【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star―   作:春風駘蕩

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第1話 異変の時間

 ―――もし、たった一匹の蝶のはばたきが、明日の嵐と変わるのならば。

    人一人の小さな営みに、世界はどんな答えを返すのだろうか。

    冬の前のあの日。

    僕ら3年E組の全員が遭遇した、誰も覚えていないあの事件。

    そして僕が出会った、彼女のこと。

    僕があの日見た夢は、僕の今日という日にどんな嵐を吹かせるのか。

 

 

 空一面を、砂塵が舞う。

 黄土色に覆われた空の下には、延々と続く砂の海が広がっている。

 太陽すら陰る空の下、一つの陽炎が揺らいだ。フードを深くかぶった、小柄な人物が一人、砂漠を歩いていた。

 強い風にはためくフードの下で、蒼の瞳が片方光る。

 ふと、その足が止まった。

 見下ろした先にあったのは、小さなボロボロの人形だ。

 しゃがみ込み、それを拾う。すると、すぐにボロボロと崩れていく。わずかな残骸を手に、嘆息した。

「……また一つ、時計の針が進んだ」

 目を閉じ、マントを払って右腕を出し、人差し指を高く掲げた。

「おばあちゃんならこんな時、なんて言うんだろ」

 ビュオォォォ…。

 誰もいない砂の海で、独り言を零す。それは、自分自身に対して諭しているようにも聞こえた。

 ふぅっ、吐息を漏らし、砂の覆う天空を見上げた。

「…どこにいるんだ。この今を変える、鍵は」

 ぽつりと漏れた呟き。

 それは、渦巻く風にかき消されていった――――。

 

          ☨     ☨

 

 キーンコーンカーンコ――ン……

 始業のベルが鳴る、椚ヶ丘中学校旧校舎。

 頬杖をついていた水色の髪の少年は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。その先に浮かんでいるのは、『三日月』。

 ―――椚ヶ丘中学校三年E組の僕らは今年の初め、3つ(・・)の事件に遭遇した。

    一つは、空の月が一夜にして、その体積の約70%を蒸発させ、

    永遠に三日月となったコトだ。

    世間は、世界の終りだの、どこかの国の超兵器の仕業だの、

    人類はもう満月を拝むことはできないだの、一時、大騒ぎになった。

    けど、その真相はと言えば……。

(なぎさ)くん」

 呆けていた渚の席の前に、そいつが近づいた。

「どうしたんですか? 珍しくボーっとして、何かありましたか?」

 黄色い球体の頭に、ちょこんと乗せた四角い帽子。黒い服の袖先から、ぬめる触手をうねらせながら、E組担任〝教師〟が尋ねた。

「あ、いや…。なんでもないよ、殺せんせー」

 慌てて渚は手を振り、苦笑する。

 殺せんせーは「そうですか?」と答え、次いで腰に触手を当てて、渚の顔を覗き込んだ。同時に、殺せんせーの顔が青くなり、×の字が浮かぶ。

「けれど、授業中によそ見をするのは感心しませんね。ヌルフフフ」

 特徴的に笑う担任に、渚は「すみません…」と謝りながら苦笑した。

 ―――こうして、僕らの担任をやっているこの人が、月を破壊した張本人だっていう事は、

    僕らE組と政府の最重要機密だ。

    僕らが遭遇した、二つ目の事件。

    つまり、殺せんせーがE組にやってきた日。

   『私が月を破壊した犯人です。来年には地球も()る予定です』

    この人は、呆然とする僕らにそう言った。

   『皆さんの担任をすることになったので、どうぞよろしく』

    まず5,6か所ツッコませろ!!

    …クラス全員でそう思ったのも、もう遠い思い出のようだ。

    こうして始まった、僕らは暗殺者(アサシン)

    暗殺対象(ターゲット)は先生という奇妙な学生生活は、

    様々な出会いと事件を経て、今に至った。

 

    そして、三つ目(・・・)の事件は。

 

 風が吹き、開いた窓辺に、一陣の砂塵を運ぶ。

 それを見て、渚やクラスメイトは微妙な表情で殺せんせーを見た。

「……殺せんせー。まさか地球を破壊する(やる)話前倒しにしたとかないよね」

「にゅやっ!? ヒドイですよ渚くん!! 濡れ衣にもほどがあります!!」

 殺せんせーは汗、というか粘液をまき散らして慌てる。基本笑顔なのに、動作や様子、皮膚の色で今どんな心境なのか実に分かりやすい。

「先生はね、約束を違えることは絶対にしません!! 人を裏切ったり、嘘をつくようなまねは、たとえ暗殺されようと決してしません!! まあ、できるような人なんていませんが……」

「けど殺せんせー。前に奥田さん言いくるめてだましたことあったよな」

「そーそー。毒薬でなんかパワーアップしてたし」

 自信満々で胸を張る殺せんせーに、クラスのイケメン・磯貝と前原が言うと、触手の動きがピタッと止まった。眼鏡女子の奥田がうんうんと頷いていると、だんだん殺せんせーの表皮に汗が浮かんできた。

「そーいえば殺せんせー。この間女子で分けてたスイーツ何個かチョロまかして勝手に食べてたよね。バレてないとでも思ってたの?」

「ウソ、そうなの!?」

「初耳だよ、そんなこと!!」

 便乗するように、サバサバ系女子の中村がカミングアウトすると、それに反応して立ち上がる食べ物好き女子二名、倉橋と茅野が目を見開いた。

「……殺せんせー」

 一気に疑いの目を向けられ、黄色い触手人間はだらだらと冷や汗を浮かべる。

 と、次の瞬間。

 ゴウッ!!

「!!」

 砂煙を巻き上げ、殺せんせーの姿が一瞬で消え失せる。かと思うと、彼はすでに教壇の向こうに立ち、大仰に触手を上げていた。

「おや、もうこんな時間です!! 皆さん、教科書を開いてください。授業を始めます」

 突然の展開に、全員の目が死んだ。

(逃げた!!)

 全員が疑惑の目を向けたまま、渋々教科書を開く。

 小さく抗議の声が聞こえる中、渚も従い、シャーペンを手にする。その際、机の上にざらりとした感触を受け、また苦い表情になる。

 ―――僕らは暗殺教室。

    暗殺対象(ターゲット)は、マッハ20で空を飛び、万能の触手を持つ超生物。

    期限(タイムリミット)は来年の三月。

 渚はため息をつき、窓の外の光景を見やる。

 砂塵の舞う、青空。

 かつて町があった場所。

 そこには、廃墟が並び、砂の海が広がる光景があった。

 

 ―――けれど僕らの地球は、僕らが暗殺を成功させ、卒業式を迎えるのを待つことなく。

    昔誰かが言った、終末(おわり)(とき)を迎えそうだ。

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