偶然なのか、運命なのか。人によって解釈は様々だが、ともあれ人と人は出会うものだ。この日もまた、一つの新しい出会いが生まれようとしていた。
唐突な話になるが、これまでクロンと姫利が利用しているカードショップは、名前を「ドロレスヘイズ」といい、十年以上前からある近所では評判の店である。
品揃えは上々で、値段も良心的。決闘盤の販売も行っており、客層は子供から大人まで幅広く、休日は家族連れで来る者も多い。
店の雰囲気は明るく、また月に一度デュエル大会を開催している為、必然店に通う決闘者のレベルは高い。それでいて週末にはデュエル講座を行うなど、デュエル初心者に対する気遣いも見られた。
そして。この店の常連客の一人に、ソール=ウィングドという少女がいる。
長い緑色の髪を束ねてポニーテールにし、瞳の色は青。顔立ちは幼く可愛い部類に入るのだろうが、目つきが悪く、怒っているような表情。
服装も髑髏やナイフの柄が付いた悪趣味なもので、穿いているズボンにはチェーンが吊り下げられている。不良のような恰好、というのがわかりやすい表現だろうか。
彼女はこの近くに住む小学生で、年齢は11歳。この店には週に二度か三度顔を出しているが、その目的はカードの購入よりもデュエル相手を求めての事が多い。
この日も彼女はたまたま見つけた同い年くらいの少年二人とデュエルし――…連勝した後、休憩も兼ねてテーブルに座ってデッキ調整を行っていた。
「チッ…。やっぱガキが相手じゃ退屈で仕方ねぇな」
頬杖を突きながら、テーブルに並べたカードを睨む。彼女は、不機嫌だった。
デュエルに勝利したのは良かったが、内容があまりに呆気なさ過ぎた。負ける事の屈辱は言うまでもないが、味気のない勝利も彼女は嫌いだった。
と言って、今の時間帯では客層は同じような年頃の子供ばかり。ソールは深い溜息を吐いて、デッキを決闘盤にセットした。
「強すぎんのかねぇ、俺様…」
そう言って自惚れの息を吐いた時。店の扉が開き、一人の少年が入って来たのを、彼女は視界の端に捉えた。
にこにこと笑みを浮かべた黒髪の少年。その少年の顔を見た瞬間、ソールは「ほー?」と悪い笑みを浮かべる。
「あのガキ、確か……そうだ、何日か前にここであの春川姫利に勝った奴じゃねぇか」
親しい訳ではないものの、姫利という決闘者の事は彼女も知っていた。そしてその姫利が数日前、初心者同然の決闘者に敗れたという事件があった事も。
…と言うより、彼女はあの日、この店でそのデュエルを見ていたのだ。その為、今店にやって来た少年が
傍から見れば無謀としか思えない――…実際に惨敗で終わる筈だった勝負を、たった一つの奇策でひっくり返した異質な少年。退屈しきっていたソールが、彼に興味を魅かれるのも無理はなかった。
「よお、そこのチビ。ちょっとこっち来いよ、俺様とお喋りしようぜ」
「んぇ…? えぇと、そこのチビってのは、ひょっとしてこのチビの事で?」
あまり驚いた様子も無く、少年は自分の顔を指さす。その反応が面白かったのか、ソールは笑みを浮かべて「そうだよ、そう」と声を返した。
「テメェがカード買いに来たのかデュエルしに来たのかは興味もねーが、んなもん後だ後っ。まあこっちに来て座りな、いくつか聞きてぇ事もあるしよ」
「はぁ…。じゃあ、お言葉に甘えまして。失礼しまッス」
その少年――クロンは首を傾げながらも、言われた通り彼女の正面に腰掛ける。
このような状況を作っておきながら、実際の所ソールは彼に聞きたい事も無ければ話したい事も無かった。ただ目の前に現れた興味深い少年を、とりあえず自分の近くに置きたかっただけなのだ。
その為、彼が腰掛けてから暫くはソールは口を開かず、彼の表情や手の動きを観察した。クロンもまたにこにこ笑うだけで、自分からは何も言おうとはしなかった。
(いかにも甘やかされて育ったお坊ちゃんって感じだが、俺様に目ぇ付けられても堂々としてる辺り、度胸はあるみてぇだな。…ククク、からかい甲斐があるってもんだ)
ソールは意地悪い笑みを浮かべた後、視線を彼の腕に装着された決闘盤に落とし、漸く口を開く。
「テメェ、あの時のガキだよな。何日前だったか忘れたが、春川の奴を倒した、あの」
「春川…? ああ、姫利お姉ちゃんの事ッスか? それならイエス、ボクがあの時のガキんちょです」
「やっぱりな。いやな、実は俺様もあの時近くでテメェと春川のデュエルを見てたんだよ。いやぁ傑作だったぜ、大会で優勝した奴が、初心者如きに負けるもんなのかってな」
「…まあ、作戦が上手くハマった結果ッスかねぇ」
「そこだよ。その、作戦とかだ」
ズイと身を乗り出し、ソールは右手の人差し指をクロンの頬に押し付ける。
「結果はこの際どうでもいい。テメェ、本気であんな戦い方で勝てると思ってたのか? エクゾディアが狙いだと思わせて、相手にメタモルポットを使わせる? 今考えてもまともなじゃねーぞ、テメェの作戦は」
やや脅すつもりの声を押し付ける。怒るか、または怯えるかと思ったが、クロンはそのどちらの反応も見せず、ただただ楽しそうに笑ったままだった。
「まぁ、まともなやり方で勝てる相手でもなかったですしね。ただ、上手くいけば勝てると思ってましたよ。自慢じゃないッスが、運とハッタリには自信があるもので」
「ほー、大きく出たな。いいねぇ、好きだぜそういう根拠のねぇムカつく自信は」
伸ばした指でそのまま頬を抓り、ソールは笑う。食えねぇガキだと、内心バカにしながら。
「えへへ…。ところで、今度はボクの方から質問してよろし?」
「あ? なんだよ」
「要するに、お姉ちゃんはボクとデュエルがしたい……って解釈でいいのかな?」
頬を抓られながらも笑みは崩さず、クロンが話しかける。話を聞いているうち、「こいつなら退屈しないデュエルができるか?」と彼女が思い始めていた矢先の質問だった。
まるで心を読まれたような気がして、ソールの顔から笑みが消える。残ったのは彼を睨みつけている鋭い目と、「あぁ?」と不機嫌そうに漏れた声だけだ。
「本当に運とハッタリに自信があるか、証明してみろって顔に書いてたッスよ。考えがわかりやすいタイプッスね、お姉ちゃん?」
「ッ…。テメェ、俺様を馬鹿にしてんのか…?」
「まさかぁ。ボク、お姉ちゃんみたいな人は好きですよ? …あっ痛、ちょ、痛いッス痛いッス!」
頬の肉を千切りかねない力を込めた後、ソールは指を離した。その表情にもう笑みはない。燃えるような怒りが、あるだけだ。
(可愛くねぇガキだ…。だがまあ、こいつなら少しは楽しめるかも知れねーな)
心は決まった。ソールは立ち上がると、頬を抑えているクロンに向けて中指を立てる。
「上等だ、こいよ糞ガキ。運とハッタリで俺様に勝てるかどうか、じっくり教えてもらおうじゃねーか」
そう吐き捨てると、ソールは彼に背を向けてデュエルスペースへと向かう。クロンは何か言いたそうな様子だったが、しぶしぶ彼女の後に付いていった。
――――――
―――――
――――
暫くして。二人は店内のデュエルスペースで向き合っていた。
「…そういや、テメェの名前はまだ知らなかったな。おい糞ガキ、テメェ名前は?」
まだ怒りが収まらない様子でソールが尋ねる。一方、クロンはもう機嫌を直したのか、笑みを浮かべて答えた。
「ボクの名前はクロン。クロン=ナイトです」
「クロン、ね。俺様はソール=ウィングド様だ。頭と心によーく刻んどきな」
「ソールお姉ちゃんだね。うん、覚えたよ」
「よし。ところで糞ガキ、デュエルの前に一つ条件をつけねーか?」
口元をにぃ、と吊り上げ、ソールは笑う。
「もしテメェが俺様に勝てたら、俺様のデッキのカードを一枚くれてやる。逆にテメェが負けたら、テメェのカードを一枚もらうぜ。早い話が、アンティルールってやつだな」
「アンティ、ですか…」
唐突の申し出に、クロンは「ふむ」と自分のデッキを見つめて考え込む。
「このデッキ、人から買ってもらったカードもあるけど……お姉ちゃんも同じ条件なら、まあいいかな。アンティルール、了解です」
「クク…、そりゃ結構」
彼の快諾を得て、ソールはもう一度笑みを浮かべた。
彼女がアンティを提案した理由は二つある。一つは、初心者相手に自分負ける筈がないという自信があるから。もう一つは、この気に入らない少年を叩きのめすには、ただデュエルに勝つだけでは足りないと思ったからだ。
圧倒的な実力差を見せつけ、カードも奪う。初心者狩りと呼ばれる行為なのだろうが、心は少しも痛まなかった。提案したのは自分だが、アンティを受け入れたのは、あくまで彼自身なのだから。
「始めるか。決闘盤の動かし方は知ってるよなぁ、糞ガキ?」
「モチのロン、ってやつですね」
互いに決闘盤を起動させ、視線をぶつけ合う。そして――、
『デュエル!』
初めて会った者同士による、出会って五分のデュエルが始まった。
「ボクのターン、ドロー!」
先攻はクロン。彼は自分の手札をじっと見つめた後、そこから三枚のカードを決闘盤に叩き付ける。
「モンスターをセットして、カードを二枚伏せる! ターンエンド!」
いつもの通り彼は守りの陣を敷く。初めて戦う相手なのだから、尚更「見」に回るという事だろう。
「俺様のターンだ、ドロー!」
続いてソールのターン。
彼女にとってもクロンは初めて戦う相手だが、彼女には一度彼のデュエルを見ているというアドバンテージがある。彼が伏せた三枚のカードを見るなり、「ふん」と鼻を鳴らした。
(初っ端から三枚もカードを出しやがったか。前に見た時はドロー効果のカードが殆どだったが、あの時と同じデッキを使ってる訳もねぇよな)
思いながら、彼女は手札から一枚のカードを選び、決闘盤に叩き付ける。
「何を企んでるか知らねえが、丸ごと噛み砕いてやるぜ! 来い、『絵画の亡霊女』!」
ソールの場に現れたのは、美しい女性が描かれた一枚の絵画。ただの絵画をモンスターと呼ぶのはおかしいが、その絵から感じられる禍々しい雰囲気と「亡霊」という名前を見るに、モンスター本体はこの絵の中に潜んでいるのだろう。
その証拠に、このモンスターの攻撃力は1800と下級モンスターにしては悪くない数値を誇っていた。
「バトルだぜ! 絵画の亡霊女で、テメェのセットモンスターに攻撃だッ!」
一切躊躇せず、ソールは攻撃を宣言する。相手の伏せカードが何であろうと関係ない、何も考えず積極的に攻めるというのが彼女のポリシーだった。
彼女が命じた事で、絵画の中から髪の長い女性の上半身が現れ、ケタケタと笑いながらクロンのモンスターへと飛びかかる。
とは言え、そうそう攻撃が通る筈もない。クロンは一瞬笑みを浮かべ、二枚ある伏せカードのうち一枚を発動させた。
「ま、させませんよね。永続罠カード、闇の呪縛を発動!」
発動したカードの中から出現した鎖が、まるで生き物のように蠢いて絵画と亡霊を同時に巻き付き、先端を地面と天井に打ち付ける。実体を持たない亡霊と言えど、闇の力を持つ鎖に拘束されては身動きが取れないようだった。
「んっふふふ。これでお姉ちゃんのモンスターは攻撃も表示形式の変更もできないって訳ですね。プラス、攻撃力が700ポイントほど低下するオマケ付きッス」
得意げに笑うクロン。しかし、ソールはそんな彼を嘲笑うかのように唇を吊り上げた。
「ククク、どーせそんな下らねぇ事考えてんだろうと思ってたぜ。だが、やはり俺様の方が一枚上手だな! 絵画の亡霊女の効果発動!」
瞬間。女の亡霊がこの世のものとは思えない程の叫び声を上げると、亡霊を取り込んでいた絵画に火が付き、額縁ごと瞬時に消し炭にする。
絵が消えた事で鎖の束縛が緩み、亡霊の脱出を許してしまう。絵から抜け出し、全身を露わにした亡霊の顔は醜く歪んでいた。
「えっ…!?」
「絵画の亡霊女は魔法か罠カードの対象になった時、自身を破壊する事で場に亡霊トークンを特殊召喚する事ができんだよ。もっとも、攻撃力は半分にまで落ちちまうがな」
効果対象となる《絵画》が消えた事で、クロンの《闇の呪縛》は消滅する。そしてソールの場には、あらゆる拘束から解き放たれた《亡霊》が一体。
「さーて、もう一発いくか? 亡霊トークン! 野郎のモンスターに食らわせろ!」
攻撃はまだ終わらない。ソールの命を受けた《亡霊》は狂った声で笑いながら、再びクロンのモンスターに襲い掛かる。
クロンの場にはもう一枚伏せカードがあったが、今回は発動させる様子はない。攻撃力の低いトークンに罠を使うのは勿体ないと考えたのか、それとも単に攻撃迎撃用の罠ではなかったのか。定かでは無いが、ともあれソールの攻撃は通り、クロンのモンスターが姿を見せる。
その正体は、彼が百合と戦った時にも使用したモンスター、《トイ・マジシャン》。戦闘向きのモンスターではないが、その守備力は《亡霊トークン》の攻撃力を遥かに上回っている。
当然、《亡霊》の攻撃は弾かれるのだが、クロンの表情には憂いの色があった。反射ダメージを受けたソールの方が、却って笑みを浮かべている有様だ。
「なるほどねぇ…。闇の呪縛で俺様の攻撃を凌いで、次のターン、トイ・マジシャンの効果で俺様の伏せカードを破壊しようって計画だったって訳か。もっとも亡霊トークンの攻撃を食らった時点で、その計画はご破算ってやつらしいが」
「…みたいッスね。んー、いい作戦だと思ったんだけどなー」
心底残念そうに頬を掻くクロン。どうやら序盤の攻防は彼の敗北らしい。ソールは満足げに鼻を鳴らすと、手札から一枚カードを抜き取り、セットする。
「ソール様に小細工は通用しねーってこった。ククク、カードを伏せてターンエンドだ!」
『絵画の亡霊女』 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆4
攻撃力1800 守備力900
効果:このカードが相手の魔法・罠カードの対象になった場合に発動できる。
このカードを破壊する事で、自分フィールド上に「亡霊トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守900)1体を特殊召喚する
「闇の呪縛」 永続罠
効果:相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。
選択したモンスターの攻撃力は700ポイントダウンし、攻撃できず、表示形式の変更もできない。
そのモンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。
「トイ・マジシャン」 モンスター
光属性 魔法使い族 ☆4
攻撃力1600 守備力1500
効果:このカードは魔法カード扱いとして手札から自分の魔法&罠カードゾーンにセットする事ができる。
魔法&罠カードゾーンにセットされたこのカードが相手のコントロールするカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、そのターンのエンドフェイズ時にこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
また、このカードが反転召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で存在する「トイ・マジシャン」の数だけフィールド上の魔法・罠カードを破壊する。
【ソール】
LP:8000→7400
「むー…。ボクのターン!」
目論見こそ外れたものの、デュエルはまだ始まったばかりだ。クロンは気を取り直してデッキからカードを引き抜く。
(…あのお姉ちゃんの場には伏せカードが一枚と攻撃力900のトークンが一体。ここは多少のリスクは覚悟してトイ・マジシャンで攻撃するべきところなんだろうけど…)
そう思いながらも、クロンは即座には行動に移らない。その理由は、目の前にいるソールの不敵な表情にあった。
いかにも何かを企んでいそうな、にやにやした笑み。その笑みが、クロンの猜疑心を過剰なまでに煽ってくる。
(ハッタリを使うタイプには見えない。…なるほど、弱いトークンを残したのも計算のうちってわけね)
つくづく考えがわかりやすいと笑みを浮かべながら、クロンは再度自分の手札に目を向ける。
ソールが攻撃を誘っていると感じた今、選択肢は二つある。一つは罠を承知で攻撃を仕掛ける事、もう一つはあえて攻撃しない事で彼女の計画を崩す事だ。
慎重な彼としては後者を選択したかったが、手札にはまだまだ罠がある。ここで敢えて相手の策に嵌るというのも、悪くはない。
「…決めた! トイ・マジシャンを攻撃表示にして、亡霊トークンに攻撃するッス!」
考えた末、クロンは茨の道を進む事にした。彼の決意を受けた《トイ・マジシャン》が手に持つ杖を《亡霊》に向け、邪悪な魂を粉砕する。
この時、意外にもソールは伏せカードを発動させなかった。不敵な笑みは依然顔に張り付いたまま、クロンを見つめている。
「ククク…。おー、
「…ふむ」
罠でも仕掛けているかと思いきや。意外な展開にクロンは内心驚く。攻撃が通ったのは良いのだが、何か不気味な感覚だった。
もしかすると手を誤ったかも知れない。そんな不安に駆られるが、既に攻撃してしまった以上、後悔しても意味がない。クロンはより一層警戒を強めながら、手札から一枚のカードを抜き取った。
「メインフェイズ2! モンスターをセットして、ターンエンドです!」
少しでも守りを固め、次のターンに備えよう。そう思っていた矢先、ソールの伏せカードが翻る。
「ハハハ! 速攻魔法、終焉の焔を発動するぜ! 俺様の場に二体のトークンを召喚する!」
「っ…!」
そういう事か。脳裏に浮かんだ言葉を口にするより前に、ソールの場に二つの命ある黒炎が召喚された。
「終焉の焔」 速攻魔法
効果:このカードを発動するターン、自分は召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
自分フィールド上に「黒焔トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。
このトークンは闇属性モンスター以外のアドバンス召喚のためにはリリースできない。
【ソール】
LP:7400→6700
「ククク…。俺様のターン!」
全ては作戦通りだった。
攻撃力の低いトークンを囮にして相手の攻撃を誘いつつ、更に二体のトークンを呼び出して自分のターンを迎える。思い描いたままの展開が、目の前にある。
「お楽しみはここからだ。俺様の圧倒的勝利っつーお楽しみはな」
ニヤリと笑みを浮かべつつ、ソールは手札から一枚のカードを選び、決闘盤へと叩き付ける。
「まずは手札から『フラウ・ガイスト』を呼ぶぜ! こいつは俺様の場に悪魔族モンスターが二体いる場合、特殊召喚できる! 俺様の場には黒炎トークンが二体、条件は問題ねぇ!」
ソールの場に、四十代前後と見られる貴婦人の霊が現れる。その周囲にはカメラや包丁といった日用品が浮かび、霊が指を動かす度に小さく動いていた。
これで彼女の場にはモンスターが三体。そのうち二体はトークンであるが、闇属性モンスターのアドバンス召喚に召喚でき、シンクロ素材に使う事も可能だ。その扱いやすさこそが、このトークンの強みと言えよう。
「いくぜぇ糞ガキ! 二体のトークンとフラウ・ガイストをリリースし、出なッ! 邪神ドレッド・ルート!」
「なっ――。じゃ、邪神!?」
ソールがそのカードを決闘盤に叩き付けた瞬間、周囲の空間にヒビが生じ、三体の贄がヒビの僅かな隙間に吸い込まれていく。
やがて大きな二本の腕が空間のヒビを抉じ開け、それはソールの場に君臨した。
そのシルエットは《デーモンの召喚》に近く、背中には蝙蝠のような黒い翼が一対。生半可なモンスターとは一線を画す巨体と、それでいて精錬された美しいデザインが、圧倒的なまでの威圧感をクロンに与えていた。
邪神ドレッド・ルート。攻守ともに4000ポイントという馬鹿げたステータスと、自身以外のモンスターのステータスを半減させる効果を持った邪神シリーズの一枚。
三体のモンスターを生贄にしなければならないという厳しい条件をクリアし、邪神が今、ソールの場に君臨した。
「まだだぜ、俺様の手札にはもう一つプランがある。装備魔法、巨大化を発動して、ドレッド・ルートに装備する!」
ソールが発動したカードにより、《ドレッド・ルート》の巨体が更に一回り大きくなり、その漲る魔力も倍化する。その攻撃力は一瞬にして、8000ポイントにまで上った。
「攻撃力、8000…!」
あまりの数値に、開いた口が塞がらない様子のクロン。姫利や百合とのデュエルでさえ、ここまでの攻撃力を持つモンスターには出会わなかった。
それを、ソールはたったの二ターンで出してきた。その一事だけで、結構のん気してたクロンの脳裏に「恐怖」を刻むには十分だった。
「叩き潰す! ドレッド・ルートで、テメェのトイ・マジシャンに攻撃だ!」
まるで山の様に控えていた《邪神》の体がゆっくりと動き、巨大な拳を《トイ・マジシャン》に向けて放つ。攻撃力8000という馬鹿げた数値だ、玩具一つ壊す事など容易いだろう。
しかし、クロンはニヤリと笑みを浮かべて、その攻撃を迎え撃つ。
「それじゃ、小細工しましょーか。罠カード、魔法の筒を発動! ドレッド・ルートの攻撃を無効にして、さらにその攻撃力分のダメージをお姉ちゃんにあげるッス!」
「なッ――」
瞬間、ソールの表情がさっと青ざめた。
フィールドに二つの大きな筒が出現し、そのうちの一つが《ドレッド・ルート》の拳を受け止める。そしてその絶大な攻撃エネルギーを、もう一方の筒からソール目がけて解き放った。
当然、これをまともに受ければソールのライフは尽きる。彼女は舌打ちすると、慌てた様子で手札から一枚のカードを発動させた。
「速攻魔法、ツイスター! ドレッド・ルートに装備した巨大化を破壊するッ!」
「ん…」
ソールの場に現れた旋風が《巨大化》のカードを吹き飛ばす。その様子を、クロンは意地悪い笑みを浮かべながら眺めていた。
《巨大化》が破壊された事で《ドレッド・ルート》の攻撃力は元に戻り、《魔法の筒》から放たれたエネルギーの弾の威力も低下する。
これにより致命傷は避けられたが、4000ポイントものダメージと《ツイスター》を発動する為に払ったライフコストにより、彼女のライフは大きく削られた。
ここに至り、始めてソールの表情から余裕の笑みが消える。間一髪で致命傷は避けたものの、もし手札に《ツイスター》が無ければ、彼女は今負けていた。その事に対する怒りと焦りが、深く混じり合って彼女の心を満たしていく。
「ッの野郎…。舐めた真似しやがってッ…!」
「ん、舐めてなんかないッスよ? こんな早くから邪神を出して来るなんて完全に予想外でしたし、魔法の筒を伏せてなかったらボクの方が危なかったですし。しかも魔法の筒で決まるかと思ったのに、ダメージを抑えられてさ」
真直ぐな表情で言葉を並べた後、クロンはにこっと子供らしい笑みを浮かべる。
「強いですね、お姉ちゃん」
嘘偽りのない、明るい笑み。しかし、その笑みが余計にソールの反感を買うらしい。彼女は歯ぎしりして、クロンの顔を睨みつける。
「ぶっ殺す…ッ」
デュエルはまだ序盤。しかしデュエルスペース内では、険悪な空気が流れ始めていた。
『フラウ・ガイスト』 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆4
攻撃力1600 守備力700
効果:自分フィールド上に悪魔族モンスターが2体存在する場合、このカードを手札から特殊召喚できる。
『邪神ドレッド・ルート』 モンスター
闇属性 悪魔族 ☆10
攻撃力4000 守備力4000
効果:このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外のフィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。
「巨大化」 装備魔法
効果:自分のライフポイントが相手より下の場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。
自分のライフポイントが相手より上の場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。
「魔法の筒」 通常罠
効果:相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
【邪神ドレッド・ルート】
攻撃力4000→8000→4000
【ソール】
LP:6700→6200→2200