その決闘者には、力があった。
世界中の強豪が集うプロの舞台において、彼は長年に渡り頂点に君臨した。
その決闘者には、華があった。
弱小と呼ばれるモンスター達を駆使し、大型モンスターを難無く切り捨てるそのデュエルスタイルは、長年に渡って人々を魅了し続けた。
「――…ほう、次の相手はエジプトの猛者か」
十年前、某国の高級ホテルにて。在りし日のプロ決闘者、戦国 殿方が、マネージャーである男を従えて廊下を歩いていた。
赤い鎧と鬼の面を身に着けて廊下を堂々と歩く姿は良くも悪くも目立ち目立ち、擦れ違う者は皆彼の姿を見て目を丸くする。…そして次の瞬間には彼の素性に気付き、歓喜の表情を浮かべてその後姿を見送った。
「だが、エジプト出身のプロ決闘者とは珍しいな。どのような者だ?」
「はい。名前はアトゥム=ファラオ。甦る古代王の二つ名を持つ、エジプト屈指の実力者だと聞いております。何でも普段は博物館に展示されている古代エジプト王のミイラが、試合の直前になると動き出し、棺から這い出てデュエルを行うのだとか」
「…面妖だな。パフォーマンスにしても悪趣味この上無い」
苦笑を浮かべる戦国に、マネージャーの男は「しかし、実力は確かです」と真面目な口調で返す。
「試合は三日後、エジプトの地で行われます。殿、どうか油断だけはなさいませんように」
「うむ…。その後の予定はどうなっておる?」
前を向いたまま戦国が問うと、男は少し歩く速度を落とし、持っていたメモ帳を開いて確認する。
「…その次の相手は、ロシアの女傑エレーナ=アルコーリン。その次は強きアメリカことレオナルド=ファイブカードとの試合となっております。どちらも殿と同じ時代を戦い抜いた強豪、手の内はご存知でしょうが、それは向こうも同じ事。油断はできませんな」
「油断はせぬが、こうも年寄りの相手が続いては些か窮屈だな。たまには若い世代との対戦は無いのか?」
「そうですな…。昨今話題になっている最年少のプロ決闘者、恐るべき三姉妹との連続試合が半年後に予定されているくらいでしょうか。三人ともまだ十かそこらの子供ですが、プロとしての才覚は十分。あるいは殿と言えども苦戦するやも知れません」
「はっはっ、それは良い。ではその幼子達との勝負を当面の楽しみにするとしよう」
皺が目立つ顔に少年のような笑みを浮かべ、戦国は歩き続ける。彼は自分の部屋の前まで来ると足を止め、背後にいる男を振り返った。
「ここまでで良い。ご苦労だった」
「はっ。それでは殿、ごゆっくりお休み下さい」
「うむ、大義であったな。そなたも十分に休むが良い」
労いの言葉を一つ与え、戦国は扉を開けて部屋の中へと入る。
高級ホテルの優雅な内装な彼の趣味では無かったが、一時の休息を取る場所としては悪くない。最強の決闘者という堅苦しい肩書を忘れ、一人の人間としての時を過ごす場所としては――。
「…む?」
部屋に入ると同時、妙な違和感を覚えた戦国は、眉をしかめて動きを止める。
誰も居ない筈の部屋の中に、人の気配がある。物音や足音は聞こえないが、何者かが闇の中からこちらを覗いているような感覚があった。
「………」
しばらく気配を探った後、戦国は無言のまま部屋の明かりを付けてリビングに上がる。
やはり人の姿は無い。窓の鍵もしっかり掛かっているし、また部屋が荒らされている様子も見られない。
だが、居る――。姿形は見えないが、何者の気配がすぐ近くから感じられてならなかった。
「…誰ぞおるな。出て参れ」
厳しい口調で呼び掛け、周囲を見渡す。
すると、何処から現れたのか――(あるいは始めからそこに居たのかも知れないが)――、一人の若い男が、窓際に姿を現した。
年齢は二十代半ば程。真黒なコートを着た黒髪の男だった。口には煙草を咥え、睨むような鋭い視線を戦国に向けている。観察するような目だった。
「…何者だ。物取りには見えぬが、戦国 殿方と知っての事か?」
「プロの観察眼とは大したものだな。俺の気配に気付くとは」
質問に答える代わり、男は懐から一枚のカードを取り出して戦国に向けて投げる。掌に収まるサイズの長方形の紙……見慣れたデュエルモンスターズのカードであった。
「むっ…」
戦国は反射的にカードを掴み、その表面に目を向ける。《
「俺の名は審判。お前が何者かは知っているが、お前に用があるかはこれから決まる。そのカードがお前を選ぶかどうか、今興味あるのはそれだけだ」
男は窓に背を凭れかけた体勢で腕組みし、感情の見えない低い声で言い放つ。正義はカードに向けていた双眸を審判に向け直し、「何の話だ?」と一睨みした。
「カードが余を選ぶ、だと? 訳の分からぬ事を…」
「言葉通りだ。俺が投げたカードをよく見てみろ」
「…ふむ」
質問を阻んだ声に言われるまま、戦国はもう一度そのカードに目をやる。
すると…。たった今まで《枯骨の審判》という魔法カードであったそのカードは、《
カードをすり返られた訳では無い。何か仕掛けが施されている様子は無い。まるで一瞬にしてカードが変化したかのように、我が手に握られたカードは変貌していた。
「何…!? これは…!」
「気付いたか? それは異端の札といってな、触れた者によって変化する性質を持つ。もっとも大抵の場合はただの真っ白なカードにしかならないんだが……お前はどうだ? 何か特別な変化は無いか?」
そう言って審判と名乗った男が歩み寄ろうとするのを、戦国は右手で制する。目的はわからないが得体の知れない相手、あまり近付けたくは無かった。
「異端の札…、要は偽造カードか。ではそなたは差し詰め、何処ぞのカード犯罪組織の手の者といった所か?」
「そんな
「話が見えぬな。回りくどい言い方をせず目的を述べたらどうだ。そなたが招かれざる客という事を忘れるな」
得体の知れない相手に一歩も退かず、戦国は威嚇するように相手に覇気を飛ばす。
相手は一人。鍛え抜かれた決闘者の肉体と、ジェット機並の加速力を誇る
相手が凶器を隠し持っていたとしても刃物程度なら鎧が通さないし、銃を持っていたとしてもプロ決闘者の動体視力であれば難無く避けられる。部屋の唯一の出入り口が戦国の背後にある事もあり、この場で優位なのは彼の方だった。
「今一度尋ねる。そなたは何者だ、目的は何か。答えぬのであれば容赦は――、」
「まあまあ、落ち着きましょうよ二人とも。初対面で喧嘩なんてどうかと思いますよ、僕」
戦国の背後、審判とは違う声だった。
ぞくりと肌を粟立つ感覚を覚えた戦国は、振り向き様に声の主に向け裏拳を放つ。相手との距離が掴めぬまま放った拳はその人物の衣服を掠めるだけに終わったが、「うわっ」と声を上げたその人物は、飛び跳ねるように自分から一歩退いた。
「あ、危ないなぁ…。喧嘩はやめようって言ってるじゃないですかっ。僕達は別に貴方に危害を加えるつもりは無いんですって!」
「……そなたは?」
審判への警戒を解かぬまま、戦国はその人物に鋭い視線を向ける。審判と同じくらいの年齢の、緑髪の男であった。
敵意を感じる審判の目とは違い、少年のように透き通った緑色の瞳。銀縁の眼鏡を掛けた顔は中性的で、何処か幼い印象を受ける。体付きも女性のように細く、今の裏拳が当たっていれば軽く吹き飛んでいたであろう事は想像に難しく無かった。
その人物は困ったような表情を浮かべて灰色のコートの胸辺り、ちょうど戦国の拳が掠めた部分を手で払う。言葉通り攻撃の意思は無いらしく、全身隙だらけであった。
「随分と荒っぽいご挨拶でしたけど…、まぁ悪いのは無断で上がり込んだ僕達の方ですよね。初めまして戦国プロ、僕は教皇と言います。そこに居る審判の……そうですね、保護者みたいなものです」
「おい」
教皇と名乗る男がにこりと笑うと、抗議を含んだ審判の声が飛んでくる。
どうやら仲間らしい……と推測するのは容易だったが、この教皇という男にあっさり背後を取られたのは、戦国にとって信じられない事であった。
部屋に入った時に感じた気配は一人分、審判のものだけだった筈。まして声を掛けられるまで背後の存在に気付かないなど、普段なら考えられない事であった。
まるで何も無い場所から、突然現れて来たような……そんな事を考えていると、教皇はまた無垢な笑みを浮かべて戦国の手に握られていた異端の札を覗き込んだ。
「あっ、貴方も異端の札に選ばれたんですね。そのカードは異端の札と言って、特定の人が触ると変化する性質を――、」
「それはもう俺が言った。…と言うかお前、何しに来たんだ? 協力を頼んだ覚えは無いが」
審判が割り込む。教皇は戦国に向けていた温和な笑みを引っ込めると、むっとした表情で仲間である審判を睨んだ。
「口下手な審判に人材勧誘なんて出来る訳がないから、付いて行ってやれって頼まれたんですよ! まったく、せっかく新しい仲間が見つかったっていうのに、どうして君はそう威圧感なんですかっ。子供にまで心配される大人ってどうかと思いますよ、僕!」
「……ちっ。あのガキ、余計な気を回しやがって…。わかったわかった、この場はお前に任せるよ。好きにしろ」
小さく毒づいた審判は、ぷいと顔を背けて黙り込む。その間も戦国は警戒を続けていたが、内心、拍子抜けするような気持ちだった。
「ええと、何処まで話しましたっけ。…そう、つまり貴方は異端の札に選ばれたんです。異端の札は殆どの人には扱えないカードなんですけれど、流石は世界一と言われるプロ決闘者、貴方には素質はあったみたいですね」
「…教皇と申したな。そなた達の話は今一つわからぬ。目的は何か、率直に申せ」
「僕達の目的ですか? そうですね…。一言で言えば、世界平和です」
大真面目に言い切った教皇に、戦国は目を丸くする。
何を言うかと思いきや、事もあろうに世界平和……とは、胡散臭い事この上無い。仲間である審判ですら、彼の言葉に思わず失笑する程だ。
「なあ教皇、他にマシな言い方は無かったのか? お前の話はいちいちお花畑過ぎて、逆に信用されないと思うんだがな」
「むっ…、別に嘘は言ってないじゃないですか。いちいち口を挟まないで下さい、夕食抜きにしますよ」
「そういう所が子供っぽいって話なんだがな。もういい代われ、俺が話す」
「あれ、さっき僕に任せるって言いましたよね?」
いつしか戦国をそっちのけで睨み合いを始める二人。今にも喧嘩を始めそうな雰囲気の両者に困惑した戦国は、気付くと「あぁ止せ止せ」と得体の知れない彼らの仲裁に入っていた。
「良い大人が人前でじゃれ合ってどうする。そなた達に害意が無いのは見ていてわかった、わかったからわかりやすく話すのだ。どちらでも良い」
まるで子供に言い聞かせるように割って入ると、教皇も審判も思い出したように戦国に目を向ける。まるで兄弟喧嘩のような二人の様子に、正義は思わずため息を吐いた。
得体の知れない相手なのは違いない。だが少なくとも、強盗や殺人者の類では無いらしい。これほど世話の焼ける大人二人、犯罪者だとは到底思えなかった。
「…時に教皇とやら。そなたさっき人材勧誘と申していたな? 新しい仲間が見つかった、とも。新たな仲間とは余の事か?」
埒が明かないと感じた戦国は、溜息混じりに二人に尋ねる。
彼らの目的はわからないが、「人材勧誘」と言った言葉の中に、その答えはあるように思える。ならばその言葉の意味を問いただすのが、最も近道である気がした。
「ええ、ご推察の通りです。今言った通り、異端の札に選ばれる素質を持った人間はそう多くはありません。ちょっとした才能といった所ですね。僕達は、その才能を持った人を探して旅をしているんです」
「何の為に? 世界平和と申していたが、よもや言葉通りの意味ではあるまい。この異端の札という代物で、そなた達は何をするつもりだ?」
受け取ったままの異端の札を見せつけ、問い詰めた時。たった今まで笑っていた教皇の顔から、笑みが消えた。
急に真剣な表情を浮かべた彼は、訴えるような瞳で戦国を見つめる。先程感じられた幼さは消え、まるで聖人のような清らかさと力強さが、訝しむ戦国の心に一歩迫った。
「この世界には今、ある脅威が迫っています」
のんびりとした声も鳴りを潜め、真面目な声で教皇は語る。
「この世界そのものを……いえ、この世の全てを滅ぼす程の脅威です。誰かがその脅威を取り除かなければ、近い将来この世界は破滅を迎えます。異端の札は、その脅威を取り除く唯一の手段なんです」
「……世界の破滅、だと?」
鸚鵡返しに聞き返すと、教皇は「そうです」と表情を変えずに答える。その目には一点の曇りも無く、嘘を言っているようには感じなかった。
と言って、信じられる話でも無い。戦国は困ったように教皇の目を見返し、「信じられぬな」と率直な意見を口にした。
「この世が滅亡するという妄言は昔から多々あったが、どれ一つとて当たった試しは無い。余やそなた達がこうして生きているのが何よりの証であろう。そなた達の申している事が真実だと言うのなら、何か証を見せてみよ」
「証か……それなら話が早いな」
再び話に割り込んだ審判が、組んでいた両腕を解いて右腕を正義に向けて突き出す。直後、、正義と審判の間の空間がぐにゃりと歪み、楕円形の渦が出現した。
まるで空間を捻じ曲げたような、奇妙な渦。この世では有り得ぬ光景を前に、戦国は思わず「なっ…!」と大きく目を見開いた。
「これが、俺達がこの世の理から外れている事の証明だ」
戦国の動揺を軽く流しながら、審判は咥えていた煙草を渦の中に投げ捨てる。煙草は渦に触れると同時に呑み込まれ、始めから存在していなかったかのようにこの場から消滅した。
「これは…!」
「回りくどいのは嫌いなんでな、結論から言わせてもらう。…俺達はこの世界の人間じゃない。何年も昔に滅びた、
「違う世界だと…? 面妖な、そのような話が信じられると――、」
言い掛けて、戦国は「むう…」と口を噤む。
信じられる話ではないが、と言って、今目の前で広がっている空間の渦もまた非現実的な現象である。決闘盤の立体映像のようにも見えない。有り得ないと言う他無い光景を見せられては、否定のしようが無かった。
「…その滅びとやらは、人為的なものか?」
「……。…いや、自然的なものだ。災害と言い換えてもいい」
悩んだ末に絞り出した戦国の質問に、審判は一瞬の間を置いて返答する。その僅かな言葉のつまりはやや不自然であったが、その事に気付く心の余裕は今の戦国には無かった。
「その災害が、いつこの世界にやって来るのか。それは俺達にもわからない。明日かも知れないし、五年後か、十年後かも知れない。…だが、いつか必ず
「………」
「説明は以上だ。詳しい事は、
強引に話を打ち切った審判は、ちらりと教皇と目を合わせ、自らが作りだした渦の中へと入って行く。渦に呑まれた部分は消え失せ、本当に何処か別の場所と繋がっているように思えた。
「俺の話に少しでも興味が湧いたのなら、この渦の中に入って来い。脅威の全てを教えてやる。まだ信じられないのなら…、その異端の札だけを渦に投げてよこしてくれればいい。俺達は旅人、二度とお前の前に現れる事は無いだろうさ」
その言葉だけを置き土産に、審判の体は完全に渦の中に沈み、戦国の目の前から消滅した。
何から何まで信じがたい光景に心が追いつかず、戦国はただただ絶句する。その姿を傍で眺めながら、教皇はくすりと子供のような微笑を浮かべた。
「僕達の話が信じられないなら、それはそれでいいんです。ただ、僕達という人間だけは信じて欲しいんです。世界を守る為に戦うと言っても、僕達はまだまだ力不足……仲間が必要なんです。もし貴方が味方になってくれるのなら、歓迎しますよ」
立ち尽くす戦国の横をすり抜け、教皇もまた渦の中へと帰って行く。ただ一人残された戦国は、目の前に残る渦を前にただただ唖然とするだけだった。
今目撃したのは果たして現実か。今聞いた事は何処までが真実だったのか。それとも、全ては夢の中の出来事だったのか?
…考えても答えは出ず、いつ閉じるとも知れぬ渦を前に、戦国は一つ決心する。――真実は、自らの目で確かめるしかない。
「真実か、偽りか…。いや、偽りの方が良い。この世界が滅ぶなど、妄言であった方が良い…」
一人呟いた戦国は、近くのテーブルにあったメモ用紙に「すぐ帰る」と筆を走らせ、《致死性の正義》を傍に置く。そして全ての答えを確かめるべく、自らも不可思議な渦の中へと入って行った。
渦は彼の巨体を呑み込み、部屋に居た全ての人間を消し去った後――…徐々に小さくなり、やがて消滅する。別世界に繋がっているいうその渦は、それきり二度と開かれる事は無かった。
これが、後に“戦国事件”と呼ばれる決闘者失踪事件の全容である。真相は誰も知らぬまま、その後の戦国の消息もわからぬまま――。十年もの歳月が、流れて行った。
――――――
―――――
――――
そして現在。一夜にして消えた伝説は、最強の敵となってクロン達の前に立ちはだかった。
“正義”と名を変えた戦国は、たった一人でクロン達三人を圧倒する。十年経って尚衰える事を知らない“伝説の残り火”――。敵地からの脱出を目前にして、クロン達は大きな困難に直面していた。
【フロム/ソール/クロン】
LP:4600
フロム手札:4枚(一枚は『パラクスの少女 セシリー』)
ソール手札:1枚
クロン手札:3枚
モンスター:無し
魔法&罠:伏せカード×2
ペンデュラム:無し
フィールド:無し。
【正義】
LP:7200
手札:2枚
モンスター:金城鉄壁侍(攻撃表示)、一撃必殺侍(攻撃表示)、言語道断侍(攻撃表示)、一刀両断侍(攻撃表示)
魔法&罠:伏せカード×1
ペンデュラム:無し
フィールド:無し
「ボクのターン!」
三人の手番は一巡し、再びフロムのターンが訪れる。彼は正義に向けていた双眸をドローカードに向けると、手札に加えるまでも無くそのカードを発動させた。
「魔法カード、強欲で貪欲な壺を発動! デッキの上からカードを十枚裏側表示で除外して、更に二枚ドローする!」
絶好のタイミングで引き当てたカードにより、フロムの手札は更に二枚増加する。彼は念じる様な面持ちでカードを引き抜き、合計六枚となった手札を睨んだ。
(…引きは悪くない。今の手札なら、もう一度だけ戦国プロのターンを飛ばす事はできる。けど…、相手が相手だ。ここはコンボパーツを防御に回した方が懸命か…)
慎重に思考を巡らせながら、最善の手を模索する。
手札の消耗の激しい疑似ターンスキップは、それに見合う対価があって初めて発動の意味がある。闇雲に使用しても無意味だし、ましてや格上の相手に乱発しては思わぬ反撃を受ける事もあり得る。
「…まずは『パラクスの少女 クレア』を召喚!」
幾重にも思考を重ねた末、フロムは手札から新たなモンスターを展開する。
体の一部が機械化された少女が彼の場に降り立ち、正義の場に並ぶ四人の侍達を正面から睨み付けた。
「クレアが召喚されたターン、ボクはもう一度だけ通常召喚する事ができる! ボクは更に『パラクスの少女 マチルダ』を召喚!」
方針が定まってからのフロムの行動は早かった。
彼の場に新たな少女モンスターが出現し、《クレア》と互いに身を寄せ合う。その攻撃力は1000ポイントと低めであるが、少なくとも《一撃必殺侍》を除く侍モンスターよりは上であった。
「マチルダが召喚された時、場に他のパラクスの少女がいる場合、次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする事ができる! ボクの場にはクレアがいるから、発動条件は満たしてるよ!」
《マチルダ》の両腕が正義の決闘盤に向けられ、未来を一つ奪い取る。
これで少なくとも次のターン、正義はメインフェイズを経由してバトルに突入する事はできなくなった。攻撃そのものを止める事はできないが、準備期間を奪った事で次の攻撃はいくらか和らぐ筈だ。
「後は…」
フロムは一度手を止めると、じっと正義の反応を伺う。鬼の面は少しも動じた様子も無くフロムを見つめており、あるがままを受け入れているようだった。
「…バトル! マチルダで、一刀両断侍を攻撃!」
一瞬の躊躇を声を張り上げる事で誤魔化し、フロムは勝負に出る。
命令を受けた《マチルダ》が体に取り付けられたスラスターを吹かし、身構える《一刀両断侍》に向かっていく。その拳が《一刀両断侍》を打ち砕く直前、させじと正義は伏せカードを翻した。
「罠カード、業炎のバリア -ファイヤー・フォース-を発動。そなたの攻撃表示モンスターを全て破壊し、互いに攻撃力の合計値の半分のダメージを受ける」
突如として出現した炎の膜が《マチルダ》の拳を食い止め、吹き出した火炎がその身を焼く。火炎は四方八方に撒き散らされ、後方に居た《クレア》をも焼き尽くし、更には飛び散った火の粉がフロムと正義に降り注いだ。
これにより再び三人の場にモンスターは無くなったが、この状況はまだフロムの想定の範疇である。フロムはバトルフェイズを終了させると、更なるカードを発動させた。
「魔法カード、『パラクスの銀鏡』を発動! このターンに破壊されたパラクス達を再生する!」
フロムは発動したカードから二つの銀塊が現れ、それぞれ人型に形を変えて彼の場に浮遊する。それらはやがて破壊された《クレア》《マチルダ》の姿に代わり、何事も無かったかのようにフロムの身を護っていた。
(やっぱり攻撃は防がれるか。けど…、)
心の内で考えながら、フロムはふと正義の右手――…正確には、その手に握られた二枚のカードに目を向ける。
手札から発動できるカウンター罠《抜刀術》の存在によって、彼の手札はある意味では伏せカード以上に警戒しなければならない。だが逆に言えば、彼の手札が少なくなればそれだけ《抜刀術》の脅威は薄くなっていく。それがフロムの狙いだった。
(いくらプロ決闘者と言っても、手札が無ければ取れる戦術は限られる筈…。ここは無茶はせず、三人で戦国プロの手札を削って行くのが得策か…)
無論、そう簡単に消耗させられる相手では無い。
しかし他に対抗手段が無い以上、今は出来る限りの事を重ねていくしかない。フロムはゆっくりと息を吐いて自分を落ち着かせると、このターンの行動を締めくくった。
「ボクはこれでターンエンド!」
「強欲で貪欲な壺」 通常魔法
効果:「強欲で貪欲な壺」は1ターンに1枚しか発動できない。
①:自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。
『パラクスの少女 クレア』 モンスター
光属性 機械族 ☆2
攻撃力300 守備力500
効果:①:このカードが召喚に成功した場合に発動できる。このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。
『パラクスの少女 マチルダ』 モンスター
光属性 機械族 ☆4
攻撃力1000 守備力1000
効果:①:このカードの召喚に成功した時、自分フィールドにこのカード以外の「パラクスの少女」モンスターが存在する場合、次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。
「業炎のバリア -ファイヤー・フォース-」 通常罠
効果:①:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊し、自分はこの効果で破壊したモンスターの元々の攻撃力を合計した数値の半分のダメージを受ける。
その後、自分が受けたダメージと同じ数値分のダメージを相手に与える。
『パラクスの銀鏡』 通常魔法
効果:「パラクスの銀鏡」は1ターンに1度だけ使用できる。
①:このターンに相手の効果によって破壊された「パラクスの少女」モンスターを自分の墓地から可能な限り特殊召喚する。
この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効化される。
【フロム/ソール/クロン】
LP:4600→3950
【正義】
LP:7200→6550
次のターンのメインフェイズ1のスキップが確定。
「どれ、余のターン」
組んでいた腕をゆっくりと解きながら、正義は自らのターンを開始する。
彼は三枚となった手札を一瞥すると、ちらりと対峙するフロムの顔を見つめた。
「ふむ、此度は疑似ターンスキップは使わぬのか。ならばこのまま攻撃を仕掛けても良いが…」
言いながら、正義はフロムに向けていた視線をソールへと切り替え、次いでクロンへと向けなおす。
何れも緊張した面持ちではあったが、真っ直ぐな目で正義を睨み返している。確固たる意志。正義は「ふむ」と微笑を浮かべると、攻撃を仕掛ける事無くバトルフェイズを終了させた。
「ここで攻めるは蛮勇か。攻撃はせず、メインフェイズ2に移行しよう」
のんびりと宣言し、視線を再び手札に戻した正義を見て、クロンはにやりと苦衷を含んだ笑みを浮かべる。
もしここで彼が攻撃を選択していれば、さっき伏せた自分の罠カード――…《ミラーフォース》で、侍モンスターを一掃できたのに。上手くいかないものだと思いながらも、それでこそという畏敬の念をクロンは感じていた。
(世界最強と呼ばれた決闘者…。生半可な策は通じないって事ッスか…)
「メインフェイズ2。手札より『震天動地
クロンの感嘆を余所に、正義は新たなモンスターを展開する。
現れたのは、これまで同様小さな体を持つ可愛らしい外見のモンスター。鎧を身に着けてはいるが武器は一つも所持しておらず、侍モンスターには珍しく丸腰であった。
「震天動地侍が召喚された時、他の侍モンスターを一体リリースする事で相手の場の魔法・罠カードを二枚まで破壊できる。一刀両断侍をリリースし、そなた達の伏せカード二枚を破壊する」
正義が宣言するや否や、《一刀両断侍》は自らの刀をクロンらの場目掛けて放り投げてその姿を消し、続いて《震天動地侍》が目にも留まらぬ速度でフィールドを駆ける。
《震天動地侍》は地面に突き刺さった刀を引き抜くと、傍にあった二枚の伏せカードを瞬時に両断。発動の機会すら与える事無く、唖然としている
「ううっ…。ミラーフォースが…!」
「やはり罠を仕掛けていたか。パラクスの少年との連携のつもりであったのであろうが、少し気負い過ぎたな。ああも熱心に見つめていては罠があると申しているも同じだ」
何処までも余裕を漂わせる正義だが、しかし、少なくとも彼のバトルフェイズは既に終了した。攻撃を止めたという意味では、《ミラーフォース》は牽制としての役目を十分果たしたと言っていい。
そして何より――、
「さて、このターンはこんな所であろう。侍モンスターは攻撃表示のまま、ターンを終了する」
「この瞬間っ! 震天動地侍の効果で破壊された白銀のスナイパーの効果が発動します!」
クロンが正義の宣言に割り込むと同時、彼の場に一体の人型モンスターが出現した。
寒冷地用の装備で全身を包んだ、大柄の男。手には派手な装飾が施された狙撃銃が握られており、場に現れると同時にしゃがんで発射体勢に入った。
「白銀のスナイパーは魔法カードとして場に伏せる事ができて、相手の効果で破壊されたターンのエンドフェイズに場に特殊召喚できます! そしてこの効果で特殊召喚した時、相手の場のカードを一枚破壊します!」
「成程、二段構えか。して、破壊するカードとは?」
「……もちろん、一撃必殺侍です!」
少しの思考の後、クロンは右手の人差し指で《一撃必殺侍》を指し示す。
指令を受けた《スナイパー》は返答の代わりに小さく息を吸い込み、呼吸を止めて標的である《一撃必殺侍》に狙いを付けた。
(言語道断侍も厄介だけど、ここは一撃必殺侍の破壊が最優先…! あのモンスターさえ破壊すれば、侍モンスターの攻撃力は低いから……何とかなる!)
相手の意表を突きながら、常に最善と思える手を打つ。それが変わらぬクロンのスタイルだった。
標的の眉間をスコープに捉えた《スナイパー》がにやりと口元を緩め、ゆっくりと引き金を引く。その銃口から弾丸が発射される直前、「甘いな…」と正義が呟いたのを、クロンは聞き逃さなかった。
コンマ数秒後、《スナイパー》の狙撃銃から発砲音が響き、それ以上の速度で銃弾が《一刀両断侍》へと向かう。しかしその弾丸は《一刀両断侍》を撃ち抜かず、僅かに頬を掠めるだけに終わった。
「なっ…!?」
外れた――いや、躱された。
《一撃必殺侍》は発射直前に僅かに体を逸らし、狙撃手の凶弾を回避。そのまま呆気に取られている《スナイパー》の下に接近すると、一刀の下に敵を切り捨てた。
「な、なんで…!? 白銀のスナイパーの効果は――!」
「すまぬが、発動しておらぬ。余が発動したカウンター罠『抜刀術-「鏡」』は、手札からの発動が可能で相手モンスターの効果を無効にできる。その効果で白銀のスナイパーの効果を無効にさせて貰った」
言いながら、正義はいつの間にか発動させていた《抜刀術》のカードを墓地へと送る。
手札から発動が可能なカウンター罠。やはり厄介なカードだと考えると同時、正義はまだ《一撃必殺侍》を活用する気であると察知し、クロンはまた苦衷の表情を浮かべる。
(駄目だ、やっぱり生半可な策じゃ勝てない…! 何とかして…、何とかしてあの人の裏を掻かないと…!)
二重に仕掛けた罠さえも回避され焦燥するクロンだが、一方でフロムは、この展開を好機と見ていた。彼は正義に思惑を悟られないよう口元を手で隠し、にやりと小さく笑みを浮かべる。
(伏せカードを一掃されたのは痛いけど、これで戦国プロの手札は後一枚…。ボクのパラクス達も健在だし、状況としては悪くないね)
不利な状況を前向きに捉え、なおかつ勝利に必要な事だけを考える。フロムはまだ、この勝負を捨ててはいなかった。
「聖なるバリア -ミラーフォース-」 通常罠
効果:①:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する。
『震天動地
風属性 戦士族 ☆3
攻撃力700 守備力300
効果:①:このカードが召喚に成功した時、自分フィールドの「震天動地侍」以外の「
そのカードを破壊する。
「白銀のスナイパー」 モンスター
地属性 戦士族 ☆4
攻撃力1500 守備力1300
効果:このカードは魔法カード扱いとして手札から魔法&罠カードゾーンにセットできる。
魔法&罠カードゾーンにセットされたこのカードが相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、このカードを墓地から特殊召喚し、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
『抜刀術-「鏡」』 カウンター罠
効果:このターン中に自分が「抜刀術」カードを発動していない場合、このカードは手札から発動する事ができる。
①:自分フィールドに「
その発動を無効にし破壊する。
「ちぃ、俺様のターン!」
続いてソールのターン。彼女は苛立ちを表情に出しながら、新たなカードを手札に加えた。
(クソがッ、三対一だぞ!? 有利なのは俺様達なんだぞ!? …なんでこっちが押されてんだよッ!)
理解できない状況に喘ぎながら、それでもソールは力強く相手を睨みつける。
技術で負けているというのなら、ここは力で捻じ伏せるしかない。先程の《ドレッド・ルート》と同じ轍を踏まぬよう、細心の注意を払いながら。
「いくぜ糞じじい! 手札からダーク・リペアラーを召喚だ!」
現れたのは、蜘蛛を思わせるシルエットを持ったモンスター。揉み手をした小男が異形の半身を背負っており、醜い半身の細腕にはハンマーや鋸といった凶器が握られている。
攻撃力は1000ポイントと少ないながらチューナーとしての特性を持ち、シンクロ召喚による大型モンスターの召喚を可能にする。しかも彼女の場にはフロムが残した二体の《パラクス》が存在する為、シンクロ素材には事欠かなかった。
「おい天才、モンスターを借りんぞ! レベル2のクレアとレベル4のマチルダに、レベル2のダーク・リペアラーをチューニング!」
フロムの返答を待たずにシンクロ召喚は行われる。
二つの光の輪となった《リペアラー》の間を《クレア》と《マチルダ》が駆け抜け、六つの光球となって一つに交わる。
「シンクロ召喚! 来やがれ、魔王龍 ベエルゼ!」
ソールの叫びに答え現れたのは、その名の通り禍々しい姿を持った
二頭を持つ蛇の様な外見をしているが、頭部の分かれ目部分は人間の胴体を思わせる構造となっており、その上には更に女性体らしき部位が生えている。その攻撃力は3000ポイントと異形に違わぬ高い数値を誇り、加えてあらゆる破壊に対する耐性をも備えた強力なモンスターであった。
「ほう、魔王龍か。これまた大きなモンスターを出したものだな」
「へっ、侍デッキじゃこいつは倒せねーだろ。墓地へ送られたダーク・リペアラーの効果を発動! 俺様のデッキの一番上のカードを確認し、デッキの上か下に戻す!」
そう言ってソールはデッキの上からカードを一枚引き抜き、確認する。
デッキトップに控えていたのは《邪神イレイザー》のカード。ソールは無言でそれをデッキ下に戻すと、意気揚々とバトルフェイズに突入した。
「くくく…。さぁて、どいつを攻撃すっかな…」
《ベエルゼ》の攻撃力は3000。従ってどのモンスターを攻撃しても破壊は可能だが、問題はどのモンスターを攻撃すべきかだ。
効果を発動し終えた《震天動地侍》と《金城鉄壁侍》はともかく、《言語道断侍》と《一撃必殺侍》はどちらも脅威だ。従ってこの二体を優先的に排除したいのだが、攻撃は一度のみ。破壊できるのは片方だけだ。
「…おいクロン、邪魔なのはどいつだ!?」
悩んだ末、ソールは次にターンが回って来るクロンに判断を任せる事にした。突如決断を委ねられた彼は少し考えた後、「一撃必殺侍ッス!」と返答する。
「攻撃の要のあのカードさえ破壊すれば、侍モンスターの火力は知れてます! しかも魔王龍は破壊耐性を持ってるから、確実に一撃必殺侍を倒せるッス!」
「おし、任せろ! 魔王龍 ベエルゼで、一撃必殺侍を攻撃だ!」
クロンの判断をそのまま受け入れ、《ベエルゼ》の矛先は《一撃必殺侍》に向けられる。
攻撃は、意外な程すんなりと通った。《一撃必殺侍》は《ベエルゼ》の二頭に槍も兜も取り上げられて血祭りに上げられ、その攻撃力差のダメージが正義に入る。
致命傷には程遠いとは言え、初めて自分達の力で得た
「よーし、やっぱベエルゼは苦手みてーだな。元プロにしては脇が甘いじゃねぇか。へへ…」
ここぞとばかりに挑発すると、正義は「どうかな」と一笑する。ソールの罵倒など歯牙にも掛けず、むしろ楽しんでいるかのようだった。
「肉を切らせて骨を断つと
挑発に応じたというよりは、警告という印象の言葉だった。
無論、ソールとてこの程度の成果で慢心するつもりは無い。彼女は小さく舌打ちし、自らのターンを続行した。
「俺様はカードを一枚伏せてターンエンドだ! そのしっぺ返しがどんなもんか、見せて貰おうじゃねぇか!」
最後の手札を場に吐き出し、ソールはターンを終了させる。
正義が次にどう出るかはわからないが、少なくともこのターンでの攻防は自分達の勝利だ。ソールはもう再度にやりと笑い、《ベエルゼ》の巨体を見上げた。
「ダーク・リペアラー」 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆2 チューナー
攻撃力1000 守備力1300
効果:このカードが自分フィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキの一番上のカードを確認してデッキの一番上または一番下に戻す。
「魔王龍 ベエルゼ」 シンクロ
闇属性 ドラゴン族 ☆8
攻撃力3000 守備力3000
効果:闇属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードは戦闘及びカードの効果では破壊されない。
また、このカードの戦闘または相手のカードの効果によって自分がダメージを受けた時に発動する。このカードの攻撃力は、そのダメージの数値分アップする。
【正義】
LP:6550→4750
「さて、余のターン」
小さな宣言と共に、正義は新たなカードをドローする。
この時点で彼の手札は二枚。決して多くは無いが、と言って少ない枚数でも無い。《ベエルゼ》が破壊以外の除去手段に対して無力である事を思えば、油断ならない状況だ。
事実、《ベエルゼ》を見上げる正義の表情には些かの焦燥も含まれてはいない。打つ手がある事は明らかだった。
「あらゆる破壊を無効にする魔王龍……成程そなたの申す通り、余のデッキには些か相性の悪いモンスターではある。…が、味方に付ければこれほど心強いものは無いな」
「…あぁ? 味方だと?」
「如何にも」
小さく頷いた正義は、二枚の手札を順に決闘盤に差し込んでいく。
「その魔王龍は、余の陣中に頂く。手札のモンスターを裏守備表示でセットし、魔法カード、強制転移を発動しよう」
「げっ…!」
思い付く限り最悪の展開に、ソールは思わず声を荒げた。
正義が発動した《強制転移》は互いの場のモンスターを一体ずつ選択し、コントロールを入れ替える効果を持つ。破壊ではなくコントロール奪取である為、《ベエルゼ》の耐性は意味を成さない。しかもソール達の場には《ベエルゼ》以外のモンスターが存在しないのだから、回避のしようが無かった。
「余の方からは、今セットしたモンスターを譲ろう。そちらは?」
「ぐっ…。ま、魔王龍……ベエルゼだ…」
絞り出すようにソールが宣言すると、《ベエルゼ》の巨体が正義の場へと移り、代わりに彼の場にセットされた裏守備モンスターが送られて来る。
除去されるならまだ良い、だがコントロール奪取となると致命的だ。頼もしい味方であった筈の《ベエルゼ》が、今度は強大な敵となって立ちはだかるのだから。
「…やれやれ、悪い状況だね。けど、これでようやくボク達にも勝ちの目が出て来たよ」
敵となった《ベエルゼ》を見上げて吐息しながら、フロムは言う。
勝ちの目が出た。状況に反するその言葉にソールとクロンが訝しむ表情を向けると、フロムは強気な笑みを浮かべて「見なよ」と正義の手を指差した。
「ベエルゼを奪われたのは痛いけど、これで戦国プロの手札は尽きた。もともと手札枚数じゃこっちの方が多いんだ、劣勢がいつまでも続く訳が無い。後はベエルゼさえ対処してしまえば、今までよりは楽に戦えるって事だよ」
二人への説明と言うよりは、自分に言い聞かせているような口ぶりだった。
だが彼の指摘通り、正義の手札は尽きた。墓地で効果を発揮するタイプのカードも無く、伏せカードも存在しない。フロムが思い描いた状況が、まさに現実のものとなった瞬間だった。
「成程…、余の手札が尽きるのを待っておったという事か」
わざとらしく自らの掌を見つめながら、正義が呟く。
その声には未だ余裕が伺えたが、手札が無ければその余裕も虚勢と変わらない。少なくともフロムはそう考えていたし、クロンとソールも、彼の言葉を聞いて勝利を感じ始めたようだった。
だが。その一縷の希望も、すぐに打ち砕かれる事になる。
「目の付け所は悪くない。しかし…、余の手札が尽きたと見るのは些か早計ではないかな?」
「えっ…?」
「余の手札なら、
静かに告げた正義の双眸が、三人の場に残った一枚のカードに向けられる。たった今《強制転移》の効果で送られた、裏守備モンスターである。
「――強制転移が、ただ相手モンスターを奪うだけのカードだと思っておるのか?」
にやりと笑った正義の顔を見た瞬間、
「まさか…」
誰かが呟くと同時、彼らの視線は自然と裏守備モンスターに集う。まるで足元に仕込まれた地雷を見るかのように、彼らの表情は強張っていた。
「勘付いたか、だがもう遅い。震天動地侍で、セットモンスターを攻撃する」
命令を受けた《震天動地侍》が、刀を構えてフィールドを駆ける。その攻撃力は1000ポイントにも満たない僅かなものであったが、今回はその攻撃力の低さが厄介だった。
「罠カード、攻撃の無敵化を発動! セットモンスターはこのバトルフェイズ中、戦闘と効果では破壊されない!」
即座に判断したフロムがソールの伏せカードを発動するが、攻撃は止まらない。《震天動地侍》が裏側表示のカードに斬りかかると、独りでにカードが翻り、現れたモンスターが《震天動地侍》の攻撃を防ぎにかかる。
歌舞伎者を思わせる派手な格好に化粧をし、二振りの刀を武器にした侍。その守備力は1000ポイントと侍モンスターにしては高く、《震天動地侍》の一刀を難無く防ぎきった。
が、元より正義の狙いは戦闘破壊では無い。彼は自らのライフが減少した事を確認すると、「この瞬間――」と重い声で告げた。
「攻撃を受けた大盤振舞侍が余に反射ダメージを与えた事で、その効果が発動する。余は手札が七枚になるまでカードをドローする」
「なっ…!」
宣言すると共に、正義はデッキから七枚ものカードを一度に引き抜いて扇状に広げる。
手札が尽きたと歓喜したのも束の間、嘲笑うかのように広げられた七枚のカードは容赦なく三人の心を折りにいく。“力量の差”という目に見えないものでは無く、“手札枚数”というわかりやすい絶望が彼らの前に突き付けられた。
「ば…、馬鹿なッ…! 一度に、カードを七枚もドローしやがっただと!?」
思わず呟いたソールの声に、「面白かろう?」と正義は笑って返す。
「これ自体は昔から存在する初歩的なコンボだが、使い手によっては基礎とて必殺の技となるものだ。ましてプロを相手に七枚ものアドバンテージを許せば、勝敗は決したも同然。そなた達の目論見は見事に外れたという事だな」
「ぐっ…」
「尤も…。仮に余の手札が尽きたとしても、その時はそなた達のカードを利用して戦うだけの事。あらゆる全てを駆使して戦う、それが余のやり方だ」
当然の事のように告げた後、正義は七枚の手札を目で確認する。その堂々たる姿を前に、クロンは思わず息を呑んだ。
達人か、それとも鬼神か。とても同じ
ただ一つ幸いだったのは、《震天動地侍》の攻撃が通る直前にフロムが《攻撃の無敵化》を発動させた事だ。これにより《大盤振舞侍》はこのバトル中は破壊されず、《ベエルゼ》の追撃を防ぐ事ができる。既に効果が発動している為、例え正義の七枚の手札に《抜刀術》があったとしても無効にされる恐れは無い。
「どれ、まだ余のバトルフェイズであったな…。ドローした『疾風迅雷
手札の確認を終えた鬼神が行動を再開し、新たなモンスターが彼の場に召喚される。
現れたのは、軽装の鎧に身を包んだ小さな侍。風と共に飛来すると手にした槍を振り回し、大袈裟に構えて見せた。その攻撃力は1200ポイントと侍モンスターにしては高く、奇襲性のある効果と噛み合っている。
「今少し、手札を補充させてもらうとしよう。金城鉄壁侍で、大盤振舞侍を攻撃する」
召喚された《疾風迅雷侍》の横をすり抜け、長らく動きの無かった《金城鉄壁侍》が二本の刀を構えて《大盤振舞侍》に斬りかかる。
《大盤振舞侍》はこれも容易く弾くが、これにより正義のライフは再びダメージを受けた。となれば――、
「再び大盤振舞侍の効果が発動。カードを一枚ドローする」
そう言って、正義は《疾風迅雷侍》の召喚によって消費した手札を補充する。
今回は一枚だけのドローであるが、例え一枚でもアドバンテージを与えたく無い相手だ。また一歩、三人の勝利が遠のいたと言える。
「さて…。大盤振舞侍を破壊できぬ以上、これ以上の戦闘は無意味か。カードを二枚セットし、ターンを終了する」
攻撃の手を止めた正義は手札から二枚のカードを決闘盤に差し込み、激動のターンを終える。
二枚の伏せカードに、五枚の手札。そして場には《魔王龍 ベエルゼ》を中央に《疾風迅雷侍》《金城鉄壁侍》《震天動地侍》《言語道断侍》が並んでいる。その布陣は宛ら難攻不落の城塞の様で、世界最強と謳われた実力が決して誇張では無い事を示していた。
「これが……最強の決闘者の力、か…!」
「ありえねぇ…! ありえねぇぞ、こんなのッ…!」
勝ち筋を失ったフロムとソールが、絶望の表情を浮かべて掠れた声を出す。全ての策略が打ち砕かれ、手札まで補充されたのだ。もはや誰の目にも勝敗は明らかだった。
ただ、一人だけ。クロンだけは、諦めてはいなかった。
(ついに見つけた…! この人の、裏を突く方法を…!)
鉄壁とも言える正義の布陣を前に、クロンは敢えて強気な笑みを浮かべる。奇策を好む彼は、この絶望的な状況を覆す“策”を見つけ出していた。
「強制転移」 通常魔法
効果:お互いはそれぞれ自分フィールド上のモンスター1体を選び、そのモンスターのコントロールを入れ替える。
そのモンスターはこのターン表示形式を変更できない。
「攻撃の無敵化」 通常罠
効果:バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、戦闘及びカードの効果では破壊されない。
●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。
「大盤振舞侍」 モンスター
光属性 戦士族 ☆3
攻撃力1000 守備力1000
効果:このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、相手プレイヤーは手札が7枚になるようにカードをドローする。
『疾風迅雷
風属性 戦士族 ☆2
攻撃力1200 守備力300
効果:「疾風迅雷侍」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分または相手ターンのバトルステップに発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。
【正義】
LP:4750→4450→3950
「…ボクのターン!」
ぶるりと身を震わせながら、クロンはカードをドローする。その震えが怯えから来たものか武者震いなのか、自分でも判断できなかった。
自分達が追い込まれているのは事実だし、例え胸に秘めた“策”が上手くいったとしても勝利できるとは限らない。かつてフロムとの戦いで行った以上の大博打に勝って、ようやく僅かに希望が見える程度だろう。
(ボクが見る限り、あの正義って人はまだまだ本気を出してない…。シンクロ召喚やエクシーズ召喚もしていないし、今なんて言語道断侍の効果を使わずに攻撃して来た…)
正義の顔をじっと睨みながら、思考に入る。
相手のデッキの全容が見えない為断言はできないが、少なくとも、先のターンで《言語道断侍》の効果を発動せずに攻撃したのは明らかに悪手であった。
あの時の正義の手札は0枚、即ち《抜刀術》シリーズという保険が一切無い状態であった。《大盤振舞侍》の効果の為に確実に攻撃を通さなければならなかったあの状況、あそこは伏せカードを警戒して《言語道断侍》を発動してから攻撃すべきだった筈だ。
にも拘わらず。攻撃を防がれる可能性があったにも関わらず、正義は《言語道断侍》の効果を発動せずに攻撃した。効果を発動していれば《攻撃の無敵化》は発動はできず、致命的なダメージを自分達に叩き込めた筈なのに。場合によっては今のターンで決着も有り得た筈なのに。
(手加減してるって事ッスか…。いや、むしろボク達の方がまだ全力を出すに値しないって事かな)
正義の思惑はわからないが、少なくとも彼が加減して戦っているのは確かだった。否、そもそも三対一というこの勝負形式自体が彼の手心であると言える。
だがその手心は、見方を変えれば付け入る隙と考える事もできる。どのような強者にも存在する――…いや、強者だからこそ生じる心の隙。その僅かな油断を利用するのが、クロンの戦術だった。
「…強制転移と、大盤振舞侍のコンボですか。話には聞いていましたけど、実際に使われると恐ろしいコンボですね」
高鳴る鼓動を手で押さえながら、クロンは正義に声を掛ける。突然の称賛に正義は首を傾げるが、すぐにこちらも笑みを浮かべて「そうであろう」と穏やかな声で返した。
「デュエルというものはな、何も新しいカードやコンボが全てでは無い。古いものは古いもので採用し、技術として活用してこそ強くなるのだ。尤もこれは古い人間の言い分だがな」
「なるほど…。確かに七枚ドローなんて、そうそうあるものじゃないですもんね。全く恐ろしい限りッス。あまりに恐ろしかったんで――、」
クロンはにやりと笑みを浮かべて、
「――その
そう一声告げてから、手札から一枚のカードを発動させた。
「永続魔法、王家の神殿を発動します! このカードが存在する限り、ボクは一ターンに一度だけセットした罠カードを即座に発動できるッス!」
「…ほう?」
咄嗟に手札に手を掛ける正義だが、すぐに手を離してその場で腕組みする。恐らくは《抜刀術》によって発動を無効にしようとしたのであろうが、思い直したようだった。
それと同時、クロンの後方にエジプト風の神殿が現れ、廃墟の景色を歪に塗り替える。本来ならターンを跨がねば発動できない罠に即効性を与える事ができる、罠使いのサポートとも言えるカードだった。
「王家の神殿だと…? あの野郎、何をする気だ?」
「…ははーん」
首を傾げるソールの横で、何か察したらしいフロムが口元を吊り上げる。クロンは正義を含めた三人の視線を浴びながら、更に行動を続けた。
「手札の墓荒らしをセットして、すぐに発動! 正義さんの墓地から、強制転移を奪います!」
正義の墓地から薄汚い小人が現れ、彼が先程発動した《強制転移》のカードを抱えてクロンの元へと向かって行く。
《王家の神殿》で《墓荒らし》を使うというのも罰当たりなものだが、クロンは小人からカードを受け取ると、躊躇い無く決闘盤に差し込んだ。
「当然、この強制転移も即座に発動ッス! せっかくの貰い物ですけど、大盤振舞侍は丁重に送り返します!」
「……ほぉ…」
思わず感嘆の声を上げた正義を見て、クロンは
無論、正義の場には五体ものモンスターが並んでいる為《ベエルゼ》が戻って来る事は考えにくい。いくら手加減しているとは言え、そんな露骨な事は向こうもして来ないだろう。
むしろクロンの狙いは、《大盤振舞侍》を正義に突き返す事にある。このモンスターさえ向こうに送ってしまえば、今度はこちらがその効果を利用する事ができるからだ。
「さーて…。今度はどのモンスターをくれるんッスか?」
「ふぅむ…。では、余は疾風迅雷侍を選択しよう」
正義が宣言すると、二体の侍は主を入れ替え、その立ち位置を変更する。
この時正義が選択した《疾風迅雷侍》は攻撃力1200のモンスター、即ち《大盤振舞侍》の守備力を僅かに上回る。従ってこのまま攻撃を行っても《大盤振舞侍》のドロー効果を発動できないのだが、無論その程度の事は計算の内だ。
「速攻魔法、収縮を発動! このターン、疾風迅雷侍の攻撃力は半分になります!」
続け様に発動したカードにより、ただでさえ小さい《疾風迅雷侍》の体が更に縮小、仔犬程のサイズにまで小さくなる。攻撃力も半減し、《大盤振舞侍》の守備力を下回った。
これで下準備は整った。後は《疾風迅雷侍》で《大盤振舞侍》を攻撃すれば、今度はこちらが大量ドローを行う事ができる。…そう思った矢先、「面白い事をする」と呟いた声がクロンの耳朶を叩いた。
「付け焼き刃とは言え、余が見せた戦術を己の物として取り込んだか。幼子らしい自由な発想だな」
しかし……と正義は続け、視線を自らの二枚の伏せカードへと落とす。
「そなたも気付いておろうが、この
「………」
「そなたはこれから疾風迅雷侍で攻撃を仕掛けるのだろうが、余とてむざむざと通すつもりはない。通らぬとなれば、そなたの当意即妙な悪戯も意味を成さぬな。…さて、如何に?」
試すような口ぶりで正義は問う。クロンはそれに言葉で答えるのでは無く、行動で応える事にした。
「メインフェイズを終了して、バトルフェイズに突入! この瞬間、手札から封魔の矢を発動ッス!」
何処からともなく降り注いだ無数の矢が、正義の伏せカード二枚を貫く。射貫かれた二枚のカードは効力を失い、エンドフェイズに矢が消滅するまで発動を封じられた。
「ほほう、封魔の矢を握っていたか。成程、これでは攻撃を止めようがないな」
楽しげに笑う正義の声を、「行きます!」と叫んだクロンの声が掻き消す。勝利への可能性が掛かった攻撃だ、握り拳には自然と力が入っていた。
「疾風迅雷侍で、大盤振舞侍に攻撃ッス!」
クロンが叫ぶと、《疾風迅雷侍》は槍を構えて《大盤振舞侍》に向かって突撃する。
本来であれば《疾風迅雷侍》の攻撃力が上回るのだが、《収縮》によって両者の実力差は逆転している。《大盤振舞侍》は繰り出された槍を右手の刀で弾き飛ばし、もう一方の刀で敵を追い払った。
「この瞬間、大盤振舞侍の効果が発動! 今度はボクが、カードを七枚ドローします!」
思わず声を張り上げたクロンが、デッキから一枚ずつカードを引き抜く。
このコンボの為に大量の手札を消費したが、この七枚のドローで全て取り返した。かつてフロムとの戦いでも披露した“
「ふっ……はっはっはっ! 小賢しい小僧よ!」
痛快といった様子で正義は声を上げて笑う。その表情には未だ余裕の色が伺えたが、しかしクロンの手腕に驚いているらしいのは確かだった。
無論、このクロンの機転に驚いているのは正義だけでは無い。
「へっ…、プロ相手に大した度胸じゃねーか。テメーのそういうとこは結構好きだぜ、俺様」
「ふふん…。ま、そのくらいはして貰わないとね」
ソールも、そしてフロムも、憎まれ口に似た称賛の言葉をクロンに贈る。彼が見せたコンボ返しは、折れかけていた二人の心を再起させたようだった。
とは言え、代償も少なくは無い。《墓荒らし》で奪った《強制転移》を発動した事で2000ポイント、《疾風迅雷侍》の攻撃によって400ポイント、都合2400ポイントのライフを彼らは失った。
従って三人の残りライフは1550ポイント。希望の対価と考えれば安いものだが、まだまだ苦しい状況であった。
「勝負はここからッス! バトルフェイズを終了して、手札から『
勢いに乗ったクロンは、流れるような動作で新たなモンスターを展開する。
現れたのは、山吹色のフード付きマントを羽織った人型のロボット。全ての始まりとなった異端の札、クロンの“愚者”のカードであった。
全体的に細身のシルエットながら両腕部だけは異様に肥大化しており、アンバランスな印象を受ける。フードには犬耳らしい突起が付いており、背丈はクロンと同じ程度。現れると同時にシャドーボクシングを始めたりと、妙に道化じみたモンスターであった。
「むっ…、異端の札か…!」
見知らぬモンスターを目の当たりにした正義は、険しい表情でその正体を見抜く。
「すると、そなたが教皇の申しておった愚者の少年か。…成程、良い目をしている。そなたの仲間が、危険を承知で助けようとするのも頷けるな」
にやりと口元を緩めた正義の声は妙に優しく、クロンは心を撫でられたような感覚を味わう。しかし次の瞬間には闘志を取り戻し、倒すべき敵に改めて向き直った。
「カードを四枚セットして、ターンエンドです!」
得意の罠を惜しまず仕掛け、クロンはターンを終了させる。それと同時、《疾風迅雷侍》の体は元のサイズに戻り、本来の攻撃力を取り戻した。
「王家の神殿」 永続魔法
効果:「王家の神殿」の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:自分は罠カード1枚をセットしたターンに発動できる。
②:自分フィールドの表側表示の「聖獣セルケト」1体とこのカードを墓地へ送ってこの効果を発動できる。
手札・デッキのモンスター1体またはエクストラデッキの融合モンスター1体を特殊召喚する。
「墓荒らし」 通常罠
効果:相手の墓地にある魔法カード1枚を選択し、ターン終了時まで自分の手札として使用する事ができる。
その魔法カードを使用した場合、2000ポイントのダメージを受ける。
「収縮」 速攻魔法
効果:①:フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターの元々の攻撃力はターン終了時まで半分になる。
「封魔の矢」 速攻魔法
効果:このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。
①:自分または相手のバトルフェイズ開始時に発動できる。このカードの発動後、ターン終了時までお互いに魔法・罠カードの効果を発動できない。
『
地属性 魔法使い族 ☆1
攻撃力0 守備力0
“其の者、愚の化身なり。海より浅く、山より低く、花より醜く月より小さい”
効果:このカードの①の効果は、このカードがフィールドに存在する限り2度しか発動できない。
①:相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。その攻撃モンスター1体の表示形式を変更する。
【疾風迅雷侍】
攻撃力1200→600→1200
【フロム/ソール/クロン】
LP:3950→1950→1550
「…余のターン」
小さく呟きながら、正義はデッキから新たなカードをドローする。
この時点で彼の手札は六枚、攻めるにも守るにも十分な枚数だ。状況はまだまだ彼に分があると考えていいだろう。クロンは四枚の伏せカードで我が身を守りながら、彼の出方を待った。
「怯懦を知らぬ年頃か……眩しいものだな」
右手に握った手札から視線を外し、感傷を含んだ鬼の双眸が三人に向けられる。その言葉の意味をクロンが推し量るより前に、「良かろう」と重く呟いた声が彼らの疑問を遮った。
「そなた達の力量、大いに気に入った。これより先は少しばかり本気で相手をするとしよう」
「な…、何だとぉ!?」
思わずソールが叫ぶと同時、正義の全身からこれまで以上に重い気迫が放たれ、三人の心を震わせる。
これまで意識的に抑えた力を、一気に解放したかのような圧迫感。その研ぎ澄まされた闘志は、宛ら刀に手を掛けた達人のようであった。
「リバースカード、手札断殺を発動。互いに手札を二枚捨て、その後二枚のカードをドローする」
正義の場のカードが翻り、互いに効果を及ぼす手札交換魔法が発動する。
その効果は正義が説明した通りであるが、効果対象はタッグデュエルのルールと同様だ。即ち発動者である正義と、直前のターンプレイヤーであったクロンの二人が手札を交換する事になった。
「余は手札より『抜刀術-「玉」』、及び
事前に決めていたのであろう二枚のカードを墓地に送り、正義はデッキから二枚のカードを引き抜く。クロンは決闘盤を操作してそれらのカードの映像を眼前に表示させると、彼が墓地に送ったカードの効果を確認した。
どちらも墓地で発動するタイプのカードではなかったが、気になったのは彼が《抜刀術-「玉」》を捨てた事だ。他の《抜刀術》シリーズ同様に手札から発動でき、こちらは魔法カードの発動を無効にする事ができる。《王家の神殿》の発動の際に手に掛けたのはこのカードだろう。
(やっぱり、今までは手加減してたみたいッスね…)
止めようと思えば、いくらでも《強制転移》も阻止する手段はあった筈。
敢えて対処せずに《大盤振舞侍》の発動を許した辺り、彼はまだ全力を出してはいなかったのだろう。――少なくとも、今この瞬間までは。
「…ボクは手札が二枚だから、手持ちのカードを全て捨てるッス。ベロペロケルペロスと護封剣の剣士を捨てて、二枚ドロー!」
こちらも二枚のカードを捨て、クロンは手札を入れ替える。
この時墓地に送ったカードのうち、片方は墓地で効果を発動するタイプのカード。手札で腐らせるよりはさっさと墓地に捨てた方が良いカードである為、《手札断殺》は少なくともクロンにとってはプラスに働いたと言える。ドローカードも《工作列車シグナル・レッド》に《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》と悪くない。
だが問題は、正義が何の為に《手札断殺》を発動したかだ。手札が豊富な彼が、ただ手札を交換したいが為に発動したとは思えない。何か思惑がある筈なのだ。
「更に魔法カード、儀式の下準備を発動。余のデッキから儀式魔法と、それに対応した儀式モンスターを一枚ずつ手札に加える」
クロンの疑念を余所に、正義は引き当てたカードを決闘盤に差し込む。その効果により彼は更に二枚のカード――…儀式魔法と儀式モンスターを、一度に手札に呼び込む。
これまで下級モンスターばかり使っていた正義が、儀式モンスターを手中に収める。いよいよ動くらしいと察したクロンは、膨れ上がる不安に思わず息を呑んだ。
「さて…。儀式を行う前に、一度モンスターを整理せねばな。…金城鉄壁侍をリリースし、風霊術-「雅」を発動。そなたの異端の札はデッキの奥底で眠っていて貰おう」
正義が二枚目の伏せカードを翻すと、彼の場に杖を構えた緑髪の美少女が出現する。
おっとりとした表情を浮かべたその少女は《金城鉄壁侍》を光の粒子に変えて杖に吸収すると、杖を媒体に魔力を開放、杖の先端から凄まじい暴風を発生させた。
蛇の様に唸る風は《銀愚者》へと向かい、その軽そうな体を吹き飛ばそうとする。防御の要である《銀愚者》を失う訳にはいかず、させじとクロンは伏せカード発動させた。
「カウンター罠、魔宮の賄賂を発動! 風霊術の発動を無効にします!」
「…ほう?」
四枚の伏せカードのうち一枚が翻り、《銀愚者》に迫る暴風を一瞬にして消滅させる。
自慢の風霊術を防がれた少女《ウィン》は不思議そうに小首を傾げるが、「まあいいか」とばかりに欠伸を一つして、光の粒子となって正義のデッキへと戻って行った。
「ふふん…。残念ですけど、そう簡単にボクの異端の札はやらせませんよ」
「そのようだ。…が、これで余のモンスターゾーンは一つ空いたな」
にやりと笑みを浮かべたクロンに同じく笑みを返し、正義は《魔宮の賄賂》の効果によって一枚ドロー。手札から更なるカードを発動させる。
「これにて準備は整った。手札より儀式魔法、『三種の神儀』を発動する」
正義が新たなカードを発動すると、彼の墓地から三枚の《抜刀術》カードが出現する。
“鏡”、“玉”、“剣”。三枚のカードは光球に姿を変えると儀式魔法カードに取り込まれていく。モンスターカードをコストとする儀式魔法にしては珍しい光景だった。
「三種の神儀は余の墓地に三種の抜刀術が存在する場合、それらを除外する事で儀式召喚に必要なコストの代用とする事が可能だ。今、余の墓地には三種の抜刀術が揃っておる。それらを儀式モンスター降臨の依り代としよう」
「っ…! だからッスか…!」
わざわざ《手札断殺》で《玉》を墓地に送ったのは。遅すぎる理解にクロンが苦悶の表情を浮かべると同時、正義は手札から一枚のカードを決闘盤に叩き付けた。
「太古の闇に沈みし神器の
正義の場の儀式魔法に亀裂が生じ、闇のように黒い炎がカードを燃やしていく。炎は見る間に巨大化し、その形を変え――…やがて二本の刀を構えた大男の様な形状となってクロン達の前に立ちはだかった。
恐らくは《邪神ドレッド・ルート》と同等であろう体躯に違わず、その攻撃力は4000ポイントと高い。日本神話の神の名を持つ儀式モンスター、その力は未知数だ。
「っ――! こ、この瞬間、奈落の落とし穴を発動! その儀式モンスターを除外します!」
咄嗟に動いたクロンが罠カードを発動させる。しかしそのカードは翻ると同時、いつの間にか接近していた《言語道断侍》によって両断された。
「なっ…!」
「すまぬが、
一手先を読んでいた正義が、使用した罠カードを墓地へ送る。
これでクロンに残された伏せカードは二枚。正義は《スサノオ》の降臨を確認すると、「さて」と呟いてこれら二枚のカードの無力化を狙った。
「攻撃の前に、そなたの伏せカードを抑えておかねばな。ライフを800ポイント払い、言語道断侍の効果を発動。このターンの終了まで、全ての魔法と罠の発動を禁じる」
命令を受けた《言語道断侍》が覇気を飛ばし、場の伏せカードの効力を封じに掛かる。
ここで《言語道断侍》の効果を通してしまえば、このターンは伏せカード抜きで正義の攻撃を凌がねばならない。相手の場に攻撃力4000の《スサノオ》と攻撃力3000の《ベエルゼ》がいる今、耐えきれる保証は皆無だ。
と言って、今の二枚の伏せカードでは《言語道断侍》の効果は止められない。罠を発動できるのは今、この
「この瞬間! 罠カード、強制脱出装置を発動します!」
咄嗟に判断し、伏せカードを翻す。
「このカードは場のモンスターを一体、持ち主の手札に戻す事ができます! この効果で――、」
言い掛けて、クロンは一度言葉に詰まる。この《強制脱出装置》でどのモンスターをバウンスすべきか、即座に決断できなかったのだ。
正義の場には攻撃力4000の《スサノオ》と、破壊耐性を持つ《ベエルゼ》がいる。どちらも脅威となるモンスターだが、《強制脱出装置》で処理できるのはどちらか一方だけだ。
(もしスサノオが効果耐性を持つモンスターだったら、強制脱出装置が無駄打ちになる……その点ベエルゼは確実に処理できるけど、そうすると今度はスサノオが野放しになる…!)
効果不明の《スサノオ》か、捨て置く訳にいかない《ベエルゼ》か。後がない状況だけに、決して判断ミスは許されない。
「…この効果で、魔王龍 ベエルゼをバウンスします!」
苦しい二択を迫られた末に、クロンは叫んだ。
どうせどちらも脅威なのだ。ここは確実に《ベエルゼ》を処理した方が安定すると踏んだのだが――…クロンの受難は、まだ終わってはいなかった。
「ならば強制脱出装置の発動にチェーンし速攻魔法、死者への供物を発動。そなたの異端の札、先見眼の銀愚者を破壊する」
「ぐっ…!」
再び《銀愚者》を狙ったカードが発動し、クロンの心を動揺させる。
クロンが《スサノオ》の効果を知らないように、正義もまた初見である《銀愚者》の効果を知らない。不確定要素は早めに潰し、確実に決着をつけようと言う事なのだろう。執拗なまでの異端の札狙いだった。
「むむ…、ぐうぅぅ……永続罠、安全地帯を発動! このカードが存在する限り、銀愚者は破壊されません!」
悩んだ末、クロンは最後の伏せカードをも吐き出す事にした。
《銀愚者》の足元が仄かに光を発し、薄い光の幕が《銀愚者》を包み込む。これにより《銀愚者》は《死者への供物》による破壊を免れた訳だが……一方で、攻撃力0のモンスターに戦闘破壊耐性を与えてしまった事は新たな不安要素でもあった。
(たった一ターンで、四枚の伏せカード全てを使わされた…! けど、これがベストな筈…! 銀愚者がサンドバックにされる危険はあるけど、ここはこれが正解な筈っ…!)
祈るように考えていると、フィールドに現れた大型の機械《強制脱出装置》が《ベエルゼ》を吸い込み、ソールのエクストラデッキへと射出する。困難な状況ではあるが、《ベエルゼ》を排除できたのが、唯一の慰めだった。
全ての効果処理が終わり、《言語道断侍》の効果が正義、クロンの双方に影響を与える。これにより両者共に魔法・罠カードは発動できない。もっともクロンの伏せカードは全て使い終えた後なので、見方によっては正義自身の行動だけが制限された形であるが。
「少し
「スサノオの…、効果…!」
「このスサノオは儀式モンスターであると同時に、ユニオンモンスターとしての特性も持っていてな。場の侍モンスターの装備カードとなる事ができるのだ。…まずはその効果で、スサノオを言語道断侍の装備カードとして装備させる」
正義が宣言すると、黒い炎の巨人が右腕を《言語道断侍》に伸ばし、その小さな体を自身の中に取り込む。炎の体は装備者には無害なのか、《言語道断侍》は涼し気な表情で《スサノオ》の胸部で直立していた。
「スサノオを装備した言語道断侍の攻撃力と守備力は、それぞれスサノオと同じ数値となり、二回攻撃が可能となる。無論、装備モンスターの効果が失われる事も無い。即ち――、」
「攻撃力4000の二回攻撃と、魔法・罠の発動を封じる効果を持ったモンスター…!」
思わず漏れたクロンの呟きに、正義は「如何にも」と微笑を浮かべる。
ただでさえ伏せカードが尽きたこの状況、攻撃力4000の連撃を浴びては一溜りも無い。《銀愚者》の破壊耐性を抜きにしても、軽くライフが消し飛ぶ威力だ。
「どれ…。このままでも仕留めるには十分な火力だが、今少し戦力を高めるとしよう。手札より『戦意高揚
攻撃の手を一切緩めず、正義は新たなモンスターを展開する。
現れたのは、これまでの侍達とは趣向の異なる姿をしたモンスター。小柄なモンスターに変わりはないが、何故か青いメイド服を着て女装しており、髪も他の侍に比べて増量している。
顔立ちは他の侍と同じなので可愛いかと言われると微妙であるが、メイド姿が妙に似合っており何処か愛嬌が感じられる。刀や槍でなくクナイを武器にしているのもポイントが高く、勇ましい侍達の中にあって華のあるモンスターだった。
「戦意高揚侍はその名の通り、味方の士気を高めるモンスターでな。自身を含む戦士族モンスターの攻撃力を500ポイント上昇させる効果を持っておる」
正義が解説すると同時、彼の場の全てのモンスターの攻撃力が500ポイントずつアップする。僅か500ポイント程度であるが、この状況においては馬鹿にできない強化だった。
攻撃力4500の《言語道断侍》と、攻撃力1500の《大盤振舞侍》。攻撃力1200の《震天動地侍》に、攻撃力1000の《戦意高揚侍》。これらのモンスターが全て《銀愚者》を狙うのは間違いなく、クロンは高鳴る鼓動を懸命に抑えながら平静を保とうとした。
(だ…、だ…、大丈夫な筈…! ボクの計算だと、攻撃は全部凌ぎ切れる筈…!)
目に涙を浮かべながら自らを鼓舞する。正義は口元を吊り上げ、恐れを隠しきれないでいるクロンに視線を向けた。
「さて愚者の少年、この総攻撃をどう防ぐ? …――スサノオを纏いし言語道断侍よ、異端の札を粉砕せよ」
黒い炎の巨人が右腕を持ち上げ、その手に握られた炎の刀を振り下ろす。連撃の第一撃であるが、これ一つでも通せば勝負は終わる。クロンは迷わず《銀愚者》の効果を発動させた。
「先見眼の銀愚者の効果発動! 攻撃モンスターを、守備表示に変更します!」
指令を受けた《銀愚者》は左腕を《スサノオ》の刃に向け、腕部に仕込まれたマジックハンドを作動させる。《銀愚者》の左腕は迫りくる刃を掴み、メキメキと腕を軋ませながらも、辛うじてその攻撃を食い止めた。
「成程、そなたの異端の札は表示形式を変更する能力か。これでは二回攻撃も意味を成さぬな。――ならば、」
正義が攻撃を宣言するより先、いつの間にか《銀愚者》の側面に回り込んでいた《震天動地侍》が姿勢を屈め、刀を構える。連撃の第二波、これも通す訳にはいかない。
「さて、如何に?」
「くっ…! 銀愚者の効果は、場に存在する限り二回まで発動できます! 震天動地侍も守備表示ッス!」
慌てて宣言したクロンに応じ、《銀愚者》は《スサノオ》の刃を食い止めながら側面に右腕を伸ばし、《震天動地侍》の刀を掴む。
攻撃力0のモンスターが一度に二体の攻撃を防ぐ様は圧巻の一言だが、しかし、これで《銀愚者》の効果は打ち止めとなった。
「もう銀愚者の効果は使えない……あと二回、何とか残り二回の攻撃を凌がないと…!」
「
両腕を伸ばしきった《銀愚者》の背後、突如として現れた一人の侍に、クロンは背筋を凍らせる。その攻撃力は《戦意高揚侍》の効果で1700ポイントにまで上昇しており、攻撃を通せばライフは消し飛ぶ計算だ。
「疾風迅雷侍で、異端の札に追撃を掛ける。――さあ、如何に!」
「ま、まだッス! 手札の工作列車シグナル・レッドを守備表示で特殊召喚! 疾風迅雷侍の攻撃を引き受けます!」
咄嗟に判断したクロンが決闘盤にカードを叩き付けると、彼の場に赤色の小型列車が出現し、繰り出された《疾風迅雷侍》の槍をその身に受ける。
これで三度、攻撃を凌いだ。「堅牢だな」と感情無く呟いた正義は、息つく暇さえ与えず行動を続行する。
「しかし、次は防げまい。戦意高揚侍、異端の札を攻撃せよ」
《銀愚者》の正面。いつの間にか接近していたメイド服の侍が、右手に握ったクナイを《銀愚者》の胸に突き立てる。
今度こそ攻撃を止める手立ては無く、クナイが引き抜かれると《銀愚者》から血のようなオイルが噴き出す。《安全地帯》によって破壊は免れるものの、これでクロンのライフは残り550ポイントとなった。
「ぐぅぅ…! けど、この瞬間――!」
「この瞬間、そなたの墓地のケルペロスが効果を発動。余の大盤振舞侍を破壊する」
何もかもを読み切った正義の宣言に、クロンはぶるりと身を震わせる。
先程《手札断殺》で墓地に送った《ケルペロス》は、クロンがダメージを受ける事で発動し、自身の除外と引き換えに場のカードを一枚破壊する事ができる。本来なら《スサノオ》を狙いたい所だが、ここで《大盤振舞侍》を破壊しなければ攻撃されてライフは尽きる。破壊するしかない――、破壊せざるを得ない!
「…大盤振舞侍を、破壊します!」
地の底から現れた不気味な三頭の獣が、《大盤振舞侍》の顔をぺろぺろと舐めながら鋭い爪でその身を引き裂く。
クロンの意思で排除したというよりは、正義がクロンのカードを利用して邪魔な《大盤振舞侍》を処理した形であるが――…ともあれ、今度こそ。正義の攻撃の手は止まった。
「はぁ、はぁ……流石に、もう次はありません、よね?」
「うむ、矢は尽きたようだ。よくぞ凌いだ愚者の少年、余はこのターンで仕留めるつもりだったのだぞ」
ポーカーフェイスはとうに崩れ、今にも泣きだしそうな表情のクロンに、正義は恐らく本心であろう称賛を送る。
もっともそれを嬉しいと感じる気力は既にクロンには無く、ただただこのまま正義のターンが終わるのを願うだけだった。
「どれ…、今少しこの勝負を楽しむとしよう。カードを一枚伏せ、余のターンは終了とする」
長く感じられた攻防が終わり、正義は残り二枚となった手札からカードを一つ出して手番を終える。
(や…、やっと終わったぁ…!)
随分と神経を削ったが、何とか次のフロムのターンに繋ぐ事ができた。クロンは安堵の息を吐き、精も根も尽きたようにその場に座り込んだ。
「手札断殺」 速攻魔法
効果:①:お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送る。その後、それぞれデッキから2枚ドローする。
『抜刀術-「玉」』 カウンター罠
効果:このターン中に自分が「抜刀術」カードを発動していない場合、このカードは手札から発動する事ができる。
①:自分フィールドに「
その発動を無効にし破壊する。
「霞の谷の神風」 フィールド魔法(制限)
効果:自分フィールド上に表側表示で存在する風属性モンスターが手札に戻った場合、自分のデッキからレベル4以下の風属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。
「ペロペロケルペロス」 モンスター
地属性 獣族 ☆4
攻撃力0 守備力1800
効果:①:このカードが墓地に存在し、戦闘または相手の効果で自分がダメージを受けた場合、墓地のこのカードを除外し、フィールドのカード1枚を対象として発動できる。
そのカードを破壊する。
「護封剣の剣士」 モンスター
光属性 戦士族 ☆8
攻撃力0 守備力2400
効果:相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。
さらにこのカードの守備力がその攻撃モンスターの攻撃力より高い場合、その攻撃モンスターを破壊する。
また、フィールド上のこのカードを素材としてエクシーズ召喚したモンスターは以下の効果を得る。
●このカードは1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。
「儀式の下準備」 通常魔法
効果:「儀式の下準備」は1ターンに1枚しか発動できない。
①:デッキから儀式魔法カード1枚を選び、さらにその儀式魔法カードにカード名が記された儀式モンスター1体を自分のデッキ・墓地から選ぶ。
そのカード2枚を手札に加える。
「風霊術-「雅」」 通常罠
効果:自分フィールド上に存在する風属性モンスター1体をリリースし、相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択した相手のカードを持ち主のデッキの一番下に戻す。
『三種の神儀』 儀式魔法
効果:「憑依神霊-スサノオ」「憑依神霊-アマテラス」の降臨に必要。
①:レベルの合計が儀式召喚するモンスターのレベル以上になるように、自分の手札・フィールドのモンスターをリリース、またはリリースの代わりに自分の墓地の「抜刀術-「鏡」」・「抜刀術-「玉」」・「抜刀術-「剣」」をそれぞれ1枚ずつ除外し、手札から「憑依神霊-スサノオ」または「憑依神霊-アマテラス」を儀式召喚する。
『憑依神霊-スサノオ』 儀式モンスター
闇属性 戦士族 ☆10 ユニオン
攻撃力4000 守備力3500
効果:「三種の神儀」により降臨。
このカードは儀式召喚でしか特殊召喚できない。
①:1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分フィールドの「
●装備されているこのカードを特殊召喚する。
②:装備モンスターの攻撃力と守備力はこのカードと同じ数値となり、1度のバトルフェイズ中に2回まで攻撃できる。
③:??????
「奈落の落とし穴」 通常罠
効果:①:相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動できる。
その攻撃力1500以上のモンスターを破壊し除外する。
「強制脱出装置」 通常罠
効果:①:フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを持ち主の手札に戻す。
「死者への供物」 速攻魔法
効果:フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。次の自分のドローフェイズをスキップする。
「安全地帯」 永続罠
効果:フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターは相手のカードの効果の対象にならず、戦闘及び相手のカードの効果では破壊されない。
また、そのモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃できない。このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。
『戦意高揚
光属性 戦士族 ☆1
攻撃力500 守備力200
効果:①:自分フィールドの戦士族モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
「工作列車シグナル・レッド」 モンスター
地属性 機械族 ☆3
攻撃力1000 守備力1300
効果:①:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
このカードを手札から特殊召喚し、その相手モンスターの攻撃対象をこのカードに移し替えてダメージ計算を行う。このカードはその戦闘では破壊されない。
【言語道断侍】
攻撃力200→4000→4500
守備力300→3500
【大盤振舞侍】
攻撃力1000→1500
【震天動地侍】
攻撃力700→1200
【戦意高揚侍】
攻撃力500→1000
【疾風迅雷侍】
攻撃力1200→1700
【正義】
LP:3950→3150
次のターンのドローフェイズのスキップが確定。
【フロム/ソール/クロン】
LP:1550→550
後が無い状況だった。
実力の差は言うまでも無く、デュエルの主導権から引き運に至るまで、全てに置いて三人は正義に圧倒されている。
ライフポイントも残り僅か。もはや逆転勝利など不可能なように思えるが――…それでも、勝負はまだ続いている。諦める訳にはいかなかった。
「君にしては上出来だったよ、クロン。…ボクのターン!」
続いてフロムのターン。彼は憎まれ口を一つ叩いてクロンの頑張りを引き継ぎ、新たなカードをドローする。
(さて…。どうしたものかな…)
このデュエル、恐らくもう一度自分のターンが回って来る事はあるまい。これが自分のラストターンなのだと肝に銘じ、フロムはドローカードを確認する。瞬間、鳥肌が立つような感覚が彼の全身に駆け巡った。
「おい、馬鹿。ついでに君の事も褒めてあげるよ」
「…あぁ?」
「
歓喜するように叫び、フロムは引き当てたカードをそのまま決闘盤に叩き付ける。
それはデュエルが始まる前、
「疾風迅雷侍とシグナル・レッドをリリースして――。異端の札、『アンブレイカブル・ザ・ワールド』を召喚ッ!」
役目を終えた二体のモンスターが光の粒子となって四散し、代わりに新たなモンスターがフロムの場に出現する。
数字の1と0が無数に並んで構成された、立体的な女性の裸体。光輝くマネキンのようなモンスターであった。
闇の中で輝くそれは数字の集合体ながら神秘的な美しさを持ち、何もない空間に足組みして腰掛ける。頭部にあたる部分には光の粒子によって髪らしきものが作られ、その様はさながら金髪の女性が宙に浮いているかのようであった。
「これが…!」
「フロムの異端の札か…!」
クロンとソールの感嘆の声を浴びながら、フロムは改めて異端の札のテキストとステータスを確認する。
攻撃力は1000ポイントと上級モンスターらしからぬ低い数値であったが、それを補って余る程の強力な効果を秘めている。この状況を打破する為の、唯一最後の希望だった。
「ほう…、二枚目の異端の札が出て来たか」
何処までも落ち着き払った正義の声が、歓喜する三人の耳朶を叩く。脅威を脅威とも感じていない双眸が《ザ・ワールド》に向けられ、次いでその持ち主であるフロムに向けられた。
「教皇の話では、愚者の他にもう一人異端の札に選ばれた者が居るとの事であったが……成程、そなたか」
面白い、と口元を緩めた正義の周囲。彼の場に布陣する侍達が、主の身を守るかのように正義の元に集う。
追い詰められたフロムが何か仕掛けて来ると踏んだのだろう、それぞれ鋭い目で《ザ・ワールド》を睨み上げていた。
「異端の札の効果は、持ち主の性格が表れると言う」
そんな侍達の心配を余所に、正義は笑みを張り付けたままフロムに――…否、三人に語り掛ける。
「その異端の札がどのような力を持つのかは知らぬが、その力が状況を打破するか否はそなたの一念次第だ。愚者の異端の札が、執念で余の攻撃を凌ぎきったようにな」
「…ボクの気構えが試されている、と?」
恐れを含んだ目で睨みながらフロムが尋ねると、正義は「如何にも」とその問い掛けに応じた。
「だがそれは言い換えれば、異端の札にも限界がある事を示している。個人に出来る事など知れている、ましてや一人の人間が大局を覆すなど不可能だ。最強の決闘者などと呼ばれた余が、世界の滅びを止める事が出来ぬようにな」
足掻いた所で、敗北の運命は変わらない。そう言い聞かせる声に、フロムはぐっと言葉に詰まった。
正義が指摘した通り、フロムの異端の札にはこのターンで彼を仕留める程の力は無い。その可能性はあるにはあるが、あまりにも運に頼った
自分達が勝てる相手じゃない。心の何処かに巣食った弱音が、折角見えた一縷の光さえも否定しようとしている。心の弱さはじんわりと広がり、希望の光を自ら吹き消そうとした時――…、
「うるせぇな! んな事、どうでもいいだろーが!」
弾けるようなソールの声が、闇の中で木魂した。
「運命だの限界だの、そういう小賢しいのはもうたくさんだッ! テメーらの事情なんか知った事じゃねーが、俺様達はテメェらの言う並行世界ってやつを超えてここまで来たんだ! リリオンの奴は瞬殺してやったし、糞猫も蹴散らしてやった! なら、テメェを倒せねぇ道理はねーだろうが!」
違うか、と問いかけた彼女の声は、フロムに向けられたものだった。
単純な彼女には、あくまで勝利に向かって行く事しか頭に無いのだろう。次元を超えてクロンを助け出したように、正義という難敵を突き抜けてその先へ進み事しか考えていない。フロムには到底理解できない単細胞な考え方であったが……その“熱”は、今はありがたかった。
「ま、そういう事だね。クロンのガキでさえ上手くやったんだ、天才のボクに出来なきゃ嘘ってものさ。…予告するよ戦国プロ。あんたは、このターンで倒す」
敢えて強気な言葉を吐くと、「ほう?」と笑みで応じた正義の視線がフロムに向けられる。
どの道、もう後には引けないのだ。ここで敗北して立ち止まるか、勝利して先に進むか。全ては、この瞬間に掛かっている。
「先見眼の銀愚者を守備表示にして、魔法カード、『スロゥ・ナイフス』を発動!」
迷いを断ち切って行動を再開すると、《ザ・ワールド》の両手に無数のナイフが握られる。かつてクロンとの戦いでも使用した、変わった効果の除去カードだった。
「スロゥ・ナイフス……確か、対象のモンスターを相手のエンドフェイズに破壊する効果であったな」
「その通り。対象は言語道断侍を選択するよ。これで次のあんたのエンドフェイズに、言語道断侍は破壊される事になった」
フロムが頷くと同時、《ザ・ワールド》は手にしたナイフを《言語道断侍》に向けて放つ。それらは《言語道断侍》を包む《スサノオ》に触れる直前に動きを止め、時が止まったかのようにその場に静止した。
「成程、面倒なカードではあるな。…しかし、次の余のエンドフェイズか。確かそなたはこのターンに余を倒すと宣言した筈だな? その舌の根、まだ乾いてはおるまい」
「もちろん、やるさ! ザ・ワールドの効果発動!」
揚げ足を取ろうとする声を軽く退け、フロムは本命である異端の札の効果を発動させる。
「ザ・ワールドは手札一枚をコストにする事で、そのターン中、自身を除いたカードの効果と発動を無効にする! 手札のセシリーを捨てて、全てのカードを無力化する!」
「むっ…!」
手札で持て余していた《セシリー》を墓地に送ると、《ザ・ワールド》の体から波動のようなものが放たれ、空間に拡散する。
その波動を浴びたモンスター達は時間を止められたかのようにその場に静止し、全ての力を失う。攻撃力4500を誇る《言語道断侍》すらも、今は元の攻撃力に戻っていた。
「これがボクの異端の札、アンブレイカブル・ザ・ワールドの能力…。全てを支配下に置いて、その力を失わせる。そしてカードが無力化されている以上、最強の決闘者と言えどこのターンは何もする事はできない!」
「ほう…。差し詰め、時を止める効果と言ったところか。パラクス使いらしい能力ではある」
しかし…。と、正義は動ずる事無く《ザ・ワールド》に目を向ける。
「そなたの異端の札の攻撃力は1000ポイント、その程度では余を仕留める事はできん。またザ・ワールドの効果がそなた自身のカードにも干渉している以上、新たな戦力も用意できまい。…さて?」
期待を含んだ声で笑いながら、正義は改めて双眸をフロムに向ける。
彼の指摘通り、ただ効果を無効にしただけでは勝利には繋がらない。逆転の為には、正義のライフを消し飛ばす程の火力が不可欠だ。
とは言え、当然フロムもその事は十分に理解している。真の勝負はこれからだった。
「ザ・ワールドの第二の効果! 自身の効果で他のカードを無力化したターン、このカードは相手に直接攻撃する事ができる! ザ・ワールド、戦国プロに攻撃しろ!」
意を決してフロムが叫ぶと、命令を受けた《ザ・ワールド》は両の拳を構えて正義へと向かって行く。全てのカードを無力化された正義には、この攻撃を防ぐ手は無かった。
(本当はスサノオごと言語道断侍を破壊したいところだけど、ちんたらしている余裕は無い…! ここは一か八か、やるしか無い!)
《ザ・ワールド》の右拳が、正義の腹部を貫き、彼のライフを僅かに削る。致命傷には程遠いダメージであるが、フロムはにやりと口元を吊り上げ、更に叫んだ。
「この瞬間、ザ・ワールドの第三の効果が発動するよ! ザ・ワールドが直接攻撃で相手にダメージを与えた時、デッキの上からモンスター以外のカードが出るまで捲って墓地へ送る事ができる! そして墓地へ送ったモンスターカードの数×1000ポイントの追加ダメージを、相手に与える!」
「ほう…!」
感嘆の声を漏らした正義が、眼前で拳を構えたままの《ザ・ワールド》を睨む。攻撃力の低さを追加のダメージで補う、それが《ザ・ワールド》の真価であった。
「モンスターカードが出るまでカードを捲る……つまり、
「あのじじいの残りライフは二千と少し…。おい! って事は、ここでモンスターカードが三枚続けば――…」
勝利の可能性見えた事で、クロンとソールが俄かに騒ぎ始める。
一枚モンスターカードを捲る毎に1000ポイントのダメージが入るのであれば、それが三度続けば正義のライフは消し飛ぶ計算となる。偶然が三度重なる事を前提にしたか細い道ではあるが、このデュエルで初めて見えた勝利への道筋であった。
「…成程。正真正銘、全てを賭けた一撃という事か」
それでも尚。敗北の可能性を突き付けられても尚、正義は動じる様を見せず、にやりと笑みを浮かべる。
「だが、果たして上手くゆくものかな。パラクスデッキは魔法・罠カードとのコンボを前提としたデッキの筈、そう都合良くモンスターカードが三度続く訳もあるまい?」
「……確かに、分の悪い賭けだとは思うよ。けど、やって見せるさ…! 無理な事をやってのけるのが、天才だよ!」
理屈も思考もかなぐり捨て、気合いだけを一念にフロムはデッキに手を伸ばす。
目指すものは、ただ一度の奇跡。モンスターカードを三度続けて引くという稀有な偶然を望み、フロムはまず一枚目のカードを引き抜いた。
「まずは一枚目! …モンスターカード、『パラクスの少女 イヴ』を引いた!」
フロムの声を合図に、《ザ・ワールド》は両拳のラッシュを正義に叩き込む。鎧に覆われた巨体が勢い良く吹き飛ばされ、1000ポイントの追加ダメージと共に後方の壁へと叩き付けられた。
「うぐッ…!」
「二枚目もモンスターカード、『パラクスの少女 アイリン』! もう一度追加ダメージだ!」
吹き飛ばされた正義に追いついた《ザ・ワールド》が脚蹴りを放ち、正義の体を再度壁に叩き付ける。これで追加ダメージは2000ポイント、正義のライフは残り150程度しかない。遠く思えた勝利の光が、初めて目の前に見えた気がした。
「ぐッ…! 意外と、追い込まれたものだな…!」
正義の声に僅かな焦りが混じった事に気付き、フロムはぶるりと身を震わせる。
――勝てる。理由無く直感し、この上ない昂りを覚えたフロムは、最後の一撃を与えるべく最後のカードに手を掛けた。
「これでトドメだッ! 三枚目――!」
フロムがカードを引き抜くと同時、《ザ・ワールド》が渾身の右拳を正義に向けて放つ。
全てを決する最後の一撃――…フロムは、《ザ・ワールド》の拳が正義を打ち付け、背後の壁を粉砕する瞬間を目撃した。
「や……やった、のか…!?」
ガラガラと音を立てて崩れる瓦礫と砂埃が、正義の姿を包んで隠す。最後の一撃が通ったのか否かは確認できず、ソールは恐る恐るフロムに質問した。
彼が引いたカードがモンスターであれば、正義のライフは尽きている。もはや余力の残されていない今、この結果が勝敗に直結すると言っていい。ソールも、そしてクロンも。縋るような気持ちでフロムの返答を待った。
「……三枚目のカードは、禁じられた聖杯…。速攻魔法、だよ」
フロムは苦しい表情を浮かべて、そのカードを二人に提示する。
最後のカードは、モンスターカードでは無く魔法カード。――三度目の追撃は通らなかった。その事実を認識した瞬間、クロン達の表情は凍り付いた。
「じゃあ、まさか…!」
「戦国プロのライフは、まだ残っている…」
力無く呟いたフロムの視線の先。決闘鎧のスラスターで砂埃を払いながら、正義はその姿を再び現し、何事も無かったかのように螺旋階段の中央へと戻る。
追い詰められて尚、鬼神の如き風格は保ったまま。正義は、鋭い眼光を三人に向けた。
「やはり、闇夜の
左腕のライフカウンターを見せつけながら、正義はにやりと口元を吊り上げる。
「だが危うい所であった…。もし天が今少しそなた達に味方しておれば、余はここで倒れていたであろう。誇るが良い幼子達よ、この戦国 殿方、称賛の言葉が思いつかぬぞッ!」
奇跡は、起こらなかった。痛快とばかりに笑う正義の姿に、三人は呆然と立ち尽くす。
後ほんの少し。僅か150ポイントのライフが、果てしなく遠く感じられる。確かに見えた勝利の光も、暗闇の中へ消えて行った。
「…おい、天才野郎。次のターン、死んでも奴の攻撃を凌いで俺様のターンに繋げろ」
敗色を肌で感じながら、それでも闘志を消さずにソールは呟く。
「後たった150ポイントじゃねぇか…! あの程度の残りカス、俺様が死んでも磨り潰してやる! ここまで追い詰めたんだ、負けられるか!」
絶望を怒りで誤魔化しながら、ソールが余裕の無い眼光でフロムを睨む。
それが出来れば苦労はしないと思いはするが、どの道もう後は無い。フロムは深い溜息を吐いて、焦りを含んだ眼差しをソールに向けた。
「それはこっちの台詞だよ、馬鹿…。何としても君のターンまで持たせる……次で確実に仕留めろ、いいな…!」
戦意の残り火を燃やしながら、フロムはターンを続行する。このターンでの決着は失敗に終わったが、まだ敗北した訳では無い。ならば当然、次の正義のターンに備える必要がある。
「カードを一枚セットして、ターンエンド!」
最後の手札を決闘盤に差し込み、フロムがターンの終了を宣言する。それと同時、《ザ・ワールド》の効果が切れ、全てのカードはその効力を取り戻した。
『アンブレイカブル・ザ・ワールド』 モンスター
闇属性 魔法使い族 ☆9
攻撃力1000 守備力1000
“才能は、神からの贈り物。慢心は、蛇からの贈り物。”
効果:このカードは特殊能力できない。このカードの②の効果は、①の効果を発動したターン中にのみ使用できる。
①:1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で発動する。この効果の発動に対してカードの効果は発動できない。
エンドフェイズまで「アンブレイカブル・ザ・ワールド」以外の全ての魔法・罠カード・モンスター効果は発動できず、効果が無効となる。この効果を発動するターン、このカード以外のモンスターは攻撃する事ができない。
②:このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
③:このカードが直接攻撃で相手にダメージを与えた時に発動できる。自分のデッキの一番上のカードをめくり、それがモンスターだった場合、そのモンスターを墓地へ送り、相手に1000ダメージを与える。
その後、モンスター以外がめくられるまでこの効果を(最大で4回)繰り返す。めくったカードがモンスター以外だった場合、そのカードをデッキの一番上に戻す。
『スロゥ・ナイフス』 通常魔法
効果:①:相手フィールドの表側表示モンスター1体を選択して発動できる。次の相手ターンのエンドフェイズ時、そのモンスターを破壊する。
②:このカードの①の効果で相手モンスターを破壊した場合に発動できる。墓地のこのカードを手札に戻す。
【言語道断侍】
攻撃力4500→200→4500
守備力3500→300→3500
【大盤振舞侍】
攻撃力1500→1000→1500
【震天動地侍】
攻撃力1200→700→1200
【戦意高揚侍】
攻撃力1000→500→1000
【疾風迅雷侍】
攻撃力1700→1200→1700
【正義】
LP:3150→2150→1150→150
もう一息というところまで、追い込んだ。
正義の残りライフは150ポイント。もはや《火の粉》や《雷鳴》といった最小のバーン効果でも削り切る事さえ可能である。
加えて正義は先に発動した《死者への供物》の効果により、このターンはドローフェイズを行う事ができない。三人の執念が、ようやく現実的な勝利の可能性を引きずり出した形だった。
とは言え、その150ポイントのライフが果てしなく遠いのもまた事実。三人は気を緩める事無く、正義の次の手を警戒した。
「まったく見事なものよ、余のライフをここまで削るとはな…。
言いながら、正義は最後の手札に視線を落とし、にやりと笑みを浮かべる。その口ぶりは依然として余裕に満ちており、自らの逆境を楽しんでいるかのようだった。
「だが、余を仕留め損なった代償は大きいぞ。手札より『起死回生侍』を召喚する!」
最後の手札が決闘盤に叩き付けられ、彼の場に新たな侍が出現する。
軽量の鎧を身に着け武器は持っておらず、右手には木製の盾を、左手には薬品や塗り薬を入れた木箱を持っている。盾の裏には医療器具らしきものが取り付けられており、侍というより金瘡医のようなモンスターだった。
「起死回生侍が召喚された時、余は自陣の戦士族モンスター一体の攻撃力分と同じ数値のライフを得る事ができる。余が選択するのは言語道断侍、よって余のライフは4500ポイント回復する」
「なっ…!」
三人揃って驚嘆の声を漏らすと、《起死回生侍》は木箱からありったけの薬品を取り出し、手当たり次第に正義へと投げつける。
適当この上ない治療であるが効果は大きく、彼のライフは瞬く間に4650ポイントにまで回復した。
「もう一つ。ライフが1000ポイント以下の時に起死回生侍の効果を発動した場合、余は更にカードを一枚ドローする事ができる」
増大したライフに加え、更に一枚のカードが正義の手札に加わる。勝利の可能性が見えたのも束の間、先程以上の劣勢が突き付けられた形だった。
「や…、やっと後一歩のところまで削ったのに…!」
「巻き返して来やがった…!」
「……くそっ!」
満身創痍であった筈の相手が、何事も無かったかのように万全を整え立ち塞がる。その事実は疲弊しきった三人の胸に残酷な程に突き刺さり、彼らを絶望の淵へと追い込んだ。
勝利を掴み損ねた手が力無く開かれ、恐れを含んだ三組の瞳が正義を見詰める。敵わないという実感を三人の脳髄に刻みながら、正義は「さて…」と低く呟いた。
「良い余興であったが、そろそろ仕舞いにするとしよう。まだそなた達の仲間の相手もせねばならぬのでな。…言語道断侍よ、パラクスの少年の異端の札に攻撃せよ」
遠回しな勝利宣言の後、正義は静かに攻撃を命令する。《言語道断侍》の効果を発動せずに攻撃を仕掛けたのが引っ掛かったが、フロムは冷静に伏せカードを発動させる。
「メインフェイズ終了時に罠カード、『パラクスの棺』を発動! 墓地のパラクスの少女三枚を除外する事で、このターンのバトルフェイズを終了する!」
フロムの場に青白く輝く棺桶が出現し、墓地に眠る三体の《パラクスの少女》の魂を取り込んで何処かに消えていく。
その効果により正義のバトルフェイズは封じられ、《言語道断侍》の攻撃は不可能となった。だが正義はこの展開も読んでいたようで、驚いた様子も無く「ならば」と次の手を打った。
「メインフェイズを続行し魔法カード、『死灰復然』を発動。このカードは余の侍モンスターを任意の枚数デッキに戻す事ができる。その効果により、起死回生侍、戦意高揚侍、疾風迅雷侍、震天動地侍の四体をデッキに戻そう」
正義の場に並ぶ四体の侍がカード化し、吸い込まれるように彼のデッキへと戻って行く。ここに来て自らの戦力を削り始めた彼の行動に、ソールは目を丸くした。
「なんだ…? 自分からモンスターを減らしやがったぞ…?」
思わず呟くソールだが、わざわざ自分の場を空けるだけのカードを使う筈も無い。「更に」と正義の言葉が続き、
「次の余のスタンバイフェイズ時、この効果で戻した数と同じ数の侍モンスターを攻撃表示で特殊召喚する事ができる。即ち一時的に戦力を削る代わりに、自由に援軍を呼ぶ事ができるカードだ」
「じゃあ次のターン、四体の侍モンスターが…!?」
《言語道断侍》の効果を使わなかったのはこれが狙いか。今回も遅れて気付いたクロンに、正義は「如何にも」と静かに告げる。
「そなた達のライフは残り550……四体ものモンスターを自由に出せる以上、次も打ち漏らすという事はあるまい。…わかるな?」
「……ボク達に残された猶予は、一ターンだけ…」
恐る恐る呟いたクロン。しかし、今回に関しては正義の行動は悪手のように思えた。
確かにデッキから任意のモンスターを展開できるのであれば、550ポイント程度のライフを消し飛ばす事は訳の無い事だろう。バーン効果を持った侍モンスターが出て来る可能性もあるし、直接攻撃効果を持つモンスターが出て来る可能性もある。それを防ぐ手段は無いと言っていい。
だが一方で、モンスターをデッキに戻した事で今現在の正義の場は手薄となっている。攻撃力4000の《言語道断侍》と伏せカードが一枚、決して突破不可能な布陣では無い。
(……これなら…)
「守りが薄くなった今なら、次の余のターンが来る前に決着に持ち込む事ができるやも知れん……そう考えているのなら、読みが浅いな。愚者の少年」
思考を的確に言い当てられ、クロンはぎくりと肩を竦める。
「まあ良い、すぐにわかる。余はこれにてターンを終了する」
「えっ? ――なら、この瞬間! スロゥ・ナイフスの効果発動!」
正義がターン終了を宣言すると同時、フロムが叫ぶ。
先のターンに設置していた無数のナイフが一斉に動き出し、雨霰のように《言語道断侍》に降り注ぐ。ここで《言語道断侍》を破壊してしまえば更に有利な状況となるのだが、それは流石に甘い考えであった。
「ユニオン状態のスサノオの効果を発動。装備モンスターが破壊される場合、身代わりにこのカードを破壊できる」
《言語道断侍》を覆う黒い炎がナイフを受け止め、内部にいる《言語道断侍》を保護する。《スサノオ》は赤子のように泣き叫びながら炎の勢いを弱め、やがてその姿を消していった。
ただ、この行動も悪手のようにクロンには思えた。《言語道断侍》は元々攻撃力の低いモンスター、わざわざ《スサノオ》を盾にする程の価値があるとは思えず、むしろユニオン状態を解除して攻撃力4000の《スサノオ》を場に残すものと考えていたのだが…。クロンも、そしてフロムも。解せないといった面持ちで正義を睨んだ。
「この瞬間、スサノオの最後の効果が発動する。装備カードであったこのカードが墓地へ送られた事で、言語道断侍は新たに3000ポイントの攻撃力と、あらゆる相手の効果を受け付けない効果を得る」
僅かに残った《スサノオ》の残り火が、行き場を求めるかの様に《言語道断侍》へと集う。それはとても小さな炎であったが武神の力を保っており、《言語道断侍》に上級アタッカー並の力と能力を与えた。
「相手の効果を受けない、攻撃力3000のモンスター…!?」
思いがけず立ちはだかった壁に、クロンは思わず驚嘆の声を上げる。攻撃能力こそ下がったものの、新たに追加された効果耐性は非常に厄介だった。
効果を受けないという事は、自分達はこの《言語道断侍》を正面から突破し、その上で残り4650となった正義のライフを削り切らなくてはならないという事になる。それも、たった一ターンという猶予の間でである。
(そんなの、不可能だ――!)
即座に結論したクロンは、自分と同じように苦しい表情を浮かべているソールを横目で見る。
彼女の手札は0枚。いくら火力自慢の彼女であっても、ドローカード一枚と二体のモンスターだけでこの状況を覆せるとは思えない。唯一の可能性は《ザ・ワールド》でもう一度連続攻撃を仕掛ける事だが、正義のライフが先程よりも高くなっている以上、失敗は目に見えている。
そこまで計算した上での行動なのだろう。デュエルの主導権は、何処までも正義に握られていた。
『起死回生
光属性 戦士族 ☆4
攻撃力100 守備力100
効果:①:このカードが召喚に成功した時、自分フィールドの戦士族モンスター1体を選択して発動する。自分はそのモンスターの攻撃力分のLPを回復する。
②:自分のLPが1000以下の時に①の効果を発動した場合に発動できる。自分はデッキからカードを1枚ドローする。
『パラクスの棺』 通常罠
効果:①:自分の墓地から「パラクスの少女」カードを3枚除外し、以下の効果から一つを選んで発動する。
●次の相手ターンのメインフェイズ1をスキップする。
●次の相手ターンのバトルフェイズをスキップする。
『死灰復然』 通常魔法
効果:「死灰復然」は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分フィールドの「
次の自分スタンバイフェイズ、この効果で戻したモンスターと同じ数だけデッキから「
『憑依神霊-スサノオ』 儀式モンスター
闇属性 戦士族 ☆10 ユニオン
攻撃力4000 守備力3500
効果:「三種の神儀」により降臨。
このカードは儀式召喚でしか特殊召喚できない。
①:1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分フィールドの「
●装備されているこのカードを特殊召喚する。
②:装備モンスターの攻撃力と守備力はこのカードと同じ数値となり、1度のバトルフェイズ中に2回まで攻撃できる。
③:装備カード扱いのこのカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。このカードが墓地に存在する限り、このカードを装備していたモンスターは以下の効果を得る。
●このカードの攻撃力は3000ポイントとなり、相手のカードの効果を受けない。
【言語道断侍】
攻撃力4500→4000→3000
守備力3500→300
【正義】
LP:150→4650
「くっ…。ここが正念場ってやつか……俺様のターン!」
全ての期待と可能性を一身に受けながら、ソールは最後のターンに挑む。
もはや自分達に勝ち目が残されているとは思えないが、と言って、素直に敗北を受け入れる訳にはいかなかった。
ここで倒れたら、どんな目に遭わされるかわかったものでは無い。あっさりと殺されるか、あるいはそれ以下の扱いを受けるか。どちらにしても、明るい未来が待ってる訳がないのだ。
(それじゃあ、クロンを助けに来た意味がねぇ…!)
ぎり…と歯を噛み締めながら、ソールは引き当てたカードに目を向ける。自分達の命運を分ける最後のカード。それを見てソールは――…にやりと、笑った。
「ククク……よぉ、じいさん。プロ決闘者だか何だか知らねーが、テメェは一つ大きな勘違いをしてやがるぜ」
肩を揺らして笑いながら、自信たっぷりに言い放つ。その言葉に驚いたのは、正義ではなく隣で聞いていたクロンとフロムの方だった。
「余が、勘違いをしておると?」
期待と余裕を表情に浮かべながら、正義は真っ直ぐにソールの言葉に向き合う。
「はて、何の事であろうな? 見切ったとまでは言わぬが、そなた達の力量の大凡はこれまでの戦いで把握したつもりだ。そなたは火力に優れたデッキを使うようだが、手札一枚で余の布陣を崩す事は出来まい。何か奥の手でも無い限り――…」
言いかけて、正義ははっとした表情でソールを見返す。
奥の手と言った自らの言葉が、彼の中で一つの可能性を生んだらしい。疑念を含んだ双眸が《銀愚者》と《ザ・ワールド》に注がれ、改めてソールへと向けられた。
「まさか――」
そんな筈は無い。そう言いたげな表情を浮かべた正義に、ソールは「気付いたか?」と愉悦の声を掛けた。
「異端の札を使えんのは、こいつらだけじゃねぇってこった! 現れろ、俺様の異端の札! 『
力強く叫んだ声が闇中に木魂し、ソールの背後の空間に亀裂が入る。亀裂は瞬く間に大きく広がっていき、やがて一体のモンスターが空間を破って彼女の場に出現した。
ふっくらとした外見の、愛嬌のあるモンスターだった。
胴体にはくりっとした目と不敵に笑う口が確認でき、頭頂部にはポニーテールのような形状の突起が逆立っているのが見える。色は《涅恋人》の名の通り全体的に黒く、それでいて柔らかそうな印象のモンスターであった。
「馬鹿なッ…! 三枚目の、異端の札だと!?」
初めて焦燥の声を吐きながら、正義は三人の場に並んだ三体のモンスターを見つめる。
《先見眼の銀愚者》《アンブレイカブル・ザ・ワールド》。そして、《先入眼の涅恋人》。異端の札という規格外のカードによって生まれた偶発的な展開は、正義の頬に一筋の冷や汗を流させるには十分だった。
「ククク…、見ての通りだ。涅恋人はランク10のエクシーズモンスターだが、場の先見眼の銀愚者の上に重ねる事でもエクシーズ召喚する事ができる! 銀愚者を残したのは失敗だったな、じじい!」
場に現れた《涅恋人》は突然《銀愚者》を張り倒して四つん這いにさせると、容赦無くその背中の上に跨る。
存在しない下半身を《銀愚者》で補おうという事なのだろう。《涅恋人》の下腹部は瞬く間に《銀愚者》の背中と同化し、《銀愚者》は嫌そうな顔をしながらも四足歩行へと移行。その姿は宛ら出来の悪いケンタウロスのようであった。
「教皇め…、異端の札がもう一枚あるなど聞いておらぬぞ…。それとも、この短時間で新たに覚醒したというのか…?」
僅かに勢いを失った正義の声に、三人は状況の変化を感じ取る。
異端の札にも限界がある。そう正義は言った。一人の人間が打開できる状況など知れていると。
しかし、三人ならば。三つに重ねた矢の如く、三枚の異端の札を重ねれば、その力は誰にも測り知る事はできない。
クロンの《銀愚者》が流れを作り、フロムの《ザ・ワールド》が突破口を開き――…そして今、《涅恋人》へと繋がった。初めて「敗北」の二字が脳裏を掠め、正義は苦しげな表情で最後の伏せカードに視線を落とした。
「それが…、ソールちゃんの異端の札ッスか…。ボクの銀愚者が酷い目にあってるのが気になりますけど、今はそのカードに賭けるしか無いみたいッスね…!」
「…けど、戦国プロの場にはこっちの効果を受けない攻撃力3000の言語道断侍がいる。あれを突破する力がそのモンスターにあるんだろうね?」
再び奮起したクロンとフロムが、笑みを浮かべながらソールに問う。彼女は「任せとけ!」と歯を見せて笑うと、右の拳を《涅恋人》へと向けた。
「先入眼の涅恋人は攻撃力3000のモンスターだが、クロンの銀愚者をエクシーズ素材にしている場合に限り、攻撃力が2000ポイントアップする! つまり今の涅恋人の攻撃力は5000ポイント! 言語道断侍なんて敵じゃねぇぜ!」
クロン達の期待に応える様に、《銀愚者》に跨った《涅恋人》は両腕をブンブン振り回す。その力はソールの言葉通り5000ポイントにまで上昇、《言語道断侍》を大きく上回った。
「他者の異端の札と共鳴する異端の札……教皇のものと同じタイプか。…いかぬな」
ようやく人間らしい一面を覗かせた鬼が、手で汗を拭う。それでも尚笑みを浮かべているのは、プロとしての……いや、一人の決闘者としての純粋な闘志の表れだろう。
「しかし、足りぬな。仮にその異端の札で言語道断侍を倒したとしても、余のライフは残る。このターンで余を倒せぬのならば、異端の札が何枚あろうと同じ事……状況は何も変わってはおらん」
「……確かに、涅恋人だけじゃテメェをぶっ倒す事はできそうにねーな。…だが、これならどうだ?」
正義の売り言葉を真向から受け入れた上で、ソールは一枚のカードをかざす。たった今引き当てた、最後のドローカード。彼女はクロンの顔を見てにやりとほくそ笑むと、そのカードを決闘盤に差し込んだ。
「俺様はカードを一枚伏せ、王家の神殿の効果ですぐに発動! 罠カード、罪鍵の法-シン・キー・ロウだ!」
場に出た直後に翻ったそのカードは、場のエクシーズモンスターを対象に発動する罠カード。
彼女の場に奇妙な装飾が付けられたクリスタルが三つ出現し、《涅恋人》の周囲を囲う。その攻撃力は何れも《涅恋人》と同じ5000ポイント、《言語道断侍》を上回る数値だった。
「何と…! 攻撃力5000のモンスターを、四体並べたか…!」
「その通りだ! シン・キー・ロウは俺様のエクシーズモンスターと同じ攻撃力のトークンを三体特殊召喚するカード。直接攻撃はできねぇが、それでも十分テメェのライフを削り切る事はできるぜ!」
全ての準備は整った。
攻撃力5000のモンスターが四体、これ以上ない戦力に、ソールは会心の笑みを浮かべる。これまでの自分達のデュエル全てが繋がって生まれた、最高の布陣――。反撃に燃えるソールは、勢いのままにバトルフェイズへ突入した。
「トドメだ! 三対のトークンどもと涅恋人、そしてザ・ワールドで総攻撃ッ!」
《涅恋人》の尻に敷かれた《銀愚者》が右腕のマジックハンドを伸ばして《言語道断侍》の足首を掴んで拘束し、身動きが取れなくなったところを三体のトークンが一斉に飛び掛かる。
《言語道断侍》の攻撃力では、この攻撃は凌げない。勝利を確信したソールは、「良し!」と力強く叫んだ。
「競り勝ったのは俺様だ! 俺様達の勝ちだッ!」
「それは――、どうかな?」
にやりと笑った鬼の面が、ソールの勝ち鬨に割って入る。待っていたとばかりに響くその声に、ソールの心は凍り付いた。
「罠カード、『快刀乱麻』を発動! 余の侍モンスターが戦闘を行う場合、その攻撃力は相手モンスターの攻撃力の数値分上昇する!」
「なッ…!?」
「よって言語道断侍の攻撃力は8000ポイント、そなたの攻撃モンスターは返り討ちとなる!」
正義の伏せカードが翻り、《言語道断侍》は飛び掛かった三体のトークンを一太刀で切り捨てる。
最後の最後。あと一歩と言う所でも、正義は三人の上を行った。極限まで力を高めた《言語道断侍》は全ての敵を両断すると、勝負は決したとばかりに背を向けた。
「始めにパラクスの少年が申していた筈だ。余のデッキは防御寄り、迂闊な攻撃は通用せぬとな。異端の札を出して来たのには驚かされたが……単調な攻撃ならば、返すのは容易い」
「………」
言葉が出なかった。最後の切り札であった《涅恋人》を以てしても、弱小モンスターである筈の《言語道断侍》を撃破するには至らなかった。
そして今の戦闘によって、三人のライフは致命的なダメージを受け――…今度こそ、0となった。
「うぐ……ぐ…」
「だが一つ誉めておこう。この戦国 殿方、子供相手にここまで苦戦した事はかつて無い。…見事な腕であった」
名残惜しむような声が三人の耳朶を叩くと同時、彼らの決闘盤から電流が放たれ、一切の慈悲無く彼らを襲う。
デュエルの決着が付いた瞬間、敗者の意識を奪うシステム。リリオンやデスを撃破した悪意が、ついに自分達に向けられたのだ。
「ひっ――…うわぁぁぁ!」
「うぉぉぉあ!」
今まで体験した事の無い衝撃と痛みが全身を巡り、負けたのだという事実を嫌でも思い知らされる。
受け入れる訳にはいかない敗北だった。倒れる訳にはいかないのに、電流は容赦なく彼らの意識を奪っていく。
まずは一番体の小さいクロンが倒れ、次いでフロムが、何か恨み言を吐きながら倒れたのが見えた。その声も姿も、薄れゆく意識の中では感じる事さえできなかった。
「……ちく、しょぉ…」
最後にソールが、自分達を倒した正義を睨みながら力尽きる。
その目から流れた涙は痛みの為か、無念の為か。彼女の意識が失われた今では、確かめようもなかった。
『
闇属性 悪魔族 ランク10
攻撃力3000 守備力3000
“其の者、破壊の権化なり。天を切り裂き、地を割り砕き、次元を破って駆けつける”
効果:悪魔族レベル10モンスター×2
このカードは自分フィールドの「先見眼の銀愚者」の上にこのカードを重ねてX召喚する事もできる。
①:このカードが「先見眼の銀愚者」をエクシーズ素材にしている場合、このカードの攻撃力は2000ポイントアップする。
②:このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えた分だけ戦闘ダメージを与える。
③:このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、相手に1000ポイントダメージを与える。この効果は1ターンに2度まで発動できる。
「罪鍵の法-シン・キー・ロウ」 通常罠
効果:自分フィールド上のエクシーズモンスター1体を選択して発動できる。「アンブラル・ミラージュ・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻?/守0)3体を特殊召喚する。
このトークンの攻撃力は選択したモンスターの攻撃力と同じになる。このトークンは直接攻撃できず、アドバンス召喚以外のためにはリリースできない。
選択したモンスターがフィールド上から離れた時、この効果で特殊召喚したトークンを全て破壊する。
『快刀乱麻』 通常罠
①:自分フィールドの「
その自分のモンスターの攻撃力はダメージステップ終了時まで、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする。
【先入眼の涅恋人】
攻撃力3000→5000
【アンブラル・ミラージュ・トークン】
攻撃力0→5000
【言語道断侍】
攻撃力3000→8000
【フロム/ソール/クロン】
LP:550→0
――――――
―――――
――――
デュエルは終わった。
三人が倒れると同時、全員の決闘盤は機能を停止し、全ての立体映像は闇へと還る。
勝者となった正義は決闘盤を収納しながら、複雑な表情を浮かべて倒れた三人の姿を眺めた。
何れも気を失っているだげだったが、しばらく目を覚ます様子は無い。
「……命は取らぬ。しばし、ここで休むが良い」
呟いた声は、決闘盤のスラスター噴射音に掻き消された。
正義は三人に向けていた視線を上階へと向けると、次の獲物を求めて螺旋階段を登って行く。
「残りは、六人――!」
感傷を消し、闘志を全面に押し出した声が、上へ上へと登って行く。
彼が向かう最上階には現在、ソール達を追っていた姫利とメイが居るのだが――…気を失ったクロン達には、関係の無い事だった。
――――
【デッキ紹介】
No.17
デッキ名:柔能く剛を制す
使用者:正義(戦国 殿方)
切り札:特に無し。
コンセプト:正義がプロ決闘者時代から愛用している侍モンスター主体の戦士族デッキ。
基本コンセプトはスタンダード型デッキに近いが、侍モンスターの平均攻撃力が低い都合上、敵の攻撃を捌いてから叩く防御型の戦術となっている。
特に手札から発動可能な《抜刀術》シリーズはこのデッキの象徴とも呼べるカードであり、相手の思惑をマストカウンターで防ぎつつ癖の強い効果を持つ侍モンスターで一気に場を制圧するのが理想的な流れである。
しかし侍モンスターの効果は癖が強いが故に仲間同士でシナジーしない事が多く、《抜刀術》に関しても対象範囲が狭くあまり積み過ぎると手札事故を招きやすい。侍モンスターの攻撃力の低さも大きな問題であり、リクルーター相手にさえ苦戦を強いられる可能性を常に抱えている。
要するに劣化スタンダード・劣化パーミッションの域を出ない性能であり、正義の優れた状況把握能力と先読み能力、そしてプロ決闘者としての剛運が無ければ回す事すら困難なデッキと思われる。
またこのデッキの最大の特徴として、デッキの安定性を恐ろしく削いでいる事が上げられる。《増援》のようなデッキの安定を補助するカードは一切投入されておらず、三積みされているカードは各《抜刀術》カードのみ。今回使用した《大盤振舞侍》と《強制転移》に至っては、コンボパーツであるにも関わらずそれぞれ一枚ずつしか採用していない。
これは「安定性を重視し過ぎるとデッキメタに弱くなる」「デュエルが単調となって観客に飽きられる」というプロ決闘者共通の思想が関係しており、彼に限らず腕に自信のあるプロは安定性を削って多様性を強化する趣がある。安定しないデッキが相手では逆に対策の術が無く、それ故にトップクラスのプロ決闘者にはメタデッキが通用しない。
結論として、このデッキは『理論上はあらゆる状況に対応できるが、そもそも安定して回る訳が無い』という初心者にありがちなデッキ構成となっている。奇妙な話だが、デュエルのプロフェッショナルである彼らが最後に行きついたデッキ構成論は、初心者達と同じ発想だったのである。
よって、このデッキ自体は決して強いデッキでは無く、むしろ手札事故という爆弾を抱えた失敗作に近い。しかし『使い手次第で力を発揮する玄人好みのデッキ』という浪漫溢れる物を世界中の男の子達が見逃す筈が無く、今日でも彼を真似た侍デッキ使いの少年達が一定数存在する。
――――
【異端の札紹介】
カード名:アンブレイカブル・ザ・ワールド
所有者:フロム=アステリア
カードタイプ:モンスター
詳細:フロムが異端の札に触れる事で発現するカード。使用者が男にも拘わらず女性型のモンスターだが、彼が思春期真っ盛りな事を考えれば何となく理由はわかる気がする。
モンスター効果は大きく分けて二種類に分かれ、「自身以外の全てのカード効果を無効にする効果」と「直接攻撃する事で相手に追加ダメージを与える効果」である。前者の効果はコストに対して強力で、追加ダメージ効果も安定しないながら絶大な爆発力を誇る。
格上相手にも確実に一定数のダメージを叩き込めるのが最大の魅力であり、手札一枚と引き換えに1000~6000ポイントのダメージは悪く無い数値である。仮に相手に致命傷を与えられずとも墓地を肥やす事ができる。
弱点は各種ステータスの低さと効果耐性を持たない点。相手ターン中はただの弱小モンスターに成り下がる為、このカードの強みを生かすには慎重なプレイングが求められる。
カード名:
所有者:ソール=ウィングド
カードタイプ:エクシーズモンスター
詳細:ソールが異端の札に触れる事で発現するカード。何処となくふわふわした外見のモンスターだが、パワフルな効果を持つ。
最大の特徴は何といってもクロンの異端の札《先見眼の銀愚者》と合わさる事で真価を発揮する点だろう。事実上クロンとのタッグデュエルでなければ機能しないカードだが、下級モンスター一体から攻撃力5000の貫通効果・バーン効果持ちモンスターが出て来るのは恐ろしい。
《銀愚者》がサーチもサルベージも容易なモンスターである事も都合が良く、もし《地獄の暴走召喚》で《銀愚者》を三体出そうものなら攻撃力5000の火力お化けが三体並ぶ事になる。《銀愚者》の効果とこのカードの貫通効果が噛み合っているのも大きい。
効果耐性を持たない為に罠や除去カードに弱いが、クロンとのタッグ前提ならば然したる問題ではないだろう。カード名や謎ポエムの類似点からも分かる通り、《銀愚者》と対になるカードだと思われる。
ちなみに、一応《銀愚者》無しでもエクシーズ召喚する事は可能だが、ランク10のモンスター二体を素材にしてまでこのカードを召喚するメリットは薄く、しかもその場合は性能が大きく低下する。
すっげー疲れた。超疲れた。アルティメット疲れた。でも書いてて楽しかった(*´ω`*)
次回のデュエルはvs教皇となります。多分タッグデュエルになる気がするけど、ならない気もする(優柔不断)
対戦カードについては次回のお楽しみですー。