリーが他のパラクスの少女の効果で特殊召喚された時、次の相手ターンのメインフェイズ1はスキップされる。そして君のメインフェイズがスキップされた事で、旅行代理空間にはカウンターが一つ乗せられるよ」

 場に呼び出された《セシリー》が右腕をデスの決闘盤に向けると、再び彼の(フェイズ)は封印される。

 同時、フロムが発動した《旅行代理空間》にカウンターが一つ置かれ、《パラクスの少女》達の攻撃力は200ポイントずつ上昇する。僅かな強化ではあるものの、完全無防備なデスにとっては無視できない数値だった。

「じゃ、バトルね。パラクスの少女 セシリーで、直接攻撃させてもらうよ」

 淡々とした攻撃命令を受け、《セシリー》は二つの大型ジェットを吹かしてデスに質量攻撃を掛ける。

 壁モンスターも伏せカードも無いデスには、この攻撃を止める手立てはない。成す術の無いまま《セシリー》の攻撃を受け、そのライフを減少させた。

「ダメージ計算時に速攻魔法、リミッター解除を発動! セシリーを含む全てのパラクスの少女の攻撃力は、ターン終了時まで倍になる!」

「ぐ…!」

 攻撃が通った事を確認し、フロムが更なるカードを発動させる。

 それにより彼が使役する《パラクスの少女》達は全機能を開放し、攻撃力は文字通り倍加。《セシリー》の攻撃によるダメージも一気に増加し、デスの表情に早くも焦燥の色が浮かび始めた。

「じゃあ次。ハイジとマリアの二体で、追撃させてもらうよ」

 一切の手心も加えず、残る二体で攻撃を掛ける。

 地上から山羊による体当たり攻撃を掛ける《ハイジ》と、飛翔して空中からの飛び蹴りを放つ《マリア》。二体による攻撃はそのどちらも直撃し、デスのライフを一気に2400ポイントにまで削り切った。

「ま、こんなところかな」

 攻撃が全て通ったのを確認し、フロムが前髪を掻き上げて一笑する。対するデスは思わぬ窮地に歯噛みしていたが、やがて思い付いたように口元を吊り上げた。

「…恐ろしい猛攻と言いたいところですが、このターンで僕を倒しきれなかったのは失敗でしたね。詰めが甘いと申しましょうか」

「ん…?」

「確かリミッター解除は、ターン終了時に効果を受けたモンスターを破壊する制約があったと記憶しております。従って貴方の場のモンスターは全て破壊され、アドバンテージを大きく失う筈。対して僕は今の時点で六枚、次のドローフェイズで七枚の手札を使う事ができます。…この差は勝敗を分けますよ」

 精いっぱいの強がりを口にし、虚勢を張るデス。フロムはしばらくデスの顔を見返した後、やれやれと呆れたように吐息して、端正な顔に嫌味な色を浮かべた。

「言い分はわからなくもないけど、机上の空論だね。君の主張には二つ見落としがあるよ」

「見落とし…?」

「そ。まず一つ目。…メインフェイズ2に、レベル3のハイジとマリアで、エクシーズ召喚をさせてもらうよ!」

 フロムが宣言した瞬間、その意図に気付いたデスは「あっ…」と頓狂な声を上げた。

 確かに《リミッター解除》の恩恵を受けた《パラクスの少女》達はフロムのターンが終了すると同時に破壊される運命にある。だが、その程度のリスクはいくらでも解消する事が可能だった。

「エクシーズ召喚! 現れろ、ランク3、『パラクスの演出家』!」

 二体の少女達がフロムのフィールドから去り、新たに純白のワンピースを着た少女が空間の扉を開けて彼の前に降り立つ。

 年齢は三体の少女達より年上のようでそれなりに発育が見られ、表情も何処か大人びている。手には台本のような手作りの冊子を持っており、目の前の敵よりも冊子の方に視線を向けていた。

「…ま、見ての通りだね。リミッター解除のリスクなんて、いくらでも回避は可能なんだよ。ちなみに残ったセシリーは破壊される前にマリアの効果で手札に戻るから、こちらも問題なし。OK?」

「むむ、む……。で、では、二つ目の見落としとは…?」

 苦しげな表情を浮かべてデスが問う。フロムはにこりと子供らしい無垢な笑みを浮かべると、デスの目論見が空論であるとする理由を答えた。

「馬鹿だなぁ。君のターンが、回って来るとでも思ってんの?」

 たっぷりと毒を含ませた言葉が、デスの背筋を凍りつかせる。フロムはそんな彼の様子を楽しげに見つめながら、自らのターンを終了した。

 

 

 『パラクスの旅行代理空間(トラベル・エージェンシー)』 フィールド魔法

 効果:このカードの③の効果は1ターンに1度だけ使用できる。

 ①:自分または相手ターンのドローフェイズ・スタンバイフェイズ・メインフェイズ・バトルフェイズのいずれかが効果によってスキップされる度に、このカードの上にパラドックスカウンターを1つ置く。

 ②:自分フィールドの「パラクスの少女」モンスターの攻撃力は、このカードに乗っているパラドックスカウンター1つにつき200ポイントアップする。

 ③:このカードに乗っているパラドックスカウンターを4つ取り除く事で、自分の墓地に存在する通常罠カード1枚を選択して手札に加える。

 

 『パラクスの少女 マリア』 モンスター

 光属性 機械族 ☆3

 攻撃力900 守備力900

 効果:①:このカードの召喚に成功した時、デッキからレベル2以下の「パラクスの少女」モンスター1体を自分フィールドに特殊召喚できる。

 この効果で特殊召喚したモンスターはターン終了時に手札に戻る。

 

 『パラクスの少女 セシリー』 モンスター

 光属性 機械族 ☆2

 攻撃力500 守備力700

 効果:このカードは通常召喚できない。

 ①:このカードが「パラクスの少女」モンスターの効果によって特殊召喚された場合、次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。

 

 『パラクスの演出家』 エクシーズ

 光属性 機械族 ランク3

 攻撃力1300 守備力1950

 効果:ランク3「パラクスの少女」モンスター×2

 ①:このカードのX素材を任意の枚数取り除いて発動できる。

 このカードの攻撃力はターン終了時まで取り除いたX素材の枚数×500ポイントアップする。この効果は相手ターンでも発動できる。

 ②:相手ターンのスタンバイフェイズ時、X素材を持つこのカードをゲームから除外して発動できる。そのターンのバトルフェイズをスキップする。

 

 【パラクスの旅行代理空間】

 カウンター:0→1

 

 【パラクスの少女 ハイジ】

 攻撃力800→1000→2000

 

 【パラクスの少女 マリア】

 攻撃力900→1100→2200

 

 【パラクスの少女 セシリー】

 攻撃力500→700→1400

 

 【死神】

 LP:8000→6600→4600→2400

 次のターンのメインフェイズ1のスキップが確定。

 

 

 フロムが使うデッキ【パラクスの少女】は、時を止めるとも形容される疑似ターンスキップコンボを軸に置いたデッキである。

 型に嵌れば圧倒的な力を発揮する反面、コンボを使うには最低二枚のカードが必要となり、手札の消耗も大きい。それは即ち一度劣勢に陥れば戦局を覆す事が困難である事を意味し、如何に有利な状況を維持して戦うかが重要な課題であった。

 今回の場合、フロムはその課題をあっさりとクリアしたと言える。デスは明らかにフロムの戦術に圧倒されている様子であるし、このままトドメを刺す準備も既に整っていた。

「ぼ…、僕のターン!」

「この瞬間、パラクスの演出家の効果発動! エクシーズ素材を持ったこのカードを除外する事で、このターンのバトルフェイズもスキップする!」

 台本を閉じた《演出家》が光の粒子となって消え、代わりにデスの決闘盤に時の封印を掛ける。

 これによりデスは再度疑似ターンスキップを受けた事になり、せっかくの手札を腐らせたままターンを終了せざるを得なかった。

「ぐぬぬ…。ま、またですか…」

「悪いかなーとは思うんだけどね。…そうそう、手札を七枚以上持った状態でターンを終了した場合、そのプレイヤーは手札が六枚になるようにカードを墓地へ送らないといけないんだよね。何だか凄くお気の毒で胸が痛むけど、一枚捨ててもらえる?」

 戦術だけでなく言葉でも威圧を掛け、デスの心を徹底的に追い込む。

 ここで降参(サレンダー)でもしてくれれば儲けものだったのだが、流石にそれは都合の良すぎる考えだった。デスは哀愁すら感じさせるほど体を縮めて考え込み、やがて手札から一枚のカードを選んだ墓地へ送った。

「……黒猫の睨みを捨てて、ターンを終了します…」

「OK、OK。なら次はボクのターンだね」

 一分と経たずにデスのターンが終わり、再びフロムのターンが巡って来る。

 この時点でフロムの手札は回収された《セシリー》を含めて三枚。流石に三度続けての疑似ターンスキップはできそうにないが、残り僅かとなったデスのライフを削り切る事はそう難しい事では無い。

 フロムは隣でデュエルしているソールとリリオンの戦局を横目でちらりと確認すると、トドメを刺すべく最初の一手を打った。

「手札から魔法カード、強欲で貪欲な壺を発動! ボクのデッキの上から十枚のカードを裏側表示で除外する代わりに、カードを二枚ドローできる!」

 更なる手札状況を行い、フロムの手札は四枚に増える。彼はそれらのカードを確認すると瞬時に戦術を組み立て、それを実行した。

「いくよ。手札から『パラクスの少女 クレア』を召喚!」

 空間に浮かぶ扉が再び開き、そこから金髪のポニーテールの少女が飛び降りて来る。

 外見上は普通の少女であるが足裏と臀部が機械化されて小型のスラスターが内蔵されており、それを吹かして着地の衝撃を緩和させていた。攻撃力は300ポイントと低めだが、カウンターが二つとなった《旅行代理空間》によって強化され、現在は700ポイントとなっている。

「クレアの召喚に成功した場合、ボクはもう一度だけ通常召喚を行う事ができる。今度は『パラクスの少女 キャロル』を召喚!」

 続けてもう一枚カードを決闘盤に叩き付けると、今度は純白の鎧を身に着けた少女がフィールドに降り立つ。長い銀髪を一つ引き抜くと、それは形を変えて一本の剣となり、少女の武器として構えられる。

 こちらの攻撃力は1700ポイントと他のパラクス達に比べて高く、《旅行代理空間》によって現在は2100ポイントにまで強化されている。即ち二体のモンスターの攻撃力の合計は2800ポイント、デスのライフを僅かに上回った。

「ちょっと早すぎるけど終わらせようか。パラクスの少女 キャロルで、直接攻撃!」

 皮肉をぽつりと呟いて、フロムは容赦なくデスのライフを削りにかかる。剣を構え直した《キャロル》が無防備なデスに対して斬りかかり、そのライフを大きく削り取る。

 攻撃は今回もすんなり通り、デスのライフは残り300ポイント。フロムは勝利を確信し「次、クレアで直接攻撃!」と最後の攻撃命令を下した。

 だが――。ここに来て、初めてデスが動きを見せた。彼はフロムの攻撃宣言を聞くとにやりと口元を吊り上げ、手札から一枚のカードを決闘盤に叩き付けた。

「手札のグリムリーパー・リゼンブルズ・キャットの効果を発動! クレアからのダメージを0にし、このカードを特殊召喚します!」

「ん…!?」

 デスの目の前。死神装束を纏った人影が《クレア》を阻むように出現し、大鎌を振り回して《クレア》を追い払う。

 真黒で無機質な体を持つ、猫耳付きの死神……デスが持つ異端の札、《グリムリーパー》のカードである。予期せぬ増援の出現に面食らうフロムだが、《グリムリーパー》のステータスは攻守共に0である事を確認すると、即座に考えと行動を切り替えた。

「攻撃対象変更! パラクスの少女 クレアで、その妙なモンスターを攻撃するよ!」

 一度は追い払われた《クレア》は足裏と臀部のスラスターを吹かせて突進し、《グリムリーパー》に拳の連打を叩き込む。

 しかし死神の体は、触れた部分が黒い粒子となって四散するだけで、決して崩れ落ちる事は無かった。宙に散った粒子もすぐに元の場所に戻り、死神は再び大鎌を振って《クレア》を追い払う。

 どうやら戦闘破壊耐性を持つモンスターらしいと気付いたフロムは小さく舌打ちし、遮二無二攻撃を続ける《クレア》を自身の手元に呼び戻した。

「へぇ…、これは驚いた。例の、異端の札ってやつかな?」

「その通りです。僕の異端の札、グリムリーパー・リゼンブルズ・キャットは防御に特化したモンスターカード。僕のライフを0にするダメージを無効にして特殊召喚され、その後は僕に対するあらゆるダメージを0にします。そしてグリムリーパー自身はあらゆる効果を受けず、戦闘でも破壊されません」

 得意満面と言った様子で説明するデス。フロムは睨むように《グリムリーパー》を凝視すると、「なるほどね」と微笑を浮かべて呟いた。

「という事は、そのグリムリーパーを倒さない限り、君のライフを削り切る事はできないって事だね?」

「仰る通りです。危うい所ではありましたが、何て事はありませんね。僕の場にグリムリーパーがある限り、僕の敗北はありえません!」

「……へぇ?」

 大きく出たものだと内心思いながら、フロムは自身の決闘盤に送られてきた《グリムリーパー》のテキストを確認する。

 攻撃的な効果では無いものの、成程、こと防御に関しては優秀な効果を持っている。風前の灯火も同然のデスのライフを守り、その上《グリムリーパー》自身も除去が困難となると、厄介極まりないカードだった。

「ま、仕方ないね。メインフェイズ2に魔法カード、『パラクスの欠片』を発動! このカードは発動時に墓地のパラクスの少女を二体選択し、次のボクのスタンバイフェイズにそれらのカードを手札に加える事ができる! ボクはマリアとハイジを選択する!」

 このターンの決着は諦め、次のターンに向けて備えを始める。

 これでフロムの手札は《セシリー》のみ。伏せカードを一枚も出さずにターンを明け渡すのは聊かリスキーではあるが、止むを得ないと言うべきだろう。

「さて、このターンはもう出来る事はないね。ボクはターンを終了するよ」

「おや…。もうあのコンボは使わないのですか?」

 ふふんと気取った笑みを浮かべながら、デスが皮肉を一つ返す。

 ここから反撃と言わんばかりの態度にフロムは「使うまでもないね」と冷笑で応じ、冷静に《グリムリーパー》を倒す方法を模索し始めた。

 

 

 「黒猫の睨み」 通常罠

 効果:①:自分フィールドに裏側守備表示モンスターが2体以上存在する場合、相手バトルフェイズに発動できる。そのバトルフェイズを終了する。

 ②:墓地のこのカードを除外し、「占術姫」モンスターを含むフィールドの表側表示モンスター2体を対象として発動できる。そのモンスターを裏側守備表示にする。

 

 『パラクスの少女 クレア』 モンスター

 光属性 機械族 ☆2

 攻撃力300 守備力500

 効果:①:このカードが召喚に成功した場合に発動できる。このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 

 『パラクスの少女 キャロル』 モンスター

 光属性 機械族 ☆4

 攻撃力1700 守備力1700

 効果:①:このカードがフィールドから墓地へ送られたターン終了時、手札から「パラクスの少女」カード1枚を捨てる事で、このカードを自分フィールドに特殊召喚する。

 

 『グリムリーパー・リゼンブルズ・キャット』 モンスター

 闇属性 悪魔族 ☆1

 攻撃力0 守備力0

 “悪しき魔女を焼いてしまえ。二度と悪さができぬように。奴の猫も焼いてしまえ。二度と犠牲者が出ぬように。”

 効果:このカードは通常召喚できない。

 ①:自分のLPが戦闘及びカードの効果によるダメージによって0になる場合、そのダメージを0にしてこのカードを手札から特殊召喚する事ができる。

 ②:このカードは戦闘では破壊されず、このカード以外のカードの効果を受けない。このカードがフィールドに存在する限り、自分が受ける全てのダメージは0となる。

 ③:自分のターンのスタンバイフェイズ時、このカードをコントローラーの手札に戻す。

 

『パラクスの欠片』 通常魔法

効果:自分の墓地に存在する「パラクスの少女」モンスターを2枚選択して発動する。

①:次の自分のターンのスタンバイフェイズ時、選択したカードを手札に加える。

 

 【パラクスの旅行代理空間】

 カウンター:1→2

 

 【パラクスの少女 クレア】

 攻撃力300→700

 

 【パラクスの少女 キャロル】

 攻撃力1700→2100

 

 【死神】

 LP:2400→300

 

 

「そろそろ反撃と行きましょうか! 僕のターン!」

 ここに来て初めて、本当の意味でのデスのターンが訪れる。デスは勢いのままにカードをドローした。

「この瞬間、グリムリーパー・リゼンブル・キャットは一度僕の手札に戻ります!」

 デスの身を守っていた《グリムリーパー》が再度カード化し、彼の手札に舞い戻る。

 この時点でデスの手札は七枚。心胆を舐めた甲斐あってと考える気持ちにはなれないが、反撃するには十分過ぎる程の枚数だった。

「永続魔法カード、『猫海戦術(キャット・ピープル)』を発動します! このカードは1ターンに1度、手札のレベル2以下の獣族モンスター二体をフィールドに特殊召喚する効果を持ちます! その効果により、『トミー・ザ・キャット』と『デスメタル・キャット』をそれぞれ攻撃表示で特殊召喚します!」

 デスが手始めに発動したカードに寄り、彼の場に二体の猫型モンスターが出現する。やたら筋肉質で醜い風貌の《トミー・ザ・キャット》と、派手なフェイスペイントを施した黒猫《デスメタル・キャット》だ。

 攻撃力は1200ポイントに1000ポイントと力不足感は否めないが、どちらも効果モンスターである。デスは召喚の成功を確認すると、まず一方の効果を発動させた。

「トミー・ザ・キャットの特殊召喚に成功した時、場に他の獣族モンスターが存在する場合、フィールド上に仔猫トークンが一体特殊召喚されます!」

 デスが宣言すると、だらしなく寝転んでいた《トミー》が突如立ち上がり、激しく腰を前後に振る。

 その行為が何を意味するのかは定かで無いが、その儀式めいたダンスによってデスの場に小さな猫が出現する。白く濁った毛を持つ、《トミー》に似たブサイクな外見の仔猫だった。

「さらに仔猫トークンをリリースし、『野良猫中隊(キャット・カンパニー)』をアドバンス召喚します!」

 白濁の猫が瞬時にデスの場から消え、代わりにアサルトライフルやショットガン等で武装した二足歩行の猫達が彼の場に召喚される。

 その毛並みは迷彩のように複雑な柄となっており、ヘルメットや軍靴等を装備し、腰には猫缶を一つぶら下げている。攻撃力は1100ポイントと上級モンスターにしては低い数値だが、それを補って余りある程の効果を持っているのだろう。

「へぇ…。どれも低攻撃力とは言え、三体のモンスターを並べて来たか」

 心もち驚いた様子のフロムが小さく呟く。デスはにやりと笑みを浮かべると、「どれもと言うのは間違いです」とフロムに否を突き付けた。

「野良猫中隊は攻撃表示の時、自身の元々の守備力分攻撃を上昇させます。従って現在の野良猫中隊の攻撃力は2200ポイント、貴方のモンスター達を上回ります!」

「…ふぅん、なるほどね。そういう効果か」

「参ります! まずは野良猫中隊で、パラクスの少女 キャロルに攻撃です!」

 名前を呼ばれた《野良猫中隊》がそれぞれの武器の銃口を《キャロル》に向け、「攻撃」の一語を合図に一斉に銃弾を発射する。中には味方を誤射する剽軽者も居たが、銃弾はほぼ全て《キャロル》に向かって飛んで行った。

 放たれた銃弾は頑丈な鎧を容易に吹き飛ばし、《キャロル》は光の粒子となって四散する。それど同時にフロムは100ポイントのダメージを受けるが、フロムは涼しげな表情でそれを受け入れていた。

「次です! デスメタル・キャットで、パラクスの少女 クレアを攻撃します!」

 攻撃命令を受けた《デスメタル・キャット》はその場で金切り声を上げると、身構える《クレア》に向かって突進する。

「この瞬間、デスメタル・キャットの効果発動! デスメタル・キャットの攻撃力はダメージ計算の間、攻撃対象モンスターの攻撃力の半分の数値分アップします!」

「ん…。つまり攻撃力は1350ポイントになる訳ね」

 フロムが納得したように頷くと同時、《デスメタル・キャット》の鋭い爪が《クレア》を引き裂いた。

 これにより、フロムの場からモンスターが消えた。そしてデスの場にはまだ攻撃可能なモンスターが残っている。

「もう一撃! トミー・ザ・キャットで、直接攻撃です!」

 デスが叫ぶと、《トミー》はぶっくり太った体を跳躍させてフロムに飛び蹴りを食らわせる。

 この攻撃もフロムは通し、彼のライフは一気に6050ポイントにまで低下した。

「これにてバトルフェイズ終了です。そしてこの瞬間、野良猫中隊は守備表示となり、守備力は元々の攻撃力分アップします」

 デスが攻撃の終了を宣言すると、《野良猫中隊》が攻撃の構えを解除し、その場で座り込んだり毛繕いを始めたりと自由行動を開始する。

 見るからに隙だらけの状態であるが、守備力は効果によって2200ポイントにまで上昇。少なくとも下級モンスターの攻撃程度は凌げる数値となっていた。

「流石に形勢逆転とまでは行きませんが……どんなものです? 僕の猫モンスター達の攻撃を受けた感想は?」

「ん? …んー、22点かな。展開力はまあまあとして、三回も攻撃して総ダメージが1950ポイントってのは低すぎるね。手札が七枚もあったんだから、もう少し努力できなかったものかなーってのが本音だよ」

「それは手厳しい……ですが否定はできませんね。もとより僕のデッキは防御型、攻撃の方はあまり得意では無くて。…ですが、異端の札(グリムリーパー)の絶対防御がある限り、僕に敗北はあり得ないのもまた事実。少しずつでいいのです。このまま少しずつダメージを蓄積して、勝利を目指すとしましょう」

 鼻高々に宣言すると、デスは目の前に浮かぶ三枚の手札(カード)のうち二枚を前足で叩く。それらのカードは独りでに彼の決闘盤に向かっていき、魔法&罠ゾーンに収まった。

「カードを二枚セットして、ターン終了! さあ、貴方のターンです!」

 異端の札がある限り、自分に敗北はありえない。確固たる自信と共にデスはターンを終了させると、「おっと」とフロムがそれに割り込んだ。

「破壊されたキャロルの効果を発動するよ。手札のセシリーを捨てる事で、このカードを再び場に特殊召喚する」

 たった今戦闘破壊されたばかりの《キャロル》がフロムの場に復帰する。しかしデスはその事を歯牙にもかけず、もう一度「ターン終了です」と宣言した。

 

 

 『猫海戦術(キャット・ピープル)』 永続魔法

 効果:①:1ターンに1度、自分メインフェイズにこの効果を発動できる。手札からレベル2以下の獣族モンスター2体を特殊召喚する。

 

 『トミー・ザ・キャット』 モンスター

 地属性 獣族 ☆2

 攻撃力1200 守備力900

 効果:①:このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、自分フィールド上に「トミー・ザ・キャット」以外の獣族モンスターが存在する場合、自分フィールドに「仔猫トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)1体を特殊召喚する。

 

 『デスメタル・キャット』 モンスター

 闇属性 獣族 ☆1

 攻撃力1000 守備力900

 効果:①:このカードの攻撃力は、モンスターに攻撃するダメージ計算時のみ、その攻撃対象モンスターの攻撃力の半分の数値分アップする。

 

 『野良猫中隊(キャット・カンパニー)』 モンスター

 地属性 獣族 ☆5

 攻撃力1100 守備力1100

 効果:①:このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。

 ②:このカードの表示形式によって以下の効果を適用する。

 ●攻撃表示:このカードの攻撃力は、このカードの元々の守備力分アップする。

 ●守備表示:このカードの守備力は、このカードの元々の攻撃力分アップする。

 

 【野良猫中隊】

 攻撃力:1100→2200→1100

 守備力:1100→2200

 

 【デスメタル・キャット】

 攻撃力:1000→1350→1000

 

 【フロム】

 LP:8000→7900→7250→6050

 

 

「次はボクのターンだね。カードをドローするよ」

 ダメージこそ負ったものの、フロムの表情には変わらず余裕の色が浮かんでいる。カードをドローする手付きにも、一切の迷いは無かった。

 その眼差しは既にデスの戦術の観察を終え、聡明な頭脳は如何にしてこのデュエルで勝利するか結論を導き出している。フロムはデスの場と手札を再度確認すると、額を指で叩きながら「一つ確認いいかな?」と声を掛けた。

「さっきの君の異端の札、グリムリーパーの事だけどさ。絶対防御って言ったね?」

「ええ、言いました。僕の異端の札は防御特化型、あらゆるダメージを遮断して僕のライフを護ります。戦闘ダメージであろうと、効果ダメ―ジであろうとね」

「そのカードがある限り、君の敗北はありえない?」

「その通りです」

「絶対に? 間違いないね?」

「猫は嘘を吐きません」

 デスが自信たっぷりに答えると、フロムは満足そうに頷いて、自らのターンを開始する。

「OK、じゃあ確認が済んだ所で始めようかな。まずはさっき発動したパラクスの欠片の効果で、マリアとハイジを回収するよ」

 墓地に眠っていた二枚のカードが手札に戻り、戦力として補充される。

 これで準備は整った。内心呟いたフロムはにやりと笑みを浮かべると、三枚となった手札から一枚を選んで決闘盤に差し込んだ。

「ライフを1000ポイント払って速攻魔法、コズミック・サイクロンを発動! 君の伏せカードを一枚除外する!」

 フロムの背後。砂嵐と時計ばかりの空間が歪み、巨大な渦を作り上げる。

 その渦は宛ら宇宙空間に出現した竜巻の様で、螺旋の中には炎の玉らしきものが確認できる。その玉の一つが螺旋の中から外れ、曲線を描きながらもデスの伏せカードの一つに向かって行った。

「させません! カウンター罠、神の宣告を発動! ライフを半分にする事で、コズミック・サイクロンの効果を無効にします!」

 炎の玉に狙われたカードの隣、デスが伏せたもう一枚のカードが翻り、空間に生じた渦を粉砕する。これによりもう一枚の伏せカードは破壊を免れた訳だが、フロムは特に気にする様子も無くターンを続行した。

「手札から、パラクスの少女 マリアを召喚!」

 元通りになった空間に浮かぶ扉が開き、フロムの手札に戻ったばかりの《マリア》が肩部の大型スラスターを吹かせて彼の場に降り立つ。

「マリアの召喚に成功した時、デッキからレベル2以下のパラクスを特殊召喚できる。その効果で、デッキからチューナーモンスター、『パラクスの少女 イヴ』を特殊召喚する!」

 召喚された《マリア》が空間の歪みの中に姿を消し、やがて一人の少女を抱きかかえて戻って来る。

 体の殆どを機械化した、銀髪の少女。恐らくは幼稚園児程の年齢であろう少女は自らの足の他に木の杖を突いて自らの体を支えていた。

「っ――! チューナーモンスターを出したという事は…!」

「そういう事だね。レベル3のマリアとレベル4のキャロルに、レベル2のイヴをチューニング!」

 デスの予感を肯定するかのように、三体のモンスター達はそれぞれ光のリングと光球へと変わり、一つに交わる。

 三体のレベルの合計は9。フロムは自身のエクストラデッキを扇状に広げると、そのカード(・・・・・)を手に取り、決闘盤に叩き付けた。

「シンクロ召喚! 現れろ、氷結界の龍 トリシューラ!」

 一つに交わった光が一層強く輝き、その中から冷気を纏った三つ首のドラゴンが姿を現す。

 氷塊を削ったように美しく輝く体表に、動体から三つに分かれ、それぞれの意思で動く頭部。最古にして最強の龍はフロムの場に蘇ると、時間さえも凍り付かせてその場で咆哮を上げる。その叫びは空気を震わせ、対峙するデスの毛を大いに逆立てた。

「ぐッ…。ここでトリシューラを出してきますか…!」

「トリシューラの効果発動! このカードがシンクロ召喚された時、相手フィールド、墓地、手札のカードを一枚まで選択して除外する事ができる!」

「フィールドと墓地に、手札…? ――ッ、しまった!」

 フロムの思惑に気付いたデスが、ただ一枚となった手札に目を向けるが、もう遅い。《トリシューラ》の三つの(アギト)が開き、全てを凍らせる白銀の息吹(ブレス)が放たれた。

 一つはデスの伏せカード《聖なるバリア -ミラーフォース-》を粉砕し、一つは墓地に眠る《黒猫の睨み》を包み込む。そして最後の一つはデスの手札、即ち、デスの切り札である異端の札(グリムリーパー)を呑み込んだ。

「…これで、絶対防御は崩れたね」

「うぐぐ…。ぐぐ…!」

 頼みの綱であった《グリムリーパー》が消え、今度こそデスの身を護るカードは無くなった。

 この決定的な機会を、フロムが逃す訳も無い。彼は《グリムリーパー》が消え去った事を確認すると、即座にバトルフェイズに移行した。

「終わらせようか! 氷結界の龍 トリシューラで、デスメタル・キャットに攻撃!」

 再び開かれた《トリシューラ》の顎が、棒立ち状態の黒猫に向けて超低温の息吹を放つ。

 デスの手にこの攻撃を止める手段は無い。三方向から放たれた冷気が《デスメタル・キャット》を粉砕し、デスのライフをも削り切る。それは同時にデュエルの終了を意味していた。

「うぐ…、ぎゃあぁ!」

 デスのライフが尽きた瞬間、彼の決闘盤から電流が流れ、デスの小さな体を攻撃する。

 敗者は電流によって意識を絶たれ、この場に倒れる。事前に交わした取り決めが執行される様を、フロムは落ち着いた表情で眺め……ふと、デスと目が合った。

「――馬鹿な、事を…」

「ん?」

 雑音に混じった一語が、フロムの耳朶を叩く。

「ここで僕達に倒されていれば……まだ、助かる道もあったものを…! 僕達三人が倒れれば……教皇は、審判達を介入させざるを得なくなる…! そうなれば……」

 呪詛では無い。負け惜しみでも無い。電流にもがき苦しみながら、デスは憐れむような眼差しを勝者であるフロムに向けていた。

「……何の話? いったい何を言ってんの…?」

 ただならぬ様子に初めて焦燥を抱いたフロムは、思わずデスに問い掛ける。その声はどうやら彼の耳には届かなかったようだが、「もう道は閉ざされました」と続いた忠告が、フロムの心胆を寒からしめた。

「貴方達がどれだけ強くても、“教皇”と“正義”が居る限り、貴方達の勝利はありえない。貴方達の未来は……もう、死しか無い……」

 確信した一語を置き土産に、デスの意識はぷつりと途絶えた。

 電流に蹂躙された小さな体が床に横たわり、僅かに痙攣した後に動かなくなる。呼吸はしているようなので死んだ訳ではないようだが、しばらく起きる事は無いだろう。

「……これだけズタボロにやられておいて、まだ強がりが言えるなんてね」

 決闘盤の電源を切りながら、気絶したデスを見据えてぽつりと呟く。口ではデスの言葉を「強がり」と断言しながらも、その心中は穏やかでは無かった。

 異端の札による妨害はあったとは言え、結果的にはデュエルはフロムの圧勝に終わった。にも拘わらず……実力の差を嫌と言う程思い知ったにも関わらず、この猫は“教皇”“正義”と呼んだ仲間の敗北はあり得ないと断じたのだ。

 それは果たして強がりだったのだろうか。それとも、その二名とフロムの実力を見切った上での最後の警告だったのだろうか? …恐らくは後者だろう、と認めたくない結論に即座に辿り着くのにそう時間は掛からなかった。

(ボクでさえ歯が立たないような決闘者……そんな奴が、こいつの仲間に居るって事?)

 あり得ない。そう心の内で断じつつも、心の奥底にはしこり(・・・)のような沈殿物が燻っている。

 何か――。何かとてつもない物の怪が、自分の傍で蠢いているかのような。そんな途方もない想像に浸っていると、ぽん、と横から強く肩を叩かれた。

「よお。そっちも終わったようだな」

「……君か…」

 思わず身を竦ませてそちらを見ると、見知った顔がそこにはあった。緑の髪をポニーテールにした少女ソールが、右手を腰に当て、にやりと笑みを浮かべながら立っている。

 その後ろには、恐らくデスと同じ運命を辿ったのであろうリリオンが、苦痛と憎悪に表情を歪ませたまま倒れている。どうやら彼女の方も決着がついたようだった。

「テメェのデュエルは見てなかったが、どうやら楽勝だったみてーだな。てんで弱かっただろ、この猫」

「妙な言い方をするね。相手が強かろうが弱かろうが、天才美少年のボクに勝てる奴なんてそうは居ないよ。そういう君はどうだったの? 横目で見た限り、結構苦戦してたようだけど」

 皮肉を一つ言いながら、前髪を掻き上げる。ソールは「あんな奴、屁でもねーよ」と軽く舌打ちすると、青色の双眸を倒れているデスに向けた。

「だが、まあ……こいつらが使う異端の札だけは厄介だったな。それさえ無けりゃ、こいつらなんて俺様の相手じゃねーよ」

「それは同感だね。たった一枚のカードに、絶対防御だの無敵だの言って頼ってるようじゃ、実力の底が知れるってもんだよ。…ところで、その決闘盤は?」

 ソールの決闘盤が半壊している事に気付いたフロムは、それを指摘して首を傾げる。彼女は忌々しそうに舌打ちすると、たった今までデュエルしていた相手を睨みつけた。

「あの野郎……リリオンの仕業だよ。あいつの異端の札は発動する際、自分と相手の決闘盤をぶっ壊しやがるんだ。デュエルが終わるまでは息をしてたみてーだが……今は完全に壊れちまってるみたいだ。起動しようとしても全然反応しやがらねぇ」

「ふーん。それは何ともお気の毒だね。他人事だけど」

 興味なさげに呟きながら、ふと思いついたフロムは、「そうだ」と手を叩いて自らが倒したデスの方に歩み寄る。

 彼の傍にはたった今まで彼が使用した決闘盤が落ちており、フロムはそれを拾い上げると、ソールに向けて乱雑に放り投げた。

「なら、こっちを使いなよ。こいつの決闘盤は壊れてないみたいだしさ」

「敵が使ってた決闘盤をかぁ? んー…」

 気が進まないと言った表情を浮かべながらも、ソールはとりあえず決闘盤を手に取って脇に挟む。

 この先もいつ敵が襲ってくるかわからない。その事を思えば、持って行った方が役に立つを考えたのだろう。彼女が決闘盤を受け取ったのを確認すると、フロムは「よし」と一言呟いて、その場から歩く始めた。

「じゃあ、行こうか。確かクロンの馬鹿は下の階にいるって話だったね。さっさと助けに行こう」

「おう……って、ちょっと待て。こいつらを縛ったりしなくていいのか?」

「どうせすぐには目を覚まさないでしょ。仮にすぐ起きたとしても、縄で縛った程度じゃすぐに脱出するだろうし、何より肝心の縄をボク達は持ってない。まあ、捨て置いて構わないと思うよ」

 言いながら、フロムはソールの横を通り抜け、さっき来た方の廊下へと向かって歩いていく。ソールはもう一度デスとリリオンの様子を確認すると、軽く一蹴りずつ入れて、フロムの後に続いた。

 

 

 「コズミック・サイクロン」 速攻魔法

 効果:①:1000LPを払い、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

 「神の宣告」 カウンター罠(準制限)

 効果:①:LPを半分払って以下の効果を発動できる。

 ●魔法・罠カードが発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 ●自分または相手がモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚する際に発動できる。それを無効にし、そのモンスターを破壊する。

 

 『パラクスの少女 イヴ』 通常モンスター

 光属性 機械族 ☆2 チューナー

 攻撃力100 守備力100

 テキスト:パラクスの少女達を束ねる幼い長老。

 最年少ながら他のパラクス達の誰よりも長い時を生きている。

 

 「氷結界の龍 トリシューラ」 シンクロ(制限)

 水属性 ドラゴン族 ☆9

 攻撃力2700 守備力2000

 効果:チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上

 ①:このカードがS召喚に成功した時に発動できる。相手の手札・フィールド・墓地のカードをそれぞれ1枚まで選んで除外できる。

 

 「聖なるバリア -ミラーフォース-」 通常罠

 効果:①:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 

 【フロム】

 LP:6050→5050

 

 【死神】

 LP:300→150→0

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 仄かな光に照らされた廃墟の廊下にて、二人の人物が睨み合う。意趣返しに燃える女性ミランダと、その敵意を一身に向けられながらも不敵に笑う少女塔である。

 “教皇”が放った三人の刺客のうち『(リリオン)』と『死神(デス)』は既に倒れ、残るは塔一人のみ。しかしその事をミランダ達が知る筈も無く、一触即発のぴりぴりした空気が彼女達を包んでいた。

「……と言う訳でね、デュエルで貴方達を捕まえようって話になったの。いいかなぁ?」

 そんな緊張感を気にも留めず、塔はくすくす笑ってミランダに問い掛ける。

 彼女がミランダ達に語った事実――敗北したものは気を失う決闘盤の存在と、その決闘盤を用いたデュエルが既に別の場所で行われている――は、ミランダ達に少なからず衝撃を与えたが、デュエルでの勝負という事なら話は早い。いち早く状況を飲み込んだミランダは、部屋の奥に隠れているクリフ達をちらりと確認した後、「上等よ」と強気に返した。

「そういう事なら私が相手をするわ。わざわざデュエルで挑んできた事、じっくり後悔させてあげるわ!」

「ふふ…。じゃあ、決まりだね」

 前髪の間から除く紫色の瞳が、怪しい光を帯びてミランダの姿を映す。ミランダもまた真直ぐに彼女を見つめ返し、一歩も譲らなかった。

「…クリフ、百合の後ろに隠れてなさい。この子のデッキは、クリフが見ていいものじゃないわ」

 視線を塔に向けたまま、弟のクリフに話しかける。

 一度戦っているとは言え、塔のデッキはあまりに刺激が強すぎる。負けるつもりはさらさらないが、デュエルの内容を彼に見せるのはあまり気が進まなかった。

 だが、彼女の思惑とは裏腹に、クリフは「大丈夫…!」と怯えを交えた声で返した。

「怖いのは嫌だけど……ボク、お姉ちゃんのデュエルを見てるっ。ミラお姉ちゃんがかっこうよく勝つとこ、見たいもん…!」

「クリフ…」

 気丈な弟の意思に、思わず表情が綻んだのも一瞬。次の瞬間には、ミランダと塔は自らの決闘盤を起動させていた。

「お姉ちゃんはどんなカードを使うのかなぁ…? いっぱい首を落としてあげるね…」

「斬首がお望みならそうしてあげるわ。ただし裁かれるのは塔、あんたの方だと思うけどね」

 互いに敵意を突き付け合い、衝突し合った意思が火花を散らす。そして――、

『デュエル!』

 悪意のデュエルは始まった。

 

 

「くすくす…。先攻は私だね」

 先攻を得たのは塔。彼女は初手の五枚のカードを確認すると、その中から一枚のカードを選び、決闘盤に差し込んだ。

「魔法カード、苦渋の決断を発動…。私のデッキから首なし騎士を一枚墓地に送って、それとは別の首なし騎士を手札に加えるね」

 開幕早々彼女が使用したのは、通常モンスターのサポート魔法カード。それにより彼女の墓地に一枚のモンスターカードが送られ、同名カードを手札に加えた事で手札の消耗も存在しない。

 ただ、彼女が効果対象に選んだのが《首なし騎士》という中途半端なステータスのモンスターだというのが奇妙であったが……クリフから彼女のデッキ情報を聞いていたミランダは左程気にせず、彼女の行動を静観した。

「私はモンスターを一体セットして……更に二枚のカードを伏せて、ターン終了だよ」

 塔は流れるような動作で合計三枚のカードを決闘盤にセットし、そのまま自らのターンを終了させた。

 

 

 「苦渋の決断」 通常魔法

 効果:「苦渋の決断」は1ターンに1枚しか発動できない。

 ①:デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を墓地へ送り、その同名カード1枚をデッキから手札に加える。

 

 「首なし騎士」 通常モンスター

 地属性 悪魔族 ☆4

 攻撃力1450 守備力1700

 テキスト:反逆者に仕立て上げられ処刑された騎士の亡霊。

 失ったものを求め、出会った者に襲いかかる。

 

 

「どうやら話に聞いた通りのデッキみたいね…。私のターン!」

 続いてミランダのターン。彼女はデッキから新たなカードをドローすると、カードの確認よりも先にまずは塔の場を睨みつける。

 壁モンスターが一体と、伏せカードが二枚。典型的な様子見の構えであるが、クリフと亮助からは塔は攻撃的な戦術を使うと聞いている。また、塔は先程《首なし騎士》を手札に加えたが、あの裏守備モンスターがそうであるとは限らない。

(これ見よがしに首なし騎士を手札に加えたのは、私の油断と攻撃を誘う為…。つまりあの三枚のカードは防御用と言うより、自分が攻める為の布石ってところかしら)

 怒りに燃えながらも、冷静に相手の思惑を分析する。ミランダは少し思考した後、やがて決断して一枚のカードを決闘盤に叩き付けた。

「手札から『アイス・ソルジャー』を場に出すわ! このカードは通常召喚はできないけど、私の場にカードが存在しない場合手札から特殊召喚できる!」

 彼女が最初に召喚したのは、氷の鎧を身に着けた屈強な兵士。腰には鞘に納めた剣を一本帯びており、その名の通り戦闘を得意とするモンスターであると予想される。

「アイス・ソルジャーが特殊召喚された時、場の表側表示モンスター一体にアイスカウンターを一つ乗せるわ。もっとも表側表示モンスターはこのカードしか居ないから、カウンターはアイス・ソルジャー自身に乗るけどね」

 ミランダが説明すると、《アイス・ソルジャー》は腰の剣を引き抜いて戦闘態勢に入る。

 否。その剣には鍔と塚しか存在せず、肝心の刃の部分は無かったのだが、次の瞬間には氷の刃が出現して武器として使えるようになった。恐らくはアイスカウンターが乗ったという演出なのだろう。

「ふーん…。最初はその子の首を落とせばいいの?」

「そんなつもりは無いわ。アイス・ソルジャーはレベル8の水属性モンスターのアドバンス召喚する場合、二体分のリリースとして扱われる。アイス・ソルジャーをリリースして――、凍氷帝メビウスをアドバンス召喚!」

 氷の鎧をまとった騎士が光の粒子となって四散し、代わりにミランダの背丈の倍はあろう巨体が場に降り立った。

 濡れた氷のように滑らかな装甲で全身を覆い、生身の部分は一切露出していない。一角付き兜には表情らしきものは無く、これが生物であるのかすら判別できない。

 だが、このモンスターの持つ風格と威圧感は明らかに《アイス・ソルジャー》の比では無く、塔の悪意を含んだ薄ら笑いを打ち消すには十分だった。

「凍氷帝メビウスがアドバンス召喚された時、フィールドの魔法・罠カードを三枚まで破壊する事ができるわ。そしてそのアドバンス召喚の為に水属性モンスターがリリースされていた場合、破壊対象のカードはこの効果に対して発動する事ができない!」

 ミランダの説明を背景に、片膝をついた《メビウス》が大木の如き右腕を地面に叩き付ける。同時、塔の場に伏せられた二枚の伏せカードの下から二つに割れた氷塊が出現し、それらのカードを取り込んだ。

 本来であればこの破壊効果に対して伏せカードを発動するという選択肢もあるが、水属性である《アイス・ソルジャー》を踏み台に召喚された《メビウス》の効果を防ぐ手立ては存在しない。二枚の伏せカードは翻る事すら許されず、氷塊の中で光の粒子となって砕けていった。

(これで伏せカードは消えた…)

 内心に呟き、ミランダは破壊された二枚のカードを確認する。

 一枚は、場の魔法・罠カードを破壊する速攻魔法《サイクロン》。恐らくこのターンのエンドフェイズにでも発動するつもりだったのだろうが、先に破壊されたのではその役割は失敗に終わったと言っていい。

 そしてもう一枚。《メビウス》によって破壊された二枚目のカードを確認した時、ミランダは大きく目を見開いた。

「――異端の札、『未染色の塔(アンステンド・タワー)』」

 タイミングを図ったかのように呟いた塔の声が、ミランダの耳朶を叩く。瞬間、塔の背後の闇から無数の赤黒い物体が湧き出て来て、彼女の場に浮遊した。

 人間や犬、猫といった動物達の頭部。首から上を切り取られた死肉の塊が、蜂や魚の群れのように塔の周囲に集まり、命なき視線をミランダ一人に向けている。

「永続罠カード……未染色の塔は、効果で破壊されると攻撃力3000のモンスターとなって場に特殊召喚されるの。メビウスの効果は効かないよ…」

 立体映像とは思えない過剰な残酷さに囲まれながら、塔はにやりと笑う。

 攻撃力3000…、《メビウス》より少し上か。小さく舌打ちするミランダだが、この展開を予期していなかった訳でも無い。彼女は一瞬思考した後に手札から二枚のカードを抜き取ると、順に決闘盤に差し込んでいった、

「場にカードを一枚セットして、魔法カード、撲滅の使徒を発動! フィールドにセットされた魔法・罠カードを一枚除外するわ!」

「セットされた魔法・罠カード? ……私の場、伏せカードはもう無いよ…?」

「別にあんたのカードを除外するとは言ってないわ。私が除外するのは、たった今伏せた(・・・・・・・)私自身の(・・・・)カードよ!」

 事もあろうに自らのカードを除外対象に宣言した彼女は、言葉通り自身の伏せカードを決闘盤から排除する。

 自分で自分のカードを削る、敵の利益にしかならない行為。対峙している塔は元より、傍でデュエルを観戦していた亮助もこれには「えっ?」と頓狂な声を上げた。

「自分の伏せカードを除外するだって…!? クリフの姉ちゃん、いったい何を…!?」

「…なるほど。ミラるんめ、最初から飛ばして行く気だね」

 困惑する亮助に聞かせるように、百合がにやと笑みを浮かべて呟く。その背中に隠れているクリフも姉の狙いに気付いているらしく、「お姉ちゃんの得意なコンボだ…!」と声を震わせながらも喜んでいた。

 その彼らの声がミランダの耳に届いていたのかは定かでないが、彼女は除外したカードを塔に提示し、塔と亮助の疑問に答えた。

「私が除外したのは罠カード、エクシーズ・ディメンション・スプラッシュ。このカードがセットされた状態でゲームから除外された場合、デッキからレベル8の水属性モンスターを二体特殊召喚できるわ」

「除外された時に発動する効果…。ふーん、そういう事…」

「私が特殊召喚するのはこの二体よ。現れなさい、アイス・ブリザード・マスター! ブリザード・プリンセス!」

 《メビウス》の両隣に雪が降り始め、そこに二体の人型モンスターがそれぞれ出現する。

 一体目は気品のある白い衣装を纏った金髪のモンスター。手には自身の身長程はあろう氷で作られた杖が握られており、その先端には雪の結晶を模った装飾が施されている。顔の下半分を覆うマスクと、派手な装飾がなされた兜を深々と被っている為性別を断定する事はできないが、美形である事は容易に見て取れた、

 もう一体は、白を基調とした奇妙なドレスを身に着けた青髪の少女。頭にはいかにもな王冠をこれ見よがしに被り、ダイヤモンド型の宝石をいくつも束ねた髪飾りはツインテールのようなシルエットを彼女に与えていた。

 巨大な氷塊を鎖で繋いだモーニングスターを武器としているようで、見せびらかすようにその場でブンブンと振り回している。それが時折《メビウス》の肩に当たって迷惑をかけているのだが、少女自身はその事に気付く様子はない。天然とおてんばが入り混じった性格のようだった。

「エクシーズ・ディメンション・スプラッシュの効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効化され、攻撃もリリースも行う事ができない。…ま、そこはどうでもいいわ。重要なのはもう一つ、撲滅の使徒の追加効果よ」

「追加効果…?」

「撲滅の使徒によって罠カードを除外した場合、お互いにデッキを確認して、除外されたカードと同名のカードを除外する事ができる。…つまり、私達はそれぞれのデッキのカードを全て確認する事ができるの」

「っ……!」

 大きく目を見開いた塔の顔は、すぐさま目の前に現れたカードの映像によって隠された。

 塔のデッキに残された三十枚以上のカード。その全ての情報が、立体映像としてミランダの前に表示される。塔の前にもミランダのデッキのカードが全て表示され、互いに確認できる状態であった。

 これがミランダの狙いだった。上級モンスターを展開しつつ、塔のデッキの全容――…即ち戦術の全てを知る事ができる。無論、こちらの情報も相手に知られてしまうのだが、そこは腕でカバーすればいい。

 デッキに二枚目の《エクシーズ・ディメンション・スプラッシュ》は無いので、デッキからの損失も無い。ミランダは七並べのように規則正しく表示されるカードを一つ一つ確認し、塔の手の内を記憶に叩き込んだ。

(首なし騎士、断頭台の惨劇、ネクロフェイス、幻影の壁……。ん、これはもう疑いようもないわね。こいつのデッキはやっぱり、頭部の切断というテーマで作られてる…)

 別段効果が噛み合っている訳では無い、しかしカードイラストという一点に置いては共通点があるカード達。

 塔のデッキはその殆どが生首が首の無いデザインのものばかりで構成されており、全体的に纏まりがない。除去カードが多い事だけは厄介だが、デッキとして機能しているのはそこだけで、やはり趣味に走ったデッキなのだという結論に辿り着くのは容易だった。

 戦術など二の次にした、ただ残酷さだけを求めたデッキ。こんなデッキを(クリフ)相手に使うなんて。立体映像のリアリティで怯えさせるなんて。カードに目を通す度に怒りが倍加していき、際限なく膨れ上がっていく。

(……。改めて、許せる相手じゃないわね…)

 確認し終えたカード達を手で払いのけると、全ての映像(じょうほう)は消えていく。まだこちらのデッキを確認している塔を睨みつけると、自らのターンを続行した。

「行くわよ。私はレベル8のアイス・ブリザード・マスターとブリザード・プリンセスで、オーバレイ!」

 二体の雪の化身は白く輝く光となって異空間へと消えていく。「あ…、私まだ見てるよ」とカードの隙間から呟いた塔の声は、異空間からの爆発によって掻き消された。

「現れろ! 銀河究極龍No.62! |銀河眼の光子竜皇《ギャラクシーアイズ・プライム・フォトン・ドラゴン》!」

 ミランダの場に無数の光子(フォトン)が集まっていき、やがて巨大な竜の姿を形作る。力強い咆哮を産声に、その竜は彼女の場に降臨した。

 大きく広げられた一対の翼を始め、その体は至る所が暖かな光を放っている。光は廊下を隅々まで照らし、塔の周りの闇をも剥ぎ取る。影一つ作らない絶対的な光が、浮遊する生首達の前に立ちはだかった。

「バトルよ! 銀河眼の光子竜皇で、モンスター化した未染色の塔に攻撃!」

 命令を受けた《光子竜皇》の体がより強く光り輝き、体に至る所に埋め込まれた光球に吸い込まれていく。《光子竜皇》の攻撃力は4000、このままでも《未染色の塔》の破壊は可能だが、ここでミランダは更に追撃を掛けた。

「銀河眼の光子竜皇の効果発動! このカードが戦闘を行うダメージ計算時にエクシーズ素材を一つ取り除く事で、このカードの攻撃力は場のエクシーズモンスターのランクの合計×200ポイントアップする!」

「っ…! 銀河眼の光子竜皇のランクは8……じゃあ、攻撃力は――、」

 言い掛けた塔の言葉を遮り、《光子竜皇》は光球に集まった光子を一つに収束させ、圧縮した光線として解き放つ。光線は浮遊する生首達を一瞬にして消し飛ばし、その奥にいる塔にも多大なダメージを与えた。

「ぐ、ぅぅ…! 私の異端の札が…! 未染色の塔なのに…!」

「…銀河眼の光子竜皇は、銀河眼の光子竜をエクシーズ素材としていない場合、相手に与える戦闘ダメージは半分になる。生憎私のデッキに銀河眼の光子竜は入ってないけれど……十分なダメージと損失は与えられたみたいね」

 ミランダは冷ややかな表情を浮かべ、歯噛みする塔に皮肉を一つ浴びせる。

 最終的に攻撃力5600となった《光子竜皇》の一撃によって《未染色の塔》は破壊され、塔自身も1300ポイントのダメージを受けた。ミランダにとっては基本戦術の一つでしかないが、塔にとっては予想外の展開の筈。ならば、ここで攻撃の手を緩める理由は無い。

「次よ! 凍氷帝メビウスで、裏守備モンスターに攻撃!」

 《光子竜皇》の攻撃の余韻に浸る間もなく、続いて《メビウス》が攻撃を仕掛ける。大きく振り上げた拳を裏側守備表示のカードに叩き込むと、一瞬、首元を縄で強く縛って吊り下げられた頭部のない死体が出現し、粉々に砕けて消えていった。

 《未染色の塔》が消え、壁モンスターも消え、これで塔の場のカードは全て消滅した。この展開は予想外だったようで、塔は目を通していたミランダのデッキ情報を手で払い、明らかな怒りを表情に出して舌打ちした。

「けどこの瞬間、リバースモンスター『首なし首吊り死体』の効果が発動するよ…。相手フィールド上のモンスターを一体破壊して、更に私のデッキからレベル4以下のモンスター一体墓地に送る事ができるの…」

 そう言って塔が自らの決闘盤からデッキを外すと同時、ミランダの《光子竜皇》の首筋に亀裂が入り、パキッ、と軽い音を立てて頭部が外れ地に落ちる。

 攻撃力の高い《光子竜皇》の方を脅威として破壊を優先したのだろう。首が取れた《光子竜皇》の胴体から光が消え、糸が切れたように力なく地に臥した後、光の粒子となって四散した。

「くすくす…。未染色の塔は破壊されたけど、まあいっか。まずは首が一つだね…」

 《光子竜皇》の首が取れた事で機嫌を直したらしい塔が、扇状に広げたデッキから一枚のカードを選び、それを墓地へと送り込む。

「首なし首吊り死体の効果で、デッキからデーモン・イーターちゃんを墓地に送って、と…。それで、次はどうするの?」

 にやりと歪んだ笑みを貼りつけた顔が、真直ぐにミランダに向けられる。狂気と言っても過言ではない雰囲気に不気味な物を感じつつ、ミランダは冷静にターンを続行した。

「メインフェイズ2。手札からカードを一枚セットして、ターンエンドよ」

 最後に一枚のカードを決闘盤に装入し、防御を固めた上で相手にターンを明け渡す。

 デュエル開始二ターン目にして手札が一枚となってしまったが、消耗に見合う結果は出している。異端の札《未染色の塔》を即座に処理できたのは、特に大きな戦果と言えよう。

 だが、油断はできない。デュエルとは気紛れなもので、ちょっとした気の緩みが勝敗を分かつ事もある。ミランダはこのターンの自分の手にミスが無かったか振り返り――、改めて、目の前の少女を睨みつけた。

 

 

 『アイス・ソルジャー』 モンスター

 水属性 水族 ☆4

 攻撃力1600 守備力1000

 効果:このカードは通常召喚できない。自分フィールドにカードが存在しない場合のみ手札から特殊召喚できる。このカードはS召喚の素材にできない。

 ①:このカードの特殊召喚に成功した時、フィールドに表側表示で存在するモンスター1体にアイスカウンターを1つ乗せる。

 ②:レベル8の水属性モンスターをアドバンス召喚する場合、このカードは2体分のリリースにできる。

 

 「凍氷帝メビウス」 モンスター

 水属性 水族 ☆8

 攻撃力2800 守備力1000

 効果:このカードはアドバンス召喚したモンスター1体をリリースしてアドバンス召喚できる。

 このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを3枚まで選択して破壊できる。このカードが水属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した場合、その時の効果に以下の効果を加える。

 ●この効果の発動に対して相手は選択されたカードを発動できない。

 

 「サイクロン」 速攻魔法

 効果:①:フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

 『未染色の塔(アンステンド・タワー)』 永続罠

 “マイク、マイク、お前の頭は見つかったかい? それはお前と同じように、胴が無くても生きて動いていたのかい?”

 効果:「未染色の塔」はフィールド上に1枚しか存在できない。

 このカードの②と③の効果はそれぞれ1ターンに1度、このカードが魔法&罠カードゾーンに存在する場合に発動できる。

 ①:このカードが効果によって破壊された場合、このカードは効果モンスター(アンデット族・闇・星8・攻/守3000)となり、モンスターゾーンに攻撃表示で特殊召喚する。このカードは罠カードとしても扱う。

この効果を発動したターン終了時、このカードがモンスターゾーンに存在する場合、このカードを罠カードとして魔法&罠ゾーンにセットする事ができる。

 ②:自分フィールド上のモンスターが相手モンスターを攻撃する場合、その攻撃宣言時に発動できる。その攻撃を相手への直接攻撃に変更し、攻撃対象となっていたモンスターをダメージ計算後に破壊する。

 ③:相手モンスターの攻撃宣言時、その攻撃モンスターを破壊する。

 

 「撲滅の使徒」 通常魔法

 効果:フィールド上にセットされた魔法・罠カード1枚を選択して破壊し、ゲームから除外する。

 それが罠カードだった場合、お互いのデッキを確認し、同名カードを全てゲームから除外する。

 

 「エクシーズ・ディメンション・スプラッシュ」 通常罠

 効果:セットされたこのカードがゲームから除外された場合、デッキから水属性・レベル8モンスター2体を特殊召喚できる。

 この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃宣言できず、効果は無効化され、リリースする事もできない。

 

 「アイス・ブリザード・マスター」 モンスター

 水属性 魔法使い族 ☆8

 攻撃力2500 守備力2000

 効果:このカードは自分フィールドの水属性モンスター2体をリリースし、手札から特殊召喚できる。

 1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、アイスカウンターを1つ置く事ができる。

 また、このカードをリリースする事で、アイスカウンターが乗ったモンスターを全て破壊する。

 

 「ブリザード・プリンセス」 モンスター

 水属性 魔法使い族 ☆8

 攻撃力2800 守備力2100

 効果:このカードは魔法使い族モンスター1体をリリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚する事ができる。

 このカードが召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動する事ができない。

 

 「No.62 |銀河眼の光子竜皇《ギャラクシーアイズ・プライム・フォトン・ドラゴン》」 エクシーズ

 光属性 ドラゴン族 ランク8

 攻撃力4000 守備力3000

 効果:レベル8モンスター×2

 このカードが戦闘を行うダメージ計算時に1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。

 このカードの攻撃力はダメージ計算時のみ、フィールド上のモンスターのランクの合計×200ポイントアップする。

 「銀河眼の光子竜」を素材としているこのカードが相手の効果によって破壊された場合に発動できる。発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時にこのカードの攻撃力を倍にして特殊召喚する。

 「銀河眼の光子竜」を素材としていない場合、このカードが相手に与える戦闘ダメージは半分になる。

 

 『首なし首吊り死体』 モンスター

 闇属性 アンデット族 ☆4

 攻撃力0 守備力0 リバース

 効果:①:このカードがリバースした場合に発動する。

 相手フィールドのモンスター1体を選んで破壊できる。デッキからレベル4以下のモンスター1体を墓地へ送る。

 

 「デーモン・イーター」 モンスター

 地属性 獣族 ☆4

 攻撃力1500 守備力200

 効果:①:「デーモン・イーター」は自分フィールドに1体しか表側表示で存在できない。

 ②:自分フィールドに魔法使い族モンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。

 ③:相手エンドフェイズにこのカードが墓地に存在する場合、自分フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊し、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

 【No.62 銀河眼の光子竜皇】

 攻撃力4000→5600

 

 【塔】

 LP:8000→6700




次回は引き続きミランダ姉貴vs幼女先輩のデュエルですー。

あっ、そうだ(唐突)
今回登場したカード『アイス・ソルジャー』は、ミランダ姉貴のキャラ提供者の方から頂きましたです。この場を借りてありがとナス!
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