「斉藤君ったら酷いんですよ! いくら私が避けられるようになったとは言えシャイニングウィザードは無いです!」
「確かに女の子にすることじゃ無いな」
あの邂逅から半年、千雨ちゃんはボクシングを習いだし、メキメキ頭角を伸ばしていた。違和感を見逃さない性質のせいか「目」がいいんだろうね。
そんな千雨ちゃんは案の定ガキ大将に目を付けられ、返り討ちにしたと言う報告のついでに小学生特有のルール無用な残虐ファイトに愚痴をこぼしているところだ。
「まあ、そんな斉藤君もダッキングして叩き落としてやりましたけどね!」
「ラビットパンチとかしてないだろうね?」
「流石の私もそこまでのことはしません」
ラビットパンチとは相手の後頭部に打つパンチのことだ。ジッサイキケンなので真似しないで欲しい。
「それで才人お兄さん、今日のトレーニングですが・・・・・・」
「うん、どうする? 軽くやっていく?」
「はい、私は拳しか使えないので懐にもぐりこむためのトレーニングをお願いします」
「分かった。プロテクターは持ってきてるね?」
「はい」
「ならいつもの場所に行こうか」
俺と千雨ちゃんは都市部からやや離れた森へと移動した。
『ミカン、いつものように周囲の警戒を頼むな』
『分かりました! けど、そろそろマスターとのデートを所望します!』
『お前幻術で人間に化けてしゃべろうとするとなんか足りない子みたいになるからなぁ』
今の時点で足りてない気がするけど。
『そんな、ひどい! ミカンはこんなに尽くしているのにマスターはご無体なことを!』
『あー、分かった分かった。なら明日連れて行ってやる』
『わーい』
「またミカンちゃんと話していたんですか?」
「そうぷくーってしないでくれないかな? それにペットに焼餅焼いても仕方ないだろうに」
「ペットの分際であんなボインボインになるからです」
千雨ちゃんがじとーっとした目で俺を見てくる。それでも俺は妻が5人居た経験があるんだ。あいつ自身は積極的なつもりでも正直じゃれてるようにしか感じんよ。
ミカンは半年前広域念話しか覚えていなかったため、指定した相手のみに対する念話を覚えさせた。知のルーンがあるから幻術を覚えさせるついででも簡単なことだが、どうしてあんな性格になったんだ。姉貴分がアホの子だったせいか。
俺が懊悩してる間に千雨ちゃんも準備が完了したようだ。
「着け終わりました。いつでもいけます」
「分かった。まずは小手調べ。ワレ カミノタテ ナリ 闇の精霊 5柱 魔法の射手 連弾 闇の5矢」
付属効果が比較的少なく、癖が無い闇の属性で魔法の射手を放つ。目くらましも目的なら光属性なんだが、今回はトレーニングなので殺傷能力が高い氷や土、服が濡れる水、焦げる火、痺れてトレーニングにならない雷、視認しにくい風などを消去した結果だ。
この魔法の射手は身体強化なしのストレート一発分の破壊力を持ち、低学年の小学生なら一発で身体が浮き上がる。なのでプロテクター越しでも無いとこれですら危なくて使えない。
「ふっ、ふっ、ふっ!」
正直魔法の射手の初速はエアガンよりも速い。それが5連発、不規則な軌道で襲ってくる。それを千雨ちゃんはダッキングとパリイングで避け、いなしながら俺に向かってくる。
どうしてこんなことをしているのか? それは千雨ちゃんが言った言葉が原因だ。
『私、耐えるばかりなのはもう嫌なんです! 才人お兄さん、私を鍛えてください!』
そんなことを言われたら紳士として応えないわけには行かない。「相当痛いけどいいのかい?」と言う前置きをして、それでもやりたがる千雨ちゃんを見て了解した。
流石に最初の数ヶ月、肉体面はボクシングに専念してもらった。それから単発の魔法の射手から始め、除々に数を増やしてきたのだ。
もちろん最初の数ヶ月何もしていないわけではない。その精神耐性の強化と、あえてかかる振りをするための仮想人格を構築した。即席ではなく千雨ちゃんの協力の下、完全に本人と差異の無い人格に仕上げたつもりだ。これが起動していても本人の人格は起きているので隙を見て行動する方針である。
そして今、俺が引き撃ちをしながら千雨ちゃんは俺に一発当てることを条件にトレーニングをしている。
「ワレ カミノタテ ナリ 闇の精霊 14柱 魔法の射手 連弾 闇の14矢」
普通、小学校低学年の子を身体強化無しとは言え本気で殴ったら大変なことになる。だがここは麻帆良。異常が普通になる土地なのだ。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!」
その証拠にただ目が良いだけの子が半年鍛えただけで14発もの連撃を避ける。今日はここまでかな。
「しっ!」
身長差から俺の腹部にストレートを放つ千雨ちゃんの拳を受け止める。
「今日はここまで。クールダウンはしっかり行うこと。いいね?」
「はぁ、はぁ、はい」
ほぼ無呼吸運動で隙間を縫うように避けているのだ。面で避けられるなら呼吸する機会もあるのだが、千雨ちゃんの歩幅は狭い。こうでもしないと避けられない。
「よし、夕食に響かない程度なら何かおごってあげよう。何が良い?」
「アイスが食べたいです」
「分かった。でもその前に水分補給だ。ポカリをおごってあげよう」
俺はミカンの分も含めて3本用意したポカリを出しながら言った。
その後千雨ちゃんとミカンにアイスをおごった後仮眠を取り、夜の警備に当たっていた。
「今日はガンドルフィーニ先生ですか。よろしくお願いします」
「む、平賀君か。よろしく」
最初の内は騒動を起こしてしまったが、今は落ち着いているし
「では、いつものように平賀君がフロントを頼む。バックアップは任せてくれ」
「分かりました。では、そのように」
俺は中級魔法を数発使うと魔力が底を尽きてしまうため、
ただ待つだけでは芸が無いな。
「クリエイトゴーレム」
俺はゴーレムを20体ほど作る。内5体は独立し、下位ゴーレムに命令を飛ばすためのガーゴイルだ。
「そろそろ来ます」
「分かった。健闘を祈る」
今回は便利そうだから覚えた、影を使ったゲートは必要ないな。と思いつつ、こちらから迎え撃つべくゴーレムに突撃の命令を下すのだった。
「ふう」
今日も疲れた。だが、ほぼ毎日シフトが入っていると昔の勘を取り戻すのも早い。
そうでも考えないとスケジュールがハードでやってられないと思いながら、帰るためにゴーレムを土に戻す。
『平賀』
『ん? エヴァンジェリンか?』
普段こちらから話しかけないと話題を振ってこないのに珍しいな。
『お前の竜の血液から作った「竜の血清」、吸血鬼である私とすこぶる相性がいいらしい。これの研究を続けられればいずれは自力で封印を解けるだろう』
『そうか。それは良かった』
『こう聞くのもなんだが、お前は人間で、私は吸血鬼と言う化け物なんだぞ? どうしてそうも親切にする?』
『何、仲良くしておけばいいことあるかなくらいの打算はあるさ。あとは俺は転生を2度経験している。昔の知人曰く「例外なるもの」らしい。ついでに言うとエヴァ、君が可愛いからかな』
『ばっ! 馬鹿者!!』
『そういう反応が可愛いんだ。つまり外見だけが可愛いとは言っていない。それに、エヴァンジェリン、君よりよっぽど化け物な奴を寿命で死ぬ前に見てきた』
嫁の叔父さんとか嫁の母親とか。
『君が何人殺してきたのかは知らない。知ったかぶるつもりも無い。だけど俺も理由はどうあれ数多もの屍を築いてきた。いや、原型をとどめていれば良いものだってたくさんあった。そんな俺が言おう。まだまだ人生楽しいことはあるよ』
実際3度目の人生だがそれなりにエンジョイしている。そう、人生エンジョイ&エキサイティングだ。
『・・・・・・馬鹿者・・・・・・』
『少なくとも死んだことが無い君に2度死んだ俺からの助言だ。ありきたりかもしれないけど、やり直せるし、頼れる奴は頼ったほうが良い』
『・・・・・・竜の血』
『うん?』
『そこまで言うのなら、竜の血、リットル単位で貰おうか。私自身が飲む用と、「竜の血清」研究用だ。まさか嫌とは言わんよな?』
『了解。3リットルほどでいいか?』
『・・・・・・まさか本気で了承するとは思わなかったぞ』
『少しミカンの機嫌を取るのが難しいだけだ。それくらいだったらあいつの生命力ならピンピンしている』
何しろ魔力過多で地盤が浮き上がるハルケギニア製の竜だからな。
『だが頼ってくれてうれしいよ。どんな形であれ、な。俺も人だ。理不尽な別れがあるかもしれない。だけど、出会いまで否定する必要は無い。俺も妻達と寿命によって別れてしまったが、後悔は無い』
あいつらなら今も国を元気に存続させているだろう。
『一世紀も生きていない若造が偉そうに語るか。まあ、それも今日は聞いておいてやる』
『一世紀は生きてるかな』
『何?』
『2度転生したって言っただろう? 合計するとそれくらいは生きているんだ』
『ふっ、これは一本取られたな』
『お褒めに預かり光栄だよ』
『竜の血は一週間待ってやる。搾り取ったらその足で持って来い。純粋な客としてもてなしてやる』
『それは嬉しいな。エヴァンジェリンの淹れる紅茶、美味いから好きなんだ』
『世辞はいい。茶請けはスコーンだが構わんな?』
『ああ、むしろそういったシンプルなものが良いな。紅茶も何も入れない状態で楽しみたいからね。まあ、ジャムが余ったらロシアンティーでもいいけど』
『貴様と話しているとどうも調子が狂う。話は以上だ』
『分かった。吸血鬼の君にはおやすみはふさわしくないか。なら、良い夜を』
『ああ、おやすみ、人間』
気がついたらずいぶん長く話し込んでいたな。さて、ミカンをどうやって説得したものか。寝る前に考えておこう。
地味に100年ほど生きている才人君。こんな人生観なので化け物に対しては独自の価値観があります。