クロンの呼応   作:恐竜紳士

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第五話:逆転の鍵を与えよう

 クロンと百合のデュエルは、ややクロンの不利に流れている。

 百合の場では三枚のアルファベットの集合体《G.O.D-ライゴッド》が睨みをきかせており、対してクロンは壁モンスターと罠カード《生贄の抱く爆弾》で守りを固めているのみである。

 手札にもう罠は無い。この状況をどう切り抜けるか。クロンは考え、考え、必死に答えを探していた。

 

 

 

【クロン】 LP:4100

手札:2枚

モンスター:リトル・ウィンガード(守備)、精神寄生体(裏守備)

魔法&罠:夜霧のスナイパー(発動:『D.O.G-アームドッグ』)、生贄の抱く爆弾(セット)

 

 

【百合】 LP:7500

手札:2枚

モンスター:G.O.D-ライゴッド(攻撃)

魔法&罠:無し。

 

 

 

(ふむ。ふむ。ふむ…)

 クロンが手札と睨み合いをしている頃。いや、それともこのデュエルが始まった時からずっとだろうか。百合はじっと彼の姿を観察していた。

 相手の心理を読む為、ではない。単純に目の前の少年に興味があった。

(いやはや、姫りんがベタ褒めするだけの事はあるねぇ。このショタっ子、確かにただの子って訳でもなさそーだわ)

 これまでのデュエルから何かしらの才気を感じたのだろう。百合は満足げに笑いながら、「しかも…」と少年の体を隅から隅まで見つめていく。

(んふふ、九歳だっけ? きれーな生足、ぷりっぷりのお尻。やーほんと、教えがいのあるお子さんで……いいモノをゲットしたねぇ姫りんは)

 いつの間にか涎を垂らしている事に気付いた百合は、「いかんいかん」と袖でそれを拭った。すると――、

「…あのさー百合。あんた何してんの?」

「百合お姉ちゃんのターンッスけど」

 彼女の妙な視線に気付いたのだろう。クロンと姫利の訝しむような表情が、彼女の方に向けられていた。

 百合は、漸く自分のターンが回ってきた事に気付いた。

「おっと、めんごめんご。私のターンで、ドローのDね!」

 にやと笑いながら引いたカードを引いた百合は、すぐさまそのカードを発動させる。

「魔法カード、『英語の教科書』を発動! 私のデッキから、アルファベットと名のつくモンスターを一枚手札に加える事ができる!」

 百合が発動したのは、アルファベットモンスター専用のサーチ魔法。融合を主体とする彼女のデッキでは、特に重要な役割のカードだ。

 彼女は決闘盤からデッキを取り外すと、そこから一枚のカードを選び、手札に加えた。

「よーし、アルファベット・Fを手札に加えますかね。そして、バトルフェイズ!」

 メインフェイズを早々に終えてバトルフェイズに入ると、クロンがさっと身構えた。

 その表情はまるで攻撃するなら罠で迎撃するぞ、と言わんばかりだが、百合は構わず突撃する。

「いくぜぃクロぽん! ライゴッドで、直接攻撃なのよねぇ!」

 一度彼女が命じると、《ライゴッド》は稲妻の如き速さでフィールドを駆け、クロンに手痛い一撃を叩き込む。

 この一撃でクロンのライフは2100にまで減少した。そして今の攻撃に、彼は罠カードを発動させなかった。その二つの事実を前に、百合はにやりとほくそ笑む。

(いよいよ罠が無くなったらしいねぇ。これはライゴッド一枚で十分かな?)

 一度はそう思い、そのままターンを終了させようとした百合だが、すぐに思いとどまった。彼が奇策を用いて姫利を撃破している事を思い出したからである。

(いかんいかん、相手は姫りん秘蔵のショタ小僧。ここから何か仕掛けてくるって事もあるかもだった)

 内心そうなる事を期待しながら、百合は先程手札に加えたカードを決闘盤に叩きつける。

「メイン2に手札から、アルファベット・Fを召喚するよーっ」

 新たに現れるアルファベット型のブロック。攻撃力・守備力ともに低い数値だが、百合の目的はその効果にあった。

「Fのモンスター効果発動! このカードが召喚された時、私のデッキの一番上のカードを捲って、そのカードがアルファベットと名のつくモンスターだった場合――、」

 言いながら、百合はデッキの一番上のカードを捲り、確認する。

 捲ったカードは《アルファベット・O》。《ライゴッド》の融合素材にも使われている素材モンスターだ。

「――…手札に加える事ができる!」

 これでこのターン、百合はFとO、二枚のアルファベット・モンスターを手にした事になる。

 それが何を意味するか。どれほど大きな意味を持つかは、彼女はもちろんクロンも十分に理解しているようだった。

「むぅ…。ライゴッドだけでも苦しいのに、また別の融合モンスターを出す気ッスか?」

「さーて、どうだろね。まぁ何にしても、私はこれでターンを終了しますっと」

 

 

 

 『英語の教科書』 通常魔法

 効果:デッキから「アルファベット」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。

 

 『アルファベット・F』 モンスター

 地属性 岩石族 ☆2

 攻撃力900 守備力300

 効果:このカードの召喚に成功した時、自分のデッキの一番上のカードを捲る事ができる。

 そのカードが「アルファベット」と名のついたモンスターだった場合、そのカードを手札に加える。

 

 『アルファベット・O』 モンスター

地属性 岩石族 ☆2

攻撃力700 守備力200

効果:???

 

 【クロン】

 LP:4100→2100

 

 

「むー…。ボクのターン!」

 百合が次の融合召喚を臭わせた事で、更なる重圧がクロンに伸し掛かった。その重みを振り払うように、彼はやや乱暴にカードをドローする。

 そして引いたカードを確認した瞬間。彼の目が大きく見開かれた。

(来た! 逆転の為のキーカード!)

 そのカードは彼が考えた末に導き出した「答え」のカード。彼の劣勢を覆す可能性を秘めたものだった。

 冷めかけていた勝負の熱が再び心を沸かし、カードを持つ手に力が入る。クロンはそのカードを一度手札に加えると、次いでそれとは別のカードを決闘盤に差し込んだ。

「魔法カード、エクスチェンジを発動するッスよ!」

 弾む声で彼が発動させたのは、あろう事か《エクスチェンジ》のカード。

 このカードの効果はお互いの手札を一枚ずつ交換するというもので――、即ち今引いた逆転の鍵となるカードを、百合に奪われる可能性があるカードだ。

 その《エクスチェンジ》を、彼は敢えて発動させた。それが何の為の行為かは、現時点では彼のみが知る事である。

「んふふ…。さ、百合お姉ちゃん。見せっこしましょうか」

「んー?」

 クロンの自信に満ちた笑みが気になったのだろう。百合は首を傾げながらクロンに歩み寄った。

 

 

 

 

 

(エクスチェンジねぇ…)

 珍しいカードを使うものだと改めて感じながら、百合は自分の手札三枚をクロンに差し出した。

 彼女が持っていたのは先のターンに手札に呼び込んだ《アルファベット・O》に加え、《クリッター》と《アルファベット・X》の二枚。

 ここに更に《融合》のカードが加われば場と手札のF、O、Xを融合し、新たな融合モンスターを出す事ができる。それが彼女の思惑だったのだが、それも《エクスチェンジ》によって難しくなってきた。

(なーるほどね。私の手札を奪う、イコール融合を阻止する事になる。そう考えた訳だ)

 それが彼の思惑なのだろうと読んだ百合は、にまにま笑いながら今度はクロンの手札を確認する。《エクスチェンジ》で交換するカードを選ぶ為である事は、言うまでもない。

「さてさてクロぽんのお宝は、と。アンティ勝負に……ジャッカルの霊騎士か」

 どちらも普段のデュエルでは見かけないカードだった。つくづく珍しいカードを、と唸りたくなる。

 ただ、どちらも彼女が使うにはあまり相性が良いとは言えなかった。

 《アンティ勝負》はお互いの手札からモンスターカードを選択し、レベルの低いカードを選んだプレイヤーがダメージを受ける魔法カード。

 このカードを使ってクロンにダメージを与えれば、次の《ライゴッド》の直接攻撃で彼のライフは0にする事はできる。が、その展開はあまり期待できそうになかった。

(アルファベット・モンスターのレベルは全部2なんよねぇ…。一方ジャッカルの霊騎士のレベルは5。アンティ勝負を選んでも、まず勝てないときた)

 となると、選ぶべきは《ジャッカルの霊騎士》だろうか。百合は視線を僅かに動かし、考える。

(霊騎士は攻撃力低いモンスターだけど、邪魔になるって事はないかな。クロぽんがアンティ勝負を使って来た時の対策にもなるし、それに、こいつの効果は敵に回すと意外と厄介だからねー)

 うん、これだ。百合は大きく頷くと、クロンの手札から《ジャッカルの霊騎士》を抜き取り、自分の手札に加えた。

 対するクロンが選んだのは《アルファベット・O》。初心者なら意外と《クリッター》を選ぶかもと期待したが、流石にそこまで上手くはいかなかった。

「えへへ。これで暫くは融合召喚はできないでしょ?」

「だねぇ。いやいや、恐れ入りました、と」

 明るい笑みを見せるクロンの頭を百合は撫でる。

 融合素材を奪われたのは痛かったが、依然として《ライゴッド》が場を支配している事に変わりないのだ。ここはクロンの手札を確認できただけでも良しとしよう、というのが彼女の考えだった。

(思った通り罠が無くなってたねぇ。あの伏せカードもさっき発動しなかったし、こりゃ百合ちゃんの勝利かな)

 半ば勝利を確信して、百合は元にいた位置に戻った。背を向けている間、クロンが意地悪い笑みを浮かべている事に気づかずに。

(…やっぱりね。選ぶと思ってたよ、ジャッカルの方を…)

 百合の背中を眺めながら、クロンは唇を吊り上げる。

(ここまではボクの作戦通り。後は……)

 百合が元の位置に戻ったのを確認した後、クロンは手札からカードを選び、決闘盤にセットする。

「ボクはモンスターをセットして、ターンエンド!」

 そのカードはたった今百合から奪った《アルファベット・O》。これしかモンスターカードがないのだから、当然百合にも出したカードは見抜かれているだろう。だが、それも彼の作戦の内だった。

 準備は整った。後は獲物がかかるのを待つだけだ。クロンは安堵の息を吐きながら、一ターン前に出した伏せカードに目を向けた。

 

 

 

 

 「ジャッカルの霊騎士」 モンスター

 地属性 獣戦士族 ☆5

 攻撃力1700 守備力1600

 効果:このカードが戦闘によって破壊し墓地に送った相手モンスター1体を、自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する事ができる。

 

 

 

「ターンのTで、ドローのDっと!」

 彼の企みの事などは露知らず、揚々とカードをドローする百合。引いたカードを確認し手札に加えると、いつも以上に表情を緩めてクロンを見る。

「にしし、万策尽きて焦ったねクロぽん。今のターン、プレイングミスがあったよー。それも二つも」

「え?」

 驚いた様子のクロン。百合はにやと笑いながら、彼の場の《リトル・ウィンガード》と自分の《アルファベット・F》を順に指差した。

「まず一つ目のミス。どーしてウィンガードで攻撃表示のFを攻撃しなかったのかなー? 攻撃してれば私にダメージが入るし、融合素材をもう一つ潰せてたじゃない。ウィンガードなら攻撃しても守備表示にできるしさ」

「あっ…」

 クロンはしまったとばかりに口を開けた。百合はその様子を満足げに眺めながら、手札から一枚のカードを抜き取る。

「二つ目は今セットしたモンスター。それ、どう考えても私の手札から取ったアルファベット・Oだよね。駄目だよークロぽん、壁のつもりでもそんな美味しいモンスターを出しちゃ」

「……?」

 今度は首を傾げるクロン。百合は場の《アルファベット・F》を墓地に送り、代わりに抜き取ったカードを決闘盤に叩きつけた。

「アルファベット・Fをリリースして、ジャッカルの霊騎士をアドバンス召喚!」

「あっ…!」

 百合の場のブロックが光の粒子となって消え、獣に乗った半獣の騎士が現れる。そのモンスターを見た瞬間、クロンの表情が変わった。

「ふっふっふ、気付いたかい? そう、霊騎士は戦闘破壊したモンスターを私の場に特殊召喚できるカード。つまりアルファベット・0を攻撃すれば、せっかく奪った融合素材が私の下に帰ってくるってわけよ!」

 言うが早いか、百合はバトルフェイズを開始する。クロンの伏せカードは、もはや眼中には無かった。

「バトル! ジャッカルの霊騎士で、裏守備表示のアルファベット・Oを攻撃っ!」

 高らかに攻撃を叫ぶ。――瞬間、百合はクロンの伏せカードが翻るのを見た。

 最初はその光景の意味がわからなかった。彼が発動したカードの効果も、すぐには思い出せなかった。

 だが記憶を探って全てを理解した瞬間、百合の顔がさっと青ざめた。

「まさか…」

「――生贄の抱く爆弾、発動…!」

 笑っているらしいクロンの宣言の後、召喚したばかりの《ジャッカルの霊騎士》の体が内部から爆発する。

 その爆発は近くにいた《ライゴッド》をも巻き込み、飛び散った火の粉が百合のライフをも焼いた。爆炎が彼女の場を包み、火が消える頃には、百合の場には一体のモンスターも残ってはいなかった。

「なっ…。ぐ…!」

 予想外の展開に百合は思わず唇を噛む。それと同時に、クロンが《エクスチェンジ》を発動した本当の理由を悟った。

 彼の狙いは百合の手札を奪う事では無く、逆に自分の《ジャッカルの霊騎士》を押し付ける事だったのだ。

 《アルファベット・F》を破壊しなかったのは、《ジャッカルの霊騎士》をアドバンス召喚させるため。《アルファベット・O》をセットしたのは攻撃を誘うため。

 何れも《生贄の抱く爆弾》を発動させる為の布石だ。プレイングミスを臭わせながら、全て彼の策略だったのだ。

 そしてその策略は、見事に実を結んだ。

「んふふ…。どや?」

 言葉通りの表情で百合を見つめるクロンは、まさに悪戯を終えてはしゃぐ子供そのものだった。

 手間をかけた罠が見事に決まったのだ、喜ぶのも無理もない。それも師匠の前でとなると言葉では表せない爽快さだろう。もちろん、まんまとハメられた百合にすれば面白くない話ではあるのだが。

(くそぅ、こんな事なら先にライゴッドで攻撃しておけば良かった…! そうすれば結果は変わらなくてもクロぽんのライフを100まで削れてたのに…!)

 相手は子供だからと油断していた自分を後悔するも、時既に遅し。破壊されたモンスターはどれだけ反省しても戻っては来ないのだ。

 とは言え、まだ彼女が負けた訳でもクロンが勝利した訳でもない。ライフが残っている限り、勝利を目指す事はできる。

 その事実と、自分のデッキに対する信頼が動揺していた百合に笑みを思い出させる。まだ、勝負はこれからなのだと。

「…恐ろしい事考えるねぇクロぽん。お姉さん、冷や汗掻いたよ」

 手痛い打撃を辛うじて笑い飛ばすと、百合はまずクロンに一つの疑問をぶつける。

「一つ教えて欲しいんだけど、なんでエクスチェンジを発動する前にアンティ勝負を伏せなかったの? この作戦、私がアンティの方を選んでいたら成り立たなかったじゃん」

「うん、それも考えたんだけどね。でも二枚も伏せカードがあったらお姉ちゃんが警戒して、攻撃してこないんじゃないかとも考えたんッスよ」

 にこりと笑ってクロンが言う。この事は百合も予想は付いていたが、念の為確認しておきたかったのだ。

 今の作戦は百合が《ジャッカルの霊騎士》を選択するのは言うまでも無いが、その《霊騎士》を百合が召喚して攻撃してこなければ成り立たない。

 その為、クロンは百合に罠が無いと思わせる必要があったのだ。例え百合が《アンティ勝負》を選ぶ可能性があったとしても。

「それに、お姉ちゃんは十中八九、ジャッカルの方を選ぶと思ってたからね」

「…へー?」

 今度は思いもよらぬ発言だった。その訳を聞いてみると、彼はあっさりと答える。

「簡単な話ですよ。お姉ちゃんの立場から見て、アンティ勝負とジャッカルの霊騎士、どっちが嫌なカードなのか? …ボクはジャッカルだと思った。それだけッスよ」

 そう言ってクロンはにこりと笑った。根拠に乏しい、直感にも近い理由だが、実際《ジャッカルの霊騎士》を警戒して選んだ百合にそれを嗤う権利は無い。

 運の要素こそあれ、彼が読みと計算でこの大仕掛けをやってのけたのだ。それも悪戯をするような軽い気持ちで、あっさりと。

(このショタっ子、姫りんの言うとおり化けるかもだねぇ。下手すりゃ姫りんより強くなるかも…)

 明るい笑顔の裏に底知れない才能を感じ、百合は思わず身震いする。長いデュエル経験の中で初めての事だった。

「しかし! しかししかし! この程度で私のアルファベット・デッキを攻略したと思われては困るね!」

 叫びながら、百合は手札から一枚のカードを抜き取る。それは、このターンのドローフェイズで引いたカードだった。

「カードを一枚セットして、エンドのE!」

 既に召喚を行った百合はこのターン壁モンスターを出す事はできない。かろうじてドローしていたカードを伏せ、彼女はターンを終了した。

 

 

 

 【百合】

 LP:7500→6500

 

 

 

「ボクのターン!」

 流れに乗って、勢いに乗って、クロンはカードをドローする。

 《エクスチェンジ》で手札を確認した彼は、百合の伏せカードが先程ドローしたものだという事を知っている。罠であるとも考えられるが、その可能性は決して高くは無い。

(ここは攻める! 奇襲の後なんだから、なおさら!)

 クロンは迷い無く二体のモンスターを攻撃表示にすると、さらに手札から新たなモンスターを召喚する。

「アマゾネスの鎖使いを召喚ッス!」

 現れたのはその名の通り鎖を武器にした女戦士。その鍛えられた肉体と手足のように操る鎖が持つ攻撃力は、これまでクロンが出したモンスターの中では最も高い数値を誇る。

 さらにこのモンスターには戦闘破壊された際に相手の手札を奪う効果も持っている。彼がこのモンスターを採用したのは、むしろその効果が理由だろう。

「行くよ、アマゾネスのお姉ちゃんで百合お姉ちゃんに直接攻撃!」

 その命令に軽く頷いた《鎖使い》が鎖の先端に突いた刃を投げる。刃は風を切る音と共に真直ぐ百合に命中し、彼女のライフを大きく削った。

「んぐぅ…!」

 期待通り、百合は伏せカードを発動しなかった。ならば、ここで攻撃を止める道理はない。

「行け、アルファベット・O! リトル・ウィンガード!」

 今はクロンの所有物となったOのブロックが百合の顔面目掛けて体当たりし、がら空きの腹部を《ウィンガード》が切る。

 これでクロンと百合のライフポイント差も随分縮まった。百合の伏せカードも、依然発動する気配はない。

「よし…。ターンエンドだよ!」

 或いは、このまま押し切る展開もあるかも知れない。そうクロンが考えた時、

「手札のクリッターを捨てて永続罠カード、『ABC大事件』を発動!」

 百合の伏せカードが、翻った。

「このカードが発動した時、百合ちゃんの墓地から名前の違うアルファベット・モンスターを三体選択して、次の私のターンが終わるまでフィールドに特殊召喚する事ができる!」

「えっ…!」

「私が選ぶのはF、G、Oの三体! 戻れー!」

 苦心して《ライゴッド》を破壊したのも束の間、再び三体のアルファベットが百合の場に集う。その組み合わせを見た瞬間、クロンに悪寒が走った。

「F、G、O……並べ替えると、FOG! まさか…!」

「そ。あるんだよねぇ、その組み合わせの融合モンスターが。あと手札にXもいるから、FOXってのもいいねぇ」

 また融合召喚を狙うつもりだ。そう確信したクロンだが、既にターン終了を宣言した以上、手の出しようがない。

 だが、百合が新たな融合モンスターを出すには《融合》のカードが不可欠だ。彼女の手札に今《融合》はない。次のドローで彼女が《融合》を手にできなければ、何も問題は無いのだ。

「……まさか、ね」

 口ではそう言いながらも、クロンの表情は晴れなかった。

 

 

 

 

 「アマゾネスの鎖使い」 モンスター

 地属性 戦士族 ☆4

 攻撃力1500 守備力1300

 効果:このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、1500ライフポイントを払って発動する事ができる。

 相手の手札を確認し、その中からモンスター1体を選択して自分の手札に加える。

 

 

 【百合】

 LP:6500→5000→4300→2900

 

 

 

「私のターン! ドローのDは、デステニーのD!」

 余裕のある言葉とは裏腹に、カードを引く百合の手にはいつも以上に力が込められていた。

 この瞬間こそ彼女にとっての正念場なのだ、力が入るのも無理はない。そして引いたカードを確認した瞬間、百合の目が笑った。

「…勝ちぃ! 魔法カード、融合賢者を発動!」

「ッ…!」

 彼女は引いてきた。

 発動されたのはデッキから《融合》をサーチする効果を持つ魔法カード。《融合》そのものを引いた訳ではないものの、百合に手に《融合》が加わるという結果には違いない。

 そして彼女の場にはFとOとG、霧を意味する三つのアルファベットが並んでいる。《生贄の抱く爆弾》で場を一掃したのも束の間、再び《融合》と素材が揃ってしまった。しかもクロンの場にはもう罠が残されていない。

「さ~て、このままFOGで融合しても勝てるんだけど……にしし、ちょ~っとだけサービスしてあげますか。もち、悪い方にだけど」

 言いながら、百合は手札に加えたカードとは別のカードを手にし、決闘盤に叩きつける。

「ではでは。アルファベット・Xを召喚!」

 現れたのは、これまでのアルファベットモンスターと同じブロック型のモンスター。百合は言葉を続ける。

「Xの召喚に成功した時、私のデッキからアルファベット・モンスターを一体選んで墓地に送る事ができてねぇ…。そしてXはエンドフェイズまで、墓地送りにしたモンスターの名前になる事ができんのよ」

「っ…。お姉ちゃん、まさか…」

「そ、まさか。私はデッキからアルファベット・Rを墓地に送る!」

 百合がデッキからカードを墓地に送ると、《X》が粘土のように形を崩し、《R》の形へと文字通り変形する。

 F、O、Gに加えてR。その四つのアルファベットを見た時、クロンはデュエル序盤の百合の言葉を思い出した。

「アルファベット・デッキは最低三枚、多くても五枚の素材を使って融合召喚できる…」

「にしし、そゆこと。FとRとOとGで、FROG! てな訳で、融合を発動するよー!」

 彼女の手から発動されたカードが四つのアルファベットを吸い込み、姿も形も全く異なる新たなモンスターを形成する。

 生まれたのは名前に違わず、カエル(Frog)の姿をしたモンスター。その大きさは象ほど巨大で、肉塊の言葉の如くぷくぷくに膨れ上がっている。

 青黒い体表には素材にした四つのアルファベットが埋め込まれ、時折怪しく光っていた。

「これが、四体融合……ッスか」

 思わず息を呑むクロンだが、『犬』と『神』を前座にして現れたモンスターにしてはあまり強そうに見えない、というのが彼の正直な感想だ。

 しかし弱そうな見た目とは裏腹に、その攻撃力は3200ポイントと高く、このデュエルで召喚されたどのモンスターをも上回っていた。

「この子の名前は『F.R.O.G-シフローグ』。能力は……まあ今回は関係ないけど、フィールドが海の時に破壊耐性と全体攻撃効果が付加されるんよ」

「フィールドが海の時…?」

「そ。相手が水属性デッキの時は、特に強~いモンスターってわけ。そして!」

 百合が力強く叫ぶと当時、《シフローグ》の巨体が座ったままの姿勢で跳躍した。

「これでフィニッシュのF! シフローグで、クロぽんのアルファベット・Oに攻撃ぃ!」

 フィールドが「海」でなくとも、攻撃力の高さは変わらない。3200もの攻撃力が、隙だらけの《アルファベット》をクロンのライフ諸共押しつぶした。

 

 

 

 「融合賢者」 通常魔法

 効果:自分のデッキから「融合」魔法カード1枚を手札に加える。

 

 『アルファベット・X』 モンスター

 地属性 岩石族 ☆2

 攻撃力0 守備力0

 効果:自分のデッキから「アルファベット・X」以外の「アルファベット」と名のついた墓地へ送って発動する。

 このカードはエンドフェイズ時まで墓地へ送ったモンスターと同名カードとして扱う。

 この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 『F.R.O.G-シフローグ』 融合モンスター

 水属性 水族 ☆9

 攻撃力3200 守備力1300

 効果:「アルファベット・F」+「アルファベット・G」+「アルファベット・O」+「アルファベット・R」

 このモンスターの融合召喚は、上記のカードでしか行えず、融合召喚でしか特殊召喚できない。

 「海」がフィールド上に存在する限り、このカードは戦闘またはカードの効果によって破壊されず、相手フィールド上に存在する全てのモンスターに1回ずつ攻撃をする事ができる。

 このカードが効果によって破壊され墓地へ送られた時、このカードの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 

 

 【クロン】

 LP:2100→0

 

 

 

――――――

 

―――――

 

――――

 

 

 

 

 戦いは終わった。デュエルスペースを出た三人は、今の戦いの復習をしながら廊下を歩いていた。

 デュエルに勝利した百合は鼻歌まじりに笑いながら、クロンは今回のデュエルで得た事をメモに取りながら。姫利はそんな二人の背中を眺めながら、後ろを歩いていく。

「しっかし、さっきは騙されたよー。要するに全部演技だった訳でしょ? 私がプレミス指摘した時のキョドった反応とかさ」

「ん…。ああ、エクスチェンジの時の事?」

 百合の声に反応したクロンが、メモを閉じてにこりと笑う。

「何せ、あそこがボクにとっての正念場でしたからね。本当の企みを勘付かれないよう、全力で演じてみましたッス」

「で、私は全力で釣られた訳だ。いやー、それにしても名演技だったよ。クロぽんって結構そういうの得意な方?」

 すると二人のやり取りを聞いていた姫利が、「そうそう」と会話に割り込んできた。

「私と最初にデュエルした時もそうだったけど、この子、嘘が巧みって言うか何ていうか……人を騙すのが上手いのよね。何かコツでもあるの?」

「ん? んー、特に何もないッスけど…」

 姫利の質問を受けてクロンは少し困った顔をするが、「強いて言うなら」と表情を緩めて後ろを振り返る。

「日頃から意味のない嘘を吐いて回るのがコツ……かな。友達に嘘を教えたり、ママやパパを騙したり」

「…ふむー。要するに、いつも嘘を付いてるからってわけね」

 百合が納得したように頷く。姫利は今一つピンと来ない様子だったが、要は向き不向きなのだろうと結論してそれ以上の追及はしなかった。

「まあでも、デュエルに置いてはその騙しのテクニックは役に立つって事よね。百合とも何だかんだで良い勝負だったし」

「そう……だったかなぁ。ボクとしては百合お姉ちゃんのデッキに振り回されっぱなしだった印象だったけど」

 再び話題がデュエルに戻ると、クロンは「そうだ」と思い出したようにメモを広げた。

「百合お姉ちゃんに質問なんだけど、アルファベットデッキの融合モンスターって全部で何枚くらいあるの?」

「枚数? えーっと、確か百二枚」

「ひゃくっ…」

 クロンは思わずペンを落としそうになる。どうやら百合の回答は彼の想像を遥かに越えていたらしい。半信半疑といった表情で、今度は姫利の顔を見上げた。

「ええ、本当よ。アルファベット・モンスターを素材にする融合モンスターは現在百二種類。あと、一年に一枚くらいのペースで新しいカードが増えてるわ」

「うへぇ…。もしかして、決闘者の人はその全部を記憶してるとか?」

 驚きと呆れが入り混じった表情でクロンが尋ねると、今度は百合が「まさかぁ」と口を挟んだ。

「このデッキ使ってる人がそもそも少ないのに、融合モンスターまでいちいち覚えてる人なんて、それこそ相当の物好きくらいだよー。まあ、だからこそ相手の意表を突けるんだけどね」

「ふーん…」

「まあでも、覚えておいて損はないよ。多分。暇があったら覚えてみるのもアリじゃない? 実際、こうして百合お姉さんって言うアルファベット使いのデュエルフレンドができた訳だし」

「だね。またインターネットで調べてみるよ」

 にこり、と子供らしい笑みで答えるクロン。

 こうして見ていると彼は年相応の素直な子供なのだが、ことデュエルになると人を化かす狸に早変わりする。

 そのギャップが彼の掴み所のない印象を強くしているのだろうと、姫利は思った。

「…ところで、今日はどうするの? 結構な時間になっちゃったけど」

「うーん、できれば姫利お姉ちゃんとも戦いたいッスけど…。今日は止めときます。あまり遅くなるとママに怒られるから」

「そう。ま、仕方ないわね」

 姫利の方でも彼と一戦しておきたかったのだが、時間の都合では仕方ない。今回のデュエルを見て気付いた点を二~三アドバイスして、この日は解散という事にした。

 三人一緒に店を出た後、クロンは店先に留めていた自転車に乗って一足先に帰って行った。姫利と百合はその姿を見送った後、今度は自分達の自転車を取りに行く。

「…ね? 変わった子だったでしょ」

「だっただった。いやー、最近の若いもんも捨てたもんじゃないねぇ姫利さんや」

 満足したとばかりに笑う百合。姫利は「はいはい」と軽くあしらって、クロンが帰っていった方を振り返った。

「ま、これからも気長にビシバシ教えてくつもりよ。今日の戦いぶりを見る限り、飲み込みもいいみたいだしね」

「だね。案外、あっさり追いつかれるんじゃない? 私達も」

 百合が冗談交じりに言うと、姫利は「ばーか」と笑って返した。

 そう簡単に追いつかれては困るという心境と、自分が見込んだのだからそのくらいはという期待の二つを、百合は彼女の声から感じ取った。




この小説はオリカ有りですが、主人公のクロンのみ、オリカは使わずに行こうと思います。
後々一枚だけ例外が出てきますが、ストーリー上必要なカードなので、ご容赦ください。
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