初めて決闘盤を使ったクロンにとって。カードの知識に乏しいクロンにとって。それは初めて目の当たりにする光景だった。
百合の背後に現れた「D」「G」「O」、アルファベットの形をした三種のブロックは、宛ら衛星の様に百合の周りをぐるぐると回る。
立体映像による演出、とまでは理解できたが、それが何のカードによるものか、これから何が起こるかまでは直感でわかるものでもない。
(何か、仕掛けてくる…!)
ただ一つ確かなその事実だけを受け止め、クロンはにやりと笑みを作る。来るなら来い、と言わんばかりに。その自信に何の背景も無い事は、重々承知しながら。
「百合の奴、思ったより早く動いたわね」
クロンと百合の戦いを眺める第三者。姫利が驚いた表情で呟いた。
百合のデッキは元より、その行動パターンまで熟知している彼女にとって、百合がこうも早く行動を開始したのは意外だったらしい。序盤から期待を裏切る展開に、彼女は微笑する。
「DとGとO…。さて、犬が出るか神が出るか。それをあの子はどう捌くか。見物だわ」
たまには見る側に回るのも悪くない。そう思いながら、姫利はまた無言の観客へと戻った。
【クロン】 LP:8000
手札:3枚
モンスター:トイ・マジシャン(守備表示)、裏守備モンスター×1
魔法&罠:無し
【百合】 LP:8000
手札:5枚
モンスター:裏守備モンスター×1
魔法&罠:無し
「んじゃま、種明かしでも。私は魔法カード、融合を発動して、手札の三枚のモンスターを融合させるよん」
そう言って百合は手札から四枚のカードを選び、提示する。
一枚は言葉通り「融合」のカード。残る三枚は、《アルファベット・D》《アルファベット・G》《アルファベット・O》という名前に関連が見えるモンスターカード。
百合はそれらのカードを決闘盤に読み込ませてから墓地に送ると、続いてエクストラデッキから一枚のカードを選んで決闘盤に叩きつける。
「んでもって呼ぶのはこのカード! 《D.O.G-アームドッグ》を、融合召喚って言うね!」
三つのアルファベットが集まり、新たな形を形成する。三つの文字を消費して生まれた新たな
否。このモンスターを「犬」と呼ぶのはやや違和感があるか。シルエットこそ犬ではあるが、甲殻類を思わせる装甲を身に纏い、目は額から鼻先に掛けて三つ、縦に並んでいる。
大きさも人間と同等或いはそれより少し上で、毛の色も不気味な赤紫色。少なくとも、犬としての愛らしさを見つける事は難しそうだ。
「ん、なるほど…。DとOとGを合わせてDOG、だから犬型のモンスターって訳ッスね」
「ほー。思ったより物分りいいじゃないの。んじゃ、私も物分りよく攻撃をしますかね」
にぃ、と笑った百合を見たのも束の間、三つのアルファベットから生まれた魔犬が雄叫びを上げながら《トイ・マジシャン》に飛び掛かる。
ブロック造りの魔術師と言えど。いや、ブロックだからこそ、魔犬の前には所詮玩具にしかならず、強靭な顎と牙の前に粉々に砕け散った。守備表示で出していたのでクロンにダメージは無かったが、果たしてこれを不幸中の幸いと呼ぶべきか。
「んぐ…っ。せっかく出したトイ・マジシャンが…!」
「おっと、悔しがるのはまだ早いぜぃ? アームドッグがモンスターを戦闘で破壊した時、相手のライフの1000ポイントのダメージが入るんだぜぃ!」
「っ!」
まさしく泣き面に蜂だった。《アームドッグ》の鋭い爪がクロンに振り下ろされ、そのライフを削る。
致命傷、と呼ぶには微々たるものだが、さりとて掠り傷と呼ぶにはやや深い。文字通り犬に噛まれたようなものだとクロンは割り切り、強がりとも取れる笑みを百合に向けた。
「初心者相手に手加減なしッスか、百合姉さん…?」
「ンッフフ、獅子は兎ちゃんをやるにも本気を出すもんだからねー。ましてや姫りんの一番弟子となれば、全力で叩き潰さない訳にはさ」
「なるほど。…ところでお姉ちゃんのデッキ、もしかしてE・HEROデッキのようなものだったりします?」
その一言で、百合の表情が少し変わった。何か引っかかるものがあったのだろう。驚いたような表情で、「ほー?」と唸る。
「どうしてそう思うんよ?」
「や、理由とかは全く……というより完全に直感なんだけどね。ボクの友達がHEROのデッキを使ってるんだけど、何となくお姉ちゃんのデッキと似てる気がするなーって思っただけで」
「…へえ」
目の色が変わった。百合は真面目な表情で一度姫利の顔を見た後、再び視線をクロンに戻す。
「例えば?」
「んー。名前……ッスかねぇ。ほら、今お姉ちゃんが使った融合素材って、全部名前に《アルファベット》って付いてたじゃないッスか。もしかして《E・HERO》みたいに色んな融合素材があって、色んな組み合わせの融合が売りのデッキなんじゃないかなーって」
「ほむ」
「デュエル前にアルファベットデッキって言ってたしね。だから何となく、融合主体のシリーズデッキなのかなって思った次第です」
「なるほど」
驚愕、というよりも感心しているような表情で、百合は唸った。
少なくとも見当外れの意見ではなかったらしいと思ったクロンは、横から「正解よ」と割って入る姫利の声を聞いた。
「百合のデッキ――…アルファベットデッキは、貴方の予想通り融合主体のデッキよ。素材となるアルファベットモンスターはAからZまでの二十六種類。それらを組み合わせる事で誕生する融合モンスターの数は、貴方の知ってるHEROデッキを遥かに上回るわ」
「…融合素材が、二十六種類も?」
「もちろん、全ての素材が一つのデッキに揃って投入されてるとは限らないわ。融合モンスターを置くエクストラデッキにも限りがあるし、詰め込み過ぎると手札事故が起きるしね。アルファベットデッキの強さはむしろ、同じ融合素材で呼び出せるモンスターが複数あるところよ」
これがアドバイスだと漸く気付き、クロンはすぐさまメモを取る。その傍では百合が不服そうな顔をしているが、特に口を出す事はない。
「例えば今百合が使ったD、G、Oの素材。今回はDOGでアームドッグを召喚したけど、同じ素材で他に《G.O.D-ライゴッド》っていうモンスターを出す事もできるの」
「G.O.D? …なるほど、GODで神って事ッスか」
「もちろん、二枚の融合モンスターの効果は違うわ。同じ融合素材を使って状況に適した効果の融合モンスターを出す事ができる。その汎用性が百合のデッキの特徴よ」
「なるほど…」
大凡ながら百合のデッキの形が見え、クロンが頷いた時。
「姫りーん。その辺で個人情報流すのやめてくれるー?」
見かねた、と言うには遅すぎるタイミングで、漸く百合が口を挟んだ。
よりによってデュエルの最中に自分の戦術を暴露されたのだ、彼女が不貞腐れた顔をするのも無理はない。だが姫利は特に悪びれもせず、澄んだ瞳を百合に向けた。
「あのさぁ、今はデュエル中ですぜ? どうして勝手に人の情報教えるかなー」
「あら、いいじゃないこのくらい。遅かれ早かれわかる事だし、融合がメインって事に気付いたのはこの子だし。弱点とか攻略法を教えた訳でも無し、むしろ丁度いいハンデだと思うけど?」
「それでも私の許可取ってから喋ってよー。見せパンだからってスカート捲りしていいって訳じゃないんだぜー?」
ぶーたれる百合であるが、とは言え、喋られたものは今更どうしようもない。
彼女は諦めたように大きく息を吐くと、二人の顔を見比べてきょとんとしているクロンに目を向けた。
「…補足すると、アルファベットデッキの融合モンスターは最低で三枚、多くても五枚の融合素材を必要とするんだよね。つまり普通の方法で融合召喚する場合、少なくとも四枚のカードを消費するってわけ。これがこのデッキの弱点の一つなんだけど、どうしてだと思う?」
「んー…。手札がすぐに無くなるのと……呼び出した融合モンスターが除去された場合、次のモンスターを出すのに時間がかかるから……とか?」
「そゆこと。まあサポートカードで多少は補う事はできるけど、そう気軽にポンポン融合できるって訳じゃないんよ。それとエキストラデッキの限度枚数がルールで決まってるのも問題点の一つ。アルファベットデッキの融合モンスターはかなりあるけど、エキストラデッキに投入できるカードは十五枚。つまり――、」
「一度のデュエルで使える融合モンスターの数は限られている」
「うむり。まあ弱点が目立つ反面、上手く扱えば色んな動き方ができるデッキでもあるんだよね。なにせ融合素材の時点で二十六枚あるんだし」
百合はそこで一度言葉を止め、残る一枚の手札を決闘盤に差し込んだ。
「さ、お喋りはここまで。私はカードをセットして、ターンエンドでござんすよ」
これで百合の手札は0枚。カードの消耗が激しいという言葉を早くも証明してくれた形だが、彼女の表情は今だ自信の色で満ちている。
あの表情がある限り、攻略は難しいかも知れない。そう思いながら、クロンは次の策を練り始めた。
「融合」 通常魔法
効果:手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。
『アルファベット・D』 モンスター
地属性 岩石族 ☆2
攻撃力0 守備力2000
効果:???
『アルファベット・G』 モンスター
地属性 岩石族 ☆2
攻撃力0 守備力0
効果:???
『アルファベット・O』 モンスター
地属性 岩石族 ☆2
攻撃力700 守備力200
効果:???
『D.O.G-アームドッグ』 融合モンスター
地属性 獣族 ☆7
攻撃力2700 守備力2000
効果:「アルファベット・D」+「アルファベット・G」+「アルファベット・O」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
【クロン】
LP:8000→7000
「ボクのターン!」
新たに引いた一枚のカードを加え、クロンはざっと手札を見る。
《大嵐》の発動はあったものの、彼の手札はまだ十分ある。これらを如何に駆使して《アームドッグ》を駆逐するか。それが今の彼の第一課題だ。
(引いたのは夜霧のスナイパー……これはまあ後で役に立つとして。んー、どうしたものかな)
ぽりぽりと頬を掻きながら思案する。少なくとも彼の手の内に、百合の《アームドッグ》を即座に除去できるカードはない。…いや、あるにはあったのだが、既に破壊されて墓地に送られた後だ。
《地砕き》《地割れ》と言ったカードもデッキの中に埋もれているし、攻撃力2700の《アームドッグ》を正攻法で倒せるモンスターも無い。
(まあ、ここは百合お姉ちゃんをもう少し観察する意味でも、身を守りますかね…)
幸い手札には「罠」も「壁」も残されている。クロンはその中から一枚のカードを選び、場に仕掛けた。
「ボクはカードを一枚セットして、ターンエンドです」
クロンの前に出現するカードの映像。
その正体はたった今引いた《夜霧のスナイパー》。使い方によっては相手の裏を掻く、クロンが最も好むタイプのトラップだ。
もっとも、このカードは伏せてすぐに旨味が出る罠ではない。だが、相手が罠に掛かるのをじっと待つのも、仕掛ける側の楽しみの一つではある。それに、カードを伏せているという事実だけで、百合が攻撃を躊躇する可能性も考えられなくはないのだ。
「夜霧のスナイパー」 永続罠
効果:モンスターカード名を1つ宣言する。
宣言したモンスターを相手が召喚・特殊召喚・リバースした場合、宣言したモンスターとこのカードをゲームから除外する。
「動かない、か…。カウンター狙いか、それともお姉さんのサンドバックになってくれてるのかな~?」
言いながら、百合はカードをドローする。
クロンが伏せたカードを一応は気にしているようだが、一度《大嵐》で場を一掃した後だ。そう強力な罠な無いと踏んでいるらしく、攻撃を躊躇する様子は見られない。
「バトルフェイズに入る前に、裏守備表示の《アルファベット・S》を反転召喚しておこうかね」
百合の場に序盤からセットされていたカードが翻り、今度は「S」の形をしたブロックが出現する。
その攻撃力は900と低めだが、まだ百合のデッキの全容がわかっていない以上、弱小と軽視できるモンスターではない。
「どれ、参ろーか。アームドッグでクロぽんのモンスターを撃破しましょーっ」
彼女の決断は早かった。一度命令を受けた《アームドッグ》は雄叫びと共にクロンのセットモンスターに飛び掛る。
そして攻撃力2700という数値を誇る鋭い爪がカードを引き裂こうとした時、場が動いた。
「よし、かかった! スフィア・ボムのモンスター効果発動!」
「おぉ?」
クロンがガッツポーズすると同時に攻撃対象であったモンスターカードが翻り、そこから鉤爪の付いた球体の爆弾が出現する。
相手モンスターからの攻撃を受ける事で起動する地雷、《スフィア・ボム 球体時限爆弾》は《アームドッグ》の首元に鋭い鉤爪を突き立てると、内部に埋め込まれた時限式の起爆装置を作動させた。
「このカードの効果は、説明しなくてもいいッスよね? 次のお姉ちゃんのターンにアームドッグを破壊して、更にダメージを受けてもらうッスよ!」
「ふーむ、にゃるほど、爆弾仕掛けて待ってた訳だ。可愛いねぇ。可愛いけど――、S!」
してやったりと思った矢先、百合の場のもう一体のモンスターが攻撃を開始する。
一度起動した《スフィア・ボム》はもう壁として使用する事はできない。壁モンスターが無くなった所に、、S字のブロックの体当たりがクロンの体に直撃した。
「にゃぐっ…」
「何にしても直接攻撃はできたって訳だ。なら良しって事にしとこっかな。私はターン終了よん」
攻撃を終えたブロックが、百合の傍へと戻る。その隣では《アームドッグ》が何とか爆弾を外そうともがいていたが、彼女はそちらには一瞥もしなかった。
『アルファベット・S』 モンスター
地属性 岩石族 ☆2
攻撃力900 守備力400
効果:???
「スフィア・ボム 球体時限爆弾」
闇属性 機械族 ☆4
攻撃力1400 守備力1400
効果:フィールド上に裏側守備表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、そのダメージ計算前にこのカードは攻撃モンスターの装備カードになる。
次の相手のスタンバイフェイズ時に装備モンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
【クロン】
LP:7000→6100
「ボクのターン!」
再びライフを削られたクロンだが、その目には少しの不安も恐れも無い。最も倒すべきモンスターに《スフィア・ボム》をセットしたのだ。それだけで十分な成果だと言えよう。
(これで次の百合お姉ちゃんのターンにスフィア・ボムが爆発してアームドッグは破壊、ついでにお姉ちゃんのライフを2700ポイント削る事ができる。…うん、いい流れ。いい流れ過ぎて――、)
笑みを抑えきれず、揚々と次のカードを出そうとしていたクロンの手が、ピタリと止まる。
(…いい流れ過ぎて、逆に気味が悪いなぁ)
特に根拠が無い違和感を抱いたクロンは、手札に伸ばしていた手を引っ込める。このまま何も考えずに動くのは危険だと、彼の勘は告げていた。
違和感の始まりは、先のターンで《スフィア・ボム》の効果を発動した時だ。あの時、百合はあまり驚いた様子を見せなかった。自分にとっては渾身の罠だっただけに拍子抜けしたのだが、今思うとあまりに反応が薄すぎた。
大量の手札を消耗して出したモンスターが破壊され、その上ライフに大きなダメージを受けるという状況は、百合にすれば平然としていられる損害では無い筈だ。狼狽える事は無いにせよ、何かしらの反応があるのが自然ではなかっただろうか。
(でも、お姉ちゃんは眉一つ動かさなかった。それはつまり…)
違和感を疑問に変え、考えられる可能性を探し出す。答えは、意外とすぐに見つかった。
(…何か対策があるってこと?)
それなら合点がいく。クロンは心の中で半ば決め付けるように結論し、「むう」と小さく唸った。
《スフィア・ボム》は確かに強力な効果を持つが、発動まで時間が掛かり、確実性に欠けるという弱点を持つ。効果が発動するまでに相手が何らかの対抗策を取ってくるのはそう珍しい事でも無い。
(あの爆弾、とっておきだったんだけどなー。まあ仕方ないか。問題は、お姉ちゃんがあの爆弾をどう処理するかだけど…)
気持ちを素早く切り替え、クロンは首を傾げて様子を見ている百合と、彼女の場に伏せられているカードに目を向ける。
(まず考えられるのはスフィア・ボム自体を除去する事。例えばサイクロンとかでスフィア・ボムを除去すれば、アームドッグは破壊されないし百合お姉ちゃんにダメージは無い…)
一度はそう考えたクロンだが、すぐに、それは無いと首を振って否定する。
(いや違う。…もしお姉ちゃんの手元に除去カードがあったなら、攻撃する前にボクの伏せカードを破壊してたはず)
クロンは一ターン前に伏せた《夜霧のスナイパー》に目を向ける。このカードは百合からすれば正体のわからない伏せカードだ。《大嵐》の後とは言え、不気味な一枚には違いなかったはず。もし手札に《サイクロン》があったなら、当然、このカードを除去してから攻撃を仕掛けていただろう。
(まさか二枚目のトイ・マジシャンを警戒したとも思えないし、この可能性は……多分ない)
これで第一の可能性は潰える。
(他に考えられるのは…。スフィア・ボムの効果そのものを無効にするか、サクリファイス・エスケープで回避するか。…多分、この辺りで間違いない)
姫利から教えられたテクニックと、これまで見たカードの効果を思い出しながら、結論する。これなら《スフィア・ボム》の効果を無効にできるし、第一の可能性のような大きな矛盾点も無い。
きっとこれに違いない。その筈だ。一方的に決めつけたクロンは、では次に自分がどう行動すべきか思案する。
《スフィア・ボム》の効果が不発に終わるという事は、《アームドック》が百合の場に残る可能性が高い事を意味する。更に守りを固めるか、それともモンスターを召喚して新たな融合素材になり得る《アルファベット・S》を攻撃するか。
元々《スフィア・ボム》の不発というマイマスな状況を前提としているだけに、どちらも最善の行動とは思えなかったが、どうせならばと、やがてクロンは決断する。
「決めた! 手札からリトル・ウィンガードを召喚するよ!」
長い思考の末にクロンが取った最初の行動は、モンスターの召喚だ。絵本の中から出てきたような可愛らしい小さな剣士が場に現れ、剣を構える。
「そしてバトルフェイズ! ウィンガード、アルファベット・Sに攻撃するッスよ!」
その命令に小さく頷き、剣士は浮遊するS字ブロックに向かって突撃する。このデュエル初となるクロンの攻撃だ。
攻撃力では《リトル・ウィンガード》が僅かに上。ただ一つ、百合の場に伏せられたカードがクロンの気掛かりだったが、それは杞憂に過ぎなかった。百合は何も行動を起こす事なく、彼の攻撃を受け入れる。
「ふふん。やぁっと攻めてきたねぇ」
「いえいえ、すぐに守りに入りますよ。ターンを終了して、ウィンガードを効果で守備表示にするッス!」
S字のブロックを切り捨てた《リトル・ウィンガード》はクロンの場に戻ると、今度は守備表示となって自身とクロンの身を守る。
その守備力は1800ポイント。決して高い数値ではないが、攻撃から守備に転じる事のできるこのカードの器用さを、クロンは気に入っていた。
(これでお姉ちゃんが何を仕掛けて来ようと最低限のガードはできる。今の戦闘で融合素材候補を一つ潰せたし、このターンはまず、これで良しかな)
後は、百合がどう出てくるか。クロンはもう《スフィア・ボム》の効果が成功するとは少しも期待していなかった。
「リトル・ウィンガード」
風属性 戦士族 ☆4
攻撃力1400 守備力1800
効果:このカードは自分のエンドフェイズに1度だけ表示形式を変更する事ができる。
【百合】
LP:8000→7500
「さて、私のターン!」
笑みを浮かべてカードを引く百合。瞬間、クロンは叫んだ。
「スフィア・ボム機動! アームドッグを破壊して、その攻撃力分のダメージをお姉ちゃんに与える!」
カチリ、とスイッチが入る音がしたかと思うと、《スフィア・ボム》の体に亀裂が入る。起爆効果が発動する合図だが、そこに「甘い!」と百合の声が割り込んだ。
「速攻魔法、融合解除を発動! アームドッグをエクストラデッキに戻して、元の融合素材に分裂させるよん!」
百合の場に長らく伏せられていたカードが翻り、《アームドッグ》の体が光の粒子に変化する。
粒子は《スフィア・ボム》の爆発によって四散するが、飛び散った先で再び集結し、融合する前のD、O、Gの姿へと戻る。
「なるほど、そう来る…!」
悪い予感は的中した。だが、クロンにとってこの展開は悪い話ではなかった。
元の融合素材に戻ると言う事は、再び《アームドッグ》を融合召喚するには《融合》のカードを使う必要がある。百合の手札に《融合》が無ければそれまで、仮にあったとしても百合は更に一枚の手札を消耗する事になる。
カード枚数の差が勝敗を分かつ絶対条件になり得る事は、姫利から教えられて知っている。状況は悪いが、まずまずいい話だ。そう思い内心ほくそ笑んでいると、百合の方もにやと唇を釣り上げた。
「墓地のアルファベット・Sの効果を発動しましょうかね。このカードを墓地から除外する事で、私の墓地から融合のカードを手札に加える事ができる」
「なっ…」
だが、ここで一つ裏目が出た。融合を妨害する為に破壊した《アルファベット・S》の効果によって、墓地の《融合》が百合の手札に戻る。
そしてそれは、一ターン前の再現を意味していた。
「では早速、融合を発動して! 場のD、O、Gを融合しようかね!」
再び三つのアルファベットが集まり、粘土のように互いを潰しあって一つになる。
さっきと同じだ。そう頭の中で考えた時には、クロンは既に決闘盤のボタンを押していた。
「え、永続罠、夜霧のスナイパーを発動ッス!」
「お…? なんだっけそのカード」
「このカードは発動時にカード名を宣言して、宣言したカードが場に出た時、そのカードをゲームから除外する! ボクはD.O.G-アームドッグを宣言するよ!」
「あっ――」
やられた、と言わんばかりの百合の表情。だがそれは束の間の事。次の瞬間には、彼女の表情は元の笑みに戻っていた。
「上手い事考えるねぇクロぽん。けどさっき姫りんから聞いたっしょ、アルファベット・シリーズは同じ融合素材でも異なる融合モンスターを出せるってさ。そしてD、O、Gの素材で出せる融合モンスターはもう一枚ある!」
「ぐっ…。ですよ、ねぇ…」
「アームドッグが駄目なら仕方ないね。融合先をチェンジして、《G.O.D-ライゴッド》を融合召喚!」
一度は《アームドッグ》のカードに伸ばした手を引っ込め、百合は別の融合モンスターを決闘盤に叩きつける。
現れたのは、神の称号を与えられた白い毛の獅子。その毛並みは美しく、体内に電気を宿しているのか体表ではバチバチと火花が散っていた。
その体は《アームドッグ》と比べると一回りも二回りも小さかったが、その目付きや身のこなしはただの獣とは思えず、危険な印象をクロンに与えた。
(やっぱり別の融合モンスターを出して来た…。けど、アームドッグを優先して召喚しようとしてた辺り、そこまで強力なモンスターじゃないはず。なら…)
思いながら、クロンは決闘盤上に表示された《ライゴッド》のステータスを確認する。期待通り、《ライゴッド》の攻撃力は2000ポイントと、《アームドッグ》を大きく下回る数値だった。
(2000ポイントか…。うん、これならまだ何とか)
対処できない事もない低めの攻撃力を見て、ほっと安堵の息を吐いた時。クロンは、「攻撃」と告げる百合の声を聞いた。
見ると。召喚されたばかりの《ライゴッド》が、《ウィンガード》の守りを飛び越えて、目の前に迫っていた。
「えッ…?」
「にひひっ。ライゴッドは、相手さんに直接攻撃できるのだ」
笑っているらしい百合の声が聞こえたかと思うと、振り下ろされた《ライゴッド》の爪がクロンの身を引き裂く。
二つ目の裏目だ。壁モンスターを無視しての攻撃を予期していなかっただけに、クロンの衝撃は大きい。しかも今のダメージは、先程のように小さなものではなかった。
(ッ――…、とは言え…!)
ダメージは痛いが、見方を変えれば直接攻撃であるが故に壁モンスターが破壊されなかったとも言える。
《ライゴッド》の攻撃力は低い。場に残ったモンスターを利用すれば――今は手札に無いが――それ以上の攻撃力を持つ上級モンスターを召喚できるし、エクシーズやシンクロ召喚を用いて形勢は逆転する事もできる。
負け惜しみらしくはあるものの、自前の
「…にゃーる。姫りんが気に入る訳だ」
そう一言呟いた後、百合はターンを終了させた。
「融合解除」 速攻魔法
効果:フィールド上に表側表示で存在する融合モンスター1体を選択してエクストラデッキに戻す。
さらに、エクストラデッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
『アルファベット・S』 モンスター
地属性 岩石族 ☆2
攻撃力900 守備力400
効果:墓地のこのカードをゲームから除外して発動できる。
自分の墓地に存在する「融合」魔法カード1枚を手札に加える。
『G.O.D-ライゴッド』 融合モンスター
光属性 雷族 ☆8
攻撃力2000 守備力2700
効果:「アルファベット・D」+「アルファベット・G」+「アルファベット・O」
このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分フィールド上の雷族モンスターは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
【クロン】
LP:6100→4100
「へえ…。思ったより器用に立ち回るじゃない、あの子」
二人のデュエルをすぐ近くで眺めながら、姫利は一人感心していた。
初めて会った時や昨日デュエルした時には気付かなかった彼の特徴が、第三者の視点に立つと見えてくる。今まで気付かなかったのが不思議なくらいに。
(あの様子だとスフィア・ボムが失敗する事にも気付いてたみたいだし、夜霧のスナイパーで融合先を代えさせたのも、私が見る限りいい判断だったと思う)
考えながら、姫利はふと先程クロンが口にした「読み」という言葉を思い出していた。
(何を考えてるかわからない子だと思ってたけど……今もそう思ってるけど、デュエルしている時のあの子の事は、何となくわかった気がする)
初めて彼のデッキを見た時の印象――…心理戦が得意なのだろうと思った事が、改めて正しかったと認識した。
彼はフィールドや自分の手札だけを見て戦っているのではない。むしろ相手の表情や言葉、相手の感情の動きを重要視して次の手を考えているらしかった。
(初めて戦った時に私の心理を誘導したように。今は百合の様子を見て戦っているように。あの子は、化かし合いを楽しんでいる)
それが彼のデュエルの本質なのだろうと改めて実感した。
「ボクのターン!」
続けて、クロンのターン。師匠に観察されている事には気付いていない様子で、彼はカードをドローする。
ここで攻撃力2000以上のモンスター、或はそのモンスターを出す為の
(さて、どうしたものかな)
思いながら、クロンは自らの手札を確認する。
現在の彼の手札は四枚。今引いた《生贄の抱く爆弾》の他には、《エクスチェンジ》《精神寄生体》《アンティ勝負》と癖の強いカードが揃っている。
この中で《ライゴッド》を破壊可能なカードは今引いた《生贄の抱く爆弾》だけだが、アドバンス召喚されたモンスターの攻撃宣言時のみ発動できるこのカードでは、発動そのものが難しい。融合主体の百合のデッキ相手では尚更だ。
(………)
次にクロンが注目したのは《エクスチェンジ》のカード。
お互いの手札を一枚入れ替えるこのカードを使えば、百合の手札からカードを奪う事ができる。その中に《ライゴッド》を倒す事のできるカードがあれば、状況は変わる。
ただし、それは彼が好むとされる心理戦とは真逆のギャンブルに近い行為だ。百合の手札も二枚と少なく、賭けとしても決して分がいいとは言えそうにない。
(ライフはまだ4100ポイントもある。ここは…)
悩んだ末にクロンは《生贄の抱く爆弾》と《精神寄生体》を手札から抜き取り、それぞれ場にセットする。
「モンスターと伏せカードを一枚ずつ出して、ターンエンドです!」
今はまだ動かない。分の悪い賭けではなく、確実な戦術で勝利を得るために。
「生贄の抱く爆弾」 通常罠
効果:相手フィールド上に存在するアドバンス召喚に成功したモンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターを全て破壊し、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
「エクスチェンジ」 通常魔法
効果:お互いのプレイヤーは手札を公開し、それぞれ相手のカード1枚を選択して自分の手札に加える。
「アンティ勝負」 通常魔法
効果:それぞれ手札からカードを1枚選択し、お互いにレベルを確認する。
レベルの高いモンスターを選択したプレイヤーのカードは手札に戻り、レベルの低いモンスターを選択したプレイヤーは1000ポイントのダメージを受け、そのカードを墓地へ送る。
モンスター以外のカードを選択した場合はレベル0とする。同レベルの場合はお互いにカードを手札に戻す。
「精神寄生体」 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆2
攻撃力300 守備力800
効果:フィールド上に裏側守備表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、そのダメージ計算前にこのカードは攻撃モンスターの装備カードになる。
相手のスタンバイフェイズ毎に、このカードの装備モンスターの攻撃力の半分の数値分、自分のライフポイントを回復する。
【クロン】 LP:4100
手札:2枚
モンスター:リトル・ウィンガード(守備表示)、精神寄生体(裏守備表示)
魔法&罠:夜霧のスナイパー(発動中。対象、『D.O.G-アームドッグ』)、生贄の抱く爆弾(セット)
【百合】 LP:7500
手札:2枚
モンスター:G.O.D-ライゴッド(攻撃表示)
魔法&罠:無し。
――――
【デッキ紹介】
No.3
デッキ名:「アルファベット・デッキ」
使用者:夏野 百合
切り札:五枚の素材を使った融合モンスター
コンセプト:26種類の融合素材を組み合わせて多種多様な融合モンスターを融合召喚する特殊なデッキ。
融合召喚は最低三枚、最大で五枚の素材を必要とし、素材が多ければ多いほど強力な効果・ステータスを持つモンスターを召喚できる。
また同じ融合素材で能力の異なるモンスターを出す事ができるのも特徴。
欠点はカード収集が困難な事と、デッキ構築及びデッキ調整の時点で扱いが難しい事。融合素材と融合モンスターの数の多さ、それによる戦術の立て辛さから、デッキを組む段階で挫折する者も少なくない。
しかし逆に言えば使用者によってデッキ構成や戦術が大きく異なるため、先が読めないデッキでもある。弱点が多く非常にアンバランスなデッキだが、ある意味奥が深いと言えよう。
ちなみに、アルファベット・モンスターを素材にして出せる融合モンスターは現在102種類。また一年に一枚のペースで新しい融合モンスターが登場し
遊戯王小説である以上、デュエルシーン一つ書くにしても、とにかく読者の方に面白いと思って頂けるものを書くよう心掛けているのですが、面白いデュエルって具体的にどんなもんじゃろと言われると、何処にも答えは無いんですよね。
色々と試行錯誤を重ねて、何とか自分なりのやり方を見つけた気もしますが、これがベストとも思えない。難しいですけれど、だからこそ書いていて楽しいんですよねぇ。
そんな訳で、今回も読んで下さりありがとうございます。