全1話(即エター)
備考:ポケモンSSを書こうとしたものの見事に失敗したSS。
――ピカチュウというポケモンを知っているだろうか。
恐らくはトレーナーでなくともほとんどの人間は知っているであろう、人気の高いポケモンだ。
図鑑№25に記される鼠ポケモンで、そのサイズは個体差もあるが大体40cm前後。
決して強いポケモンではなく、加えて人に懐き難いという面倒なポケモンであり、トレーナーとして上を目指すならばお世辞にも適してるとは言い難い。
同じ電気ポケモンならばサンダースやマルマイン、あるいは進化後のライチュウの方が使い易いだろう。
しかしそれでもピカチュウは人気がある。何故か?
その理由は単純明快、『可愛い』からだ。
つぶらな瞳とピンク色の頬袋、小柄なサイズというその容姿は特に女性人気が高く、ペットとして需要が途絶える事はない。
その為弱いままなのを承知した上で進化させないトレーナーが頻発し、酷い場合はそもそもバトルにすら出さないケースがある。
今日もまた、そんな人気ポケモンをゲットするべくトレーナー達がここ、トキワの森へと足を運んでいた。
「見付けた! ねえミニス、あそこの草むらにピカチュウがいるわ!」
「わかってるわカート! 絶対ゲットするわよ!」
きゃいきゃいと黄色い声をあげているのは、少し頭の軽そうなミニスカート二人組だ。
彼女達が見る先には草が生い茂っている草むらがあり、そこからピカチュウの頭が覗いている。
それは見間違えるはずもなく、捜し求めていた鼠ポケモンそのもの。ピコピコと耳が動き、興味深そうにつぶらな瞳がこちらを見詰めている。
「ほおら、おいでピカチュウ。怖くないわよー」
ミニスカートの一人が笑顔でピカチュウを手招きする。
するとそれに誘われるようにピカチュウがガサガサと草むらを搔き分けて歩き、近づいてきた。
よかった、警戒されていない。
そう喜んだミニスカート二人だが、しかしここで違和感に気が付いた。
何か……何かおかしい。
あの草むら、よく見れば人間くらいの高さがある。
ピカチュウなど、あの草むらの裏にいたら全身が隠れてしまうのではないか?
では何故、あのピカチュウは頭が見えているのだ。
彼女達二人はその不可思議さにようやく気付き――そして、考えるまでもなく、答えが自ら姿を現した。
鍛え抜かれた腕はまさに丸太。ミニスカートの腰ほどの太さを誇り、浮き出た血管がピクピクと動く。
大地を踏みしめるその足はまさに鋼。長く、スマートで、それでいて力強い。
磨きぬかれたその胸はまさに鋼鉄。電気ポケモンでありながら堅牢さでは岩ポケモンすら上回る。
引き締まったその腹はまさに鎧。無駄な脂肪など存在せず、ただひたすらに戦う為の筋肉がそこにあった。
そのシルエットはまさに芸術。全長3mを越えるだろう巨体と極限まで鍛え上げられたその身体はさながら一流の彫刻家が造った神の造形美の如く。
――それは、簡単に表すならば『首から上がピカチュウの黄色いゴーリキー』であった。
「ピッカチュウ♡」
草むらから出てきたピカチュウが、その顔に相応しい愛らしい鳴き声をあげる。
何と言うことだろう。このポケモンは力強さと美しさだけでなく、可愛らしさすら備えているとでもいうのか。
嗚呼、なんと完璧なポケモンだろうか。
かつてこれほど非の打ち所のないモンスターがいただろうか。
地球上全土を探したとて、これ以上に完成された生物と出会う事があろうか。
ピカチュウはそんな己の『美』を見せ付けるべくサイドチェストのポージングを披露し、少女達にウインクを送ってみせた。
そんな気配りすら完璧なピカチュウを前に少女二人は呆然とし、そして――。
「い、嫌ああああァァァああああああああァあああァァァァアアアーーーッ!!!?」
「ぎゃあああああああ! 化物ォォォォォォ!!?」
――全速力で、逃げ出した。
「ピカァ~……」
そんな彼女達の後姿を見送り、ピカチュウは気落ちしたように項垂れる。
……まあ、あれである。
どんなに頑張って無理して持ち上げても、やはりキモい物はキモイのである。
少女達の反応は至極当然の事と言えた。
事の始まりは数日前。
『彼』はある日目を覚ますと、何故かピカチュウになっていた。
いや訂正しよう、これをピカチュウと言っては全世界のピカチュウに失礼だ。
彼は目を覚ますと、ピカチュウのような何かになっていた。
『彼』はどこにでもいる、ごく普通の土木工事作業員だった。
年齢は35で独身。そろそろ嫁さん欲しいと切に願う普通の男だ。
少し違う所を挙げるならば、ちょっとした筋トレマニアで毎日欠かさずジム通いしていた事くらいか。
そんな彼がある日目を覚ますと、何故か巷で話題の黄色い人気物……のような何かに変貌していたのだから、それはもう混乱した。
口を開けば出て来るのは可愛らしい『ピカチュウ』の鳴き声。
あれだ、まるで女性の声優さんが出しているかのような可愛いボイス。あれが自分の口から出るのだ。
しかし首から下は鍛え抜かれた己の肉体。色こそ黄色になっているものの紛れもなく自分の身体で、しかも何故か3mに巨大化していた。
湖に映った己の姿を見て彼は悲観に暮れた。
――どうしよう、俺キモい。俺超キモい。
今まで一度として己の身体を恥じた事はないし、それはこれからも変わらない。
しかしこの顔はどうした事か。
磨き抜いた我が筋肉とまるで合っていない。絶望的なまでにミスマッチだ。
何だこの鳴き声、嫌がらせか。せめてゴーリキーの鳴き声にしろ。
神の悪戯か悪魔の愉悦か。どちらにせよ、唐突に我が身に降りかかった有り得ない不幸に彼は大いに嘆き、そして途方に暮れた。
このままポケモンの生に甘んじるつもりなど毛頭ない。必ず戻ってみせる。
しかしそうしたくとも、自分にはこうなった原因すら分からないのだ。
そしてそれを突き止めようにも、この身はポケモン。人の世の情報を集めるには向かない。
だが嘆くには早い。この世界には『ポケモントレーナー』という素晴らしい存在があるのだから。
ポケモントレーナー――ポケモンと共に歩む人々。
彼等はポケモンをゲットし、育て、そして共に歩む。
野生のポケモンが街に入れば追い出されるか逃げられてしまうが、トレーナーの手持ちならば人間の友だ。
彼はそれを利用し、まず人間の協力を得ようと考えた。
しかし悲しきかな今の彼は恐ろしいマッスルモンスター。彼を見れば皆が悲鳴をあげて逃げて行く。
今のままでは人の町に入る事すら出来ないのだ。
まずは、現状の打破。
野生ポケモンの立場を脱さなければ前進すら出来やしない。
故に彼は待つ。己に相応しき……というかぶっちゃけ、逃げずに使ってくれるなら誰でもいいので、とりあえず自分を見ても怖がらないトレーナーを。
この物語は、ポケモンマスターを目指す少年の物語ではない。
悪の組織からポケモン達を守る勇敢な少女の物語でもない。
何の間違いか、ピカチュウと化してしまった一人の漢の、熱き血潮の物語である。
没理由:誰もゲットしてくれないので物語が始まらない。