今回の話は番外編です。本編での季節は春ですが、今回は冬の物語になります。また今回の話には、
●明らかに急ごしらえの文章
●本編の設定との矛盾点
●いつもの倍以上の文字数
●謎のラブコメ展開
●申し訳程度のデュエルシーン
●当然のように出てくるオリカ
●ぶっちゃけ去年書いた話
↑が含まれております。苦手な方、クリスマスにアレルギーのある方はご注意下さい。ファッキュークリスマス。
時は十二月。外が肌寒くなり、クリスマスという言葉を頻繁に耳にするようになった頃。
学校が冬休みに入ったソール=ウィングドは、自分の部屋でだらしなく寝転がりながら、TVを観ていた。
普段は面倒くさくて仕方のない授業であるが、いざ長期の休みになると、それはそれでやる事が無くて退屈なものだ。ソールはスナック菓子を口に頬張りながら、リモコンでチャンネルを何度も変えていく。
観たいドラマがある訳ではない。ワイドショーに興味がある訳でもない。退屈を凌ぐ事ができるものが見たかった。そうして無作為にチャンネルを変えていくと、ある映像が彼女の目に飛び込んだ。
巨大な、クリスマスツリーだった。家庭に置かれるような小さなものでは無く、大衆の目を引くために作られた巨大なそれは、退屈し切っていたソールの関心を得た。彼女はリモコンを自分の手元に置いて、その番組に目を向ける。
どうやらその番組はクリスマスに出かける恋人や家族に向けたもののようで、聖なる夜を過ごすに相応しい施設やレストランを、つまらないテロップを挟みながら紹介していた。
「クリスマスねぇ…。そういやあったな、そんなもん」
言いながら、ソールは気怠そうに欠伸を一つする。
サンタクロースの存在を信じておらず、良い子でも無い彼女にとって、クリスマスというものは別段特別なイベントでは無かった。年越し前に、ご馳走やケーキが出る日という認識があるだけだ。
と言って、他に観るものがある訳でもない。彼女はまた一つスナック菓子の袋を開け、暫くはその番組で退屈を凌ぐ事にした。
…と。そこへ。
「ソール! ちょっとあんた、出てきなさい!」
勢いよく部屋の扉が開き、彼女と顔立ちの似た女性が怒りの表情で飛び込んできた。ソールは面倒くさそうに舌打ちすると、その女性に顔を向ける。
「よぉババァ、何か用か?」
「何か用かじゃないでしょ! あんたまた私の財布からお金抜き取ったわね!」
「…ああ、その事か。よく気付いたな、一枚しか抜いてなかったはずなんだが」
悪びれずにソールが言うと、その女性――…ソールの母は、顔に手を当てて深い溜息を吐く。
「今に始まった事じゃないけど、あんたって子は何ていうか…。昔は可愛かったのに、どうしてこうなったのかしら」
「そりゃまぁ、血なんじゃねぇの。ばーさんから聞いてんぜ、テメェも昔は突っ張ってたんだろ?」
「がっ…ぐ…。あの糞ババ、余計な事を…」
他者から見れば一触即発に見えるかも知れない。だが、これがこの親子にとってコミュニケーションの取り方だった。
母親はしばらく目頭を押さえて考え込んだ後、もう一度深く吐息して、自分の娘に穏やかな表情を向ける。
「…ま。あんたの事だし、人様の迷惑になるような使い方はしてないって信じてはいるけどさ。お小遣いが欲しいなら素直にそう言いなさい。あげるかどうかは別にして」
「おう、覚えてたら次からはそうしてやるよ」
真剣に聞いているのかいないのか。ソールは相変わらずスナック菓子を頬張りながら、TVの方を向いていた。
母親はと言うと、怒りが冷めた事でそちらが気になったのだろう。娘が何を見ているのか、TVを覗きこんで確認する。
「…あら、珍しい。あんたクリスマスの特集とかそう言うの観るのね」
「暇だからな。…つーか、用が済んだんなら出てけよ。デリカシーのねぇババァだな」
「そりゃ、あんたの親だからね」
言いながら、母親はソールのベッドに腰掛け、同じようにクリスマスの特集を見つめ始めた。ソールは迷惑そうに視線を向けるが、母は一向に動じる様子が無い。
「そう言えばソールさ。あんた最近、よく出かけるようになったわね。ちょっと前は学校に帰ったら部屋に籠りきりだったのに」
「…だから何だよ。別に何処に行こうが俺様の勝手だろうが」
「ふーん…?」
ぶっきらぼうに答える娘を見つめながら、母親はにんまりと笑みを浮かべる。
「さては、好きな男の子が出来たな?」
からかうように言ったその一言を、ソールはどう捉えたのだろうか。
彼女は食べていたものを喉に詰まらせたてゲホゲホむせた後、明らかな怒りの表情を自分の母親へと向けた。
「ッ…、殺すぞババァ! どうやればそーゆー話になんだ!」
「図星か。…ずーっと気になってたのよねぇ。あんたみたいな不良が出歩いてる割には、学校からも警察からも電話が来ないし。それにあんた、家に帰ると決まって怒ってたり変に笑ってたりするじゃない。そりゃピンと来るわよね、元不良の母親だもの」
「ッ~~!」
ただ怒鳴ってくるだけならば、何とも思わなかった。だが苦手としている恋愛面から切り込まれ、ソールは怒りとも照れているもつかない表情で、ぎりぎりと歯を食いしばった。
母親の言う事は、実の所、半分だけ当たっていた。彼女は数ヵ月前に、たまたま知り合った少年、クロンと毎日のように会っていたのだ。
学校で。帰り道で。そして、カードショップで。何か目的がある訳ではない、ただ何となく、彼の方へとふらふら足が向かっていくのだ。
ただ、それは断じて恋では無い、と彼女は考えていた。何しろ自分より二つも年下の子供なのだ。仲が良いのは認めても、恋仲として考えるのは彼女のプライドが許さない。まして、今は自分の母親の前なのだ。認められる筈がなかった。
「このッ…。黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 誰があんなガキに惚れるか! テメェと違って理想が高ぇんだよ俺様は!」
「へぇ、つまり相手は年下か。そりゃ意外だわ……つっても、私も年下と結婚した口だし、ある意味納得かもね」
「自分だけで話を進めんじゃねぇー!」
頭より先に、体が動いた。
思わず殴りかかった彼女の右の拳を、母親は慣れた様子で受け止める。意地悪い笑みを、浮かべながら。
「ま。認める認めないは自由だけど、お母さんとしては、娘のそう言う気持ちは応援したくなるのよね。ちょうどお父さんのボーナスが入った所だし、たまには甘やかしてやるか」
「は? …あぁ?」
「ちょっ~と待ってなさい」
そう言うと、母親は鼻歌混じりに部屋から出て行った。
ソールが首を傾げて待つ事数分。彼女は始め部屋に入って来た時とは正反対の満面の笑みで、部屋に入って来た。
「おまたせー不良娘。ほれ、諭吉さん三枚。一足早いクリスマスプレゼントにしては割高だけど、そこは母の愛って事で」
「……? おい、話が見えねーぞババァ」
言いながら、ソールは母親が持っていた三枚の紙幣を見る。その額、三万円。月々のお小遣いはおろか、財布から抜き取った事すらない大金だった。
「…なんだよこれ?」
「見ての通り、お金。まあプレゼントだから使い方は任せるけど、私なら、そうね……その男の子と一緒に、クリスマスに何処かにお出かけするかな」
「……、はぁ!?」
訳がわからなかった。
財布から金を抜き取った事で怒りに来たと思えば、今度はそれ以上の金を娘に手渡して、それを使って男とどこかに行けと言う。あるいは頭でも打ったのかと疑ったが、母親は真面目な表情で、彼女の頭に手を置いた。
「私もさ、昔はツッパリだったから良く分かるのよ。素直になれないって言うか、自分の気持ちに気付かないって言うか、とにかく何でも否定したがるのがさ。まあ学校生活に関してはそれでも構わないけど、恋愛面……とかはさ、女の幸せのスタートだから。やっぱり認めて前に進んだ方が良いと思うの、お母さんは」
「………」
「好きじゃないっていうなら、それでいいけど、仲が良いのは確かなんでしょ? なら、行ってきなさいな。日頃の感謝とか、適当な理由を見つけてさ」
そう言って、母は三枚の紙幣をソールへと押し付ける。
彼女が何を言いたいのか。ソールにはよくわからなかったが、彼女が真剣だと言う事は伝わって来た。彼女がこれほどの大金を娘に与えるなど、初めてだったのだから。
「……まあ、くれるってんなら貰ってやるが…。テメェの期待通りになるとは限らねぇからな、糞ババァ」
「我が娘ながら素直じゃないわねぇ…。ま、ありがとうは言わなくていいけど、クリスマスが男女の仲をより深める日だって事は忘れない事ね。私もそうやってお父さんをゲットしたんだから」
「今度はのろけか?」
「激励って言うの、こういう時ののろけはね」
そう言って、彼女は意気揚々と部屋を後にする。
つくづく食えない女だとソールは舌打ちすると、何か思い出したのか、母親が「そうそう」と再度戻って来た。
「そのお金ね。ホテル代も込みって考えても構わないのよ。少し早いけど、メリークリスマス」
「ッ…! 死ねッ!」
どちらが怒っていて、どちらが怒られていたのか。いつの間にか立場が逆転していたが、この日はそれで二人の会話は終わった。
ソールは興奮で息を荒げたを落ち着かせた後、その手に握りしめた三枚の福沢諭吉に目を落とす。
「……クリスマス、ねぇ」
聖なる夜は、近づいている。
………………
……………
…………
――次の日。ソールは、いつものカードショップへと足を運んでいた。
冬休みに入った為か、店内は平常より客数の多い。その中を、ソールは一つの顔を探して歩き回った。他でもない。クロンを、である。
「…お、いたいた。おーい、そこのマセガキ。ちょっとこっち来いよ」
彼女が彼の姿を見つけるのに、そう時間はかからなかった。クロンはカード売り場でカードを漁っていたらしいが、声をかけられるなり、にこにこ笑って彼女の方へと歩いていく。
「こんちわッス、ソールちゃん、寒いですねー今日も」
「冬だからな。…冬と言えば、テメェあれだ。イヴの日は何か予定はあんのか?」
「んぇ?」
話を切り出すのが少し唐突過ぎたかも知れない。クロンは不思議そうに首を傾げた後、「んーと」と言葉を前置きして答える。
「イヴの日ってのは、クリスマス・イヴ……の事ですよね?」
「当たり前だろ」
「その日なら、クラスの友達の家でパーティする予定ッス。みんなでプレゼント持ってって、交換とかするんですよ」
「そうか。よし、その予定キャンセルしとけ」
「えっ!?」
突然の物言いにクロンは目を丸くする。
当然と言えば当然の反応だが、ソールは構わず、ポケットから例の三万円をチラつかせて話を続ける。目を見ながら話すのは気恥ずかしいので、視線を何処かに外しながら。
「テメェと違って俺様はその日暇しててな。金は俺様が出してやっから……あー、何だ。何処かに遊びに行かねーか?」
「……ソールちゃんとボクの二人で、ですか?」
「…そうなるな」
奇妙な気持ちだった。
普段なら彼を連れまわす事に何の抵抗も感じないのだが、この時は――イヴの日が恋人同士が過ごす日というイメージもあり――、こうして話しているだけでも落ち着かない。
だが、とにかく話は切り出せた。後はクロンの返事を聞くだけである。ソールはどちらの答えが返って来るかと、内心そわそわしながら、ちらりとクロンの顔を見る。
彼はまだ不思議そうな表情で彼女を見返していたが……少し考えこんだ後、「そうですね」と迷いを含んだ声で言った。
「ソールちゃんには何かとお世話になってますし…。雪ちゃん達には悪いけど、今回はソールちゃんを優先しようかな」
「い、いいのかよ? 誘っといてアレだが、約束はそっちのが先なんだろ?」
「それもそうですけど……ソールちゃんがこんな話してくるのって、初めてじゃないッスか」
そう言って、クロンは子供らしい笑みを浮かべた。
あるいは断られるかもという不安が晴れ、ソールは安堵する。…その安堵の意味は、自分でもわからなかった。
「それで」
安心したのも束の間、クロンがいつもの調子で問いを重ねてくる。
「具体的には何処に行くんですか? ゲームセンター? それともカラオケ?」
「あー、それなんだけどな」
言いながら、ソールはふと周囲をきょろきょろと見渡した。
緊張のためすっかり忘れていたが、この店は彼女の天敵である姫利と、その友人百合の縄張りの中だ。二人が近くに居て話を聞かれていないか、今さらになって気になったのだ。
…二人の姿は無かった。すぐ近くにいる客達も、彼女達の会話には興味はあるまい。ソールは周囲の警戒を続けたまま、ようやくクロンの質問に答えた。
「…この辺りっつーには少し遠いが、この辺にディノキングダム・パークっつー所ががあるのは知ってるか?」
「えーと…。確か、ここから電車で何十分か行ったとこにある遊園地…、だよね? あの夢の国とは比較にならないけど、そこそこ人気のスポットだって何かで紹介されてたッス」
「そう、そこだ。クリスマスだから、まあ……恋人とか? で、埋まってんだろうけど……身動きできねぇって程じゃねーだろうし、チケット予約して行こうと思ってんだが…」
「ん、いいッスよ。遊園地なんて最近行ってないし、クリスマスのイベントもやってるだろうから、結構楽しめそうじゃないですか」
怖いくらいに、話がトントン拍子に進んでいく。嬉しい事ではあるのだが、妙にソールは気恥ずかしかった。
彼女の言うディノキングダム・パークというのは、デュエルモンスターズを題材にしたテーマパークの事だ。
世界一有名なネズミの王国とは比べるべくもないが、立体映像を使った演出が決闘者達の間に受け、小学生である彼女らも知っている程度の知名度を誇る。
当然イヴの日も営業しており、恋人同士が特別な日を過ごす場所として、様々な工夫を凝らしていると聞く。入場料等に関しても、ソールが持つ三万円で十分足りる。まして二人は「こども料金」で入場できるのだから。
「よし、決まりだ。待ち合わせは、そうだな。その日の午前十時、学校の門の前でってのはどうだ?」
「了解ッス。一応ボクもお金持っていきますけど、お世話になります」
「おう。…ああそうだ、わかってると思うが、春川達にはこの事…」
内緒だからな。そう続けようとした時だった。二人の耳に、聞き覚えのある声が届いたのは。
「お、いた。おーいクロぽん、ソルたん! 小学生同士でちゅっちゅしてないで私達とデュエルのD! しーよーぉーぜぇーぃ!」
「煩いわよ百合。ただでさえ今日は人が多いんだから、静かにしてなさい。もう…」
店中に響く高い声は百合のもの。その後の落ち着いた声は、姫利のもの。話は聞かれなかったものの、いつもの二人がその場にやって来た。
「ま、百合はどうでもいいとして。おっすおっす二人とも、寒いわねー今日は」
普段と同じ砕けた口調で微笑む姫利。ソールは軽く舌打ちすると、クロンを肘で小突いて耳打ちする。
「…今の話、喋ったらただじゃおかねーからな」
ただでさえ気恥ずかしい話なのだ。この上この二人、特に百合に知られたら、どのように煽られるかわかったものではない。
最悪の場合、この二人も当日付いてくる可能性もありえるのだ。百合は興味本位で、姫利は保護者として、どちらも提案しかねない。それだけは、避けたかった。
………………
……………
…………
そして、その時はやって来た。
十二月二十四日、クリスマス・イヴ。天気は快晴、気温は少し低いものの、季節を考えれば当然の寒さと言える。
待ち合わせの時間、十時まで後五分。ソールは、自分の部屋で悩んでいた。
「んー、どうすっかなぁ…」
彼女が悩んでいるのは、今日着ていく服のこと。せっかくクリスマスに出掛けるのに、いつもと同じ服では味気ない……と、家を出る直前に思ったのだ。
慌てて部屋に戻ってタンスから全ての衣類を取り出し、ベッドに並べて現在に至る。彼女の普段着は殆どが黒いもので占められており、女の子らしいものはあまり無い。
スカートなら幾つかあるが、何しろ寒い時期なのだ。これを穿いて遊園地に行ったところで、後悔するのが目に見えている。ここはGパンで妥協すべきだろう。
「…よし。これにするか」
暫く考えた後、ソールは着ていた上着を脱ぎ捨て、黄緑色のセーターを乱暴に着る。そしてその上に、チェック柄のコートを羽織る。それが彼女が考えうる最も女の子らしい格好だった。
彼女は鏡で自分の姿を確認した後、とりあえず納得し、他の服を出しっぱなしにしたまま部屋を出る。手荷物は財布と携帯電話、そして決闘盤だけだ。
途中、廊下で母親とすれ違い、くすくす笑われた気がするが、今日は何も言わなかった。喧嘩している時間は、無いのだ。
ソールは家を出ると自分の自転車に跨り、待ち合わせの場所へと向かう。約束の時間はもう過ぎているが――…彼は、律儀に待っているだろう。
………………
……………
…………
案の定、と言うべきか。
家を出てから十数分。待ち合わせの場所に到着した彼女が見たのは、不機嫌そうな表情で立っているクロンの姿だった。
雪だるまのイラストが描かれた白いセーターに、防寒性の高そうな黒いズボン。首には薄い赤色のマフラーを巻いており、更に毛糸の手袋をつけている。
待っている間に近くのコンビニで買い物してきたのだろうか。ビニール袋を腕にぶら下げ、寒さを紛らわすかのように肉まんを食べていた。
「悪い悪い、待ったか?」
「今来たとこって言いたい所だけど……ソールちゃん、二十分も遅刻ですー。こういう時ってさー、時間厳守が普通じゃないの?」
激怒とまではいかないが、寒い中待たせれて思う所はあったのだろう。クロンは右手で持った肉まんを頬張りながら、左手の人差し指でソールを指さした。
ソールは珍しく自分の非を素直に認め、ご機嫌斜めの彼を宥める。彼はしばらく自分が如何に寒い中待っていたのかを愚痴った後、持っていたビニール袋を彼女の鼻先に突き付けた。
「んっ」
「な、なんだよ」
「肉まん。時間経ってるから少し冷めてるかも知れないけど、買っておきました。
許したとは言わない辺り、しばらく根に持つつもりなのかも知れない。
それでもソールの分も買って待っていた所を見ると、彼もまた今回のデートを楽しみにしていたようだった。
「…お、おう。悪いな」
「ふーんだ。早く食べてよね、これから駅に行って電車に乗ってらなきゃいけないんだからさ」
「あぁ? んなもん、食いながら自転車に乗りゃあ――、」
「安・全・運・転!」
いつになく攻撃的な物言いが、クロンの今の気持ちを物語っていた。だが、待たせてしまったのはソールなのだ。彼女はしぶしぶ了承し、クロンに貰った肉まんに口を付ける。
美味しい、というよりも、温かい、というのが素直な感想だった。暖かい格好をしているとは言え、寒い時期である。ソールは複雑な表情で、その温もりの塊を頬張った。
「…遅れるつもりは、無かったんだよ」
食べている最中、ソールはぽつりと呟く。クロンは厳しい表情のまま、小さく首を傾げた。
「ただな。クリスマスに出かけるんだから、もう少し女の子らしい格好をして……した方がいいって、うちのババァがさ。だから、それなりの服を選んでるうちに、時間が経っちまったんだ」
「……」
「だからさ、許せよな」
少し嘘を交えながらも、素直に理由を述べて謝罪する。これも彼女にしては珍しい事だった。
クロンは意外そうな表情でソールの顔を見つめた後、ようやく、いつもの笑みを浮かべる。心の中を見透かしているような、あの笑みを。
「そうなんだ。なら、仕方ないッスね。ソールちゃんも女の子なんだし、オシャレは悪い事じゃないと思いますよ」
「そ、そうか?」
「です。それに、似合ってると思いますよ。その服」
クロンはそう言うと、近くに留めていた自転車に跨り、ソールが食べ終わるのを待つ。社交辞令のつもりで言ったつもりかも知れない彼の褒め言葉が、ソールには嬉しかった。
………………
……………
…………
それから、約一時間ほど。二人は予定通り電車に乗り、到着した駅からしばらく歩いて、目的地であるディノキングダム・パークへと到着した。
名前の通り、入場ゲートの前には《究極恐獣》を初めとする恐竜族モンスターの像がいくつか置かれており、来る者を歓迎している。まだ午前中だと言うのに、家族連れやカップル客が多く見られた。
そんな中でも二人のような小学生同士のペアは珍しいようで、道行く人が興味深そうに二人に視線を向けている。クロンは特に意に介していないようだったが、ソールにとっては、彼らの視線はむず痒かった。
「やっと着いたッスねー。TVやインターネットとかで見た事ありますけど、来るのは初めてなんですよね、ここ」
まだゲートを潜ってもいないのに、早くもテンションが上がって来たのだろうか。クロンがけらけら笑いながら、入場ゲートを写真に撮っている。
こうして見ていると、彼はやはり子供だった。ソールは呆れて吐息しながら、ゲート前の時計で時刻を確認する。
「十一時ちょい、か。まあ飯は中で食うとして……おい、さっき電車の中で渡した入場チケットは無くしてねーだろーな?」
「もちですよー。しっかりポケットに入れてますッス」
「んじゃ、さっさと入るか。言っとくが、中はかなり
小馬鹿にするように笑うと、クロンはむっとした表情でソールを見返した。
「子供扱いしないで下さいよねー。ソールちゃんこそ、ボクから離れて迷子センターとかに行かないで下さいよ? 回収に行くの恥ずかしいんだから」
「なっ…ぐ…。俺様がテメェより二個も上だって事、忘れんなよな」
不機嫌を露わにして言うと、クロンは素直に「はーい」と返事する。
「じゃ、こうしましょう」
そう言うと、クロンはにまにま笑いながら、他のカップルがそうしているように、ソールの腕に組みついた。
挑発する筈が、彼の突然の行動に、彼女は思わず顔を赤らめる。年下とは言え、異性とこうして腕を組むのは、初めての事だった。
「ボクがユニオンモンスター。で、お姉ちゃんがそのユニオン対象のモンスター。はい、合体。…ね? これなら迷子になりようが無いでしょ?」
「っ…。テメ、何ふざけた事を……だぁぁ離せ! 人が見てんだろーが!」
「装備する側に拒否権が無いのがユニオンですよーっ。どーせですし、恋人ごっこしましょうよー」
「恋人になった覚えはねーぞ! ガキが調子のんな!」
そんな会話を交わしながら、二人は入場ゲートをくぐり、園内に入る。どれだけ騒いでも暴れても、クロンは組んだ腕を離さなかった。
結局ソールの方が根負けし、小さなカップルは腕を組んだまま、まずは園内を見て回る。デュエルモンスターズを題材にしているだけあって、中のアトラクションはほぼモンスターを模してるものが多かった。
入場ゲート近くから見えるだけでも、《天空騎士パーシアス》や《地獄将軍・メフィスト》のメリーゴーランド。《D-タイム》のカップを使ったコーヒーカップ。もちろん他にも様々なアトラクションが揃っており、一日費やしても遊びきれるか疑わしい程だ。
「さて、まずどれに乗りますー? ボクはどれでもいいですけど」
「そうさなぁ…」
二人は入場時に貰ったパンフレットを見ながら、どこから向かうか相談する。
二人が買ったのは時間の制限が無く、好きなだけアトラクションで遊んでいられる一日フリーパス。その為、全てのアトラクションを順番に見ていく事もできるのだが、記念すべき一つ目をどれにするのか。なまじアトラクションの数が多いだけに、簡単には決められなかった。
いっそ、近い順から回って行こうか。そういう話になった時だった。二人の耳に、複数の人間の叫び声が聞こえたのは。
『きゃああぁーーっ!』
『びゃあぁーっ!』
声が聞こえたのは、二人の頭上。見ると、遊園地の中でも一番の売りともいえるアトラクション――、《俊足のギラザウルス》をイメージして作られたジェットコースターが、凄まじいスピートで空中の線路を走っていくところだった。
ジェットコースターと言えば、百年以上も昔に開発され、遊園地の顔として今なお進化を続ける花形アトラクション。それを見て、ソールは「良し!」と笑みを浮かべる。
「やっぱ遊園地と言えばあれだよな。見た感じショボそうだが、まずはあれに乗るか!」
風を感じる事を好む、不良の血と言うのだろうか。ソールはことジェットコースターという物が大好きだった。
落ちたら確実に死ぬという高度を、車以上の速度で爆走するスリルと浮遊感。何れも日常生活では味わえないものだ。何より空中を走るというコンセプトが痛快で、何度乗っても飽きる事は無い。
反面、一度これに乗ってしまうとしばらくはメリーゴーランドや観覧車では物足りなく感じてしまうデメリットもあるが、そんなものは関係ない。今はとにかく、あれに乗りたいのだ。
「えっ…。あれに、ですか…!?」
だが、ジェットコースターに向かおうとするソールの体を、強い力で引っ張るものがある。他では無い、クロンだった。
「あれは駄目ッス…! あれは人間の乗るものじゃないッス。別のに乗りましょ? ほら、要塞クジラのウォータースライダーとか楽しそうッスよ?」
ジェットコースターへの期待感に笑みを隠せない彼女とは裏腹に、クロンは明らかに嫌そうな顔をしていた。そしてその小さな体は、僅かながら震えている。
その様子からピンときたソールは、意地悪い笑みを浮かべてクロンを見つめる。
「まさかテメェ、怖いのか? たかがジェットコースターだぞ?」
「無理、無理です…! 見てくださいよあの高さ、あの速さ…! もし落ちたら間違いなく死ぬんですよ? なんでわざわざ、意味も無く死ぬ可能性のあるアトラクションに乗るんですか!」
「意味も無くってテメェ……そのスリルがジェットコースターってもんだろうが」
「とにかく無理です! お願いですから他のに乗りましょ? ね?」
人の弱点という物は、意外な所にあるものだ。普段は人を食った性格の彼が、ジェットコースターを恐れているとはソールは考えもしなかった。
それが人間の面白さではあるのだが、その意外性が、彼女のサディストな面を掻きたてる。
(ほー。そうか、なるほどねぇ。…よーし、そーゆー事なら、ちょっと虐めてやるか。このガキは最近俺様の事を馬鹿にしてるくせーし)
もともと二人の関係は恋人というよりも、喧嘩友達に近い。相手の弱みを握った事で、彼女がそう考えてしまうのも無理のない事だった。
「なおさらジェットコースターに乗りたくなったぜぇー! おら来いよクソガキ、俺様と地獄を見に行こうぜ!」
彼女はその場から動こうとしない彼を、力づくで引っ張り、ジェットコースター乗り場へと向かっていく。クロンも抵抗したのだが、そこは年齢の違い、ソールに引きずられる形で大嫌いなジェットコースターに近づいて行った。
「やだぁー! 絶対乗らないー! 他のがいいーっ!」
「さっきどれでもいいっつったよなぁ! 行くぞおらぁ!」
「やだぁぁー!」
乗る前から絶叫しているようでは、実際に乗れば更に騒がしくなるのは目に見えている。
だが、ソールにとってはそれが嬉しかった。この生意気な少年が、珍しく自分に見せる弱点なのだから。
………………
……………
…………
結局、二人はジェットコースターに乗る事になった。
順番待ちの列に並び、実際に乗り物に乗るまで、クロンは何度も逃げ出そうとしたが、ソールは何度も強引にそれを食い止める。最初に腕を組んだのが災いし、クロンは逃げる事ができなかった。
「やだぁー、無理ぃー…。ほんと怖いんッスよー。ソールちゃん愛してる、今から別のに変えましょ? ね?」
「パンフによるとこのジェットコースターは途中で大きく宙返りするタイプで、スタンダードながら迫力満点との事だ。良かったな、そこそこ面白そうだぜこれ」
「聞いてよぉー。聞けー…」
従業員によってコースターに座らされ、落下防止用の安全装置で体を固定する。もちろん、この装置一つでクロンの恐怖心が和らぐ事はないのだが。
全ての席に客が座り、出発を告げるブザーが鳴る。最後まで逃げようとしていたクロンもとうとう諦めたらしく、ソールの隣でべそをかきながらも、もう別のものに乗りたいとは言わなくなった。
無論、その沈黙は一時の事で……位置エネルギーを利用した高速移動が始まれば、再び騒ぎ出すのだろう。もちろん、それがジェットコースターというものなのだが。
「…ねぇソールちゃん」
「んー? なんだよ、今さら降りたいってのは無しだぞ」
「あのさ。怖いから、手、握っててもいいです?」
そう言って、クロンはソールの答えを待たずに彼女の手を握り締める。恐怖に耐える為に行きついた答えがこれなのだろう。縋るように、強い力だった。
ソールは虐めすぎたとは思わなかったが、無理強いされて尚、自分に頼ってくる彼の弱々しさに、後ろめたいものを感じたらしい。手を振り払うような意地悪はせず、こちらも、そっと手を握り返した。
「次に乗るアトラクション、考えとけよな。今度はテメェが乗りたいのに乗ってやるから」
「…うん」
「あとまぁ、あれだ。もし事故ったりとかして死ぬ時は、俺様も一緒に死んでやっから。そうビクビクすんなよ」
「あんまり嬉しくないよー…」
二人の会話の途中、ゆっくりと彼女らを乗せたコースターが動き始めた。
始めは歩くようなスピードで、空中の線路に飛び出していく。嵐の前の静けさのような一時だった。だがやがて急斜面に入り、チェーンリフトによって上へ、より上へと登っていく。この瞬間から、クロンがまたぐすぐすと泣き始めていた。
「…ところでテメェ、今日は決闘盤は持ってきてるのか?」
「え? あ、うん……一応。今は係りの人に預けてますけど」
「そうか。じゃあ、ちょっとあそこを見てみろよ」
そう言ってソールが指さしたのは、始めクロンが乗りたがっていたウォータースライダーのアトラクションの近く。既にコースターが高高度にあった為、クロンは恐る恐る、その場所に目を向ける。
そこには、奇妙な光景があった。何人かのグループがアトラクションの近くで決闘盤を構え、デュエルをしているのだ。デュエル自体は見慣れた光景であるものの、場所が場所である。クロンは首を傾げて、ソールの方を向き直った。
「…なんですか、あれ」
「見ての通りだ。ここは割とフリーな所でな。敷地内でデュエルするのを許可してんだ。だから、ああやって時間つぶしにデュエルする奴もいんだよ」
「そうなんッスか…。でも、あんなにアトラクションの近くでデュエルしてもいいんですか? 雰囲気とか色々台無しになるんじゃ…」
「逆だよ、逆」
ソールがそう言うと同時、二人の遥か上空から轟音と共に光線が降り注ぎ、紙一重のところでコースターを交わし、地上に着弾する。
あまりの事に思わず悲鳴を上げるクロンだが、ソールの方は取り乱す事なく、「ほれ」と少し身を乗り出して真下を指さした。
そこには、同じようにデュエルをしている一組の男女がいた。ソールは得意げに笑いながら、今起きた現象について説明する。
「ビビったろ? 今のはあいつら決闘盤の映像だ。空からビームが降って来たって事は……そうだな、多分どっちかがサテライト・キャノンで攻撃したってところだろ。で、俺様達はその映像を見て、予想外のスリルを感じたって訳だ」
「…なるほど。デュエルの映像が予定に無い演出をしてくれるから、遊園地側はデュエルの許可を出してるって訳ね」
「そう言うこった。まぁ、息抜きに他人のデュエルを観て楽しんでもらおうって考えもあるんだろうがな」
「変わった事するもんですねぇ…。嫌いじゃないですけど」
酔狂ではあるが、こういった場で赤の他人のデュエルを見るのも、悪くは無かった。アトラクションで遊んでいる時はゆっくり見ている時間は無いが、例えば観覧車に乗っている時は、こうした光景を眺める事が楽しみに一つになるのかも知れない。
また、ここに来ている客の中には自分のデュエルを他人に見せたいという願望を持つ者も少なからずいるのだろう。二人から見える範囲のデュエルにも、ロマンデッキを扱う者が何人かいた。
「さてと。話の続きは後でするとして……覚悟はできたか?」
「え?」
何が、と聞き返そうとしたらしいクロンの顔が、さっと青ざめる。二人を乗せたコースターは会話の最中に最高点に達し、今まさに空中を駆け下りようとしているのだ。
「あ、ちょ…! まだ心の準――、」
彼の言葉は、悲鳴へと変わった。これまでは上るだけであったコースターが猛スピードで下り始め、空中の線路の上をうねりながら走っていく。
速い、などという物では無かった。風の音なのかレールの音なのか定かでない轟音、時にはぐるりと回転し、時には逆さまの状態で一時停止する。ソールの言う通り日常生活ではまず味わう事の出来ない迫力だ。
「ひゃぁぁぁー!!」
上下左右に激しく揺れる雲。声にならないクロンの声が、彼の体と共に落ちていく。
…それから、どれくらいの時間が経っただろうか。恐らく五分も経っていないだろうとソールは思う。彼らを乗せたジェットコースターはレールを一周すると、ゆっくりと速度を落として、最初の場所へと戻っていった。
「なんだよ、もう終わりかよ。待たせた割にはあっけねぇな」
そう呟いてソールが隣を見ると、クロンは口からエクトプラズマーを出しながら、ぶるぶると痙攣していた。
それほどか、とソールは意地悪い笑みを浮かべながら思う。いつもの生意気な顔はなりを潜め、年齢相応の少年の顔がそこにはあった。
「おーい、生きてるかー。さっさと降りて次行くぞ」
「ふぁ…、ふぁい…」
辛うじて意識が残っていたクロンの腕を引っ張り、ジェットコースター乗り場を後にする。
遊園地に来て最初のアトラクションだというのに、いきなりこれでは先が思いやられる。ソールは呆れて吐息しながら、先程のパンフレットを広げた。
「さて、次は何に乗る? テメェが決めていいぜ、リクエストしな」
「……ボク、メリーゴーランドがいい…」
ゆっくりと気力を取り戻しながら、クロンが呟く。
彼にとってジェットコースターはあまりに刺激的過ぎたのだろう。激しい動きの無い、ゆっくりとしたアトラクションを楽しみたいようだった。
だが、ジェットコースターに乗った直後にメリーゴーランドというのは、あまりに味気ない。案の定ソールは「メリーゴーランドぉ?」と露骨に嫌な顔をした。
「あのなぁ、遊園地だぞ? んなトロトロしたアトラクションなんて楽しくねーよ。もっとこう、スリルのあるやつにしろよ」
「…ジェットコースターは、もう嫌ッス……違うのがいい」
「チッ、だらしねぇな…。そうだ、フリーフォールにでも乗るか! あれならジェットコースターじゃねぇし、テメェも平気だろ?」
「フリー、フォール…?」
恐らくは聞きなれないアトラクションだったのだろう。
クロンは首を傾げながらも、「ジェットコースターじゃないなら」と彼女の提案を受け入れる。
彼がその意味に気付いたのは、行列に並んでからすぐの事だった。
あまりにわかりやす過ぎるアトラクションの形状と、ジェットコースターの時と同じ複数の人間の悲鳴によって、漸くクロンはそのアトラクションの正体を知る。
簡単に言うと、フリーフォールは垂直落下にのみ特化したジェットコースターのようなものだ。乗客を電気椅子さながらに椅子に固定し、数十メートルの高度から自由落下させる。そして地上近くで乗客に衝撃を与える事無くゆっくり停止するという仕組みだ。
当然、そのスリルはジェットコースターに決して劣るものでは無い。否、ただ落下するという特性上、最も恐ろしいアトラクションと考える事ができる。これから二人が挑戦するのは、それだった。
「やだぁー!」
さっそくクロンは暴れた。
何処にそんな力が残っていたのか、ソールの腕を引っ張って無理やり列から抜けようとする。ソールは体勢を崩しそうになりながらも、辛うじて踏ん張った。
「逃がすかよ! テメェさっき乗るっつったよなぁ! 言ったからには乗ってもらうぜぇ!」
「だめ、絶対だめ! あんなの絶対むり! 理屈じゃなくて本能的に絶対むり! ボクやだ! 何でもしますからあれだけは勘弁してください!」
「テメェ俺様にデートしてもらっておいて、んな泣き言が通ると思ってんのか! 覚悟決めな、男だろ!」
一度やっているだけに、暴れる彼を押さえつけるのはそう難しくは無かった。周囲の客や、従業員に引かれはしたが、何とか彼を恐怖のフリーフォールの席につかせる事に成功する。
実はソール自身、このフリーフォールというアトラクションに乗るのは初めてだった。そう言う意味でも、このアトラクションは楽しみだったりするのだが…。
「ねー、今からでも止めましょーよソールちゃん。人間、高い所では生きていけないんッスよ。ね?」
「ね、じゃねーよ。馬鹿」
順番が回り、二人を乗せた乗車部が、ゆっくりと上に上昇していく。この時まで、クロンは諦めていなかった。
このアトラクションの鬼畜な所は、地上から最高点までゆっくりと上昇させる点にある。
乗客は徐々に地上から離れていく恐怖を味わいながら、落下の時を待つ。もっともソールにとっては楽しい時間でしか無かったのだが、クロンにとっては絶望への片道切符でしかない。
「…そうだ、身長制限! アトラクションってさ、制限された身長より低い人は乗っちゃいけないって決まりあったよね!」
「あるな。で、テメェ身長いくつだよ?」
「んーと…。130センチ」
「なら大丈夫だ。まあ仮にアウトだったとしても、もう遅ぇんだがな」
「う゛ー…」
怯えた声を出しながら、クロンは足をバタバタさせて離れていく地上を見つめていた。
その姿を見つめながら、ソールはにやにやと笑みを浮かべる。普段は生意気な相手の怯える姿を見るのは、壮快だった。それなりに仲の良い間柄なら尚更だ。
そうこうしているうちに、最高点に到着する。いよいよ落下の時だが、クロンはまだ覚悟が決まらないらしい。縋るような表情で「ねぇ」とソールを見つめた。
「…手、ちょうだい」
「あぁ? またかよ」
ソールは気怠そうにクロンに近い方の腕を彼に差し出す。彼はそれを強く握りしめると、祈るように自分の胸に押し当てた。
気のせいか、彼の心臓の鼓動が、腕を通して伝わってくるように思える。まだ落ちてもいないのに、激しく動いていた。
そして、その鼓動が十も鳴らないうち――…自由落下が、始まった。
「おっ…!」
奇妙な感覚だった。これから落ちる筈なのに、体がふわりと浮かぶ無重力感。その直後、意識を失うのではと思えるほどの速度で、二人の体が落ちていく。
ジェットコースターの比では無かった。下を見れば地面に激突するような迫力があり、上を見れば翼を焼かれたイカロスの如く天空を落ちているのが良く分かる。そして前を見れば、景色がだんだん上に登っていくという奇妙な光景が見えるのだ。
「こりゃすげぇ…。クセになりそうだぜ…!」
最高のスリルを全身で感じながら、ソールは思わず笑みを浮かべていた。隣のクロンはと言うと、もはや悲鳴すら上げず、ひたすら目を瞑って彼女の手を握っている。
やがて地上の近くになると、レールが滑り台のように曲線を描き……彼女達を乗せた乗車部が、滑るように停止した。
ジェットコースターに比べれば短い時間だったが、その分凝縮された面白さが、このアトラクションにはあった。ソールは満足そうな表情で、目の前に広がる青空を見つめる。
「なかなか面白かったじゃねーか。想像してたのより、ずっとスリルあったぜ。なあ?」
予想を上回る爽快感に、ソールは思わず笑みを浮かべる。――隣に座るクロンが気を失っている事には、暫く気が付かなかった。
………………
……………
…………
その後も、二人は様々なアトラクションに乗り続けた。
その殆どはソールが好む豪快なものばかりで、クロンは終始彼女に振り回され続けていたのだが、それでも二人はそれなりに今回のデートを楽しんでいるように思えた。
子供と子供。互いに素のままの自分を曝け出しながら、二人はいつしか時間さえ忘れて遊びふけった。
そして、数時間後。いつしか陽は沈み、星空が空を覆っていた。時計を見ると、午後八時。また新たなアトラクションを乗り終えたソールは、ぐったりしているクロンに尋ねた。
「もうこんな時間か。だいたい乗りたいもんは乗ったし、飯でも食いに行くか?」
「さんせぇー…。もう、地面を歩いてる感じがしないッス…。…あれ?」
力なく手を挙げたクロンは、ぼんやりとした瞳で周囲を見る。
「どうした?」
「なんか、人減った気がしません? さっきまでカップルの人がいっぱいいたのに」
言われて、ソールも気付いた。
先程までは何処を見て幸せそうな男女がいて鬱陶しく思っていたのだが、いつしかその数は減り、今はアトラクションに乗っている数組のカップルが見えるだけだ。
「…ま、ここはディズニーみたいなパレードとかはやってねぇからな。一通りアトラクションを周ったから帰ったんじゃねーか?」
「なるほどー…」
「これから何処かで飯食って、その後ベッドインするってところだろ。分かりやすいったらありゃしねぇ」
「ふーん…。ボクは別に眠くないけどなー」
微妙に噛みあわない会話を交わしながら、二人は施設内のレストランに訪れる。一時間ほど前はカップルや家族連れでいっぱいだったのだが、今はいくつか空席がある。タイミングとしてはちょうど良かった。
二人はその空席に腰掛けると、互いに大きな息を吐く。思えば昼間からずっと歩きっぱなしだったのだ。楽しさで忘れていた疲れが、ここで一気に出てきたのだろう。
「あー、ったく。クリスマスだからって何処のアトラクションも並んでんだもんなぁ。待つ間ずっと立ってたから足が痛いぜ」
「ボクは胃が痛いッスー…。あと一回か二回アトラクションに乗ってから帰ります? あ、ジェットコースターは無しね」
「そうだなー…」
だらしなく机に突っ伏しながら、ソールが答える。子供二人の外出だ、あまり遅くなると何かと問題がある。彼女もここらが帰り時と、彼の案に賛成した。
「さて、注文するか。テメェはもちろんお子様ランチだよな?」
「むー、子供扱いするなーっ」
「はん、説得力ねーっての。今日のテメェ、完全にガキだったじゃねーか」
「昼はそうでも、夜のボクは大人ですーっ」
ぶーたれるクロンを笑いながら、ソールはメニュー開いて食べるものを吟味する。
遊園地内のレストランという事もあり料金は割高であるが、その分種類は豊富だ。ソールは一通りメニューを眺めた後、「よしっ」と決断してそれを閉じた。
「どうせなら贅沢しねぇとな。俺様はステーキを注文するぜ、それも一番高ぇやつをな」
「ん。じゃあ、ボクもそれで。料金は割り勘って事でいいッスよね?」
メニューを開きもせず、クロンが言う。ソールと同じものを食べたいというのは、先程のお子様ランチ発言に対抗しての事だろう。ソール自身はその事に気付いていないようだが。
「おし、んじゃステーキ二個と……飲みもんはどうする?」
「んー、オレンジジュースかなー…。あっ、ソールちゃんあれ!」
そう言ってクロンが指さしたのは、すぐ近くの席に座るカップル。そしてそのテーブルに置かれている飲み物だった。
一つのグラスに二本のストローを刺し、それを男女が一本ずつ使って飲む。俗にカップルジュースとも呼ばれる特殊な飲み物だが、それが彼の興味を引いたようだ。
「あれやりましょーよソールちゃん! ほら、ストローがハートの形になってますよ!」
「だ…、誰がやるかあんなもん!」
思わず立ち上がって叫んだソールを、クロンはきょとんとした表情で見上げた。
「えー? でもさ、恋人同士って普通あんな事するもんでしょ?」
「誰が恋人だ! あんな何十年前に考えられたか知れねぇダサいもん飲めっか! 第一ステーキ食いながらあのジュース飲むって、どんだけミスマッチだよ!」
「ちぇー。ありだと思ったんだけどなー」
不服そうに言いながら、クロンは結局普通のオレンジジュースを提案する。ソールは苛ついた表情で席に座ると、再度メニューを広げてドリンクを選ぶ。
「俺様は……まあ、コーラにすっかな」
「げ、ステーキ食べながらコーラ飲むんッスか……おえっ」
「テメェに言われたくはねーんだよッ! 死ね!」
絶叫アトラクションから離れたからか、クロンは次第にいつもの調子を取り戻していた。先程とのギャップに戸惑いながらもソールは店員を呼び、普段通りの口調で二人分の料理を注文する。
料理が届くと、二人はさっそく食事を始めるのだが……ここでも、両者の性格の違いが見られた。
「…ソールちゃんさ、ナイフって知ってます?」
「あー?」
クロンが若干引きつった表情で、右手に持ったナイフの先端を彼女に向ける。
と言うのも。二人に運ばれてきたステーキは事前にカットされておらず、各自が好みのサイズに切って食べるものなのだが、ソールは肉に直にフォークを突き刺し、そのまま食べ始めたのだ。
彼女からすればわざわざナイフで肉を切らずとも、歯で噛み切れば良いという考えなのだが、それがクロンにとっては信じられない事だったらしい。慣れた手つきでナイフとフォークを使いながら、軽く溜息を吐いた。
「ダメですよー、上品に食べないと。ていうか、そういう食べ方する人初めて見たッス」
「あんだよ、人の食い方にケチつけんじゃねーよ。食えりゃいーんだよ食えりゃ、どんな食い方しようが最終的に腹に入ればよかろーなんだよ」
「んー…、それって女の子としてどうなんでしょ」
苦笑いしながら、クロンは食事を続ける。
彼のテーブルマナーも誰かの見様見真似なのか決して完璧では無く、頬にステーキ用のタレがついていたりするのだが、それでもソールに比べればずっと上品と言えるだろう。
どちらが男で、どちらが女なのか、わかったものではなかった。
(ソールちゃんらしいと言えばらしいけど…。苦労してそうだなー、ソールちゃんの家族)
口元に付いたタレに気付き、おしぼりで丁寧に拭きながら。クロンはもう一度吐息した。
………………
……………
…………
「あー、お腹いっぱい。たまにはこういう所で外食するのもいいもんッスねぇ」
暫くして。食事を終えたクロンがお腹を擦りながらレストランから出てきた。その後ろには、こちらもお腹いっぱいとばかりの笑みを浮かべたソールの姿がある。
「俺様は肉が食えただけで満足だけどな。…さて、次は何に乗る? 最後だからな、テメーが乗りたいもんに付き合ってやるよ」
「そう? んー。それじゃあ……そうだ、観覧車に乗ろうよ! まだ乗ってませんでしたよね!」
「観覧車か…。ま、いいだろ。絶叫系にも飽きたし、高ぇ所から夜景を見るのも悪くねーな」
意見は一致した。二人は今食べた料理の話をしながら、観覧車乗り場へと歩いていく。
昼間もそれなりに人気であった観覧車だが、夜中になった事で些か並ぶ人が増えたように思える。恐らくソールと同じように、空から夜景が見たくなった者達が集まっているのだろう。
とは言え、文字通り回転率の高いアトラクションである。これまでに比べて順番は早く回って来た。ソールは先に観覧車に乗り込むと窓際の席に座り、手すりに凭れかかる。その隣に、クロンは座った。
「…なんで隣に来るんだよ。前の席が広いだろうが」
「ま、ま。男と女が密室に二人きりなんですし、密着しましょうよ」
二人を乗せたゴンドラの扉が閉まり、ゆっくりと、曲線を描きながら夜空へと昇っていく。
窓から見える夜景は、思った通り美しかった。緑豊かな自然こそ美しいと叫ぶ者もいるが、街灯や民家から漏れる光を、高い所から眺めるのもまた格別なものだ。そのあまりの美しさに、いつしか二人は心を奪われていた。
「…いいもんだな」
「ですね。まるで蛍みたいで、凄く綺麗だと思うッス」
夜空に輝く月の光。地上に散らばった人工の光。どちらも幻想的で、美しかった。
地上から夜空を見上げるのも良いものだが、こうして地上とも空中ともとれぬ場所から眺める景色も悪くない。このまま二人で永遠にこの景色を眺めていたくなるほどだ。
「…今日は、ありがとな」
「んぇ?」
暫く沈黙が続いた後、最初に口を開いたのはソールだった。彼女は夜景を見つめたまま、照れくさそうに頬を掻く。
「もともと予定があったってのに、俺様に付き合ってくれてよ。なんつーか、嬉しかったぜ」
「友達に怒られはしましたけどね。でもボク、年上の女の子のお誘いは断らない口でして。…ま、その結果があのジェットコースター地獄なんですけど」
「悪い悪い。なんつーか、テメェがあんなビビってんの珍しかったからな。つい」
「つい、じゃないですよー。ほんと怖かったんですからねー。夢に出てきたら責任取ってくださいよー」
いつも通りの会話であるが、二人の視線はすっかり夜景に釘付けだった。
相手の顔を見て話すより、こうして同じ景色を見ながら話した方が心が通じ合う事もある。今の二人が、まさにそれだった。
それからまた暫く沈黙が続き……ちょうどゴンドラが際頂点に達した時、クロンが再び口を開いた。
「ねぇ、ソールちゃん」
「んー?」
「ちゅー、しません?」
「ふーん…」
始めは適当に聞き流したソールだが、すぐにその唐突さに気付いて思わず振り返った。
「…あ?」
「なんかいい雰囲気ですし、ここでキスしません? 他のカップルみたいに」
意地悪い笑みを浮かべたクロンが、更にソールに身を寄せる。冗談では無く本気で言っているのが、すぐに理解できた。
「ば、バカ言ってんじゃねーぞこの野郎!」
そう言って彼女は一度クロンを突き飛ばす。その衝撃で壁に頭をぶつけたクロンは、痛そうに頭を擦りながら、口を尖らせた。
「もー、突き飛ばさなくてもいいじゃないッスかー」
「テメェがざけた事言うからだろうが! よりによってキ、キ……だぁぁ、いいから黙って座ってろ!」
「はーい。結構勇気出して言ったのに、まったくー」
「知るか!」
そう叫んで、ソールはそっぽを向いて再び夜景に目を向ける。だが、夜景を楽しむ余裕は今の言葉で失われてしまった。
確かに彼の言う通り、恋人同士というものは、こうした特別の日にキス、あるいはそれ以上の行為をするものだ。
実際、二人のすぐ隣のゴンドラでは、年頃の男女が熱い口づけを交わしているのが見える。恐らくクロンの発言も、この二人の刺激を受けてのものだろう。
だが、自分達は彼らとは別だとソールは考えていた。確かにソールとクロンは性格の違いはあれど仲は良く、こうして聖なる夜に遊びに出かける間柄ではある。しかし、決して、断じて。恋人同士では無かった。
まして相手は自分より二つも年下の少年なのだ。そんな相手と唇を重ねる等、考えた事も無かった。
…いや。本当に考えた事が無かっただろうか。ソールは苛立ちの奥底で、ふと自問する。
始めて彼と出会ってから現在まで。一度も彼を、異性して見た事は無かっただろうか。…そんな事はないと意地では思いながらも、しかし実際の事は自分でもよくわからなかった。
少なくとも彼女の周りでは、父親も含めて、彼以上に仲良く接している男性はいないはずだ。例えばもし今隣にいるのがクロンでは無く、クラスの男子だったなら。自分は
恐らく違うと、ソールは思う。騒がしかったとは言え、今日と言う一日を楽しく過ごせたのは「
「………」
とは言え。自分は果たして彼を異性として好きなのだろうかと考えると、答えはわからない。考える必要はないと、今まで思っていた。
一緒に居て楽しいのは事実。だが、それは果たして異性としてなのか、それとも悪友としてなのか?
観覧車の窓に映るクロンの顔をちらりと見ながら、ソールはふと母の言葉を思い出す。クリスマスは男女の仲をより深める日なのだ、と。
(…そろそろ、答えを出してもいいかも知れねぇな)
夜景を眺めながら、ソールは決心する。あらゆる全てを、はっきりさせようと。
「よしっ」
誰にともなく、ソールは呟いた。それを聞いて、クロンが「んぇ?」と頓狂な声を上げた。
「気が変わった。テメェがしてぇっつーんなら、してやってもいいぜ。…ただし、一つ条件がある」
「条件…?」
「そうだ。ここから降りたらテメェ、俺様とデュエルしろ。もしテメェが俺様に勝てたら、キスだろうが恋人だろうがやってやる。…どうだ、悪くねぇだろ?」
にやりと笑みを浮かべながら、ソールが言う。
自分の感情を整理するには、やはりデュエルが一番だと彼女は思った。友人としてでも、異性としてでもなく、決闘者として向き合えば気持ちははっきりする筈だ。例え答えがどちらであろうと。
「もしテメェが負けた場合は……ま、後で考えるとしてだ。上手く行けば俺様のファーストキスを貰えるんだ、当然受けるよな?」
「んー…。ソールちゃんの考えが良くわかりませんけど、デュエルの挑戦なら逃げる訳にはいきませんね。OK、受けて立ちます」
「よし!」
クロンは二つ返事で勝負を受けた。ソールは内心緊張しながら、強気な笑みを浮かべる。自分の顔が火照っているのは、気付かないふりをした。
「なら、地上に降りてから勝負だ。ルールは当然マスタールール3で、一本勝負。いいな?」
「了解。いつも通りって訳ッスね」
嬉しそうに笑いながら、クロンは自らの決闘盤を取り出す。
これでもう、引き返せない。自分の気持ちから逃げない為に打ち込んだ楔が、しっかりと両者を捉えていた。
………………
……………
…………
観覧車を降りた二人は、すぐ近くのスペースで勝負をする事にした。
真夜中の遊園地で行われる、小さな勝負。道行くカップル達が自然と彼女達の周囲に集まり、ちょっとした見世物となっていた。
「俺様のターン!」
先攻を勝ち取ったのはソール。
マスタールール3に移行した事で先攻ドローは無くなったが、相手の伏せカードに妨害される事なくターンを侵攻できる優位性は変わらない。
彼女はゆっくりと手札を見つめ、やがて二枚のカードを手札から選んだ。
「俺様はモンスターを一枚セットして、カードを一枚伏せる! ターンエンドだ!」
先攻一ターン目に攻撃が許されていない以上、まずは様子見の構えを取らざるを得ない。彼女は壁モンスターと伏せカードを一枚ずつ展開し、すぐさまターンを終了した。
「ボクのターン、ドロー!」
次いでクロンのターン。
後攻一ターン目のプレイヤーは先攻の伏せカードに行動を妨害される可能性がある反面、先攻よりも一枚多い手札を得る事を許されている。その一枚の差をどう活かすかが、後攻側の課題と言ってもいいだろう。
「…ボクはモンスター一枚と伏せカード二枚をセットして、ターンエンドです!」
僅かな思考の後、クロンは三枚のカードを場にセットする。
自身のデッキが攻撃に長けていないので、まずは様子見と言う事だろう。普段通りの戦法だ。
だが、彼がこう来る事はソールの想定の範囲内でもあった。彼女はにやりと口元を吊り上げ、先のターンに伏せていたカードを発動させる。
「エンドフェイズに永続罠カード、死霊ゾーマ発動! このカードは罠カードだが発動後はモンスターとして俺様の場に特殊召喚される!」
彼女が発動したのは、高い攻撃力とバーン効果を持つ罠モンスター。
攻撃力は高いものの守備力は低く、発動後は守備表示で特殊召喚されるため戦闘破壊されやすいという弱点があるが、相手ターンのエンドフェイズに発動すればその点はカバーできる。しかもクロンが伏せたばかりのカードを発動する可能性はほぼ0というオマケ付きだ。
だが、彼女が《死霊ゾーマ》を発動させたのは、攻撃させる為では無い。彼女は不敵な笑みを浮かべたまま、自分のターンを開始した。
「死霊ゾーマ」 通常罠
効果:このカードは発動後モンスターカード(アンデット族・闇・星4・攻1800/守500)となり、自分のモンスターカードゾーンに守備表示で特殊召喚する。
このカードが戦闘によって破壊された時、このカードを破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。(このカードは罠カードとしても扱う)
「俺様のターン!」
一分と立たずに戻って来た彼女のターン。しかしデュエルはここから動き始める。
彼女は引いたカードを確認し手札に収めると、それとは別のカードを選択して決闘盤に叩き付けた。
「ゆっくり戦う趣味はねぇんでな、速攻でいかせてもらう! 死霊ゾーマとセットしたダブルコストンで三体分の贄とし――、邪神イレイザーを召喚する!」
「っ…。いきなり、ですか…!」
彼女の場のモンスターが光の粒子となって消え、代わりにドラゴン型のモンスターが出現する。
《邪神イレイザー》。全体的に細いシルエットを持ち、レベル10の割には虚弱な印象を受けるが、《邪神アバター》《邪神ドレッド・ルート》に続く邪神の一枚だ。
その攻撃力と守備力は相手の場のカードの枚数につき1000ポイントアップし、現在は3000ポイントと並の上級モンスタークラスの数値を誇る。序盤のアタッカーと考えれば申し分ない数値だ。
(あいつのセットモンスターと伏せカードが気になりはするが……イレイザーの前には大した障害でもねぇ。いつも通り、攻めに回るとするか)
にやりと笑みを浮かべたソールは、自身の場に君臨した邪神に一つの指令を下す。
「仕掛ける! 邪神イレイザーで、テメェの裏守備モンスターに攻撃だ!」
躊躇いも無く下された攻撃命令を受け、邪神の名を冠するモンスターは動いた。容姿に違わぬ暗黒のブレスが放たれ、クロンの裏守備モンスターを焼く。攻撃力3000の攻撃だ、大抵のモンスターでは破壊は免れない。
だが、翻ったクロンのモンスターを見た瞬間、ソールは目を見開いた。
「スフィア・ボムの効果発動! このカードはイレイザーの装備カードとなり、次のソールちゃんのスタンバイフェイズにイレイザーを破壊、さらにその攻撃力分のダメージを与えるッス!」
暗黒の火炎をも耐える鋼鉄の球体が、《イレイザー》の首筋に取りつく。クロンのお気に入りの一つ、《スフィア・ボム》だ。
ステータスこそ低いものの、相手の攻撃モンスターを問答無用で破壊する事ができる上に相手にダメージを与える事ができるこのカードは、クロンが最も好むタイプのモンスターでもある。
当然、その効果は邪神と言えど逃れる事はできず、《スフィア・ボム》を破壊しない限り《イレイザー》の破壊は確定する。
だが…。もとより二枚の伏せカードを無視しての攻撃なのだ。この程度の反撃は、ソールとて予想している。予想した上での攻撃だった。
「ククク…。思った通り、面倒くせぇカードを出してたか。だが、イレイザーの効果は知ってるよなぁ?」
「…イレイザーが破壊された時、フィールド上の全てのカードを破壊する、でしたね。つまり次のターン、スフィア・ボムでイレイザーを破壊しても…」
「俺様とテメェの場はイレイザーによって綺麗になるって訳だ。ま…、それでもイレイザーを破壊されるのは痛いがな」
そう言いながらも、彼女の顔には笑みが浮かんでいる。全ては計算のうちと言わんばかりに。
「ま、破壊されるってんなら仕方ねぇ。俺様はこれでターンエンドだ」
「ダブルコストン」 モンスター
闇属性 アンデット族 ☆4
攻撃力1700 守備力1650
効果:闇属性モンスターを生け贄召喚する場合、このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる
『邪神イレイザー』 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆10
攻撃力? 守備力?
効果:このカードは特殊召喚できない。
自分フィールドのモンスター3体をリリースした場合のみ通常召喚できる。
このカードの攻撃力・守備力は、相手フィールドのカードの数×1000になる。
自分メインフェイズに発動できる。このカードを破壊する。
このカードが破壊され墓地へ送られた場合に発動する。フィールドのカードを全て破壊する。
「スフィア・ボム 球体時限爆弾」
闇属性 機械族 ☆4
攻撃力1400 守備力1400
効果:フィールド上に裏側守備表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、そのダメージ計算前にこのカードは攻撃モンスターの装備カードになる。
次の相手のスタンバイフェイズ時に装備モンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
「さーて、どうしたものかな。…ボクのターン!」
落ち着いた表情でカードを引くクロン。だがその内心は、決して穏やかでは無かった。
ソールが序盤から邪神を出して来る事は、親しい仲だ、当然予想はしていた。だが邪神の中でも《イレイザー》を繰り出して来るとは思ってもみなかった。
と言うのも。《イレイザー》は他の二枚の邪神に比べ、決闘者からの評価が低いのだ。
相手の場のカード次第で変動する攻撃力と、破壊される事で強制発動する全体破壊効果。どちらも安定性に欠けており、他の邪神に比べて地味な印象を受ける。
その為、彼女が出して来るとすれば《ドレッド・ルート》か《アバター》だと思っていたのだが……早くも予想が外れた事になる。
しかも、《スフィア・ボム》の効果が起動するのは次のソールのスタンバイフェイズ時。即ち次のターン、《イレイザー》によってクロンの場のカードは全て破壊される事になる。
(邪神を破壊できるとは言え、ソールちゃん相手に場をがら空きにするのは危険すぎる…。と言って、場にカードを出してもイレイザーの効果で破壊されるだけ…)
安定性に欠けるとされる《イレイザー》の性能を、クロン自身が引き出してしまった形だった。
「……ターン、エンド」
クロンは暫く手札を見つめて熟考した後、ゆっくりと息を吐いて自らのターンを終了した。
「クク…、俺様のターン!」
意気揚々とカードをドローするソール。彼女がそのカードを手札に加えると同時、《イレイザー》の首に付着していた《スフィア・ボム》が爆散した。
如何に邪神と言えど、首筋を爆破されては一溜りも無い。断末魔すら上げる間もなく絶命した邪神の肉片が二人の場に飛び散り、ソールのライフが3000ポイント減少する。
だが――、
「邪神イレイザーは破壊された時、俺様とテメェの場のカードを全て道連れにする。…もっとも、俺様の場にはイレイザーしかねぇがな」
爆散した肉塊から流れ出る黒い血が、二人の場を浸していく。憎悪なのか、怨恨なのか。その血の中から噴き出した瘴気がクロンのカードを包み込み、その全てを破壊する。
これによって、二人の場のカードは全て消滅した。だが、勝負は仕切り直しという訳では無い。ソールは悪い笑みを浮かべながら、新たなカードを手札から抜き取る。
「魔法カード、死者蘇生! 俺様の墓地から、ダブルコストンを蘇生する!」
彼女が発動したのは、互いの墓地からモンスター一体を蘇生する制限カード。その効果により、二つで一つの小型の悪霊が彼女の場に現れる。
このカードは単体でも攻撃力1700とアタッカーとしてまずまずの攻撃力を誇るが、その真価は闇属性モンスターのアドバンス召喚で発揮される。このカードは闇属性モンスターの為にリリースされた場合、二体分のコストとして扱う事ができるのだ。
「死者蘇生でダブルコストンを蘇生? …まさか!」
「そのまさかだよ、馬鹿野郎。魔法カード、デビルズ・サンクチュアリを発動! 俺様の場にトークンを一体特殊召喚する!」
彼女が発動したカードにより、彼女の場に金属質のトークンが現れる。
藁人形をイメージしているのだろうか。その形状は人の形を模しており、頭部に当たる部分には対戦相手であるクロンの姿が映っていた。
本来このトークンは戦闘によって発生したダメージを相手に与えるという効果を持っているのだが、大抵の場合はその効果よりも、手軽に用意できるモンスター一体分の生贄として使用される事が多い。今回の場合も、例外では無かった。
「永続魔法カード、冥界の宝札を発動! 俺様が二体以上のリリースを使ってアドバンス召喚を行った時、カードを二枚ドローする事ができる!」
彼女は二体のモンスターの展開に加え、アドバンス召喚時に発動するカードを使用する。それが意味する事は、一つだった。
「イレイザーを破壊してくれてありがとよ。おかげで安全にこいつを出せる。――ダブルコストンとトークンをリリースし、来い! 邪神ドレッド・ルート!」
場に出されたばかりの二体のモンスターが砕け散り、第二の邪神が時空を割いて場に降臨する。
邪神ドレッド・ルート。他の二体の邪神と比べシンプルな効果を持ち、そのシルエットも《デーモンの召喚》に近いものがある。その体は《イレイザー》よりも更に巨大で、攻撃に特化した邪神である事を一目で認識させる。
攻撃力は驚異の4000ポイント。《イレイザー》の様にステータスが変化する事も無く、さらに他のモンスターの攻守を半減させる効果を持つ。こと戦闘に置いては、無敵に等しいと言っても過言では無い。
「ドレッド・ルート…! ぐっ、二体の邪神を続けざまに出してきますか…!」
「悪ぃな、遺言はちょっと待ってくれ。冥界の宝札の効果でカードを二枚ドローし……装備魔法、巨大化をドレッド・ルートに装備させる!」
「なっ…!」
恐怖の根源は、まだ膨れ上がる。
彼女が発動したカードによって、邪神の攻撃力は更に増大、8000ポイントにまで高まった。《ドレッド・ルート》の肉体も文字通り巨大化し、近くにあったジェットコースターのレールを包んでしまうほどだ。
「…と、言う訳だ。俺様の場には攻撃力8000のドレッド・ルート、対するテメェの場はがら空きだ。これが何を意味するのか…、説明はいらねーよな?」
「……攻撃力8000の、直接攻撃…!」
「そういう事だ。ありがとよ、イレイザーを破壊してくれて。俺様にダメージを与えてくれて。おかげでテメェを、一撃で粉砕できる…!」
その一言を勝利宣言に、ソールは邪神に命令する。もはや守るものが無くなったクロンに対して、早すぎるトドメを刺すように。
「バトルだ! ドレッド・ルートで、テメェのにやけ面に直接攻撃ッ!」
彼女が命じると同時、邪神の巨体が動く。ゆっくりと、狙いを定めるように拳を振り上げ、それを小さなクロンの体に振り下ろした。
その攻撃力は8000。この攻撃が通れば、クロンのライフは尽きる。デュエルが始まったばかりのタイミングで。そして身を守ろうにも、彼の場に伏せカードは無い。
「っ…!」
邪神の一撃がクロンに直撃し、闇夜すら溶け込む黒い粒子が周囲を覆う。攻撃が問題なく通った事の証だった。
「…終わったな。ちと呆気ねぇが、楽しいデートだったぜ」
勝利を確信し、笑みを浮かべるソール。だが、その笑みはすぐに消え失せる事になる。
闇の粒子が四散し、クロンの姿が再び彼女の目に映る。余裕の表情を浮かべたままの、少しもライフを削られていない彼の姿が。
「なにっ…!?」
「んっふっふ。知りませんでした? ボク、結構しぶといんですよ」
にやりと笑ったクロンは、決闘盤から一枚のカードを外し、ソールに提示する。
「ボクは邪神の攻撃に対して、バトルフェーダーの効果を発動しました。このカードはボクの場に特殊召喚されて、このターンのバトルフェイズを終了させます。…危ない危ない、このカードが無ければ今ので負けてましたよ」
「…ちっ。相変わらず、往生際が悪い奴だぜ」
言いながらも、ソールの顔には笑みが浮かんでいた。
確かに、こんなものではない。彼女の良く知るクロンは、この程度の事で敗れる決闘者では無かった。その期待に彼が応えてくれたのが、無性に嬉しかった。
まだ、戦える。まだまだ本気で楽しめる。ソールの心は、踊っていた。
「メインフェイズ2を終了して、ターンエンド! さあ来いよ、どうせクリスマスだ! とことん付き合ってやるぜ!」
火が付いた、と自分でも思った。
自分の中に眠る決闘者としての熱が、今の攻防で完全に目覚めた。こうなったらもう止まらない。全力で、相手を叩きのめすだけだ。
だが、それはクロンとて同じこと。彼は笑みを浮かべて頷くと、自分の墓地から一枚のカードを選び、決闘盤に叩き付ける。
「イレイザーの効果で破壊されたトイ・マジシャンの効果! このカードを守備表示で特殊召喚します!」
彼の場に現れる、玩具の魔術師。邪神に比べれば到底力不足であるが、彼の事だ。このモンスターを最大限に利用してくるのだろう。ソールは、楽しかった。
「冥界の宝札」 永続魔法
効果:2体以上の生け贄を必要とする生け贄召喚に成功した時、デッキからカードを2枚ドローする。
「死者蘇生」 通常魔法
効果:自分または相手の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。
「デビルズ・サンクチュアリ」 通常魔法
効果:「メタルデビル・トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を自分のフィールド上に1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃をする事ができない。
「メタルデビル・トークン」の戦闘によるコントローラーへの超過ダメージは、かわりに相手プレイヤーが受ける。
自分のスタンバイフェイズ毎に1000ライフポイントを払う。払わなければ、「メタルデビル・トークン」を破壊する。
「邪神ドレッド・ルート」 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆10
攻撃力4000 守備力4000
効果:このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外のフィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。
「巨大化」 装備魔法
効果:自分のライフポイントが相手より下の場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
自分のライフポイントが相手より上の場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。
「バトルフェーダー」 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆1
攻撃力0 守備力0
効果:相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。
このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
「トイ・マジシャン」 モンスター
光属性 魔法使い族 ☆4
攻撃力1600 守備力1500
効果:このカードは魔法カード扱いとして手札から自分の魔法&罠カードゾーンにセットする事ができる。
魔法&罠カードゾーンにセットされたこのカードが相手のコントロールするカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズ時にこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
また、このカードが反転召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で存在する「トイ・マジシャン」の数だけフィールド上の魔法・罠カードを破壊する。
【ソール】
LP:8000→5000
「危ない危ない……ボクのターン!」
危うく一撃で勝利をもぎ取られるところであったが、何とかライフを守る事が出来た。クロンはゆっくり息を吐いて、新たなカードをドローする。
この時点で彼の手札は四枚。それに対し、ソールの手札は《冥界の宝札》の効果で引いた一枚のみ。戦術的に言えば、クロンが有利と言ったところか。
(にしても…。ほんとポンポン邪神を出して来るよねぇ、この子)
初めて戦った時もそうだった。彼女は手札切れを全く恐れずに邪神を次々と召喚し、クロンにプレッシャーを与えてくる。
今も。一度は攻撃を防いだとはいえ、攻撃力8000の《ドレッド・ルート》が圧倒的な威圧感で彼女の場に君臨している。これを戦闘で破壊するのは、まず不可能と言っていいだろう。
(…打つ手はあるけど、ソールちゃんの事だ。例えドレッド・ルートを破壊しても、すぐ次の邪神を読んでくるはず。…さて、どうしたものかな)
自らの手札とソールの邪神を交互に見比べながら、慎重に思案する。デッキの相性はいいものの、一瞬の油断も許される相手で無い事は、身に染みて知っているのだ。
「…本当はさ。戦ってる最中に相手に助言なんてしないんだけど、このデュエルを挑んでくれたお礼に一つ教えてあげるよ」
「あぁ?」
「ボクを相手に、死者蘇生なんて良いカードを簡単に使っちゃいけないって事! カードを二枚伏せて、魔法カード、マジック・クロニクルを発動!」
彼はさらに二枚のカードを伏せた後、一枚のカードを発動させる。そのカードを見て、ソールは思わず首を傾げた。
「このカードは手札を全て捨てる事で発動できるカード。手札のカズーラの蟲惑魔を捨てて、ボクはデッキから五枚の魔法・罠カードを選択し、ゲームから除外する!」
そう言って、クロンは決闘盤からデッキを外し、扇状に広げる。
彼が発動したカード、《マジック・クロニクル》は言うなれば《苦渋の選択》をやや扱いにくくしたカードで、発動時に五枚の魔法・罠を除外し、その後、相手が魔法カードを発動する度に乗せられるカウンターを2つ取り除く事で除外したカードのうち一枚を手札に加える事ができる。
上手くすれば除外したカード全てを手札に加える事ができるのだが、問題は手札に加えるカードを相手が選ぶという点だ。当然相手は五枚のカードのうち脅威でないと判断したものから選択するであろうし、そもそも除外したカードを回収する前にこのカードが破壊された場合、目も当てられない事になる。
要するに普通に使う分には使いづらいカードなのだが、搦め手を好むクロンにとっては、むしろ扱いやすいカードだった。
「ボクは墓荒らしを三枚と、マジカル・シルクハット、夜霧のスナイパーを除外! ターンエンドです!」
彼が選択したのは、相手の墓地の魔法カードを使用できる《墓荒らし》と、様々なコンボに使用可能な《マジカル・シルクハット》。そして基本的に《奈落の落とし穴》の下位互換である《夜霧のスナイパー》の三種。何れも過去の彼のデュエルで活躍してきたカード達だった。
「マジック・クロニクル」 永続魔法
効果:手札を全て墓地に送って発動する。デッキから魔法または罠カードを5枚選択し、ゲームから除外する。
相手が魔法カードを発動する度に、このカードにクロニクルカウンターを1つ置く。
このカードのクロニクルカウンターを2つ取り除く事で、このカードの効果でゲームから除外したカードの中から1枚を相手が選択し、自分の手札に加える。
このカードがフィールド上から離れた時、このカードの効果でゲームから除外されているカード1枚につき、自分は500ポイントダメージを受ける。
「墓荒らし」 通常罠
効果:相手の墓地にある魔法カード1枚を選択し、ターン終了時まで自分の手札として使用する事ができる。
その魔法カードを使用した場合、2000ポイントのダメージを受ける。
「マジカルシルクハット」 通常罠
効果:相手のバトルフェイズ時に発動できる。
デッキから魔法・罠カードを2枚選んで相手に見せ、その2枚をモンスター扱い(攻/守0)として、自分フィールド上のモンスター1体と合わせてシャッフルして裏側守備表示でセットする。
この効果でデッキから特殊召喚した2枚のカードはバトルフェイズ終了時に破壊される。
「夜霧のスナイパー」 永続罠
効果:モンスターカード名を1つ宣言する。
宣言したモンスターを相手が召喚・特殊召喚・リバースした場合、宣言したモンスターとこのカードをゲームから除外する。
「俺様のターン!」
続いてソールのターン。彼女は新たなカードをドローすると、怪訝な表情でクロンが発動した《マジック・クロニクル》を睨みつける。
(相変わらず訳わかんねぇカードを使いやがるぜ…。だがあいつの事だ、何かしら意味はあるんだろう。さて、どうしたもんかな…)
思いながら、彼女は自分の場に君臨する《ドレッド・ルート》に目を向ける。
攻撃力8000のこのカードは、戦闘に置いては無敵を誇る。クロンの場のモンスター、特に《バトルフェーダー》を破壊する事は容易だ。クロンが伏せカードを発動しなければの話だが。
《イレイザー》で破壊したカードを見る限り、彼が最初に伏せた罠は本命では無い。恐らくは《大嵐》などを警戒し、ブラフを兼ねて伏せたカードだろう。
となれば。彼が今伏せた二枚のカードこそ、彼の本命と考えられる。…軽々には攻撃できない。最初に彼と戦った時、それで痛い目を見ているのだから、なおさらだ。
「…魔法カード、闇の誘惑を発動だ!」
考えた末に彼女が発動したのは、実質闇属性専用の手札交換魔法。《マジック・クロニクル》にカウンターを一つ乗せてしまう事になるが、ここは止むを得ない。
彼女はデッキからカードを二枚ドローすると、にやりと笑みを浮かべる。
「ふん、まぁまぁって所か…。闇の誘惑の効果で、手札のダークネス・ネオスフィアをゲームから除外する」
引いたカードのうち一枚をゲームから除外し、《闇の誘惑》の処理を終えた後、彼女は場の《ドレッド・ルート》に視線を向ける。
「いくぜぇぇ、バトル! ドレッド・ルートで、バトルフェーダーに攻撃する!」
今のドローで何か良いカードでも引いたのだろう。彼女は一切躊躇する事なく、攻撃命令を下した。
少しの間を置き、邪神の巨体が動く。それと同時、クロンの伏せカードが翻った。
「迂闊ッスよソールちゃん! 罠カード、魔法の筒を発動! ドレッド・ルートの攻撃を無効にして、その攻撃力分のダメージを与えます!」
「っ…!」
彼が発動したのは、モンスターの攻撃を防ぎつつ相手にダメージを与える罠カード。《スフィア・ボム》と同様に、相手の攻撃力を利用する彼好みのカードだ。
だが、この程度の事は予想の範囲内だ。ソールは笑みを崩さず、手札から一枚のカードを発動させる。
「このソール様に何度も同じ手は通用しねーんだよ! 速攻魔法、月の書を発動! ドレッド・ルートを裏守備表示にする!」
「むっ…!」
《ドレッド・ルート》の巨大な立体映像が消え、代わりに裏側表示のカードが彼女の場に置かれる。対象を失った《魔法の筒》は消滅し、ソールのライフにもダメージは無い。
もっとも、《ドレッド・ルート》が装備していた《巨大化》も対象を失って墓地に送られたのだが、8000ポイントのダメージに比べれば安いものだ。邪神が裏守備表示になった事で、《地砕き》のような除去カードを受けなくなったという利点もある。
「…なるほどね。けど、月の書を発動した事でマジック・クロニクルに更に一つカウンターが乗りました。これで次のボクのターン、効果を使えるってもんです」
「ま、仕方ねぇ。カードを一枚伏せて、ターンエンド!」
最後の手札を場にセットした事で、彼女の手札は尽きた。それでも彼女は笑ったまま、ターンを彼に明け渡した。
「闇の誘惑」 通常魔法
効果:自分はデッキから2枚ドローし、手札の闇属性モンスター1体を除外する。
手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。
「ダークネス・ネオスフィア」 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆10
攻撃力4000 守備力4000
効果:このカードは通常召喚できない。
相手モンスターの攻撃宣言時、自分の手札・フィールド上から悪魔族モンスターをそれぞれ1体ずつ墓地へ送る事でのみ、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
このカードは戦闘では破壊されない。1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する罠カードを全て手札に戻すことができる。
「魔法の筒」 通常罠
効果:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
「月の書」 速攻魔法
効果:フィールドの表側表示のモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを裏側守備表示にする。
「…ボクのターン!」
ソールの様子を伺いながら、カードをドローするクロン。カードの枚数では圧倒的に彼が上だが、火力に関しては相手の方が上だ。僅かにも気を抜かず、デュエルに集中する。
彼が一ターン前に伏せたカードは二枚。一枚は今のターンで不発に終わった《魔法の筒》、そしてもう一枚は相手の除去カードに反応して発動する罠、《スターライト・ロード》だ。
(巨大化が無くなったとはいえ、ドレッド・ルートの攻撃力は圧倒的だ…。もう攻撃を防ぐ手段が無いし、ここはもう少し様子を見ましょうか)
慎重なのか、臆病なのか。自分でもたまにわからなくなる。だが、石橋を叩かなければならない相手なのは確かだった。
「マジック・クロニクルのカウンターを二つ取り除いて、効果発動! さっき除外したカードの中から一つをソールちゃんに選んでもらって、そのカードをボクの手札に加える!」
「ふん…」
クロンが宣言すると、ソールの目の前に五枚のカードの映像が出現する。彼が《マジック・クロニクル》発動時に除外した、五枚の罠カードだ。
三枚の《墓荒らし》と、《マジカル・シルクハット》と、《夜霧のスナイパー》。ソールは唇に手を当てて、どれを選んだものかと思案する。
(わざわざ手札を捨ててまで発動したんだ。この五枚のカードには何かしら企みがあるに違いねぇ。クロニクルを発動した時、あいつがどこまで先を読んでたかは知らねぇが…)
まずソールが視線を向けたのは、三枚も除外された《墓荒らし》だ。
相手の墓地の魔法カードを奪い利用できる。そう言えば聞こえはいいのだが、実際の所、このカードも世間的な評価はそう高くはない。
罠カードである事に加え、奪った魔法カードをそのターン中に使わなければならない扱いづらさ。魔法カードを発動した際、2000ポイントのダメージを受けるコストの重さ。そして何より、相手の墓地に依存しなければならないという安定性の無さ。この三つが評価の低い原因だろう。
だが、彼はこの扱いづらいカードを巧みに操り、使いこなしている。まるで自分専用のカードだと言わんばかりに。
(俺様の墓地には死者蘇生のカードがある……狙いはそれか。いや、どんな狙いがあろうと、あいつに墓荒らしを渡したくはねぇな)
以前見たクロンとフロムのデュエルを思い出しながら、ソールは次いで《マジカル・シルクハット》と《夜霧のスナイパー》に目を向ける。
この二枚のうち、どちらが危険かと言うならば《マジカル・シルクハット》に軍配が上がるだろうか。発動タイミングこそ限られているものの、デッキから魔法・罠カードを自由に持ってくる事ができるこのカードは、古いカードでありながら最近の環境に置いても様々なコンボを生み出している。
《荒野の大竜巻》、《歯車街》など。このカードと相性の良いカードは意外に多く、しかも凶悪だ。事実、クロンはメイとのデュエルで《大竜巻》とコンボしている。こちらも彼の手には渡せない。
「…決めたぜ。夜霧のスナイパーを手札に加えな!」
悩んだ末、彼が消去法で選んだのは《夜霧のスナイパー》のカード。
このカードは言うなれば癖を強くした《奈落の落とし穴》のようなもので、発動時に宣言したモンスターが場に出た際、除外する効果を持っている。
だが永続罠カードなのが災いし確実性に欠ける上、とにかくあらゆる点に置いて《奈落の落とし穴》に劣っている。彼が何故今だにこのカードを採用しているのか、疑問に思う程だ。
このカードを利用したコンボというのも聞いた事が無い。消去法の末、彼女がこのカードを選ぶのも当然だった。
「ふふん、やっぱり夜霧のスナイパーを選びましたか。まぁそうなりますよね、他のカードに比べて、このカード今一ですし」
「…誘導した、とでも言いてぇのか?」
「別に。ただ、ボクが今欲しかったのはこのカードなんですよね。奈落の落とし穴でも良かったんですけど、流石にそっちは選んでくれないでしょうし。…カードを一枚セットして、ターンエンド!」
笑みを浮かべたままクロンはカードを伏せ、ターンを終了する。
そのカードは恐らく今手札に加えた《夜霧のスナイパー》だろう。何を考えているのかはわからないが、しかし選択を誤ったとはソールは思わなかった。
「俺様のターン!」
嫌な予感がした。
何が、という訳では無い。だが、何か薄気味が悪かった。
彼女が見た限り、クロンの決闘者としての実力はそう高くは無い。だが彼には、僅かな情報から相手の心を読む分析力と、相手を罠に誘導するという、彼女には無い特技があった。
今。自分が彼の術中に落ちていないと、言い切れるだろうか。これまで彼と戦ってきた決闘者は、例外なく彼の詐術に苦しめられている。…自分も、その一人だ。彼女は苛立ちを覚えながら、引いたばかりのカードに目を向ける。
「…ククク」
そのカードを見た瞬間、ソールの口元に笑みが浮かぶ。
「罠カード、『悪夢の前菜』を発動! この効果により、俺様の場に二体のトークンを特殊召喚する!」
地中から二つの棺桶が出現し、ソールの場に並ぶ。トークンの攻守は0と最低値であるが、場に三体のモンスターが並んた事で、クロンが表情を曇らせる。
「このタイミングでトークンを召喚!? まさか…!」
「ククク、さぁてな。俺様は更に手札から――、」
そう言ってソールが今引いたばかりのカードを決闘盤に出そうとした時。クロンは咄嗟に伏せカードを発動させる。
「悪魔の前菜の発動にチェーンして、夜霧のスナイパーを発動! このカードは発動時にカード名を宣言して、それと同じモンスターが召喚・特殊召喚された場合、このカードもろとも除外します!」
「ほーぉ…?」
「ボクは、邪神アバターを宣言します!」
一手先を読む、いつもの彼の戦術だった。
もちろん、クロンには彼女が引いたカードの正体はわからない。だが場に三体のモンスターが並んだ事で新たなモンスターの出現を察知した彼は、今最も召喚されたくないモンスターの名前を宣言したのだ。
それが、《邪神アバター》。三邪神の最後の一枚、そして偶然にもソールがたった今引いたカードでもあった。
「…なるほど。マジック・クロニクルを発動して夜霧のスナイパーを手札に加えたのは、アバターを警戒したからって訳か?」
「そゆ事ッス。ソールちゃんならどんなに手札が少なくても、必ずもう一体邪神を出して来るって読んでたんでね。まさか本当に出そうとするとは思わなかったけどさ」
「へーぇ。となると、弱ったな。邪神アバターを出した所で、除外されちまうのか…」
言いながら。
ソールは静かに場の三体のモンスターを場から取り除き、手札の《邪神アバター》を決闘盤に叩き付ける。クロンが反応すら忘れるほどの、自然な動作で。
「で、それが何だってんだ? ククク、三体のモンスターをリリースして、邪神アバターを召喚だ!」
一切の躊躇いも迷いも無く、ソールは召喚した。三枚目の邪神、アバターを。
《ドレッド・ルート》を含めた三体のモンスターが光の粒子となって消え、彼女の場に巨大な黒い太陽が出現する。《邪神アバター》。あらゆるモンスターへと変身し、さらにその能力を上回る、最上級の邪神であった。
だが――、
「何の真似か知らないけど…! 夜霧のスナイパーで、アバターは除外されます!」
突如、何処からともなく銃声が鳴り響き、黒い太陽に鉛の弾が突き刺さる。
戦闘に置いては無敵を誇る《アバター》であるが、罠カードに対しては、まして召喚された直後を狙われてはその能力を発揮できない。黒い太陽は一発の銃弾によって破壊され、黒い滴をボトボトと垂らしてやがて消滅する。
結果。ソールの場に並んでいたモンスターは全て消滅した。せっかく召喚した《ドレッド・ルート》も自ら墓地へ送り、破壊される事を知りながら《アバター》を召喚した彼女の意図を、クロンは掴めなかった。
「ククク…、冥界の宝札の効果でカードを二枚ドローさせてもらうぜ」
「…いったい、何のつもりです? わざわざアバターを消滅させに来るなんて」
恐る恐る問いかけるクロンに、ソールは笑みで答える。勝利を捨てていない、否、むしろ自らの勝利を確信しきった笑みであった。
「アバターなんざ俺様にとっちゃどうでもいいんだよ。事実さえあればいい。三体の邪神を全て召喚したっつー事実がな」
「……?」
「俺様のデッキにはなぁ。イレイザー、ドレッド・ルート、アバターの三体全てを召喚して始めて場に出す事ができる最強のカードがあんだよ。破壊されはしたが、アバターの召喚には成功した。つまり、俺様のとっておきを出す準備は整ったって訳だ」
「とっておき…?」
何か嫌なものを感じ取ったのだろう。思わず決闘盤を構え警戒するクロンだが、ソールは構わず、右手を夜空へと掲げる。
「三体の魂を食らう事で降臨した邪神すらも糧として、古代の邪神が蘇るのさ! 準備は揃った、俺様に力を貸しな!」
ソールが口上を叫ぶと同時、夜空から五つの光の柱が降り注ぎ、彼女の場を眩い光で包み込む。
そこから現れたのは、黒い異形の姿を持つ五体のモンスター。いや、正しくは五つのパーツと言うべきだろうか。
右腕、右足、左腕、左足。そして胴体。それらはそれぞれ一枚のカードとして、場に特殊召喚されたようだ。四肢はやがて胴体へと集い、一つの巨大なシルエットを作り上げる。
「現れろ! 『大邪神 サタン・クロウズ』!」
その姿は《ドレッド・ルート》に似ており、左腕は《イレイザー》のような竜の頭部を模したもの。胸にぽっかり空いた穴には、《アバター》の初期状態ような小さな黒い太陽が浮かんでいる。
名は、《サタン・クロウズ》。厳しい条件をクリアする事でのみエクストラデッキから特殊召喚される、ソールの新たな切り札だった。
「サタン・クロウズ…!?」
「正確には……サタン・クロウズと、その各パーツだがな。このカードは胴体、両腕、両足の五つのパーツに分かれていて、しかも全てが一体のモンスターとして独立している。エクゾディアみたいなもんっつった方が、テメェにゃわかりやすいか?」
ソールの言葉通り、彼女の決闘盤のモンスターゾーンには、五枚のカードが並んでいる。目の前にいる《サタン・クロウズ》はこれら全ての集合体とも言えるモンスターなのだろう。
「もっとも、このカードにはエクゾディアみてぇな特殊勝利効果はねぇがな。…だが、このカードが出たからには大して違いはねぇ。テメェはこのターン、俺様にやられて負けるんだからなぁ」
「…それは、どうですかね」
「ふん…。サタン・クロウズの右足の効果! 1ターンに1度、相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する!」
「なッ…」
ソールが宣言すると同時、《サタン・クロウズ》の右足が僅かに持ち上がり、大地を打つ。その足先から放たれた黒い瘴気は真直ぐにクロンの場に向かっていった。
「っ…、させない! 罠カード、スタータイト・ロードを…!」
「おっと、忘れたのか!? アバターの効果でテメェは二ターンの間、魔法・罠カードを発動できねぇんだぜ!」
「あっ…!」
クロンが声を上げると同時、《サタン・クロウズ》の放った瘴気が彼の伏せカードに絡みつき、闇の中へと引きずり込む。
《マジック・クロニクル》が破壊された事で、クロンは残る除外カードの数×500ポイント、つまり2000ポイントのダメージを受ける。未知なるモンスターの出現の後に、あまりに痛いダメージだ。
もともと攻撃を防ぐカードを伏せていなかったとはいえ、《スタータイト・ロード》を破壊されたのは大きい。このカードを発動できていれば、彼は《スターライト・ドラゴン》を特殊召喚できていたのだが。
「次はサタン・クロウズの左足の効果だ! 相手のモンスターを、全て破壊する!」
続いて、《サタン・クロウズ》の左足から黒い瘴気が放たれ、同じようにクロンのモンスター全てを消滅させる。
これで。たったこれだけで、クロンの場は一気にガラ空きになった。ソールはにやりと笑みを浮かべ、次の行動に移る。
「さて、そろそろサタン・クロウズとそのパーツの共通効果を教えてやるか。これらのカードの攻撃力は、俺様の墓地に眠る最も攻撃力の高いモンスターと同じ数値になる」
「同じ数値? …まさか!」
「そう。つまりサタン・クロウズ本体とその両手両足の攻撃力は、ドレッド・ルートと同じ4000ポイント! 合計で20000ポイントだ!」
初めて聞く驚異的な数値に、クロンは一歩下がる。ソールが勝利を確信したのは、その瞬間だった。
彼女は腰に手を当て、笑みを浮かべながら更地と化したクロンのフィールドを見渡す。
「俺様の場には攻撃力4000のモンスターが五体、一方でテメェは手札が二枚あるのみだ。さらにサタン・クロウズは胴体が場にある限り、相手のカードの効果じゃ破壊されねぇ。…クク、いくらテメェでも、どうしようもねぇよなぁ?」
「……。さて、どうですかね」
圧倒的不利な状況にも関わらず、クロンは変わらず不敵な笑みを浮かべている。
単なるハッタリなのか、それともまだ何か策があるのか。ソールはこちらも笑みを崩す事無く、静かに目を閉じる。
(ジェットコースターが怖いガキの癖に、デュエルになると自信家になりやがる。訳わかんねぇぜ、まったく)
彼の事だ、ここからでも何かしてくるに違いない。いつしかソールは、そう確信していた。
どんなに追い詰められても最後まで決して諦めず、隙あらば逆転の手を打ってくる。それが彼の得意とする戦い方だ。ソールは、そんな彼のデュエルを見るのが何よりも楽しみだった。
だが一方で、クロンがこのターンを凌げる筈がないという自信もある。相手への期待と、自分への自信。どちらが正しいのか、答えを確かめる手段はただ一つ。
「試してやる! サタン・クロウズで、テメェに直接攻撃を仕掛けて、テメェのライフを消滅させる!」
その言葉に反応し、《サタン・クロウズ》はゆっくりと右腕を持ち上げ、指先に黒いエネルギーの球体を生み出す。
「まず一撃目…!」
放たれた《サタン・クロウズ》のエネルギーの弾が、クロンを貫く。まだ余裕のあった彼のライフが、一気に残り2000ポイントにまで削られた。
だが、クロンもたたではやられない。彼は焦りながらも、手札から一枚のカードを決闘盤に叩き付ける。
「直接攻撃を受けた事で、冥府の使者ゴーズの効果を発動します! このカードを守備表示で特殊召喚して、さらに受けたダメージと同じステータスを持つカイエントークンを特殊召喚します!」
手札から彼の元に駆けつけたのは、冥府よりやって来た最上級モンスターの男女。そのうち《カイエン》の方は攻撃ダメージを吸収し、《サタン・クロウズ》と同じステータスを得た。
この二体を守備表示にすれば、《ゴーズ》は破壊されるものの、《サタン・クロウズ》の攻撃を凌ぐ事はできる。それがクロンの計画だったのだが、ソールは笑みを浮かべたまま、静かに宣言する。
「俺様の場には攻撃可能なパーツがまだ四体、つまり後四回攻撃できるって事だ。二発目で、ゴーズを破壊するぜ」
彼女の宣言を受け、《サタン・クロウズ》の闇の砲弾が今度は《ゴーズ》を狙い撃つ。冥府の使者とは言え、邪神そのものには勝てないのだろう。《ゴーズ》はあっという間に消滅した。
「さて、次の攻撃をする前に……サタン・クロウズの右手の効果を教えてやる。このカードが攻撃する時、攻撃対象のモンスターの攻撃力と守備力を0にする事ができる!」
「なっ…」
絶望は続く。
《サタン・クロウズ》が人差し指を地面に向けると、防御態勢と取っていた《カイエン》が何かに押さえつけられるように地面に崩れ落ちる。《サタン・クロウズ》の攻撃を防ぐ筈だった守備力も、一気に0まで低下した。
「アテが数れた、か? ククク、サタン・クロウズの三撃目! カイエントークンをぶっ殺す!」
勢いにのってソールが叫ぶと同時、再度放たれた闇の砲弾が身動きすら取れない《カイエン》を粉砕する。
守りを固めたのも束の間、再びクロンの場はがら空きになった。そしてソールの場にはまだ、攻撃可能なパーツが二つも存在する。
「ま、こうなると呆気ねぇ幕切れだが、サタン・クロウズの前にゃあ仕方ないわな。トドメだ、四撃目…!」
静かに下された攻撃命令が、夜の闇に木霊する。
《サタン・クロウズ》が放った四発目の魔弾。これが命中すれば、クロンのライフは今度こそ尽きる。《ゴーズ》という切り札を失ったクロンに、この攻撃を手段は残されているのか。ソールは笑みを浮かべたまま、彼の出方を見た。
「…手札の工作列車シグナル・レッドを守備表示で特殊召喚して、その攻撃を防ぎます!」
「何っ…!」
策は、残されていた。
彼の手札から赤い色の列車が現れ、《サタン・クロウズ》の攻撃を受け止める。その守備力は1300。本来なら容易く破壊されてしまうのであるが、《シグナル・レッド》にはもう一つ効果があった。
「シグナル・レッドが特殊召喚した直後の戦闘に限り、戦闘では破壊されません。…言ったでしょ、しぶといって」
「ちっ…。だがなぁ!」
ソールは最後の攻撃宣言を行い、一度は攻撃に耐えた《シグナル・レッド》を破壊する。
それは奇跡的な光景だった。場に一枚のカードが無い状況、攻撃力4000の攻撃を五回も受けたにも関わらず、クロンはまだ倒れない。辛うじてライフを守り切ったのだ。
だが、それももう限界だ。このターンは何とか凌いだものの、クロンの場にカードは無く、手札も全て消費した。この状態から逆転勝利を収めるのは、如何にクロンと言えど不可能だ。
もちろん、その事はクロンもよく承知している。彼が師匠である姫利と初めて戦った時、圧倒的な戦力差によって彼女に負けを認めさせたのだから。
「これでテメェに残されたカードはゼロ。つまりテメェが俺様に勝てる確率もゼロだ。このターンを凌いだのは、褒めてやるがな」
「…さぁてね。まだ、わからないッスよ?」
明らかに余裕が失われている声だったが、クロンの顔にはまだ笑みが浮かんでいた。
まだ諦めないのか。ソールは苛立ちと期待が入り混じった気持ちで、ターンを終了する。決着は、近い。
『悪夢の前菜』 通常罠
効果:自分フィールド上に「邪肉トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)2体を攻撃表示で特殊召喚する。
このトークンは「邪神」と名のついたモンスター以外のアドバンス召喚のためにはリリースできず、このターンのエンドフェイズに破壊される。
「邪神アバター」 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆10
攻撃力? 守備力?
効果:このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
このカードが召喚に成功した場合、相手ターンで数えて2ターンの間、相手は魔法・罠カードを発動できない。
このカードの攻撃力・守備力は、フィールド上に表側表示で存在する「邪神アバター」を除く、攻撃力が一番高いモンスターの攻撃力+100ポイントの数値になる。
『大邪神 サタン・クロウズ』 融合モンスター
闇属性 悪魔族 ☆12
攻撃力? 守備力?
効果:このカードは自分がデュエル中に「邪神アバター」「邪神ドレッド・ルート」「邪神イレイザー」を全て召喚している場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードの攻撃力と守備力は自分の墓地に存在する最も攻撃力の高いモンスターカードの攻撃力と同じ数値になる。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分フィールド上の「サタン・クロウズ」と名のついたモンスターは相手のカードの効果では破壊されない。
『サタン・クロウズの右腕』 融合モンスター
闇属性 悪魔族 ☆11
攻撃力? 守備力?
効果:このカードは自分がデュエル中に「邪神アバター」「邪神ドレッド・ルート」「邪神イレイザー」を全て召喚している場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードの攻撃力と守備力は自分の墓地に存在する最も攻撃力の高いモンスターカードの攻撃力と同じ数値になる。
このカードが相手モンスターを攻撃する時、バトルフェイズ終了時までそのモンスターの攻撃力と守備力を0にする。
『サタン・クロウズの左腕』 融合モンスター
闇属性 悪魔族 ☆11
攻撃力? 守備力?
効果:このカードは自分がデュエル中に「邪神アバター」「邪神ドレッド・ルート」「邪神イレイザー」を全て召喚している場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードの攻撃力と守備力は自分の墓地に存在する最も攻撃力の高いモンスターカードの攻撃力と同じ数値になる。
1ターンに1度、自分の墓地に存在する「サタン・クロウズ」と名のついたモンスター1体を召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
『サタン・クロウズの右足』 融合モンスター
闇属性 悪魔族 ☆11
攻撃力? 守備力?
効果:このカードは自分がデュエル中に「邪神アバター」「邪神ドレッド・ルート」「邪神イレイザー」を全て召喚している場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードの攻撃力と守備力は自分の墓地に存在する最も攻撃力の高いモンスターカードの攻撃力と同じ数値になる。
1ターンに1度、相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する事ができる。
『サタン・クロウズの左足』 融合モンスター
闇属性 悪魔族 ☆11
攻撃力? 守備力?
効果:このカードは自分がデュエル中に「邪神アバター」「邪神ドレッド・ルート」「邪神イレイザー」を全て召喚している場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードの攻撃力と守備力は自分の墓地に存在する最も攻撃力の高いモンスターカードの攻撃力と同じ数値になる。
1ターンに1度、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する事ができる。
「冥府の使者ゴーズ」 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆7
攻撃力2700 守備力2500
効果:自分フィールド上にカードが存在しない場合、相手がコントロールするカードによってダメージを受けた時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、受けたダメージの種類により以下の効果を発動する。
●戦闘ダメージの場合、自分フィールド上に「冥府の使者カイエントークン」(天使族・光・星7・攻/守?)を1体特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この時受けた戦闘ダメージと同じ数値になる。
●カードの効果によるダメージの場合、受けたダメージと同じダメージを相手ライフに与える。
「工作列車シグナル・レッド」 モンスター
地属性 機械族 ☆3
攻撃力1000 守備力1300
効果:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
このカードを手札から特殊召喚し、その相手モンスターの攻撃対象をこのカードに移し替えてダメージ計算を行う。
このカードはその戦闘では破壊されない。
【クロン】
LP:8000→6000→2000
「ボクのターン!」
場のカードは全て消滅し、手札も尽きた。もしクロンにこの窮地を凌ぐ手段が残されているとすれば、このドローに全てを賭けるしかない。
彼は勢いよくカードを引いてそのカードを確認すると、ぐっとガッツポーズを取る。
「手札からティオの蟲惑魔を召喚します! その効果で、ボクの墓地からカズーラの蟲惑魔を特殊召喚!」
クロンの手札と墓地から、幼い少女が出現し、彼の場に並ぶ。近頃クロンが好んでデッキに投入している、《蟲惑魔》シリーズのカードだ。
だが、この二枚のモンスターだけでは《サタン・クロウズ》を倒す事はできない。逆転の為には、更に一歩進む必要がある。
「っ…! エクシーズ召喚か!」
「そういう事! ティオとカズーラをエクシーズ素材に、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンをエクシーズ召喚します!」
二つのモンスターが一つに重なり、新たなモンスターを形作る。
現れたのは、人型とも竜型とも見れるドラゴン族モンスター。そのシルエットは独特で、しかしながら邪神にも負けない程の闇のオーラを纏っている。
攻撃力は2500ポイントと《サタン・クロウズ》には及ばないが、このカードには能力があった。戦局を変えるに足る、効果が。
「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンは、エクシーズ素材を二つ取り除く事で相手フィールド上のモンスターの攻撃力を半減させ、さらにその数値分このカードの攻撃力をアップさせる事ができます!」
「なにっ…!?」
クロンが召喚した《ダーク・リベリオン》が《サタン・クロウズ》の攻撃力を吸い取り、その攻撃力を4500ポイントにまで上昇させる。
《サタン・クロウズ》は常に墓地の最大攻撃力モンスターと同じ攻撃力を持つ効果の為に、攻撃力が変化する事は無い。だが、これで《ダーク・リベリオン》の攻撃力はソールの切り札を上回った。
「バトル! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンで、大邪神 サタン・クロウズを攻撃!」
このデュエルで初めて、クロンの攻撃が宣言される。
彼が狙ったのはモンスター除去効果を持つ《サタン・クロウズの左足》でもモンスターを無力化する《サタン・クロウズの右手》でも無く、本体である《大邪神 サタン・クロウズ》だった。
《ダーク・リベリオン》の反逆の攻撃が《サタン・クロウズ》の頭部を貫き、一撃の元に破壊する。残された両腕と両足は破壊の直前に分離し、召喚直後のように彼女のフィールドに並んだ。
「ぐっ…! バカな、手札一枚から攻撃力4000のサタン・クロウズを破壊しただと…!?」
「言ったでしょ? わからない、ってさ!」
得意げに笑うクロンであるが、しかし、このデュエルでの彼の敗北は、この時点で決定されていた。
如何に《ダーク・リベリオン》が協力であろうと、一度の攻撃で破壊できるカードは一枚のみ。ソールの場に《左足》と《右手》、モンスター殺しのこの二体が並んだ時点で、彼に勝ちは無かったのだ。
それでも。彼がデュエルを続行し、《サタン・クロウズ》を撃破した事には意味があった。例え悪足掻きに過ぎなくても、ソールに見せたかったのだ。これまでの経験で得た自分の力を。自分の成長を。
「…ソールちゃんのターンです」
やるだけの事はやった。敗北を悟ったクロンが静かにターンを終えて、ソールのターンが訪れる。
やはり、結末は変わらなかった。だがクロンが最後に見せた意地は、確かに《サタン・クロウズ》の一部を破壊し、ソールを驚かせた。
「俺様の、ターン」
複雑な表情でカードをドローするソール。彼女もまた、このデュエルの終息の気配を肌で感じ取っていた。
「…サタン・クロウズの右手でダーク・リベリオンの攻撃力を0にして……攻撃する」
残された《サタン・クロウズ》の右腕から巨大なエネルギーの塊が放たれ、クロンのライフを《ダーク・リベリオン》ごと消し飛ばす。
それでも。クロンは、笑っていた。
「ティオの蟲惑魔」 モンスター
地属性 植物族 ☆4
攻撃力1700 守備力1100
効果:このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。
このカードが召喚に成功した時、自分の墓地から「蟲惑魔」と名のついたモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。
また、このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地の「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カード1枚を選択して自分フィールド上にセットできる。
この効果でセットされたカードは、次の自分のターンのエンドフェイズ時に除外される。
「ティオの蟲惑魔」のこの効果は1ターンに1度しか発動できない。
「カズーラの蟲惑魔」 モンスター
地属性 植物族 ☆4
攻撃力800 守備力2000
効果:このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。
自分が「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードを発動した場合、デッキから「カズーラの蟲惑魔」以外の「蟲惑魔」と名のついたモンスター1体を選び、手札に加えるか特殊召喚できる。
「カズーラの蟲惑魔」の効果は1ターンに1度しか発動できない。
「ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン」 エクシーズ
闇属性 ドラゴン族 ランク4
攻撃力2500 守備力2000
効果:レベル4モンスター×2
このカードのエクシーズ素材を2つ取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターの攻撃力を半分にし、その数値分このカードの攻撃力をアップする。
【ソール】
LP:5000→4500
【クロン】
LP:2000→0
………………
……………
…………
勝負は終わった。
全ての立体映像は消滅し、二人は静かに決闘盤を停止させる。
「んー、負けちゃいましたか。ソールちゃんにあんな隠し玉があると知ってれば、もうちょっと上手く立ち回ったんだけどなー」
溜息を吐きながら、クロンはゆっくりとソールに歩み寄る。
実際、今回の彼の敗因は彼が《サタン・クロウズ》の存在を知らなかった事に尽きるだろう。もし、彼が初めからそれを警戒していれば。恐らく勝負は違う結果に終わったかも知れない。
だが、勝利は勝利だ。ソールは得意げに笑いながら、近づいて来たクロンの肩をポンと叩く。
「ま、俺様が本気を出せばこんなもんって事よ。残念だったな、スケベ野郎」
「ぐぬぬ…。来年、来年のクリスマスに同じ条件でもう一回勝負しましょ…! 次は絶対勝ちますから…!」
心底悔しそうに、クロンが地団太を踏む。その姿を眺めながら、ソールはやれやれと微笑する。
今のデュエルで、彼女は果たして答えを見つける事はできたのだろうか。…実の所、答えは見つからなかった。
答えを見つけようとはしたのだが、途中でデュエルに熱くなる自分を抑えきれず、当初の目的は何処かに消し飛んでしまっていた。
ただ。どんな劣勢からでも必ず一矢報いようとし、それをやり遂げる、決闘者としての彼を見るのは好きだった。もし自分が彼に好意を抱いているとすれば、きっと彼のそう言う所に惚れているのだろう。…本当に好意を抱いていれば、だが。
(ま…。俺様もこいつも、まだ小学生だ。答えを焦る必要もねぇか)
そう自分に言い訳して、今は本当の気持ちに向き合わない。本当に彼を好いているのなら、いつの日か、彼への想いを自覚する時が来るはずだ。
それは少なくとも今では無い。それまでは――。仲の良い異性として、付き合い続けるとしよう。
「ま、今回は素直に諦めな。ソール様のファーストキスは未来の旦那様のもんだ。今のテメェにその資格は無いってこった」
「うぐぐ…。ふ、普段はボクの方が勝ちこしてるのに…」
「ククク、俺様がちょっと本気出しゃあこんなもんよ」
そう言うと、ソールは自分からクロンの腕に組みつき、意地悪い笑みを浮かべる。
「さ、帰るか」
二人の仲は、これからも続くのだろう。いつの日か、答えに辿り着くまで。そしてその時は、案外近いのかも知れない。
何がクリスマスじゃあい! 何がクリスマスじゃあーい!