【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star―   作:春風駘蕩

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第5話 雲雀の時間

 深い海のような光を放つ瞳を輝かせ、銀糸のごとき長い三つ編みを風に揺らす絶世の美少女。思わずゾッとするほどの美しさを誇る謎の少女・ヒバリが纏うのは、真紅のカブトムシを模したデザインの鎧とチャイナドレス調の防護服。鋭い刃のような印象を与える彼女には、その格好は妙に似合っているように見えた。

「…………‼︎ 貴様、まさかっ……」

 ヒバリを指差し、矢車がわなわなと震える。ヒバリに向けられた仮面の下はおそらく、驚愕に表情を強張らせ、これ以上ないほど目を見開いていることだろう。

 ヒバリは矢車の狼狽に一切頓着せず、静かに目の前の“敵”に向かって足を踏み出す。硬い強化素材のブーツがカツカツと音を鳴らし、矢車の方へと近づいていく。

 呆然としていた矢車は我に返り、怒りを表すかのようにブルブルと拳を震わせ、ヒバリに向かって猛然と駆け出した。

「貴様が“カブト”か‼︎」

 手甲を構え、矢車がヒバリに襲いかかる。

 ヒバリは全く表情を変えることなく、ただ無言で腰に手を回すと、取り付けられていた金色の刃を持つ苦無を取り外し、矢車に向かって構えた。矢車が振り下ろした手首のガジェットの針がきらめき、ヒバリの苦無と激突する。

 ガキィィィン‼︎ と甲高い衝突音が辺りに走り、大気が振動して見えない波紋を作った。一瞬の拮抗の後、ヒバリが唐突に刃を傾ける。そのため矢車の手甲が刃の上を走り、矢車の体が大きく傾く。矢車は「くっ…!」と歯を食いしばって裏拳を放った。

 ヒバリは一瞥しただけでそれを避け、次々に繰り出される殴打を瞬時に見抜いてさばいていく。その速度は、渚を持ってしてもかろうじて視認できるほどの速さだった。

 応酬を繰り返すうち、矢車の息遣いが徐々に荒くなり始めた。少女一人に手こずっているという苛立ちとプレッシャーが彼のプライドを傷つけ、心を乱しているらしい。

「おらああああああ‼︎」

 怒号と共に、矢車が渾身の拳打を放った。

 だが、頭に血が上った男の拳は隙だらけで、ヒバリが目を細めた次の瞬間には矢車は腹に強烈なボディブローを食らっていた。

「ガハッ……⁉︎」

 みぞおちに正確な一撃をくらい、矢車は悶絶して膝をついた。ずるずると崩れ落ちる矢車を傍らに放り捨て、ヒバリがゆっくりと歩みを進めていく。その先にいるのは、風間だった。

「っ!」

 風間はヒバリの目に明らかな敵意を感じ取り、躊躇うことなく銃の引き金を引いて銃弾をお見舞いする。しかし、放った銃弾はまるであざ笑うかのように交わされ、ヒバリは徐々に距離を詰めていきながら視線を鋭くする。

 不意に、ドンッと地を蹴り、ヒバリが一気に加速した。ヒバリは目を見開く風間の目前に一瞬で接近すると、その速度を利用した膝蹴りを叩き込み、強化スーツに衝撃を与えた。

「グフゥッ……‼︎」

 少女の力とは思えない一撃に、風間は悶絶して体をくの字に折って膝をつく。

 ヒバリは風間を横にほうり、組み合う織田と大和の方へと歩みを進めていく。だが、周囲に散開していく無数の足音を耳にし、ピタリと動きを止めて見渡した。

 大和がいつの間に指示したのか、黒の武装兵士が隊列をなし、機関銃を構えてヒバリを包囲していたのだ。距離はすぐには到達できないよう大きく取られ、確実にヒバリを仕留め、なおかつ同士討ちにならない位置に配置されていた。

 ヒバリはそれを冷たく一瞥し、ゆっくりと苦無を下ろしていく。それを降伏の意と判断した大和は、緑の目を光らせて片腕を上げた。

「……残念だったな。なぜお前があの少年を救おうとしたのかは知らんが、我々は貴様も彼も逃がすつもりはない」

「…………」

「ZECTに仇なすものは誰一人容赦しない。……たとえ、女子供でもな」

 ヒバリは大和の脅しに何も答えず、じっと武装兵たちの方を睥睨する。両腕はおろしても、その手に握った苦無は離さず、猛禽類のごとき鋭い目で射抜いていた。

 敵意をまともに受けていない大和はそれに気づかず、包囲する武装兵たちに指示を出す。いたいけな少女を狩らんと、兵士たちに残酷な命令を下す。

「お前は危険だ。ここで死ーーー」

 その瞬間、ヒバリの右手がわずかに動き、腰のベルトの横にあるスイッチを軽く叩いた。

CLOCK UP(クロック・アップ)

「ねーーー⁉︎」

 すると、ベルトとガジェットの機能が発動し、ヒバリの体がまるで残像のようにブレる。視認することすらできない速度へ達した彼女の苦無が軌跡を描き、赤い影が空中に踊る。

 影は武装兵たちの元へとかけ、銃弾が放たれるよりも先に蹴りを無数に放ち、武装兵たちを仕留めては叩き潰していく。その仕草は淡々としていて、一切の容赦なく放たれていく。

 そして、大和が気づいた時には、味方の武装兵たちは強烈な襲撃により空中に放り上げられ、特殊装甲を半壊させて倒れ伏していた。

CLOCK OVER(クロック・オーバー)

 一呼吸置いて、金属が砕けて破片となり、砕け散る音が辺りに響き渡る。武装兵たちは声を上げる間も無く昏倒され、糸の切れた人形のようにバタバタと墜落していった。

「なっ……」

 大和は大きく目を見開き一瞬にして部下を屠った真紅の暗殺者を凝視した。

 特殊な能力を有するワーム殲滅のため生み出されたライダーシステム。その真髄は、空間を支配し時の流れに干渉することで、爆発的な加速を可能とするクロックアップシステムにあった。視認することすら不可能になるクロックアップシステムの利用により、ZECTはワームとようやく互角に渡り合っていた。

 しかしそれは離反した織田たちのライダーシステムにも搭載されており、当然はぐれ者の“カブト”ことヒバリのライダーシステムも搭載されている知っていた。故に、彼女にそれを使わせない(・・・・・)よう注意を払い、包囲をさせていたのだ。

 だが、ヒバリはまるで西部劇の早打ちのように大和や武装兵たちの意識の隙をつき、クロックアップを発動させていた。相手がシステムを発動させるよりも早く懐へと入り仕留めるという、神業のごときヒバリの戦闘能力を目にし、大和は知らぬ間に、ゴクリと唾を飲み込んでいた。

「……まさか、これほどとはな……」

 思わず呟く大和に、ヒバリは碧の瞳を向けて再び苦無を構える。海のような目は真っ直ぐに敵を見据え、金色の刃を戦火に照らし、輝かせていた。

 織田と風間もまた、相当の実力を備えた一人のライダーに、畏怖と驚嘆の眼差しを向けていた。

「…なんという」

「やるじゃねぇか……」

 ヒバリはそんな声に応えることなく、大和一人をじっと見据え、苦無を手に構え続ける。

 しかしその時、ボディブローを食らって膝をついていた矢車がうめき声とともにゆっくりと立ち上がろうとしていた。衝撃がかなり残っていたのか、その動きはかなりぎこちない。

「……‼︎ おのれ、逸れ者ごときが……だが」

 腹を抑えながら、矢車はちらりと視線を横に向ける。その鋭い蜂の牙の形をした双眸が映すのは、瓦礫の上で放心し、ヒバリと大和たちの戦いに目を奪われている、渚だった。

 矢車は荒い呼吸を繰り返しながら、ニヤリと仮面の下で笑みを浮かべた。

「俺は必ず……任務を遂行する」

 息を整え、痛みをこらえ、矢車は静かに両足で踏ん張って立つ。息を殺し、気配を極限まで消すと、矢車は渚を見据えたままそろそろとベルトの右側に手を伸ばす。

「‼︎」

 そして、ヒバリが気づいた瞬間、矢車はシステムを発動させた。

CLOCK UP(クロック・アップ)

 低い男性の電子音声がなり、矢車は渚に向かって一気に加速する。ヒバリが一歩遅れてベルトに手をかけるが、矢車はすでにクロックアップ空間を生成し、渚の目前に迫っていた。何が起きているのかもわからず、ただ呆然とヒバリの方を凝視している少年に、蜂の仮面騎士が捕獲のために手を伸ばす。

 あと数歩で届く。矢車の顔が、勝利への確信でさらに歪んだ。

 その刹那、彼の視界いっぱいに黒い何かが広がった。

「⁉︎」

 仮面の下で目を見開く矢車。急停止しようと焦るも、加速した体はすぐには止まらない。体勢が一瞬崩れた瞬間、矢車の体に無数の衝撃が襲い掛かった。

 ドパンッ‼︎ と大気が破裂するかのような轟音が響き、矢車の体がトラックにはね上げられたかのように宙に舞った。あまりの衝撃に声も出せず、矢車は再び瓦礫の上に投げ出され、無様に大和のすぐ前にまで転がっていった。

「………あれは」

 苦無を構えたまま硬直していたヒバリは、現れた“それ”を目にして目を見張った。

 巨大な体に黒い衣服と小さな帽子を纏い、三日月の刺繍の入ったネクタイを巻いた異形。顔は丸く大きく、袖と裾からはいくつもに別れた触手を生やし、炎の光で煌々と輝かせていた。

 その正体は、月を破壊し地球をも滅亡させようと企んでいるという、世界各国から暗殺指令が出されている超生物。なぜかある中学校で教師をしている、殺せんせーと呼ばれる怪物だった。

 だが、眩しいほどに黄色いと言われているその顔は真っ黒に染まり、小馬鹿にしているように三日月状に歪んだ笑みは、血管の浮きだった恐ろしげな風貌へと変わっていた。

「こ………殺せんせー!」

 渚はぎこちなく体を起こし、怒り狂う担任教師を見上げる。大きな背中は少年をすっぽりと覆うように守り、殺気は全て目前の狼藉者たちにだけ向けていた。

「…お前達……私の生徒に何をしている……‼︎」

 カフー…と蒸気のように息を漏らし、殺せんせーは矢車達を睨みつけた。怒りの気迫(オーラ)が蜃気楼のように大気を揺らがせ、震わせる。それこそ、大地が揺れ動くような効果音まで出しそうなほどの勢いで、超生物は煮えたぎるまでの怒りをあらわにしていた。

「あまりおイタが過ぎるようなら……この場で全員手入れさせていただきますよ……‼︎」

 ゆらゆらと触手を揺れ動かす異形を前にし、ようやく衝撃から立ち直った矢車が戦慄した様子で硬直する。大和もまた、怒れる異形に鋭い目を向けた。

「……そうか。アレが“奴”か」

 脳内の情報を探り、要注意人物リストの中の一人を見出した大和は、仮面の下で思案に耽る。無言で考え始めた彼は、頭に血を登らせて再び近づこうとした矢車の肩を掴んで止めた。

「…⁉︎ なんのつもりだ、止めるな」

「いや……、一旦退くぞ。アレが相手に加わるのは分が悪い」

 言われて矢車は、改めて戦況を見渡す。裏切り者の織田と風間とは戦力が拮抗し、部下の武装兵はすでに全滅して動ける状態ではない。そして目標である渚の身柄を確保するには超生物たる奴を突破せねばならず、現状それは不可能に近い。

 そして何より、この場には敵でも味方でもない完全な例外(イレギュラー)的存在“カブト”がいる。今まともにやり合えば、被害を被るのは大和たちの方だ。

「堪えろ……彼に“話”を通してもらう他にあるまい」

「……了解した」

 矢車は渋々頷き、大和の後ろに下がる。大和は部下の肩を叩くと、首だけを振り向かせ、裏切り者の二人を、はぐれ者のヒバリを睨みつける。そして、三人に向かって地の底から響くような声を発した。

「……貴様らはじきに片付ける……首を洗って待っていろ。それと…」

 大和は今度は体ごと振り向き、怯えるように顔を青くする渚に顔を向け、告げた。

「潮田渚……いずれまた、迎えに行く」

 思わず殺せんせーが一歩動きそうになるのを余所に、大和は無言で踵を返し、矢車を伴ってその場を後にする。遅れて矢車が付き随う際、じっと見つめてくるヒバリに射殺しそうな視線を向けていった。不穏な雰囲気と凄惨な惨状、そして尸を残しながら、二人の男は夜の闇の中に姿を消した。

 二つの足音が徐々に小さくなっていき、やがて完全な静寂が訪れる。日がパチパチと爆ぜる音を聞きながら、渚はようやく緊張を解き、長い長いため息をついた。

 すると。

「渚くんんんんんんんん‼︎」

 ガバァッと突然、黄色い無数の触手が伸びて渚に巻きついていく。丸い頭から涙なのか鼻水なのかよくわからない液体を流出させながら、殺せんせーは渚の肩を掴んで詰め寄った。もう原型をとどめていないほどにぐちゃぐちゃで、渚はそれ以上近づいて欲しくなかった。

「お怪我はァァァ⁉︎ 痛いところはありませんかァァァ⁉︎ 生徒にもしものことがあったら先生は……先生はァァァァァ‼︎」

「…………」

 暑苦しいほどに号泣しながら無事を喜ぶ教師の、あまりの必死さに若干引きながら渚は、ビチャビチャに汚れながら甘んじてその抱擁を受け入れた。突き放したら突き放したで後々面倒そうだったからだ。

 どう見ても異常な、少年が怪物に襲われているようにしか見えない教師と生徒の姿を目にしていた織田と風間は、バツが悪そうに頭をかいた。敵がいなくなったことで、ガジェットも二人から離れ、装甲が破片となって消滅していった。

「……あれが噂の化け物か。とんでもねーやつだな」

「ともかく……彼らに救われてしまいましたね」

 風間がやれやれといった風に肩をすくめ、織田も同意するように苦笑する。二人は怪物教師とその生徒に背を向けると、そのまま闇の中へとつま先を向けた。

「待ってください」

 だがそれを、渚から手を離した殺せんせーが唐突に引き留めた。織田と風間は訝しげな表情で振り返り、何やら顔色を赤きして睨んでくる怪物を見つめ返した。

「あなたたちがどこで何をしようと勝手ですが……私の生徒に危害を加えるようであれば、相応の対応をさせていただきますよ」

「……肝に命じておく。ていうか、そもそも俺たちが巻き込んだワケじゃねーし」

 織田は「おーコワ」とおどけて肩をすくめ、殺せんせーの殺気を受け流す。理不尽な言葉にも思えるが、巻き込んだのは確かだ。人智を超えた怪物に逆らってもメリットはあるまい。

「一応礼を言っとくぜ。……この借りはそのうち返してやるよ、先生サン」

「にゅや……」

 不満げに顔をしかめる殺せんせーに手を振り、織田は風間と共に夜の闇の中へと消えていく。二人が消えると、その場には渚と殺せんせー、そして先ほどから一言も喋らない、ヒバリの三人だけが残り、長い沈黙が降りた。

「……あの、先生。…ごめんなさい、迷惑かけて」

「いいえ……、君が無事で何よりです。それに君のことです。きっと、他の誰かを想ってのことなんでしょう。……褒められた行動ではありませんが、とても大切な気持ちです」

 ぽん、と渚の肩を叩き、殺せんせーは落ち込む生徒をなだめる。自らの価値を下に見て、捨て身の行動を取ってしまうのはこの少年の悪い癖だが、他者を助けようとするのは悪ではない。色々と危うい生徒の一人だが、教師は誇りに思っていた。

 殺せんせーは渚から視線を外すと、少し離れた場所で佇む、赤い鎧の少女に目を向けた。少女は殺せんせーに視線を向けることなく、ZECTの男たちが去って行った方をじっと睨みつけていた。

「……君が、カブトと呼ばれている子ですね」

「…………」

 少女は黙って頷き、フゥと息を吐く。一見無礼な態度に見えたが、殺せんせーは気に止めることもなく、帽子を外してぺこりと頭を下げた。

「私の生徒がお世話になりました。君がいなければ、渚くんがどうなっていたか……」

「……気にしなくていい。もともと、ボクのせいでもあるから」

「それでもです! …ですが、一つだけ聞かせてください」

 帽子をかぶりなおし、超生物は目を細めて少女を見つめた。

「君は、何が目的なんですか?」

「…………」

 ヒバリはちらりと横目を向け、疑念を向けてくる殺せんせーを見つめ返す。超生物のつぶらな瞳は、一切の悪意がない。生徒に危害が及ぶことへの心配だけではなく、少女自身をも気にかけているのがわかった。

「ZECTの施設を単独で襲撃し、組織の全てを敵に回す……そんな危険を冒してまで、何があなたをそこまで駆り立てるようとするのですか?」

「……一つだけ、教えてあげるよ」

 ヒバリはゆっくりと歩き始めると、突然ダンッと地を跳んで高く飛び上がる。スリットの入ったスカートを翻し、赤い鎧の少女は錆びた街灯の上に降り立った。

「ボクにとって、ZECTの奴らが何を考えているかは知らないし、興味もないし、どうでもいい。ボクが奴らの邪魔をするのは……僕の野望に奴らの存在が邪魔だからだ」

「……野望?」

 渚が思わず呟き、街灯の上で虚空を見つめるヒバリを見上げる。その視線に気づいたヒバリはくるりと器用に街灯の上で周り、長い銀の三つ編みを風に揺らす。そして、ぞっとするほど妖艶で冷たい微笑を浮かべて見せ、渚を見下ろす。

 凍りつく渚の頭上で、その形の整った桜色の唇を歪ませ、少女は嗤った。

 

 

「僕はね…………この世界を、ブッ壊しに来たんだ」

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