クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第三十五話:教皇の奇跡 ―その1

 ミランダ達が、敵の少女“(タワー)”を撃破してから十分が経過した。廃墟の廊下は、意外な程に静まり返っていた。

 敵の本拠地に突入した以上、当然敵の激しい迎撃があるものと覚悟していたが、実際にミランダ達を襲撃したのは塔一人のみで、他の敵が彼女達の前に現れる事は無かった。

 おかげで廃墟の探索は順調に進んでいるのだが、何事も無いのがかえって不気味だった。別行動を取った姫利達と連絡を取る手段が無いというのも、一層不安を煽ってくる。

「……姫利の姉ちゃん達、大丈夫かな」

 ぽつりと呟いた亮助が、亀裂の入った天井を見上げる。

 こちらが何事も無いという事は、敵は姫利達の方に戦力を集中させているとも考えられる。それを思うと、こうして廊下を歩いているだけでも胸が締め付けられる思いだった。

「心配は要らないわ。姫なら大丈夫でしょ」

 そんな亮助の呟きに、ミランダは当然の事のように答える。

 無論、遥か上階にいる筈の姫利達の安否が彼女にわかる筈も無かったが、それでも大丈夫と信じるに足る根拠が彼女の中にはあった。

「姫の実力は私も認めてるし、向こうにはメイもいる。敵がデュエルで挑んでくるなら、あの二人がそう滅多な事で負けるとは思えないわ。リリオンとデスの手の内がわかっているなら猶更ね」

「それは……そうだけど…」

「私達は、私達に出来る事をするまでよ」

 何か言い返そうとする亮助の言葉を強引に遮り、ミランダは新たに見つけた一室の中を探索する。

 この頃には探索作業もいくらか大雑把になっており、「クロン、居る?」と一声掛けてから簡単に室内を見て回るようになっていた。敵が力では無くデュエルで挑んで来るとわかったからこその大胆な行動だが、それでも依然としてクロンの姿は見つからなかった。

 もっとも、この時クロンは既にソールとフロムによって発見・救出されており、その後に現れた“正義”によって三人揃って撃破されているのだが――…その事実を、ミランダ達が知る由も無かった。

「それにしても、本当に大きな場所だねぇ、ここ。こんなに大きな建物だと住む方も大変なんじゃないのかねぇ?」

 ミランダの少し後方を歩く百合が、気の抜けた声で独り言を呟く。その手にはミランダとの戦いに敗れ気絶した塔が抱きかかえられていた。

 敵とは言え意識を失った少女を置き去りにして進むのは気が引けたし、場合によっては敵との交渉材料になると考えてここまで連れて来たのだが、肝心の敵が現れないのでは意味を成さない。敵が来ないに越したことは無いが、変わり映えの無い廃墟の廊下を延々と歩いて回るのは些か退屈だった。

 いっそ今からでも姫利達と合流して、互いの状況を確認し合うべきではないか…? そんな事を考えていると、突然廊下が途切れ、広い空間が彼女達の視界に飛び込んできた。

 目の前には左右に回り込むような形状をした下り階段があり、その先には美術品や彫刻で彩られた空間が広がっている。奥には派手な装飾が施された大きな扉が一つ見え、天井を見上げれば半壊したシャンデリアが確認できた。

 時間の経過によって崩れた、左右対称な空間――…この廃墟の玄関ホールか? ふと連想したミランダは、思わず足を止めて周囲を見渡した。

(敵の姿は……無いみたいね)

「見た感じ、ここの出入り口っぽいね。どうするミラるん、今のうちに外の様子を見ておくのも手だと思うけど」

 同じく足を止めた百合が、階段に一歩足を掛けながら提案する。

 言われてみれば、この場所に来てからこれまで、外の様子を確認した事は一度も無かった。窓が全て木の板で内側から塞がれていたからであるが、しかし、ここから見える扉には塞がれた様子は無い。ここがどういう場所なのか、脱出の前に見ておくのは確かに重要な事ではあった。

「…そうね。後々の事も考えて、確認しておきましょうか」

 ミランダは唇に手を当てて少し考えた後、百合の提案通り外を見てみる事にした。

 段差の上に転がる小石を靴で払いのけ、ゆっくりと階段を下りていく。その後ろに百合が続き、クリフと亮助が二人並んでその後に続いた。

「…ねぇ、亮助くん。見て、あの絵」

「ん?」

 階段を降りる途中、ふと気付いたクリフが亮助の服の裾を引いて、扉近くに掛けられた一枚の絵画を指差す。亮助は言われるままに絵画に視線を向け、その不気味さに思わず息を呑んだ。

 奇妙な絵だった。幼い少女が林檎を齧っている様子が描かれた人物画なのだが、少女の臀部からは爬虫類の様な尻尾が一本生えており、異質なシルエットを彼女に与えている。愛くるしい少女の姿と鱗模様の尻尾はあまりに不釣り合いで、悪趣味な印象が否めなかった。

「尻尾の生えた人間か……何か気味が悪いな。廃墟になる前はどんな人が住んでたんだろ、ここ」

「案外、人間じゃなかったりして」

 冗談に聞こえない冗談を言いながら、百合がにししと笑いを零す。彼女なりに場を和ませようとしたのだろうが、かえって場が静まり還る結果となった。

 長く続いた緊張状態が、皆の精神を疲弊させているのだ。急がなくては……と心の内に呟き、ミランダは最後の段差を降りる。件の扉は、そのすぐ近くにあった。

 扉は金属製の(かんぬき)によって固く閉ざされており、長らく開かれた様子は無い。ミランダは仲間達に目で合図すると閂を引き抜き、皆で協力して開扉する。ギギィ……と大きな音を立てて扉が開き、ミランダ達は初めて廃墟の外の様子を確認する。

 そのあまりの光景を目の当たりにした時、彼女達は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

「………」

「……何、これ…!?」

 廃墟の外に広がっていたのは、とても現実のものとは思えない光景だった。

 オレンジ色に染まった空と、小石一つ落ちていない平らな大地。人の姿や他の建築物は何処にも無く、木のような自然物も一つも無い。

 空には烏の羽根のようなものが無数に空を舞っているだけで、雲どころか太陽さえ確認できない。地平線の向こうまで、同じ景色が続いているだけだ。

「これは、何…!? これが外だとでも言うの!?」

「羽根が飛んでるだけで……人も太陽も、何もっ…!」

「どういう事っ!? どうなってる場所なの、ここ!?」

「あうぅ…」

 ミランダが思わず声を荒げ、亮助が放心したように声を絞り出し、狼狽えた百合が誰にとも無く意見を求め、恐怖したクリフが弱々しい声を漏らして姉ミランダの腕に抱き着く。

 一見して、尋常な光景では無い。死の世界とでも表現すべき光景が、信じがたい現実として彼女達の目の前に広がっている。

 ここ(・・)は、何処だ。地球上にこんな場所が存在するのか? それとも――、地球では無いのか?

 突飛な発想が次から次へと脳内で湧き上がり、処理しきれなくなった脳がパニックを起こそうとした時。ミランダ達は、背後に人の気配を感じた。

「――その羽根の発生が、全ての始まりだった」

 穏やかな声だった。

 ギクリと肩を竦ませたミランダ達が振り返ると、彼女達が降りてきた階段に男が一人立っていた。

 灰色のコートを着た、緑髪の男。中性的な顔立ちに微笑を浮かべ、観察するような視線をミランダ達に向けている。

「触れたもの全てを消滅される黒い羽根……その脅威を知った時から、僕達の長い戦いは始まった。最初は小さな願いだったんだ。失ったものを取り戻したい、滅んでしまった世界を元に戻したい……とね」

 独り言のように言いながら、その男“教皇”は階段に腰掛ける。

 彼はミランダ達が警戒の表情を浮かべているのを見て取ると、それを解きほぐすかのように満面の笑みを浮かべた。

「あっ、えーと初めまして。僕は教皇、三十六歳。一応ここの責任者やってて、そこにいる塔の仲間の一人だよ」

 妙に人懐っこい笑みを浮かべた教皇は、髪を撫でるような温和な声でミランダ達に語り掛ける。悪意も敵意も無いその声が逆に不信感を煽り、ミランダ達は一歩後退りした。

 背後には得体の知れない空間に続いた扉、今来た道は教皇が陣取って居る。他に逃げられるような道は無く、完全に行き場を塞がれた形だった。

「教皇って確か……デスって黒猫や塔が言ってた…!」

 ごくりと唾を呑み込みながら、亮助は百合に抱えられてる塔と教皇の姿を見比べる。

 リリオンの襲撃から始まった一連の騒動。その背後に「教皇」なる人物が関わっている事を、彼らは何度と無く耳にしていた。

 ならば今、自分達の目の前に居る人物は――…。黒幕という言葉が脳裏に浮かび、ぞくりと肌を粟立たせた亮助は、ミランダが自らの横を抜けて一歩前に出るのを見た。

「意外ね、敵のボスが直々に出て来るなんて。仲間を頼りにしていないのか、それとも部下が全員やられて出て来ざるを得なくなったってとこかしら?」

 じろりと教皇を睨み上げながら、ミランダは冷たく言い放つ。教皇は微笑を浮かべたまま、「どちらかと言えば後者かな」と惚けたように答えた。

「やー、正直驚いたよ。塔にしてもリリオンにしても、簡単に倒せる相手じゃない筈なんだよね。それがこうもあっさりやられるなんて……愚者は良い仲間に恵まれたね」

 やれやれと吐息しながら教皇は言う。

 ここでリリオンの名前を出て来たという事は、別行動を取った姫利達も上手く立ち回っているという事なのだろう。ミランダはにやりと心の内で笑うと、新たな問いを教皇に突き付けた。

「…あんたの言う愚者……クロンは、生きてるんでしょうね?」

「あ、彼なら無事だよ。扱いには気を使ったつもりだし、食事も僕達と同じ物を与えたからね。流石に食欲は無かったみたいだけど、昨日の今日だし健康に問題は無い筈だよ」

 当然の事の様に教皇は答える。嘘は言っていない目だ……と、ミランダは冷静に観察しながら、

「確かでしょうね?」

「あはは、嘘は言わないよー。こう見えて子供は好きだからさ、小さい子が辛い思いをすると心が痛むんだよね。ま、彼を攫わせた張本人が言えた義理じゃ無いのかも知れないけど」

 自らの言葉の矛盾を楽しそうに笑いながら、教皇は答える。

 その掴み所の無い表情と言葉は、そのまま彼の余裕の現れだと思えた。舐められている……と感じたミランダは、小さく舌打ちして更に一歩、教皇に歩み寄った。

「それだけ聞ければ十分よ。時間が惜しいわ、さっさと掛かって来なさい。あんた達の目的だとか思想とかは、あんた達を全滅させてからじっくり聞かせてもらうわ」

「んー。全滅……は、無理じゃないかな」

 顎に指をあてる仕草をしながら、教皇は天井を見上げる。

「実は今、別の仲間が君達のお友達と戦っていてね。この人がまたとんでも無く強くてさ、彼が負ける姿はちょっと考えられないんだよね」

(……こいつの他に、もう一人別の敵が居る…)

 思い掛けず手に入れた情報を頭に刻み、ミランダは無言で決闘盤を構える。

 互いに敵同士、これ以上言葉を交わす事に意味は無い。そう言外に告げると、教皇は「好戦的だなぁ」と苦笑を浮かべ、こちらも左腕に装着した決闘盤を構えた。

「できれば話し合いで解決したかった所なんだけど……まぁ、それも無理な話かな。――仕方ない」

 応じる様に立ち上がった教皇が、初めて緑色の双眸に敵意を宿す。

 瞬間、何処かふわふわとしていた彼の雰囲気が変わり、空気が震える程の威圧感がミランダ達を包み込んだ。

「ここから先は、この僕、教皇が通さない。君達にはここで倒れて貰うよ。気の毒だけどね」

 はっきりと敵対を宣言した教皇が、左腕の決闘盤をポンと叩く。

 華奢な体格からは想像もつかない威圧感と、自身に満ちた表情。――戦い慣れていると肌で感じ取り、ミランダは一筋の汗を頬に伝わせた。

「あ、そうそう…。デュエルは二対二、つまりタッグデュエルを提案させて貰うよ」

 威圧感が再び消え失せ、教皇は思い出した様に一つ手を叩く。

「流石に僕一人で四連戦は疲れるし、勝ち切る自信が無いからね。見た限り君達は四人のようだし、タッグデュエル二回……という事でどうかな?」

「…タッグデュエルですって?」

 思い掛けない教皇の提案に、ミランダは鸚鵡返しに答えた。

 目の前にいる敵は教皇は一人。二対二が前提のタッグデュエルを行うには人数が足りない。

(まさか、こいつの他にもう一人敵が…?)

 そう考え、周辺を目で探ったミランダは、教皇の背後に小さな人影が浮かんでいる事に気付いた。

 否。正確にはそれは人間では無く、黒いローブを纏った木製の人形。デッサン用の物と思しき人の紛い物だった。

 人形は小学生くらいの子供サイズで、背中には下半身の無い人骨を背負っている。人骨は大きさからして子供のもの。ぽっかりと空いた眼窩をミランダ達に向けて、笑っているように見えた。

「――異端の札、二心抱きし傀儡教皇(ディプライブ・パペット・ハイエロファント)

 小さく呟いた教皇が(タクト)を降ると、人骨の両腕が独りでに持ち上がり、指先から糸のような光の線が放たれる。

 線はミランダの背後に居た百合――が抱えていた塔の体に触れ、朝顔の蔓のように彼女の四肢に絡みつく。それと同時、塔の体がビクンと跳ね、ずり落ちるように百合の腕から床に降り立った。

「なっ…!」

 塔が動き出した事実に驚いている間に、塔はたどたどしい(・・・・・・)動きで教皇の元まで駆け寄り、彼の傍まで来ると立ち止まってミランダ達を振り返る。

 その両目は未だ閉じられており、口からは激しく動いたからか涎が垂れている。彼女の体は力が抜けたようにふらついて(・・・・・)おり、意識を取り戻した訳で無い事は明らかだった。

「僕のタッグパートナーはこの子、塔だ」

 唖然とするミランダ達を余所に、教皇は塔の口元を自らの袖口で拭いながら宣言する。人形は未だ彼の背後に浮かんでおり、糸は塔の四肢に絡んだままだ。

「話してしまうけど、僕の異端の札、傀儡教皇は他人の肉体を操作する能力を持っていてね。その力で意識の無い人間にデュエルをさせる事もできる。…本当は君達の誰かを操ってタッグを組む方が効率的なんだけど、やっぱり手の内を知り尽くした仲間の方が合わせやすいからね」

 乱れた塔の衣服を整え、砂埃を手で払いながら、教皇は声だけをミランダ達に向ける。

 その様は娘の身支度を整える父親のようであったが、実際は背筋が凍る程えげつない光景だった。

 意識の無い少女を、それと知りながら強引に立ち上がらせ、戦いに参加させる。人の良さそうな表情の裏にドス黒い暗黒が見えた気がして、ミランダ達は生理的な嫌悪感を覚えた。

「気絶した仲間まで…!」

 激しい怒りに身を震わせながら、亮助が声を絞り出す。

 敵である筈の塔の事で何故怒りを感じるのかは自分でもわからなかったが、それだけに抑えきれない激情が胸の内に込み上げて来る。教皇はそんな亮助の様子に気付くと、「塔の為に怒ってくれるのかい?」と穏やかな表情で彼を見返した。

「この子、塔は可哀想な子でね。まだ六歳の時に家族と友人を失って、僕の下にやって来たんだ」

 慈しむように塔の髪を撫でながら、教皇は語る。

 その声は尚も穏やかで、行動とは裏腹に塔への同情と愛情が感じられる。それだけに、亮助は鳥肌が立つような不気味さを彼に感じた。

「この子の将来の為にも、僕達は目的を遂げなければならない。彼女が幸せに暮らせる世界を守らなくてはならない。だから今は手段を選ばず、心を鬼にして塔を戦わせるのさ。…この子には、幸せになって欲しいからね」

「子供を利用する事が、子供の幸せになるもんか!」

 思わず叫んだ亮助が、義憤に燃える瞳で教皇を睨む。

 彼だけでは無い。ミランダも、百合も、クリフでさえも。教皇への憤りを瞳に宿して、敵の姿を映している。教皇はそれらの感情を涼しげに受け止めながら、静かに決闘盤の電源を入れた。

「…どうやら、心底相容れない相手らしいわね」

 嫌悪感を露わにし、ミランダはこちらも決闘盤を起動させて教皇と塔の前に立ちはだかる。相手が一人だろうと二人だろうと、やる事は変わらない。圧倒的な力で敵を葬り、道を切り開くだけだ。

「クリフと亮助は、私達の後ろに隠れてなさい。百合、私のサポートをお願い。連中が異端の札を出す前に、一気に勝負を決めるわよ」

「ん、おっけいのO! 向こうが未染色の塔ならこっちはキマシの塔ってね! たっぷりフォローさせてもらうよ、ミラるん!」

 指名された百合が決闘盤を構え、ミランダの隣に立とうとする。刹那、「待って!」と叫んだクリフが百合の横を通り抜け、その小さな手でミランダの手を掴んだ。

「お姉ちゃんのサポートは、ボクがするっ! ボクがお姉ちゃんと一緒に戦うよ!」

 意を決した強い目が、射抜くようにミランダを見つめる。思い掛けない提案にミランダは「クリフ…!?」と声を荒げ、諫めるように彼の肩を手で抑えた。

「無茶よクリフっ。敵は二人、つまり二枚の異端の札を相手にする事になるのよ!? ここは私と百合に任せて、クリフは――、」

「ボクも戦うっ!」

 ミランダの忠告には一切耳を貸さず、クリフは恐怖に揺れる双眸を教皇に操られた塔に向ける。

「あの女の子は怖い子だったけど、でも、あの教皇って人の為に戦ってるって言ってたっ。なのにあの教皇って人、お人形さんみたいにあの女の子を操って……だからあの人、悪い人だよ!」

 何とかミランダに認めさせようと、懸命に言葉を絞り出すクリフ。彼の言葉はあまりにたどたどしく、何が言いたいのかはっきりしなかったが……その強い眼差しが、言葉以上に彼の心を物語っていた。

 あの少女。塔は敵だったが、クリフと同じくらいの子供だった。その子供が自分の為に懸命に戦っていたのを、このような形で利用するのは許せない。…そう彼は言いたいのだろう。

 その感情を義憤と呼ぶ知識はまだ無いようだったが、だからこそ純粋な怒りが感じられた。

(…クリフが、ここまで怒るなんて……)

 人一倍甘えん坊で怖がりな弟が今、目の前の悪に対して怒りを覚えている。初めて目の当たりにする彼の激しい一面に驚いたミランダは、一度はパートナーに指名した百合と視線を合わせた。

「…クリふんは本気に見えるよ。どうする、ミラるん」

 遠回しにクリフに譲りながら、しかし百合は全ての判断をミランダに委ねる。

 先程教皇が述べた通り、タッグデュエルはパートナーの手の内を熟知しているほど合わせやすい。ましてや姉弟ともなれば性格も思考も血縁レベルで知っているのだから、これ以上無い伴侶(あいぼう)と言える。

 だが、それはあくまで通常のタッグデュエルであればの話。異端の札が絡んだ危険なデュエルとなると、さしものミランダの心にも迷いが生じた。

「…クリフ、相手はクロンを攫った奴らのボスよ。それはわかっているわね?」

 ミランダはクリフの両肩に手を置いて、念を押すように尋ねる。クリフは「うんっ」と迷い無く答え、姉の了承の言葉を待っていた。

「あの怖い女の子とも戦うのよ。大丈夫なのね?」

「だ…、大丈夫!」

 一瞬浮かべた躊躇を強引に呑み込み、姉を見つめ返すクリフ。どうやら言葉を翻すつもりは無いらしい……と確信したミランダは、「わかった」とクリフの肩を強く握りしめた。

「クリフがその覚悟なら、私の方に異論は無いわ。私とクリフのコンビネーションで、連中を倒しましょう」

「っ…! あい!」

 舌っ足らずな返事をしたクリフが嬉しそうに笑い、決闘盤を起動させてミランダの隣に立つ。ミランダはもはや彼を止めようとはせず、「いいの?」と目で問い掛ける百合に小さく頷いた。

 不安が無いと言えば嘘になるが、ここで彼の意思を退ければ、自分は弟からの信頼を生涯失ってしまう気がする。男子が危険を承知でやると言っているのだ、その想いを叶えてやるのが姉である自分の務めだと思えた。

 そして。覚悟を決めた姉と弟は、決闘盤を構えて教皇の前に立ちはだかる。一点の迷いも無いその表情を見て、教皇はにこりと微笑んだ。

「さあ塔、もう少しだけ頑張ろうか。負けはしないさ、僕と君が一緒に戦うのなら」

「……ぅ…」

 意識の無い塔の口から小さな声が漏れ、操られるままに教皇の隣に立つ。力なく持ち上がった右腕がぎこちない動きで決闘盤を起動させ、デュエル開始の準備を整える。

 ミランダとクリフ、教皇と塔。あらゆる意味で対極的な組み合わせが、向き合いながら敵意をぶつけ合う。そして――、

『デュエル!』

 戦いの火蓋が、切って落とされた。

 

 

「…おや、先攻は僕か。何だか緊張するなぁ」

 四人の決闘盤がランダムに各チームの手番の順を決定し、デュエルは教皇・クリフ・塔・ミランダの流れで進行する。

 ミランダ達からすれば教皇は唯一戦術が未知の相手。ここで手の内を観察できると考えれば、彼が先攻となったのは僥倖と言えた。

「じゃあ、まずはこれかな。手札を二枚捨てて魔法カード、『生命力の果実』を発動」

 にこりと微笑んだ教皇の場に黄金の果実が出現し、即座に砕けて小さな欠片となって飛び散る。

 欠片は光の粒となって教皇に吸い寄せられ、雪が溶けるように彼の体に吸収された。

「生命力の果実は通常魔法だけど、一度発動したら永続的に効果を発揮するタイプのカードでね。これから僕と塔のターンが来る度に、僕のライフは1000ポイント回復する。そしてこの効果は、このデュエルが終わるまで消滅する事は無い」

「っ…! デュエルが続く限り、どんどんライフが回復するって事か…!」

 ミランダ達の後ろで観戦に回った亮助が声を漏らすと、教皇は「大正解」と子供っぽく笑って亮助を指差す。

 手札二枚という対価に似合う効果かと言えば微妙な所であるが、この手のカードは発動を許してしまえば後から効果を無効にする術は無い。デュエルが長引けば長引く程、影響が大きくなるカードと言えた。

「そして、生命力の果実の発動コストとして墓地に送ったダンディライオンの効果を発動。僕の場に二体の綿毛トークンが特殊召喚されるよ」

 言うが早いか、教皇の場に顔のあるタンポポの綿毛が二つ出現する。

 攻守ステータスこそ皆無なものの用途は幅広く、しかも失った手札分の損失を補った形である為に無駄が無い。

「ついでにこれも発動しておこうかな。魔法カード、『神秘の果樹』を発動っ」

 教皇がそのカードを決闘盤に叩き付けると、彼が居る階段横の床に亀裂が入り、一本の大樹が出現する。見た目は何の変哲も無い樹だが周囲には小さな妖精が飛び交っており、ただの樹木で無い事が感じられる。

「このカードは一ターンに一度、僕がライフを1000ポイント以上回復した時に効果を発揮する。その時このカードに果実カウンターが一つ乗り、僕はカードを一枚ドローする事ができる。カウンターは三つまで置く事が可能で、三つ目のカウンターが乗ったターンのエンドフェイズ時、このカードは破壊され僕は更にライフを2000ポイント回復する」

「ライフ回復をトリガーに発動するドロー効果……成程ね」

 何か察したらしいミランダが小さく呟くのを余所に、教皇は「更に」と最後に残った手札も放出する。

「手札から、『神園(しんえん)の弁者』を召喚だ」

 教皇の場に現れたのは、樹皮と葉っぱで造られた衣服を着た老人。外見はほぼ人間だが両脚が樹木のようになっており、地面に埋まった脚と木の杖で小さな体を支えている。

「神園の弁者が召喚に成功した時、僕は場の植物族モンスター一体につき400ポイントのライフを回復する事ができる。僕の場には弁者自身を含め植物族モンスターが三体、よって1200ポイント回復する!」

 半人半樹の老人が木の杖を掲げると、その先端が仄かに発光して教皇のライフを増加させる。

 その暖かな光に反応したのか《神秘の果樹》の葉が揺れ始め、真赤な果実を一つ枝に実らせた。

「ライフを1200ポイント回復した事で、神秘の果樹の効果を発動。カードを一枚ドローして、果実カウンターを一つ乗せるよ」

 早くもドロー効果を使用した教皇は、慣れた動作でデッキから新たなカードを手札に加える。彼は澄んだ瞳でそのカードを確認すると、穏やかな笑みをクリフに向けた。

「さて、こんなところかな。これで僕はターンエンド。次は君のターンだよ、坊や」

 静かに告げた教皇は両腕を後ろ手に組み、観察するような視線をクリフに向ける。

 派手な動きこそ無かったものの、教皇は初手で引いたカードを全て吐き出した。その殆どはライフ回復に関係しており、そこから彼のデッキの内容を想像する事も難しくない。

(……どうやら、そういう(・・・・)タイプのデッキみたいね…)

 決闘盤に表示されるカードデータを見つめながら、ミランダが心の内で呟く。彼女が特に興味を示したのは、教皇が《生命力の果実》を発動する際に捨てたもう一枚のカードだった。

 『神園樹の種』と名が刻まれた、モンスターカード。自身を墓地から除外する事で「神園樹(しんえんじゅ)」なるモンスターカードをサーチする効果を持っているようだが、肝心の「神園樹」の性能をミランダは知らない。

 加えて教皇が召喚した《神園の弁者》のテキストには「樹護天使(じゅごてんし)」なる名前も記されており、こちらも全容が掴めない。

 確かな事は、このターンの教皇の行動は全て今後の布石であろう事。ミランダは再度気を引き締め、次のターンプレイヤーであるクリフの動向を観察する事にした。

 

 

 『生命力の果実』 通常魔法

 効果:「生命力の果実」はデュエル中に1度しか使用できない。

 ①:手札を2枚捨てる事で発動できる。そのデュエル中、自分のスタンバイフェイズ毎に自分は1000LP回復する。

 

 「ダンディライオン」 モンスター(制限カード)

 地属性 植物族 ☆3

 攻撃力300 守備力200

 効果:①:このカードが墓地へ送られた場合に発動する。

 自分フィールドに「綿毛トークン」(植物族・風・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。このトークンは特殊召喚されたターン、アドバンス召喚のためにはリリースできない。

 

 『神秘の果樹』 永続魔法

 効果:「神秘の果樹」の①の効果は1ターンに1度のみ使用できる。

 ①:自分が1000LP以上回復した時に発動できる。自分はデッキからカードを1枚ドローし、その後このカードに果実カウンターを1つ置く。

 ②:このカードに果実カウンターが3つ以上置かれている場合、エンドフェイズ時に発動する。このカードを破壊し、自分は2000LP回復する。

 

 『神園の弁者』 モンスター

 地属性 植物族 ☆2

 攻撃力1200 守備力600

 効果:①:このカードが召喚に成功した場合に発動できる。自分は自分フィールドの植物族モンスターの数×400LP回復する。自分フィールドに「樹護天使」モンスターが存在する場合、回復量は倍になる。

 

 『神園樹の種』 モンスター

 地属性 植物族 ☆1

 攻撃力0 守備力0

 効果:「神園樹の種」の効果は1ターンに1度のみ使用できる。

 ①:墓地に存在するこのカードをゲームから除外して発動できる。デッキから「神園樹」モンスターカード1枚を手札に加える。

 この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

 【神秘の果樹】

 カウンター:0→1

 

 【教皇 & 塔】

 LP:8000→9200

 

 

「ボクのターンだよ!」

 教皇のターンが終わり、続いてクリフのターンが訪れる。彼はデッキからカードを引き抜くと、まずは教皇の場に目を向けた。

(あのおじさんの場のモンスターは綿毛トークンも入れて三体っ…。でも伏せカードは一枚もないから、罠カードの心配はいらないよね…!)

 自分からミランダのパートナーを名乗り出た以上、序盤から足手まといになるような事はできない。

 クリフは幼いなりに相手の戦術を分析し、ミランダから送られて来る彼女の手札情報にも目を通すと、やがて手札から一枚のカードを決闘盤に出した。

「きめたっ! 手札から、鬼ガエルを召喚するよ!」

 彼が最初に召喚したのは、角のような突起がついた蛙のモンスター。攻撃力は1000ポイントと低いものの、彼のデッキの起点となる効果を秘めている。

「鬼ガエルが召喚された時、ボクはデッキかフィールドからレベル2以下の水属性で水族のモンスターを墓地に送る事ができるんだよ! ボクはデッキから、悪魂邪苦止を墓地に送るよ!」

 クリフはデッキを扇状に広げ、そこから一枚のカードを選んで墓地へ送る。この墓地肥やし効果こそ《鬼ガエル》の強みであるが、クリフの行動はそれだけで終わらなかった。

「フィールドの鬼ガエルを手札に戻して、もう一つの効果発動っ! ボクはもう一度だけ蛙さんを召喚できるよ! ボクは、未知ガエルを召喚!」

 召喚されたばかりの《鬼ガエル》がクリフの手札に戻り、代わりに新たな蛙モンスター《未知ガエル》が彼の場に呼び出される。

 現実の蛙に近い姿をしていた《鬼ガエル》と異なり、その外見は衣服を着たり矛を持ったりと人類に近い。それでいて顔や手足と言った部分は蛙のままと、何とも不気味なモンスターだった。

「未知ガエルか…。確か、貫通効果持ちのモンスターだったね」

 顎に手を当てながら、教皇が尋ねる。クリフはそれに「そうだよっ」と生真面目に答えると、更なるカードを決闘盤に叩き付けた。

「まだまだ行くよー! フィールド魔法、湿地草原を発動! 蛙さんたちの攻撃力は1200ポイントアップするよ!」

 廃墟の天井から雨が降り注ぎ、床からはクリフの半身を隠す高さの草が生い茂る。じめじめとした環境は蛙にはこの上なく良く、《未知ガエル》は上級モンスターにも匹敵する攻撃力を手にした。

「えーと、未知ガエルの元々の攻撃力は1200だから……今は攻撃力2400の貫通モンスターか。あ、マズいかも」

 困ったような表情を浮かべながらも、何処か余裕を感じさせる教皇の声。しかしクリフは怯む事無く、バトルフェイズに突入した。

「いくよー! 未知ガエルで、綿毛トークンを攻撃っ!」

 命令を受けた《未知ガエル》は草原の中に身を隠し、草木の中で浮いている《綿毛トークン》に接近。手にした矛で容易く貫く。

 本来なら守備表示のトークンを攻撃した所で相手にダメージを与える事はできないが、貫通効果を持っているなら話は別だ。トークンの守備力は0、即ち《未知ガエル》の攻撃力2400がそのまま戦闘ダメージとして教皇のライフに叩き込まれた。

「あいたた…。回復したライフごと持っていかれちゃったか。ちょーっと読みが甘かったかなー」

せんにちてひっしょう(・・・・・・・・・・)、だよ! ボクはカードを二枚セットして、ターンエンドっ!」

 恍けたような教皇の物言いに自信たっぷりに返し、クリフはターンを終了させる。

 序盤としては悪くないダメージと今後の布石、そして次の塔のターンへの備え。何処か頼りない雰囲気とは裏腹に、彼の打つ手は堅実で抜かりなかった。

 

 

 「鬼ガエル」 モンスター

 水属性 水族 ☆2

 攻撃力1000 守備力500

 効果:①:このカードは手札からこのカード以外の水属性モンスター1体を捨てて、手札から特殊召喚できる。

 ②:このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる。デッキ及び自分フィールドの表側表示モンスターの中から、水族・水属性・レベル2以下のモンスター1体を選んで墓地へ送る。

 ③:1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体を持ち主の手札に戻して発動できる。このターン、自分は通常召喚に加えて1度だけ、自分メインフェイズに「鬼ガエル」以外の「ガエル」モンスター1体を召喚できる。

 

 「悪魂邪苦止」 モンスター

 水属性 水族 ☆1

 攻撃力0 守備力0

 効果:自分フィールド上に存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから「悪魂邪苦止」を手札に加える事ができる。

 その後デッキをシャッフルする。

 

 「未知ガエル」 モンスター

 水属性 水族 ☆2

 攻撃力1200 守備力600

 効果:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 

 「湿地草原」 フィールド魔法

 効果:フィールド上の水族・水属性・レベル2以下のモンスターの攻撃力は1200ポイントアップする。

 

 【未知ガエル】

 攻撃力1200→2400

 

 【教皇 & 塔】

 LP:9200→6800

 

 

「成程ね、君のデッキはガエルか。…あ、じゃあ君が昨日死神や塔と戦ったっていう男の子なのかな?」

 クリフのターンが終わり、続いて塔のターン。しかし教皇は塔を操作してターンを開始する事なく、にこやかな表情をクリフに向けた。

「話は塔から聞いてるよー、未染色の塔を突破したんだって? まだ小さいのに強いんだね、将来はプロ決闘者かな?」

「えっ? あ、えーと……あぅ…」

 まるで知り合いのように話し掛けられ、思わず目を泳がせるクリフ。その様子を見たミランダは「クリフ」と彼の名を呼び、叱咤した。

「デュエルに集中しなさい。敵の世間話なんて聞いてたら、きりが無いわよ」

「あはは、手厳しいなぁ。カードゲームってこういう会話を含めて楽しむものだと思うけどなー、僕。ねぇ塔? ……塔?」

 ぱたぱたと手を振りながら笑う教皇は、首を傾げながら塔の方に顔を向ける。

 塔が気絶している事と、そんな彼女を操作してデュエルに参加させている事をすっかり忘れてしまっていたらしい。彼は「あっ…」と頓狂な声を漏らして赤面すると、誤魔化すように人懐っこい笑みを浮かべた。

「そ……そうそう、デュエルを続けないとね。えーと、まずはカードをドローして……生命力の果実の効果でライフを回復するよ」

 ようやく動き始めた塔がぎこちない動きでカードをドローすると同時、教皇の体が仄かに光り、ライフポイントが回復する。

 僅か1000ポイントの数値であるものの、これでクリフのターンに受けたダメージはほぼ回収した。しかも――、

「ライフが回復した事で、神秘の果樹の効果も発動する。塔のデッキから更にカードをドローして、二つ目のカウンターが乗るよ」

 再びカードをドローし、塔の手札はこれで七枚。

 それらのカードは決闘盤を通して教皇へと伝達されており、戦術の組み立ても彼によって行われる。教皇は少し考えた後、やがて塔を通して一枚のカードを発動させた。

「まずは永続魔法、『セーヌのデスマスク』しようかな」

 塔の決闘盤にカードが叩き付けられ、彼女の場に少女の穏やかな死に顔を模った石膏の像が出現する。

 以前クリフと亮助が塔と戦った際に使用したカードの一枚。その効果は自分のエンドフェイズ毎にライフを700ポイント回復と、塔にしては珍しい趣向のものであった。

「あうぅ…! ま、またあの怖いカード…!」

 人の死顔を模したカードを見て、クリフは怯えた表情で姉であるミランダに視線を向ける。教皇はそんな彼の様子など歯牙にも掛けず、ターンを続行した。

「さてと。守ってるだけじゃ勝てないからね、攻めさせて貰うよ。速攻魔法、『血錆の斧(ラステッド・アックス)』を発動。未知ガエルを破壊する」

 教皇が更なるカードを決闘盤に叩き付けると、何もない空間から血に汚れた斧が現れ、意思を持つかのように《湿地草原》に隠れた《未知ガエル》に向かって飛んでいく。

「っ――! クリフ、見ちゃ駄目よ!」

 咄嗟に察知したミランダが叫ぶと同時、斧は《未知ガエル》の柔らかい首筋を切断して地面に突き刺さる。胴と首を切り離された《未知ガエル》はその場に倒れ、やがて光の粒子となって消えて行った。

「あうぅ…」

 間一髪その惨劇を直視せずに済んだクリフだが、それでも精神的ショックは少なくなかったらしい。手札で目を覆いながら弱々しい声を上げ、夢にまで出そうな恐怖に震えていた。

「クリフ! ――くッ、あんた達!」

「はは…、確かにあまり良い趣味とは言えないよね。塔の事は誰よりも知っているつもりだけど、これを可愛いって思う気持ちだけはよくわからないなぁ。…まぁ、こんな性格の彼女だからこそ、未染色の塔を発現できたんだろうけどね」

 歯を噛み締めて怒りを向けるミランダに、教皇はデュエルの手を止めて引きつった笑みを浮かべる。

 こんな性格だからこそ。初めて聞く教皇の物言いに、ミランダは「何ですって…?」と睨みつけながら聞き返した。

「異端の札の変化は、持ち主の願いや性格が色濃く反映される傾向にあってね。凶暴な人間には凶暴なカードが、平和的な人間には平和的なカードが発現する。言わば心の名刺のようなもので、異端の札を見れば相手の性格を推測する事もできる」

「……だとしたら、醜悪以外の何物でもないわね。その子も、あんたも」

 挑発でも皮肉でも無い。本心からの言葉をぶつけると、教皇は「否定はできないかな」と穏やかな笑みをミランダに向けた。

「ま、それはそれとして。行くよ塔の代名詞、首なし騎士を召喚だ」

 ミランダの憎悪を軽く受け流し、教皇は新たなカードを塔の手札から展開する。

 現れたのは、教皇の言う通り塔のデッキの主役と言うべき通常モンスター。首から上を失った悲運の騎士が塔の場に降り立ち、教皇と塔に向けて一礼すると、手にした剣をクリフとミランダに向けた。

「さて、坊やのお手並み拝見と行こうか。首なし騎士で、直接攻撃!」

 命令を受けた《首なし騎士》は《湿地草原》を乱暴に踏みしめ、クリフの元へと向かっていく。

 《未知ガエル》が斃された今、クリフの場にモンスターは無い。行動を起こさなければ手痛いダメージを受ける事になるが――…させじと、クリフは伏せカードを発動させた。

「さ……させないよ! 永続罠カード、エンジェル・リフトを発動! 未知ガエルを墓地から特殊召喚するよ!」

 伏せられた二枚のカードのうち一枚が翻り、首を切断された《未知ガエル》が元通りの状態で彼の場に復活。手にした矛で《首なし騎士》を追い払う。

 《未知ガエル》の攻撃力は依然2400ポイント。僅か1450ポイントの攻撃力しか持たない《首なし騎士》では破壊は不可能だった。

「ん…。成程、未知ガエルの除去は想定済みか。仕方ない、攻撃は中止しようかな」

 観察するようにクリフを見つめ、教皇はあっさりと攻撃の手を引く。

 「お手並み拝見」と言った言葉通り、今の攻撃はクリフの技量を計ったに過ぎないのだろう。攻撃の失敗を気にする様子も無く、さっさと次の行動に出た。

「メインフェイズ2。カードを二枚セットして、ターンエンド――、」

「今だっ! 永続罠カード、王宮のお触れを発動するよ! ボク達が使う罠カードの効果は、全部無効になるよ!」

 防御を固めてターンを終えようとする教皇に待ったを掛け、クリフのもう一枚の伏せカードが翻る。

 全ての罠カードを封じる効果を持つ罠カード、《王宮のお触れ》。それを見て、教皇は「へぇ?」と驚いたように目を丸くした。

「未知ガエルの除去を読みつつ、こっちの防御札は使わせない作戦か。…んー、上手いなぁ。厳しいお姉さんに感謝だね」

 口では褒めながらも、教皇の余裕は変わらない。しかし、これで全ての罠カードは効果を封じられた。

 たった今伏せられた二枚のカードがもし罠であれば、その機能は消滅したも同然。それは即ち、教皇らの守りが薄い状態でミランダにターンが渡る事を意味していた。

「…けど、お触れで無効にできるのは罠カードだけ。デスマスクの効果は問題なく発動するよ。僕のライフは、700ポイント回復する」

 最初に発動した《デスマスク》でライフを回復しつつ、教皇は改めて塔のターンを終了させる。クリフのターンで与えたダメージは、ほぼ完治していた。

 

 

 『セーヌのデスマスク』 永続魔法

 効果:①:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分ターンのエンドフェイズ時、自分は700LP回復する。

 ②:このカードが相手の効果によって破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。このカードをデッキの一番上に戻す。

 

 『血錆の斧(ラステッド・アックス)』 速攻魔法

 効果:「血錆の斧」は1ターンに1枚しか発動できない。

 ①:相手フィールドの通常召喚されたモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊する。

 

 「首なし騎士」 通常モンスター

 地属性 悪魔族 ☆4

 攻撃力1450 守備力1700

 テキスト:反逆者に仕立て上げられ処刑された騎士の亡霊。

 失ったものを求め、出会った者に襲いかかる。

 

 「エンジェル・リフト」 永続罠

 効果:自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。

 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

 

 「王宮のお触れ」 永続罠

 効果:①:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、このカード以外のフィールドの全ての罠カードの効果は無効化される。

 

 【神秘の果樹】

 カウンター:1→2

 

 【教皇 & 塔】

 LP:6800→7800→8500

 

「上手いわよクリフ。私のターン!」

 無事に敵のターンを乗り切った弟を労いながら、最後のターンプレイヤーであるミランダがカードをドローする。

 場の状況はクリフが優勢に整え、手札も良好。ターンが巡って来るまでの間、敵の出方をじっくり観察する事もできた。デュエルにコンディションがあるとすれば、今のミランダはまさに万全の状態と言えよう。

 特に《王宮のお触れ》は塔の異端の札《未染色の塔(アンステンド・タワー)》の効果を封じる事もでき、例え二枚の伏せカードの中に《未染色の塔》があったとしても、こちらのモンスターが破壊される事は無い。

 無論、肝心の《お触れ》が除去されてしまうと話は違って来るが……容易く破壊させるつもりは無い。最愛の弟は、そのカードごと守り切る覚悟だ。

「永続魔法、水神の護符を発動! このカードが存在する限り、私とクリフの水属性モンスターは相手の効果では破壊されないわ!」

 ミランダが一枚のカードを決闘盤に叩き付けると、彼女達の頭上に厳格な老人の顔が刻まれた護符が出現し、二人の場に水の加護を与える。

 三ターン後に自壊するデメリットはあるものの、これで当面は二人のモンスターは除去カードに悩まされなくて済む。水属性限定という範囲の狭さも、使用モンスターがほぼ全てが水属性で統一されている二人には関係ない事だった。

「手札から、『コールド・タイガー』を召喚!」

 ミランダの手札から雪の様に真っ白な体毛を持った猛虎が現れ、その場で咆哮を上げる。その額には氷で出来た角が生えており、極寒の地で生き抜く為に進化したという印象だ。

「コールド・タイガーが召喚された時、相手の表側表示モンスターにアイスカウンターを一つ乗せる事ができる! あんた達のモンスターは全て表側表示、よって三体全てにアイスカウンターが乗るわ!」

 ミランダが効果の説明を終えると同時、教皇達の場の《首なし騎士》《神園の弁者》《綿毛トークン》の体の一部が凍結する。その様子を見て、教皇は「へー」と間の抜けた声を漏らした。

「アイスカウンターか、珍しいね。それに水神の護符を使ったって事は……もしかして姉弟揃って水属性使いかな?」

「――更に、コールド・タイガーの効果発動!」

 教皇の問い掛けは一方的に無視し、ミランダは叫ぶ。

「場のアイスカウンターを一つ取り除き、手札を一枚捨てる事でカードを一枚ドローできる。綿毛トークンのカウンターと手札のブリザード・ファルコンをコストにして、一枚ドロー!」

 流れるような動作で手札を交換し、ミランダの手札は現在四枚。彼女はドローカードを確認すると、そのままバトルフェイズに突入した。

「バトルよ! まずは未知ガエルで、綿毛トークンを攻撃ッ!」

 迷い無く下された攻撃宣言が、クリフのモンスターに下される。

 《未知ガエル》は「えっ、誰あんた」とばかりに命令者(ミランダ)を振り返った後、ただならぬ形相の彼女に戦慄して攻撃を実行。先程と同じように《綿毛トークン》を矛で貫いた。

 この時、教皇は二枚の伏せカードを発動しなかった。《王宮のお触れ》によって発動できなかったのか、それとも何らかの思惑で温存したのか。理由は定かで無いが、この流れに乗らない手は無い。ミランダは「次!」と力強く叫ぶと、更なる攻撃を宣言した。

「コールド・タイガーで首なし騎士を攻撃! 消えなさい、悪趣味モンスター!」

 《未知ガエル》に続いて《コールド・タイガー》が攻撃を仕掛け、頭部の角で《首なし騎士》の胸を貫く。《首なし騎士》は最後の力で《コールド・タイガー》を斬りつけようとするが叶わず、怨念ごとその身を蒸散させた。

「良し、両方とも通った! 序盤はクリフ達の有利だ!」

 《首なし騎士》が消え、教皇のライフが大きく削られた事で亮助は歓喜の声を上げる。

 だが、彼の隣でデュエルを眺めていた百合は「いんや」と難しい顔をして、首を横に降った。

「敵もまだ余裕綽々だし、勝負はまだわかんないよ。…それに、今のコールド・タイガーの攻撃。ひょっとしたら失敗だったかも知れないね」

「失敗? どうして。首なし騎士は破壊しなかった方が良かったって事?」

 亮助の問いに百合はすぐには答えず、じっとミランダを見つめる。

 確かに攻撃は通った。敵モンスターの数が減ったのもミランダ達にとって有利な事である。しかし百合の目には、ミランダの行動に一つの失点(ミス)が見えていた。

「…まだ断定はできないけど、使ってるカードからして教皇って人のデッキは植物族主体の可能性が高い。つまり植物族のサポートカードが幾つか投入されてるって事になるよね?」

「あっ…! ここで植物族の弁者を残したら、次の教皇のターンにそのサポートカードを使われて――、」

「逆襲される危険があるって事。んまぁ植物族って蘇生手段が多い種族だから、どのみち蘇生されるかも知れないけどさ。…けど、それでも通常モンスターの首なし騎士の方を優先する意味(メリット)は薄いよ。少なくとも敵さんにとっては嬉しい誤算だったと思う」

 言われてみれば、と亮助は今のミランダの行動が合理的で無かった事に気付く。

 プレイングミスとまでは言わずとも、疑問の残る判断であった事は否めない。場合によっては、この判断一つが勝敗を分ける可能性もあり得る。それ程までに、決闘者の判断はデュエル内容に響くのだ。

「バトルフェイズを終了して、メインフェイズ2。カードを二枚セットしてターンエンドよ」

 何れにしても、デュエルは続く。ミランダはカードを一枚伏せて次の教皇の反撃に備えると、自らのターンを終了させた。

 

 

 「水神の護符」 永続魔法

 効果:このカードがフィールド上に存在する限り、自分フィールド上の水属性モンスターは相手のカ-ドの効果では破壊されない。

 発動後3回目の相手のエンドフェイズ時にこのカードは墓地へ送られる。

 

 『コールド・タイガー』 モンスター

 水属性 水族 ☆4

 攻撃力1900 守備力1100

 効果:このカードの②の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 ①:このカードの召喚に成功した時に発動する。相手フィールドの表側表示モンスター全てにアイスカウンターを1個置く。

 ②:フィールドに存在するアイスカウンターを1個取り除く事で発動する。自分の手札からカードを1枚墓地に送り、自分はデッキから1枚ドローする。

 

 「ブリザード・ファルコン」 モンスター

 水属性 鳥獣族 ☆4

 攻撃力1500 守備力1500

 効果:このカードの攻撃力が元々の攻撃力よりも高い場合に発動できる。相手ライフに1500ポイントダメージを与える。

 この効果はこのカードがフィールド上に表側表示で存在する限り1度しか使用できず、「ブリザード・ファルコン」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 【神園の弁者】

 アイスカウンター:0→1

 

 【教皇 & 塔】

 LP:8500→6100→5650

 

「うーん、綿毛トークンが完全に裏目に出ちゃったなー。貫通持ち相手じゃ壁にもならないのが難点だよね」

 困ったように言いながら、教皇はデッキからカードを引き抜く。

 それと同時、《生命力の果実》の果実によって彼のライフは再び回復。教皇は穏やかな笑みを浮かべると、「この瞬間」とドローしたカードを指に挟んだまま再度デッキに手を伸ばした。

「僕のライフが1000ポイント回復した事で、神秘の果樹の効果が発動。デッキから更に一枚ドローするよ」

 都合二枚のカードをデッキから引き抜き、教皇の手札はこれで三枚。《生命力の果実》の発動に使った手札コストをほぼ取り返した形である。

「ん、良いカードを引いた。魔法カード、超栄養太陽を発動。神園の弁者をリリースし、デッキからレベル5以下の植物族モンスターを特殊召喚する」

「あっ…!」

 不安が的中した。思わず声を上げた亮助は、教皇の場に小さな太陽が出現し、《弁者》に膨大なエネルギーを送り込む様を目撃する。

 過剰なエネルギー供給は《弁者》の体に影響を及ぼし、肉体の樹木化を更に加速させた。小柄な老人の体が瞬く間に一本の木となり、更に巨大化を続ける。周囲の壁や階段の手すりを砕いて樹木は育ち、やがて人間の背丈を大きく上回る老木となった。

「僕のデッキを支える十本の神樹の一つ、『神園樹ケテル』を特殊召喚だ」

 教皇が宣言すると同時に樹木は成長を止め、巨大に過ぎる姿をミランダ達の前に晒す。

 その姿は今や完全に一本の大樹となっており、《弁者》の面影は何処にもない。せいぜい樹皮が老人の皺だらけの皮膚を思わせるくらいで、全く異なるモンスターに成り果てた事は明らかだった。

「神園樹ケテルの効果! このカードが場に出た時、ライフを3000ポイント払う事でエクストラデッキから『樹護天使メタトロン』を特殊召喚する事ができる!」

「っ…! 樹護天使、メタトロン…!?」

 亮助が小さく呟くと同時、《弁者》が変異した大樹に純白の果実が成る。

 果実は教皇から生命力(ライフポイント)を吸って成長し、ある程度大きくなると枝から外れ地に落ちる。砕けた果実からは光の粒子が噴出し、やがて大きな天使の姿を形作った。

 この世の何よりも美しい銀髪を靡かせた、褐色の天使。それは肉体を得ると同時に翼を広げ、大樹を守るようにその傍に浮遊した。

 《メタトロン》と名付けられたその天使は、植物族では無いものの教皇が初めて召喚した高レベルモンスターだった。その攻撃力は4000ポイントと高く、切り札級と言っても過言では無い戦闘能力を持っている。

「なっ…! 攻撃力4000ポイントのモンスターだって!?」

「…どうやら、早くも仕掛けて来るみたいね」

 仰天する亮助とは対照的に強気な笑みを浮かべるミランダだが、その頬には一筋の汗が流れていた。教皇はその反応の違いをゆっくりと眺めながら、にこりと微笑を浮かべる。

「樹護天使メタトロン。その名の通り、神園樹ケテルを護る為に存在するモンスターだ。護るべき神園樹が存在しなければ儚く消えてしまうけど、その力は生半可なモンスターじゃ太刀打ちできない。僕の主力モンスターの一体だよ」

 自信たっぷりに言いながら、教皇は「更に」と最初にドローしたカードを手に取り、決闘盤に叩き付ける。

「手札から第二の神園樹、『神園樹ネツァク』を召喚!」

 決闘盤がそのカードを読み込むと同時、廃墟の床から光り輝く芽が顔を出し、瞬く間に《ケテル》と同じサイズの樹木に成長する。

 見た目は《ケテル》と大差無いものの、それは言い換えれば効果も同様のものを持っている事を意味する。教皇は第二の神園樹が育ちきった頃合いを見計らい、その効果を発動させた。

「ライフを3000ポイント払い、効果発動! 僕のエクストラデッキから第二の樹護天使、ハニエルを特殊召喚する!」

 新たに生まれた大樹に緑色の果実が実り、先程と同じように床に落ちる。砕けた果実からは光の粒子が吹き出され、新たな天使を誕生させた。

 愛くるしい顔立ちをした少女が二枚の翼で空を舞い、自身を生んだ《神園樹ネツァク》をその身で守護(まも)る。小さな体ながら攻撃力は《メタトロン》と同じ4000ポイント、教皇の言う通り生半可なモンスターなど相手にもならない力を秘めていた。

「攻撃力4000が、二体…!?」

 二樹の大木と二人の天使に圧倒され、誰かが呟く。教皇はそんな彼らの様子を楽しげに見つめながら、デュエルを続行した。

「樹護天使ハニエルの効果発動! 1ターンに1度、僕の場のモンスター一体につきライフを500ポイント回復できる! 僕のモンスターは四体、よって回復量は2000ポイントだ!」

 名前を呼ばれた《ハニエル》が教皇に振り返り、純白の翼を大きく羽ばたかせる。ふわりと舞い上がった天使の羽根が教皇の頭上に降り注ぎ、失われた彼のライフを癒した。

 一度は650ポイントに低下した彼のライフも、これで2650ポイントにまで持ち直した。場には攻撃力4000のモンスターが二体、情勢は、一気にミランダ達の不利に傾いた。

「――神園の弁者を攻撃していれば、こう(・・)はならなかった」

 天使の羽根を全身に浴びながら、教皇は緑色の双眸をミランダに向ける。

「首なし騎士を放って弁者を攻撃していれば、二体の樹護天使が僕の場に現れる事は無かった。…皮肉なものだね。弟の為を思った判断が、結果的に弟と君自身を悪い状況に追い込んでいる」

 穏やかに告げた教皇に、ミランダは「くっ…」と言葉に詰まる。

 ――弟の為。その一語を耳にした亮助は、はっとして再度ミランダに視線を向ける。《首なし騎士》の破壊を優先した彼女の真意が、今の言葉で初めて理解できた。

(ミランダの姉ちゃんは、クリフを庇う為に首なし騎士を…?)

 あの時。いや、それ以前からクリフは塔のモンスターに怯えていた。

 首の無い人間や生首だけのモンスターなのだ、普通の子供なら怖がるのが当然である。ましてや得体の知れない相手がそんなモンスターを繰り出して来るのだから、その恐怖は尋常ではないだろう。

 そんな彼の不安と恐怖心を、ミランダは捨ててはおけなかった。だから彼女は、《神園の弁者》を破壊した方が良いと知りつつ《首なし騎士》を攻撃したのだ。弟の……クリフの恐怖を、少しでも取り除くために。

「君は肉親の為に甘い決断をした。僕は未来の為に塔を操作した。人としてどちらが正しいかは言うまでも無いけど、情で運命は拓けない。この差は勝敗を分けるよ」

 微笑を浮かべた教皇の言葉が、抗い難い威圧となってミランダに突き付けられる。

 《弁者》を残した事で状況が悪くなったのは事実。もし本当にミランダがクリフの為にその選択をしたのなら、それは決闘者としてはあまりに致命的な判断だ。

 そして、もし。もし教皇がこの展開を狙って塔を操作し、戦わせたのだとすれば――…あまりに、人を馬鹿にしている。

「お姉ちゃん……ボクの為に…?」

 教皇の言葉からミランダの心を察したらしいクリフが、恐る恐る彼女を見つめる。

 ミランダはそれには一切答えず、「言ってくれるわね」と一言答えて教皇を睨んだ。

「確かに厄介な状況にはなったわ。けど、この程度の事で負けるほど私達は軟弱じゃないわ。さあ、デュエルを続けなさい。あんたの言う未来や運命なんて、私とクリフが覆して見せる!」

「……若い頃の感性が絶対的に正しいと考えていると、歳を取ってから後悔するよ。――バトルフェイズ!」

 皮肉を残り香に話を切り上げ、教皇はターンを続行する。このバトルフェイズをどう切り抜けるか、それがミランダ達に与えられた最初の試練だった。

「仁恵の対価、受け取るといいよ。樹護天使ハニエルで、未知ガエルを攻撃だ」

 静かに告げられた攻撃命令に従い、《ハニエル》は両腕と翼を大きく広げる。それと同時、《神園樹ネツァク》の樹皮が一部剥がれ落ち、飛礫の様に《未知ガエル》へと飛んで行った。

 樹皮の先端はナイフの様に鋭く尖っており、突き刺されば一溜りも無い。当然このまま攻撃を通す訳にもいかず、ミランダは場に伏せたカードを発動させた。

「速攻魔法、収縮を発動! 樹護天使ハニエルの攻撃力を半分にするわ!」

 二枚伏せられたカードのうち一つが翻り、攻撃モンスターである《ハニエル》の体を縮小させる。その影響か樹皮の勢いも弱まり、全て《未知ガエル》によって叩き落された。

 全ての樹皮を叩き落とした《未知ガエル》は反撃に転じ、矛を《ハニエル》に向けて投擲。逆に幼い天使の体を貫き、背後の《ネツァク》に磔にした。

「ほえ…。防がれたか」

 教皇は事切れた《ハニエル》に目を向けながら、「でも」と微笑を浮かべる。

「生憎、本命はこっちなんだよね。樹護天使メタトロンで、未知ガエルを攻撃!」

 光の粒子となった同胞を尻目に、命令を受けた《メタトロン》は攻撃を仕掛ける。《神園樹ケテル》の樹皮が剥がれ、先程と同じように《未知ガエル》へと向かっていく。

 今度こそ攻撃を止める手段は無く、矛を手放した《未知ガエル》は樹皮の弾丸によってその身を八つ裂きにされ、《ハニエル》共々粒子となって消えて行った。

「この瞬間、樹護天使メタトロンの効果発動! メタトロンが攻撃を行った場合、僕はメタトロンの攻撃力分ライフを回復する!」

 教皇が宣言すると同時、《メタトロン》は二枚の翼を羽ばたかせて教皇に自らの羽根を与える。

 癒しの力を持った天使の羽根は失われた教皇のライフを更に回復、これにより一度は三桁にまで低下した彼のライフは完全に盛り返した。

「んがっ! い、一気にライフを4000ポイントも回復した!?」

「…成程。それが、あんたの戦術って訳ね」

 頓狂な声を上げる百合とは対照的に、ミランダは落ち着いた様子で《メタトロン》を見上げる。

 教皇は彼女の問いに「奥の手と隠し玉はまだまだあるけどね」と嘯いて見せると、最後に残った手札を決闘盤に差し込んだ。

「さて、カードを一枚セットしてターンエンドだ。…そうそう、神秘の果樹はこのターンで三つのカウンターが乗ったから、破壊されるんだったね」

 教皇がターンエンドを宣言すると同時、長らく彼の手札を潤していた《神秘の果樹》が枯れ果て、光の粒子となって消滅する。その粒子は導かれるように教皇に向かっていき、彼の体に吸収された。

「神秘の果樹が自身の効果で破壊された事で、僕のライフは更に2000ポイント回復する。そしてセーヌのデスマスクによって更に700ポイント。……やー、ライフが多いっていいものだね。何だか幸せな気持ちになるよ」

 狡猾な一面を出したかと思えば、教皇は再び子供っぽく笑って両手を叩く。そのライフは今や8950ポイント。6000ものライフコストを使っていながら、なおミランダ達を上回る命の力があった。

「この一ターンで、合わせて9700ポイントの回復か…!」

 額に脂汗を浮かべながら、亮助がごくりと息を呑む。

 初期ライフをも上回る回復量と、膨大なライフコストと引き換えに召喚される《樹護天使》。この頃には、誰もが教皇のデッキコンセプトを理解していた。

 

 

 「超栄養太陽」 永続魔法

 効果:自分フィールド上のレベル2以下の植物族モンスター1体をリリースして発動できる。リリースしたモンスターのレベル+3以下のレベルを持つ植物族モンスター1体を、手札・デッキから特殊召喚する。

 このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

 

 『神園樹ケテル』 モンスター

 地属性 植物族 ☆2

 攻撃力600 守備力600

 効果:①:このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、3000LPを払う事で発動できる。EXデッキから「樹護天使メタトロン」1体を特殊召喚する。

 ②:このカードの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

 『樹護天使メタトロン』 融合モンスター

 光属性 天使族 ☆10

 攻撃力4000 守備力3000

 効果:このカードは「神園樹ケテル」の効果でのみ特殊召喚できる。自分フィールドに「神園樹ケテル」が表側表示で存在しない場合、このカードを破壊する。

 ①:このカードが攻撃したダメージステップ終了時、自分はこのカードの攻撃力と同じ数値分のLPを回復する。

 ②:このカードが効果によって破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分は1000LPを回復する。

 

 『神園樹ネツァク』 モンスター

 地属性 植物族 ☆2

 攻撃力600 守備力600

 効果:①:このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、3000LPを払う事で発動できる。EXデッキから「樹護天使ハニエル」1体を特殊召喚する。

 ②:このカードの戦闘で発生する自分への戦闘ダメージは0になる。

 

 『樹護天使ハニエル』 融合モンスター

 光属性 天使族 ☆10

 攻撃力4000 守備力3000

 効果:このカードは「神園樹ネツァク」の効果でのみ特殊召喚できる。自分フィールドに「神園樹ネツァク」が表側表示で存在しない場合、このカードを破壊する。

 ①:1ターンに1度、自分は自分フィールドのモンスターの数×500LP回復する。

 ②:このカードが効果によって破壊され墓地へ送られた場合に発動する。自分は1000LPを回復する。

 

 「収縮」 速攻魔法

 効果:①:フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの元々の攻撃力はターン終了時まで半分になる。

 

 【神秘の果樹】

 カウンター:2→3

 

 【教皇 & 塔】

 LP:5650→6650→3650→650→2650→2250→6250→8250→8950

 

 【ミランダ & クリフ】

 LP:8000→6400

 

 

「ボ…、ボクのターン!」

 状況の変化を敏感に感じ取りながら、クリフはターンを開始する。彼はドローカードを確認すると、不安げな眼差しを姉ミランダに向けた。

 自らの意思でパートナーを買って出たこのデュエル、クリフにとって敗北以上に恐ろしいのは、自分が姉の足を引っ張ってしまう事であった。

 一対一のデュエルであれば、姉はどんな相手であろうと必ず勝利してくれるだろう。しかしタッグデュエルとなれば、姉一人の力で二人の敵に勝つ事は困難だ。誰かがサポートしない限り、到底勝てるものでは無い。

 だからこそクリフは、恐怖を押し殺して彼女のパートナーになる事を決意した。誰よりも姉を知る自分であれば、他の誰よりも上手く彼女と息を合わせる事ができる。タッグデュエルという特殊な環境においても、姉の実力を引き出す事ができると固く信じていた。

(それなのに……)

 決意の揺らいだ眼差しが、真直ぐに敵を睨むミランダを見つめる。

 クリフが知る限り、姉は決してミスを犯すような決闘者では無い。むしろ常に勝負の数手先を見据え、最善を尽くし、勝つべくして勝つ完璧なデュエルを徹底する性格だった。

 その姉が、不利を承知で《首なし騎士》を攻撃したのは――…教皇の言う通り、(じぶん)を思いやったが為なのだろう。それが無性に悔しくて、そして情けなかった。

(…ミラおねえちゃんは、ボクが守るっ!)

 不安や恐怖を闘志に変えて、クリフは手札に手を掛ける。勝負はまだ序盤、塞ぎ込むにはまだ早い。

「手札から、鬼ガエルを召喚するよーっ!」

 再び場に現れた《鬼ガエル》が、クリフを鼓舞するようにゲロゲロと鳴き声を上げる。クリフは召喚が通った事を確認すると、一ターン目と同じようにデッキを広げ、一枚のカードを墓地に送った。

「デッキから二枚目の悪魂邪苦止を墓地に送って、今度も鬼ガエルのもう一つの効果を発動! 鬼ガエルを手札に戻して、ボクはもう一度モンスターを召喚するよ!」

 一ターン目を再現するかのように同じ動作を行い、同じように《鬼ガエル》を手札に戻す。

 そして新たなモンスターを召喚しようと手札に手を掛けた時――、

「へー。デスガエルでも出すのかな?」

 全てを見透かした教皇の声が、クリフの心に忍び寄った。

「あうっ…!?」

 まさに《デスガエル》に手を掛けた瞬間に言い当てられ、クリフは思わず手を引っ込める。

 《デスガエル》の召喚を読まれているという事は、その一手先、クリフが《死の合唱》を発動して全体除去を行おうとしている事も気付かれているだろう。教皇の楽しそうな笑みを見る限り、対策も既に用意している筈だ。

(死の合唱の事、気づかれちゃってる…! ど、どうしよう…!?)

 他に策を考えていなかっただけに、読まれているのは衝撃だった。

 このまま《デスガエル》を召喚すべきか、それとも作戦を変えて手札に温存しておくべきか。錯乱にも似た状態の中で考えていると――、

「大丈夫よクリフ、続けなさい」

 落ち着きはらったミランダの声が、揺れるクリフの心を抱きとめた。

「教皇が何をして来ようと、私が必ず守ってあげるわ。だから恐れず進みなさい、私を信じてくれるのなら」

 視線は敵に向けたまま、独り言のようにミランダは呟く。

 その声のトーンは優しさよりも厳しさが多分に含まれていたが、「私を信じてくれるのなら」という一語だけで、クリフは姉の全てを理解した。

「――うんっ!」

 大きく頷いたクリフは、全ての迷いを断ち切って再び《デスガエル》に手を掛ける。

 教皇が何か策していたとしても、自分の隣には(ミランダ)が居る。そして姉の隣には自分が居る。それだけで、クリフの勇気は満ち溢れた。

「せいかいだよ! ボクが召喚するのはデスガエルっ! おねえちゃんのコールド・タイガーをリリースして、アドバンス召喚するよー!」

 決意と共に繰り出されたのは、《鬼ガエル》や《未知ガエル》より一回り大きな蛙のモンスター。

 外見こそ普通の蛙と変わらないものの全身から禍々しいオーラが醸し出されており、何とも不気味な印象を受ける。それを見て「当たったー」と子供のように笑う教皇は気にも留めず、クリフは行動を続けた。

「デスガエルの効果を発動だよっ! アドバンス召喚された時、ボクの墓地の悪魂邪苦止の数までデスガエルを特殊召喚できるよ!」

 召喚された《デスガエル》の両脇に二匹のオタマジャクシが現れたかと思うと、瞬く間に成長して二匹の《デスガエル》となる。

 これでクリフの場には《デスガエル》が三体、《死の合唱》の発動条件が整ったが――その瞬間、無邪気に笑っていた教皇が狡猾な笑みを浮かべた。

「もちろん、通す訳は無いよね。塔のリバースカード発動! 速攻魔法、エネミーコントローラー!」

「あう!?」

 伏せられたカードが翻り、教皇の場にゲーム機のコントローラーが出現する。教皇のデッキとも塔のデッキとも趣向の異なるデザインであるが、それだけに高い汎用性を誇るカードである。

「エネミーコントローラーは自分のモンスターをリリースする事で、相手モンスターのコントロールを得る事が出来る。神園樹ネツァクをリリースして、デスガエルを貰うよ」

「あっ…! 今デスガエルを取られたら…!」

「三匹のデスガエルが揃わなくなって、死の合唱は発動できなくなるって事だね」

 にやりと笑った教皇の下、《エネミーコントローラー》は《デスガエル》のコントロールを奪うべくケーブルを伸ばす。――瞬間、ミランダが動いた。

「ええ、通す訳が無いわね。速攻魔法、瞬間凍結を発動! エネミーコントローラーの発動を無効にして、再び場にセットさせる! そしてセットされたエネミーコントローラーは三ターンの間、発動する事はできないわ!」

 ミランダが伏せていたカードが翻り、《エネミーコントローラー》をケーブルごと凍結させる。それを見て、教皇は「え!?」と狼狽の表情を浮かべた。

「魔法カードの発動を無効にする魔法カードだって!? 馬鹿な、そんなカードを伏せているなら、さっき僕が超栄養太陽を使った時に――、」

 発動を阻止できた筈。そう続けようとして、教皇は気付いた。目の前の状況全てが、ミランダによって仕組まれていた事に。

 教皇が《死の合唱》の発動を読んだように、ミランダもまた教皇が《死の合唱》を阻止しに来るであろう事を読んでいた。ガエルデッキの特徴の一つなのだ、警戒されない筈が無い。

 そこでミランダは《超栄養太陽》の発動を敢えて通し、《死の合唱》の発動のみに狙いを絞ったのだが――…彼女の巧みな所は、そこだけでは無かった。

 《死の合唱》は相手の場のカードを全て破壊するカード。即ち相手が場にカードを出す程、その威力は増加する。ミランダはクリフの後押しをすべく、もう一つの罠を教皇に仕掛けた。判断ミスだと思われていた、《首なし騎士》への攻撃である。

 敢えて《神園の弁者》を場に残した事で教皇は《超栄養太陽》を発動、二体の《樹護天使》を召喚した。だが大量に手札を消費した事で、教皇の手札は現在0枚。ここで《死の合唱》で場を壊滅させれば――…教皇は、圧倒的不利な立場に置かれる事になる。

 それこそが、ミランダの狙いだった。わざとプレイングミスを演じる事でモンスターの展開を誘い、その上で《死の合唱》で全てを持っていく。「弟の為」という納得できる理由のある(ミス)であるだけに、教皇も彼女の誘いに気付けなかった。

 無論、クリフの恐怖心を取り除きたいという思いもあっただろう。ミランダにとっては一石二鳥の策略だった筈だ。

(リスクも大きいけど、見返りも大きい……か…。ん、良い作戦だ。若さの成せる(わざ)だね)

 口元を緩めた教皇の視線の先、全ての準備を整えたクリフが最後の手札を手に取る。今の教皇には、その発動を止める術は無い。まんまと裏を掻かれた形だった。

「さあ、今よクリフ!」

「あいっ! 魔法カード、死の合唱を発動っ! ボクの場に三匹のデスガエルがいる時、相手のカードを全部破壊するよー!」

 クリフがそのカードを決闘盤に差し込むと、三匹揃った《デスガエル》が互いに顔を見合わせ、ガァガァと不気味な合唱を始める。

 その圧倒的な物理破壊の不協和音は大地を震わせ、教皇の場の全てのカードに亀裂を入れる。《メタトロン》は耳を押さえて悶絶し、《神園樹》は生気を吸われたように枯れていく。その壊滅的な状況には、さしもの教皇も狼狽えていた。

「あわわわ……んー、仕方ない! 速攻魔法、コズミック・サイクロンを発動! 王宮のお触れだけでも除外する!」

 崩れ落ちる教皇の場で最後の伏せカードが翻り、クリフの場の《王宮のお触れ》を粉砕する。

 恐らくは然るべきタイミングで《お触れ》を破壊する為に伏せていたのであろうが、温存していた事が裏目に出た。教皇の場は音を立てて崩壊し、全てのカードが墓地へ送られる。塔のターンにセットした最後の伏せカード《断頭台の惨劇》も破壊され、教皇の身を護るカードは完全に無くなった。

「いくよー! 三匹のデスガエルで、直接攻撃!」

 クリフが攻撃命令を下すと《デスガエル》達は合唱を止め、無防備状態の教皇へと向かっていく。

 単体では1900ポイント程度の攻撃力しか持たない《デスガエル》だが、三体となれば大きなダメージだ。蛙達は長い舌を使って教皇を鞭打つと、ぴょんぴょんと飛び跳ねてクリフの場に戻って行った。

 それと同時。枯れ果てた《神園樹》が教皇の頭上に倒れ、舞い上がった砂埃が彼の体を覆い隠す。一ターン前の優勢が嘘のような、無残な姿だった。

「見誤ったわね、教皇。打算的な考え方は、歳を取ったからかしら?」

 意趣返しとばかりに皮肉を浴びせ、腕を組むミランダ。その表情には策が通った喜びも慢心も無く、成るべくして成ったという考えがありありと伺えた。

「そうか…。ミランダの姉ちゃんは、これを見越して…!」

「クリふんを気遣ったように見せかけて……いんや、気遣いつつも敵を罠に嵌める。流石はミラるん、ブラコンでもただじゃ起きないって所かね」

 後方で観戦していた亮助達も、遅れてミランダの考えに気付く。そんな彼らの声を聴きながら、クリフはこっそり表情を綻ばせていた。

 だが――。デュエルはまだ、終わっていない。

「あはは…、してやられたなー。これがあるから怖いんだよねー、ガエルデッキって」

 砂埃が消え、その中から身一つとなった教皇が姿を表す。

 本来であれば必殺コンボとなり得る《死の合唱》だが、ああもライフを回復されてはそうもいかない。彼のライフは未だ残っており、余裕を滲ませた笑みも健在だった。

「まぁでも、この程度のダメージならすぐに回復できるかな。デュエルには回復限度(ヘイフリック)なんて無いもんねー」

 失敗を前向きに受け止めた双眸が、クリフとミランダに向けられる。

 彼の頭の中では既に挽回のプランが出来上がっているのだろう。まだまだ油断できない状況だった。

「あ、そうそう。樹護天使メタトロンが効果で破壊された事で、僕のライフは1000ポイント回復してるよ」

 そう言って教皇は、決闘盤のライフカウンターを二人に見せる。彼のライフは言葉通り1000ポイント増加しており、次の《樹護天使》召喚を狙っている事が見て取れた。

 そして、もう一つ。

「セーヌのデスマスクは相手によって破壊された場合、墓地の代わりにデッキの上に戻す事ができる。もちろん、デッキに戻す事を選ぶよ」

 長らく微動だにしなかった塔の体が動き出し、《デスマスク》のカードを自身のデッキの一番上に戻す。

 これにより次の塔のターンで再び《デスマスク》が発動し、ライフ回復が続く事になる。僅か700ポイントとは言え、教皇の戦術を思えば軽視できる事では無かった。

「えーと、それなら……バトルフェイズをエンドして、二匹のデスガエルでオーバーレイ!」

 クリフは暫し考えた後、役目を終えた《デスガエル》を使って更なる戦力増強を図る。二体の《デスガエル》が二つの光となってオーバーレイ・ネットワークを構築、新たなモンスターを彼の場に出現させた。

「現れて、No.73! カオスにおちたる(せー)なる滴よ、その力を示して、混沌(こんとん)浄化(じょーか)せよ! エクシーズ召喚! 激瀧神アビス・スプラッシュ!」

 クリフの叫びに応える様に現れたのは、青い装甲を身に纏った屈強な巨神。その体躯は《神園樹》と比べても何ら劣らず、手に持つ槍を大地に突き立て、守護神の様にクリフ達の後ろに仁王立ちしている。

 《激瀧神アビス・スプラッシュ》。かつて塔と死神と戦った際にフィニッシャーとなったモンスターであるが、今回の役割は教皇達への牽制だった。

 自身の効果で攻撃力を4800にまで高める事の出来る《アビス・スプラッシュ》は、教皇の《樹護天使》であっても退ける事はできない。《水神の加護》によって効果破壊耐性も得ている為、このカードが存在感するだけで相手への抑止となる。

 無論、教皇の出方次第ではこの抑止力は敵を追い詰める矛にもなり得る。攻めと守り、どちらの活躍も望めるモンスターであった。

「ボクはこれで、ターンエンド!」

 力強く宣言したクリフは、ふと姉ミランダの表情を伺う。

 姉は、笑っていた。褒める訳でも無く、労う訳でも無く。倒すべき敵に目を向けたまま、ただ口元だけを僅かに緩めている。それだけで、クリフは満足だった。

 

 

 「デスガエル」 モンスター

 水属性 水族 ☆5

 攻撃力1900 守備力0

 効果:このカードの生け贄召喚に成功した時、自分の墓地に存在する「悪魂邪苦止」の枚数分まで、「デスガエル」を手札またはデッキから特殊召喚する事ができる。

 

 「エネミーコントローラー」 速攻魔法

 効果:①:以下の効果から1つを選択して発動できる。

 ●相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その相手の表側表示モンスターの表示形式を変更する。

 ●自分フィールドのモンスター1体をリリースし、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その表側表示モンスターのコントロールをエンドフェイズまで得る。

 

 『瞬間凍結』 速攻魔法(漫画版「遊戯王GX」より)

 効果:魔法・罠カードの発動を無効にし、そのカードをセットする。

 このカードの効果でセットしたカードは3ターンの間発動できない。

 

 「死の合唱(デスコーラス)」 通常魔法

 効果:自分フィールド上に「デスガエル」3体が表側表示で存在する時に発動する事ができる。

 相手フィールド上に存在する全てのカードを破壊する。

 

 「コズミック・サイクロン」 速攻魔法

 効果:①:1000LPを払い、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

 「No.73 激瀧神アビス・スプラッシュ」 エクシーズ

 水属性 戦士族 ランク5

 攻撃力2400 守備力1400

 効果:水属性レベル5モンスター×2

 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。このカードの攻撃力は、相手のエンドフェイズ時まで倍になる。

 このターンこのカードが相手ライフに与える戦闘ダメージは半分になる。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 【教皇 & 塔】

 LP:8950→7950→6050→4150→2250→3250

 

 

 【ミランダ & クリフ】

 LP:6400

 

 クリフ手札:1枚(鬼ガエル)

 ミランダ手札:2枚

 モンスター:デスガエル(攻撃表示)、No.73 激瀧神アビス・スプラッシュ(攻撃表示)

 魔法&罠:水神の護符(残り2ターン)

 ペンデュラム:無し

 フィールド:湿地草原

 

 【教皇 & 塔】

 LP:3250

 教皇手札:0枚

 塔手札:2枚

 モンスター:無し

 魔法&罠:無し

 ペンデュラム:無し

 フィールド:無し

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 ――同時刻。

 ミランダ達が教皇と対峙している、まさにその頃。別の場所では、新たな戦いが始まろうとしていた。

「これは…! いったい、ここで何が起こったの!?」

 しんと静まり返った空間に、姫利の声が反響する。

 最上階の中央部、廊下を抜けた先にある“王座の間”。少し前にソール達が(リリオン)死神(デス)と戦い、撃破した場所である。

 見失ったソール達を探して走り続け、ようやくこの場所に行きついた姫利とメイは、倒れているリリオン達を見て唖然とした。

 ここは敵地。敵が闇中に潜んでいる事はあっても、倒れている事などあり得ない。何か異常な事態が起きているのはわかったが、ここで何があったかなどわかる筈も無かった。

「…どうやら、気を失っているようです」

 メイは身を屈めてリリオンの体に触れ、息がある事を確認するとその事を姫利に告げる。その声は姫利ほど状況に動転しておらず、落ち着いた表情で周囲の様子を確認していた。

 リリオンの腕にはデュエルによって破損した決闘盤が黒煙を上げたままの状態で装着されており、デスの傍にも壊れた決闘盤が残されている。

 メイはそれら二つを見比べて暫らく考え込んだ後、地面に落ちている方の決闘盤を手に取り「姫利さん、この決闘盤に見覚えは?」と小さく尋ねた。

「……多分だけど、ソールちゃんが使っていた物だと思うわ」

「やはり…」

 メイは僅かに表情を曇らせながら、

「この決闘盤の破損状態は、以前姫利さんがこの女性と戦った時のものと似ています。恐らくソールちゃん達は……どういった経緯でそうなったのかはわかりませんが、ここで敵とデュエルを行ったのでは無いでしょうか?」

 途方もない想像である事を承知で言っているようだった。

 メイは姫利から特に否定が無い事を確認すると「そして、最終的に敵の意識だけが失われた」と静かに言葉を続けた。

「少なくとも、ここで私達の知り得ない()が起きたのは確かなようです。…姫利さんは、この状況をどう思われますか?」

「有り得ない推測なら一つあるけど……メイさんの意見は?」

「恐らく、姫利さんの推測と同じだと思います。彼女、リリオン=ストレングスはソールちゃんとデュエルを行い敗北。その結果、彼女は意識を失ったのではないか、と……」

「…負けた方が気絶する。そんな取り決め(デュエル)だったって事?」

 訝しみながらも姫利が問うと、メイは「辻褄は合います」と即答した。

 疑問の多い仮定ではあるが、と言って他に納得の行く理由は思い付かない。少なくとも敵が気絶している事は喜ばしい事でもある。姫利は強引に納得すると、改めて地に伏したリリオン達に目を向けた。

「何にしても、こいつらはこのまま放っておいても大丈夫そうね。ソールちゃんもここには居ないようだし……先を急ぎましょう」

 優先すべき事を思い出した姫利が呼び掛け、メイがそれに頷いた時。二人は、背後の空気が突然重々しく変わるのを感じた。

「――無様なものだな、(ストレングス)。異端の札を過信し、力に酔うた結果がそれか」

「ッ…!?」

 厚みのある老人の声を背後に聞き、姫利とメイは同時に振り返る。

 そこには、赤い鎧を身に纏った老人――正義が、腕組みして立っていた。

 顔半分を鬼の面で隠しているが、への字に曲げた口元と厳格な声のトーンから不機嫌である事が伺える。正義は目の前にいる姫利とメイには目もくれず、倒れているリリオンを見て舌打ちした。

「決闘者は(カード)の性能では無く、己が技量によって勝利するもの。如何に異端の札が強力でも、その性能を活かせぬでは敗れるは必定。それがわからぬようでは番犬の役すら務まらぬな」

 辛辣にリリオンを罵った後、ようやく正義の目が姫利達に向けられる。

 老人とは思えぬ大柄な体格に、特徴的に過ぎるシルエット。姫利達の脳裏に一つの名前が浮かび上がり、二人は一歩退いた。

「この人は……まさか…。プロ決闘者の…!」

「戦国 殿方。かつて最強と言われた男の成れ果てだ」

 感情無く答えた正義が組んでいた両腕を解いたかと思うと、彼が身に付けている“決闘鎧(デュエル・アーマー)”の左腕部分が変形。絡繰りのような滑らかな動作で決闘盤へと形を変える。

 デュエルによって人が気絶する。そう結論付けた姫利達には、彼が決闘盤を構えた事の意味がよくわかった。

「同郷の若人達よ。本心を申せば見逃してやりたい所であるが、状況がそれを許さぬ。そなた達が未来の安寧を望み、仲間の身を案ずるのであれば――、」

 正義はそこで一度言葉を切り、

「――二人同時で構わぬ、掛かって来るが良い」

 明確な決闘(デュエル)の意思を、姫利達に叩き付けた。




ち、違うぞ! 別にVRAINSのスペクターさんのデッキをマネた訳じゃあないぞ! デッキ自体は前々から決まってたんだぞ!
デッキが被ったからスペクターさんが退場するまで更新を止めてた訳でも無いぞ! ほんとだぞ! 嘘じゃないぞ!
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