【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star― 作:春風駘蕩
そこには、絶望があった。
空にぽっかりと穴が空いたのかと思えるほど真っ黒なそれは、青く輝く惑星に向けてゆっくりと距離を詰めてきていた。街一つ飲み込めるほどの巨大さで圧倒的な存在感を放ち、ゆっくりと降りてくる隕石は、まさに恐怖の大王と称するに相応しかった。
「…………なん、だ……これ………」
思わずモニターにしがみつき、画面全体を覆うその塊を目の当たりにした渚が呆然と声を漏らす。
何故こんなことになった? 何を間違えた?
答えを求めようとも答えてくれるものはこの場には一人もいない。巨大隕石の出現によって通信機の向こう側も混乱し、誰一人として渚に注意を向けている余裕がなくなっていた。今渚は、広い宇宙の真ん中で完全な孤立無援となっていた。
「……僕の、せいなの……? 僕が……僕が……⁉︎」
一人になってしまった渚の心にポツリと一つの考えが浮かび、墨を落としたようにじわりじわりと広がっていく。黒い考えは少年の未熟な心を汚し、味方のいない彼を自己嫌悪と罪悪感の渦の中に巻き込み、呑み込んでいく。
カタカタと震える少年は頭を掻き毟り、髪が数本ぶちぶちと千切れるのにもかまわず自身を痛めつけていく。呼吸は定まらず、冷や汗がびっしょりと背中を濡らして汚していった。
焦点の合わなくなってきた視界の中で、巨大隕石は彗星に徐々に追いつき、背後からその圧倒的な質量で押しつぶしていく。氷の塊が徐々に砕け、宇宙の闇の中に細かい粒となって消えていく様に、渚の精神はついに限界にたどり着いた。
「や……やめて……! やめてよ…………‼︎」
渚の懇願に応えるはずもなく、巨大隕石は彗星をすり潰し、そして衝撃とともに飲み込んでしまった。
すがるように伸ばされた渚の手を、残酷に振り払って。
「ぅあ………うあああああああ……‼︎」
少年の意識は、それきりぷっつりと途切れた。
彗星が弾けた波動は容赦なく周囲にも影響を及ぼし、ステーションの外に立っていたヒバリとヤマトにも強烈な衝撃波となって襲いかかった。
ヒバリは我が身を吹き飛ばさんばかりの衝撃に、金属の板に苦無の刃を立てて耐え、同じくステーションの壁に捕まる大和にキッと鋭い視線を向けた。
「お前……‼︎ 何だあれは⁉︎ まさかあれもお前たちの望んだ結末なのか⁉︎」
怒りを露わにし、何の狼狽も見せない大和に詰問すると、男は巨大隕石を見上げたまま仮面の下でククッと含み笑いをこぼした。
「彼は本当によくやってくれた……これ以上ないほど最高の結果を伴ってな‼︎」
「……本当に、これが狙いだって言うのか……‼︎」
拳をブルブルと震わせ、ヒバリはついに激昂した。
「こんなことをさせるために、お前たちはアイツを利用したのか⁉︎ アイツに、引き金を引かせたのか……⁉︎」
あまりにも残酷すぎる真の目的とそれに巻き込まれた渚を思い、ついにヒバリの感情が爆発する。もはや隠す気もない殺意と戦意を全身から迸らせ、満足げに、そして冷酷な笑みを浮かべている大和に苦無の切っ先を向けた。
「ふざけるな……‼︎」
憤怒の形相に変わったヒバリが、崩壊しかけているステーションの上を疾走する。ヒバリに気づかないでいる大和に接近しながら、カブトゼクターの角を反転させて胴体のボタンを順に押し、再び角を反転させる。
【1,2,3.
「ハァァァァァァァ‼︎」
右脚を鎌のように振るうヒバリの一撃が、隕石を見つめていた大和の首に断頭のように炸裂する。仮面を砕くほどの威力を誇る回し蹴りにより首の骨が一撃で砕かれ、ボギンッ‼︎ と嫌な感触がヒバリの足に伝わるが気にせず、脱力した大和の体をそのまま蹴り飛ばした。
だが、必殺の一撃を受け、瀕死の重傷を受けてもなお、砕けた仮面の下で大和は、笑みを決してやめなかった。
「……我が身は……ZECTと、共にあり……、栄光あれ……‼︎」
口から血を吐きながら組織への凄まじいまでの忠誠を述べて、大和は宙へと投げ出される。破損した装甲から火花が散って閃光が走り、ヒバリが背を向けて走り出した瞬間。
大和は装甲ごと爆散し、崩れたステーションを真っ赤な光で照らし出した。命令を忠実に実行しきった男の、あまりにも潔すぎる最期だった。
それを振り返ることなく足場の危ういステーションの上を走りながら、ヒバリはこの自体を防げなかった己の不甲斐なさを呪い、きつく歯をくいしばる。それでも自分をしっかりと持ち直し、内部のある場所を目指して駆け抜けた。
すでにほとんどの機能が意味をなしていないステーションの通路を駆け抜けると、奥にある施設の中へと無理やり侵入する。そして、そこで両膝をついて項垂れている少年の姿を目にすると、すぐさま駆け寄って肩に掴みかかった。
「しっかりしろ‼︎ おい、渚‼︎」
強く掴み、揺さぶるも渚は一言も応えない。ただ壊れた人形のようにグラグラと揺れ、ブツブツと小さな声で何かを呟くばかりだ。
ヒバリは「くっ…!」と悔しげに声を漏らし、一言断ってから渚の体を肩に担ぐ。重すぎる罪を真っ向から背負ってしまい、限界を迎えた少年の姿はあまりにも脆く、少しの衝撃で壊れそうなほど儚げに感じた。
少なくとも心の中では案じていた少年がそれほどまでに追い詰められていたことに、ヒバリは一人罪悪感に苛まれながら外へ、地上へと急ぐために愛機の待つエレベーターの方へと足を向けた。
もうこの少年は傷つけさせない。歯をきつく食いしばったヒバリは、懐からイヤホン型のツールを取り出し、叩くようにして電源をつけた。
「織田ァァァァァァァァァァ‼︎」
万が一にと用意していた通信機に、ヒバリは怒鳴りつけるように声を張り上げた。
† † †
織田の元にその通信が入ったのは、風間とともに乱闘を繰り広げ、多くの犠牲を出しながらも最後のZECTの兵士を斧の一閃で斬り捨てた直後だった。残るは目の前にいるザビーを纏った矢車のみ、そう思っていた時の不意のことだった。
ザザッとノイズが走って耳によく知った声が届き、織田は矢車から注意をそらさぬまま通信機を口元に近づけた。
「どうした、ヒバリ。こっちは今取り込み中だぞ」
『ーーーだ‼︎ 今す…にそこからは……ろ‼︎ ZE………計画はし…ぱいした‼︎』
だが、ノイズが酷すぎてうまくヒバリの声を聞き取れない。唯一、失敗という不穏な言葉だけが聞き取れたが、それ以外がノイズに邪魔されて不安が募るばかりだ。銃で牽制している風間も訝しげな目を向ける中、矢車はくつくつと笑い声を漏らしていた。
仮面の下で眉をひそめた風間が、不審げに視線を向けた。
「……何がおかしいのですか?」
質問を受け、矢車はゆっくりと顔を上げた。仮面で表情は見えないが、間違いなくその下では気味の悪い笑みを浮かべている、と感じさせる不穏な雰囲気を放っていた。
「なに、我々の任務が完了したのだとわかったもので、ついな」
「⁉︎」
思わぬ答えに、風間と織田は目を見開いた。
矢車はくつくつと笑い続けたまま、近くの柱にもたれかかるようにして背中を丸める。心底おかしくてたまらないといった様子で、ペラペラと口を開いて語り出した。
「我々はもともと彗星になど興味はない。人類救済という大義名分を使ってこの計画のための予算を確保し、真の計画を実行するための建前だったのだよ……‼︎」
「なん……ですって」
箍が外れたように語り出した矢車の言葉に、嫌な予感がした風間が銃を持つ手に力を込める。しかしそれ以上に、斧を持つ織田の手がブルブルと大きく震えていた。
それに気づかない矢車が、いよいよ二人を嘲るように見やった。
「あの少年もお前たちも見事に踊ってくれた……‼︎ 利用されているとも知らず、健気に配役を果たしてくれたよ、我々ZECTの思惑通りにね‼︎ …これこそが俺の望んだ結果……
「てんめぇぇぇぇ‼︎」
「ぐぅっ⁉︎」
織田は斧で矢車を押さえつけ、柱に背中から叩きつける。刃を首筋に押し付けたまま、雄叫びとともに渾身の力で押し抜く。
ズバッと刃が一閃され、抵抗していた矢車が一瞬ビクンと痙攣する。ザビーの装甲が崩れ落ち、だらんと両手を下げた矢車はゴプッと血を吐くと、荒い息をつく織田の前で声もなく倒れ伏した。
「ハァッ……ハァッ……クソッ!」
悪態をつきながら、天を仰ぐ。
ヒバリが何を焦っていたのかはわからない。だが、予想外の事態が起こっているのは確かだ。
事態が自分の知らないところで動いているのは、ZECTにいた頃を思い出させてどうにも気に入らない。忌々しげに舌打ちしながら、背後で佇んでいる風間に背を向けたまま促した。
「チッ……何が何だか分かんねぇが仕方ねぇ。風間、一旦ヒバリと合流するぞ」
「…………」
しかし、風間から返事はなかった。
銃を持った手をだらんと下ろしながら、織田の背後で突っ立ったまま動く気配すら見せなかった。
「…おい、風間?」
不審に思い、振り向いた織田の前で、無言で佇んでいた風間のシルエットが不意に崩れ、青い蜻蛉の装甲が破片となって砕け散った。まるで風に溶けるように生身の姿に戻った風間はぐらりと体を傾け、糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。
「なっ……」
ピクリとも動かない風間の体からはどくどくと赤い血が流れ出し、織田の足元まで濡らしていく。織田はその光景に目を見開き、氷のように硬直して目の前の存在を凝視した。
だがその視線が向いていたのは風間の亡骸でも、流れ出す夥しい量の血でもなく。
その奥で一人佇む、見たことのないライダーだった。
コーカサスオオカブトムシに似た仮面には左右にも大きな角が生えていて、輝くのは深海のような青い瞳。肩にも角のような装甲が装着されており、全体を汚れ一つない黄金色が飾っている。織田からは見えなかったが、その腰の左側には白い奇妙なゼクターが装着されていて、不穏な存在感を放っていた。
気配すら感じさせずに現れたそのライダーは、織田を全く見ることなく手に持った青い薔薇を弄び、静かに佇んでいた。まるで獲物を仕留めた余韻を愉しむかのように、満足げに虚空と薔薇を眺めていた。
「お前……まさか、お前が……⁉︎」
我に返った織田は、戦友を一切気取られぬ内に仕留めたライダーの姿に、一度聞いた話を思い出す。
ZECTが秘密裏に“飼っている”という、黄金のゼクターを操るライダーがいると言う話。その御技はまさに刹那に終わり、当時最強と呼ばれた黒のライダーすら一太刀で屠ったと言われる脅威の存在。
「お前が黄金のライダーか‼︎」
【
所詮噂だと本気にもしていなかったその存在と目の前のライダーは、完全に特徴が一致していた。
しかし、戦友を殺された織田に考える余裕はなかった。怒りで頭に血を昇らせた男は斧を振りかざし、友の仇に襲いかかる。加速を加えた斬撃が、余裕で佇む敵の首を両断せんと風を切る。
はずだった。
「ーーー‼︎」
斧を振るった織田の身体が、不自然に停止する。同時にその鎧からは激しい火花が咲いて装甲の破片が飛び散り、耳障りな金属の破砕音があたりに響き渡った。
「……なん、だと……⁉︎」
刃の先に黄金のライダーの姿はなく、現れた時と同じように音もなく織田の背後に立ち、青い薔薇を弄んでいた。先ほどの風間と同じように、獲物を仕留めた余韻に浸るように。
硬直した織田の手から斧がこぼれ、破壊された装甲が崩れていく。ゼクターまでもが衝撃で完全に破壊され、力を失って倒れた織田とともにぽとりと落ちた。
血を吐きながら織田は天を見上げ、そこにいるであろう少女のことを思う。
「……悪ィ、ヒバリ……。後を……頼む……」
決して届かない最後の言葉を残し、力尽きた織田はがくりと事切れる。
物言わぬ骸となった男には、一輪の青い薔薇が手向けられた。