備考:本編で分り難かったミラベル→ダンブルドアの評価を書きつつ、一人称の練習してみた作品。
没理由:読み返して見たら本当にミラベルがひたすら語っているだけであり、後日談として成立していなかった。
野望本編に入れるかどうか考えた末、結局こっちに。
どうやら私は一人称形式にあまり向いていないようです。
かつて魔法界を揺るがしたあの戦いより幾年――黄金の暴帝と恐れられた少女は隠れ家の一つでもある日本、マグル界の高層マンションの一室にてワインを喉に流し込んでいた。
そして向かい側の席に置いてあるグラスにワインを注ぎ、「まあ飲め」と勧める。
「で、私から見たアルバス・ダンブルドアの話……だったか?
お前も物好きだな。今更そんな事を知ってどうなるというのだ」
ミラベルが他の人間よりも強くダンブルドアという老人を気に留めていたのは最早疑う余地もない。
だがそれが好意的なものなのか、それとも否定的なものなのかは、実のところかなり曖昧といっていいだろう。
時に評価するような事を口にし、時に嘲りの言葉を彼へぶつけた。
敬意を評しているようでもあり、見下しているようでもある。
ダンブルドアがミラベルを複雑に評していたのと同じように、きっとそこには様々な感情が渦巻いていたはずだ。
「まあ、いいだろう。
私が思うに――そうだな、アルバス・ダンブルドアはとにかく『人間』だったよ。
そう……奴は人間でありすぎたのだ……」
そう言い、ミラベルはまた一口、ワインで喉を湿らせた。
――あの男を簡単に評すならば、『馬鹿な正義になりたい知恵者』といったところか。
お前も知っての通り、あの男は基本的には善人だ。
弱い者を助けようとするし、誰にでもチャンスを与えようと考える。
だが結局のところそれは、『善人である自分』を演じただけの、意図して行っている善行でしかない。
無論、それを指して全てが悪いとは言わん。偽善だろうが打算だろうが、善行には違いない。
だが……少なくとも、ハリー・ポッターやお前のような打算抜きで馬鹿丸出しの善人にはなれないだろう。
……ああ、怒るな。別にけなしているわけではない。
しかし過去を見ればわかると思うが、実の所本質的に見れば奴は果たして善人と呼べるのか……。
いや、呼べまい。何故なら奴は善人になるには少々賢すぎる。
善人というのはな、そう在れば在るほど馬鹿になるのだ。
それはそうだ。打算も保身も抜きで、自分を害し得る者に手を差し伸べるなど、馬鹿の所業でしかない。
ましてや死の呪文を撃ってきた相手を救いたいなどと……ククッ、とても賢い者の取る行動ではないな。
ああ、だから別にお前をけなしているわけではない。そう頬を膨らませるな。
あいつはな、きっと善人になりたかったんだろう。
損得抜きで弱い者に手を差し伸べられる、そんな人間になりたかったんだ。
だが、そうではいられない事を奴は知ってしまっていた。
綺麗事だけで世界は上手くいかんと、常に頭の片隅で理解出来てしまっていたんだろうよ。
最善の手はいつだって、最初から視えていた……どうするべきかを知っていた。
だがそれは悪しき一手だからと、自分で封じてしまう。
そうして自分から正解を遠くに追いやり、事態の解決を難しくしてしまうんだ。
だからといって善人にも成り切れない。
なまじ賢いからこそ、利害を無視した迂闊な行動が取れない。
だからハリー・ポッターのように前だけを見て走る事が出来ず、だからといって冷徹な賢者に徹するには良心が邪魔で後退も出来ない。
進退極まるというやつだ。自分の高すぎる能力と善性のバランスが取れず、自分で自分の動きを阻害してしまっている。
正直哀れだと思うよ。結局の所あの男は、終始自らの高すぎる能力に振り回されていたのだ。
能力がある故に間違いも大きくなりがち、か……。
なるほど、確かにそうだろう。
成し得る事が大きければ大きいほど、それが過ちだった時の反動もまだ計り知れない。
だがな、それで怯えて動かぬのでは何も変わらぬし、変えられぬ。
使わずして、一体何の為の才能だ。
本質的にな、アレは元々私に限りなく近いタイプの人間だ。
若き日に私と同じ答えを一度は出してしまっている。
『より大きな善の為に』……進歩の為の犠牲は避けようがない。
何の犠牲も流血もなく前に進めるほど人類が器用だったならば……なあ? 人類の歴史はこんなに戦争にまみれてなどいなかったはずだ。
土台無理な話なのだ。
多種多様な文化と宗教、思想と主義主張が交差し、一人一人が異なる自我を有する以上、何をどうしたって衝突は生じる。であるならば、より利益の大きい方を残して残りを捨てる他ない。
かといって完全な意志の統一などというものがあれば、それは最早ただの機械だ。人類ですらない。
奴はその事を痛いほどに理解していたはずなのだ。
だが罪悪感や善性がその答えを出すのを必死に拒否する。
違う、そんなはずはない。人はもっと正しい道を導き出せるはずだ、人はこんなに愚かじゃない、と。
本当は答えなどとうに出ているはずなのに、自分で封じてしまうんだ。
お前も時々、疑問に思っていたのだろう?
あんなにも賢いのに、どうして時折誰でも予想出来るような事へ、何の対策も用意しないのかと……。
それはな、あいつが自分で封じてしまうからだ。
目を背けて、本来出来るはずの事すら出来なくなってしまう。
『信じる』という都合のいい夢に縋り、賢者の眼を曇らせてしまう。だから見えない。
ああ、私はこんなにも他人を信じる事が出来るんだ、と都合のいい夢想に逃げ込む。
だから、クィレルがヴォルデモートと繋がっていると知った段階で殺してしまえばそれで済んだものを、そうしない。
ジニー・ウィーズリーが日記を所持している事などそれこそ真っ先に気付いただろうに、取り上げもしない。
他にも例を挙げればキリがないな。
あん? ポッターの成長を促す為?
……いいや違うね。奴はただ怖かっただけだ。
自分が過ちを犯す可能性を恐れた。間違える事が怖かったんだ。
そうして打てるはずの手も打てず、だからといって馬鹿にもなり切れず、どっち付かずで勝手に苦悩し続ける……それが奴の本当の姿だ。
完全無欠の賢者などとは笑わせる。少なくとも私は、ダンブルドアほど矛盾と苦悩に塗れている奴をホグワーツで見た事がないよ。
そして――奴ほど理解者に恵まれない奴もまた、そういないだろう。
誰もが奴を賢者と称える。
偉大な魔法使い、何でも知っていて何でも出来るダンブルドア。
ああ、何と素晴らしき今世紀最高の魔法使い。――まるで喜劇だ。
多大な期待と過剰な理想……妄信で作られた実在しないダンブルドアの偶像。
人々は常に奴をそうして見ていた。苦悩し続ける本当の姿など知ろうともしなかったんだ。
ミネルバ・マクゴナガルすら例外ではなかったな。
結局、若き日のグリンデルバルドとの決別以来、常に苦悩し続けるあの男を真に理解してやれる人間は一人として現れなかったわけだ。
ん? 私はどうなのかって?
……まあ同調は出来ないが理解していると言えなくもない、か。
少なくとも、他の連中よりはダンブルドアの本質を見抜いてはいただろう。
しかし知っての通り、私とダンブルドアは結局最後まで敵対関係にあった。
敵対する相手にしか理解してもらえんなど、それでは誰にも理解されていないのと同じ事だよ。
ま、なんだ……色々惜しい男だったよ、ダンブルドアは。
正直見ていてもどかしかった。
奴はいつか、私にこう言った。『持てる能力を正しい方向へ向ければ世界だって救えたはずだ』と。
だが奴がそう思うのと同じか、あるいはそれ以上に私は奴に対し、こう考えていたよ。
『下らない善性を捨ててその能力を全て発揮したならば、世界を正しく導けるだろうに』――とな。
善性を捨てては本末転倒?
……お前らしい答えだが、それは少し違う。
別にな、善人でなくとも善行は出来るし善政は敷ける。
むしろ善人であるほど目の前の小さな犠牲や罪を見逃せなくなり、より大きな善は出来なくなる。
そして結果として巨悪の誕生を見逃したりしてしまうのだ。
血生臭い例えでは納得しないだろうから、税にでも例えてみようか。
勿論何の考えもなく税率を上げすぎるのはただの馬鹿だが、だからといって『国民を苦しめるのは可哀想だ』などとほざいて税率を下げすぎるのは、決して正しいとは言えない。
つまりは、そういう事だ。目先の善を切り捨てられない奴は大きな善を敷けないんだよ。
ま、これは私の持論だがね。
ダンブルドアはな……どちらにもなれたはずなんだ。
善に振り切れて聖人になる事も出来たし、知を優先して賢者になる事も出来た。
勿論私としては断然後者になって欲しかったがね。
しかし奴はどちらにもならなかった。
どっち付かずの半端な状態のまま無駄に年月を過ごし、そうして過ちを重ね続けたんだ。
表面には出さなかったが、さぞ後悔だらけの人生だっただろう。
妹を死なせて後悔し、親友を失って後悔し、ヴォルデモートを魔法の世界へ誘った事を後悔し、止められなかった事を悔い、ポッター夫妻を始めとした大勢の犠牲者に心を痛ませ……そうして後悔に後悔を重ね、次こそは、ああ今度こそは、と願い、また間違えて後悔する。
悪循環だ。
知も善も取ろうとして、しかしどちらにもなれないから、その手には何一つ掴めやしない。
凡人ならばここまで苦悩などしない。
仕方が無かった、どうしようもなかった、自分には無理だった。
そうして逃げ道を用意し、自らに言い訳をする事も出来る。
だが奴は違う。
仕方がなくないし、どうにか出来た。奴はいつだって、最悪の結末を回避出来る力があった。
最善の道はいつだって目の前にあったんだ。
それを逃し続けての失敗の連続だ……その苦悩たるや、相当なものだったろう。
……奴は人間だった。
他の誰かが思うような超越者などではなく、私のように振り切れていたわけでもない。
ハリー・ポッターのような馬鹿にはなれなかったし、レティスのように誰であろうと慈しめるわけでもない。
そしてだからこそ、ダンブルドアはハリー・ポッターにあれ程入れ込んだのだ。
決して自分ではああなれないと分かっているからこそ、何よりも眩しく見えたんだろうな。
……ダンブルドアは人間だった……人間でありすぎたんだ。飛び抜けたその能力と不釣合い過ぎるほどに。
そして不運の男だった。
あの長い生涯で真に理解し合える相手は一人しかおらず、理解しようとしてくれる相手すらいない。
大勢の生徒と同僚に囲まれ、慕われてはいたが……ある意味では、私やヴォルデモートよりも孤独だったろうよ。
……?
なんだ、その顔は。
ダンブルドアと違うというなら、私は今は孤独じゃないのかって?
…………。
……………………。
知るか、馬鹿。
「ちょっとミラベル、まだ肝心な部分聞いてない!」
慌てたような友人の声を背に、ミラベルは早足で寝室へと向かう。
別に気恥ずかしかったとかそんなのではない。断じてない。
ただ、単に何か気に入らなかっただけだ。
うっかり漏らしてしまったあの言葉……あれでは確かに、今は孤独感を感じていないと告白してるも同義。そんな事をあっさり口にするくらい腑抜けた自分が気に入らなくて、こうして話を打ちきったのだ。
「……私も随分腑抜けたな」
世界征服を目指していた当時とは酷い違いだ、と自分でも思う。
野望を諦めたわけではない。
今はただ、イーディスの頑張りに免じて見守っているだけ。
自分を否定したハリー・ポッターやダンブルドアが、果たして己を否定するに足る未来を作れるのか。
あるいは作れないにしても、次世代に希望を残す事が出来るのか。
まずはそれを見極める。行動を起こすのはそれからでも遅くない。
再び腐敗の道を進み出したならば今度こそ自分が支配してやればいいし、今度は前のように生き急ぎもしない。
確実に、それこそ数十年スパンで計画を立てて反発を最小限に抑えて支配する。
というか、そうしないとレティスとイーディスに文句を言われる。
これも、かつての自分からは想像出来ない気の長さだ。
「ああ、本当に――温くなったものだ」
とりあえず今宵は、今も現在進行形で苦悩しているだろうダンブルドアの明るい未来でも適当に祈っておいてやろう。
もっとも神など信じていないし、祈る対象など存在しないのでただの真似に過ぎないが、たまにはこういう戯れも一興だろう。
5択・祈る神を選んで下さい
A・黄金の獣「ふむ、祈りか。いいだろう。
私は総てを愛している。破壊の祝福を与えよう」
B・水銀の蛇「祈り? ああ、知らんよ。
マルグリット以外の渇望など、至極纏めてどうでもいい」
C・破壊神ビルス「祈りとかいいから美味しいものくれない?」
D・(∴)「カレーでいいなら作るぞ」
E・百鬼空亡「かーごーめ、かーごーめー」
神×5「ガツガツガツガツ……」
セージ「カ↑レーがうまいぃぃ!」
イーディス(……なんか変な人が集まってカレー食べてる……)